医療機関の経営悪化は、ある日突然訪れるものではありません。多くの場合、いくつもの小さな変化が、少しずつ積み重なっていきます。
たとえば、患者数がじわじわと減っていく。診療単価そのものは大きく変わらないのに、給与や家賃、リース料、材料費といったコストは着実に上がっていく。月次では黒字に見えても、借入の返済と税金の支払いを終えると、手元に現金が残らない。分院や設備投資、在宅医療、新規サービスの立ち上げが、当初の計画ほど伸びてこない。採用費や人件費を増やしたものの、生産性がそこに追いついてこない。そして気づけば、金融機関から今後の見通しや返済原資についての説明を求められている。
こうした変化は、ひとつずつ取り出して見れば「一時的なブレ」にしか見えないことも少なくありません。しかし、複数のサインが重なり始めると、月次の数字を眺めるだけでは足りなくなります。経営改善計画を作り、立て直しの前提を数字で整理しておくべき段階に入っている、と考えたほうがよい局面です。
経営改善計画は、金融機関に提出するためだけの資料ではありません。医療機関の内部にとっても、赤字の要因を分解し、資金繰りを見通し、固定費を見直し、売上の改善策を選び、そして毎月のモニタリングを続けていくための「再建のシナリオ」になります。
本稿では、クリニックや診療所、医療法人の院長・理事長の方に向けて、「そろそろ経営改善計画を作るべきか」を判断するためのサインと、計画に盛り込むべき実務上の論点を整理していきます。
経営改善計画は「危機になってから作るもの」ではない
「経営改善計画」という言葉には、どうしても重い印象がつきまといます。
金融機関から返済条件の変更を求められたときに作るもの。赤字が続いてから、ようやく着手するもの。再生局面に追い込まれた医療機関だけに関係するもの。そんなふうに受け止められることが少なくありません。
けれども、実務の感覚としては、もう少し早い段階から考えておくべきものだと感じています。
経営改善計画には、早期の経営見直しとして作るものと、金融支援を伴う本格的な計画として作るものがあります。中小企業庁の早期経営改善計画策定支援は、資金繰りの管理や経営状況の把握といった基本的な経営改善に取り組む事業者が、認定経営革新等支援機関の支援を受けながら、資金繰り計画、ビジネスモデル俯瞰図、アクションプランなどを含む計画を策定する制度として位置づけられています。
出典:中小企業庁|早期経営改善計画策定支援
一方、金融支援を前提とした本格的な経営改善計画策定支援では、認定経営革新等支援機関が現状分析、課題の明確化、対応策、アクションプランを整理し、金融支援を受けながら資金繰りの安定を図っていく枠組みが用意されています。
出典:中小企業庁|経営改善計画策定支援
これを医療機関に置き換えると、次のように整理しておくと分かりやすいと思います。
| 自院の状態 | 必要な対応 |
|---|---|
| まだ資金繰りは回っているが、利益率の低下や現金の減少が見え始めた | 早期経営改善計画・内部改善計画 |
| 返済負担が重く、金融機関への説明が必要になっている | 金融機関向け経営改善計画 |
| 返済条件の変更、追加融資、保証協会対応が必要になっている | 金融支援を前提とした本格的な経営改善計画 |
| 自力再建が難しく、抜本的な事業再生や承継も視野に入る | 中小企業活性化協議会、弁護士、再生専門家等との連携 |
本稿で扱うのは、主に「法的整理に入る前」の段階です。民事再生や破産といった法的手続の詳細には踏み込みません。むしろ、その手前で、どの段階で気づき、どの数字を整理し、どのように金融機関や専門家と向き合っていくか。そこが本稿の中心になります。
経営改善計画を作るべきサイン一覧
まずは、自院に次のようなサインが出ていないか、一度確認してみてください。
| サイン | 何が起きている可能性があるか |
|---|---|
| 月次赤字が続いている | 患者数の減少、単価低下、固定費増加、人件費過多 |
| 黒字なのに現金が減っている | 借入返済、税金、設備投資、未収金、賞与支払の影響 |
| 借入返済後に資金が残らない | 返済原資の不足、借入過多、投資回収の遅れ |
| 運転資金借入で毎月の不足を埋めている | 本業キャッシュ・フローの不足 |
