評価基準日と利用資料|いつの会社を、どの数字で評価するのか

M&Aの価格を判断するとき、多くの方は「どの評価方法を使うか」から考え始めます。けれども、その前に必ず確認しておきたいことがあります。

それは、いつ時点の会社を、どの資料に基づいて評価しているのか、という問題です。

同じ会社であっても、評価基準日が変われば見えてくる姿は違ってきます。手元の現預金、借入金、売掛金、棚卸資産、受注残、業績見通し、偶発債務、税務ポジション、事業計画の前提──こうした要素は、どの時点で切り取るかによって姿を変えます。直近期の決算を基礎に置いた評価と、直近の月次を反映した評価とでは、結論そのものが変わることも珍しくありません。

さらに、評価基準日を過ぎてから重要な契約の解消、資金調達、訴訟、災害、主要取引先の変化などが生じていれば、その情報をどう扱うかも問われます。

企業価値評価は、決算書の数字を計算式に当てはめるだけの作業ではありません。どの時点の会社を評価しているのか。その時点で何が分かっていたのか。どの資料を基礎にしてよいのか。その資料は、意思決定に使えるだけの有用性を備えているのか。そして、評価基準日後に判明した情報を、評価に反映すべきなのか、それとも参考情報として扱うべきなのか。

ここを整理しないまま進めてしまうと、出てきた評価額は「もっともらしい数字」にはなっても、取引価格の判断材料としては心もとないものになります。株主や金融機関、後継者、社内の関係者へ説明する場面でも、あるいは専門家へ相談する際の前提としても、その数字は弱さを残してしまうのです。

目次

評価基準日とは何か

評価基準日とは、ひとことで言えば、企業価値や株式価値を測定する時点のことです。「いつの会社を評価しているのか」を定める日であり、この日を境にして、評価に含める情報と含めない情報を仕分けていきます。

M&Aの実務では、次のような日付が評価基準日の候補になります。

  • 直近決算日
  • 直近月次試算表の締日
  • 基本合意書の締結日
  • 株式譲渡契約の締結日
  • クロージング予定日
  • 組織再編の効力発生日
  • 株式買取、自己株式取得、承継、資本政策上の判断日
  • 評価報告書や意思決定資料で指定された日

ここで誤解しないでいただきたいのは、どの日を選んでもよい、という意味ではないということです。大切なのは、評価目的、利用資料、取引スケジュール、説明先、そして税務・会計・会社法上の目的に照らして、その基準日を選ぶ理由をきちんと説明できることです。

たとえばM&Aの初期検討では、直近決算日や直近月次を基準に概算の評価を行うことがあります。一方、最終契約に近づいた段階では、デューデリジェンス(DD)で確認された最新の財務情報や、クロージング時のネットデット、正常運転資本、後発事象を踏まえた価格調整が論点になってきます。

また、税務上の時価、会社法上の公正な価格、会計上の公正価値測定といった制度目的が絡む場合には、法令や会計基準、裁判例、実務指針などに基づいて、評価時点の考え方を個別に確認する必要があります。本稿では制度ごとの詳細な計算には踏み込みませんが、いずれにせよM&Aの価格判断において、評価基準日を曖昧にしないことが出発点になる点は共通しています。

評価基準日を曖昧にすると何が起きるか

評価基準日を曖昧にしたまま価格を議論すると、売主・買主・関係者の間で、見ている会社の姿がずれてしまいます。

たとえば、売主は直近期の好調な決算を前提に価格を考えているのに、買主は直近月次で業績が落ちている点を重く見ているかもしれません。あるいは、売主が決算日時点の純資産を見ている一方で、買主は評価基準日後に発生した借入金の増加、在庫の滞留、主要顧客の解約に目を向けている、ということもあり得ます。

このとき、評価額の違いを生んでいるのは、評価手法の違いだけではありません。そもそも、評価している時点が違うのです。

評価基準日のずれは、次のような論点に影響を及ぼします。

  • どの期間の損益を実績として見るか
  • どの残高の現預金、借入金、運転資本を使うか
  • どの事業計画を将来キャッシュ・フローの前提にするか
  • 評価基準日後に発生した情報をどう扱うか
  • 価格調整条項やクロージングBSとどう整合させるか
  • 税務上、会社法上、会計上の説明に耐えられるか

