不動産オーナーの相続対策というと、まず「相続税評価額を下げる」「不動産管理会社を作る」「借入金で賃貸物件を建てる」といった話が先に出てきます。
たしかに、これらは条件がそろえば有効な選択肢になり得ます。ただ、不動産オーナーにとって本当に難しいのは、相続税額そのものよりも、その後に続く資金繰りや納税、借入返済、修繕、空室、そして家族間の承継のほうです。
財産が多く見える方ほど、実際には固定資産税・都市計画税、借入金の返済、修繕費、管理費、所得税、消費税、相続税の納税資金に追われている、というのは珍しくありません。不動産の有効活用で収入そのものは増えても、その分だけ納税額と返済額もふくらみ、手元に現金がほとんど残らない。そうしたお悩みを、実務のなかでよく耳にします。
本記事では、不動産オーナーが相続税対策や資産管理会社の設立を検討する前に、何を棚卸しし、どの順番で判断していけばよいのかを整理していきます。
先に結論を申し上げると、不動産オーナーの節税判断は、次の3つを同時に見なければ成り立ちません。
| 見るべき軸 | 確認する内容 |
|---|---|
| 資金繰り | 賃料収入、固定資産税、修繕費、借入返済、空室リスク、手元資金 |
| 納税 | 所得税、法人税、消費税、固定資産税、相続税、延納・物納の可能性 |
| 承継 | 誰が相続するか、管理できるか、売却できるか、共有を避けられるか、相続登記できるか |
「評価額が下がるから有効だ」という見方だけで進めると、判断を誤ります。大切なのは、税金が減った後も、その不動産を維持できるのか、相続人が引き継げるのか、金融機関や税務署にきちんと説明できるのか、という点です。
不動産オーナーの節税判断は「相続税額」から始めない
不動産を使った相続税対策では、次のような効果がよく語られます。
| 典型的な対策 | 期待される効果 |
|---|---|
| 更地に賃貸物件を建てる | 土地が貸家建付地となり、建物も貸家評価となる |
| 借入金で建築する | 借入金が債務控除の対象となる |
| 資産管理会社を設立する | 所得分散、管理実態の明確化、承継準備につながる場合がある |
| 相続後に不動産を売却する | 納税資金を確保できる場合がある |
| 生命保険を活用する | 納税資金や代償分割資金を準備できる場合がある |
とはいえ、これらは単体で判断してよいものではありません。
たとえば、借入金で賃貸物件を建てると、相続税評価額が下がる場合があります。賃貸物件を建てることで、土地は貸家建付地として評価され、建物は固定資産税評価額をもとにした貸家評価となり、借入金は債務として控除されるからです。
ただし、実勢価額ベースで見れば、建築の前後で純資産が大きく増えているわけではありません。評価額が下がっても、借入金の返済義務は現実にそのまま残ります。さらに空室が出れば賃料収入は減りますが、固定資産税も借入返済も修繕費も、待ってはくれません。
相続対策の基本は、相続税を減らすことだけにあるのではありません。争族防止、納税資金対策、そして相続税の軽減という順序で考えるべきものです。相続税が減ったとしても、相続人が長期にわたる借入返済を負い続けることになれば、受け取る側にとってはかえって「有難迷惑」になりかねません。
まず作るべきは「不動産一覧表」ではなく「判断できる棚卸し表」
不動産オーナーからのご相談でよくあるのが、「不動産の一覧はあるけれど、判断できる形にはなっていない」という状態です。
固定資産税課税明細書、登記事項証明書、賃貸借契約書、借入返済予定表、確定申告書。これらが別々に存在していても、一つの判断資料として結び付いていなければ、売るべきか、持ち続けるべきか、法人に移すべきか、誰に承継させるべきか、といった判断はできません。
不動産オーナーがまず作るべき棚卸し表は、次のようなものです。
| 項目 | 確認すべき内容 |
|---|---|
| 所有者 | 個人、配偶者、親族、法人、共有、先代名義のままか |
