海外不動産を相続した。海外の銀行口座に残高が残っている。外国の証券会社で株式やETFを保有していた。あるいは、海外法人の株式、海外生命保険、海外信託、ジョイント口座が関係している――。
こうした国際相続・国際贈与の場面では、「そもそも日本の相続税がかかるのか」という入口の判断だけで終わりません。むしろ、その国外財産をいくらで評価し、どの為替レートで円に換算し、その根拠資料をどこまで残すかという点が、申告の実務を大きく左右します。
国外財産の評価は、国内財産に比べて資料が集めにくいのが実情です。さらに、国によって制度・証明書・評価実務・税務書類の意味そのものが異なります。現地の固定資産税評価額、相続税評価額、鑑定評価額、売買価格、証券口座に表示される残高を、そのまま日本の相続税申告に持ち込めるとは限りません。
国際相続では、納税義務者の区分、財産の所在地、国外財産の評価、外貨換算、外国税額控除、国外転出時課税、CRS、国際私法、海外での相続手続といった論点が、一本の線でつながっています。
この記事では、16-2「相続税・贈与税の納税義務者と課税財産の範囲」で、日本の相続税・贈与税の課税対象になり得ると整理した国外財産について、実際にどう評価し、どう円換算し、どのように資料を集めていくのかを解説します。
まず確認すべきこと|評価の前に「課税対象か」を決める
国外財産の評価作業に入る前に、必ず確認しておきたいことがあります。それは、その国外財産が日本の相続税・贈与税の課税対象に含まれるのかどうかという点です。
たとえば海外不動産を相続した場合でも、取得者の住所・国籍・在留資格、被相続人の住所・国籍・過去の日本居住歴、そして財産の所在地などによって、日本で国外財産まで課税されるケースと、日本国内の財産だけが課税対象になるケースに分かれます。
この判定を後回しにして評価作業を進めてしまうと、次のような問題が起こりがちです。
- 本来申告すべき国外財産を見落としてしまう
- 課税対象外の財産について、不要な評価作業に時間を費やしてしまう
- 外国税額控除や二重課税の検討が後手に回る
- 現地資料の取得が申告期限に間に合わない
- 税務調査の際に「なぜ国外財産を入れたのか/入れなかったのか」をうまく説明できない
国外財産の評価は、単なる金額計算ではありません。課税範囲の確認、財産所在地の判定、評価方法の選択、為替換算、資料保存を一体で設計する作業だと考えています。
国外財産も、原則は「時価」で評価する
相続税・贈与税における財産評価の出発点は、国内財産であっても国外財産であっても「時価」です。
財産評価基本通達では、財産の価額は課税時期における時価によるものとされています。ここでいう時価とは、その財産の現況に応じて、不特定多数の当事者の間で自由な取引が行われる場合に通常成立すると認められる価額を指します。そして評価にあたっては、その財産の価額に影響を及ぼすすべての事情を考慮するものとされています。
出典:国税庁|財産評価基本通達 第1章 総則
ここで押さえておきたいのは、国外財産についても、まずは日本の財産評価基本通達の考え方に従うという点です。
財産評価基本通達5-2では、国外にある財産の価額も、同通達に定める評価方法によって評価することに留意するとされています。そのうえで、通達の定めによって評価できない財産については、通達の評価方法に準じるか、売買実例価額や精通者意見価格などを参酌して評価するものとされています。
出典:国税庁|財産評価基本通達 第1章 総則 5-2
つまり、国外財産だからといって、現地の評価額をそのまま使えばよいというわけではありません。日本の相続税申告では、最終的に「日本の相続税法・財産評価基本通達の考え方に照らして、課税時期の時価として合理的だといえるか」を説明できる必要があるのです。
課税時期を間違えない|相続なら死亡日、贈与なら取得日
国外財産の評価で最初に固定しておくべき日付は、課税時期です。
相続・遺贈の場合は、原則として被相続人の死亡日。贈与の場合は、贈与によって財産を取得した日になります。
国外財産では、現地の評価証明書や口座残高証明が、月末・四半期末・年末を基準に発行されることがよくあります。しかし、日本の相続税申告で必要なのは、あくまで相続開始日または贈与日時点の価額です。
たとえば、次のようなずれが問題になります。
| 資料 | よくある基準日 | 日本の相続税申告で確認すべき点 |
|---|---|---|
| 海外不動産の固定資産税評価通知 | 1月1日、年度初日など | 死亡日現在の時価といえるか |
| 海外証券会社のステートメント | 月末、四半期末 | 死亡日の保有数量・価格を確認できるか |
