株式報酬の評価・見積り・監査対応|公正価値・権利確定見込数・条件変更をどう説明可能にするか

株式報酬の会計において、実務上の争点になりやすいのは、仕訳そのものよりも、その前段にある評価と見積りです。

ストック・オプションであれば、公正な評価単価、権利確定見込数、失効見積り、そして条件変更。譲渡制限付株式であれば、付与日、対象勤務期間、権利確定条件、没収見込み。業績連動型株式報酬であれば、業績条件の達成可能性、株式数の見積り、評価期間、業績指標の信頼性。株式交付信託であれば、ポイント付与、信託保有株式、引当金、総額法、自己株式表示。

いずれも、評価モデルに数字を入れれば終わる、という性質の論点ではありません。

評価額や費用認識額は、報酬制度の設計、取締役会決議、報酬委員会の議論、株主総会議案、対象者リスト、人事データ、株価データ、業績予想、税務処理、注記、適時開示と、幅広くつながっています。上場企業やIPO準備企業では、監査人から「なぜその評価単価なのか」「なぜその権利確定見込数なのか」「なぜ条件変更後もその処理なのか」と問われたときに、後から説明できる資料が欠かせません。

本稿では、12-6「株式報酬の評価・見積り・監査対応」として、日本基準を前提に、株式報酬の評価・見積りをどのように整理し、監査対応に耐える形で文書化するかを解説します。

なお、制度別の基本的な会計処理については、前回までの「12-4. 新株予約権・ストック・オプションの会計」および「12-5. 譲渡制限付株式・業績連動型株式報酬」で扱っています。本稿では、評価・見積り・条件変更・監査資料に焦点を絞ります。

目次

株式報酬の評価は「適用基準の特定」から始める

株式報酬の評価・見積りを検討するとき、最初に確認すべきなのは、どの評価モデルを使うかではありません。

まず決めなければならないのは、その取引がどの会計基準・実務対応報告の対象になるのか、という点です。

同じ「株式報酬」という名称であっても、日本基準では、制度類型ごとに参照すべき基準が異なります。たとえば、ストック・オプションは企業会計基準第8号、権利確定条件付き有償新株予約権は実務対応報告第36号、取締役等に対する株式の無償交付は実務対応報告第41号、従業員等に信託を通じて自社株式を交付する取引は実務対応報告第30号が中心になります。

ストック・オプション会計基準は、企業が従業員等にストック・オプションを付与する取引、自社株式オプションを対価として財貨またはサービスを取得する取引、そして自社株式を対価として財貨またはサービスを取得する取引を対象としています。
出典:企業会計基準委員会|企業会計基準第8号 ストック・オプション等に関する会計基準

同基準では、ストック・オプションを「自社株式オプションのうち、企業が従業員等に報酬として付与するもの」と整理したうえで、権利確定条件には勤務条件や業績条件が含まれることが明らかにされています。
出典:企業会計基準委員会|企業会計基準第8号 ストック・オプション等に関する会計基準

一方、取締役等に株式を無償交付する取引については、実務対応報告第41号が、会社法第202条の2に基づく株式の無償発行・自己株式処分に関する会計処理および開示を対象としています。同報告では、事前交付型、事後交付型、付与日、権利確定日、対象勤務期間、勤務条件、業績条件、公正な評価額、失効等が定義されています。
出典:企業会計基準委員会|実務対応報告第41号 取締役の報酬等として株式を無償交付する取引に関する取扱い

株式交付信託については、実務対応報告第30号が、従業員持株会に信託を通じて自社株式を交付する取引や、受給権を付与された従業員に信託を通じて自社株式を交付する取引について、会計処理および開示の当面の取扱いを明らかにする目的で公表されています。
出典:企業会計基準委員会|実務対応報告第30号 従業員等に信託を通じて自社の株式を交付する取引に関する実務上の取扱い

ここで大切なのは、「株式報酬」という総称から、いきなり評価方法へ進まないことです。まずは、報酬制度を次のように分解して確認します。

確認事項評価・見積りへの影響
交付物新株予約権、株式、金銭、信託ポイントのいずれか
決済方法新株発行、自己株式処分、信託経由、現金決済
対象者取締役、執行役、従業員、子会社役員、社外協力者等
条件勤務条件、業績条件、市場条件、譲渡制限、没収条件
付与時点付与日、公正価値測定日、契約成立日、取締役会決議日
費用認識期間対象勤務期間、権利確定期間、業績評価期間
見積り権利確定見込数、失効見込数、業績達成見込み、退職見込み
表示科目新株予約権、株式引受権、資本金等、資本剰余金、引当金、自己株式
開示注記、役員報酬開示、1株当たり情報、適時開示

