移転価格文書化・ローカルファイルで何を残すべきか

海外子会社との取引について「移転価格文書化」や「ローカルファイル」という言葉を聞くと、税務調査が来たときに提出する専門的なレポート、といったものを思い浮かべる方が多いかもしれません。

けれども、移転価格文書化の本質は、調査対応用の分厚い資料をそろえることではありません。

日本の親会社と海外子会社との間で、なぜその価格で取引したのか。なぜ日本側にその利益が残り、海外側にはその利益が残ったのか。どの会社が機能を担い、どの会社がリスクを負い、どの会社が資産や無形資産を使っていたのか。

その判断を、取引当時の資料で後から説明できるかどうか。ここを整えておくことこそが、移転価格文書化の中心にあります。

海外子会社を活用した税負担の最適化は、事業実態に基づく利益配分であれば、経営判断のひとつとして検討する余地があります。一方で、税率差だけを見て利益を海外へ移そうとする発想や、期末の利益を見てから価格を後づけで調整する発想は、移転価格税制、国外関連者寄附金、国際税務調査のリスクへと直結していきます。

本記事では、移転価格文書化とローカルファイルについて、「何を残すべきか」「どの順番で整理すべきか」「どこが税務調査で問題になりやすいか」を、実務判断の観点から整理していきます。

目次

ローカルファイルは「価格設定の説明書」である

ローカルファイルは、単なる制度対応のための書類ではありません。

本来の役割は、日本法人と国外関連者との取引について、独立企業間価格をどう考え、どのような根拠でその取引価格を設定したのかを説明することにあります。

移転価格税制とは、国外関連者との取引価格が独立企業間価格と異なる場合に、その取引が独立企業間価格で行われたものとみなして所得を計算する制度です。海外子会社への資産販売、仕入、役務提供、ロイヤルティ、貸付利息、保証料などは、いずれも問題になり得ます。国際取引をめぐる否認類型としても、国外関連者寄附金、移転価格税制、外国子会社合算税制が主要な論点として整理されています。

ここで押さえておきたいのは、ローカルファイルは「結論を飾るための資料」ではない、ということです。

価格を先に決め、後から都合のよい理由を探すのではありません。取引実態、機能、リスク、資産、比較対象、利益水準を踏まえて価格を決め、その判断の過程を資料として残していく。この積み重ねがローカルファイルにほかなりません。

税務調査で問われるのは、「レポートがあるか」だけではありません。そのレポートの内容が、契約書、請求書、稟議書、予算資料、社内メール、会議資料、損益データ、そして現地法人の実態と整合しているかどうかが見られます。

ですから、移転価格文書化は税務部門だけで完結する作業ではなく、経営管理、海外事業管理、経理、法務、営業、製造、財務が関わる管理体制そのものだと言えます。

移転価格文書化制度の全体像

移転価格文書化制度では、大きく分けて次の3つの文書が問題になります。

1つ目が、ローカルファイルです。個別法人における国外関連取引について、独立企業間価格の算定根拠を整理する資料であり、本記事の中心もここにあります。

2つ目が、マスターファイルです。日本の制度上は「事業概況報告事項」と呼ばれるもので、多国籍企業グループ全体の組織構造、事業概要、無形資産、グループ内金融、財務・税務状況などを概観する資料です。

3つ目が、国別報告事項、いわゆるCbCRです。国・地域ごとの収入、税引前利益、納付税額、従業員数、資本、利益剰余金、有形資産などを一覧化し、多国籍企業グループ全体の所得配分を把握するための資料になります。

国税庁のFAQでも、BEPSプロジェクトを踏まえ、ローカルファイル、マスターファイル、国別報告書という3種類の文書化が整理されています。出典:国税庁|移転価格税制に係る文書化制度(FAQ)(令和6年6月)

この3つは、それぞれ役割が異なります。

ローカルファイルは、個別取引の価格設定を説明する資料です。マスターファイルは、グループ全体の事業と価値創造の構造を示す資料です。そして国別報告事項は、国・地域ごとの利益配分の全体像を示す資料です。

海外子会社との取引がある中堅企業では、マスターファイルや国別報告事項の提出義務までは及ばないこともあります。ただ、その場合でも、マスターファイル的な視点、つまり「グループ全体でどこに機能・リスク・無形資産があるのか」という整理は、ローカルファイルを作るうえで欠かせません。

ローカルファイルの同時文書化義務と金額基準

ローカルファイルについては、一定規模以上の国外関連取引がある場合、確定申告書の提出期限までに作成または取得し、保存しておくことが求められます。これがいわゆる同時文書化義務です。