| 人件費率が上がり続けている | 人員配置、生産性、採用計画、診療体制の不整合 |
| 患者数はあるのに利益が出ない | 診療単価、材料費、外注費、時間当たり採算の問題 |
| 分院・在宅・新規サービスが計画未達 | 部門別採算、投資回収、固定費負担の問題 |
| 税金・社会保険料・仕入先支払が重い | 資金繰り計画の不足、納税資金管理の不備 |
| 金融機関から資料提出を求められる | 返済能力、事業見通し、資金繰り説明が必要 |
| 月次試算表が遅い・数字を説明できない | 経営判断の前提となる会計管理が弱い |
ひとつ当てはまるからといって、直ちに危険というわけではありません。ただ、これらが複数重なってくる場合には、もはや「作るかどうか」ではなく、「どの粒度で、どこまでの範囲を作るか」を考える段階に入っていると見たほうがよいでしょう。
ここからは、それぞれのサインを順番に見ていきます。
サイン1:赤字が「一時的」なのか「構造的」なのか説明できない
赤字が出たとき、最初に確認すべきことは、赤字の金額そのものではありません。
本当に大切なのは、その赤字が一時的なものなのか、それとも構造的なものなのか、という見極めです。
たとえば、単月で大きな修繕費や賞与、広告費が重なったために赤字になったのであれば、翌月以降には元に戻る可能性があります。一方で、患者数が減り、固定費は変わらず、人件費率が上がり、毎月少しずつ赤字が積み重なっている。これは構造的な赤字です。
医療機関では、売上の総額だけを眺めていると、赤字の要因を見誤ります。確認すべき切り口はいくつもあります。
外来の患者数が減っているのか。診療単価が下がっているのか。初診が減っているのか。再診の継続率が落ちているのか。自由診療や健診の件数が減っているのか。在宅部門や検査部門が計画どおりに伸びていないのか。あるいは、材料費、委託費、リース料、人件費が増えているのか。
診療所の経営を数字で読み解くときには、患者数、診療単価、損益分岐点、人件費率、設備投資、借入などを分けて捉える視点が欠かせません。外来患者数、年間売上、利益、人件費率、借入、設備投資といった項目を切り分けて把握しておくことが、判断の出発点になります。
経営改善計画の第一歩は、「赤字だから売上を増やそう」ではありません。赤字の発生源を、売上要因、費用要因、投資要因、資金要因に分けてみること。ここから始まります。
サイン2:黒字なのに現金が減っている
医療機関でよく見られるのが、「損益計算書は黒字なのに、預金残高がいっこうに増えない」という状態です。
このとき院長・理事長の感覚としては、「利益は出ているはずなのに、どうも資金が苦しい」となります。けれども、会計上の利益と資金繰りは、そもそも一致しません。
主な理由を挙げると、次のとおりです。
- 借入金の元本返済は、損益計算書上の費用にはならない
- 設備投資は、支払時に大きく資金が出ていくが、損益には減価償却費として分割して反映される
- 税金や社会保険料は、利益が出たあとから資金として出ていく
- 医業未収金が増えると、売上は立っても現金の回収が遅れる
- 賞与月、納税月、保険料の支払月には、資金が大きく減る
なかでも、借入金の元本返済は損益計算書上の費用にならないため、試算表が黒字でも現金は確実に減っていきます。資金繰りの状況を正しく把握しておくことは、医療機関の経営そのものを支える重要なテーマです。
このサインが出ている場合、経営改善計画には必ず資金繰り表を入れる必要があります。
少なくとも、向こう12か月分の月別資金繰りを作ってみてください。返済、税金、賞与、社会保険料、リース料、設備支払、未収金の回収を月ごとに織り込み、月末の現預金がどの水準まで落ちるのかを確認します。
利益の改善策だけでは足りません。資金繰りそのものの改善策が必要になります。
サイン3:借入返済が利益を上回っている
医療機関は、開業時、移転時、医療機器の更新時、分院開設時などに、大きな借入を行うことがあります。借入そのものが悪いわけではありません。問題になるのは、返済原資とのバランスです。
次のような状態になっている場合は、経営改善計画を検討すべき段階です。
- 年間の利益より、年間の元本返済額のほうが大きい
- 減価償却費を加味しても、返済の余力が乏しい
- 古い借入が残ったまま、次の設備投資を重ねている
