貸借対照表の「純資産の部」は、単に「資産から負債を差し引いた残額」を表示しているだけの場所ではありません。
上場企業の決算実務では、純資産の部から、いくつもの情報を読み取ることが求められます。株主から拠出された資本、事業活動から蓄積された利益、損益を経由せずに認識された評価差額、株式報酬・新株予約権に関する権利、そして連結子会社の非支配株主に帰属する持分。これらがどのような性格の項目として整理されているのかを、区分ごとに把握していく必要があります。
とりわけ日本基準では、純資産の部は会社法上の資本制度、金融商品取引法上の開示、連結財務諸表、株主資本等変動計算書、さらには配当・自己株式・株式報酬・組織再編といった論点と密接に結びついています。
したがって純資産の部を理解するうえでは、「純資産合計がいくらか」だけを見ていても不十分です。次のような視点が重要になります。
- その増減は、株主との資本取引によるものか
- 事業活動によって獲得した利益によるものか
- 損益計算書を経由しない評価・換算差額によるものか
- 新株予約権や株式引受権のように、将来の株式発行・株式報酬と関係する項目か
- 連結財務諸表上、親会社株主に帰属する部分か、非支配株主に帰属する部分か
- 株主資本等変動計算書で、その変動理由を説明できるか
本稿では日本基準を前提に、純資産の部の基本構造を、上場企業の決算・開示・監査対応で説明できる水準まで整理していきます。
純資産の部は「誰に帰属する純資産か」を整理する表示区分である
貸借対照表は、資産の部、負債の部、純資産の部に区分されます。純資産の部は資産と負債の差額として把握される残余部分ですが、会計上は、その内訳を性質別に表示することとされています。
企業会計基準第5号「貸借対照表の純資産の部の表示に関する会計基準」では、純資産の部を株主資本と株主資本以外の各項目に区分し、株主資本をさらに資本金、資本剰余金、利益剰余金に区分することが示されています。
個別貸借対照表では、株主資本以外の項目として、評価・換算差額等、株式引受権、新株予約権が表示されます。連結貸借対照表では、これに加えて非支配株主持分が問題となります。
出典:企業会計基準委員会|企業会計基準第5号 貸借対照表の純資産の部の表示に関する会計基準
この区分は、単なる表示上の分類ではありません。純資産の部は、会社の財政状態を次のような性質に分けて説明する場所だからです。
まず、株主が会社に拠出した資本と、それを基礎として獲得・蓄積された利益を示す部分があります。これが株主資本です。
次に、資産・負債の評価差額や為替換算差額のように、損益計算書を経由せずに純資産へ累積されていく項目があります。個別財務諸表では評価・換算差額等として、連結財務諸表ではその他の包括利益累計額として整理される領域です。
さらに、新株予約権や株式引受権のように、株主資本そのものではないものの、負債とも言い切れず、将来の株式発行や株式報酬と関係する項目もあります。
そして連結財務諸表では、親会社株主以外の持分である非支配株主持分も純資産の部に含まれます。非支配株主持分は返済義務を伴う負債ではありませんが、かといって親会社株主に帰属する持分でもありません。このため、純資産合計をそのまま親会社株主の持分と理解してしまうと、連結財務諸表の読み方を誤る可能性があります。
こうして見ると、純資産の部とは、「資産から負債を控除した残額」を、さらに「誰に帰属するのか」「どのような発生原因を持つのか」「損益計算書を経由したのか」「将来の株式発行や支配関係と関係するのか」という観点で分解していく表示区分だといえます。
株主資本は、資本金・資本剰余金・利益剰余金を中心に構成される
純資産の部の中核をなすのは、株主資本です。
株主資本とは、基本的に、株主に帰属する純資産のうち、資本取引と利益の蓄積を表示する区分をいいます。日本基準では、株主資本は資本金、資本剰余金、利益剰余金に区分されます。加えて、自己株式は株主資本から控除する形で表示されます。
資本金
資本金は、会社法上の資本金の額と結びつく項目です。設立または株式発行に際して払い込まれた財産の額を基礎に、会社法上の規律に従って資本金の額が決まります。