国税庁FAQでは、一の国外関連者との間の前事業年度の取引金額が50億円以上、または無形資産取引金額が3億円以上である場合に、同時文書化義務の対象になると説明されています。また、ローカルファイルは原則として法人税の確定申告書の提出期限までに作成または取得し、原則7年間保存する必要があります。欠損金が生じた事業年度など一定の場合には、より長い保存期間が問題になります。出典:国税庁|移転価格税制に係る文書化制度(FAQ)(令和6年6月)

一方、国別報告事項とマスターファイルについては、一定規模以上の多国籍企業グループが対象です。国税庁は、直前の会計年度の連結総収入金額が1,000億円以上である多国籍企業グループについて、最終親会社等が国別報告事項と事業概況報告事項を、最終親会計年度終了の日の翌日から1年以内にe-Taxで提供する必要があるとしています。出典:国税庁|国税庁レポート2024 国際課税への取組

ただし、ここで誤解してはならない点があります。

金額基準に満たないからといって、移転価格税制が適用されないわけではありません。免除されるのはあくまで同時文書化義務であって、国外関連取引が独立企業間価格と異なるのであれば、移転価格税制上の問題は生じ得ます。

同時文書化義務の有無は、「いつまでにローカルファイルを作っておくべきか」という問題です。これに対して移転価格税制の適用可能性は、「その取引価格が独立企業間価格と整合しているか」という問題です。

この2つを混同すると、「規模が小さいから資料はいらない」という危うい判断につながってしまいます。

同時文書化義務がなくても、資料提出は求められる

ローカルファイルの金額基準に該当しない場合であっても、税務調査で資料の提示・提出を求められることがあります。

国税庁FAQでは、同時文書化義務があるローカルファイルについては、調査官から提示または提出を求められた日から45日を超えない範囲内で指定される日までに提出する必要があるとされています。また、独立企業間価格を算定するために重要と認められる書類については、求められた日から60日を超えない範囲内で指定される日までに提出する必要があるとされています。期限までに提示または提出がない場合には、推定課税や同業者調査が行われ得ることも示されています。出典:国税庁|移転価格税制に係る文書化制度(FAQ)(令和6年6月)

さらにFAQでは、同時文書化義務がある取引と、同時文書化義務が免除される取引とで、税務調査において提示または提出を求められる資料の範囲が異なるわけではないことも示されています。出典:国税庁|移転価格税制に係る文書化制度(FAQ)(令和6年6月)

つまり、同時文書化義務がない会社であっても、調査の場面では相応の資料が必要になるということです。

この点は、中堅・中小企業にとって特に重要です。海外子会社との取引金額が50億円未満であっても、無償の技術支援、低利貸付、保証料の不収受、ロイヤルティの未収、出向者人件費の親会社負担、期末の価格調整などがあれば、税務調査で論点になります。

実務上も、海外子会社への役務提供対価の不収受、無利息または低利の資金貸付け、取引価格の操作、出向者人件費の親会社負担などは、国際取引の否認事例として問題になりやすい領域です。

「義務があるかどうか」ではなく、「説明が必要になるかどうか」で考えておくべきなのです。

ローカルファイルで残すべき資料1:資本関係とグループ構造

まず整理すべきなのは、そもそも国外関連者に該当するかどうかです。

そのためには、日本の親会社、海外子会社、兄弟会社、持株会社、合弁会社、間接保有会社まで含めた資本関係図が必要になります。出資比率、議決権比率、間接保有関係、役員兼任、実質的支配関係、主要取引関係などを、はっきりさせておきます。

単なる組織図だけでは足りません。

税務上の関連者判定では、形式的な出資比率だけでなく、実質的な支配関係が問題になることがあります。とりわけ、合弁会社、地域統括会社、海外持株会社、現地パートナーが関与する会社では、資本関係と実際の意思決定構造がずれているケースが少なくありません。

残しておきたい資料は、たとえば次のようなものです。

  • グループ資本関係図
  • 議決権保有関係の一覧
  • 海外子会社の会社案内
  • 現地法人の登記情報、定款、株主名簿
  • 役員構成、兼任状況
  • 組織図、部門別人員表
  • グループ内の取引関係図
  • 地域統括会社や持株会社の役割説明資料

国税庁のローカルファイル例示集でも、資本関係図、会社案内、組織図、国外関連取引の流れ図などが例示されています。出典:国税庁|独立企業間価格を算定するために必要と認められる書類(ローカルファイル)作成に当たっての例示集

