移転価格税制と独立企業間価格の考え方

海外子会社との取引で利益をどの国に残すかは、税負担に大きく影響します。

日本の親会社から海外子会社へ商品を販売する。海外子会社に製造を委託する。海外子会社からロイヤルティを受け取る。あるいは、経営支援を行ったり、資金を貸し付けたり、保証を差し入れたりする。こうした取引では、価格の設定次第で、日本側に残る利益と海外側に残る利益が変わってきます。

ですから、海外取引を行う企業にとって「どの価格で取引するか」は、単なる会計処理にとどまりません。経営管理、資金繰り、税務リスク、海外子会社管理に直結する、重要な経営判断です。

ここで気をつけておきたいのは、グループ会社間の価格であっても、自由に決められるわけではないという点です。

海外子会社が自社グループの会社であったとしても、日本の親会社と海外子会社は、税務上は別々の納税主体として扱われます。日本側の利益が過少になり、海外側へ利益が移っていると判断されれば、日本では移転価格税制により、独立企業間価格で取引が行われたものとして所得が計算し直されます。この移転価格税制の根拠は、租税特別措置法第66条の4に置かれています。
出典:e-Gov法令検索|租税特別措置法

本記事では、移転価格税制と独立企業間価格の基本を、制度の細かな計算技術としてではなく、経営者や実務担当者が判断の入口で押さえておくべき考え方として整理します。

目次

移転価格税制は「海外子会社との価格」を見直す制度

移転価格税制とは、簡単にいえば、国外関連者との取引価格が、資本関係のない第三者同士であれば成立したであろう価格と異なる場合に、その第三者間の価格に引き直して日本の所得を計算する制度です。

ここでいう第三者間の価格が、独立企業間価格です。

日本の親会社が海外子会社に商品を安く販売していれば、日本側の売上・利益は少なくなります。反対に、海外子会社から高く仕入れていれば、日本側の費用が増え、やはり利益は少なくなります。

その結果、日本で本来課税されるべき所得が海外へ移っていると見られる場合には、実際の取引価格ではなく、独立企業間価格で取引したものとして計算し直される、という仕組みです。

ここで押さえておきたいのは、移転価格税制は、意図的に利益を海外へ移した場合だけに適用される制度ではないということです。実務上は、会社に利益移転の意図がなかったとしても、結果として国外関連取引の価格が独立企業間価格と異なると判断されれば、課税リスクが生じ得ます。海外子会社への役務提供についても、対価が独立企業間価格に満たなければ、その満たない金額の収受があったものとして所得計算が行われる、という整理が実務上示されています。

つまり、移転価格税制は「税務署に見つかったら問題になる制度」ではありません。海外子会社と継続的に取引する会社が、毎期の価格設定、利益配分、資料保存を通じて日頃から管理しておくべき税務リスクなのです。

国外関連者とは何か

移転価格税制は、国外関連者との取引に適用されます。

国外関連者とは、代表的には、日本法人が一定の資本関係を有する外国法人をいいます。実務上は、直接または間接の持株関係に加え、実質的な支配関係、役員・資金・取引の依存関係なども確認する必要があります。

ここで大切なのは、「海外子会社」という言葉だけで判断してしまわないことです。

出資比率が明確な100%子会社であれば分かりやすいのですが、合弁会社、兄弟会社、間接保有会社、実質的に支配している会社、主要取引先と一体で運営されている会社などになると、形式的な株式保有割合だけでは判断しきれないことがあります。

海外取引を始めるときには、まず次の点を整理しておく必要があります。

  • 誰が株式を保有しているか
  • 直接保有か、間接保有か
  • 日本法人と海外法人の役員・経営陣は重なっているか
  • 取引条件を誰が決めているか
  • 資金調達や保証に依存関係があるか
  • 実質的に一方が他方を支配していないか

この判定を曖昧にしたまま価格設定だけを検討しても、移転価格リスクの全体像はつかめません。

独立企業間価格は「単なる市場価格」ではない

独立企業間価格というと、「市場価格」や「相場価格」を探せばよい、と考えてしまいがちです。

しかし、実務はそれほど単純ではありません。

同じ商品であっても、販売数量、販売地域、保証条件、在庫リスク、決済条件、通貨、契約期間、販売先、ブランド力、物流条件、返品条件、販売後サービスの有無などによって、価格は変わってきます。