会社法第445条では、設立または株式発行に際して株主となる者が払い込みまたは給付をした財産の額を資本金の額とすることを基本としつつ、その一部を資本金として計上しないことができ、その場合には資本準備金として計上する規律が置かれています。
出典:e-Gov法令検索|会社法
上場企業実務において、資本金は単なる会計科目にとどまりません。会社法上の資本制度、減資、資本準備金への振替、資本政策、外形標準課税、中小企業特例の判定、財務制限条項など、複数の制度と接続していきます。
そのため資本金の増減を検討する場合には、会計処理だけを見るのではなく、会社法手続、税務影響、開示、金融機関・株主への説明まで確認しておく必要があります。
資本剰余金
資本剰余金は、株主等との資本取引から生じた剰余金を表示する区分です。
個別財務諸表では、資本剰余金は資本準備金とその他資本剰余金に区分されます。資本準備金は、会社法上の法定準備金としての性質を持つものです。一方でその他資本剰余金は、資本取引により生じる剰余金のうち、資本準備金以外の項目を指します。
ここで押さえておきたいのは、資本剰余金は「利益」ではないという点です。
その他資本剰余金から配当が行われる場合もありますが、会計上は利益剰余金からの配当とは性質が異なります。資本剰余金は株主からの拠出資本に由来するものであり、利益剰余金と混同してしまうと、配当原資、投資者への説明、税務上の取扱い、資本取引と損益取引の区分を誤る可能性があります。
利益剰余金
利益剰余金は、企業が事業活動等によって獲得した利益の累積額を表示する区分です。
個別財務諸表では、利益剰余金は利益準備金とその他利益剰余金に区分され、その他利益剰余金のうち任意積立金などは、その内容を示す科目で表示されます。なかでも繰越利益剰余金は、過年度の利益累積、当期純利益、配当、積立金の取崩しなどを反映する重要な項目です。
利益剰余金は、配当、欠損填補、減資、組織再編、過年度訂正、会計方針変更などによって大きく変動します。したがってその増減を確認する際には、損益計算書の当期純利益だけを追うのではなく、株主資本等変動計算書の変動事由まで確認しておく必要があります。
自己株式
自己株式は、株主資本の末尾において控除する形で表示されます。会社が自社の株式を取得して保有している状態を表すものであるため、株主資本の増加項目ではなく、株主資本から控除される項目として扱われます。
自己株式は、取得、処分、消却、株式報酬、組織再編、ESOP信託等に関連して論点化しやすい項目でもあります。企業会計基準第1号「自己株式及び準備金の額の減少等に関する会計基準」は、自己株式の取得、保有、処分、消却、資本金・準備金の額の減少の会計処理を対象としています。
出典:企業会計基準委員会|企業会計基準第1号 自己株式及び準備金の額の減少等に関する会計基準
自己株式の処理では、処分差額を損益として処理するのではなく、資本剰余金等で処理する点が重要になります。これは、自己株式取引が株主との資本取引として整理されるためです。
評価・換算差額等とその他の包括利益累計額は、損益を経由しない純資産変動を示す
純資産の部を理解するうえで、株主資本と並んで重要になるのが、評価・換算差額等またはその他の包括利益累計額です。
これらは、資産または負債の評価差額等のうち、当期の損益として認識されないものを純資産に累積していく項目です。
企業会計基準第5号では、評価・換算差額等に、その他有価証券評価差額金、繰延ヘッジ損益、為替換算調整勘定、退職給付に係る調整累計額等が含まれることが示されています。また、これらが法人税等や税効果を控除した後の金額で表示される点にも留意が必要です。
出典:企業会計基準委員会|企業会計基準第5号 貸借対照表の純資産の部の表示に関する会計基準
個別財務諸表では「評価・換算差額等」として表示されます。一方、連結財務諸表では「その他の包括利益累計額」として表示される項目が中心となります。
