不動産鑑定評価を相続税申告で検討する場合|通達評価との比較・採用可能性・説明資料の整理

相続税申告で土地や建物の評価を進めていくと、ふとした場面で次のような疑問が浮かぶことがあります。

「路線価で評価すると、実際に売れそうな金額より高くなってしまうのではないか」 「不整形地、無道路地、がけ地、土壌汚染地といった事情を抱えているのに、通達評価だけで本当によいのか」 「不動産鑑定評価を取得すれば、相続税評価額を下げられるのではないか」

結論から申し上げると、不動産鑑定評価は、相続税申告において有力な説明資料になり得ます。

ただし、鑑定評価を取得しさえすれば、当然に通達評価額より低い金額で申告できる、というものではありません。むしろ、鑑定評価を用いる場面ほど、慎重に整理しておくべきことが増えます。なぜ財産評価基本通達による評価では足りないのか。鑑定評価の前提は、相続税申告の評価対象と一致しているのか。そして、税務調査の場できちんと説明できるのか。こうした点を一つずつ確かめておく必要があるのです。

最初に押さえるべき視点実務上の意味
原則は相続税法上の時価相続税法22条は、相続等で取得した財産の価額を取得時の時価によると定めている
通常は財産評価基本通達で評価多数の財産を公平・安定的に評価するため、通達評価が実務の中心になる
鑑定評価は例外判断の資料通達評価では客観的交換価値を適切に表せない事情がある場合に検討する
鑑定額が低いだけでは足りない「鑑定評価額<通達評価額」という差額だけでは、直ちに鑑定評価採用の理由にならない
申告後の説明可能性が重要評価額だけでなく、対象不動産、価格時点、権利関係、評価手法、資料を残す必要がある

この記事では、不動産鑑定評価を相続税申告で検討する場合の判断順序、通達評価との比較、採用しやすい場面、注意点、そして相談前に整理しておきたい資料について、順を追って解説していきます。

目次

不動産鑑定評価は「評価額を下げる道具」ではなく、時価を説明する資料

相続税法22条は、特別の定めがあるものを除き、相続、遺贈または贈与により取得した財産の価額を、その取得時の時価によると定めています。

出典:e-Gov法令検索|相続税法

一方で、相続税申告では、土地、建物、株式、預貯金、保険、債権、借地権など、数多くの財産を申告期限内に評価しなければなりません。そのため実務では、国税庁の財産評価基本通達に基づく評価が中心となります。

財産評価基本通達は、総則1項で時価の意義を示したうえで、その価額は原則として通達の定めによって評価した価額によるとしています。さらに総則6項では、通達の定めによって評価することが著しく不適当と認められる財産について、国税庁長官の指示を受けて評価する旨を定めています。

出典:国税庁|財産評価基本通達 第1章 総則

整理すると、相続税申告における評価の基本構造は次のようになります。

区分位置づけ
相続税法上の時価法律上の最終的な評価原則
財産評価基本通達時価を実務上算定するための標準的な評価方法
不動産鑑定評価通達評価では実態を説明しにくい場合の客観的資料
総則6項通達評価が著しく不適当な場合に問題となる例外規定

不動産鑑定評価を検討するときに大切なのは、「鑑定を取れば安くなるかどうか」ではありません。

まず確認すべきなのは、「通達評価が、この不動産の相続開始時点における客観的交換価値を適切に表しているか」という点です。

通達評価と鑑定評価は、そもそも目的と組み立てが違う

財産評価基本通達による土地評価は、路線価方式や倍率方式を基礎としながら、地目、評価単位、形状、接道、権利関係などを反映して評価額を算定します。個別性を一定程度反映する仕組みは備わっていますが、あくまで相続税・贈与税の課税価格を大量かつ公平に算定するための、標準化された評価方法です。