| 物件区分 | 自宅、賃貸住宅、店舗、駐車場、貸地、農地、遊休地、底地、共有持分 |
| 所在・権利関係 | 登記名義、抵当権、借地権、地役権、境界、越境、未登記建物 |
| 評価 | 固定資産税評価額、相続税評価額、概算時価、鑑定評価の要否 |
| 収益性 | 年間賃料、空室率、滞納、管理費、修繕費、利回り |
| 税負担 | 固定資産税、都市計画税、所得税、住民税、事業税、消費税 |
| 借入 | 残高、金利、返済額、担保、保証人、期限、借換余地 |
| 処分可能性 | 売却可能性、共有者の同意、境界確定、測量、買主候補、流動性 |
| 承継候補 | 誰が相続したいか、管理できるか、住んでいるか、事業に使っているか |
| 課題 | 空室、老朽化、相続人不仲、納税資金不足、相続登記未了、共有化リスク |
特に注意していただきたいのが、先代・先々代の名義のまま不動産が残っているケースです。手続が面倒だからと名義変更を先送りにしていると、いざ売却や担保設定、相続対策をしようとしたときに相続人全員の協力が必要になり、身動きが取れなくなることがあります。
令和6年4月1日から相続登記は義務化されました。不動産を相続で取得したことを知った日から3年以内に、相続登記をしなければなりません。正当な理由なく申請しなかった場合には、10万円以下の過料が科される可能性があります。しかも、令和6年4月1日より前に相続を知った不動産でも、登記が未了のものはこの義務化の対象になります。
出典:法務省|相続登記の申請義務化に関するQ&A
相続登記は、単なる名義の書き換えではありません。その不動産を動かせる状態にするための、いわば前提となる手続です。
キャッシュフローは「所得」ではなく「手元資金」で見る
不動産オーナーが資金繰りを見誤りやすいのは、税務上の所得と、実際の手元資金がずれるからです。
不動産所得では、賃貸料収入だけでなく、更新料や名義書換料、返還を要しない敷金・保証金、共益費名目で受け取る水道光熱費なども総収入金額に含まれます。一方の必要経費は、不動産収入を得るために直接必要な費用のうち、家事上の経費と明確に区分できるものに限られます。主なものとしては、固定資産税、損害保険料、減価償却費、修繕費などが挙げられます。
出典:国税庁|No.1370 不動産収入を受け取ったとき(不動産所得)
ここで気をつけたいのが、借入返済の扱いです。
借入金の利息は、業務用資産を購入するための借入金など、業務のための借入であれば必要経費になり得ます。しかし、借入元本の返済は税務上の必要経費ではなく、資金の流出として別に管理すべきものです。加えて、不動産所得が赤字になった場合、土地等を取得するために要した負債利子に相当する部分の損失は、他の所得との損益通算の対象になりません。
出典:国税庁|No.2210 必要経費の知識 / 出典:国税庁|No.1391 不動産所得が赤字のときの他の所得との通算
そのため、不動産ごとに、次のような「税引後・返済後キャッシュフロー」を確認しておく必要があります。
| 区分 | 内容 |
|---|---|
| 賃料収入 | 家賃、地代、駐車場収入、共益費、更新料など |
| 運営支出 | 管理料、修繕費、保険料、広告料、清掃費、原状回復費 |
| 固定資産税等 | 固定資産税、都市計画税、償却資産税 |
| 借入返済 | 元本返済、利息、保証料 |
| 税金 | 所得税、住民税、個人事業税、消費税、法人税等 |
| 大規模修繕積立 | 外壁、屋上防水、給排水設備、エレベーター、空調設備 |
| 手元残額 | 家計・事業・納税資金に使える実質的な現金 |
固定資産税・都市計画税は、土地・家屋について「課税標準額×税率」で計算されます。土地の場合、課税標準額は課税台帳に登録された価格をもとに、住宅用地特例や負担調整措置などを反映して算出されます。
出典:東京都主税局|固定資産税・都市計画税(土地・家屋)
不動産オーナーの節税判断で見るべきは、帳簿上の所得が減るかどうかではありません。納税を終え、返済を終え、修繕に備えたうえで、それでも現金が残るかどうかです。