ここでの目的は、単に関連会社を一覧化することではありません。

どの会社がグループ内でどの役割を担っているのか。日本側と海外側の利益配分を考える前提として、グループの構造そのものを説明できる状態にしておくことにあります。

ローカルファイルで残すべき資料2:国外関連取引の一覧

次に、海外子会社との取引をすべて棚卸しします。

移転価格というと、どうしても製品販売価格ばかりに目が向きがちです。しかし実務で問題になるのは、むしろ「見落とされていた取引」のほうです。

たとえば、次のような取引です。

  • 製品、部品、原材料の販売
  • 製品、部品、原材料の仕入
  • 製造委託、加工委託
  • 技術支援、品質管理支援
  • 経営管理、会計、税務、法務、IT、人事などの役務提供
  • 商標、特許、ノウハウ、ソフトウェアの使用許諾
  • ロイヤルティ
  • 貸付金、借入金、利息
  • 債務保証、保証料
  • 出向者給与、給与較差補填金
  • 立替金、経費配賦
  • 広告宣伝費、展示会費用、研究開発費の負担
  • 在庫補償、返品、価格補填、リベート
  • 期末調整金、補償調整

取引一覧では、相手先、取引種類、取引金額、通貨、決済条件、契約書の有無、価格決定方法、税務上の論点を整理していきます。

とりわけ注意したいのは、「会計上は雑費」「立替金」「本社費」「経営指導料」「業務委託費」といった、曖昧な科目で処理されている取引です。勘定科目が曖昧な取引ほど、税務調査では実態を確認されやすくなります。

ローカルファイルの入口は、価格分析ではありません。取引の棚卸しです。

取引を漏らしたまま文書化を進めると、資料としては整っていても、実務上はかえって危うくなります。税務調査で問題になるのは、作成したレポートに書かれていない取引であることが少なくないからです。

ローカルファイルで残すべき資料3:契約書と実態資料

国外関連取引については、契約書が重要な意味を持ちます。

ただし、契約書があるだけでは十分ではありません。契約書の内容と実際の取引が一致していることが、あわせて求められます。

契約書では、取引対象、価格決定方法、役務内容、リスク負担、在庫責任、保証責任、知的財産の使用範囲、決済条件、価格改定条項、期間、解除条件などを確認します。

残しておきたい資料は、たとえば次のようなものです。

  • 売買契約書
  • 製造委託契約書
  • 業務委託契約書
  • 技術支援契約書
  • ライセンス契約書
  • 金銭消費貸借契約書
  • 保証契約書
  • 出向契約書、出向覚書
  • 価格改定覚書
  • 請求書、インボイス
  • 船荷証券、輸出入書類
  • 納品書、検収記録
  • 送金記録
  • サービス提供報告書
  • 作業日報、出張報告書
  • システム利用記録、工数記録

契約書と実態がずれている場合には、契約書を作り直すことも必要になります。

たとえば、契約書上は海外子会社が在庫リスクを負うとされているのに、実際には日本の親会社が売れ残りを買い戻している。契約書上は海外子会社が販売価格を決定するとされているのに、実際には日本の親会社が価格を決めている。契約書上はロイヤルティを収受することになっているのに、長期間請求していない。

こうした状態では、契約書は防御のための資料どころか、むしろ実態との不一致を示す資料になりかねません。

ローカルファイルで残すべき資料4:機能・リスク・資産分析

移転価格文書化の中心にあるのが、機能・リスク・資産分析です。

誰が何をしているのか。誰がどのリスクを負っているのか。誰がどの資産を使って利益を生み出しているのか。

この3つを整理しないまま、利益率や価格だけを説明しても、説得力は弱いままです。

機能については、研究開発、設計、製造、品質管理、購買、物流、在庫管理、営業、マーケティング、価格交渉、与信管理、顧客対応、アフターサービス、経営管理などを確認します。

リスクについては、在庫リスク、信用リスク、為替リスク、市場リスク、製品保証リスク、開発失敗リスク、品質不良リスク、価格下落リスクなどを確認します。

資産については、工場、設備、在庫、販売網、商標、特許、ノウハウ、ソフトウェア、顧客リスト、データ、ブランドなどを確認します。

ここで大切なのは、契約書上の負担と実際の負担を分けて考えることです。

リスクは、契約書に書けば移転するというものではありません。そのリスクを管理する意思決定権限があるか、損失を負担する財務力があるか、実際に損失が発生したときに誰が負担しているか。この点が問われます。

たとえば、海外の販売子会社が販売リスクを負うとされていても、販売価格、販売先、値引き、返品対応をすべて日本の親会社が決めているのであれば、海外子会社に高い利益が残る理由を説明するのは難しくなります。

機能・リスク・資産分析では、単なるチェック表ではなく、各社の役割を文章で説明できることが重要です。税務調査で機能・リスクに関する資料が十分でないと判断された場合には、より詳細な資料の提示・提出を求められることがあります。出典:国税庁|移転価格税制に係る文書化制度(FAQ)(令和6年6月)