| 海外銀行の残高証明 | 発行日または月末 | 死亡日残高を証明できるか |
| 現地相続税申告書 | 現地法上の評価日 | 日本の課税時期と一致しているか |
| 不動産鑑定評価書 | 鑑定評価基準日 | 日本の相続開始日と一致、または補正できるか |
評価額の正確さは、金額そのものだけでなく、評価の時点が合っているかで決まります。
死亡日現在の資料がどうしても取得できない場合には、死亡日前後の資料、取引履歴、価格の推移、鑑定評価書、現地専門家の説明などを組み合わせます。そのうえで、なぜその金額を課税時期の時価として採用したのかを整理しておくことが大切です。
国外財産の評価方法は、財産の種類ごとに違う
国外財産とひとくちにいっても、評価方法は財産の種類ごとに異なります。
代表的な国外財産を整理すると、次のようになります。
| 財産の種類 | 評価の出発点 | 主な確認資料 |
|---|---|---|
| 海外預金・外貨預金 | 課税時期の残高 | 残高証明、取引明細、利息計算書 |
| 外貨現金 | 課税時期の保有数量 | 現物確認、管理記録、メモ |
| 外国上場株式・ETF | 取引所の最終価格等 | 証券会社残高証明、取引所価格、月平均価格 |
| 外国投資信託 | 解約・買取価額または市場価格 | NAV資料、証券会社資料、商品説明書 |
| 外国債券 | 市場価格・償還価額・既経過利息等 | 債券明細、価格情報、利息計算書 |
| 海外不動産 | 売買実例、鑑定評価、公示価格等 | 鑑定評価書、登記・権利証、固定資産税資料 |
| 海外法人株式 | 上場/非上場で区分 | 株価情報、決算書、株主名簿、会社資料 |
| 海外生命保険 | 契約内容・解約返戻金等 | 保険証券、契約者・被保険者・受取人資料 |
| 海外信託・ジョイント口座 | 権利内容・実質所有関係 | 信託契約、口座規約、現地法資料 |
| 暗号資産・海外取引所口座 | 課税時期の数量・時価 | 取引所残高、ウォレット記録、価格情報 |
国外財産の評価で避けたいのは、すべての財産を「海外口座の残高一覧」だけでまとめてしまうことです。
税務上は、預金、株式、投資信託、保険、債権、信託、不動産、法人持分のいずれかによって、評価の考え方が変わります。資料を集める段階から、財産の種類をきちんと分けておく必要があります。
海外不動産の評価|現地評価額をそのまま使えるとは限らない
海外不動産は、国外財産のなかでも特に評価が難しい財産です。
日本国内の土地であれば、路線価方式や倍率方式、固定資産税評価額など、日本の評価制度を前提に検討できます。しかし、海外不動産には日本の路線価も評価倍率も存在しません。
国税庁は、国外に所在する土地について、原則として、売買実例価額、地価の公示制度に基づく価格、鑑定評価額などを参酌して評価するとしています。また、課税上の弊害がない限り、取得価額または譲渡価額に合理的な価額変動率を乗じて評価できる場合があるとしています。
出典:国税庁|国外財産の評価-土地の場合
実務では、次のような資料を組み合わせて評価の根拠を組み立てていきます。
| 資料 | 使い方 | 注意点 |
|---|---|---|
| 現地不動産鑑定評価書 | 時価の中心的な根拠になりやすい | 評価基準日、評価目的、鑑定人資格を確認する |
| 近隣売買実例 | 市場価格の裏付け | 物件条件・面積・築年数・立地差を確認する |
| 現地公示価格・統計指標 | 時点修正や相場感の確認 | 国・地域により制度の精度が異なる |
| 固定資産税評価額 | 補助資料として利用 | それ自体が時価とは限らない |
| 購入時契約書 | 取得価額の確認 | 購入時から相続時までの価格変動を考慮する |
| 相続後売却価格 | 事後的な時価確認 | 売却時点、売急ぎ、関係者間取引の有無を確認する |
| 賃貸借契約・収支資料 | 収益物件の価値検討 | 空室、賃料水準、修繕負担を確認する |
| 権利証・登記資料 | 所有権・持分・担保確認 | ジョイント所有、信託、担保権に注意する |
現地で相続税・遺産税・固定資産税の計算に使われた評価額がある場合でも、その金額を日本の相続税上の時価として常に使えるわけではありません。
国税庁も、外国の税の計算基礎となった土地の価額について、鑑定評価に基づいたものなど、課税時期の時価として合理的に算定された価額であれば、その価額によって評価して差し支えないとしています。その一方で、外国の税の特例適用後の価額などは、相続税法上の時価として相当とはいえない場合があるとしています。
出典:国税庁|国外財産の評価――国外で相続税に相当する税が課せられた場合
