非上場株式の評価で最初に誤解されやすいのは、「決算書さえあれば株価は出せる」という考え方です。
確かに、決算書は欠かせません。貸借対照表、損益計算書、株主資本等変動計算書がそろっていなければ、会社規模の判定も、類似業種比準価額や純資産価額の検討も進められません。
ただ、相続税・贈与税における非上場株式の評価は、決算書の数字をそのまま機械的に当てはめる作業ではありません。
誰がその株式を取得するのか。 取得後の議決権割合はどうなるのか。 同族株主に該当するのか。 会社は一般の評価会社か、それとも特定の評価会社か。 会社が持つ土地や有価証券、関係会社株式、保険契約、役員貸付金はどのように評価するのか。 相続発生時点の株主構成と、遺産分割後の取得者をどう整理するのか。
こうした点を確認しないまま進めると、株価の計算方法そのものを誤ってしまうことがあります。
取引相場のない株式は、株式を取得した株主が経営支配力を持つ同族株主等か、それ以外の株主かによって、原則的評価方式または配当還元方式で評価します。原則的評価方式では、評価会社を総資産価額・従業員数・取引金額によって大会社・中会社・小会社に区分したうえで評価します。
この記事では、非上場株式評価で必要となる会社資料を、単なるチェックリストとしてではなく、その資料で何を確認し、どの評価判断に使い、どのリスクを避けるのかという視点から整理していきます。
非上場株式評価の資料は「計算資料」ではなく「判断資料」である
非上場株式の評価では、資料を集める目的を取り違えないことが何より大切です。
資料収集の狙いは、申告書に添付する書類をそろえることではありません。評価方式を選び、評価額の根拠を残し、相続人の間できちんと説明でき、税務調査で確認されても判断の過程をたどれる状態をつくること――そこに本当の目的があります。
同じ決算書でも、どこを見るべきかは評価方式によって変わります。
| 確認したい事項 | 主に必要となる資料 | 評価への影響 |
|---|---|---|
| 誰が株主か | 株主名簿、親族関係図、遺言、遺産分割資料 | 同族株主判定、配当還元方式の可否 |
| 議決権割合 | 株主名簿、定款、種類株式資料、自己株式資料 | 原則的評価方式か配当還元方式か |
| 会社規模 | 決算書、法人税申告書、従業員資料、売上資料 | 大会社・中会社・小会社の判定 |
| 類似業種比準価額 | 法人税申告書、株主資本等変動計算書、配当資料 | 配当・利益・簿価純資産の算定 |
| 純資産価額 | 貸借対照表、勘定科目内訳書、不動産資料、保険資料 | 資産・負債の相続税評価への洗替え |
| 特定の評価会社該当性 | 土地資料、有価証券明細、関係会社株式資料 | 土地保有特定会社、株式等保有特定会社等の判定 |
| 会社法上の状態 | 定款、議事録、登記事項証明書 | 株式数、種類株式、自己株式、役員該当性 |
| 相続後の承継 | 遺言、遺産分割協議書、納税資金資料 | 後継者承継、代償金、遺留分、納税資金 |
資料が不足していると、評価額が多少ぶれる、という程度では済みません。評価方式の選択、株主区分、純資産価額、特定の評価会社の判定そのものを誤るおそれがあります。
特に同族会社では、会社の資料と個人の相続資料が別々に保管されているケースが目立ちます。会社側では「決算書はあるが株主名簿が古い」、相続人側では「株式数は分かるが議決権や種類株式の中身までは分からない」――そうした行き違いは、決して珍しくありません。
まず必要となる基本資料
非上場株式の評価で、最初に確認しておきたい会社資料は次のとおりです。
| 資料 | 主な確認事項 |
|---|---|
| 直近3期分程度の決算書 | 貸借対照表、損益計算書、株主資本等変動計算書、個別注記表 |
| 法人税申告書 | 課税所得、別表四、別表五(一)、別表五(二)、資本金等の額、利益積立金額 |
| 勘定科目内訳書 | 預金、有価証券、貸付金、借入金、土地建物、役員貸付金、役員借入金 |
| 株主名簿 | 株主、株式数、種類株式、取得日、議決権割合 |