さらに、商品そのものだけでなく、取引に関わる会社が果たしている機能や、負担しているリスクによっても、得るべき利益は異なります。

国税庁の租税特別措置法関係通達でも、独立企業間価格の算定方法を選定する際には、国外関連取引の内容、当事者が果たす機能、必要な情報の入手可能性、非関連者間取引との類似性、差異調整の信頼性などを勘案することが示されています。
出典:国税庁|第2款 独立企業間価格の算定方法の選定

つまり、独立企業間価格を求める作業は、単に「似た商品の価格」を探すことではありません。

どの会社が何をしているのか。どの会社がリスクを負っているのか。どの会社が重要な資産や無形資産を使っているのか。第三者であればその条件で取引するのか。比較できる取引はあるのか。比較できるとして、どの差異を調整すべきか。こうした点を積み上げたうえで判断していくものなのです。

移転価格で最初に見るべきは「価格」ではなく「役割」

海外子会社との価格設定で、最初に確認すべきなのは、価格そのものではありません。

まず見るべきなのは、親会社と海外子会社の役割です。

移転価格の実務では、よく「機能・リスク・資産」という言い方をします。英語では、Functions、Risks、Assetsの頭文字を取って、FAR分析と呼ばれることもあります。

ここで確認すべきなのは、次のような事項です。

機能

どの会社が、どの業務を実際に行っているかを見ます。

研究開発、製造、仕入、品質管理、物流、営業、マーケティング、価格交渉、在庫管理、与信管理、アフターサービス、経営管理などです。

たとえば、海外子会社が単なる販売窓口にすぎず、価格決定も主要顧客対応も日本の親会社が担っているのであれば、海外子会社に大きな利益が残る理由は説明しにくくなります。

一方で、海外子会社が現地で営業網を築き、顧客を開拓し、在庫を持ち、販売戦略を決めているのであれば、その機能に見合った利益が必要になります。

リスク

どの会社が、どのリスクを負っているかを確認します。

在庫リスク、為替リスク、信用リスク、製品保証リスク、市場リスク、開発失敗リスク、価格下落リスク、回収不能リスクなどです。

契約書の上では海外子会社が在庫リスクを負うことになっていても、実際には日本の親会社が売れ残りを買い戻しているのであれば、そのリスクを本当に海外子会社が負っているとは言いにくくなります。

リスクは、契約書に書けば移転するというものではありません。リスクを管理する能力、意思決定の権限、損失を負担する財務力、そして実際の損失負担の状況まで見られます。

資産

どの会社が、どの資産を使って利益を生み出しているかを確認します。

工場、設備、在庫、販売網、商標、ブランド、特許、ノウハウ、ソフトウェア、顧客リスト、データ、研究開発成果などです。

とりわけ重要なのが、無形資産です。海外子会社の利益が、日本の親会社の技術、ブランド、製造ノウハウ、営業ノウハウによって生まれているのであれば、海外子会社に利益が残るだけでよいのか、日本の親会社がロイヤルティや役務提供対価を受け取るべきではないのか、という論点が出てきます。

国税庁の移転価格事務運営要領でも、役務提供を調査する際には、無形資産を使用しているにもかかわらず、その部分が役務提供の対価に含まれていない場合があることに留意する、とされています。
出典:国税庁|第3章 調査|移転価格事務運営要領

利益率が低いこと自体が、直ちに否認を意味するわけではない

移転価格では、利益率が重要な入口になります。

日本の親会社の取引でも、海外子会社向けの分だけ利益率が低い。海外子会社には安定して利益が残っているのに、日本の親会社は低利益、あるいは赤字になっている。同種の第三者取引と比べて、国外関連取引の粗利率・営業利益率が低い。こうしたケースでは、税務調査で移転価格上の問題がないかどうかを確認されやすくなります。