この整理を行わないまま評価額だけを算定してしまうと、後になって、対象勤務期間、失効見積り、注記、1株当たり情報、税務処理との間に不整合が生じます。

公正価値評価で見るべき3つの対象

株式報酬の評価では、「何の公正価値を測るのか」を明確にしておく必要があります。大きく分けると、次の3つです。

評価対象典型例実務上の注意点
オプションの公正な評価単価ストック・オプション、有償ストック・オプションオプション価格算定モデル、ボラティリティ、予想残存期間、配当利回り等
株式の公正な評価単価譲渡制限付株式、事前交付型PS市場株価、譲渡制限・業績条件・市場条件の反映要否
株式数・ポイント数の見積りPSU、株式交付信託、業績条件付きRS業績達成見込み、退職見込み、ポイント付与条件

ストック・オプションの場合、通常は市場価格を観察できないため、株式オプションの合理的な価額の見積りに広く受け入れられている算定技法を利用します。算定技法としては、ブラック・ショールズ式や二項モデルなどが想定されます。
出典:企業会計基準委員会|企業会計基準第8号 ストック・オプション等に関する会計基準

もっとも、評価モデル名を挙げるだけでは、監査対応としては不十分です。求められるのは、モデルに投入した基礎数値が、制度条件と会社実態に照らして合理的といえるかどうかです。

たとえば、ストック・オプションの評価では、次のような基礎数値を確認していきます。

基礎数値確認すべき資料・論点
株価付与日の市場株価、非上場会社の場合の株式価値評価
行使価格募集事項、割当契約、新株予約権要項
予想ボラティリティ過去株価データ、類似会社データ、期間選定
予想残存期間権利確定期間、行使可能期間、過去の行使実績
無リスク利子率対応する期間の国債利回り等
配当利回り過去配当、配当方針、業績計画
権利確定条件勤務条件、業績条件、市場条件
失効見込み退職率、過去失効実績、対象者属性

上場企業であれば、株価データやボラティリティは比較的取得しやすいものです。その一方で、評価期間や類似会社の選定、予想残存期間の設定には判断が入ります。

IPO準備企業や非上場子会社では、自社株式の評価そのものが論点になります。直近の第三者割当、資本政策、種類株式、優先権、流動性、IPO可能性、そして株式価値評価書との整合が問われることになります。

評価モデルが高度であることよりも、基礎数値の選定理由を説明できることのほうが重要です。

「付与日の公正価値」を固定する意味

ストック・オプション会計では、公正な評価単価は付与日現在で算定し、一定の条件変更の場合を除き、その後は見直しません。また、失効の見込みは公正な評価単価には反映させず、ストック・オプション数に反映させることとされています。
出典:企業会計基準委員会|企業会計基準第8号 ストック・オプション等に関する会計基準

この考え方は、監査対応上、非常に重要な意味を持ちます。

付与後に株価が上昇したからといって、過去に付与したストック・オプションの費用単価を増額するわけではありません。反対に、株価が下落したからといって、費用単価を減額するわけでもありません。付与したストック・オプションと従業員等から提供されるサービスとの対価関係は、付与日時点ですでに成立していると考えるためです。

同様に、取締役等への株式無償交付取引についても、実務対応報告第41号は、交付する株式と取締役等が提供するサービスが等価で交換されているとみなし、その時点を付与日として公正な評価単価の基準日とする考え方を示しています。
出典:企業会計基準委員会|実務対応報告第41号 取締役の報酬等として株式を無償交付する取引に関する取扱い

このため、実務で確認すべきなのは「株価が動いたか」ではなく、「付与日を正しく特定したか」ということになります。

付与日をめぐる監査上の確認事項は、次のとおりです。

論点確認ポイント
取締役会決議日募集事項、対象者、株式数、行使価格、条件が確定しているか
株主総会決議日報酬枠・制度導入・対象者・条件が承認されているか
契約締結日対象者との間で実質的に合意が成立しているか
割当日会社法上の割当日と会計上の付与日の関係
条件未確定KPI、株式数、対象者が後日決まる場合、付与日といえるか
子会社対象者親会社株式を子会社役員・従業員へ付与する場合の報酬主体

「取締役会で制度導入だけを決議し、具体的な対象者や株式数は後日決定する」という場合、当初の取締役会決議日を当然に付与日とできるわけではありません。対象者、交付数、権利確定条件など、評価に必要な主要条件がいつ実質的に合意されたのかを確認する必要があります。

権利確定見込数は、株式報酬会計の中心的な見積りである

株式報酬の費用認識において、評価単価と同じくらい重要になるのが、権利確定見込数です。

ストック・オプション会計基準では、ストック・オプション数は、付与数から権利不確定による失効の見積数を控除して算定します。付与日から権利確定日の直前までの間に失効見積数に重要な変動が生じた場合には、ストック・オプション数を見直し、見直し後の公正な評価額に基づく累計費用額と既計上額との差額を、見直した期の損益として処理します。
出典:企業会計基準委員会|企業会計基準第8号 ストック・オプション等に関する会計基準