したがって海外不動産では、「現地の税務評価額があるから大丈夫」と考えるのではなく、次の点を確認しておきたいところです。
- その評価額は市場価値を示すものか
- 税務上の軽減措置や特例適用後の金額ではないか
- 評価基準日は相続開始日・贈与日と一致しているか
- 土地と建物が区分されているか
- 賃貸中、空室、共有、借地権、担保権などの事情が反映されているか
- 評価書の作成者に専門性・独立性があるか
- 日本語で説明できる資料があるか
海外不動産の評価では、現地専門家の資料をそのまま添付するだけでは足りません。日本の申告書上の評価額にどう反映したのかを、説明できる形に整理しておくことが重要です。
取得価額や売却価額を使う場合の注意点
国外財産について、財産評価基本通達の定めでは評価できない場合には、課税上の弊害がない限り、取得価額を時点修正して求めた価額や、相続後の譲渡価額をもとに課税時期現在の価額として算出した価額によって評価できる場合があります。
出典:国税庁|財産評価基本通達 第1章 総則 5-2
ただし、この方法は便利な反面、使い方を誤ると説明が難しくなります。
たとえば、次のような場合には注意が必要です。
| 状況 | 問題点 |
|---|---|
| 親族・同族会社から低額で取得している | 取得価額が時価を反映していない可能性がある |
| 相続後に急いで売却した | 売急ぎ価格であり、相続開始時の通常価格とは限らない |
| 売却相手が親族・関係会社である | 第三者間取引の価格とはいえない可能性がある |
| 取得時から長期間経過している | 時点修正の根拠が必要になる |
| 地域の価格指数がない | 合理的な価額変動率を示しにくい |
| 改修・増築・用途変更がある | 単純な時点修正では足りない |
「取得価額を使えば簡単」「相続後に売った金額を使えばよい」と安易に考えないほうが安全です。
取得価額・売却価額を用いる場合には、その価格が独立した第三者間で成立した合理的な価格であること、価格変動率や補正の根拠があること、そして課税時期の時価に引き直す過程を説明できることを確認しておきます。
海外預金・外貨現金の評価|残高と利息、名義と実質を確認する
海外預金や外貨現金は、一見すると評価が簡単に思えます。
しかし国際相続では、次のような点が問題になります。
- 死亡日現在の残高証明が取得できるか
- 口座名義人と実質所有者が一致しているか
- ジョイント口座の場合、誰の財産として扱うべきか
- 死亡日前後に大きな入出金がないか
- 利息や配当が発生していないか
- 外貨から円への換算レートが適切か
- 日本の相続税申告と現地手続上の残高が整合しているか
特にジョイント口座や家族名義の口座は、名義だけで判断しないことが重要です。日本の相続税申告では、資金の原資、管理の状況、入出金、本人の意思、実質的な支配関係まで確認していきます。
海外預金については、少なくとも次の資料を集めます。
| 資料 | 確認内容 |
|---|---|
| 死亡日現在の残高証明 | 課税時期の残高 |
| 死亡日前後の取引履歴 | 資金移動、引出し、送金 |
| 口座開設資料 | 名義人、共同名義、署名権者 |
| 利息明細 | 既経過利息、源泉税 |
| 送金記録 | 日本・海外間の資金移動 |
| パスポート・居住資料 | 口座管理者、居住国との関係 |
| 現地税務書類 | 現地課税・報告との整合性 |
海外口座は、相続人がその存在を把握していないこともあります。被相続人のメールやスマートフォン、海外の住所、過去の送金記録、確定申告書、国外財産調書、証券会社資料などから、口座の有無を確認していくこともあります。
外国上場株式・ETFの評価|外国取引所の価格を使う
外国の証券取引所に上場されている株式は、日本国内の上場株式と同じように、財産評価基本通達の上場株式の評価方法に準じて評価します。
国税庁は、外国の証券取引所に上場されている株式について、国内の上場株式と同様に課税時期における客観的な交換価値が明らかであるとして、財産評価基本通達の「上場株式」の評価方法に準じて評価するとしています。原則は課税時期の最終価格によりますが、その最終価格が、課税時期の属する月以前3か月間の最終価格の月平均額のうち最も低い価額を上回る場合には、その最も低い価額によることができます。邦貨換算については、原則として納税義務者の取引金融機関が公表する課税時期の最終のTTB、またはこれに準ずる相場によります。
出典:国税庁|外国の証券取引所に上場されている株式の評価
国内上場株式の評価についても、国税庁は、課税時期の最終価格を原則としつつ、課税時期の属する月、その前月、その前々月の毎日の最終価格の月平均額のうち最も低い価額と比較する方法を示しています。