財務諸表等規則では、個別財務諸表における純資産は、株主資本、評価・換算差額等、株式引受権、新株予約権に分類されます。連結財務諸表規則では、連結純資産は、株主資本、その他の包括利益累計額、株式引受権、新株予約権、非支配株主持分に分類されます。
出典:e-Gov法令検索|財務諸表等の用語、様式及び作成方法に関する規則
出典:e-Gov法令検索|連結財務諸表の用語、様式及び作成方法に関する規則
実務上は、評価・換算差額等やその他の包括利益累計額について、次の点を区別して整理していく必要があります。
- どの会計基準に基づく評価差額か
- 当期純利益には含まれていないのか
- その他の包括利益として当期に発生したものか
- 過年度から累積しているものか
- 税効果控除後の金額か
- 将来、損益へ組替調整される可能性があるか
- 親会社株主に帰属する部分と非支配株主に帰属する部分を区分しているか
例えば、その他有価証券評価差額金であれば、金融商品会計と税効果会計の双方を確認することになります。繰延ヘッジ損益は、ヘッジ会計の適用要件や有効性評価と接続します。為替換算調整勘定は、在外子会社等の財務諸表換算や連結除外時の処理と関係します。退職給付に係る調整累計額は、退職給付会計における数理計算上の差異や過去勤務費用の連結上の処理と接続していきます。
包括利益会計基準では、包括利益を、特定期間に認識された純資産の変動額のうち、持分所有者との直接的な取引によらない部分と定義しています。そして、その他の包括利益は、包括利益のうち当期純利益に含まれない部分とされています。
出典:企業会計基準委員会|企業会計基準第25号 包括利益の表示に関する会計基準
ここで誤解しやすいのが、「損益計算書を通っていないから重要性が低い」と考えてしまうことです。
評価・換算差額等やその他の包括利益累計額は、当期純利益に影響しない場合であっても、純資産、自己資本比率、包括利益、配当政策、財務制限条項、KAM、投資者説明に影響することがあります。特に上場企業では、当期純利益だけでなく、包括利益、純資産、親会社株主に帰属する持分の変動として説明できるかどうかが重要になります。
新株予約権と株式引受権は、株主資本ではないが純資産の部に表示される
純資産の部には、株主資本以外の項目として、新株予約権や株式引受権が表示されることがあります。
新株予約権とは、将来、一定の条件で株式の交付を受けることができる権利です。ストック・オプションや新株予約権付社債、資金調達、役員・従業員向け報酬制度などと関係してきます。
新株予約権は、発行時点で直ちに株主資本そのものになるわけではありません。権利行使されるまでは、株主資本とは区別して純資産の部に表示されます。権利行使があれば資本金・資本準備金等に振り替えられ、失効すれば戻入益等が問題となります。
一方、株式引受権は、近年の会社法改正と株式報酬実務に関連して重要性が増した項目です。
実務対応報告第41号「取締役の報酬等として株式を無償交付する取引に関する取扱い」は、会社法第202条の2に基づき、取締役等への報酬等として金銭の払込み等を要しないで株式の発行等をする取引を対象とし、その会計処理・開示を定めています。同実務対応報告では、事前交付型・事後交付型、勤務条件・業績条件、公正な評価額等の概念が整理されています。
出典:企業会計基準委員会|実務対応報告第41号 取締役の報酬等として株式を無償交付する取引に関する取扱い
株式報酬に関する会計処理では、付与日、対象勤務期間、権利確定条件、失効見込み、公正な評価単価、株式数の見積りといった要素が、純資産項目や費用計上に影響します。実務対応報告第41号では、取締役等に対して新株を発行し、企業が取締役等から取得するサービスを、その取得に応じて費用として計上することが示されています。
出典:企業会計基準委員会|実務対応報告第41号 取締役の報酬等として株式を無償交付する取引に関する取扱い
上場企業では、株式報酬制度の導入・変更に伴い、純資産の部に表示される新株予約権や株式引受権の意味を、役員報酬開示、株主総会議案、適時開示、監査対応と整合させていく必要があります。