「黒字物件」と「持ち続けられる物件」は同じではない
不動産を保有していると、会計上・税務上は黒字であっても、手元資金の薄い物件が出てきます。
たとえば、次のような物件です。
| 表面上は問題が見えにくい物件 | 実際のリスク |
|---|---|
| 満室時は黒字 | 空室が2室出ると返済が苦しくなる |
| 減価償却費が大きく所得税が少ない | 償却後に所得税負担が増える |
| 立地が良く評価額が高い | 固定資産税・相続税も高く、売却時の税負担も重い |
| 古くから所有している | 取得費不明で売却時の譲渡税が大きくなる可能性がある |
| 相続税評価が低い | 実際には修繕不能・売却困難で換金性が低い |
| 共有で保有している | 売却、建替え、担保設定に共有者全員の同意が必要になる |
見るべきなのは、単年度の黒字ではなく、10年後、20年後も維持していけるかどうかです。
なかでも、次の3つは早めに確認しておきたいところです。
| 確認項目 | 判断のポイント |
|---|---|
| 修繕ピーク | 築年数、設備更新、外壁、屋上防水、給排水管の更新時期 |
| 借入返済ピーク | 元金返済が重くなる時期、金利上昇時の返済可能性 |
| 相続・承継ピーク | オーナーの年齢、相続人の人数、納税資金、承継意思 |
相続税対策として新たに物件を取得する場合も、既存物件の修繕ピークや借入返済と時期が重なれば、資金繰りを圧迫します。
節税効果のある支出であっても、資金繰りを悪化させてしまうなら、経営判断としてはむしろ危うい。そう考えておいたほうが安全です。
納税資金は「相続が起きてから売る」では遅いことがある
不動産オーナーの相続で最も大きな課題の一つが、納税資金です。
相続税の申告と納税は、原則として、被相続人が死亡したことを知った日の翌日から10か月以内に行わなければなりません。しかも、相続税は申告期限までに金銭で納めるのが原則です。
出典:国税庁|No.4202 相続税の申告のために必要な準備 / 出典:国税庁|No.4205 相続税の申告と納税
不動産が多い相続では、相続税評価額はしっかりあるのに、肝心の現金が足りない、ということが起こります。
この場合、納税資金の候補は、次のように整理していきます。
| 納税資金の方法 | 注意点 |
|---|---|
| 現預金 | 最も確実だが、生活資金・事業資金との区分が必要 |
| 生命保険 | 受取人、保険料負担者、相続人間の公平、非課税枠を確認 |
| 不動産売却 | 測量、境界、共有者同意、賃借人、譲渡税、売却期間を確認 |
| 法人への売却 | 時価、資金調達、低額譲渡・高額取得、同族会社間取引を確認 |
| 借入 | 返済原資、相続人の保証、既存担保余力を確認 |
| 延納 | 金銭納付困難、担保、利子税、期限内申請が必要 |
| 物納 | 延納によっても金銭納付困難な場合に限られ、財産要件が厳しい |
延納は、相続税額が10万円を超え、金銭で納付することを困難とする事由があり、その納付困難額の範囲内であること、原則として担保を提供すること、延納申請期限までに申請書と担保提供関係書類を提出することなど、いくつかの要件を満たす場合に申請できます。
出典:国税庁|No.4211 相続税の延納
物納は、さらに限定的です。延納によっても金銭で納付することが困難で、その困難額を限度とすること、物納財産が相続税の課税価格計算の基礎となった国内所在財産であること、物納できる財産の順位に従うことなどが要件となります。不動産は第1順位財産に含まれますが、境界や権利関係、管理処分の適格性などが問題になります。
出典:国税庁|No.4214 相続税の物納
つまり延納・物納は、「困ったら使えばよい制度」ではありません。申告期限、担保、物納適格性、測量、境界、権利関係の整理が、いずれも必要になります。
相続が発生してから慌てて売却しようとしても、次のような理由で間に合わないことがあります。