ローカルファイルで残すべき資料5:無形資産の所在と利用状況

海外子会社との取引では、無形資産の扱いが大きな論点になります。

無形資産とは、特許や商標だけを指すものではありません。製造ノウハウ、設計技術、品質管理ノウハウ、販売ノウハウ、ブランド、ソフトウェア、データ、顧客基盤、現地販売網なども、ここに含まれてきます。

たとえば、海外子会社が高い利益率を確保している理由が、日本の親会社の技術やブランドにあるのなら、日本の親会社がロイヤルティや技術支援料を収受すべきではないか、という論点が生じます。

逆に、海外子会社が現地で長年マーケティングを行い、販売網や顧客基盤を築いてきたのであれば、海外子会社の側にも一定の無形資産的な価値があると考える余地が生まれます。

残しておきたい資料は、たとえば次のようなものです。

  • 特許、商標、著作権、ソフトウェアの権利一覧
  • 研究開発体制の説明資料
  • 開発費の負担関係
  • 技術支援の内容
  • ブランド使用の状況
  • ライセンス契約書
  • ロイヤルティ率の設定根拠
  • 現地販売網や顧客基盤の形成経緯
  • 無形資産の維持、改良、保護、活用に関する意思決定資料

無形資産が絡む取引では、形式的な価格比較が難しくなります。だからこそ、「誰が価値を作ったのか」「誰が費用を負担したのか」「誰がリスクを負ったのか」を、取引開始の時点から継続して記録しておくことが大切になります。

ローカルファイルで残すべき資料6:価格設定ルールと価格改定の履歴

ローカルファイルには、取引価格をどのように決めたのかを残しておく必要があります。

ここでいう価格設定ルールとは、「社長が決めた」「現地子会社と相談した」といった話ではありません。

たとえば、次のような形で整理します。

  • 原価に一定のマークアップを加算する
  • 第三者販売価格から販売会社の通常利益を控除する
  • 取引単位営業利益率が一定範囲に収まるように設定する
  • ロイヤルティ率を売上高の一定割合とする
  • 貸付利率を市場金利、信用リスク、通貨、期間に基づいて決める
  • 保証料率を保証による便益に応じて決める
  • 役務提供料を直接費と間接費の合理的な配賦により算定する

特に、価格改定がある場合には、その改定理由を残しておくことが重要です。

原材料価格が変動した。為替が大きく動いた。物流費が上昇した。海外子会社の販売機能が変わった。市場価格が下落した。製品ライフサイクルが変化した。契約条件を変更した。

こうした事業上の理由があれば、価格改定の説明もしやすくなります。

一方で、期末の利益を見てから価格を調整するだけの処理は危険です。とりわけ、海外子会社の赤字補填や利益確保のために価格を調整したことが社内メールや稟議書に残っている場合には、税務調査で問題になりやすくなります。

実務上、メールは取引当時の判断過程を示す有力な原始資料になり得ます。税務調査でも、メールのやり取りが信ぴょう性の高い現場資料として扱われ、担当者のパソコン内のメールデータやバックアップの状況が確認されることもあります。

価格改定について残しておきたい資料は、次のようなものです。

  • 価格表
  • 価格算定シート
  • 価格改定稟議書
  • 見積書
  • 原価計算資料
  • 為替、原材料、市況に関する資料
  • 予算資料、着地見込み資料
  • 海外子会社との交渉メール
  • 役員会資料、会議議事録
  • 価格改定後の損益影響分析

価格改定は、税額調整ではなく、取引条件の変化に応じた価格管理として説明できる状態にしておく必要があります。

ローカルファイルで残すべき資料7:財務情報と取引別損益

ローカルファイルでは、財務情報も重要です。

移転価格調査では、日本の親会社と海外子会社の利益水準が見られます。日本側が低利益または赤字で、海外子会社に安定した利益が残っている場合には、その理由を確認されやすくなります。

残しておきたい財務情報は、たとえば次のようなものです。

  • 日本法人の決算書
  • 海外子会社の財務諸表
  • 現地税務申告書
  • 取引別売上高、売上原価、売上総利益
  • 製品別、地域別、子会社別損益
  • 国外関連取引と第三者取引の利益率比較
  • 部門別損益
  • 原価計算資料
  • 棚卸資産評価資料
  • 販管費配賦資料
  • 為替差損益の影響分析
  • 単体損益とローカルファイル上の損益の調整表