「純資産に表示されているから資本である」と単純に捉えるのではなく、株主資本なのか、株主資本以外の純資産項目なのか、将来どのような条件で資本金・資本剰余金・自己株式処分等に影響するのかまで整理しておくことが重要です。
非支配株主持分は、連結財務諸表でのみ問題となる純資産項目である
非支配株主持分は、連結財務諸表における重要な純資産項目です。
連結財務諸表は、親会社と子会社からなる企業集団を単一の組織体とみなし、財政状態、経営成績、キャッシュ・フローの状況を総合的に報告するために作成されます。
出典:企業会計基準委員会|企業会計基準第22号 連結財務諸表に関する会計基準
このとき、子会社の純資産のうち、親会社株主に帰属しない部分が非支配株主持分として表示されます。非支配株主持分は負債ではありません。返済義務を伴うものではないからです。しかし、親会社株主に帰属する株主資本でもありません。
こうした性質があるため、連結純資産を分析する場合には、少なくとも次の3つを区別しておく必要があります。
- 純資産合計
- 親会社株主に帰属する持分
- 非支配株主に帰属する持分
特に、非支配株主が存在する子会社において、当期純利益、その他の包括利益、為替換算調整勘定、追加取得、一部売却、支配喪失、子会社株式の売却、組織再編が生じる場合には、非支配株主持分の変動が複雑になります。
連結子会社の個別貸借対照表上の評価・換算差額等は、持分比率に基づき、親会社持分と非支配株主持分に按分されることがあります。したがって連結上のその他の包括利益累計額や非支配株主持分を確認する際には、個別財務諸表の残高を単純に足し合わせるだけでは不十分です。
非支配株主持分の変動は、連結貸借対照表、連結損益計算書、連結包括利益計算書、連結株主資本等変動計算書の整合性をもって説明する必要があります。とりわけ追加取得や一部売却がある場合には、資本剰余金の変動、親会社株主に帰属する当期純利益、非支配株主に帰属する当期純利益、その他の包括利益の帰属を、丁寧に確認していくことになります。
個別財務諸表と連結財務諸表では、純資産の見方が異なる
純資産の部は、個別財務諸表と連結財務諸表とで見方が異なります。
個別財務諸表は、単一の会社を報告単位とします。そのため、会社法上の資本金、資本準備金、利益準備金、その他資本剰余金、その他利益剰余金、自己株式など、会社単体の資本制度との関係が強くなります。
一方、連結財務諸表は企業集団を報告単位とします。親会社の個別財務諸表に計上されている子会社株式は、連結上、子会社の資産・負債・純資産と相殺消去されます。そして、子会社の取得後利益、非支配株主持分、その他の包括利益累計額、為替換算調整勘定、のれん、評価差額などが連結純資産に影響していきます。
このため、個別財務諸表と連結財務諸表では、同じ「純資産」という名称であっても、意味するところが異なります。
個別純資産は、会社法計算、配当可能性、資本政策、単体税務、債権者保護と結びつきやすい項目です。これに対して連結純資産は、企業集団としての財政状態、親会社株主に帰属する持分、非支配株主持分、包括利益、資本市場向け説明と結びついていきます。
実務上よくある誤りが、連結純資産の増減を、そのまま単体の配当可能性や資本金・準備金の議論に持ち込んでしまうことです。
会社法計算においては、株主・債権者への情報提供と剰余金分配の規制という目的が重要になります。会社法上の計算は、株主と会社債権者の利害調整と密接に関係するからです。
一方、金融商品取引法上の財務報告は、投資者に対する情報提供を中心に据えています。上場企業では、会社法計算書類と金商法財務諸表の双方を意識しながら、純資産の部を整理していく必要があります。
株主資本等変動計算書は、純資産の「なぜ増減したか」を説明する
貸借対照表だけを見ても、純資産の期末残高は把握できます。しかし純資産の部で本当に重要なのは、期首から期末までに何が起きたのかという点です。
その変動理由を説明する財務諸表が、株主資本等変動計算書です。
企業会計基準第6号「株主資本等変動計算書に関する会計基準」では、株主資本等変動計算書は、貸借対照表の純資産の部の一会計期間における変動額のうち、主として株主、連結上は親会社株主に帰属する部分である株主資本の各項目の変動事由を報告するために作成されるものとされています。