企業価値評価の実務では、評価基準日が事業年度末と一致しない場合、DCFの割引計算にも調整が必要になります。期中の基準日から将来キャッシュ・フローを割り引くようなケースで、年度末基準の計算をそのまま流用してしまうと、時間価値の取り込み方がずれてしまうからです。

つまり、評価基準日は単なる形式的な日付ではありません。評価額そのものを動かす前提なのです。

直近決算・月次試算表・事業計画は、それぞれ役割が違う

M&Aのバリュエーションでは、「直近期の決算を使うのか、月次を使うのか、それとも事業計画を使うのか」というご相談をよくいただきます。

この問いへの答えは、「どれか一つを使えばよい」ではありません。直近決算、月次試算表、事業計画は、そもそも見ているものが違うからです。

直近決算は、一定期間の会計処理を経て確定した、過去の情報です。月次試算表は、決算日後の最新状況をつかむための速報的な情報です。そして事業計画は、将来の収益力やキャッシュ・フローを見積もるための前提資料です。

ですから評価では、これらを対立させて一つを選ぶのではなく、過去の実績、現在の財務状況、将来の見通しをひと続きのものとして読むことが必要になります。

財務デューデリジェンスの目的も、対象会社の過去の損益・キャッシュ・フローの実績、現在の財務状況、そして将来の事業計画の基礎となる情報をつかむことにあります。評価そのものはDDとは別の領域ですが、価格判断に使う資料を整えていくうえで、この発想は大きな助けになります。

直近決算をどう使うか

直近決算は、評価の基礎資料として欠かせません。決算書、勘定科目内訳書、法人税申告書、消費税申告書、固定資産台帳、借入金明細、株主資本等変動計算書といった書類は、対象会社の財務実態を知る入口になります。

ただし、直近決算をそのまま評価に使えるとは限りません。少なくとも、次の点は確認しておきたいところです。

  • 決算日は評価基準日に近いか
  • 決算後に大きな業績変動や財務変動がないか
  • 会計方針は継続しているか
  • 一過性の収益や費用が含まれていないか
  • 役員報酬、関連当事者取引、私的費用、オーナー依存の影響がないか
  • 棚卸資産、売掛金、貸倒引当金、固定資産、退職給付、税金関係に過不足がないか
  • 簿外債務や偶発債務の兆候がないか
  • 監査、税務顧問、経理体制の水準はどの程度か

直近決算は、あくまで「確定された過去の会計情報」です。会社の将来価値を直接に示すものではありません。

たとえば、直近期に大口案件があって利益が一時的にふくらんでいる場合、その利益が将来も続くと見込んでしまえば、価値を過大に評価することになります。反対に、一時的なトラブルや設備更新で利益が落ち込んでいる場合に、それをそのまま将来へ引き延ばせば、今度は価値を過小に見てしまう恐れがあります。

ですから直近決算は、正常収益力や時価純資産を検討するための出発点として用いるべきものです。直近期の利益や純資産を、そのまま価格に置き換えてよいものではありません。

月次試算表をどう使うか

月次試算表は、評価基準日に近い時点の会社の状態を把握するうえで役立ちます。とりわけ直近決算日から時間が経っている場合、月次試算表を確認しないまま評価を進めると、現在の業績や財務状況を見落としかねません。

月次試算表では、次のような点を確認していきます。

  • 売上、粗利、営業利益の直近の推移
  • 月次の変動が季節要因か、それとも構造的な変化か
  • 資金繰りの変化
  • 売掛金、棚卸資産、買掛金の増減
  • 借入金、役員借入金、役員貸付金の変動
  • 設備投資、修繕、賞与、退職金、税金支払の発生
  • 受注残、解約、主要取引先の変化
  • 決算整理前の未処理項目

もっとも、月次試算表には限界もあります。決算整理が反映されていないことがあるためです。減価償却、棚卸評価、貸倒引当、未払費用、賞与引当、退職給付、税金計算、前払・未収・未払の整理が十分でない場合、月次の利益は実態からずれてしまいます。

そのため、月次試算表を使うときには、直近決算との整合性を確かめることが欠かせません。月次の利益が大きく改善しているように見えても、それが実際の収益力の改善なのか、それとも決算整理が未反映であるための見かけ上の改善なのかを見極める必要があります。月次の売上が伸びていても、売掛金の回収が遅れていたり、在庫が積み上がっていたり、粗利率が低下していたりすれば、キャッシュ・フローや運転資本への影響にも目を向けなければなりません。