これに対して不動産鑑定評価は、特定の不動産について、特定の時点における、特定の種類の価格を求める専門的な評価です。対象不動産、価格時点、価格の種類を明確にしたうえで、原価法、取引事例比較法、収益還元法といった手法を組み合わせて価格を導きます。国土交通省は、不動産鑑定評価基準と運用上の留意事項を、不動産鑑定士が鑑定評価を行うにあたっての統一的な基準と位置づけています。

出典:国土交通省|法令・不動産鑑定評価基準等

比較項目財産評価基本通達による評価不動産鑑定評価
主な目的相続税・贈与税の課税価格算定不動産の客観的な価格・賃料の判定
評価の性格画一性・公平性・実務処理を重視個別性・市場性・収益性・利用可能性を重視
評価時点相続開始時点が原則価格時点を明示して設定
評価対象相続税申告上の財産単位鑑定評価上の対象不動産・権利を明確化
主な手法路線価、倍率、固定資産税評価額、各種補正原価法、取引事例比較法、収益還元法、開発法等
強み申告実務での安定性・予測可能性個別事情の反映、第三者説明資料としての有用性
弱み特殊事情を十分に反映できない場合がある前提条件や手法により税務上採用されないことがある

この違いを理解しないまま、通達評価と鑑定評価を単純に並べて比べてしまうと、判断を誤ります。

不動産鑑定評価額が通達評価額より低いとしても、それだけで通達評価を離れる理由にはなりません。逆に、通達評価額のほうが鑑定評価額より低い場合であっても、相続直前の不動産取得や借入れを伴う相続税対策では、課税庁側から鑑定評価額を基礎とする評価が主張されることがあります。

最高裁令和4年4月19日判決が示した「鑑定評価」の重みと限界

不動産鑑定評価を相続税申告の場で考えるうえでは、最高裁令和4年4月19日判決を押さえておく必要があります。

この事案では、納税者が相続財産である不動産を財産評価基本通達に基づいて評価し、申告しました。これに対して課税庁は、通達評価による評価が著しく不適当であるとして、不動産鑑定評価額を基礎に更正処分等を行ったのです。最高裁は、相続税法22条の時価を客観的交換価値と整理したうえで、通達評価額を上回る鑑定評価額であっても、それが時価を上回らない限り、直ちに相続税法22条に違反するものではないとしました。

出典:最高裁判所|令和2年(行ヒ)第283号 相続税更正処分等取消請求事件

ただし最高裁は、課税庁が特定の納税者についてのみ通達評価を上回る価額を用いることは、合理的な理由がない限り平等原則に反するとしています。そのうえで、通達評価による画一的な評価が実質的な租税負担の公平に反する事情がある場合には、合理的な理由があると判断しました。

出典:最高裁判所|令和2年(行ヒ)第283号 相続税更正処分等取消請求事件

ここで重要なのは、最高裁が「通達評価額と鑑定評価額の大きな乖離」だけでは足りないと述べている点です。問題とされたのは、乖離そのものではありませんでした。相続税負担を著しく軽減できることを知り、かつそれを期待して、近い将来の相続を見据えて不動産購入・借入れを企画実行したという事情こそが、争点だったのです。

出典:最高裁判所|令和2年(行ヒ)第283号 相続税更正処分等取消請求事件

この判決から、実務上は次の二つのことが読み取れます。

視点実務上の意味
鑑定評価額が高い場合課税庁側が、総則6項を根拠に鑑定評価額を主張することがある
鑑定評価額が低い場合納税者側が鑑定評価額を採用するには、通達評価によるべきでない特別事情の整理が必要になる

不動産鑑定評価は強力な資料になり得ますが、それだけで相続税申告上の評価額が決まるわけではないのです。

鑑定評価額が低いだけでは、通達評価を離れる理由にならない

納税者側が「通達評価額より低い鑑定評価額で申告したい」と考える場面では、とりわけ注意が必要です。

裁判例のなかには、鑑定意見書による評価方法が一般に是認でき、算出された価格が客観的交換価値と評価し得るものであったとしても、その価格が通達評価額を下回るというだけでは、評価通達によるべきでない特別の事情があるとはいえない、と整理された例があります。