国税庁の移転価格事務運営要領でも、国外関連取引を検討するにあたっては、同様の市場における類似の非関連者間取引の利益率等に比べて国外関連取引の利益率等が過少になっていないか、同種・類似の事業を営む非関連者の利益率等に比べて過少になっていないか、法人と国外関連者の機能・リスク等を勘案した結果として日本法人側の利益が相対的に過少になっていないか、といった点に配意するとされています。
出典:国税庁|第3章 調査|移転価格事務運営要領

ただし、利益率が低いからといって、直ちに移転価格税制上の問題があると決まるわけではありません。

新規市場の開拓のために一定期間だけ利益率が低い。市況の悪化で販売価格が下落した。品質問題や物流問題で一時的な損失が出た。為替変動の影響を受けた。海外子会社が販売機能を強化したため、以前より海外側に多くの利益が残るようになった。こうした事情があるのであれば、その理由、期間、意思決定の過程、契約上の根拠、第三者取引との比較可能性を説明できるようにしておく必要があります。

移転価格で本当に危険なのは、利益率が低いことそのものではありません。利益率が低い理由を、資料と事実に基づいて説明できないことです。

独立企業間価格の算定方法は「最も都合のよい方法」を選ぶものではない

独立企業間価格の算定方法には、いくつかの方法があります。

典型的には、比較対象取引の価格を直接比較する方法、再販売価格から逆算する方法、原価に適正な利益を加算する方法、取引単位営業利益法、利益分割法などが検討されます。さらに、無形資産が絡む取引では、評価方法や将来予測の合理性が問題になることもあります。

ここで大切なのは、どの方法が会社にとって有利かではなく、どの方法がその取引に最も適しているか、という視点です。

国税庁の通達でも、最も適切な方法を選定するにあたっては、算定方法の長所・短所、国外関連取引の内容と当事者が果たす機能等への適合性、必要な情報の入手可能性、非関連者間取引との類似性などを考慮することが示されています。
出典:国税庁|第2款 独立企業間価格の算定方法の選定

たとえば、同じ商品を第三者にも販売しており、取引条件も近いのであれば、その価格は比較対象として有力になります。

一方で、第三者取引が存在しない場合や、商品・機能・リスク・市場条件が大きく異なる場合には、単純な価格比較は難しくなります。その場合には、利益率を使った方法や、機能分析に基づく方法を検討することになります。

「この方法なら税額が少なくなる」という理由だけで算定方法を選んでしまうと、調査時に説明が崩れます。算定方法をなぜ選んだのか、その理由そのものが、文書化すべき論点になるのです。

比較対象取引は、見つければよいのではなく、比較できるかが問われる

移転価格でよく問題になるのが、比較対象取引です。

独立企業間価格を算定するには、国外関連取引と比較できる非関連者間取引を探す必要があります。しかし実務では、まったく同じ取引を見つけることは、そう簡単ではありません。

比較対象を検討するときには、次のような点を確認します。

  • 商品や役務の内容は類似しているか
  • 市場や地域は比較できるか
  • 取引数量や取引段階は近いか
  • 販売会社、製造会社、受託会社などの機能は近いか
  • 在庫リスク、信用リスク、為替リスクなどの負担は近いか
  • 契約条件、決済条件、保証条件は近いか
  • 無形資産の使用状況に差がないか
  • 会計基準や財務データの取得可能性に問題がないか
  • 差異がある場合、信頼できる調整が可能か

国税庁の移転価格文書化制度FAQでも、比較対象取引を選定する際には、企業情報データベース、上場企業の有価証券報告書、同業者団体の名簿、産業分析レポートなどを活用する方法があるとされています。
出典:国税庁|移転価格税制に係る文書化制度(FAQ)(令和6年6月)

ここで避けたいのは、比較対象らしいものを形式的に並べるだけの対応です。

比較対象取引は、数が多ければよいというものではありません。比較可能性の低い取引をいくら集めても、価格設定の根拠にはなりません。それよりも、なぜその取引を比較対象として選び、なぜ他の取引を除外したのかを説明できることのほうが重要です。