出典:国税庁|No.4632 上場株式の評価
外国上場株式・ETFでは、次の資料を整理します。
| 資料 | 確認内容 |
|---|---|
| 証券会社の残高証明 | 死亡日現在の保有銘柄・数量 |
| 取引明細 | 死亡日前後の売買、入出庫 |
| 取引所価格情報 | 死亡日の最終価格 |
| 月平均価格資料 | 3か月平均を採用する場合の根拠 |
| 配当・未収配当資料 | 配当期待権や未収金の確認 |
| 為替レート資料 | 円換算の根拠 |
| 銘柄情報 | 上場市場、ティッカー、通貨、権利落ち等 |
実務では、外国の証券会社が日本の相続税評価明細に対応した資料を出してくれるとは限りません。必要に応じて、取引所のデータ、金融情報サービス、証券会社の月次ステートメントなどをもとに、日本の評価方法に合わせた計算資料を自分たちで作成することになります。
外国投資信託・ファンド・債券の評価
外国投資信託や海外ファンドは、その商品内容によって評価方法が分かれます。
証券投資信託の受益証券について、国税庁は、課税時期に解約請求または買取請求を行ったとした場合に、証券会社などから支払いを受けることができる価額によって評価するとしています。
出典:国税庁|No.4644 貸付信託・証券投資信託の評価
海外ETFのように金融商品取引所に上場されているものは、外国上場株式と同様に、市場価格をもとに評価するのが通常です。一方で、未上場ファンド、ヘッジファンド、プライベートファンド、外国籍投資信託などでは、NAV、解約可能額、ロックアップ、譲渡制限、成功報酬、未実現損益、為替、現地税務といった事情を確認する必要があります。
外国債券については、銘柄ごとに、市場価格、償還価額、既経過利息、発行条件、格付け、通貨、取引市場を確認します。公社債については、国税庁が利付公社債・割引発行の公社債の評価方法を整理しています。
出典:国税庁|No.4641 利付公社債・割引発行の公社債の評価
海外ファンド・債券では、単に「証券口座の時価合計」を使うのではなく、評価の対象が株式なのか、債券なのか、投資信託なのか、保険類似商品なのか、信託受益権なのかを、まず見極めることが大切です。
海外法人株式・非上場外国株式の評価
海外法人の株式、とりわけ非上場の外国株式は、国際相続のなかでも難度の高い財産です。
日本の取引相場のない株式の評価では、株式を取得した株主が同族株主等に該当するかどうか、発行会社の会社規模、類似業種比準価額、純資産価額、配当還元方式、特定の評価会社への該当性などを確認します。国税庁も、取引相場のない株式について、取得者が同族株主等か、それ以外の株主かによって、原則的評価方式または配当還元方式で評価すると整理しています。
出典:国税庁|No.4638 取引相場のない株式の評価
外国法人の場合、この日本の評価方式を、そのまま機械的に当てはめることが難しいケースがあります。
たとえば、次のような問題が出てきます。
- 現地会計基準と日本の税務評価との差異
- 決算書の言語・通貨・会計期間の違い
- 株主名簿や議決権の確認
- 種類株式・優先株・無議決権株の存在
- 現地不動産や投資有価証券の評価
- グループ会社・関連会社・持株会社の構造
- 配当制限、譲渡制限、株主間契約
- 現地法人税・未払税金・債務の確認
- 実質支配者、名義株主、信託保有の有無
海外法人株式を評価する場合には、少なくとも次の資料が必要になります。
| 資料 | 確認内容 |
|---|---|
| 直近決算書 | 資産・負債・損益 |
| 税務申告書 | 税務上の損益・未払税金 |
| 株主名簿 | 所有割合・議決権 |
| 定款・株主間契約 | 譲渡制限・種類株式 |
| 会社登記資料 | 会社の所在地・設立法 |
| 不動産資料 | 会社保有不動産の評価 |
| 有価証券資料 | 投資有価証券の時価 |
| 借入・貸付資料 | 役員貸付金・関係会社債権 |
| 現地専門家資料 | 会計基準・法制度の説明 |
海外法人株式は、相続税評価だけでなく、支配権の承継、現地の会社法、事業承継、遺留分、納税資金にまで影響します。評価額を下げることだけに目を向けると、後継者の議決権確保や、家族間の公平性を損なってしまうことがあります。
外貨換算|財産は原則TTB、債務はTTS
国外財産は、最終的に日本円で相続税・贈与税の申告書に記載します。そのため、外貨建ての評価額を円に換算する作業が必要になります。
財産評価基本通達4-3では、外貨建てによる財産および国外にある財産の邦貨換算は、原則として、納税義務者の取引金融機関が公表する課税時期の最終の為替相場、すなわちTTB、またはこれに準ずる相場によるとされています。外貨建ての債務については、TTBをTTSに読み替えて適用する点にも、留意が必要です。