出典:企業会計基準委員会|企業会計基準第6号 株主資本等変動計算書に関する会計基準
株主資本等変動計算書で確認すべき主な変動事由は、次のとおりです。
- 当期純利益または親会社株主に帰属する当期純利益
- 剰余金の配当
- 新株の発行
- 自己株式の取得、処分、消却
- 資本金から資本剰余金への振替
- 資本準備金・利益準備金の積立て
- 会計方針の変更による累積的影響額
- 過年度誤謬の訂正による影響額
- その他有価証券評価差額金等の増減
- 為替換算調整勘定の増減
- 新株予約権・株式引受権の増減
- 非支配株主持分の増減
株主資本等変動計算書では、貸借対照表の純資産の部における各項目の期末残高との整合性が求められます。為替換算調整勘定などのその他の包括利益累計額についても、期首残高、当期変動額、期末残高の整合性を確認しておく必要があります。
上場企業の決算対応では、純資産の部の期末残高だけでなく、株主資本等変動計算書において、各変動がどの事象により生じたのかを説明できることが重要になります。
特に、自己株式取引、株式報酬、資本準備金の減少、剰余金配当、組織再編、子会社株式の追加取得・一部売却、会計方針変更、過年度訂正がある場合には、株主資本等変動計算書の表示が監査上の確認ポイントとなります。
純資産の部で実務上確認すべき判断軸
純資産の部を検討する際には、単に表示科目を当てはめていくのではなく、変動の原因を分解して考えることが求められます。
1. 株主との直接取引か、損益取引か
最初に確認すべきなのは、その変動が株主との直接取引によるものなのか、それとも事業活動による損益取引なのかという点です。
新株発行、自己株式取得、自己株式処分、資本準備金の減少、その他資本剰余金への振替などは、資本取引として整理されることが多い領域です。一方、売上、費用、減損、税効果、引当金、退職給付などは、原則として損益またはその他の包括利益を通じて純資産に影響します。
この区分を誤ると、資本剰余金と利益剰余金の区分、当期純利益、配当原資、税効果、株主資本等変動計算書の表示が、連鎖的に誤ってしまう可能性があります。
2. 資本剰余金か、利益剰余金か
資本剰余金と利益剰余金は、いずれも「剰余金」という名称を含みますが、その性質は異なります。
資本剰余金は、株主等との資本取引から生じる剰余金です。これに対して利益剰余金は、企業活動によって獲得した利益の蓄積です。
資本剰余金と利益剰余金の区分は、単なる表示区分ではありません。配当、欠損填補、組織再編、自己株式処分差額、資本政策、税務上の資本等取引の整理に関係してきます。
3. 当期純利益を通るのか、その他の包括利益に入るのか
資産・負債の評価差額が発生した場合には、それが当期純利益に含まれるのか、その他の包括利益として純資産に累積されるのかを確認する必要があります。
その他有価証券評価差額金、繰延ヘッジ損益、為替換算調整勘定、退職給付に係る調整累計額などは、当期純利益と包括利益、連結包括利益計算書、税効果注記、株主資本等変動計算書に影響します。
4. 個別で見るべきか、連結で見るべきか
同じ取引であっても、個別財務諸表と連結財務諸表とで表示・処理が異なることがあります。
例えば、親会社が子会社株式を取得した場合、個別財務諸表では子会社株式として表示されますが、連結財務諸表では子会社の資産・負債・純資産を取り込み、資本連結手続を行います。追加取得や一部売却では、非支配株主持分や資本剰余金が問題となることがあります。
5. 会社法計算・分配規制に影響するか
純資産の部は、会社法計算と密接に関係します。
もっとも、会計上の純資産合計と、会社法上の分配可能額は同じではありません。分配可能額の詳細計算は本稿の対象外ですが、資本金、準備金、剰余金、自己株式、評価・換算差額等、のれん等調整額などが、会社法上の分配規制と関係することがあります。
したがって、配当、自己株式取得、減資、資本準備金の減少、利益準備金の積立てを検討する場合には、財務諸表上の表示だけで判断せず、会社法計算規則や分配可能額の計算を別途確認しておく必要があります。