価格改定は、税務調査で見られやすい

海外子会社との取引価格を、期中や期末に改定することは、実務上珍しくありません。

原材料価格が変動した。為替が大きく動いた。市況が変わった。海外子会社の機能が変化した。契約条件が変更された。想定外のコストが発生した。こうした合理的な理由がある価格改定であれば、税務上も説明の余地があります。

一方で、次のような価格改定には注意が必要です。

  • 海外子会社の利益を一定額にするためだけの改定
  • 日本の親会社の利益を調整するための改定
  • 期末になってから根拠なく一括で調整する処理
  • 契約書にないリベートや補填を後から計上する処理
  • 赤字子会社を救済する目的が社内資料に明確に残っている処理
  • 第三者間では通常行わない条件変更

税務調査では、契約書だけでなく、価格改定の稟議書、会議資料、予算資料、メール、海外子会社とのやり取りまで確認されることがあります。海外子会社との取引価格については、一義的には移転価格税制の対象として独立企業間価格との比較検討が行われますが、贈与や経済的利益の供与と評価される事実が認定される場合には、国外関連者に対する寄附金課税が問題になり得ます。

また、税務調査では、メールが取引の背景や意思決定の過程を示す資料として重視されることがあります。実務上も、メールは現場で作成された生の資料として信ぴょう性が高いものと扱われやすく、価格改定の趣旨を示す資料になり得ます。

価格改定を行うのであれば、少なくとも次の点は整理しておくべきです。

  • 改定前の価格設定方法
  • 改定が必要になった事業上の理由
  • 改定時期
  • 改定後の価格算定方法
  • 第三者間取引で同様の改定が行われるか
  • 契約上の根拠
  • 役員会、稟議、メール等の意思決定記録
  • 改定が特定会社の利益補填になっていないか

価格改定は、節税のための利益調整ではなく、取引条件の変化に応じた価格管理として説明できることが大切です。

移転価格税制と国外関連者寄附金は分けて考える

海外子会社との取引では、移転価格税制と国外関連者寄附金の区別が重要になります。

移転価格税制は、取引価格を独立企業間価格に引き直す制度です。

一方、国外関連者寄附金は、海外子会社に対して無償または実質的に無償で経済的利益を供与したと評価される場合に問題になります。

たとえば、海外子会社に対して本来請求すべき役務提供料を請求していない。海外子会社の赤字を補填するために売価を下げた。海外子会社の費用を日本の親会社が負担した。貸付金について利息を取っていない。保証料を取らずに債務保証をしている。これらは、事案によって移転価格の問題にも、寄附金の問題にもなり得ます。

実務上は、海外関係会社との取引については基本的に移転価格税制が検討されるものの、贈与と同視できる事実関係が認められる場合には国外関連者寄附金課税が問題になる、という切り分けが重要です。海外子会社への出張・出向、役務提供、ノウハウの供与などについても、対価の有無と内容を整理しておく必要があります。

ここで大切なのは、税務上の名前の問題ではありません。

日本の親会社が海外子会社のために経済的価値を提供しているのであれば、なぜ無償なのか、なぜその対価なのか、第三者なら同じ条件で行うのか、こうした点を説明できなければならない、ということです。

役務提供は「親会社がやっているから当然無償」とはならない

海外子会社を管理していると、日本の親会社がさまざまな支援を行う場面が出てきます。

経営管理、財務管理、会計・税務・法務の支援、ITシステム管理、営業支援、技術支援、購買支援、人材教育、品質管理、物流支援などです。

これらの活動が、海外子会社にとって経済的または商業的な価値を有する場合には、役務提供の対価を収受すべきかどうかを検討する必要があります。

国税庁の移転価格事務運営要領でも、法人が行う経営、技術、財務、営業上の活動等が国外関連者に対する役務提供に該当するかどうかは、その活動が国外関連者にとって経済的または商業的な価値を有するかどうかによって判断するとされています。具体的には、その活動がなければ国外関連者が自ら同様の活動を行う必要があるか、あるいは非関連者から同様の活動を受けた場合に対価を支払うかどうかで判断する、という考え方が示されています。
出典:国税庁|第3章 調査|移転価格事務運営要領