| 定款 | 株式譲渡制限、種類株式、単元株式、議決権制限、取得条項等 |
| 登記事項証明書 | 会社の存在、資本金、役員、目的、本店、清算・解散の有無 |
| 株主総会・取締役会議事録 | 配当、増資、減資、自己株式取得、役員選任、退職金決議 |
| 不動産資料 | 登記、固定資産税資料、路線価、賃貸借契約、土地利用状況 |
| 有価証券・関係会社資料 | 上場株式、投資信託、子会社株式、関連会社株式 |
| 役員・親族間取引資料 | 役員貸付金、役員借入金、債務免除、低額譲渡、保証債務 |
| 保険契約資料 | 法人契約保険、解約返戻金、死亡保険金、契約者・被保険者・受取人 |
| 従業員・売上資料 | 会社規模判定、業種判定、継続勤務従業員数 |
もっとも、これらすべてが、どの案件でも同じ重みを持つわけではありません。
不動産保有会社であれば不動産資料が中心になりますし、持株会社であれば関係会社株式とグループの資本関係の整理が要になります。役員貸付金が多い会社では、貸付金の実在性、回収可能性、そして個人側の相続財産との整合性が問われることになります。
評価会社が特定の評価会社に該当するかどうかを確かめる場面では、第2表の判定に先立って、第1表、第4表、第5表の作成が必要になることがあります。特定の評価会社の判定では、配当・利益・簿価純資産に加え、土地等や株式等の保有状況を横断して確認するためです。
決算書で確認すること
決算書は、非上場株式評価の出発点です。
ただし、評価で使う決算書は、法人税申告や銀行提出を目的とした決算書とは、見る角度が違います。相続税・贈与税の評価では、決算書を土台にしながら、評価通達に沿って必要な調整を加えていきます。
貸借対照表
貸借対照表では、主に次の点を確認します。
| 科目 | 確認する内容 |
|---|---|
| 現金預金 | 実在性、残高証明、預金内訳 |
| 売掛金・未収入金 | 回収可能性、関係会社・役員向け債権 |
| 棚卸資産 | 評価損、陳腐化、滞留在庫 |
| 有価証券 | 上場株式、非上場株式、投資信託、関係会社株式 |
| 土地・建物 | 帳簿価額、取得時期、用途、相続税評価額 |
| 借地権・権利金 | 借地契約、無償返還届出、相当地代 |
| 保険積立金 | 解約返戻金、契約内容 |
| 役員貸付金 | 実在性、返済可能性、個人側財産との関係 |
| 借入金 | 金融機関借入、役員借入、返済条件 |
| 未払金・未払税金 | 課税時期時点の負債性 |
| 退職給与引当金 | 引当金の扱いと死亡退職金決議の有無 |
| 保証金・預り金 | 賃貸借契約との整合性 |
純資産価額方式では、会社の資産・負債を相続税評価額へ洗い替えます。ですから、貸借対照表に記載された金額そのものだけでなく、その科目が実態としてどうなっているのかまで踏み込んで確認する必要があります。
小会社の評価で用いられる純資産価額方式は、会社の総資産や負債を原則として相続税評価額に洗い替え、評価した総資産の価額から負債や評価差額に対する法人税額等相当額を差し引いて求める方法です。
損益計算書
損益計算書からは、利益水準と事業の実態を読み取ります。
類似業種比準価額では、利益金額が大きな意味を持ちます。とはいえ、会計上の当期純利益をそのまま用いるわけではなく、法人税の課税所得、非経常的な損益、受取配当金、法人税額等との関係を確認したうえで判断します。
たとえば、役員退職金や不動産売却益、保険差益、固定資産除却損、多額の貸倒損失などが含まれている場合には、その期の数字が通常の営業状態を映しているのかどうかを見極めなければなりません。
株主資本等変動計算書
株主資本等変動計算書は、配当と資本の動きをつかむうえで欠かせない資料です。
類似業種比準価額では、1株当たりの配当金額、利益金額、純資産価額が問われます。配当については、普通配当だけでなく、記念配当や特別配当、資本剰余金を原資とする配当などがないかも確認しておきます。
類似業種比準価額の計算では、直前期・直前々期の配当や利益、資本金等の額、発行済株式数が関わってきます。なかでも、非経常的な配当や利益をどう扱うかが論点になりやすいところです。