| 売却が遅れる原因 | 実務上の影響 |
|---|---|
| 相続人間で分割協議がまとまらない | 誰が売主になるか決まらない |
| 共有者が反対している | 売却・担保設定ができない |
| 境界が未確定 | 買主・金融機関が敬遠する |
| 借地人・賃借人との関係が複雑 | 価格交渉が難航する |
| 建物が老朽化している | 解体費・瑕疵リスクが問題になる |
| 取得費が不明 | 売却時の譲渡税が重くなる |
| 相続登記が未了 | 売却手続に進めない |
納税資金対策で大切なのは、相続が起きてからではなく、生前のうちに「売れる状態」「借りられる状態」「分けられる状態」を作っておくことです。
相続後売却では「取得費加算」も検討する
相続の後に不動産を売却して納税資金を確保する場合、譲渡所得税の負担も見過ごせません。
相続財産を譲渡したときには、一定の要件のもとで、相続税額の一部を譲渡所得の取得費に加算できる特例があります。適用を受けるには、相続や遺贈により取得した財産を、相続税の申告期限の翌日以後3年を経過する日までに譲渡することなどが必要です。
出典:国税庁|No.3267 相続財産を譲渡した場合の取得費の特例
実務では、相続開始後3年10か月以内の売却、と説明されることの多い特例です。相続税の申告期限が相続開始を知った日の翌日から10か月以内であり、その申告期限の翌日以後3年を経過する日までの譲渡が対象になるためです。
ただし、取得費加算を使えるから売却すべき、という話ではありません。
売却を検討する場合は、次の順番で確認していきます。
| 判断順序 | 確認内容 |
|---|---|
| 1 | 誰が相続するか、売却権限を持つか |
| 2 | 売却対象不動産の時価、相続税評価額、帳簿・取得費 |
| 3 | 譲渡所得税、取得費加算、仲介手数料、測量費、解体費 |
| 4 | 納税資金に必要な売却額 |
| 5 | 売却後の家族間公平、代償金、生活・事業への影響 |
| 6 | 売却しない場合の延納、借入、保険金等との比較 |
相続税を払うために優良物件から手放してしまうと、将来の収益源が失われ、手元には管理の難しい物件だけが残る、という結果になりかねません。納税資金対策は、資産全体の入れ替え計画として考えていく必要があります。
不動産管理会社は「所得分散」だけで作らない
不動産管理会社・資産管理会社は、不動産オーナーにとって有力な選択肢です。
ただし、節税だけを目的に形式的な会社を作ってしまうと、管理の実態、手数料の水準、建物の所有、資金の移動、同族間取引について、後から説明するのが難しくなります。
不動産管理会社を検討する場面は、主に次の3つです。
| 方式 | 概要 | 主な確認事項 |
|---|---|---|
| 管理委託方式 | 個人所有不動産の管理を法人に委託 | 管理業務の実態、手数料水準、契約書、業務記録 |
| 転貸方式 | 法人が一括借上げし、第三者に転貸 | 空室リスクの負担、賃料水準、契約条件 |
| 建物所有方式 | 法人が建物を所有し、土地を個人が保有 | 建物取得資金、地代、借地権認定、相続影響 |
実務では、複数の建物のうち一部を建物所有方式にし、残りを管理受託方式にする、物件ごとに法人を分ける、相続人の事業を不動産管理会社に含める、といったさまざまな組み合わせが考えられます。
しかし、法人を作れば自動的に安全になる、というわけではありません。
むしろ次のような状態では、リスクが高まります。
| 危険な状態 | 問題点 |
|---|---|
| 法人に実際の管理業務がない | 管理料の損金性や所得分散の実態が問われる |
| 管理料が高すぎる | 適正水準の説明が必要になる |
| 契約書だけで業務記録がない | 税務調査で実態を示しにくい |
| 法人の資金と個人資金が混在 | オーナー貸付金・借入金、贈与、認定給与の問題につながる |
| 相続人が法人運営を理解していない | 承継後に管理・会計・納税が破綻する |