ここで大切なのは、会計上の損益と移転価格分析上の損益をつなぐことです。

会社の決算書だけでは、国外関連取引ごとの利益率が分からないことがあります。製品別や取引先別の損益管理ができていないと、移転価格上の説明が難しくなってしまいます。

また、比較対象取引や比較対象企業の情報を利用する場合、監査済財務諸表が申告期限までに入手できないこともあります。国税庁FAQでは、合理的な理由がある場合には未監査の財務諸表を利用して同時文書化を行うことができる一方、税務調査では監査済財務諸表の提示または提出を求められる場合があるとされています。出典:国税庁|移転価格税制に係る文書化制度(FAQ)(令和6年6月)

取引別損益が整っていない会社では、ローカルファイル以前に、管理会計の整備が必要になることがあります。これは単なる税務対応ではなく、海外事業の採算管理そのものでもあります。

ローカルファイルで残すべき資料8:比較対象と算定方法

独立企業間価格を算定するには、比較対象取引や比較対象企業を検討することがあります。

比較対象には、内部比較対象と外部比較対象があります。

内部比較対象とは、自社が第三者と行っている類似取引です。たとえば、日本の親会社が同じ製品を海外子会社にも第三者にも販売しているなら、その第三者取引が比較対象になり得ます。

外部比較対象とは、外部企業の財務データや取引情報を利用する方法です。企業情報データベース、上場会社の有価証券報告書、同業者団体の名簿、産業分析レポートなどが用いられます。国税庁FAQでも、比較対象取引の選定にあたり、企業情報データベース、有価証券報告書、同業者団体の名簿、産業分析レポート等の活用が示されています。出典:国税庁|移転価格税制に係る文書化制度(FAQ)(令和6年6月)

残しておきたい資料は、次のようなものです。

  • 採用した算定方法
  • 採用しなかった算定方法とその理由
  • 比較対象取引の候補リスト
  • 比較対象企業の抽出条件
  • 除外した企業と除外理由
  • 比較対象企業の財務データ
  • 差異調整の内容
  • 利益水準指標
  • 算定結果
  • 独立企業間レンジ
  • 採用価格との比較
  • 分析に使用したデータベース、検索条件、検索日

ここで避けたいのは、都合のよい比較対象だけを選ぶことです。

比較対象の選定では、「なぜ選んだか」と同じくらい、「なぜ除外したか」が重要になります。税務調査では、比較対象の選定過程が恣意的でないかどうかが確認されます。

また、比較対象データは、常に最新のものを入手できるとは限りません。国税庁FAQでは、比較対象取引候補の当期情報が申告期限までに入手できない合理的な理由がある場合には、前期以前の情報を用いることができる一方、税務調査では最新情報に基づく検討が行われる場合があるとされています。出典:国税庁|移転価格税制に係る文書化制度(FAQ)(令和6年6月)

ベンチマーク分析は、データベースから数値を出すだけの作業ではありません。取引の実態、比較可能性、除外理由、差異調整を説明できることが大切です。

ローカルファイルで残すべき資料9:役務提供と本社費配賦の根拠

海外子会社への役務提供は、文書化で見落とされやすい論点です。

日本の親会社が海外子会社に対して、経営管理、会計、税務、法務、IT、人事、資金管理、債権管理、教育、品質管理、技術支援などを行っている場合には、その活動が海外子会社に経済的価値をもたらしているかどうかを検討する必要があります。

役務提供に該当するのに対価を収受していなければ、移転価格上の問題となる可能性があります。

実務上も、海外子会社への無償の技術支援は、典型的な否認パターンのひとつです。また、企業グループ内の経営・財務・業務・事務管理上の活動についても、役務提供に該当する場合には、少なくとも役務提供に要した総原価を収受しなければ移転価格上の問題が生じる、と整理されています。

役務提供について残しておきたい資料は、次のようなものです。

  • 役務提供契約書
  • 役務内容の一覧
  • 担当部署、担当者、作業内容
  • 工数記録、出張記録、作業報告書
  • 直接費の集計資料
  • 間接費の配賦基準
  • 本社費配賦計算表
  • 海外子会社ごとの負担額
  • 請求書、送金記録
  • 役務提供により海外子会社が得た便益の説明
  • 株主活動や重複活動に該当しないことの検討資料

ここで重要なのは、単なる費用配賦ではなく、便益の有無です。

海外子会社にとって価値のない親会社活動まで、一律に配賦すればよいわけではありません。逆に、海外子会社が本来負担すべき管理・支援活動を、日本の親会社が無償で行っているのであれば、対価の不収受が問題になります。

ローカルファイルで残すべき資料10:貸付金・保証料・金融取引の根拠

海外子会社への貸付けや保証も、移転価格文書化の対象です。

日本の親会社が海外子会社に資金を貸し付ける場合、利率は自由に決められるわけではありません。通貨、貸付期間、返済条件、担保、信用力、国リスク、劣後性、資金使途などを踏まえ、第三者間であればどのような利率になったかを検討する必要があります。