DDの初期段階では、まず買収対象会社の全体像をつかむことが出発点になります。そのうえで、直近事業年度までの業績、進行事業年度の状況、重要な会計方針、KPIに基づく月次損益管理の状況などを確認していきます。

月次資料は、「最新だから正しい」というものではありません。最新であることと、評価に使えることは、別の話なのです。

事業計画をどう使うか

DCFをはじめとするインカム・アプローチでは、事業計画が価値を大きく左右します。

ただ、事業計画はあくまで将来の情報です。過去の実績や現在の財務状況に比べれば、不確実性が高い資料だといえます。

事業計画を見るときには、売上や利益の数字そのものを追うだけでなく、次の点に目を配る必要があります。

  • 誰が作成した計画か
  • 何の目的で作成された計画か
  • いつ作成された計画か
  • 取締役会、経営会議、金融機関提出、社内管理などで承認・利用されているか
  • 過去の計画達成率はどうか
  • 売上、粗利率、固定費、変動費、設備投資、運転資本の前提は整合しているか
  • 評価目的に合わせて新たに作成された計画ではないか
  • 買収価格を意識して過度に楽観的になっていないか
  • シナジーを織り込む場合、売主単独価値と買主固有価値が混同されていないか

事業計画については、作成時期と作成目的の確認がとりわけ重要です。もともと社内管理や金融機関への説明のために作られていた計画なのか、それともM&Aを前提に新しく作られた計画なのかによって、評価上の読み方は変わってきます。後者の場合には、買収価格を引き上げるために楽観的な前提が紛れ込んでいないか、特に注意が必要です。

事業計画は、将来キャッシュ・フローを見積もるために欠かせません。とはいえ、事業計画をそのまま評価モデルに入れることが、専門的な評価ではありません。専門的な評価では、事業計画を次のような観点から吟味していきます。

  • 過去実績とのつながり
  • 直近月次との整合性
  • 市場環境との整合性
  • 人員、設備、運転資本、資金繰りとの整合性
  • 売上成長と利益率改善の根拠
  • 維持更新投資や必要運転資本の反映
  • 税金、借入返済、資本政策との関係
  • 楽観シナリオ、標準シナリオ、保守シナリオの幅

事業計画は、「当たるか外れるか」を予言するための資料ではありません。価値判断に必要な前提を明らかにし、どの前提が評価額をどれだけ動かすのかを確かめるための資料です。

後発事象をどう扱うか

評価基準日を定めると、次に問題になるのが、評価基準日後に判明した情報の扱いです。

後発事象には、大きく二つの性質があります。

一つは、評価基準日の時点ですでに存在していた状況について、後から証拠が得られたもの。もう一つは、評価基準日の後に新たに発生した状況を示すものです。

この違いは、たいへん重要です。

たとえば、評価基準日後に主要な売掛先の倒産が判明したとします。その信用不安が評価基準日の時点ですでに存在していたのであれば、売掛金の評価や将来売上に影響する可能性があります。一方で、評価基準日後に、予測できなかった突発的な災害や政策変更が起きた場合には、それを基準日時点の価値にそのまま反映すべきかどうか、評価目的や利用方法に応じて慎重に整理しなければなりません。

公正価値測定の考え方に立てば、測定日時点で入手可能な情報に基づくことが基本です。測定日後に判明した情報は、合理的かつ通常のデューデリジェンスによって測定日に識別されていたと考えられる場合に考慮する、という整理になります。M&Aのバリュエーションでも、この考え方は一つの拠りどころになります。

評価基準日後の情報を扱う際には、次のように切り分けて考えると、判断がしやすくなります。

評価に反映すべき可能性がある情報

  • 評価基準日時点ですでに存在していた貸倒リスクが、後日顕在化した
  • 基準日時点ですでに進行していた契約解約が、後日確定した
  • 基準日時点で存在していた簿外債務や訴訟リスクが、後日判明した
  • 基準日時点ですでに業績悪化が進んでいたことを示す月次資料が、後日入手された
  • 基準日時点で存在していた在庫滞留や固定資産減損の兆候が、後日確認された