- 借入の返済のために、さらに追加で借入をしている
- 金融機関ごとには把握しているが、全体の返済額を一覧にしていない
- リース、分割払い、親族借入を含めた実質的な債務を把握していない
借入の安全性は、金融機関ごとの融資単位ではなく、クリニック全体の借入残高と毎月の返済額で見る必要があります。銀行借入だけでなく、リースや分割払い、親族からの借入など、実質的に返済が必要なものは、まとめて把握しておくべきです。
この場合、経営改善計画では次のような資料を整えます。
| 資料 | 目的 |
|---|---|
| 借入一覧表 | 金融機関、残高、返済額、利率、期限、保証、担保を整理する |
| 返済予定表 | 月別の返済負担を把握する |
| キャッシュ・フロー計画 | 返済原資を説明する |
| 設備投資一覧 | 投資対象と返済期間が見合っているかを確認する |
| 金融機関別の対応方針 | 既存借入の条件変更や借換えの可能性を検討する |
金融機関に対しては、「いつから」「いくら」返済できるのかを、具体的な期日と金額で示す必要があります。実務の現場でも、金融機関が納得する経営改善計画には、保守的な売上計画、固定費の削減、そして返済可能額と時期の明示が欠かせないと感じています。
サイン4:運転資金借入で毎月の不足を埋めている
一時的な資金不足を、運転資金の借入で補うことはあります。しかし、毎月の不足を借入で埋める状態が続いているのであれば、問題は資金の調達ではなく、本業のキャッシュ・フローにあります。
たとえば、次のような状態です。
- 月末に資金が不足するたびに、短期借入を増やしている
- 賞与や納税のたびに、追加融資を受けている
- 返済が始まると、また資金が足りなくなる
- 本業で生み出した資金ではなく、借入で支払いを回している
- 金融機関への説明が「一時的な資金不足です」で止まっている
この状態では、資金繰り表だけでなく、損益の改善策も必要になります。
資金不足の原因は、患者数の減少なのか、固定費の過多なのか、設備投資の返済負担なのか、未収金の回収遅延なのか、それとも人件費の増加なのか。ここを切り分けないまま借入を続けてしまうと、返済負担が膨らみ、将来の選択肢はかえって狭まっていきます。
経営改善計画では、「いくら借りるか」よりも先に、「なぜ資金が不足しているのか」を説明する必要があります。
サイン5:人件費率が上がり続けている
医療機関の人件費は、単なる削減の対象ではありません。診療の質、患者さんへの対応、医療安全、採用力、定着率を支える基盤です。
とはいえ、人件費率が上がり続けている場合には、経営改善計画上の重要な論点になります。
人件費率が上がる原因は、給与水準が高いことだけではありません。
患者数が減っている。診療時間に対して人員が多い。採用はしたものの教育期間が長く、生産性がまだ上がっていない。離職が続き、採用費と教育コストが増えている。残業代が増えている。医師、看護師、事務、リハビリ、管理部門の役割分担が曖昧なままになっている。分院や在宅医療の人員配置が、計画とずれている。原因は、このように多岐にわたります。
医療機関では、採用・教育・定着の仕組みが整っていないと、人件費は増えても、提供する価値や生産性には結びつきません。スタッフの採用、育成、定着については、その仕組みと基準づくりこそが大切だと考えています。
経営改善計画で人件費を扱うときに、安易に人員削減を前提にすべきではありません。
むしろ、次のような順番で見ていきます。
- 職種別の人員を整理する
- 診療時間帯ごとの患者数と、人員配置を比較する
- 残業時間、欠勤、離職、採用費を確認する
- 受付、会計、診療補助、検査、レセプト、在宅事務の業務量を見直す
- 役割分担、マニュアル、教育、評価を整える
- 必要な人件費と、過剰な人件費を分ける
医療機関における改善計画は、単純なコストカット計画ではありません。人件費に手をつける前に、診療体制と生産性を整えることが先決です。
サイン6:患者数はあるのに利益が残らない
患者数が多い医療機関でも、利益が残らないことがあります。
この場合、売上が足りないのではなく、採算の構造に問題があります。