権利確定日においては、ストック・オプション数を権利確定数と一致させ、修正後の公正な評価額に基づく権利確定日までの累計費用額と既計上額との差額を、権利確定日の属する期の損益として計上します。
出典:企業会計基準委員会|企業会計基準第8号 ストック・オプション等に関する会計基準

この処理は、単なる機械的な計算ではありません。権利確定見込数は、次のような要素に左右されます。

見積要素実務上の確認事項
勤務条件退職率、対象者の在籍状況、役職別離職率、過去失効実績
業績条件売上、営業利益、EBITDA、ROE、ROIC、TSR、ESG指標等の達成見込み
市場条件株価、時価総額、相対TSR、株価条件の評価方法
退任条件正当理由退任、任期満了、死亡、懲戒退任時の取扱い
没収条件不正、重大な違反、財務諸表訂正、マルス・クローバック条項
裁量条項報酬委員会・取締役会による裁量調整の有無
子会社対象者子会社の退職見込み、グループ内異動、転籍時の取扱い

実務上は、退職見込みについて「過去3年平均退職率を使う」だけでは足りない場面があります。対象者が取締役や執行役員など少数である場合には、統計的な退職率よりも、任期、再任方針、退任予定、後継者計画、雇用契約・委任契約の内容のほうが重要になるためです。

また、業績条件については、経営計画や業績予想との整合が欠かせません。会計上の見積りには経営者の仮定が含まれており、見積額と実績が乖離した場合には、単に乖離が生じた事実ではなく、その乖離が期末時点で入手可能な情報を適切に反映していたかどうかが問われます。会計上の見積りには経営者の偏向や不確実性が伴い、監査上も重要論点となり得るため、乖離の原因分析と内部統制への影響検討が必要になります。

業績条件の達成見込みは、報酬制度と事業計画の整合で説明する

業績連動型株式報酬では、業績条件の達成見込みが、そのまま費用認識額に直結します。

たとえば、3年間の業績評価期間において、累計営業利益、ROE、ROIC、TSR、ESG指標の達成度に応じて交付株式数が変動する制度を考えてみます。この場合、期末ごとに、どの程度の株式数が権利確定すると見込まれるかを見積る必要があります。

このとき、次のような説明は、監査対応としては弱いといえます。

  • 「中期経営計画どおりに達成する見込みです」
  • 「現時点では未達と決まっていないので100%達成としました」
  • 「役員報酬なので経営者判断です」
  • 「報酬委員会で決まったので会計上もそのままです」

業績条件の見積りにあたっては、少なくとも次の資料を突合します。

資料確認する観点
中期経営計画報酬KPIと経営計画KPIが整合しているか
当期予算・着地見込み評価期間中の達成可能性を合理的に説明できるか
月次実績期末時点の進捗率、未達リスク、季節性
業績予想修正資料外部開示と会計見積りに矛盾がないか
報酬委員会資料KPI選定理由、達成判定、裁量調整の有無
取締役会議事録付与条件・見積り前提が承認されているか
非財務KPI資料ESG・人的資本等の達成判定が客観的か
監査人協議メモ見積り方法、代替シナリオ、感応度

業績連動報酬については、報酬に占める割合、業績指標、指標選択の根拠、算定根拠、報酬決定プロセスが、開示上も重要になります。業績連動報酬を導入するのであれば、単に流行として業績連動を取り入れるのではなく、株主に合理的に説明できる指標と算定方法を持つ必要があります。

会計上の費用見積りと役員報酬開示が整合していない場合、監査上の質問は避けられません。たとえば、有価証券報告書では「中長期的な企業価値向上を目的としてROICを重視」と説明しているにもかかわらず、会計上の権利確定見込数ではROIC未達リスクをまったく考慮していない、というケースでは、見積りの説明が弱くなります。

市場条件と非市場条件を混同しない

株式報酬の条件には、会計上の扱いを慎重に切り分けるべきものがあります。典型的なのが、市場条件と非市場条件です。

条件の種類実務上の検討
勤務条件3年間在任・在籍すること権利確定見込数に反映
非市場業績条件売上高、営業利益、ROE、ROIC、ESG指標達成見込みを権利確定見込数に反映
市場条件株価、時価総額、TSR、相対株価条件評価単価または権利確定見込数への反映方法を検討
没収条件懲戒、不正、財務諸表訂正失効・没収見込み、後発事象、偶発事象への影響
裁量条件取締役会が最終交付数を調整実質的な権利確定条件か、裁量的賞与かを検討