出典:国税庁|財産評価基本通達 第1章 総則 4-3
国税庁のタックスアンサーでも、相続税・贈与税を計算する場合の外貨は、原則として納税義務者の取引金融機関が公表する課税時期の最終のTTB、またはこれに準ずる相場によって換算するとされています。課税時期に相場がない場合には、課税時期前の相場のうち、課税時期に最も近い日の相場によります。
出典:国税庁|No.4665 外貨(現金)の邦貨換算
ここで特に押さえておきたいのは、財産と債務とで使う相場が違うという点です。
| 対象 | 原則として使う相場 | 意味 |
|---|---|---|
| 外貨建て財産 | TTB | 金融機関が顧客から外貨を買う相場 |
| 外貨建て債務 | TTS | 金融機関が顧客へ外貨を売る相場 |
| 為替予約で確定している財産・債務 | 予約により確定した相場 | 予約内容を確認 |
| 課税時期に相場がない場合 | 課税時期前の最も近い日の相場 | 土日・祝日等に注意 |
「平均相場」「TTM」「実際に換金した日のレート」を使えばよい、というものではありません。所得税の外貨建取引で使うレートと、相続税・贈与税の財産評価で使うレートは、場面によって異なるのです。
取引金融機関はどこか|外貨預金と海外不動産で扱いが違う
外貨換算では、「どの金融機関のレートを使うか」もまた重要なポイントになります。
外貨預金のように取引金融機関が特定されている場合は、その取引金融機関の相場を確認します。一方、海外不動産のように金融機関を特定しにくい国外財産については、納税義務者の取引金融機関の相場を使うことになります。
国税庁は、財産評価基本通達4-3でいう「取引金融機関」には、証券会社やゆうちょ銀行なども含まれるとしています。ただし、金融機関のどのような為替相場でもよいわけではなく、顧客から外貨を買うときの、邦貨建てで指標性のある為替相場を使うとされています。
出典:国税庁|国外財産の評価――取引金融機関の為替相場(1)
また国税庁は、ハワイの不動産を相続人5人の共有とする事例について、各相続人の取引金融機関が公表するTTB、またはこれに準ずる相場によって邦貨換算するとしています。取引金融機関が複数ある場合には、相続人が選択した取引金融機関のTTBによることが示されています。
出典:国税庁|国外財産の評価――取引金融機関の為替相場(2)
この取扱いによれば、同じ海外不動産を複数の相続人が共有で取得する場合、相続人ごとに取引金融機関が異なり、円換算額がわずかに違ってくることもあり得ます。
実務上は、次のように整理しておくと、後の説明がしやすくなります。
- どの金融機関のレートを使ったか
- その金融機関が、納税義務者の取引金融機関といえるか
- 課税時期の最終相場か
- TTB・TTSの別を取り違えていないか
- 課税時期に相場がない場合、どの日の相場を採用したか
- 複数の相続人で異なるレートを使う場合、その理由を説明できるか
- 為替予約がある場合、その契約内容を確認したか
外貨換算は、評価額に大きく影響することがあります。特に円安・円高が大きく動いている時期の相続では、採用したレートの根拠をしっかり残しておくことが重要です。
外国税・現地費用・債務をどう扱うか
国外財産には、現地の税金、管理費、ローン、弁護士費用、プロベート費用、登記費用などが絡んでくることがあります。
ただし、これらを日本の相続税申告でどう扱うかは、それほど単純ではありません。
確認しておきたい視点は、次のとおりです。
| 項目 | 確認すべきこと |
|---|---|
| 海外不動産ローン | 被相続人の債務か、相続人の債務か |
| 現地固定資産税 | 相続開始時点で確定している債務か |
| 現地相続税・遺産税 | 外国税額控除の対象になるか |
| 管理費・HOA費用 | 相続開始前の未払分か、相続後の費用か |
| プロベート費用 | 債務控除・取得費・相続人負担の整理 |
| 売却費用 | 相続税評価ではなく譲渡所得で問題になる場合 |
| 現地弁護士費用 | 何のための費用かを区分 |
| 為替予約・外貨借入 | 換算レートと債務評価を確認 |
相続税評価上、外貨建ての債務を円換算する場合は、財産とは異なりTTSを使う点に注意が必要です。
また、外国で相続税・遺産税に相当する税を支払った場合には、評価額から単純に控除するのではなく、外国税額控除の問題として整理することがあります。この論点については、16-4「外国税額控除と二重課税の整理」で詳しく扱います。
資料収集は「金額」ではなく「説明の筋道」を残す作業