| 不動産を法人に低額移転する | 時価、譲渡所得、受贈益、株主間贈与の問題が生じる |
不動産管理会社は、節税のための装置ではなく、管理・資金・承継を整理するための器です。
法人を作る前に、誰が役員になるのか、誰が管理業務を担うのか、法人に現金が残るのか、そして将来の株式承継をどうするのか。そこまで設計しておく必要があります。
「共有」は節税ではなく、将来の意思決定リスクになりやすい
相続では、不動産を相続人の共有にすることがあります。公平に見えるため、遺産分割協議をまとめやすい場合もあるでしょう。
ただ、不動産オーナーの承継においては、共有は慎重に扱うべきものです。
| 共有にした場合の問題 | 将来の影響 |
|---|---|
| 売却に共有者の同意が必要 | 納税資金確保や資産組替えが遅れる |
| 建替え・大規模修繕で意見が割れる | 物件価値が低下する |
| 共有者の相続で持分がさらに分散 | 意思決定者が増え続ける |
| 共有者の一人が資金難になる | 持分売却、差押え、第三者介入のリスク |
| 管理負担と収益配分が不一致 | 家族間不満の原因になる |
「とりあえず共有」は、相続直後の争いを一時的に避けているだけで、次の世代へ問題を先送りしてしまうことがあります。
不動産の承継では、できるだけ次のような形を検討したいところです。
| 承継方法 | 向いている場面 |
|---|---|
| 物件ごとに単独所有 | 相続人ごとに管理責任を明確にしたい場合 |
| 収益物件は管理能力のある相続人へ | 賃貸経営を継続する意思・能力がある場合 |
| 他の相続人には代償金・保険金 | 不動産を分けずに公平性を調整したい場合 |
| 法人株式で承継 | 法人化され、株式管理で承継した方がよい場合 |
| 売却して現金分割 | 管理承継が難しく、流動性を優先する場合 |
相続対策では、遺言、代償分割、生命保険、家族信託などが、争族対策・納税資金対策・節税対策にまたがって関わってきます。
大切なのは、税額が最小になる分け方ではなく、相続人が将来も運用していける分け方です。
売れない土地・使わない土地は「処分可能性」まで見る
不動産オーナーのお悩みは、収益物件に限りません。
農地、山林、貸地、底地、遊休地、市街化調整区域内の土地、境界未確定の土地、古い共有地。こうした、持っていても収益を生まず、固定資産税と管理責任だけが残る財産もあります。
農地や地主の相続では、後継者不足、遊休地の増加、固定資産税負担、相続税への不安、名義財産の問題などが、重なりやすいといわれています。
このような不動産は、相続税評価額が低いかどうかではなく、次の視点で判断していきます。
| 見るべき視点 | 確認内容 |
|---|---|
| 利用可能性 | 建築できるか、貸せるか、転用できるか |
| 売却可能性 | 買主がいるか、接道・境界・法令制限に問題がないか |
| 管理負担 | 草刈り、近隣対応、災害リスク、越境、土砂崩れ |
| 税負担 | 固定資産税、都市計画税、相続税評価、譲渡税 |
| 法令制限 | 農地法、生産緑地、都市計画、文化財、土砂災害区域 |
| 相続人の意向 | 誰も使わない、遠方で管理できない、売りたいが売れない |
| 出口 | 売却、贈与、法人活用、貸付、国庫帰属、保有継続 |
相続した土地について、遠方に住んでいて利用予定がない、管理負担が大きいといった事情がある場合には、一定の要件のもとで相続土地国庫帰属制度を検討できることがあります。この制度は、令和5年4月27日から始まっています。
出典:法務省|相続土地国庫帰属制度について
もっとも、相続土地国庫帰属制度は、不要な土地を何でも引き取ってもらえる制度ではありません。建物がある土地、担保権や使用収益権が設定されている土地、他人の利用が予定されている土地、土壌汚染された土地、境界が明らかでない土地などは、申請できないケースに該当します。さらに、崖地、地上・地下の有体物がある土地、争訟が必要な土地、通常の管理に過分な費用や労力がかかる土地なども、承認されない場合があります。