ストック・オプション会計基準の結論の背景では、権利不確定による失効数について最善の見積りを行うことが原則である一方、株価を条件とする業績条件のように、失効数を見積ることが困難なものが含まれること、そして十分な信頼性をもって失効数を見積ることができない場合には見積りを行うべきではないことが示されています。
出典:企業会計基準委員会|企業会計基準第8号 ストック・オプション等に関する会計基準

このため、株価条件やTSR条件が付されている場合に、単純に「達成確率50%」として株式数を半分にする処理が適切とは限りません。評価モデルに市場条件を織り込むのか、それとも信頼性をもって失効数を見積れるのか、制度設計と評価実務を突き合わせて判断する必要があります。

市場条件を含む制度では、外部評価機関を利用することもあります。ただし、評価書を取得すれば十分、というわけではありません。会社側としては、少なくとも次の点を理解しておく必要があります。

評価書の確認事項監査対応上の意味
評価対象オプション価値か、株式価値か、交付株式数か
評価基準日付与日・条件変更日と一致しているか
評価モデルブラック・ショールズ、二項モデル、モンテカルロ等
基礎数値株価、ボラティリティ、予想期間、配当、無リスク利子率
条件反映勤務条件、業績条件、市場条件をどこに反映しているか
感応度主要仮定の変動が評価額に与える影響
評価者独立性、専門性、評価範囲、利用制限

評価専門家のレポートは、会社の判断を代替するものではありません。監査人に説明する主体は、あくまで会社です。評価書の内容を理解しないまま「専門家が算定したため合理的」とする説明は、監査対応としては脆弱です。

条件変更は、費用を減らすための処理ではない

株式報酬の監査で争点になりやすいのが、条件変更です。

ストック・オプション会計基準において、条件変更とは、付与したストック・オプションに係る条件を事後的に変更し、公正な評価単価、ストック・オプション数、合理的な費用の計上期間のいずれか1つ以上を意図して変動させることをいいます。
出典:企業会計基準委員会|企業会計基準第8号 ストック・オプション等に関する会計基準

代表的な条件変更としては、次のようなものが挙げられます。

条件変更の内容典型例
行使価格の変更株価下落後のリプライシング
権利確定条件の変更業績条件の緩和、勤務条件の短縮
交付数の変更付与数の追加、交付倍率の変更
対象勤務期間の変更評価期間・在任要件の延長または短縮
失効条件の変更退職時の失効条件緩和、正当理由退任の拡張
新旧制度の入替旧SOの取消しと新SOの付与

ストック・オプションについて、行使価格の変更等により公正な評価単価を変動させた場合、条件変更日の公正な評価単価が付与日の公正な評価単価を上回るときは、従来の費用計上を継続したうえで、増加部分について追加的に費用計上します。一方、条件変更日の公正な評価単価が付与日の公正な評価単価以下となる場合であっても、付与日の公正な評価単価に基づく費用計上を継続します。
出典:企業会計基準委員会|企業会計基準第8号 ストック・オプション等に関する会計基準

この考え方は、実務上かなり重要です。

つまり、条件変更は、費用を減らすための手段ではないということです。株価下落によりインセンティブ効果が低下したために行使価格を引き下げるのであれば、会社は追加的なインセンティブを付与していると見るべきです。そのため、追加的な公正価値がある場合には、追加費用が発生します。

条件変更後の会計処理を検討する際には、次の順序で整理していきます。

  1. 条件変更の内容を特定する
  2. 公正な評価単価が変動するのかを確認する
  3. ストック・オプション数または株式数が変動するのかを確認する
  4. 費用計上期間が変動するのかを確認する
  5. 条件変更日を特定する
  6. 条件変更前後の公正価値を比較する
  7. 追加費用の要否を判断する
  8. 注記上、条件変更の状況を説明する

条件変更には、取締役会・報酬委員会・税務・開示・監査が同時に関係します。特に上場会社では、業績未達にもかかわらず条件を緩和する場合、会計処理だけでなく、株主説明やガバナンス上の説明責任が問われることになります。

失効・没収は「いつ」「なぜ」失効したかで処理が変わる

株式報酬の失効は、会計処理を誤りやすい領域です。

ストック・オプション会計基準では、失効には、権利確定条件が達成されなかったことによる「権利不確定による失効」と、権利行使期間中に行使されなかったことによる「権利不行使による失効」があるとされています。
出典:企業会計基準委員会|企業会計基準第8号 ストック・オプション等に関する会計基準

権利不確定による失効は、勤務条件や業績条件を満たさなかったことによる失効です。この場合には、権利確定見込数の見直しを通じて、費用計上額を修正します。

一方、権利確定後に、対象者が権利を行使せずに失効した場合には、すでにサービスが提供されているため、過去の費用認識が否定されることはありません。権利不行使による失効が生じた場合には、新株予約権として計上した額のうち、失効に対応する部分を利益として計上します。
出典:企業会計基準委員会|企業会計基準第8号 ストック・オプション等に関する会計基準