診療単価が低い。来院頻度が落ちている。検査・処置・管理料の構成が変わってきている。材料費や検査委託費が増えている。予約枠は埋まっているのに、医師やスタッフの時間当たり採算が低い。自由診療や健診の説明に時間がかかり、採算が合っていない。在宅医療や分院の共通費を配賦していない。要因として考えられるのは、こうした点です。
この状態では、全体の損益計算書だけを見ても、原因は見えてきません。必要なのは、部門別・機能別の採算です。
外来、在宅、自由診療、健診、検査、リハビリ、分院、訪問看護、介護周辺事業などを分けて見ていくと、全体では黒字でも、特定の部門が資金を使い込んでいることが分かってきます。
経営改善計画では、改善の対象を明確にしておく必要があります。
外来の患者数を増やすのか。診療単価を見直すのか。予約枠の使い方を変えるのか。材料費・委託費を見直すのか。赤字部門を縮小するのか。自由診療や健診の価格、説明、導線を見直すのか。
改善策が曖昧なままだと、その後のモニタリングも、どうしても曖昧になってしまいます。
サイン7:分院・在宅医療・新規サービスが計画未達になっている
成長のための投資が計画どおりに進んでいない場合も、経営改善計画を作るべきサインです。
分院の患者数が立ち上がらない。分院長や勤務医の確保が安定しない。在宅医療の訪問件数は増えたものの、移動時間と事務負担が重い。自由診療の設備に投資したのに、件数が伸びてこない。オンライン診療や予約システムを導入したが、効果を測定できていない。新規サービスの売上は増えたが、説明時間、人件費、広告費が重くのしかかっている。こうした状態です。
このとき、「もう少し頑張ろう」というだけでは足りません。
新規の展開は、初期投資、固定費、人件費、資金繰り、そして撤退の条件まで、事前に設計しておくべきものです。計画の未達が起きているのなら、当初の前提と実績を突き合わせ、継続するのか、縮小するのか、撤退するのか、再投資するのかを判断していく必要があります。
分院や移転のための借入では、新しい拠点が計画どおりに立ち上がらなくても、本院が耐えられるかどうかを見ておくべきです。本院単独の月次利益、月末の現金、既存借入の返済額、新拠点が黒字化するまでの期間、そして計画未達のときの資金繰り。こうした点を確認しておく視点が欠かせません。
経営改善計画において、成長投資そのものを否定する必要はありません。ただし、当初の前提を見直したうえで、どこまで続けるのか、何を修正するのか、資金繰り上どこまで許容できるのかを、はっきりさせておきます。
サイン8:税金・社会保険料・仕入先支払が重くなっている
税金、社会保険料、仕入先への支払いが重く感じられるようになってきたら、資金繰りの赤信号です。
とりわけ注意したいのは、次のような状態です。
- 納税資金を確保しないまま、設備投資や借入返済を優先している
- 社会保険料の支払月になると、資金が不足する
- 賞与の支払い後に、納税資金が足りなくなる
- 仕入先への支払サイトを延ばしている
- クレジットカードや未払金が増えている
- 源泉所得税、住民税、社会保険料の管理が後手に回っている
税金や社会保険料は、通常の取引債務とは性質が異なります。滞納してしまうと、金融機関、行政、税務、労務という複数の領域に、一度に影響が及びます。
経営改善計画では、納税予定、社会保険料、源泉所得税、賞与、借入返済を月別に織り込んだ資金繰り表を作成します。損益の改善だけでなく、「いつ、どの支払いが重なるのか」を見える化しておくことが大切です。
サイン9:金融機関への説明が後手に回っている
金融機関への説明が必要になってから、慌てて資料を作り始める医療機関は少なくありません。
しかし、資金繰りが悪くなってから説明に動くと、金融機関の側からは「なぜもっと早く相談してくれなかったのか」という印象になってしまいます。
金融機関に対しては、次のような資料を、いつでも説明できる状態にしておくことが望ましいでしょう。
- 直近の月次試算表
- 前年同月との比較
- 予算と実績の比較
- 資金繰り表
- 借入一覧表
- 患者数・単価・初診数などのKPI
- 改善のアクション
- 今後の返済見通し
- 設備投資や採用の計画
- 税金・社会保険料の支払予定
経営計画を作成している場合には、月次の目標利益計画と行動計画の実績、計画を下回ったときの改善策、試算表の内容、そして外部環境の変化による計画の見直しを、金融機関へ報告していくことが大切です。