出典:法務省|相続土地国庫帰属制度の概要
だからこそ、処分が難しい土地ほど、相続が発生する前に、測量、境界、権利関係、利用方針を確認しておく必要があるのです。
相続税評価・時価・固定資産税評価を混同しない
不動産オーナーの棚卸しでは、複数の評価額が出てきます。
| 評価の種類 | 主な用途 |
|---|---|
| 相続税評価額 | 相続税・贈与税申告の評価 |
| 固定資産税評価額 | 固定資産税・都市計画税、建物評価など |
| 実勢価格 | 売買市場で成立し得る価格 |
| 鑑定評価額 | 不動産鑑定士が一定の基準に基づき評価した価格 |
| 担保評価額 | 金融機関が融資判断のために見る価格 |
| 帳簿価額 | 会計・税務上の取得価額、減価償却後の価額 |
同じ不動産でも、目的が変われば評価額も変わります。
相続税評価額が低いからといって、安心とは限りません。売却できなければ、納税資金にはならないからです。担保評価が低ければ、借換えや納税資金の借入も難しくなります。そして固定資産税評価額が高ければ、毎年の資金繰りを圧迫します。
また、高額な不動産の取得や相続税評価については、評価通達どおりに評価していても、取引の経緯や特別な事情によっては、税務上問題になる場合があります。評価通達や鑑定評価、いわゆる総則6項をめぐる論点では、評価額そのものだけでなく、取得の目的、借入の状況、保有期間、売却予定、そして説明可能性が重要になってきます。
本記事でのポイントは、評価額を一つに決めることではありません。
評価の目的ごとに金額を並べ、意思決定に使える形にしておくことです。
不動産オーナーが作るべき3つの表
不動産オーナーの資金繰り・納税・承継を一体で考えるには、最低限、次の3つの表が必要です。
1. 資産棚卸し表
| 項目 | 記載内容 |
|---|---|
| 物件名 | 自宅、Aマンション、B駐車場、C農地など |
| 所有者 | 本人、配偶者、法人、共有、先代名義 |
| 評価額 | 固定資産税評価額、相続税評価額、概算時価 |
| 権利関係 | 抵当権、借地権、賃借権、共有、境界、未登記 |
| 用途 | 居住用、賃貸、事業用、遊休、農地、貸地 |
| 問題点 | 空室、老朽化、共有者反対、相続登記未了など |
2. 物件別キャッシュフロー表
| 項目 | 記載内容 |
|---|---|
| 年間収入 | 家賃、地代、駐車場、更新料 |
| 年間運営費 | 管理料、修繕費、保険料、広告費 |
| 税金 | 固定資産税、都市計画税、所得税、消費税 |
| 借入返済 | 元本、利息、返済期限 |
| 大規模修繕 | 今後5年・10年で必要な支出 |
| 手残り | 税引後・返済後・修繕積立後の現金 |
3. 承継方針表
| 項目 | 記載内容 |
|---|---|
| 承継候補者 | 長男、長女、配偶者、法人など |
| 承継意思 | 持ちたい、売りたい、管理したくない、未定 |
| 管理能力 | 不動産管理経験、居住地、時間、資金余力 |
| 納税負担 | 相続税、代償金、借入返済 |
| 家族間公平 | 不動産と現金・保険金のバランス |
| 出口 | 継続保有、法人化、売却、代償分割、信託など |
この3つがそろって、はじめて節税案を比較できるようになります。
判断の順番を間違えない
不動産オーナーの判断では、次の順番を守ることが大切です。
| 順番 | 検討内容 | 間違えやすい判断 |
|---|---|---|
| 1 | 現状の資産・負債を棚卸しする | 評価額だけを見る |
| 2 | 物件別キャッシュフローを確認する | 所得税だけを見る |
| 3 | 相続税と納税資金を試算する | 税額だけ下げようとする |
| 4 | 相続人の承継意思を確認する | 親の希望だけで決める |
| 5 | 売却・法人化・建築・保険を比較する | 提案された対策を単独で採用する |