この考え方を実務に落とし込むと、次のように整理できます。

誤った理解実務上の正しい理解
鑑定評価額が低ければ、その金額で申告できる鑑定額が低いだけでは足りず、通達評価では適正な時価を示せない理由が必要
鑑定士が作成した評価書なら必ず税務上認められる価格時点、対象不動産、評価手法、前提条件の妥当性が問われる
通達評価と鑑定評価の低い方を選べる相続税申告は選択制ではなく、相続税法上の時価をどう合理的に示すかが問題
税務調査では鑑定評価書を出せば足りる通達評価を離れる理由、鑑定評価の前提、関連資料まで説明が必要

つまり、不動産鑑定評価を相続税申告で使うには、二段階の説明が求められます。

第1段階では、なぜ財産評価基本通達による評価では、その不動産の客観的交換価値を適切に表せないのかを説明します。第2段階では、採用しようとする不動産鑑定評価が、相続開始時点の客観的交換価値を合理的に示していることを説明します。

不動産鑑定評価を検討しやすい土地

不動産鑑定評価が相続税申告で検討されやすいのは、財産評価基本通達の補正や評価方法だけでは、その土地の個別事情を十分に反映しきれない場合です。

実務上は、次のような土地が典型例として挙げられます。

土地の事情鑑定評価を検討する理由
無道路地評価通達上の無道路地補正だけでは市場性の低下を十分に反映しにくい場合がある
多額の造成費が必要な土地国税局長が定める宅地造成費や通達上の控除では、実際の開発負担を反映しきれない場合がある
がけ地・急傾斜地有効利用面積、造成可能性、安全対策費、建築制限が価格に大きく影響する
地積が非常に大きい土地標準的画地と比べて開発リスク、道路提供、造成、分譲可能性が価格に影響する
土壌汚染地汚染除去費用、調査費用、利用制限、買主の限定が価格に影響する
埋蔵文化財包蔵地発掘調査費用、開発遅延、利用制約が価格に反映される
高圧線下地・地役権設定地建築制限、利用制約、心理的減価が問題になる
都市計画・建築制限が強い土地用途地域、接道、容積率、開発許可、セットバック等が市場価格に影響する
権利関係が複雑な土地借地権、使用貸借、賃借権、共有、抵当権、配偶者居住権等が価格形成に影響する
特殊な土地分割後の土地分割後の土地が通常の市場性を持つか、不合理分割でないかが問題になる

実務資料でも、無道路地、多額の造成費がかかる土地、地積が非常に大きい土地、がけ地などは、鑑定評価の検討が馴染みやすい場面として整理されています。

また、傾斜地、がけ地、土壌汚染地、騒音の大きい土地など、土地の個別性が強く、相続税評価額が通常取引される価額より高くなる可能性がある場合にも、不動産鑑定評価を取得して申告を検討する余地があります。ただし、取引事例の選定、個別格差率、現価率といった鑑定評価上の前提については、慎重に検討しておく必要があります。

鑑定評価を検討する前に、まず通達評価を正しく行う

不動産鑑定評価を検討する前に、必ず行っておくべきことがあります。それは、財産評価基本通達による評価を正しく行うことです。

通達評価の前提そのものが誤っていれば、鑑定評価を検討する以前の問題になってしまいます。たとえば、地目判定、評価単位、地積、接道、権利関係、貸家建付地評価、借地権評価、地積規模の大きな宅地の適用可否などを誤ると、通達評価額そのものが不正確になります。