一方で、親会社の活動のすべてが役務提供になるわけではありません。

たとえば、親会社自身の株主対応、親会社の上場維持、親会社の組織運営など、親会社の株主または出資者としての地位に基づく活動は、海外子会社への役務提供とは分けて考えます。また、海外子会社が自ら行っている活動と重複しており、追加的な価値を与えていない活動も、役務提供に該当しない場合があります。国税庁の事務運営要領でも、重複する活動や親会社の株主としての活動については、役務提供該当性を慎重に判断する取扱いが示されています。
出典:国税庁|第3章 調査|移転価格事務運営要領

したがって、役務提供については、次の順番で整理していく必要があります。

  1. その活動は海外子会社のためのものか
  2. 海外子会社に経済的・商業的な価値があるか
  3. 第三者なら対価を支払うか
  4. 親会社自身の株主活動ではないか
  5. 海外子会社の活動と重複していないか
  6. 無形資産の使用が含まれていないか
  7. 対価をどのように算定するか
  8. 契約書、作業記録、工数、配賦基準を残しているか

海外子会社への技術サポートについては、特別な無形資産の供与がない一般的な役務提供であっても、対価を収受していない場合には、総原価などを基礎に独立企業間価格を算定し、税務上その金額の収受があったものとして扱う、という整理が実務上示されています。

貸付金・利息・保証料も移転価格の対象になる

移転価格というと、商品売買やロイヤルティを思い浮かべる方が多いかもしれません。

しかし、海外子会社への資金貸付け、グループ内融資、債務保証、資金集中管理なども、重要な論点です。

日本の親会社が海外子会社へ貸付けを行う場合には、第三者であればどのような利率で貸すのかを考える必要があります。通貨、貸付期間、担保、返済条件、信用力、国リスク、資金の使途、劣後性などによって、利率は変わってきます。

海外子会社から受け取る利息が独立企業間価格を下回る場合には、その差額について所得計算上の調整が行われる可能性があります。実務資料でも、海外子会社への金銭貸付けについては、通貨、時期、期間その他の条件が同じ第三者間の貸付けで付されたであろう利率で計算した利息の金額が、独立企業間価格として検討されることが示されています。

保証料も同様です。

日本の親会社が海外子会社の借入について保証を行っている場合、その保証によって海外子会社の資金調達条件が改善しているのであれば、第三者であれば保証料を支払うかどうかを検討する必要があります。

資金取引は、商品取引よりも見落とされやすい一方で、金額が大きくなりやすい領域です。海外子会社への資金支援を行うときには、金融機関からの借入、増資、貸付、保証、債務免除のどれを選ぶかによって、税務・会計・資金繰り・現地規制のいずれもが変わってきます。

文書化は「大企業だけの義務」ではない

移転価格では、文書化が非常に重要です。

一定規模以上の国外関連取引については、ローカルファイルの同時文書化義務があります。国税庁のローカルファイル例示集では、一の国外関連者との取引について、前事業年度の国外関連取引の合計金額が50億円以上、または無形資産取引の合計金額が3億円以上である法人は、その国外関連者との取引について、確定申告書の提出期限までにローカルファイルを作成または取得し、保存する義務があると説明されています。
出典:国税庁|独立企業間価格を算定するために必要と認められる書類(ローカルファイル)作成に当たっての例示集

ただし、この基準に達していなければ何も準備しなくてよい、という意味ではありません。

税務調査では、独立企業間価格を算定するために重要と認められる書類の提示や提出を求められることがあります。国税庁のFAQでも、ローカルファイルについては、調査で提示または提出を求められた日から45日を超えない範囲内で指定される日までに提出する必要があり、独立企業間価格を算定するために重要と認められる書類については60日を超えない範囲内で指定される日までとされています。期限までに提示または提出がない場合には、推定課税や同業者調査が行われ得ることも示されています。
出典:国税庁|移転価格税制に係る文書化制度(FAQ)(令和6年6月)