経営改善計画は、金融機関に「待ってください」とお願いするための資料ではありません。自院の現状を正確に示し、どの施策によって、いつ、どの程度改善し、返済原資をどう確保していくのかを説明するための資料です。
金融庁も、事業者支援にあたって、金融機関や信用保証協会等が経営悪化の予兆を早期に把握し、関係者間で情報を共有・連携しながらモニタリングを高度化していくことを求めています。
出典:金融庁|「再生・再チャレンジ支援円滑化パッケージ」を踏まえた事業者支援の徹底等について
医療機関の側も、説明できる数字を、早めに整えておくことが重要です。
サイン10:月次試算表が遅く、数字の信頼性に不安がある
経営改善計画を作る前提として、月次の数字が使える状態になっていなければなりません。
次のような状態がある場合には、改善計画よりも先に、月次管理の整備が必要です。
- 月次試算表が2か月以上遅れている
- 現預金残高と会計上の残高が合っていない
- 未収金の内訳が分からない
- 借入残高が金融機関の残高と一致していない
- 医業収益、自由診療、健診、物販の区分が曖昧である
- 設備投資と修繕費の区分が曖昧である
- 役員・親族・MS法人との取引が整理されていない
- 証憑、契約書、請求書、領収書の保管が属人的になっている
医療法人の経理の仕組みを整えるうえでも、資金会計、資金管理、予算と資金計画、資金調達、医業収益の管理、債権債務の管理、予算管理会計、内部・外部の監査といった要素を、体系的に押さえておくことが基礎になります。
経営改善計画は、きれいな数字をつくるための資料ではありません。後から第三者に説明できる数字を土台にして、実行可能な改善策を組み立てていくものです。
数字の信頼性が弱いまま作った計画は、金融機関にも、後継者にも、スタッフにも、説明しづらくなってしまいます。
医療機関の経営改善計画に入れるべき内容
経営改善計画には、少なくとも次の項目を入れておくべきです。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 現状分析 | 売上、患者数、診療単価、費用、人件費、借入、資金繰り |
| 赤字要因分析 | 売上減少、固定費増加、投資未達、人員過多、返済負担 |
| 資金繰り表 | 過去実績と、将来12〜36か月の資金見通し |
| 売上改善策 | 患者数、初診、再診、診療単価、在宅、健診、自由診療など |
| 固定費削減策 | 家賃、リース、委託費、広告費、システム費、保守費 |
| 人件費・組織改善 | 職種別人員、役割分担、採用、教育、残業、離職 |
| 投資見直し | 分院、設備、在宅、新規サービスの継続・縮小・撤退 |
| 金融機関対応 | 借入一覧、返済可能額、条件変更、新規融資の必要性 |
| アクションプラン | 誰が、いつまでに、何を実行するか |
| モニタリング | 月次で確認するKPI、予実差異、改善会議 |
中小企業庁の早期経営改善計画でも、ビジネスモデル俯瞰図、経営課題と解決策、アクションプラン、損益計画、資金繰表、そして計画策定後の伴走支援が整理されています。
出典:中小企業庁|早期経営改善計画策定支援
医療機関においても、この枠組みを「一般企業向けのもの」として片づけてしまうのではなく、自院の診療構造に合わせて読み替えていくことが大切です。
赤字要因分析では「売上不足」と一括りにしない
経営改善計画で最も重要なのは、赤字要因の分析です。
ここを曖昧にしてしまうと、改善策もそのまま曖昧になります。
「売上が足りない」で終わらせるのではなく、次のように分解していきます。
| 分解項目 | 確認すること |
|---|---|
| 患者数 | 初診、再診、継続患者、予約枠、キャンセル |
| 診療単価 | 保険診療、自由診療、健診、検査、在宅 |
| 診療時間 | 医師1時間あたりの患者数、診察室の稼働、待ち時間 |
| 来院頻度 | 慢性疾患、生活習慣病、再診間隔 |
| 診療圏 | 競合、人口動態、駅前・住宅地、患者動線 |
| 広報 | 公式サイト、Google、来院動機、紹介経路 |
| 部門別採算 | 外来、在宅、自由診療、検査、分院 |
| 費用構造 | 人件費、材料費、委託費、リース、広告費 |
| 資金構造 | 借入返済、納税、設備投資、未収金 |