法人税申告書・勘定科目内訳書で確認すること
決算書だけでは、非上場株式の評価に必要な情報は足りません。
法人税申告書と勘定科目内訳書は、評価判断を裏づける資料として欠かせない存在です。
法人税申告書
法人税申告書では、少なくとも次の資料を確認します。
| 資料 | 確認する事項 |
|---|---|
| 別表一 | 申告所得、税額、事業年度 |
| 別表四 | 所得金額の加減算、非経常的項目、役員給与・寄附金等 |
| 別表五(一) | 利益積立金額、資本金等の額 |
| 別表五(二) | 租税公課、未納税額、納税充当金 |
| 適用額明細書等 | 特別償却、税額控除、圧縮記帳等の有無 |
類似業種比準方式では、法人税の課税所得金額を確認するために、別表四や別表五(一)が必要になります。純資産価額方式でも、未払法人税等や評価差額に対する法人税額等相当額の計算に関わってきます。
勘定科目内訳書
勘定科目内訳書は、貸借対照表の「中身」を確認するための資料です。
たとえば「貸付金」と書かれていても、相手先が代表者なのか、子会社なのか、取引先なのかで意味はまったく違います。借入金にしても、金融機関からの借入か役員からの借入かによって、会社評価と個人の相続財産の双方に影響が及びます。
特に確認しておきたい内訳は、次のとおりです。
| 内訳書 | 評価上の注意点 |
|---|---|
| 預貯金等の内訳 | 残高、金融機関、外貨預金の有無 |
| 受取手形・売掛金・未収入金 | 回収可能性、関係会社・役員向け債権 |
| 貸付金・仮払金 | 役員貸付金、同族会社間貸付、実在性 |
| 棚卸資産 | 滞留在庫、評価損、実地棚卸との整合 |
| 有価証券 | 銘柄、株数、取得価額、時価、関係会社株式 |
| 固定資産 | 土地・建物・構築物・減価償却累計額 |
| 借入金 | 返済条件、担保、役員借入金 |
| 未払金・未払費用 | 課税時期時点の負債性 |
| 地代家賃 | 土地賃貸借、同族会社貸付、使用貸借 |
| 役員報酬・退職金 | 役員該当性、死亡退職金、株式評価への影響 |
純資産価額方式では、帳簿に資産または負債として記載がなくても、評価上は資産・負債として取り扱うべき項目があります。未納公租公課、未払利息、一定の未払固定資産税、死亡退職金、保険差益に対する法人税額等などについては、負債として整理すべきかどうかを一つずつ確認していく必要があります。
株主名簿で確認すること
非上場株式の評価において、株主名簿はきわめて重要な資料です。
というのも、評価方式は「会社」だけで決まるわけではなく、その株式を取得する人が株主としてどのような立場にあるかによって決まるからです。
同族株主か、中心的な同族株主か、それとも同族株主以外の株主か。 取得後の議決権割合が5%以上かどうか。 役員であるか、あるいは役員になる予定があるか。 自己株式や相互保有株式はあるか。 種類株式や議決権制限株式は存在するか。
こうした点を確かめるうえで、株主名簿は欠かせません。
株式会社は株主名簿を作成し、株主の氏名または名称・住所、株主の有する株式数、種類株式発行会社では株式の種類および種類ごとの数、株式取得日、株券発行会社では株券番号を記載または記録しなければならないとされています。
実務でつまずきやすいのは、株主名簿が更新されていないケースです。たとえば、次のような状況です。
- 創業時の株主がそのまま記載されている
- 過去の相続や贈与が反映されていない
- 従業員持株会の持株数が古いままになっている
- 名義株が残っている
- 株券発行会社のまま管理されている
- 種類株式の内容が定款や議事録と一致しない
このような場合、株主名簿だけを頼りに評価方式を決めることはできません。過去の株式移動、贈与契約書、株式譲渡契約書、相続関係書類、株主総会議事録、法人税申告書別表二などを突き合わせて、実態を確かめていく必要があります。
なお、未分割の非上場株式がある場合――相続税の申告期限までに遺産分割が成立していないとき――には、各納税義務者が従前から所有していた株式と未分割株式のすべてを合計して議決権割合を判定するという実務上の注意点があります。法定相続分で取得したものとして、単純に議決権割合を判定してよいわけではありません。