国外財産の資料収集では、単に残高証明や評価書を集めればよい、というわけではありません。
大切なのは、次の流れをきちんと説明できるように資料をそろえることです。
- その財産が存在すること
- 誰が所有していたか、誰が取得したか
- どの国・地域に所在する財産か
- どの評価方法を採用したか
- なぜその評価方法が合理的だといえるか
- どの外貨額を採用したか
- どの為替レートで円換算したか
- 申告書の金額と資料が一致しているか
- 不確実な点がある場合、その理由と判断の過程を記録しているか
国外財産は、国内財産に比べて資料の形式が多様です。英語・中国語・韓国語・フランス語などの資料をそのまま提出しても、日本の税務調査ですぐに内容が理解されるとは限りません。重要な資料については、日本語で要点を整理したメモや翻訳、評価計算表を残しておくのが望ましいといえます。
海外不動産で集めるべき資料
海外不動産については、少なくとも次の資料を確認します。
| 分類 | 資料例 |
|---|---|
| 権利関係 | 登記簿、権利証、タイトルレポート、所有証明書 |
| 取得関係 | 購入契約書、決済明細、取得時の送金記録 |
| 評価関係 | 鑑定評価書、現地不動産評価書、売買実例、価格統計 |
| 税務関係 | 固定資産税通知書、現地相続税・遺産税申告書 |
| 利用状況 | 賃貸借契約、空室状況、管理会社報告書 |
| 収支関係 | 賃料収入、管理費、修繕費、保険料 |
| 債務関係 | ローン契約、残高証明、担保設定資料 |
| 共有・信託 | ジョイントテナンシー、信託契約、持分割合資料 |
| 現地手続 | プロベート資料、遺言、裁判所資料 |
| 為替関係 | 評価額の通貨、円換算レート資料 |
海外不動産では、家族が「父が海外に家を持っていた」と把握していても、実際には法人名義だった、信託名義だった、配偶者との共有だった、ローン残債が付いていた、現地の相続手続が未了だった――というケースが少なくありません。
税務評価だけでなく、権利関係と手続の状況を、同時に確認していきます。
海外金融資産で集めるべき資料
海外預金、証券、投資信託、債券、保険などについては、次の資料を整理します。
| 財産 | 資料例 |
|---|---|
| 海外預金 | 残高証明、取引履歴、利息明細、口座開設資料 |
| 外国上場株式 | 死亡日残高、銘柄・数量、取引所価格、月平均価格 |
| ETF・REIT | 上場市場、価格、分配金、権利落ち資料 |
| 投資信託 | NAV、解約価額、商品説明書、ロックアップ条件 |
| 債券 | 額面、時価、既経過利息、償還条件、格付け |
| 海外生命保険 | 保険証券、解約返戻金証明、契約者・被保険者・受取人 |
| ストックオプション | 契約書、権利確定状況、評価資料 |
| 暗号資産 | ウォレット、取引所残高、取引履歴、価格情報 |
| 海外信託 | 信託契約、受益権内容、財産明細、受託者報告書 |
金融資産では、死亡日現在の残高だけでなく、死亡日前後の取引履歴が重要になります。死亡直前の出金、相続人への送金、名義変更、配当の入金、利息の入金、証券の売却などがある場合には、相続財産、贈与、名義財産、所得税、遺産分割といった問題が絡んでくるためです。
国外財産調書・財産債務調書・CRSとの整合性
国外財産を評価する際には、相続税の申告書だけでなく、過去の国外財産調書、財産債務調書、所得税申告書との整合性も確認しておきます。
国税庁は、居住者のうち非永住者を除き、その年の12月31日において価額の合計額が5,000万円を超える国外財産を有する人について、国外財産調書の提出義務を案内しています。あわせて、期限内に提出があった場合の過少申告加算税等の軽減措置や、提出がなかった場合などの加重措置も示しています。
出典:国税庁|No.7456 国外財産調書の提出義務
相続税申告で海外財産が初めて表に出てくる場合には、次のような確認が必要になります。
- 被相続人は過去に国外財産調書を提出していたか
- 財産債務調書に国外財産を記載していたか
- 海外不動産の賃料収入を所得税で申告していたか
- 外国株式の配当・譲渡所得を申告していたか
- 海外口座の利息を申告していたか
- 過去の送金と贈与履歴が整合しているか
- CRS等で把握される海外口座情報と、申告内容が矛盾しないか
ここで大切なのは、過去の申告漏れを隠すことではありません。相続税申告を一つの機会として、財産の存在、取得の経緯、所得の発生状況、過去申告との関係を整理し、必要があれば所得税・贈与税・国外財産調書などの是正も含めて検討していくことです。
評価根拠を残すための実務メモ