海外子会社から受け取る利息が独立企業間価格に満たない場合には、その差額について所得計算上の調整が行われる可能性があります。実務上も、海外子会社への貸付けについて、通貨、時期、期間その他の条件が同じ第三者間の貸付けであれば付されたであろう利率が、独立企業間価格として検討されることがあります。

残しておきたい資料は、次のようなものです。

  • 金銭消費貸借契約書
  • 貸付実行日、通貨、期間、返済条件
  • 担保、保証、劣後性の有無
  • 海外子会社の財務状況
  • 信用格付に関する検討資料
  • 市場金利、銀行提示レート
  • 第三者借入との比較資料
  • 利率設定の稟議書
  • 利息計算表
  • 返済実績、送金記録
  • 債務保証契約書
  • 保証料率の算定資料
  • 保証による便益の検討資料

金融取引では、「グループ会社だから低利でよい」「支援目的だから無利息でよい」という説明は通りにくくなります。

資金支援が必要であれば、貸付、増資、債務保証、債権放棄のどれを選ぶのかを、税務・会計・現地規制・資金繰りの観点から検討すべきです。形だけ貸付にして、実態は回収不能な支援になっている場合には、別の税務論点が生じてきます。

原始資料としてのメール・稟議書・会議資料を軽視しない

移転価格文書化では、契約書や計算表だけでなく、取引当時の意思決定資料が重要になります。

税務調査では、申告書や契約書のような下流の資料だけでなく、取引が決まる前後の上流の資料が確認されます。とりわけ、社内メール、稟議書、予算資料、会議資料、価格交渉資料、着地見込み資料は、当時の本音や判断理由を示す資料になります。

たとえば、次のようなメールが残っていると、問題になりやすくなります。

  • 「海外子会社の赤字を避けるため、日本側の売価を下げる」
  • 「現地税率が低いので、利益は海外側に残す」
  • 「日本の利益が出すぎるため、期末に調整金を入れる」
  • 「ロイヤルティを請求すると現地の利益が減るので今回は請求しない」
  • 「契約上は請求することになっているが、資金繰り支援のため免除する」

これらは、価格設定の合理性ではなく、利益移転や利益供与の意図を示す資料として読まれる可能性があります。

逆に、適切な資料が残っていれば、説明力は高まります。

  • 原材料価格上昇による価格改定
  • 為替変動による改定
  • 販売機能変更によるマージン見直し
  • 市場価格下落による販売価格変更
  • 新規市場開拓期間中の低利益
  • 物流費上昇の反映
  • 第三者取引との整合性

文書化では、後から整えたレポートよりも、当時作成された資料のほうが説得力を持つことがあります。ローカルファイルは、過去の判断を正当化するための作文ではなく、当時の判断過程を整理するための器なのです。

マスターファイルで残すべきこと

マスターファイルは、グループ全体の事業構造を説明する資料です。

ローカルファイルが個別法人・個別取引の資料であるのに対して、マスターファイルは、多国籍企業グループ全体で、どこに価値創造の源泉があるのかを示します。

主な内容は、次のようなものです。

  • グループの組織構造
  • グループの事業概要
  • 主要製品、サービス、サプライチェーン
  • 主要市場
  • 重要な無形資産
  • 研究開発体制
  • グループ内金融活動
  • グループ全体の財務・税務状況
  • 主要な組織再編、事業再編
  • 移転価格ポリシーの概要

国税庁FAQでは、マスターファイルにおける事業概況について、グループ全体の活動状況を概括的に示すものであって、詳細かつ網羅的な記載を求めるものではないとされています。また、重要性については、独立企業間価格の算定の信頼性に及ぼす影響などを踏まえて判断することが示されています。出典:国税庁|移転価格税制に係る文書化制度(FAQ)(令和6年6月)

マスターファイルの提出義務がない企業でも、この視点は役立ちます。

というのも、ローカルファイルの個別取引だけを見ていると、グループ全体の利益配分の説明が弱くなってしまうからです。海外子会社の利益が高い理由、日本の親会社にロイヤルティが入る理由、地域統括会社に利益が残る理由は、グループ全体の機能分担と無形資産の所在を見なければ説明できません。

国別報告事項で見えるもの

国別報告事項は、一定規模以上の多国籍企業グループについて、国・地域ごとの所得、税額、従業員、資本、有形資産などを一覧化するものです。

国別報告事項は、個別取引の独立企業間価格を直接証明するものではありません。ただ、国・地域ごとの利益配分の偏りを把握するための資料にはなります。

たとえば、次のような状況があると、税務当局は関心を持ちやすくなります。

  • 従業員や実体が少ない国に、大きな利益が残っている
  • 研究開発機能が日本にあるのに、無形資産収益が海外に残っている
  • 販売機能が限定的な海外子会社に、高い利益率がある
  • 日本の親会社が赤字または低利益で、海外子会社が安定した高利益である
  • 軽課税国に利益が集中している