定款で確認すること
定款は、株式の内容をつかむための基本資料です。
特に、次の事項を確認します。
| 定款で確認する事項 | 評価上の意味 |
|---|---|
| 株式譲渡制限 | 非上場株式の流動性、会社法手続 |
| 発行可能株式総数 | 増資・株式発行の余地 |
| 種類株式 | 配当優先、残余財産、議決権制限、取得条項等 |
| 単元株式数 | 議決権数の計算 |
| 自己株式取得条項 | 承継・換金・自己株式取得の検討 |
| 役員構成 | 役員該当性、中心的同族株主判定 |
| 事業目的 | 業種判定、休業・実態判断 |
種類株式がある場合には、普通株式と同じ評価でよいとは限りません。議決権制限、配当優先、取得条項、残余財産分配権などによって、株式の経済的価値や議決権割合が変わってくる可能性があるからです。
種類株式を発行している会社では、評価明細書のうえでも、株式の種類、株式数、議決権数、議決権割合を種類ごとに整理しておく必要があります。
議事録で確認すること
株主総会議事録や取締役会議事録は、過去の会社の意思決定をたどるための資料です。
会社法上、株主総会の議事については議事録を作成し、会社は株主総会の日から10年間、これを本店に備え置かなければなりません。
非上場株式の評価では、特に次の議事録を確認します。
| 議事録 | 確認する内容 |
|---|---|
| 配当決議 | 配当金額、基準日、効力発生日 |
| 増資・新株発行 | 発行株式数、払込金額、割当先 |
| 減資・資本剰余金処分 | 資本金等の額、配当原資 |
| 自己株式取得 | 取得株式数、取得価額、取得先 |
| 種類株式発行 | 株式内容、議決権、配当、残余財産 |
| 役員選任 | 役員該当性、中心的同族株主判定 |
| 役員退職金 | 死亡退職金、功労金、負債計上 |
| 不動産売買・重要資産取得 | 特定の評価会社判定、純資産価額 |
| 借入・担保設定 | 会社財務、納税資金、債務の実在性 |
議事録がない、あるいは実態と食い違っている場合には、配当や自己株式取得、退職金支給の根拠があいまいになってしまいます。
非上場株式の評価では、数字そのものに加えて、会社がいつ、どのような意思決定をしたのかが問われます。特に、相続発生の直前に配当、自己株式取得、役員退職金、資産売却などが行われている場合には、その決議の時期と効力発生日を丁寧に確認しておく必要があります。
不動産資料で確認すること
同族会社が不動産を保有している場合、不動産資料の確認は避けて通れません。
純資産価額方式では、会社が保有する土地・建物を相続税評価額へ洗い替える必要があります。さらに、土地等の保有割合が高い会社では、土地保有特定会社に該当するかどうかも論点になってきます。
必要となる主な不動産資料は、次のとおりです。
| 資料 | 確認する内容 |
|---|---|
| 固定資産税課税明細書 | 所在、地番、地目、地積、固定資産税評価額 |
| 登記事項証明書 | 所有者、地目、面積、権利関係、担保 |
| 公図・地積測量図 | 土地の位置、形状、筆界 |
| 建物図面・各階平面図 | 建物の構造、用途、面積 |
| 路線価図・評価倍率表 | 土地の相続税評価 |
| 賃貸借契約書 | 貸宅地、貸家建付地、賃貸割合 |
| 土地の無償返還届出書 | 同族会社への土地貸付、借地権評価 |
| 固定資産台帳 | 取得価額、取得日、減価償却 |
| 売買契約書 | 取得時期、3年以内取得、不動産の時価確認 |
| 役所調査資料 | 都市計画、建築制限、道路、用途地域 |
土地の地目は、登記簿上の地目ではなく、課税時期の現況によって判定します。地積についても、課税時期における実際の面積で評価することとされています。
会社が保有する不動産は、株式評価の一部であると同時に、相続人間の分割や納税資金にも影響します。