確認項目よくある誤り
地目登記地目だけで判断し、現況を確認していない
評価単位筆ごとに評価してしまい、実際の利用単位を見落とす
地積公簿面積と実測面積の差を確認していない
接道建築基準法上の道路かどうかを確認していない
権利関係使用貸借、賃貸借、借地権、共有関係を十分に確認していない
賃貸状況空室、サブリース、一時的空室、賃貸割合を確認していない
法規制都市計画、開発許可、土砂災害区域、文化財、農地法等を確認していない
土地分割分割後の利用可能性や不合理分割の疑義を確認していない

通達評価を正しく行ったうえで、それでもなお通達評価では実態を説明できないと考えられる場合に、はじめて不動産鑑定評価の検討へ進みます。

この順番を取り違えると、「評価額を下げるために鑑定評価を取った」という印象を与えかねず、税務調査での説明力が弱くなってしまいます。

鑑定評価を採用するかどうかの判断手順

不動産鑑定評価を相続税申告で使うかどうかは、次の順序で整理していくと判断しやすくなります。

判断順序確認する内容
1相続開始時点の評価対象不動産を特定する
2通達評価を正しく計算する
3通達評価額と市場価格・売却予定価格・鑑定見込額との差を把握する
4乖離の理由を分析する
5通達評価の補正で反映できる事情かを確認する
6通達評価では反映できない個別事情を特定する
7鑑定評価の前提条件が相続税評価の前提と一致するかを確認する
8鑑定評価書以外の資料で補強できるかを確認する
9税務調査・審査請求・訴訟になった場合の説明可能性を検討する
10税額影響、鑑定費用、申告期限、相続人間の納得を比較する

なかでもとりわけ重要なのが、4の「乖離の理由」です。

通達評価額と鑑定評価額が食い違う理由が、単に評価方法の違いによるものなのか、それとも通達評価では反映できない特殊事情によるものなのか。これによって、申告上の扱いは大きく変わってきます。

乖離の理由鑑定評価採用の検討度合い
路線価評価と実勢価格に一般的な差があるだけ慎重。通常は通達評価を優先して検討
通達の画地補正で一定程度反映できる事情まず通達補正の適正性を確認
通達補正では反映しきれない特殊事情がある鑑定評価を検討する余地がある
相続直前の購入価額との乖離が大きい総則6項リスクも含めて慎重に検討
相続後すぐに売却している売却価格が時価資料として問題になり得る
土地分割に経済合理性が乏しい不合理分割の疑義も併せて検討

鑑定評価書で必ず確認すべき基本事項

不動産鑑定評価書を相続税申告で検討する際は、金額だけに目を奪われてはいけません。

まず確認すべきは、鑑定評価の基本事項が相続税申告と整合しているかどうかです。不動産鑑定評価では、対象不動産、価格時点、価格または賃料の種類といった基本事項が不明確な評価は、そもそも意味を持たないと整理されています。

確認事項相続税申告での確認ポイント
対象不動産相続財産として評価する土地・建物・権利と一致しているか
価格時点相続開始日時点の価格になっているか
価格の種類通常は正常価格を前提としているか
権利関係所有権、借地権、賃借権、共有、地役権等が正しく反映されているか
現況相続開始時点の利用状況、建物状況、賃貸状況が反映されているか
対象確定条件現状所与、独立鑑定、部分鑑定、併合鑑定、分割鑑定などが適切か
評価手法取引事例比較法、収益還元法、原価法、開発法等の採用理由が明確か
取引事例近隣性、類似性、時点修正、事情補正が妥当か
公的価格との整合地価公示、都道府県地価調査、固定資産税評価との関係が説明されているか
個別事情土壌汚染、造成費、無道路、がけ地、法規制等が具体的に反映されているか

不動産の価格は常に変動するものですから、鑑定評価では価格時点の確定が欠かせません。相続税申告で必要なのは、原則として相続開始時点の評価です。鑑定評価書の作成日が相続開始日より後であっても、価格時点が相続開始日に設定されているかどうかは、必ず確認しておきましょう。