国別報告事項の提出義務がない企業であっても、この視点は重要です。

自社グループの利益が、機能、リスク、資産の所在に照らして不自然に見えないか。税率差だけで利益が偏っているように見えないか。経営者・金融機関・税務署に説明できる利益配分になっているか。

国際税務では、数字の並び方そのものがリスクのサインになります。

文書化でやってはいけないこと

移転価格文書化で最も避けたいのは、実態を整えないまま、資料だけを整えることです。

たとえば、次のような対応は危険です。

  • 契約書だけ作成し、実際の運用は変えない
  • ローカルファイルだけ作成し、社内の価格決定ルールがない
  • ベンチマーク分析だけ行い、機能・リスク分析が浅い
  • 海外子会社の利益率に合わせて期末調整を行う
  • 価格改定理由が、税額調整にしか見えない
  • 日本側資料と現地側資料とで説明が食い違っている
  • メールや稟議書とローカルファイルの説明が矛盾している
  • 役務提供、貸付、保証、無形資産を文書化の対象から漏らしている
  • 古い比較対象データを、理由なく使い続けている
  • 担当者が退職すると、価格設定の経緯が分からなくなる

文書化は、資料を増やす作業ではありません。説明の筋を通す作業です。

資料が多くても、取引実態と合っていなければ意味がありません。反対に、過度に分厚いレポートでなくても、取引実態、価格設定、財務情報、意思決定資料が整合していれば、説明力は高まります。

不完全なローカルファイルは「提出した」と扱われないことがある

ローカルファイルは、形式的に提出すればよいというものではありません。

国税庁FAQでは、提示または提出されたローカルファイルに誤りや不備があり、独立企業間価格を算定するために十分な内容となっていない場合には、内容の補正を求められることがあるとされています。指定された期限までに補正されない場合には、ローカルファイルが提示または提出されていないものとして取り扱われる可能性があることも示されています。出典:国税庁|移転価格税制に係る文書化制度(FAQ)(令和6年6月)

これは実務上、非常に重要な点です。

ローカルファイルがあることと、ローカルファイルとして機能することは、別の話です。

たとえば、取引一覧が漏れている。機能分析が抽象的すぎる。価格算定方法の選定理由が書かれていない。比較対象企業の除外理由が不明確。取引別損益と決算書のつながりがない。契約書と実態が異なる。こうした場合には、形式上は資料があっても、調査対応の上で十分とはいえません。

税務調査に耐えられるローカルファイルとは、次の問いに答えられる資料です。

  • どの国外関連取引を対象にしているか
  • なぜその取引を、その方法で分析したか
  • なぜその会社を検証対象にしたか
  • なぜその比較対象を選び、他を除外したか
  • その利益率が、なぜ合理的といえるか
  • 契約書、実態、会計処理、資金移動が一致しているか
  • 当時の意思決定資料と矛盾していないか

ローカルファイルは、存在していればよい書類ではなく、調査官の質問に耐えられる資料でなければなりません。

文書化は毎年更新する必要がある

移転価格文書化は、一度作れば終わりではありません。

海外子会社との取引は、時間とともに変わっていきます。販売子会社が単なる代理店から本格的な販売会社になる。製造子会社が委託加工から独自の品質管理機能を持つようになる。現地で研究開発やマーケティング機能が生まれる。日本の親会社が担っていた在庫リスクや信用リスクが、海外子会社に移る。

このような変化があれば、価格設定も文書化も、更新が必要になります。

特に、次のような変化がある年は注意が必要です。

  • 海外子会社の役割変更
  • 新製品の投入
  • 商流変更
  • 地域統括会社の設立
  • 製造委託先の変更
  • ロイヤルティ契約の開始・終了
  • 価格改定
  • 大幅な為替変動
  • 原材料価格の急変
  • 海外子会社の赤字化または高利益化
  • 海外子会社への貸付、保証、増資
  • M&A、組織再編
  • 無形資産の移転、使用許諾変更

毎年更新すべきなのは、すべての文章ではありません。

重要なのは、事業実態、取引金額、利益水準、比較対象、価格設定ルール、機能・リスク・資産に変化があったかどうかを確認することです。変化があれば、その理由と影響を残しておきます。