評価に直接反映するのではなく、別途の説明・感応度・価格条件で扱うべき可能性がある情報

  • 評価基準日後に新たに発生した災害、事故、規制変更
  • 評価基準日後に生じた主要顧客の方針変更
  • 評価基準日後に新たに決まった資金調達や大口投資
  • 評価基準日後に新たに発生した訴訟や紛争
  • 基準日後に買主側で具体化したシナジー施策

ここで避けたいのは、都合のよい情報だけを評価に取り込んでしまうことです。売主に有利な後発情報だけを採用する。買主に有利な後発情報だけを採用する。評価基準日の時点では分かっていなかった情報を、あたかも基準日時点の前提であったかのように扱う。こうした処理をしてしまうと、評価額は説明可能性を失ってしまいます。

後発事象は、評価額を操作するための材料ではありません。評価基準日時点の会社を正しく理解するための情報なのか、それとも基準日後の新たなリスクとして価格条件や契約条件で扱うべき情報なのか──その切り分けが大切です。

利用資料は「真実・正確・網羅的」と仮定するだけでは足りない

企業価値評価では、対象会社や依頼者から提供された資料を基礎にして評価を行うことが多くあります。

ただ、資料を受け取ったからといって、それを無批判に評価へ使ってよいわけではありません。

提供された情報については、評価業務にあたってその有用性や利用可能性を検討・分析し、無批判に使うのではなく、慎重さと批判的な視点をもって検討する必要があります。基礎資料は、評価に採用できるかという有用性の観点から見直し、不適切であれば訂正や再提出を依頼する。これが実務上の基本姿勢です。

出典:日本公認会計士協会|経営研究調査会研究報告第32号「企業価値評価ガイドライン」の改正について

ここでいう有用性とは、単に「資料が存在する」という意味ではありません。次のような観点が必要になります。

  • 評価基準日に近い資料か
  • 決算整理や税務調整が反映されているか
  • 作成目的が評価目的と矛盾していないか
  • 過去実績と事業計画がつながっているか
  • 会計方針が継続しているか
  • 不明な勘定科目や異常値が説明されているか
  • 関連当事者取引やオーナー取引が見える形になっているか
  • KPIや管理資料と財務数値が整合しているか
  • 第三者に説明できる資料か

評価報告書では、提供された資料の真実性・正確性・網羅性を全面的に検証する手続までは行わないこともあります。とはいえ、だからといって、提供された資料をそのまま機械的に使ってよいわけではありません。

専門家として大切なのは、監査と同じ水準の検証をすることではなく、その資料が評価に使えるものかどうかを見極めることです。

評価基準日と利用資料をそろえる実務上の手順

評価基準日と利用資料を整理するときは、次の順番で考えていくと、混乱しにくくなります。

1. まず評価目的を確認する

最初に確認すべきは、何のための評価か、です。

M&Aの売買価格交渉なのか。社内の投資判断なのか。事業承継や株主間の取引なのか。自己株式の取得なのか。組織再編比率の検討なのか。税務上の時価確認なのか。あるいは、会計上の取得原価配分や減損検討に関係するのか。

評価目的が変われば、評価基準日も、利用資料も、求められる説明の水準も変わってきます。

2. 次に評価基準日を設定する

評価目的を確認したら、評価基準日を設定します。

このとき、「とりあえず直近決算日でよい」と安易に決めるのではなく、取引スケジュールや利用資料との整合性を確かめます。

直近決算日から時間が経っているなら、月次資料で補う必要があります。基準日後に重要な情報がある場合には、それが基準日時点の状況を示すものなのか、それとも基準日後の新しい事象なのかを区別します。

3. 評価基準日に最も近い財務情報を確認する

評価基準日に近い財務情報として、月次試算表、資金繰り表、借入金残高、売掛金・買掛金・棚卸資産の明細、受注残、KPI資料などを確認します。

ただし、月次資料には決算整理が反映されていないことがあるため、直近決算との橋渡しが欠かせません。

4. 直近決算と月次の差異を整理する

直近決算から評価基準日までの変化を整理します。

  • 利益は増えているのか、減っているのか
  • 現預金は増えているのか、減っているのか
  • 借入金は変動しているのか
  • 運転資本は正常水準から外れていないか
  • 大口の設備投資や資産売却がないか
  • 税金、賞与、退職金、役員貸付・借入が変動していないか