この違いは、次のように整理できます。

事象原因会計上の考え方
権利不確定による失効勤務条件未達、業績条件未達権利確定見込数の見直しとして費用を修正
権利確定後の不行使株価低迷、対象者の判断新株予約権戻入益等として利益計上
事前交付型RSの没収譲渡制限解除条件未達実務対応報告第41号の失効等として処理
現物出資構成RSの無償取得退職等により譲渡制限解除せず前払費用の資産性喪失等を検討
株式交付信託の未交付株式ポイント未達、退職、信託終了信託契約・給付規程・総額法処理を確認

実務上は、「失効」という言葉だけで処理を判断しないことが大切です。権利確定前の失効なのか、権利確定後の不行使なのか、没収なのか、会社法上の無償取得なのか、あるいは信託終了時の残余株式なのかを、丁寧に分ける必要があります。

株式交付信託の評価・見積りは「ポイント」と「信託保有株式」を分けて見る

株式交付信託では、ストック・オプションとは異なる見積りが生じます。

実務対応報告第30号の対象となる受給権付与型の取引では、従業員に割り当てられたポイントに応じた株式数に、信託が自社株式を取得した時の株価を乗じた金額を基礎として、費用および対応する引当金を計上します。信託から従業員に株式が交付された時には、ポイント割当時に計上した引当金を取り崩します。

また、ポイントの算定にあたっては、株式給付規程に定められた付与条件や付与方法によって、会計上の見積りにより算定する必要が生じるケースもあります。

株式交付信託において監査上確認されやすいのは、次の論点です。

論点確認すべき資料
信託の取込要否信託契約、変更権限、残余財産の帰属
信託保有株式信託の株式取得日、取得価額、保有株式数
ポイント付与株式給付規程、対象者別ポイント、勤務・業績条件
引当金ポイントに対応する株式数、信託取得株価、見積り
株式交付受給権確定、交付株式数、引当金取崩し
自己株式表示信託保有株式の純資産控除、1株当たり情報
信託損益配当金、信託費用、信託借入、残余財産

日本基準では、一定の要件に該当する場合、信託の資産・負債・損益を会社の個別財務諸表に総額法として取り込み、その個別財務諸表上の処理が連結財務諸表にも引き継がれます。

このため、信託を使っているからといって、会社側の会計処理が軽くなるわけではありません。むしろ、信託契約、給付規程、人事データ、ポイント計算、信託試算表、自己株式管理、1株当たり情報と、扱う情報が増えるぶん、監査対応はいっそう複雑になります。

IPO準備企業では、自社株式評価の整合性が特に問われる

IPO準備企業の株式報酬では、自社株式の公正価値評価が特に重要になります。

上場会社であれば、市場株価を基礎とすることが通常です。しかし、IPO準備企業には市場価格がありません。そのため、ストック・オプション、譲渡制限付株式、PSU等の評価において、自社株式価値をどのように見積ったかが、監査上の重要論点になります。

IPO準備企業で確認すべき事項は、次のとおりです。

確認事項監査対応上の意味
直近ファイナンス第三者割当、種類株式、優先権、転換条件との整合
株式価値評価書DCF、類似会社比較、純資産法等の採用理由
事業計画売上・利益・成長率・割引率・上場確率
種類株式普通株式価値への配分、優先分配、清算優先権
過去付与SO過年度の評価単価との整合、急激な変動理由
IPOスケジュール上場申請、予備申請、上場可能性の反映
税務評価税務上の株価と会計上の公正価値の違い
外部評価機関評価目的、評価基準日、利用制限、独立性

IPO準備企業では、ストック・オプションの行使価格を税務上の株価で設定していることがありますが、会計上の公正価値とは目的が異なります。税務上の有利発行判定や所得税課税関係と、会計上の報酬費用測定は、同じものではありません。

特に、直近ファイナンス価格とストック・オプション評価単価が大きく乖離している場合には、その理由を説明できるようにしておく必要があります。種類株式と普通株式の権利差、流動性、上場可能性、評価基準日、取引の特殊性を、あらかじめ整理しておかなければなりません。

監査対応で準備すべき資料

株式報酬の監査対応では、評価計算シートだけを提出しても足りません。監査人が検討するのは、報酬制度の発生、評価、見積り、会計処理、表示、開示という一連のプロセスだからです。