後継者が会社株式を取得するケースでは、会社が不動産を多く抱えていると株価は高くなりやすい一方、その株式は簡単に換金できません。だからこそ、株価評価、不動産評価、納税資金、代償金を一体として検討していく必要があります。
有価証券・関係会社株式の資料
会社が上場株式、投資信託、非上場株式、子会社株式、関係会社株式を保有している場合には、有価証券明細が必要になります。
特に注意したいのは、評価会社が別の非上場株式を保有しているケースです。
この場合、評価会社の株式を評価する前に、まず保有している非上場株式を評価しなければなりません。関係会社株式が複数あるときは、グループ全体の資本関係を図に落とし込んで整理しておかないと、株式等保有特定会社の判定や純資産価額の計算を誤るおそれがあります。
評価会社が非上場の子会社株式を保有している場合には、先にその子会社株式の価額を求めておく必要があります。非上場会社どうしで株式を持ち合っている場合には、評価額が互いに影響し合い、連立計算が必要になることもあります。
必要となる資料は、次のとおりです。
| 資料 | 確認する内容 |
|---|---|
| 有価証券内訳書 | 銘柄、株数、取得価額、帳簿価額 |
| 証券会社残高証明 | 上場株式・投資信託の評価 |
| 関係会社の決算書 | 子会社・関連会社株式の評価 |
| 関係会社の株主名簿 | 持株割合、議決権割合 |
| グループ資本関係図 | 相互保有、持株会社構造 |
| 過去の株式譲渡契約 | 取得価額、移動履歴 |
| 現物出資・株式交換等の資料 | 評価差額、現物出資等受入れ差額 |
資産管理会社や持株会社では、株式等の保有割合が高くなりやすいため、株式等保有特定会社の判定も重要になります。
保険契約資料で確認すること
法人契約の生命保険がある場合には、保険証券や解約返戻金の資料も必要です。
確認すべき事項は、次のとおりです。
| 確認事項 | 評価上の意味 |
|---|---|
| 契約者 | 法人契約か個人契約か |
| 被保険者 | 被相続人が被保険者か |
| 受取人 | 保険金を会社が受け取るか |
| 保険料負担者 | 法人負担か、個人負担か |
| 解約返戻金 | 純資産価額方式での資産計上 |
| 死亡保険金 | 会社資産、死亡退職金、法人税等 |
| 契約者変更履歴 | みなし贈与・給与課税等の確認 |
被相続人が会社の代表者で、法人が保険金を受け取る場合には、会社側では生命保険金請求権や保険差益に対する法人税等が、個人側では死亡退職金や弔慰金、相続人の納税資金が論点になることがあります。
保険契約は、株式評価にとどまらず、相続税の納税資金、会社の資金繰り、死亡退職金の支給、遺産分割の公平性にまで関わってきます。
役員貸付金・役員借入金の資料
同族会社では、代表者と会社の間に貸借関係が残っていることがあります。たとえば、次のようなケースです。
- 代表者が会社に資金を貸している
- 会社が代表者に資金を貸している
- 仮払金が長期間残っている
- 役員借入金が返済されないまま残っている
- 代表者の個人支出が会社経理に混在している
- 会社の資金繰りのために代表者が継続的に立替払いをしている
これらは、会社の株式評価だけでなく、被相続人個人の相続財産にも影響します。
代表者が会社へ貸し付けている場合、その貸付金は原則として被相続人側の相続財産となります。会社側では、これを借入金として純資産価額を減少させることになります。
逆に、会社が代表者へ貸し付けている場合には、会社側では資産として評価されます。代表者側では債務となる可能性がありますが、その判断には、返済の実態や回収可能性、債務の存在を裏づける資料が欠かせません。
必要となる資料は、次のとおりです。
| 資料 | 確認する内容 |
|---|---|
| 金銭消費貸借契約書 | 貸付日、金額、返済条件、利率 |
| 返済予定表 | 回収可能性、返済実績 |
| 通帳・入出金履歴 | 資金移動の実在性 |
| 勘定科目内訳書 | 相手先、残高、発生原因 |
| 取締役会議事録 | 重要な貸付・借入の承認 |
| 債務確認書 | 相続時点の残高確認 |
| 会社の資金繰り表 | 返済可能性 |