国外財産の評価では、申告書そのものよりも、評価判断メモのほうが重要になることがあります。
評価判断メモには、次の事項を残しておくと、実務上とても役立ちます。
| 項目 | 記録する内容 |
|---|---|
| 財産の特定 | 所在国、所在地、口座番号、銘柄、契約番号 |
| 取得者 | 相続人・受贈者、取得割合、共有持分 |
| 課税時期 | 相続開始日、贈与日 |
| 外貨評価額 | 現地通貨での評価額 |
| 評価方法 | 鑑定、売買実例、取引所価格、残高証明等 |
| 採用理由 | なぜその資料を採用したか |
| 不採用資料 | なぜ他の資料を使わなかったか |
| 為替レート | 金融機関、日付、TTB・TTSの別 |
| 円換算額 | 計算過程 |
| 未確定事項 | 現地手続未了、資料不足、見積り事項 |
| 税務リスク | 調査で問われ得る点 |
| 保存資料 | 添付資料、翻訳、スクリーンショット |
特に、複数の評価資料がある場合には、「一番低い金額だから採用した」と見られないよう注意が必要です。どの資料が課税時期の時価を最も合理的に示しているのかを、資料の性質・評価の時点・独立性・市場性といった観点から説明できるようにしておきます。
よくある誤解と実務上の注意点
現地の固定資産税評価額をそのまま使えばよい、という誤解
現地の固定資産税評価額は有用な資料ですが、それが日本の相続税法上の時価を示すとは限りません。税負担の軽減のために、低めに設定されている国・地域もあります。評価の目的、評価の時点、特例適用の有無を確認する必要があります。
海外証券会社の残高一覧をそのまま円換算すればよい、という誤解
証券会社の残高一覧は重要な資料ですが、相続税評価では、銘柄ごとの評価方法、死亡日の価格、月平均価格、未収配当、権利落ち、外貨換算まで確認します。残高一覧の「market value」だけでは、説明が足りない場合があります。
TTMや実際の換金レートでよい、という誤解
相続税・贈与税の外貨建財産評価では、原則として財産はTTB、債務はTTSです。所得税や会計処理で使うレートと混同しないことが重要です。
海外不動産を相続後に売ったから、その売却額でよい、という誤解
相続後の売却額は有力な資料になることがありますが、売却の時期、売急ぎの有無、関係者間取引、物件状態の変化、為替変動などを確認する必要があります。
海外口座は家族名義だから相続財産ではない、という誤解
名義だけでは判断できません。資金の原資、管理者、運用収益、入出金、贈与契約、過去の申告を確認します。海外口座であっても、実質的に被相続人の財産であれば、相続税申告の対象になる可能性があります。
英文資料をそのまま保管していれば足りる、という誤解
英文資料そのものは重要ですが、日本の税務申告では、その資料が何を意味し、どの金額を申告額に反映したのかを説明できることが大切です。重要な部分は日本語で要約・翻訳しておくと、申告後の説明可能性が高まります。
申告期限から逆算した進め方
相続税の申告期限は、原則として相続開始を知った日の翌日から10か月以内です。国外財産がある場合、この期間は決して長いとはいえません。
国外財産の評価は、次の順序で進めると混乱しにくくなります。
1. 国際要素を洗い出す
海外居住者、外国籍、国外財産、海外口座、海外不動産、外国法人、海外遺言、現地相続手続の有無を確認します。
2. 日本の課税対象になる財産を確定する
納税義務者の区分と財産の所在地を確認し、日本の相続税・贈与税で課税対象となる財産を整理します。
3. 財産別に資料リストを作る
不動産、預金、証券、法人株式、保険、信託ごとに、必要な資料を分けます。海外資料は取得に時間がかかるため、早めに依頼しておきます。
4. 現地専門家が必要か判断する
海外不動産の鑑定、プロベート、現地税務申告、会社資料の取得、翻訳・認証などが必要な場合には、税理士だけでなく、現地の弁護士・会計士・不動産鑑定人との連携を検討します。
5. 評価方法を決める
鑑定評価、売買実例、取引所価格、残高証明、取得価額の時点修正、売却価額の修正など、財産ごとに合理的な評価方法を選びます。
6. 外貨換算する
課税時期、金融機関、TTB・TTSの別、為替予約の有無を確認したうえで、円換算します。
7. 評価判断メモを作る
評価額だけでなく、採用した資料、採用の理由、不確実な点、税務リスクを記録します。
8. 遺産分割・納税資金と接続する
国外財産は換金に時間がかかることがあります。相続人間の分割、代償金、現地への送金、納税資金、さらに二次相続まで含めて判断します。
国外財産の評価は、家族間の納得にも影響する
国外財産の評価は、税額だけの問題ではありません。