不動産鑑定評価の「価格の種類」に注意する

不動産鑑定評価で求める価格は、一般的には正常価格です。ただし、不動産鑑定評価基準では、正常価格のほかに、限定価格、特定価格、特殊価格などが整理されています。

相続税申告で問題となる相続税法上の時価は、通常、客観的交換価値として理解されます。だからこそ、申告に利用しようとする鑑定評価が、どの価格を求めたものなのかは、非常に重要な意味を持ちます。

価格の種類相続税申告での注意点
正常価格通常は相続税申告で検討しやすい価格
限定価格隣地併合、分割、関係者間取引など特定の条件が前提となるため慎重に扱う
特定価格法令・会計目的など特定目的の価格であり、相続税申告との整合を確認する
特殊価格文化財等の特殊事情がある場合の価格であり、一般的な相続税評価とは異なる場合がある

たとえば、土地を分割した後の不動産を前提に鑑定評価を行う場合には、その分割が市場で合理的なものといえるか、不合理分割と見られないかが問題になります。

土地分割によって相続税評価額が通常取引価格より高くなる状況が生じる場合には、不合理分割の疑義が生じやすくなります。そのため、鑑定評価を採用する場合であっても、慎重な検討が欠かせません。

鑑定評価の手法が相続税申告に適しているかを見る

不動産鑑定評価では、複数の評価手法を用いて試算価格を求め、それらを相互に比較検討したうえで鑑定評価額を決定します。

評価手法内容相続税申告での確認点
取引事例比較法類似不動産の取引事例を補正して比準価格を求める取引事例の類似性、売り急ぎ・買い進みの補正、時点修正が妥当か
原価法再調達原価から減価修正を行い積算価格を求める建物・造成・再調達原価・減価修正の前提が妥当か
収益還元法将来得られる純収益を基に収益価格を求める賃料、空室、修繕費、還元利回り、サブリース条件が妥当か
開発法開発後の販売価格から造成費・販売費等を控除して価格を求める開発想定、道路提供、造成費、販売期間、リスク控除が妥当か

相続税申告で気をつけたいのは、鑑定評価基準と評価通達を都合よく混ぜ合わせないことです。

裁判例では、不動産鑑定評価基準と評価通達は異なる理論に基づく算定方法であるとして、両者を組み合わせて算出された鑑定評価額について、合理性・信用性が否定された例があります。

たとえば、開発法による価格だけで鑑定評価額を決めている場合や、通達評価の数値を一部だけ組み込んで鑑定らしい形式に整えている場合には、税務上の説明力が弱まることがあります。

鑑定評価を採用しにくい、または慎重に扱うべき場面

不動産鑑定評価を取得しても、相続税申告では採用しにくい場面があります。

場面注意点
通達評価額より低いという理由だけで鑑定を採用したい場合特別事情の説明が不足しやすい
価格時点が相続開始日と異なる場合相続税申告上の評価時点とずれる
鑑定対象が申告上の評価対象と異なる場合一体評価・部分評価・権利関係の不一致が問題になる
相続後売却価格から逆算しているだけの場合売却時点・売却事情・相続開始時点との差を説明する必要がある
収益還元法の前提が楽観的または悲観的すぎる場合空室、修繕費、利回り、賃料水準の妥当性が問われる
親族間・同族会社間の条件を前提としている場合客観的交換価値ではなく限定的価格になっていないか確認が必要
土地分割の経済合理性が乏しい場合不合理分割の疑義が生じやすい
鑑定評価書ではなく簡易査定・意見書にとどまる場合税務調査での証拠力が限定される可能性がある