この橋渡しをしておかないと、「決算日時点の会社」と「評価基準日時点の会社」がつながりません。

5. 事業計画を過去実績・月次実績と照合する

事業計画は、単独で評価に使うのではなく、過去実績と月次実績とのつながりを確認します。

売上成長率、粗利率、固定費、設備投資、運転資本、税金、借入返済、人員計画が、互いに整合しているかを見ていきます。

特に、M&Aを前提に新しく作られた事業計画には、価格交渉上の意図が含まれている可能性があります。事業計画の作成目的、承認の状況、過去の達成率、そして買主側の見方を踏まえながら、評価上採用できるかどうかを検討します。

6. 後発事象を分類する

最後に、評価基準日後の情報を分類します。

評価基準日の時点ですでに存在していた状況の証拠なのか。それとも基準日後に新たに発生した事象なのか。評価額に反映するのか。感応度分析に反映するのか。価格調整や契約条項で扱うのか。あるいは、単に留意事項として記載するのか。

ここまで整理しておくことで、後から説明できる評価になります。

「直近の数字」を使えばよいわけではない

M&Aの現場では、「最新の月次を使えばよい」「直近期の決算が確定しているのだから、それでよい」といった議論になりがちです。

しかし、評価に必要なのは、単に新しい数字ではありません。必要なのは、評価基準日時点の会社を最もよく説明できる数字です。

直近期の決算は信頼性が高い反面、現在の状況を反映していないことがあります。月次試算表は新しい反面、決算整理が不足していることがあります。事業計画は将来価値を考えるうえで欠かせない反面、作成目的や前提に恣意性が入りやすい資料です。

ですから評価では、資料ごとの性質を理解したうえで、次のように使い分けることが大切です。

  • 直近決算は、過去実績と財務実態の基礎として使う
  • 月次試算表は、評価基準日までの変化を把握するために使う
  • 事業計画は、将来キャッシュ・フローの前提として使う
  • 税務申告書や勘定科目内訳書は、会計数値の裏付けや税務ポジションの確認に使う
  • 資金繰り表や借入明細は、株主価値や価格調整の検討に使う
  • 契約書、議事録、許認可、株主名簿は、財務数値だけでは見えないリスクの確認に使う
  • 後発事象の情報は、基準日時点の評価に反映すべきか、別途扱うべきかの判断に使う

評価に使う資料は、多ければよいというものではありません。評価目的と評価基準日に照らして、どの資料をどの役割で使うのかを決めていくことが重要です。

評価基準日と利用資料は、価格交渉にも影響する

評価基準日と利用資料の整理は、評価報告書のためだけのものではありません。実際の価格交渉にも、そのまま直結します。

たとえば株式譲渡価格を議論する場面では、次のような論点が出てきます。

  • 基準日時点の現預金を価格に含めるのか
  • 借入金はどの時点の残高を控除するのか
  • 評価基準日からクロージングまでの利益は誰に帰属するのか
  • 正常運転資本をどの水準と見るのか
  • 基準日後に発生した設備投資や借入返済をどう扱うのか
  • 月次業績が計画を下回った場合に価格を見直すのか
  • 後発事象を価格調整、表明保証、補償条項のどこで扱うのか

これらは、単なる会計処理の問題ではありません。売主と買主の経済的な取り分、リスクの負担、説明責任に関わる問題です。

中小M&Aについては、その手続や支援機関の役割、最終契約におけるリスク事項、M&A専門業者の説明などが整理されています。中小M&Aでは、事前準備としての株式・事業用資産等の整理・集約から始まり、手続の中でバリュエーション、交渉、基本合意、最終契約が位置づけられています。評価基準日と利用資料の整理は、こうした一連の流れの前提になる、実務上の論点なのです。

出典:中小企業庁|中小M&Aガイドライン

相談前に整理しておきたい資料と論点

評価基準日と利用資料について専門家に相談する前に、次の事項を整理しておくと、議論がぐっと進みやすくなります。

  • 評価の目的
  • 想定している評価基準日
  • 直近3期程度の決算書・申告書
  • 直近月次試算表
  • 月次推移表
  • 資金繰り表
  • 借入金明細
  • 売掛金、買掛金、棚卸資産の明細
  • 固定資産台帳
  • 株主名簿
  • 重要契約一覧
  • 事業計画、予算、中期計画
  • 事業計画の作成目的と承認状況
  • 基準日後に発生した重要な事象
  • 評価結果を説明する相手
  • 交渉上、譲れない条件や確認したい前提