たとえば、海外不動産を長男が取得し、日本国内の預金を他の相続人が取得する場合、海外不動産の評価額が、そのまま家族間の公平感に直結します。
現地では売りにくい不動産でも、日本の相続税評価では高額になることがあります。反対に、現地の評価額が低く見えても、実際の市場価値は高い、というケースもあります。さらに為替の変動によって、相続開始時の評価額と、売却時・送金時の手取り額が大きく違ってくることもあります。
したがって、国外財産を含む遺産分割では、次の視点も欠かせません。
- 誰が国外財産を管理できるか
- 現地語・現地手続に対応できる相続人がいるか
- 売却する予定か、保有を続けるか
- 現地税・管理費・修繕費を誰が負担するか
- 為替変動のリスクを誰が負うか
- 日本の相続税の納税資金をどう確保するか
- 二次相続で、再び国外財産が問題にならないか
評価額を下げることだけを目的にしてしまうと、後から家族間で「実際の価値と違う」「管理負担を考慮していない」「納税資金が足りない」といった不満が出てくることがあります。
国外財産の評価は、税務上の説明可能性と、家族間の納得可能性の両方を意識しながら進めていく必要があります。
国外財産がある場合に専門家へ相談すべき場面
国外財産がある相続・贈与では、次のような場合、早めに専門家へ相談されることをお勧めします。
- 海外不動産がある
- 海外口座や海外証券会社の残高が多い
- 外国株式・ETF・投資信託を複数保有している
- 海外法人株式や海外同族会社がある
- 外国籍・海外居住の相続人がいる
- ジョイント口座、信託、海外生命保険がある
- 現地相続税・遺産税が課される可能性がある
- 過去の国外財産調書・所得税申告との整合性に不安がある
- 現地資料の意味が分からない
- 為替換算や評価方法の根拠を残せていない
- 申告期限まで時間が少ない
国外財産は、申告書作成の最後に「ついでに」処理する論点ではありません。相続開始後の早い段階で、課税範囲、財産の一覧、資料の取得、評価方法、現地手続を同時に整理していくことが重要です。
国外財産の評価・資料整理に不安がある場合
海外不動産、海外預金、外国株式、海外法人株式などがある相続では、評価額の計算そのものよりも、どの資料に基づき、どの評価方法を採用し、どの為替レートで円換算したのかを、後から説明できる状態にしておくことが重要になります。
犬飼公認会計士・税理士事務所では、国外財産を含む相続税申告について、課税範囲の確認、財産別の資料整理、評価方法の検討、外貨換算、評価根拠の記録化、そして外国税額控除や現地専門家との連携が必要となる論点の整理を支援しています。
海外財産の資料は手元にあるものの評価方法が分からない、海外不動産や外国証券を日本の相続税申告にどう反映すべきか不安がある、税務調査でも説明できる評価根拠を整えておきたい――。そうした場合は、国外財産の一覧、残高資料、権利関係資料、過去の申告資料を、可能な範囲で整理したうえでご相談ください。
振り返り|国外財産の評価・外貨換算・資料収集
| 論点 | 重要ポイント | 実務上の確認事項 |
|---|---|---|
| 課税範囲 | 評価前に日本の課税対象か確認する | 納税義務者区分、財産所在地を確認 |
| 評価原則 | 国外財産も原則として時価評価 | 財産評価基本通達の考え方に沿う |
| 課税時期 | 相続は死亡日、贈与は取得日 | 資料の基準日とずれていないか確認 |
| 海外不動産 | 売買実例、鑑定、公示価格等を参酌 | 現地税務評価額をそのまま使わない |
| 取得価額・売却価額 | 時点修正により使える場合がある | 親族間取引、売急ぎ、価格指数に注意 |
| 海外預金 | 死亡日残高と実質所有者を確認 | ジョイント口座、名義財産に注意 |
| 外国上場株式 | 外国取引所の価格を基に評価 | 死亡日価格、月平均価格、為替を確認 |
| 外国投資信託・債券 | 商品内容に応じて評価方法が変わる | NAV、解約価額、既経過利息を確認 |
| 非上場外国株式 | 決算書・株主構成・支配関係が重要 | 現地会計資料と日本評価の接続が必要 |
| 外貨換算 | 財産は原則TTB、債務はTTS | 金融機関、日付、相場の種類を記録 |
| 取引金融機関 | 外貨預金と海外不動産で考え方が異なる | 誰のどの金融機関レートかを説明する |
| 資料収集 | 金額だけでなく説明の筋道を残す | 評価判断メモ、翻訳、根拠資料を保存 |
| 調書との整合性 | 国外財産調書・財産債務調書も確認 | 過去申告との矛盾を整理する |
| 家族間の納得 | 評価額は遺産分割にも影響する | 管理負担、換金可能性、為替リスクも考慮 |