赤字の要因が患者数にあるのか、単価にあるのか、人件費にあるのか、固定費にあるのか、あるいは返済負担にあるのか。それによって、打つべき手はまったく変わってきます。
医療機関の経営では、感覚的に「頑張る」のではなく、数字を分解して、改善の対象を特定していく必要があります。
固定費削減は、診療品質を壊さない順番で行う
経営改善計画では、固定費の削減が避けられないこともあります。
ただし医療機関では、単純なコストカットが、患者安全や診療の質に影響してしまう可能性があります。だからこそ、削減には順番があります。
まず見直すべきは、診療の質に直接は影響しにくい固定費です。
- 使われていないシステム
- 効果を測定していない広告費
- 重複している保守契約
- 稼働率の低いリース機器
- 過剰な外注費
- 実態に合わない顧問・委託契約
- 不要なサブスクリプション
- 遊休資産
- 過大な在庫
一方で、人件費、感染対策、医療安全、施設基準にかかわる費用は、慎重に扱う必要があります。
内部統制の観点から見ても、リスク評価、統制活動、情報と伝達、モニタリングは、医療機関の運営を支える基盤です。
削るべき費用と、守るべき費用を分けること。これが、医療機関の経営改善ではとりわけ重要になります。
売上改善策は「患者を増やす」だけではない
経営改善計画における売上改善策は、単に広告を増やすことではありません。
医療機関の売上改善には、少なくとも次のような方向があります。
- 既存の患者さんの継続率を高める
- 初診の患者さんの導線を整える
- 診療圏と患者層を見直す
- 予約枠、診療時間、検査の導線を改善する
- 慢性疾患の管理を丁寧に設計する
- 在宅医療、健診、予防接種、自由診療などの採算を確認する
- 公式サイトやGoogleからの来院動機を測定する
- 紹介元との連携を整える
- 患者さんへの説明と、再診継続の仕組みを見直す
医療機関では、売上の拡大と患者さんにとっての価値を、対立させる必要はありません。むしろ、患者さんにとって分かりやすく、継続しやすく、説明責任を果たした診療体制を整えることが、結果として安定した収益につながっていきます。
ただし、診療報酬は公定価格であり、制度改定の影響を受けます。令和8年度の診療報酬改定でも、医療DXやICT連携、在宅療養患者の後方支援、地域包括ケア、効率化・適正化などが、改定の視点として打ち出されています。なお、算定要件や施設基準などの詳細は、正式な告示・通知等で確認する必要があります。
出典:厚生労働省|令和8年度診療報酬改定について【医科全体版】
経営改善計画では、こうした制度改定の影響も織り込み、単価の前提を過度に楽観的に置かないことが大切です。
金融機関向け経営改善計画で避けるべきこと
金融機関に提出する経営改善計画では、次のような計画は、どうしても信頼されにくくなります。
- 売上が毎年、自然に増えていく前提になっている
- 固定費の削減策が具体化されていない
- 返済原資がどこから出てくるのか不明である
- 資金繰り表がない
- 借入一覧が不完全である
- 税金・社会保険料の支払予定が入っていない
- 院長・理事長の個人資金と法人資金が混在している
- 分院や新規サービスの赤字が隠れている
- アクションプランに責任者と期限がない
- モニタリングの方法が決まっていない
金融機関は、前向きな言葉だけで判断するわけではありません。月次の数字、返済能力、改善施策の実現可能性、経営者の関与、そして情報開示の姿勢を見ています。
経営改善計画の主人公は、専門家でも金融機関でもありません。院長・理事長ご自身です。専門家は、数字と論点を整理し、説明可能な計画へと落とし込んでいく役割を担います。
経営改善計画は、作った後のモニタリングが本番
経営改善計画は、作って終わりではありません。
むしろ、計画を策定した後のモニタリングこそが本番です。
毎月、次のような事項を確認していきます。
- 売上は計画と比べてどうか
- 患者数、単価、初診数、再診数はどうか
- 人件費率、材料費率、委託費率はどうか
- 資金繰りは計画どおりか
- 借入の返済後に、現金は残っているか
- 改善のアクションは実行されたか
- 未達の原因は何か
- 次の月に何を修正するか
- 金融機関へ何を報告するか