| 6 | 税務調査・金融機関・後継者への説明可能性を確認する | 契約書や資料整備を後回しにする |
| 7 | 定期的に見直す | 一度作った対策を放置する |
相続対策のなかには、以前は有効だったものの、法改正や制度変更によって現状に合わなくなったものもあります。節税対策ばかりに気を取られ、納税資金対策や争族対策まで手が回っていないケースも見受けられます。相続対策は、一度作って終わりではありません。毎年見直していくべきものです。
税務調査で説明できる資料を残す
不動産オーナーの節税策は、税務調査で確認されやすい領域です。
税務調査では、申告の内容だけでなく、契約、資金の移動、原始資料、帳簿、事実関係の整合性まで確認されます。調査の実務では、証拠の収集・保全と、的確な事実認定が重要になります。
不動産オーナーが残しておきたい資料は、次のとおりです。
| 資料 | 目的 |
|---|---|
| 登記事項証明書 | 所有者、抵当権、権利関係の確認 |
| 固定資産税課税明細書 | 評価額、税負担、物件一覧の基礎 |
| 売買契約書・建築請負契約書 | 取得価額、取得時期、取引条件の確認 |
| 借入契約書・返済予定表 | 資金使途、返済負担、担保関係の確認 |
| 賃貸借契約書 | 賃貸実態、賃料水準、権利関係の確認 |
| レントロール | 空室、賃料、滞納、収益性の確認 |
| 修繕履歴・見積書 | 維持管理実態と将来支出の確認 |
| 管理委託契約書 | 管理業務の範囲、手数料水準の確認 |
| 法人との契約書 | 不動産管理会社との取引実態の確認 |
| 家族会議メモ | 承継方針、意思決定過程の確認 |
| 相続税試算資料 | 対策前後の税額、納税資金の確認 |
| 提案資料 | どのような前提で節税策を選んだかの確認 |
これらは、税務署に対する説明のためだけではありません。相続人、金融機関、管理会社、買主候補に対しても同じ説明ができる状態にしておくことが大切です。
専門家に相談する前に整理すべきこと
不動産オーナーが専門家に相談する前に、次の資料を整理しておくと、相談の質が大きく上がります。
| 整理する資料 | 内容 |
|---|---|
| 不動産一覧 | 所在、地番、家屋番号、用途、所有者、共有者 |
| 固定資産税課税明細書 | 直近3年分があると望ましい |
| 確定申告書・決算書 | 不動産所得、法人所有物件、消費税の確認 |
| 借入返済予定表 | 残高、金利、返済額、担保、保証人 |
| 賃貸借契約書 | 契約期間、賃料、敷金、更新料 |
| レントロール | 部屋別賃料、空室、滞納、入退去履歴 |
| 修繕計画 | 過去の修繕、今後の大規模修繕見込み |
| 相続人関係図 | 相続人、年齢、居住地、承継意思 |
| 遺言・信託・贈与資料 | 過去の対策、今後の方針 |
| 保険証券 | 死亡保険金、受取人、保険料負担者 |
| 法人資料 | 定款、株主名簿、決算書、管理契約 |
| 過去の提案書 | 不動産会社、金融機関、保険会社等からの提案 |
相談の場で大切なのは、「何をすれば税金が一番下がるか」だけを聞かないことです。
次のように問いを立てると、判断が整理されていきます。
| 相談時の問い | 意味 |
|---|---|
| この不動産は誰が持ち続けるべきか | 承継可能性の確認 |
| 税引後・返済後に現金は残るか | 資金繰りの確認 |
| 相続税は現金で払えるか | 納税資金の確認 |
| 売却するならいつ・どの物件か | 処分可能性の確認 |
| 法人化する意味はあるか | 管理実態と所得分散の確認 |
| 共有にしない方法はあるか | 将来の意思決定リスクの確認 |
| 税務調査で説明できるか | 実態・資料・資金移動の確認 |
まとめ:不動産節税の出口は「後継者が困らないこと」
不動産オーナーの節税判断では、相続税評価額が下がるかどうかだけを見ていると危険です。
本当に確認すべきなのは、次の点です。