つまり、文書化義務が形式的にあるかないかにかかわらず、海外子会社との重要な取引については、日頃から価格設定の根拠を残しておく必要があるということです。

とりわけ中堅・中小企業では、海外子会社との取引価格を、社長や一部の担当者の感覚で決めていることがあります。この場合、税務調査のときに「なぜその価格なのか」を説明できず、過去数年分の資料を短期間で集めることになりがちです。

移転価格の資料は、調査が来てから作るものではありません。価格を決めるその時点で、同時に残しておくものです。

ローカルファイルで重要なのは、きれいな資料よりも判断過程

ローカルファイルというと、専門的で分厚いレポートを想像される方もいるかもしれません。

もちろん、取引規模が大きい場合や無形資産が絡む場合には、専門的な分析が必要になります。しかし、移転価格で本当に重要なのは、形式的に整った資料ではなく、価格設定の判断過程を後から追えることです。

最低限、次のような情報は整理しておくべきです。

  • グループ全体の事業内容
  • 日本の親会社と海外子会社の資本関係
  • 国外関連取引の内容
  • 商品、役務、無形資産、金融取引の区分
  • 取引金額
  • 契約書
  • 価格決定ルール
  • 価格改定の履歴
  • 各社の機能・リスク・資産
  • 各社の損益
  • 比較対象取引の有無
  • 採用した算定方法
  • 採用しなかった算定方法とその理由
  • 為替、市況、原材料価格などの外部要因
  • 稟議書、会議資料、メール、予算資料
  • 現地の税務申告書、財務諸表

国税庁のローカルファイル例示集でも、取引の内容、規模、重要性等によって、実際に必要とされるローカルファイルの内容は異なること、日本語以外の言語で作成されている場合には、必要に応じて日本語訳を求めることがあることが示されています。
出典:国税庁|独立企業間価格を算定するために必要と認められる書類(ローカルファイル)作成に当たっての例示集

ここで注意しておきたいのは、後から整えた資料だけでは、説得力に限界があるということです。

実際に価格を決めたときの稟議、会議、メール、予算、見積、価格表、契約交渉資料が残っていれば、判断の過程を説明しやすくなります。反対に、調査後に作成した資料しか手元にない場合には、その価格が当時どのような前提で決められたのかを説明しにくくなってしまいます。

簡素化・合理化アプローチにも注意が必要

近年、移転価格の分野では、基礎的なマーケティング・販売活動を行う販売会社に関する簡素化・合理化アプローチ、いわゆる「利益B」をめぐる国際的な動きがあります。

国税庁は、令和7年6月に「移転価格税制の適用に係る簡素化・合理化アプローチに関するFAQ」を公表しています。同FAQでは、OECD/G20のBEPS包摂的枠組みにおいて、基礎的なマーケティング・販売活動を行う販売会社の一定の取引について移転価格税制の適用を簡素化・合理化するアプローチが合意され、実施国・地域では令和7年1月1日以後に開始する事業年度から適用できること、また、日本は当面の間このアプローチを実施しないものの、海外子会社等の所在国で実施される可能性があるため、日本の税務上の取扱いをFAQとして整理したことが示されています。
出典:国税庁|移転価格税制の適用に係る簡素化・合理化アプローチに関するFAQ(令和7年6月)

この点は、海外販売子会社を持つ企業にとって重要です。

日本では当面実施しないとしても、海外子会社の所在国が導入する場合には、現地側の税務申告や税務調査で影響が出る可能性があります。日本側の移転価格ポリシーと現地側の取扱いがずれてしまうと、二重課税や調整対応が必要になることも考えられます。

海外子会社の価格設定は、日本の税法だけで完結するものではありません。日本側と現地側の両方で説明できることが必要になります。

移転価格調査では、形式ではなく取引実態が見られる

移転価格調査では、契約書があるかどうかだけでなく、契約書どおりに取引が行われているかが確認されます。

国税庁の移転価格事務運営要領でも、調査にあたっては、形式的な検討に陥ることなく、個々の取引の実態に即した検討を行うことが示されています。また、国外関連取引以外に選ぶことのできる合理的な他の選択肢と比べて、その取引条件が事業目的に照らして明らかに不利になっていないかにも配意することとされています。
出典:国税庁|第3章 調査|移転価格事務運営要領