すべてを完璧にそろえる必要はありません。大切なのは、どの資料があり、どの資料が不足していて、どの数字に不確実性があるのかを把握しておくことです。

資料が足りない場合でも、評価がまったくできないとは限りません。ただしその場合には、評価レンジを広めに見る、前提条件を明示する、感応度分析を行う、追加資料の入手を前提に再検討するといった、慎重な扱いが求められます。

評価基準日と利用資料を整えることは、後から説明できる価格判断の第一歩

M&Aのバリュエーションでは、どうしても評価手法や倍率、割引率に目が向きがちです。

けれども、その前に評価基準日と利用資料が整っていなければ、評価結果は不安定なものになってしまいます。

いつ時点の会社を評価しているのか。どの資料を使っているのか。その資料は評価に使える状態なのか。直近決算、月次、事業計画は整合しているのか。基準日後に判明した情報をどう扱うのか。第三者に説明できる前提になっているのか。

こうした整理があって初めて、DCF、マルチプル、時価純資産といった評価手法が意味を持ちはじめます。

評価基準日と利用資料は、バリュエーションの入口です。そして同時に、価格交渉、契約条件、税務・会計・会社法上の説明責任へとつながっていく土台でもあります。

「どの評価方法を使うか」を考える前に、まず「いつの会社を、どの数字で評価しているのか」をはっきりさせること。それが、感覚や相場感に流されないM&A価格判断の出発点になります。

評価基準日や利用資料の整理で迷う場合は、早めに専門家へ相談する

評価基準日と利用資料の整理は、単純な事務作業ではありません。直近決算、月次試算表、事業計画、後発事象、税務資料、契約情報、資金繰り、価格調整、説明責任──これらが互いに関係し合っているからです。

特に、次のような場合には、評価手法に入る前に、評価基準日と利用資料の整理を専門家と一緒に確認しておくことをおすすめします。

  • 直近決算日から時間が経過している
  • 月次業績が大きく変動している
  • 事業計画が楽観的かどうか判断しにくい
  • 決算書と月次試算表の利益水準が合わない
  • 基準日後に重要な契約、借入、設備投資、訴訟、主要取引先の変化がある
  • 金融機関、株主、後継者、社内関係者に評価額を説明する必要がある
  • 仲介会社や買主から提示された価格の前提が分からない
  • 税務上の時価や会社法上の価格判断も関係しそうである

犬飼公認会計士・税理士事務所では、M&A・承継・資本政策・組織再編に関する企業価値評価や取引価格の判断について、評価基準日の設定、利用資料の確認、直近決算・月次・事業計画の整合性確認、後発事象の整理、価格レンジの検討まで含めて、ご相談をお受けしています。

「どの時点の数字で評価すべきか分からない」 「提示された価格が、どの資料を前提にしているのか整理したい」 「事業計画をどこまで評価に反映してよいか確認したい」

こうした段階でも、早めに前提を整理しておくことで、その後の評価、交渉、説明資料、専門家対応の精度は大きく変わってきます。

M&Aの価格判断を、感覚や相場感ではなく、数字と事実に基づいて整理したい──そうお考えの方は、犬飼公認会計士・税理士事務所HPのお問い合わせページからご相談ください。

振り返り|評価基準日と利用資料の重要ポイント

論点確認すべきこと価格判断への影響
評価基準日いつ時点の会社を評価するのか現預金、借入金、運転資本、業績、後発事象の扱いが変わる
直近決算確定した過去情報として使えるか正常収益力、純資産、税務ポジションの出発点になる
月次試算表評価基準日に近い最新状況を反映しているか直近業績、資金繰り、運転資本、借入残高の変化を把握できる
事業計画作成目的、承認状況、過去実績との整合性はあるか将来キャッシュ・フロー、DCF、価格レンジに大きく影響する
後発事象基準日時点の状況を示す情報か、基準日後の新事象か評価額に反映するか、感応度・価格調整・契約条件で扱うかが変わる
利用資料の有用性資料は評価に使える状態か資料の信頼性が弱いと、評価レンジや説明力が弱くなる
説明責任誰に、どの前提で評価額を説明する必要があるか株主、金融機関、後継者、社内外関係者への説明可能性に影響する
相談前整理評価目的、基準日、資料、不足情報を整理しているか専門家相談、価格交渉、意思決定資料の精度が高まる
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