中小企業庁の早期経営改善計画策定支援でも、計画策定後の進捗・取組状況の確認、計画と実績に差異が生じた場合の対応策の検討、そして金融機関等への報告が示されています。
出典:中小企業庁|早期経営改善計画策定支援
医療機関でも、これは同じです。改善計画は、金融機関に提出するための「完成品」ではなく、毎月更新しながら経営判断に使っていく資料なのです。
早期相談が重要な理由
資金繰りが厳しくなってくると、院長・理事長はどうしても、目の前の支払いに追われてしまいます。
しかし、資金が尽きかけてからでは、選べる手はぐっと少なくなります。
返済条件の変更について、交渉できる余地が狭くなる。税金や社会保険料への対応が難しくなる。仕入先やスタッフのあいだに不安が広がる。採用や広報に必要な投資ができなくなる。承継やM&Aの選択肢が狭まる。そして、金融機関への説明が後手に回る。
早い段階であれば、まだ打てる手があります。
固定費の見直し。診療体制の改善。採算の悪い部門の修正。借入返済の再設計。金融機関への事前の説明。新規投資の延期。人員配置の見直し。月次管理の整備。そして、承継や第三者承継の検討。こうした選択肢が、まだ手元に残されています。
2026年5月1日適用の改定では、早期経営改善計画策定支援について、民間金融機関が支援を行う対象先の見直し、伴走支援の補助対象の追加、補助上限額の引き上げ、計画への実態貸借対照表の追加などが示されています。また、経営改善計画策定支援についても、策定する計画への数値基準の導入や、対象となる金融支援の見直しが示されています。
出典:中小企業庁|早期経営改善計画策定支援(Vアップ事業)及び経営改善計画策定支援(405事業)の手引き・FAQ等を改定等します
制度を利用できるかどうかは個別の確認が必要ですが、少なくとも政策の方向性としても、早期の把握、計画の策定、伴走支援、モニタリングの重要性は、いっそう高まっています。
経営改善計画を作る前に整理しておきたい資料
専門家や金融機関に相談する前に、次のような資料を整理しておくと、検討の精度がぐっと上がります。
| 資料 | 確認目的 |
|---|---|
| 過去3期分の決算書 | 中長期の損益・財務構造を確認する |
| 直近12か月の試算表 | 月次の推移を確認する |
| 月別の患者数・単価 | 売上変動の原因を分解する |
| 診療科・部門別の売上 | 収益源と赤字部門を確認する |
| 人件費の内訳 | 職種別の人員と生産性を確認する |
| 借入一覧表 | 残高、返済額、利率、担保、保証を確認する |
| リース一覧 | 固定支払と設備更新の負担を把握する |
| 資金繰り表 | 月末の資金残高と支払予定を把握する |
| 未収金一覧 | 回収状況と資金化の遅れを確認する |
| 税金・社会保険料の予定 | 納付資金を見込む |
| 分院・在宅・新規サービスの損益 | 投資採算を確認する |
| 契約書・議事録・届出控え | 法人運営・行政対応を確認する |
| 改善したい課題のメモ | 相談の論点を明確にする |
資料が完全に揃っていなくても、相談を始めることはできます。ただ、資料があちこちに散らばっている場合は、それ自体が経営改善のテーマだと考えてよいでしょう。
数字と資料を整えることは、単なる事務作業ではありません。医療機関が、患者さん、スタッフ、金融機関、後継者、行政、外部の関係者に対して、きちんと説明できる状態をつくるための基盤です。
経営改善計画でしてはいけないこと
最後に、経営改善計画を作る際に避けるべきことを整理しておきます。
根拠のない売上増加を置く
「来年は患者数が戻る」「広告を増やせば伸びる」「分院もそのうち軌道に乗るはず」。こうした前提だけでは、計画とは呼べません。
売上の改善策には、患者数、単価、来院頻度、予約枠、紹介元、広告効果、担当者、期限を、きちんと織り込む必要があります。
固定費削減を一律に行う
医療機関には、削ってよい費用と、削ってはいけない費用があります。医療安全、感染対策、施設基準、個人情報、スタッフ教育にかかわる費用を過度に削ってしまうと、後から大きなリスクとなって返ってきます。
金融機関への説明を先送りする
資金繰りが厳しくなってからの説明は、選べる手を狭めてしまいます。早い段階で、試算表、資金繰り表、改善策を携えて説明することが大切です。
院長・理事長が計画に関与しない