特に避けたいのは、「税額を下げるために、後から都合のよい鑑定評価を探す」という進め方です。

鑑定評価を使うのであれば、評価対象の特殊性を先に整理したうえで、その特殊性を鑑定評価がどのように反映しているのかを説明できる状態にしておく必要があります。

相続税申告での選択肢は一つではない

不動産鑑定評価を取得したとしても、申告の方法は一つに限られるわけではありません。

実務上は、次のような選択肢を比較しながら判断していきます。

選択肢内容向いている場面
通達評価で申告する鑑定評価は取得しない、または参考資料にとどめる通達評価で大きな不合理がない場合
通達評価で申告し、鑑定評価を検討資料として保管する税務調査対応・相続人説明用に活用する税務上は通達評価を採用するが、分割や売却判断にも使いたい場合
鑑定評価額で申告する通達評価によらない評価として申告する通達評価では客観的交換価値を明らかに上回ると説明できる場合
通達評価を修正・補正する根拠として使う鑑定そのものではなく、個別事情の説明資料として使う造成費、利用制限、権利関係などを補強したい場合
複数評価を比較し、申告前にリスク説明を行う通達評価、鑑定評価、売却見込額を並べて判断する相続人間の納得や税務調査リスクを重視する場合

鑑定評価額で申告する場合には、申告書を作成するだけでは足りません。評価根拠の説明資料、判断メモ、相続人へのリスク説明まで、ひととおり整えておく必要があります。

「鑑定評価額で申告できるか」だけでなく、「その申告を税務調査の場で説明できるか」「相続人全員がそのリスクを理解しているか」というところまで確認しておくことが大切です。

遺産分割で使う評価額と、相続税申告で使う評価額は同じとは限らない

不動産鑑定評価は、相続税申告のためだけでなく、遺産分割のために取得されることもあります。

ただし、遺産分割での評価額と相続税申告での評価額は、目的も評価時点も異なる場合があります。

区分主な目的評価時点
相続税申告上の評価相続税の課税価格を算定する原則として相続開始時
遺産分割上の評価相続人間で公平に分ける協議時・分割時を基準にすることが多い
売却判断上の評価実際に売却できる価格を見込む売却予定時点
担保評価金融機関が融資判断をする金融機関の評価時点・評価基準

遺産分割の場で相続人全員が納得するために鑑定評価を用いることは、有効な手段です。とりわけ、不動産が主な財産で、現物分割や代償分割を検討しているような場合には、第三者による評価が話し合いを前へ進める材料になります。

しかし、その鑑定評価額をそのまま相続税申告に使えるとは限りません。

たとえば、遺産分割協議時点の鑑定評価、売却を前提とした査定、特定の相続人が取得することを前提とした限定価格などは、相続税申告上の時価とは異なることがあるのです。

売却予定がある場合の鑑定評価と申告評価

相続した不動産を申告期限の前後に売却する予定がある場合、鑑定評価や売却価格の扱いは、慎重に検討する必要があります。

売却価格は、相続開始時点の時価を考えるうえで参考資料になることがあります。とはいえ、相続後の売却価格をそのまま相続税評価額にできるわけではありません。

確認事項実務上の意味
売却時期相続開始日からどの程度離れているか
売却理由納税資金確保、共有解消、空き家整理など合理的理由があるか
売却条件売り急ぎ、買い急ぎ、親族間取引、特別条件がないか
売却対象相続税申告上の評価対象と同一か
価格交渉過程仲介、入札、査定、買付証明など資料が残っているか
相続開始時点の状態売却時点までに土地・建物の状況が変化していないか

売却予定がある場合には、通達評価、売却見込額、鑑定評価額を並べて比較しながら、どの評価額で申告するかを、申告後の譲渡所得税まで含めて検討していく必要があります。

相続税評価を下げることばかりを優先してしまうと、譲渡所得税、取得費加算、換価分割、納税資金、相続人間の分配といった場面で、別の問題が生じることがあります。

鑑定評価を取得するかどうかの費用対効果

不動産鑑定評価には、相応の費用と時間がかかります。また、鑑定評価額で申告した場合には、税務調査で評価そのものが争点になる可能性もあります。

そのため、鑑定評価を取得するかどうかは、税額への影響だけで判断しないことが肝心です。

比較項目確認すべき内容
税額影響通達評価と鑑定評価の差が相続税額にどの程度影響するか
鑑定費用鑑定報酬、追加資料収集費用、専門家連携費用
申告期限鑑定評価書の取得が10か月の申告期限に間に合うか
調査リスク税務調査で評価が争点化した場合の説明負担
相続人間の納得鑑定評価を誰のために取得するのか、相続人全員が理解しているか
売却・活用予定将来の売却価格や利用方針と整合しているか
二次相続一次相続だけでなく、次の相続での承継にも影響しないか