さらに同要領では、厳しい価格交渉で決まったという事実、第三者が交渉に関与したという事実、契約当事者に法人や国外関連者以外の者が含まれているという事実、これらのみでは、非関連者間取引と同様の条件で行われた根拠にはならないことが明記されています。
出典:国税庁|第3章 調査|移転価格事務運営要領

これは非常に重要な点です。

「契約書があります」「海外子会社と交渉しました」「現地側も同意しています」「グループとして必要な価格でした」──こうした説明だけでは足りません。

第三者であればその条件を受け入れるのか。日本法人にとって合理的な他の選択肢と比べて不利ではないのか。価格交渉の実態はあるのか。海外子会社が本当にリスクを負っているのか。親会社が実質的に損失を補填していないか。そこまで問われるのが、移転価格の世界です。

移転価格を「節税策」として使うことの危うさ

海外子会社を活用して税負担を最適化すること自体が、直ちに問題になるわけではありません。

海外進出には、現地市場の開拓、製造拠点の確保、人材の採用、物流の効率化、現地規制への対応、販売網の構築など、さまざまな事業上の目的があります。その結果として、国ごとの税率差や制度差を踏まえた税務効率が生じることもあります。

しかし、移転価格を「税額を調整するための道具」として使う発想は危険です。

海外子会社に利益を残したいから販売価格を下げる。日本の利益を抑えたいからロイヤルティを請求しない。海外子会社を赤字にしたくないから原価を親会社が負担する。現地の税率が低いから海外側のマージンを厚くする。こうした発想では、取引の実態ではなく、税額から価格を逆算することになってしまいます。

本来の順番は、逆です。

まず、事業の実態を確認する。次に、各社の機能・リスク・資産を整理する。そのうえで、第三者ならどのような価格・利益配分になるかを検討する。そして最後に、日本と海外にどの程度の利益が帰属するかを見る。

移転価格は、税額を先に決める制度ではありません。実態に応じて所得を配分する制度です。

実務で最初に整えるべき移転価格管理

海外子会社との取引がある会社は、いきなり大部の移転価格レポートを作る前に、まず次の管理を整えることをおすすめします。

1. 取引一覧を作る

海外子会社とのすべての取引を、一覧にします。

商品売買、原材料売買、製造委託、役務提供、ロイヤルティ、貸付金、利息、保証料、出向者給与、立替金、経費負担、システム利用料、広告宣伝費、研究開発費負担などです。

取引一覧がなければ、どこに移転価格リスクがあるのかを把握できません。

2. 取引ごとに契約書を確認する

契約書があるか、そして契約書の内容が実態と合っているかを確認します。

取引開始時に作った契約書が、その後の実態と合わなくなっていることは珍しくありません。価格改定、取引範囲の変更、役務内容の追加、決済条件の変更などがあった場合には、契約書や覚書に反映されているかを確認します。

3. 損益を取引単位・会社単位で把握する

海外子会社との取引が、日本の親会社のどの事業・どの部門の損益に影響しているかを把握します。

移転価格では、取引単位の利益率、製品別の利益率、地域別の利益率、子会社別の利益率が重要になります。会計上の管理区分が粗いと、税務上の説明が難しくなります。

4. 機能・リスク・資産を言語化する

日本の親会社と海外子会社が、それぞれ何をしているのかを、文章で整理します。

誰が販売戦略を決めるのか。誰が在庫を持つのか。誰が信用リスクを負うのか。誰が技術を持つのか。誰が顧客対応を行うのか。ここを説明できなければ、利益配分の根拠も説明できません。

5. 価格決定ルールを明確にする

取引価格をどのように決めているかを、明確にします。

原価に一定のマージンを加算するのか。第三者への販売価格から一定の利益を控除するのか。市場価格を参照するのか。予算利益率を基礎にするのか。期末に調整するのか。ルールのない価格設定は、調査時に説明しにくくなります。

6. 価格改定の理由を残す

価格を変更した場合には、その理由を残します。

為替、原材料価格、物流費、市況、製品ライフサイクル、販売機能の変更、リスク負担の変更など、事業上の理由を資料化します。価格改定の理由が「利益調整」に見えてしまうと、税務リスクが高まります。