専門家が資料を作っても、経営者ご自身が内容を理解していなければ、金融機関にもスタッフにも説明できません。経営改善計画は、経営者が自院の状態を自分の言葉で説明するための資料です。
モニタリングしない
計画と実績の差異を見ていかなければ、計画はあっという間に古くなります。経営改善計画は、毎月の経営会議や、専門家との面談で使っていくべき資料です。
まとめ:経営改善計画は、医療機関を守るための早期診断である
医療機関の経営改善計画は、危機を演出するための資料ではありません。
赤字の要因を分ける。資金繰りを見通す。固定費を見直す。売上の改善策を具体化する。借入の返済能力を説明する。金融機関と早めに対話する。そして毎月、計画と実績を見比べていく。
この一連の流れを通じて、医療機関を継続可能な状態へと戻していくための、実務的なツールです。
医療機関には、患者さん、地域、スタッフ、金融機関、後継者への責任があります。だからこそ、赤字や資金繰りの悪化を「一時的なもの」として放置せず、早い段階で数字と事実に向き合っていくことが大切です。
守りの仕組みを整えることは、成長を止めることではありません。むしろ、将来の設備投資、採用、在宅医療、分院、承継、M&Aといった選択肢を残しておくための基盤になります。
経営改善計画を作るべきか迷っている医療機関の方へ
赤字が続いているが、原因をうまく整理できていない。黒字なのに、現金が残らない。借入の返済が重く、金融機関への説明に不安がある。分院、在宅医療、新規サービスへの投資が、計画どおりに回っていない。固定費や人件費を見直したいが、診療の質への影響が心配だ。月次試算表、資金繰り表、借入一覧、改善アクションを、一体として整えたい。
このような状況では、経営改善計画を作るかどうかを、お一人で抱え込む必要はありません。大切なのは、早い段階で現状を数字に落とし込み、どの改善策を、どの順番で実行すべきかを確認していくことです。
犬飼公認会計士・税理士事務所では、医療機関の月次決算、資金繰り表、部門別損益、借入一覧、予実管理、金融機関への説明資料、経営改善計画の整理を通じて、院長・理事長が納得して判断できる材料づくりをご支援しています。
自院の赤字要因や資金繰りを冷静に整理し、金融機関や専門家とともに具体的な改善策を検討したいとお考えの方は、犬飼公認会計士・税理士事務所HPのお問い合わせページからご相談ください。
重要ポイントの振り返り
| 論点 | 確認すべきこと | 経営判断へのつながり |
|---|---|---|
| 赤字の性質 | 一時的赤字か、構造的赤字か | 改善計画が必要な段階かを判断できる |
| 売上要因 | 患者数、診療単価、初診、再診、来院頻度 | 売上改善策を具体化できる |
| 費用要因 | 人件費、材料費、委託費、家賃、リース料 | 固定費削減と必要投資を分けられる |
| 黒字でも現金減少 | 借入返済、税金、賞与、設備投資、未収金 | 資金繰り表の必要性を判断できる |
| 借入返済負担 | 借入残高、返済額、利率、返済期限、保証 | 返済可能額と金融機関説明を整理できる |
| 運転資金借入 | 毎月の不足を借入で補っていないか | 本業キャッシュ・フローの問題を把握できる |
| 人件費率 | 職種別人員、生産性、残業、離職、採用費 | 削減ではなく、配置・教育の改善を検討できる |
| 部門別採算 | 外来、在宅、自由診療、健診、分院、新規サービス | 赤字部門や投資未達を特定できる |
| 税金・社会保険料 | 納付予定、源泉所得税、社会保険料、住民税 | 支払遅延を防ぎ、資金繰りに織り込める |
| 金融機関対応 | 試算表、資金繰り表、借入一覧、返済見通し | 後手ではなく、早期の説明ができる |
| 月次管理 | 試算表の早期化、証憑、未収金、会計残高 | 改善計画の前提となる数字を整えられる |
| 固定費削減 | 削ってよい費用と、守るべき費用の区分 | 医療の質を壊さない改善ができる |
| 売上改善策 | 患者導線、予約枠、再診継続、広報、紹介元 | 「患者を増やす」だけでない改善策を設計できる |
| アクションプラン | 誰が、いつまでに、何を実行するか | 計画を実務に落とし込める |
| モニタリング | 予実差異、KPI、資金残高、改善進捗 | 作って終わりにしない経営改善につなげられる |