税額の差が小さい場合には、鑑定評価額で申告して争点化させるよりも、通達評価で申告したうえで、判断メモや補足資料によって説明可能性を高めておくほうが合理的なこともあります。

一方で、特殊事情が大きく、通達評価では明らかに実態を反映しにくい場合には、鑑定評価を取得することで、かえって申告の合理性を高められることがあります。

税務調査に備えて残すべき説明資料

鑑定評価を相続税申告で検討した場合には、申告書に添付するかどうかにかかわらず、判断の過程を記録として残しておくべきです。

残すべき資料目的
通達評価の計算資料まず通達評価を正しく行ったことを示す
鑑定評価書通達評価との比較資料、客観的交換価値の説明資料
鑑定評価を依頼した理由評価額を下げる目的だけでなく、特殊事情を明確にする
現地写真がけ地、無道路、造成状況、利用制限などを示す
公図・測量図・地積測量図形状、接道、評価単位を説明する
登記事項証明書所有者、地目、地積、担保権、権利関係を確認する
都市計画資料用途地域、開発制限、道路、土砂災害区域等を説明する
賃貸借契約書貸家建付地、貸宅地、借地権、賃貸割合を確認する
造成費・除去費用見積書鑑定評価の前提を補強する
近隣取引事例・公示地資料鑑定評価の市場性を説明する
売買契約書・査定書相続前後の取引価格を確認する
相続人への説明記録評価リスクを相続人が理解して判断したことを示す

相続税申告では、評価額そのものだけでなく、「なぜその評価額を採用したのか」が問われます。

たとえ鑑定評価を採用しなかった場合でも、検討した結果として通達評価を選んだのであれば、その判断の過程を残しておくことが、申告後の説明可能性を高めてくれます。

相続対策の段階から鑑定評価を意識すべき場合

不動産鑑定評価は、相続発生後の申告時に限らず、生前対策の段階でも検討が必要になることがあります。

たとえば、次のような場面です。

生前対策の場面鑑定評価・時価確認が重要になる理由
親族間で不動産を売買する低額譲渡・みなし贈与のリスクがある
同族会社に不動産を譲渡する所得税、法人税、株主へのみなし贈与が問題になることがある
土地を分割して贈与する不合理分割や将来の評価単位が問題になる
借入れをして収益不動産を取得する総則6項リスク、収益性、返済可能性を検討する必要がある
共有不動産を整理する持分価格、共有減価、譲渡所得税が問題になる
農地・生産緑地を転用・売却する農地法、都市計画、造成費、納税猶予との関係がある
代償分割を予定する代償金算定のための不動産価値が相続人間の納得に影響する

相続対策では、相続税の軽減効果だけでなく、争族の防止、納税資金、相続人の負担、将来の売却・活用までを一体で考える必要があります。特に借入れを伴う不動産対策では、相続税は軽減できても、相続人が長期にわたって返済や管理を負担し続けることがあります。