文書化は、過去の説明資料であると同時に、翌期以降の価格設定を見直すための管理資料でもあります。

相談前に整理しておくべき資料

移転価格文書化について専門家に相談する場合、最初から完成したローカルファイルを用意する必要はありません。

ただし、次の資料があると、論点の整理は大きく進みます。

会社・グループ関係の資料

  • グループ資本関係図
  • 海外子会社一覧
  • 各社の事業内容
  • 各社の組織図
  • 役員構成
  • 海外子会社の財務諸表
  • 現地申告書
  • グループ内の商流図

国外関連取引の資料

  • 取引一覧
  • 取引金額
  • 契約書
  • 価格表
  • 請求書、インボイス
  • 送金記録
  • ロイヤルティ契約
  • 貸付契約、保証契約
  • 出向契約、業務支援契約

価格設定・損益の資料

  • 価格算定ルール
  • 原価計算資料
  • 製品別、取引先別、地域別損益
  • 予算資料
  • 着地見込み資料
  • 価格改定の稟議書
  • 為替、原材料、市況に関する資料
  • 比較対象取引の有無

実態・意思決定の資料

  • 会議資料
  • 議事録
  • 稟議書
  • メール
  • 出張報告書
  • 作業報告書
  • 工数記録
  • 品質管理記録
  • 現地法人との交渉資料

過去の税務対応資料

  • 過去のローカルファイル
  • 移転価格ポリシー
  • 税務調査での指摘事項
  • 現地税務調査の資料
  • 専門家の意見書
  • APAの有無
  • 相互協議の有無

これらを整理していくと、「文書化が必要かどうか」だけでなく、「どの取引が危ないか」「どの資料が足りないか」「価格設定ルールを見直すべきか」が見えてきます。

まとめ

移転価格文書化は、税務調査が来たときに慌てて作る資料ではありません。

海外子会社との取引価格を決める時点で、何を根拠にしたのかを残す。取引が続いていく中で、機能・リスク・資産の変化を記録する。価格改定を行う場合には、事業上の理由と意思決定の過程を残す。契約書、会計処理、資金移動、メール、稟議書、財務情報を、互いに整合させておく。

これが、実務上意味のあるローカルファイルです。

節税という観点から見ても、海外子会社を使って税負担を軽く見せることが大切なのではありません。日本と海外に残る利益を、事業実態に基づいて説明できることが大切なのです。

説明できない利益配分は、後になって税務リスク、二重課税、附帯税、現地当局との調整、そして金融機関や後継者への説明困難につながっていきます。

犬飼公認会計士・税理士事務所では、海外子会社との取引、移転価格文書化、ローカルファイル、役務提供、貸付金、ロイヤルティ、価格改定について、税額だけでなく、取引実態・資料整備・税務調査リスクまで含めた論点整理を重視しています。海外取引の文書化体制を一度整理したいとお考えの場合は、お問い合わせページからご相談ください。

重要ポイントの振り返り

論点残すべき資料・確認事項誤りやすい判断
ローカルファイルの役割国外関連取引の価格設定、独立企業間価格、判断過程を説明する資料調査時に提出する形式的なレポートと考える
同時文書化義務取引金額50億円以上または無形資産取引3億円以上などの基準を確認基準未満なら移転価格税制は関係ないと考える
マスターファイルグループ構造、事業概要、無形資産、金融、税務状況大企業だけの資料であり、自社には視点すら不要と考える
国別報告事項国・地域ごとの利益、税額、従業員、資産など個別取引と関係ないため利益配分の検討に使わない
取引一覧商品、役務、ロイヤルティ、貸付、保証、出向、経費配賦を棚卸しする製品売買だけを移転価格の対象と考える
契約書売買、役務提供、ライセンス、貸付、保証、出向契約を確認契約書があれば実態と違っても問題ないと考える
機能・リスク・資産各社の役割、リスク負担、無形資産の所在を整理契約書上のリスク負担だけで判断する
価格設定資料価格表、算定シート、原価計算、価格改定稟議を保存期末利益を見て価格を調整する
財務情報取引別損益、製品別損益、海外子会社財務諸表、調整表決算書だけで移転価格を説明できると考える
比較分析比較対象の選定理由、除外理由、差異調整、検索条件を残す都合のよい比較対象だけを選ぶ
役務提供工数、作業報告、配賦基準、便益の有無を整理親会社の管理だから無償で当然と考える
貸付・保証利率、通貨、期間、信用力、保証料率、送金記録を整理グループ支援だから低利・無利息でよいと考える
メール・稟議書価格改定や意思決定の当時資料を保存後から作った説明資料だけで足りると考える
年次更新機能変更、価格改定、利益率変動、無形資産の変化を確認一度作ったローカルファイルを毎年使い回す
税務調査対応指定期限内に提出できる状態、内容の正確性、補正対応不完全な資料でも提出すれば十分と考える
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