| 個人の財産債務資料 | 相続財産・債務控除との整合 |
役員貸付金・役員借入金は、評価額を動かすだけでなく、税務調査で「本当に存在する債権債務なのか」「債務免除や贈与はないか」と確認されやすい論点でもあります。
特定の評価会社判定に必要な資料
非上場株式の評価では、一般の評価会社として評価できるのか、それとも特定の評価会社に該当するのかを見極める必要があります。
比準要素数1の会社、株式等保有特定会社、土地保有特定会社、開業後3年未満の会社等、開業前または休業中の会社、清算中の会社は、特定の評価会社として整理され、原則として純資産価額方式または清算分配見込額により評価することとされています。
特定の評価会社の判定では、次の資料が重要になります。
| 判定 | 必要資料 |
|---|---|
| 比準要素数1・0 | 配当資料、法人税申告書、株主資本等変動計算書 |
| 株式等保有特定会社 | 有価証券内訳書、関係会社株式評価資料 |
| 土地保有特定会社 | 不動産資料、土地評価明細、固定資産台帳 |
| 開業後3年未満 | 登記事項証明書、開業日資料、売上開始資料 |
| 開業前・休業中 | 売上資料、従業員資料、事業実態資料 |
| 清算中 | 解散・清算登記、清算貸借対照表、分配見込資料 |
特定の評価会社に該当するかどうかは、会社名や業種だけで判断できるものではありません。
「不動産業」として登記されていても、通常の営業会社なのか、土地保有会社に近い実態なのかで評価は変わります。資産管理会社であっても、株式等保有特定会社なのか、土地保有特定会社なのか、あるいは休業中の会社なのかを一つずつ確認していく必要があります。
評価明細書と添付資料の関係
取引相場のない株式の評価については、「取引相場のない株式(出資)の評価明細書」が公表されています。この明細書は、相続税または贈与税の申告にあたり、取引相場のない株式や持分会社の出資等を評価するために使うものです。
出典:国税庁|B2-1 取引相場のない株式(出資)の評価明細書
評価明細書は相続税または贈与税の申告書に添付するものとされ、その添付書類として「評価に際し、参考となる書類」が求められています。
出典:国税庁|B2-1 取引相場のない株式(出資)の評価明細書
ここで押さえておきたいのは、評価明細書はあくまで「評価の結果」を記載する書類であって、評価根拠そのものではない、という点です。
評価明細書に数値を書き入れても、その数値を裏づける決算書、申告書、内訳書、不動産資料、株主名簿、議事録がそろっていなければ、後から説明することができません。
特に、令和6年1月1日以後に相続、遺贈または贈与により取得した財産については、対応する様式・記載方法を確認しておく必要があります。過去の相続や贈与、修正申告、更正の請求の際にも、課税時期に応じた様式・通達を確かめておくことが大切です。
出典:国税庁|B2-1 取引相場のない株式(出資)の評価明細書
現行通達・様式の確認が必要な理由
非上場株式の評価では、過去の資料や古い計算例をそのまま流用すると、誤りにつながることがあります。
たとえば、純資産価額方式で重要となる「評価差額に対する法人税額等相当額」は、税制改正によって割合が変わることがあります。
令和8年6月19日時点で確認できる国税庁の財産評価基本通達186-2では、評価差額に対する法人税額等に相当する金額について、一定の残額に38%を乗じて計算することとされています。過去の資料に37%と記載されていても、課税時期に適用される最新の通達を確認する必要があります。
出典:国税庁|財産評価基本通達 第8章 第1節 株式及び出資 186-2
このように、会社資料を集めるだけでなく、評価時点に適用される通達・様式・税率を確認することも、非上場株式評価の一部です。
相続発生後に資料を集める場合の注意点
相続税の申告は、原則として、相続の開始があったことを知った日の翌日から10か月以内に行う必要があります。
非上場株式がある相続では、この10か月は決して長くないと考えておくべきです。