鑑定評価は、税額を下げるためだけの道具ではありません。生前対策が経済合理性を持つのか、相続人に過度な負担を残さないかを確認するためにも、活用することができます。

専門家に相談する前に整理したい資料

不動産鑑定評価を相続税申告で検討する場合、相談の前に次の資料を整理しておくと、判断がスムーズに進みます。

資料確認する内容
固定資産税課税明細書評価対象、固定資産税評価額、地目、地積
登記事項証明書所有者、権利関係、担保権、地目、地積
公図・地積測量図土地の形状、接道、筆界、分筆状況
建物図面・建築確認資料建物の用途、構造、築年数、建築制限
路線価図・倍率表通達評価の基礎資料
都市計画資料用途地域、容積率、建ぺい率、都市計画道路等
道路関係資料建築基準法上の道路、私道、セットバック
賃貸借契約書貸地、貸家建付地、賃貸割合、サブリース
売買契約書・重要事項説明書相続前後の取引価格、特殊条件
不動産会社査定書市場価格の参考資料
造成費・解体費・汚染除去費の見積書個別事情の金額的裏付け
現地写真土地の状況、がけ地、道路、利用制限の確認
相続人間の分割方針鑑定評価が分割・代償金に与える影響
納税資金の見込み売却・延納・物納・生命保険等との関係

資料が不足している場合でも、早めに相談しておくことで、どの資料を追加で取得すべきかを整理できます。

特に申告期限が迫っている場合には、鑑定評価書の取得にかかる期間、税理士側の評価検討期間、相続人への説明期間まで見込んでおく必要があります。

鑑定評価を使うかどうかは「税額」だけで決めない

不動産鑑定評価を相続税申告で使うかどうかは、税額だけで決めるべきではありません。

次の三つを、同時に確認しておく必要があります。

判断軸確認すること
税務上の合理性通達評価を離れるだけの特別事情があるか
法務・分割上の納得感相続人間の公平、代償金、共有回避に役立つか
将来の資産管理売却、活用、納税資金、二次相続にどう影響するか

不動産の評価は、相続税額だけにとどまらず、遺産分割、納税資金、相続後の売却、二次相続、そして家族関係にまで影響を及ぼします。

「鑑定評価で安く申告できるか」ではなく、「通達評価と鑑定評価を比較したうえで、どの評価が後から説明できるか」。この視点で判断することが、何よりも重要です。

相談をご検討の方へ

不動産鑑定評価を相続税申告で使うべきかどうかは、鑑定評価額と通達評価額を単純に比較するだけでは判断できません。

対象不動産の現況、評価単位、権利関係、法規制、相続開始時点の価格、鑑定評価の前提、総則6項リスク、相続人間の分割方針、そして納税資金まで、ひととおり整理しておく必要があります。

犬飼公認会計士・税理士事務所では、不動産を含む相続税申告について、通達評価の適正性、鑑定評価を検討すべき事情、鑑定評価書の読み方、申告書への反映方法、そして税務調査での説明可能性まで含めて検討いたします。

無道路地、がけ地、土壌汚染地、大規模土地、収益不動産、相続直前に取得した不動産、売却予定の不動産など、評価に不安を感じておられる場合は、資料を整理したうえで、お問い合わせページよりご相談ください。

この記事の振り返り

重要事項振り返りポイント
相続税評価の原則相続税法22条により、財産は原則として取得時の時価で評価する
通達評価の位置づけ財産評価基本通達は、相続税申告実務における標準的評価方法
鑑定評価の役割通達評価で個別事情を反映できない場合の説明資料になり得る
鑑定評価の限界鑑定評価額が低いだけでは、通達評価を離れる理由にならない
最高裁令和4年判決通達評価と鑑定評価の乖離だけでは足りず、租税負担の公平が重要
検討しやすい土地無道路地、多額の造成費、がけ地、土壌汚染地、大規模地、特殊な権利関係の土地
鑑定評価書の確認点対象不動産、価格時点、価格の種類、権利関係、評価手法、取引事例
注意すべき場面価格時点の不一致、鑑定対象の不一致、通達と鑑定の混用、不合理分割
遺産分割との関係相続税申告上の評価額と遺産分割上の評価額は同じとは限らない
実務上の対応通達評価、鑑定評価、売却見込額を比較し、判断過程と資料を残すことが重要
よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

目次