7. 調査時に出せる資料を保管する

契約書、請求書、価格表、稟議書、メール、会議資料、予算、実績管理資料、財務諸表、現地申告書、送金記録を保管します。

移転価格の説明は、口頭だけでは足りません。資料で追える状態にしておくことが重要です。

移転価格を考えるうえでの相談前チェック

海外子会社との取引価格について専門家に相談する前に、次の事項を整理しておくと、論点が明確になります。

  • 海外子会社との資本関係
  • 海外子会社の所在地国
  • 取引の種類
  • 取引金額
  • 取引開始時期
  • 契約書の有無
  • 価格決定方法
  • 過去の価格改定履歴
  • 日本の親会社と海外子会社の損益
  • 海外子会社の機能
  • 海外子会社が負っているリスク
  • 日本の親会社が保有する無形資産
  • 海外子会社が使用している無形資産
  • 第三者取引の有無
  • 現地の税務調査の有無
  • ローカルファイル作成義務の有無
  • 過去に税務署から指摘された事項
  • 今後の事業方針、配当方針、再編方針

この整理を行うだけでも、「価格が高いか安いか」ではなく、「どの取引が問題になりやすいか」「どの資料が足りないか」「どの判断を専門家と確認すべきか」が見えてきます。

まとめ

移転価格税制は、海外子会社との価格設定を通じて、所得が国外へ移転していないかを確認する制度です。

しかし、その本質は、単に価格を直すことにあるのではありません。日本の親会社と海外子会社が、それぞれどの機能を担い、どのリスクを負い、どの資産を使い、どのように利益を生み出しているのかを整理し、その実態に応じて所得を配分することにあります。

海外子会社との取引価格を、節税目的で調整する発想は危険です。

正しい移転価格対応とは、事業の実態に即した価格設定を行い、その判断過程を資料として残し、税務調査で説明できる状態を作っておくことです。

移転価格の検討は、税務申告だけの問題ではありません。海外子会社管理、経営管理、資金繰り、契約管理、事業計画、M&A、事業承継にも影響します。海外取引が継続的に発生している会社では、早い段階で価格設定ルールと資料保存の体制を整えておくことが、将来の税務リスクを抑えるうえで大切です。

重要ポイントの振り返り

論点確認すべきこと誤った判断になりやすい考え方
移転価格税制国外関連者との取引価格が独立企業間価格と整合しているかグループ内だから価格は自由に決められる
独立企業間価格機能、リスク、資産、比較対象、算定方法を踏まえて判断する市場価格や相場だけを見れば足りる
機能分析親会社と海外子会社がそれぞれ何をしているか契約書に書いてある役割だけで判断する
リスク分析在庫、為替、信用、保証、開発失敗などを誰が負担しているか契約書上リスクを移せば十分と考える
無形資産技術、ブランド、ノウハウ、顧客基盤の所在と使用状況目に見えない資産だから対価は不要と考える
価格改定事業上の理由、契約根拠、意思決定過程、資料保存期末利益を見て価格を調整する
役務提供海外子会社に経済的・商業的価値がある活動か親会社の管理だから無償で当然と考える
貸付・保証利率、信用力、通貨、期間、担保、保証料を検討するグループ支援だから低利・無償でよいと考える
文書化ローカルファイル、契約書、稟議、メール、財務資料を整える調査が来てから資料を作ればよい
税務調査形式ではなく取引実態、合理的な選択肢、利益配分が見られる契約書があれば十分と考える

海外子会社との取引価格に不安がある場合、まず確認すべきなのは「いくらなら税金が少なくなるか」ではありません。その価格が、機能・リスク・資産・比較対象・資料の面から説明できるかどうかです。

犬飼公認会計士・税理士事務所では、海外子会社との取引、移転価格、役務提供、貸付金、ロイヤルティ、文書化対応について、税額だけでなく、取引実態・資料整備・税務調査リスクまで含めた論点整理を重視しています。海外取引の価格設定や移転価格リスクを一度整理したいとお考えの場合は、お問い合わせページからご相談ください。

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