最低限、次の資料は整備しておきたいところです。

分類資料
制度設計株式報酬制度規程、新株予約権要項、譲渡制限付株式割当契約、株式給付規程
会社法手続株主総会議案、取締役会議事録、報酬委員会資料、割当決議
対象者管理対象者リスト、役職、在籍状況、退職・異動情報、子会社所属情報
評価資料評価計算書、外部評価書、株価データ、ボラティリティ、無リスク利子率、配当利回り
見積り資料権利確定見込数、失効見込数、業績条件達成見込み、退職見込み
業績資料中期経営計画、予算、月次実績、業績予想修正資料、KPI管理表
会計処理仕訳、費用配分表、新株予約権・株式引受権・引当金・自己株式の残高明細
税務資料事前確定届出給与、業績連動給与、申告調整、税効果検討資料
開示資料注記ドラフト、役員報酬開示、1株当たり情報、適時開示要否判定
内部統制承認フロー、対象者マスタ管理、評価レビュー、開示チェックリスト

監査上は、見積りの複雑性、主観性、不確実性が高いほど、リスク評価と監査手続が重くなります。日本公認会計士協会は、監査基準委員会報告書540「会計上の見積りの監査」の改正について、固有リスク要因の導入、リスク評価手続の明確化、注記事項に関する検討手続の充実、職業的専門家としての懐疑心の一層の発揮、監査役等とのコミュニケーションの必要性の強調等を、主な改正点として示しています。
出典:日本公認会計士協会|監査基準委員会報告書540「会計上の見積りの監査」及び関連する監査基準委員会報告書の改正について

株式報酬は、金額的重要性がそれほど大きくない場合であっても、見積り、役員報酬、株主説明、希薄化、適時開示、税務が関係します。そのため、監査人から詳細な説明を求められることがあります。

内部統制として見るべきポイント

株式報酬の内部統制は、経理部門だけで完結するものではありません。

報酬制度の設計は人事・報酬委員会、会社法手続は法務、税務判断は税務担当、株式実務は総務・証券代行、開示はIR・開示担当、会計処理は経理、監査対応は経理・会計アドバイザリーと、多くの部門が関与します。

そのため、次のような統制が重要になります。

統制領域主な統制
制度承認株主総会・取締役会・報酬委員会の承認確認
対象者管理対象者リストと人事マスタの照合
条件管理勤務条件・業績条件・譲渡制限・失効条件の登録
評価管理評価モデル、基礎数値、外部評価書のレビュー
見積り管理権利確定見込数、失効見込数、業績達成見込みの更新
仕訳管理費用配分、純資産・引当金・自己株式の残高照合
信託管理信託試算表、信託保有株式、ポイント、引当金の照合
税務連携役員給与税制、申告調整、税効果の確認
開示統制注記、役員報酬開示、適時開示、1株当たり情報の確認
変更統制条件変更・リプライシング・取消しの承認と会計影響検討

内部統制上の落とし穴は、対象者データと会計データが分断されてしまうことです。たとえば、人事部では退職者を把握しているにもかかわらず、経理の権利確定見込数に反映されていない場合、費用計上額は過大になります。反対に、業績条件の未達可能性が経営企画部では認識されているのに、会計見積りに反映されていない場合には、費用計上額が過大または過少になる可能性があります。

注記・1株当たり情報・適時開示を評価プロセスに組み込む

株式報酬の評価・見積りは、注記と外部開示にもつながっていきます。

実務対応報告第41号では、取締役等への株式無償交付取引について、付与対象者の区分・人数、付与株式数、失効株式数、権利確定株式数、権利未確定残株式数、付与日、権利確定条件、対象勤務期間、付与日における公正な評価単価、公正な評価単価の見積方法、権利確定数の見積方法、条件変更の状況などが、注記事項として示されています。
出典:企業会計基準委員会|実務対応報告第41号 取締役の報酬等として株式を無償交付する取引に関する取扱い

また、事後交付型における、すべての権利確定条件を達成した場合に株式が交付される契約は、潜在株式として取り扱われ、潜在株式調整後1株当たり当期純利益の算定においてストック・オプションと同様に扱われます。株式引受権の金額は、1株当たり純資産の算定上、純資産の部の合計額から控除します。
出典:企業会計基準委員会|実務対応報告第41号 取締役の報酬等として株式を無償交付する取引に関する取扱い

適時開示も無視できません。日本取引所グループの上場会社向けFAQでは、株式報酬を発行する場合、当該株式の総数が希薄化率1%以上かつ価額1億円以上となるときは適時開示が必要とされ、開示基準に該当しない場合であっても、取締役会決議通知書および有価証券通知書の写しの提出が必要とされています。
出典:日本取引所グループ|株式報酬を発行する場合、適時開示や書類の提出は必要になりますか。

こうしたことから、評価・見積りの段階で、注記と適時開示を同時に確認しておくべきです。後から開示担当が数字を拾う運用では、権利確定見込数、潜在株式数、条件変更、失効、自己株式数の整合が崩れやすくなります。