会社資料の収集には、相続人だけでなく、会社、顧問税理士、司法書士、金融機関、場合によっては後継者や他の株主の協力が必要になるからです。
特に、次のような場合には、早めの着手が欠かせません。
- 後継者と他の相続人とで意見が分かれている
- 会社の顧問税理士と相続税申告を担当する税理士が異なる
- 株主名簿が整備されていない
- 過去の株式移動が多い
- 会社が不動産や関係会社株式を多く保有している
- 役員貸付金・役員借入金が大きい
- 死亡退職金や生命保険金が発生している
- 相続税の申告期限までに遺産分割がまとまらない可能性がある
相続財産が未分割であっても、相続税の申告期限が延びるわけではありません。相続財産が分割されていない場合でも、期限までに申告しなければならないとされています。
出典:国税庁|No.4208 相続財産が分割されていないときの申告
非上場株式の評価に時間がかかると、遺産分割協議、納税資金の確保、申告書の作成――そのすべてが後ろ倒しになってしまいます。
生前対策の段階で整えておきたい資料
非上場株式は、生前対策の段階で資料を整えておく価値の高い財産です。
相続が起きてから慌てて資料を探すよりも、経営者が元気なうちに次の資料を整理しておくほうが、承継設計の質は格段に高まります。
| 生前に整理したい資料 | 整理する目的 |
|---|---|
| 株主名簿 | 株式の所在、名義株、過去の相続・贈与の確認 |
| 株式移動履歴 | 贈与、売買、相続、従業員持株会の整理 |
| 定款・種類株式資料 | 議決権、承継制限、自己株式取得の検討 |
| 決算書・申告書3期分 | 株価試算、会社規模判定 |
| 不動産資料 | 土地保有特定会社、小規模宅地、納税資金 |
| 役員貸付金・借入金資料 | 相続財産、会社財務、債務整理 |
| 保険契約資料 | 納税資金、死亡退職金、代償金 |
| 遺言・事業承継方針 | 後継者への株式集中、遺留分対策 |
生前対策で大切なのは、株価を下げることだけではありません。
- 後継者に必要な議決権を集めること
- 他の相続人に説明できる財産配分にすること
- 納税資金を確保すること
- 会社の資金繰りを悪化させないこと
- 将来の税務調査で説明できる評価根拠を残すこと
非上場株式評価の資料整理は、こうした論点を検討するための土台となります。
資料不足が招く実務上のリスク
資料が不足していると、「評価作業が遅れる」というだけでは済みません。
次のようなリスクにつながります。
| 資料不足の内容 | 起こり得るリスク |
|---|---|
| 株主名簿が古い | 同族株主判定を誤る |
| 定款がない | 種類株式、譲渡制限、単元株式を見落とす |
| 議事録がない | 配当、自己株式取得、退職金の根拠が不明になる |
| 法人税申告書が不足 | 利益金額、資本金等の額、利益積立金額を確認できない |
| 内訳書が不足 | 役員貸付金、関係会社株式、不動産の実態を確認できない |
| 不動産資料が不足 | 純資産価額、土地保有特定会社判定を誤る |
| 関係会社資料が不足 | 子会社株式・相互保有株式を評価できない |
| 保険資料が不足 | 死亡保険金、解約返戻金、死亡退職金の処理を誤る |
| 貸借資料が不足 | 会社・個人間の債権債務を説明できない |
評価額を低くすることを急ぐあまり、根拠資料が不十分なまま申告してしまうと、税務調査で説明できなくなるおそれがあります。
また、相続人の間でも、「なぜこの株価なのか」「なぜ後継者がこれだけ取得するのか」「代償金はいくらが妥当なのか」といった説明が求められます。非上場株式には市場価格がないため、評価根拠の整理が、そのまま相続人間の納得感に直結します。
相談前に準備したい資料チェック表
最後に、非上場株式評価の相談に先立って準備しておきたい資料を整理します。
最初からすべてを完璧にそろえる必要はありません。ただ、どの資料が不足しているかを把握しておくことが、評価の見通しを立てる第一歩になります。
| 区分 | 準備したい資料 | 優先度 |
|---|---|---|
| 会社基本資料 | 登記事項証明書、定款、会社案内、事業内容資料 | 高 |