6. 監査人・開示担当者に説明できる資料があるか
純資産の部の変動は、取締役会議事録、株主総会決議、払込証憑、登記事項、株式報酬契約、株主名簿、自己株式取得資料、配当決議、連結精算表、税効果資料、評価資料などと整合している必要があります。
特に上場企業では、純資産の変動が適時開示、有価証券報告書、株主資本等変動計算書注記、役員報酬開示、KAM、内部統制へと波及することがあります。
純資産の部は、会計処理だけで完結する領域ではありません。会社法、金商法、税務、監査、資本市場への説明が交差する領域です。
純資産の部で誤解しやすいポイント
純資産合計は、親会社株主に帰属する持分と一致しない
連結財務諸表では、純資産合計に非支配株主持分が含まれます。そのため、純資産合計をそのまま親会社株主に帰属する持分と考えることはできません。
自己資本比率などの経営指標でも、定義によっては、新株予約権や非支配株主持分を控除する場合があります。開示資料、金融機関との財務制限条項、社内KPIで「自己資本」や「純資産」という用語を使う場合には、その定義を確認しておく必要があります。
評価・換算差額等は、利益剰余金ではない
その他有価証券評価差額金や為替換算調整勘定は、純資産に表示されますが、利益剰余金ではありません。
したがって、これらを利益の蓄積と同じように扱うことはできません。配当可能性、業績評価、税効果、包括利益、組替調整、売却時の損益認識など、関連する論点を分けて考えていく必要があります。
連結純資産の増減は、単体の会社法手続とは直結しない
連結財務諸表上の利益剰余金やその他の包括利益累計額が増減したとしても、それが直ちに単体会社の会社法上の剰余金や分配可能額に反映されるわけではありません。
連結財務諸表は企業集団としての財政状態を示すものであり、会社法上の配当や準備金の処理は、原則として個別会社の計算に基づきます。
株主資本等変動計算書を確認しなければ、純資産の変動理由は説明できない
貸借対照表の期末残高だけを見ていても、純資産の変動理由は分かりません。
増資、配当、自己株式、当期純利益、会計方針変更、過年度訂正、その他の包括利益、新株予約権、非支配株主持分など、各変動事由を株主資本等変動計算書で確認する必要があります。
特に期首残高に修正が入っている場合には、過年度訂正、会計方針変更、企業結合の暫定処理確定などの可能性があるため、監査人・開示担当者との確認が欠かせません。
純資産の部の検討で準備すべき資料
純資産の部に関する決算・監査対応では、少なくとも次の資料を整理しておくと有用です。
- 前期末・当期末の貸借対照表
- 株主資本等変動計算書
- 連結精算表
- 資本連結仕訳
- 株主総会議事録
- 取締役会議事録
- 増資・減資・自己株式・配当に関する決議資料
- 払込証憑・登記資料
- 自己株式の取得・処分・消却資料
- 新株予約権・株式報酬契約
- 株式引受権に関する会計処理資料
- その他有価証券評価差額金の計算資料
- 繰延ヘッジ損益の計算資料
- 為替換算調整勘定の計算資料
- 退職給付に係る調整累計額の計算資料
- 税効果計算資料
- 非支配株主持分の計算資料
- 適時開示・有価証券報告書・決算短信との整合確認資料
純資産の部は、会計処理の結果として表示されるだけの領域ではありません。複数の意思決定や取引を集約して表示する領域です。資料が不足していると、残高は合っていても、変動理由を説明できない状態に陥ってしまいます。
純資産の部は、資本政策・会社法計算・開示・監査をつなぐ起点である
純資産の部の全体像を理解するうえで重要なのは、残高そのものよりも、各項目の性質を区別することです。
株主資本は、株主からの拠出資本と企業が稼得した利益の蓄積を示します。評価・換算差額等やその他の包括利益累計額は、当期純利益を経由しない純資産変動を示します。新株予約権や株式引受権は、将来の株式発行や株式報酬と関係します。そして非支配株主持分は、連結財務諸表における親会社株主以外の持分を示します。