株式報酬がKAMになり得る場面

株式報酬が常にKAMになるわけではありません。

しかし、次のような場合には、監査上の主要な検討事項、あるいは監査上の重要論点として扱われる可能性があります。

  • IPO直前または上場直後で、株式価値評価の主観性が高い
  • 付与額が多額で、費用・純資産・希薄化への影響が大きい
  • 業績条件・市場条件・非財務KPIが複雑である
  • 条件変更、取消し、再付与、リプライシングが行われている
  • 経営者報酬に関するガバナンス上の注目度が高い
  • 株式交付信託の残高や引当金が重要である
  • 監査人との見積り協議が難航している
  • 財務諸表注記や役員報酬開示との整合が重要である

会計上の見積りの開示基準では、会計上の見積りを、資産・負債や収益・費用等の額に不確実性がある場合に、財務諸表作成時に入手可能な情報に基づいて合理的な金額を算出することと定義しています。また、見積りの方法や基礎情報の入手可能性によって不確実性の程度はさまざまであり、財務諸表計上額だけでは翌年度への影響の可能性を利用者が理解することが困難であるため、開示が必要とされています。
出典:企業会計基準委員会|企業会計基準第31号 会計上の見積りの開示に関する会計基準

株式報酬費用そのものが見積り開示の主対象になるケースは、それほど多くないかもしれません。しかし、IPO準備企業の株式価値評価、業績条件付き報酬の達成見込み、信託型報酬の引当金、条件変更の影響が重要であれば、重要な会計上の見積りやKAMとの関係を検討すべきです。

実務でよくある監査上の指摘

評価モデルの入力値の根拠が不足している

ブラック・ショールズ式を使っていても、ボラティリティ、予想残存期間、配当利回り、無リスク利子率の根拠が残っていなければ、監査証拠としては不十分です。評価モデルが合理的であっても、入力値を説明できなければ、評価額も説明できません。

権利確定見込数を更新していない

期首に設定した退職率や業績達成見込みを、期末まで見直していないケースがあります。権利不確定による失効見積りに重要な変動があれば、見積りを見直し、累計費用額との差額を損益処理する必要があります。

業績条件の見積りが経営計画と整合していない

報酬制度では「中期経営計画の達成度に応じて交付」としているにもかかわらず、会計上は中期経営計画の見直しや業績予想修正を反映していない場合、見積りの根拠が弱くなります。

条件変更を単なる制度変更として処理している

行使価格の引下げ、評価期間の延長、KPIの緩和、退職時失効条件の変更は、会計上の条件変更に該当する可能性があります。追加費用、費用計上期間、注記を検討する必要があります。

失効の種類を混同している

権利確定前の失効と、権利確定後の不行使とでは、処理が異なります。ストック・オプション、新株予約権、譲渡制限付株式、株式交付信託で用語と処理が異なるため、制度ごとの整理が必要です。

信託口の株式を自己株式・1株当たり情報に反映していない

株式交付信託では、信託保有株式を会社の自己株式として表示するか、1株当たり情報の算定上どのように扱うかが論点になります。信託試算表と会社の株式管理表を照合する必要があります。

開示資料と会計資料が一致していない

注記、役員報酬開示、適時開示、有価証券通知書、株主総会議案において、付与株式数、条件、対象者、評価期間が不一致となることがあります。株式報酬では、会計資料と開示資料を別々に作成すると、齟齬が生じやすくなります。

監査人に説明できる論点メモの作り方

株式報酬の評価・見積りについては、監査人に提出する論点メモをあらかじめ作成しておくと、決算時の協議が安定します。

論点メモには、少なくとも次の内容を含めます。

項目記載内容
制度概要制度目的、対象者、交付物、交付方法、決済方法
適用基準SO基準、実務対応報告第36号、第41号、第30号等
付与日取締役会決議日、契約締結日、割当日、実質合意日
評価方法評価モデル、基礎数値、評価基準日、外部評価利用
費用認識期間対象勤務期間、権利確定期間、評価期間
権利確定見込数退職見込み、業績達成見込み、失効見込み
条件変更変更内容、変更日、評価単価・株式数・期間への影響
失効・没収発生事由、権利確定前後の区分、会計処理
表示新株予約権、株式引受権、資本剰余金、引当金、自己株式
税務役員給与税制、申告調整、税効果
開示注記、役員報酬開示、1株当たり情報、適時開示
内部統制承認、データ管理、評価レビュー、開示チェック

重要なのは、会計処理の結論だけでなく、代替的な処理を検討した形跡を残しておくことです。

たとえば、株価条件を権利確定見込数に反映しない場合には、なぜ信頼性をもって失効数を見積れないと判断したのか、また評価単価に市場条件を反映しているのかを説明します。条件変更があった場合には、なぜ会計上の条件変更に該当するのか、あるいは該当しないのかを、変更前後の契約条件と数値影響で整理します。