| 確認すべきこと | 実務上の意味 |
|---|---|
| 資産の棚卸し | 何を、誰が、どの状態で持っているか |
| 収益性 | 物件ごとに手元資金が残るか |
| 固定資産税等 | 毎年の資金繰りを圧迫していないか |
| 借入 | 相続人が返済を引き継げるか |
| 納税資金 | 相続税を10か月以内に払えるか |
| 承継 | 誰が管理し、誰が意思決定するか |
| 処分可能性 | 売れるか、貸せるか、国庫帰属等を検討できるか |
| 説明可能性 | 税務署、金融機関、後継者に説明できるか |
不動産は、持っているだけで税金と管理責任が発生します。収益物件であっても、空室、修繕、借入返済、相続人間の意見対立によって、将来の負担に変わることがあります。
節税は、あくまで財産を守るための手段です。税額を下げることそのものを目的にして、資金繰りや承継を壊してしまっては、意味がありません。
不動産オーナーにとって正しい節税とは、相続税を下げることではなく、相続人が納税でき、管理でき、必要に応じて売却でき、そして税務調査でも説明できる状態を作ることです。
主な出典
出典:国税庁|No.1370 不動産収入を受け取ったとき(不動産所得)
出典:国税庁|No.2210 必要経費の知識
出典:国税庁|No.1391 不動産所得が赤字のときの他の所得との通算
出典:国税庁|No.4202 相続税の申告のために必要な準備
出典:国税庁|No.4205 相続税の申告と納税
出典:国税庁|No.4211 相続税の延納
出典:国税庁|No.4214 相続税の物納
出典:国税庁|No.3267 相続財産を譲渡した場合の取得費の特例
出典:国税庁|No.7457 財産債務調書の提出義務
出典:法務省|相続登記の申請義務化に関するQ&A
出典:法務省|相続土地国庫帰属制度について
出典:法務省|相続土地国庫帰属制度の概要
出典:東京都主税局|固定資産税・都市計画税(土地・家屋)
振り返り
| 重要事項 | 確認ポイント |
|---|---|
| 不動産節税の目的 | 税額を下げることではなく、資産を守り承継できる状態を作ること |
| 最初に行うこと | 不動産の所有者、評価額、収益性、借入、処分可能性を棚卸しする |
| 資金繰り | 所得ではなく、税引後・返済後・修繕積立後の手元資金を見る |
| 固定資産税等 | 毎年発生するため、収益性の低い不動産では大きな負担になる |
| 借入金 | 利息と元本返済を分け、相続人が返済を引き継げるか確認する |
| 納税資金 | 相続税は原則10か月以内に金銭納付する必要がある |
| 延納・物納 | 要件が厳しく、事前準備なしに使える制度ではない |
| 不動産管理会社 | 所得分散だけでなく、管理実態・手数料水準・資金移動・株式承継を見る |
| 共有 | 一時的に公平に見えても、将来の売却・修繕・承継の障害になりやすい |
| 相続登記 | 令和6年4月1日から義務化され、未登記のまま放置するリスクが高まっている |
| 処分困難地 | 売却、管理、国庫帰属制度の可否を含めて早めに検討する |
| 専門家相談 | 資産一覧、固定資産税明細、借入表、賃貸資料、相続人関係を整理して相談する |
不動産オーナーの節税判断は、物件数、借入、相続人構成、法人の有無、納税資金、売却可能性によって大きく変わります。相続税評価額だけで判断してしまうと、税額は下がっても、後継者が返済・修繕・納税・共有トラブルを抱え込むことになりかねません。
犬飼公認会計士・税理士事務所では、不動産オーナー、地主、資産管理会社をお持ちの方に対し、資産棚卸し、物件別キャッシュフロー、相続税・納税資金の試算、法人化の要否、承継方針、そして税務調査で説明できる資料整理まで含めた検討を行っています。
「不動産はあるけれど、税金・借入・承継の負担が重く、何から整理すればよいか分からない」という場合は、犬飼公認会計士・税理士事務所HPのお問い合わせページからご相談ください。