上場企業の決算実務では、これらを単なる表示科目として扱うのではなく、資本取引、損益取引、評価差額、連結持分、会社法手続、開示、監査対応に分解して整理していく必要があります。
純資産の部を正しく理解できているかどうかは、自己株式、株式報酬、配当、減資、組織再編、連結子会社の持分変動、会計方針変更、過年度訂正といった論点に直結します。
とりわけ、資本剰余金と利益剰余金の区分、連結と個別の表示差異、その他の包括利益累計額と当期純利益の関係、非支配株主持分の帰属、株主資本等変動計算書との整合性は、監査上も説明を求められやすい領域です。
純資産の部は、上場企業の財務報告における「資本の履歴」を示す場所です。
その履歴を、会社法、会計基準、連結、開示、監査の観点から説明できる状態にしておけるかどうかが、実務上の品質を大きく左右します。
純資産・資本取引の整理に不安がある場合
純資産の部に関する論点は、一見すると表示科目の整理に見えます。しかし実際には、資本政策、会社法計算、株式報酬、自己株式、配当、組織再編、連結、税効果、開示、監査対応が重なりやすい領域です。
特に次のような状況では、早い段階で論点を整理しておくことが重要になります。
- 自己株式の取得・処分・消却を予定している
- 株式報酬制度や新株予約権を導入・変更している
- 資本金・準備金・剰余金の振替や減少を検討している
- 配当可能性や分配可能額への影響を確認したい
- 子会社の追加取得・一部売却・組織再編がある
- 連結純資産と個別純資産の差異を説明する必要がある
- 株主資本等変動計算書の表示や注記に不安がある
- 監査人から純資産項目の根拠資料を求められている
犬飼公認会計士・税理士事務所では、上場企業・IPO準備企業・大規模グループにおける日本基準の高度会計論点について、会計処理の結論だけでなく、判断過程、根拠資料、開示影響、監査対応まで含めた整理を支援しています。
純資産の部、資本取引、自己株式、株式報酬、会社法計算、連結上の資本処理について、社内判断だけでは整理が難しいと感じられる場合は、犬飼公認会計士・税理士事務所HPのお問い合わせページよりご相談ください。
振り返り|純資産の部で確認すべき重要事項
| 論点 | 実務上の見方 | 確認すべきポイント |
|---|---|---|
| 純資産の部の位置づけ | 資産と負債の差額を、性質別・帰属別に表示する区分 | 株主資本と株主資本以外を区分できているか |
| 株主資本 | 株主に帰属する中核的な持分 | 資本金、資本剰余金、利益剰余金、自己株式の区分 |
| 資本金 | 会社法上の資本制度と結びつく項目 | 払込、資本組入、登記、減資手続との整合 |
| 資本剰余金 | 株主等との資本取引から生じる剰余金 | 利益剰余金と混同していないか |
| 利益剰余金 | 企業活動で獲得した利益の累積 | 当期純利益、配当、積立金、過年度修正との関係 |
| 自己株式 | 株主資本から控除する項目 | 取得、処分、消却、株式報酬との関係 |
| 評価・換算差額等 | 個別財務諸表上の株主資本以外の評価差額項目 | その他有価証券評価差額金、繰延ヘッジ損益、税効果 |
| その他の包括利益累計額 | 連結財務諸表上のOCI累計額 | 為替換算調整勘定、退職給付に係る調整累計額、組替調整 |
| 新株予約権 | 将来の株式交付に関係する純資産項目 | 権利行使、失効、株式報酬、注記 |
| 株式引受権 | 取締役等への無償株式交付取引等で問題となる項目 | 事前交付型・事後交付型、対象勤務期間、権利確定条件 |
| 非支配株主持分 | 連結財務諸表上、親会社株主以外に帰属する持分 | 当期純利益、包括利益、追加取得、一部売却との関係 |
| 個別と連結の差異 | 個別は会社法計算、連結は企業集団の財政状態を重視 | 配当可能性と連結純資産を混同していないか |
| 株主資本等変動計算書 | 純資産の変動理由を説明する財務諸表 | 期首残高、当期変動額、期末残高が整合しているか |
| 監査対応 | 残高だけでなく変動理由と根拠資料が問われる | 決議資料、契約、連結精算表、税効果資料を整備しているか |