| 株主資料 | 株主名簿、株式移動履歴、法人税申告書別表二 | 高 |
| 決算資料 | 直近3期分の決算書、株主資本等変動計算書 | 高 |
| 税務資料 | 法人税申告書、別表四、別表五(一)(二)、勘定科目内訳書 | 高 |
| 配当資料 | 配当決議議事録、配当金支払資料、基準日・効力発生日資料 | 中 |
| 議事録 | 株主総会議事録、取締役会議事録、役員退職金決議 | 高 |
| 不動産資料 | 固定資産税課税明細、登記、公図、賃貸借契約、路線価資料 | 高 |
| 有価証券資料 | 有価証券明細、証券残高、関係会社株式資料 | 高 |
| 関係会社資料 | 子会社・関連会社の決算書、株主名簿、資本関係図 | 高 |
| 貸借資料 | 役員貸付金、役員借入金、契約書、返済履歴 | 高 |
| 保険資料 | 保険証券、解約返戻金証明、契約者変更履歴 | 中 |
| 従業員資料 | 従業員数、勤務時間、パート・アルバイト資料 | 中 |
| 相続関係資料 | 遺言、遺産分割案、親族関係図、後継者方針 | 高 |
| 納税資金資料 | 現預金、保険金、自己株式取得可能性、代償金原資 | 中 |
非上場株式評価について相談したい方へ
非上場株式の評価は、決算書だけで完結する作業ではありません。
株主名簿、定款、議事録、法人税申告書、勘定科目内訳書、不動産資料、関係会社資料、役員貸付金、保険契約資料――これらを組み合わせながら、評価方式と評価額を整理していく必要があります。
そして、その評価は相続税額だけにとどまらず、後継者への議決権承継、他の相続人との公平性、遺留分、代償金、納税資金、さらには将来の会社経営にまで影響します。
犬飼公認会計士・税理士事務所では、非上場株式を含む相続・贈与について、会計資料、税務資料、会社法上の株主関係、相続人間の分割方針、納税資金を横断して整理することを大切にしています。
同族会社の株式を相続する予定がある、会社資料がどこまで必要か分からない、株価試算を相続対策や遺言作成に活かしたい、相続税申告で後から説明できる評価根拠を整えておきたい――そうした場合は、決算書・法人税申告書・株主名簿・定款・不動産資料を可能な範囲で準備したうえで、お問い合わせページからご相談ください。
重要ポイントの振り返り
| 論点 | 確認すべきこと | 実務上の注意点 |
|---|---|---|
| 資料収集の目的 | 計算だけでなく、評価方式と根拠を説明できる状態にする | 決算書だけでは不十分 |
| 株主名簿 | 株主、株式数、種類株式、取得日、議決権 | 古い株主名簿や名義株に注意 |
| 定款 | 種類株式、譲渡制限、単元株式、議決権制限 | 評価方式・議決権割合に影響 |
| 議事録 | 配当、増資、自己株式、退職金、役員選任 | 決議日と効力発生日を確認 |
| 決算書 | 貸借対照表、損益計算書、株主資本等変動計算書 | 会計数値をそのまま使うとは限らない |
| 法人税申告書 | 課税所得、資本金等、利益積立金、未払税金 | 別表四・五(一)(二)が重要 |
| 勘定科目内訳書 | 貸付金、借入金、有価証券、不動産、未払金 | 科目の実態確認が必要 |
| 不動産資料 | 土地・建物の相続税評価、賃貸借、権利関係 | 土地保有特定会社判定にも影響 |
| 関係会社株式 | 子会社・関連会社の株価、相互保有 | 連鎖的に評価が必要になる |
| 役員貸付金・借入金 | 会社側と個人側の債権債務 | 相続財産・債務控除との整合性を確認 |
| 保険契約 | 解約返戻金、死亡保険金、死亡退職金 | 株式評価と納税資金の双方に影響 |
| 特定の評価会社 | 土地・株式等保有割合、比準要素、休業・清算 | 通常の会社規模判定だけで終わらせない |
| 現行通達の確認 | 評価時点に適用される通達・様式・割合 | 古い37%資料をそのまま使わない |
| 相続後の期限 | 原則10か月以内に申告・納税 | 会社資料の収集は早めに着手する |
| 生前対策 | 株主名簿、株式移動、後継者、納税資金 | 株価引下げだけでなく承継設計に使う |