「見せたい費用」ではなく「説明できる費用」を整える

株式報酬は、経営者・役員・従業員のインセンティブ設計であると同時に、財務報告上の費用・純資産・希薄化・開示の論点でもあります。

費用を小さく見せたいという発想から、対象勤務期間を長く設定したり、業績達成見込みを恣意的に変更したり、条件変更を十分に検討しなかったりすると、後になって監査・開示・税務・ガバナンスの各局面で説明が難しくなります。

株式報酬の評価・見積りでは、次の姿勢が重要です。

  • 制度名ではなく、取引実態から適用基準を特定する
  • 付与日、公正価値測定日、対象勤務期間を文書化する
  • 評価モデルだけでなく、入力値の根拠を残す
  • 権利確定見込数を期末ごとに更新する
  • 業績条件の見積りを経営計画・外部開示と整合させる
  • 条件変更・失効・没収を制度ごとに分けて処理する
  • 注記・役員報酬開示・適時開示を会計処理と同時に確認する
  • 監査人との協議前に、論点メモと証拠資料を整える

株式報酬の会計処理は、評価額だけを外部専門家に依頼して終わるものではありません。制度設計、会社法手続、税務、開示、内部統制、監査対応を一体で整理して、はじめて後から説明できる数字になります。

専門家に相談すべき局面

株式報酬の評価・見積りは、制度の複雑さ、金額的重要性、監査人との協議状況によって、専門家の関与が有効になる領域です。

特に、次のような場面では、早い段階で会計・税務・開示を横断して整理することをお勧めします。

  • IPO準備段階でストック・オプションを大量に発行する
  • 直近ファイナンス価格とSO評価額に大きな乖離がある
  • 譲渡制限付株式やPSUの対象勤務期間の判断に迷っている
  • 業績条件・市場条件・非財務KPIを含む報酬制度を導入する
  • 条件変更、リプライシング、取消し、新制度への入替を行う
  • 株式交付信託のポイント・引当金・自己株式処理が複雑である
  • 役員報酬開示、注記、適時開示との整合に不安がある
  • 監査人から評価・見積り・条件変更について詳細な説明を求められている

犬飼公認会計士・税理士事務所では、上場企業・IPO準備企業・大規模グループにおける日本基準の高度会計論点について、会計処理の結論だけでなく、評価資料、見積り根拠、注記、適時開示、監査人向け論点メモまで含めた整理を支援しています。

株式報酬の評価額や費用認識額について、「計算はしたものの、監査人や経営者に説明できる形になっていない」と感じられる場合は、制度資料・評価資料・見積り資料を整理したうえで、犬飼公認会計士・税理士事務所HPのお問い合わせページよりご相談ください。

振り返り|株式報酬の評価・見積り・監査対応の重要論点

論点実務上の意味確認すべき資料・判断軸
適用基準の特定制度名だけでは処理は決まらないSO基準、実務対応報告第36号・第41号・第30号
付与日公正価値測定日の基礎取締役会決議、契約締結日、割当日、実質合意日
公正な評価単価費用総額の基礎株価、モデル、ボラティリティ、予想期間、配当
権利確定見込数費用計上額を左右する中心的見積り退職率、業績達成見込み、失効見込み
勤務条件対象勤務期間と失効見積りに影響在籍期間、任期、退任時条件
業績条件業績連動型報酬の費用認識に影響中計、予算、月次実績、KPI管理表
市場条件評価単価または失効見積りへの反映方法を検討株価条件、TSR、時価総額条件
条件変更追加費用や注記が必要になり得るリプライシング、条件緩和、評価期間変更
権利不確定による失効費用認識額の修正勤務条件未達、業績条件未達
権利不行使による失効新株予約権戻入益等を検討権利確定後の未行使失効
株式交付信託ポイント・信託株式・引当金の管理が必要信託契約、給付規程、信託試算表
IPO準備企業の株価市場価格がないため評価根拠が重要株式価値評価書、直近ファイナンス、資本政策
税務との違い会計費用と損金算入時期は一致しない役員給与税制、申告調整、税効果
注記評価方法・権利確定見込数・条件変更を説明財務諸表注記、役員報酬開示
1株当たり情報潜在株式・株式引受権・自己株式に影響EPS、BPS、信託保有株式
適時開示会計重要性とは別に希薄化・価額基準を確認JPX基準、取締役会決議通知、有価証券通知書
監査対応評価額だけでなく判断過程が問われる論点メモ、評価資料、見積り資料、内部統制
内部統制人事・法務・税務・開示との連携が必要対象者管理、評価レビュー、開示チェック
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