不正リスクと監査報告・開示への影響|虚偽表示評価・内部統制不備・KAM・訂正開示の実務判断

不正リスクは、監査計画上のリスク評価や不正対応手続だけで完結する論点ではありません。

不正又は不正疑義が財務報告に関係する場合、その影響は、修正仕訳、未修正虚偽表示、過年度訂正、内部統制報告、監査意見、KAM、監査役等への報告、さらには有価証券報告書・決算短信・適時開示にまで連鎖していきます。

監査現場で問題になるのは、「不正があったかどうか」だけではありません。むしろ監査人としては、次の問いに答えられる状態にしておく必要があります。

  • 財務諸表に重要な虚偽表示が残っていないといえるか
  • 会社の調査範囲と影響額の算定は、監査証拠として利用できる水準か
  • 当該不正は内部統制の不備、特に開示すべき重要な不備に該当するか
  • 過年度の有価証券報告書、内部統制報告書、決算短信等の訂正が必要か
  • 監査報告書は無限定適正意見でよいのか、除外事項付意見等が必要か
  • KAMとして記載すべき事項なのか、それとも除外事項や開示不備の問題なのか
  • 監査役等、審査担当者、会社、財務諸表利用者に対して、どの程度説明できるか

不正対応の出口は、調査報告書ではありません。監査人にとっての出口は、監査意見であり、内部統制監査報告であり、必要な開示であり、そして後から説明できる判断過程です。

財務諸表の虚偽表示は、不正又は誤謬から生じます。両者は、虚偽表示の原因となる行為が意図的であるか否かによって区別されます。そして不正リスクに対しては、監査チーム内の討議、リスク評価手続、経営者による内部統制の無効化への対応、監査証拠の評価、監査役等とのコミュニケーションが、一連の要求事項として位置づけられています。
出典:日本公認会計士協会|監査基準報告書240「財務諸表監査における不正」

目次

不正リスクは「監査報告に影響するか」という出口から逆算する

不正が発覚したとき、監査人の意識はまず「追加でどの手続を行うか」に向かいがちです。もちろん、手続の設計は重要です。しかし手続を設計する前に、出口を見失ってはなりません。

不正リスクの出口は、少なくとも次の七つです。

出口問われる判断
財務諸表重要な虚偽表示が修正されているか、未修正虚偽表示が残っていないか
過年度財務諸表過年度訂正・修正再表示・訂正報告書が必要か
内部統制報告開示すべき重要な不備に該当するか、内部統制報告書の訂正が必要か
監査報告無限定適正意見、限定付適正意見、不適正意見、意見不表明のいずれか
KAM監査上特に重要な事項として記載すべきか
監査役等報告調査範囲、関与者、影響額、内部統制不備、開示影響をどう共有するか
市場開示有価証券報告書、決算短信、適時開示、臨時報告書等への影響はないか

この整理をせずに個別手続だけを積み上げていくと、期末段階で判断が詰まります。

会社は「修正済みだから問題ない」と考える。監査人は「調査範囲が足りない」と考える。監査役等は「どこまで重大なのか分からない」と感じ、審査担当者は「なぜその結論で足りるのか」と問う。このような分断が起きるのです。

不正対応では、初期段階から「最終的にどの報告・開示に影響する可能性があるか」を並べて管理する必要があります。

虚偽表示評価|金額だけでなく、質的影響と証拠の信頼性を見る

不正が財務諸表に影響する場合、最初の出口は虚偽表示評価です。

識別した虚偽表示が監査に与える影響と、未修正の虚偽表示が財務諸表に与える影響をどう評価するか。ここで拠り所となるのが監査基準報告書450です。監査意見は、未修正の虚偽表示が財務諸表に与える影響について監査人が行った評価に基づいて形成されます。
出典:日本公認会計士協会|監査基準報告書450「監査の過程で識別した虚偽表示の評価」

不正による虚偽表示評価では、通常の誤謬以上に、次の点を分けて整理する必要があります。

観点確認すべき内容
金額的重要性発覚額、推定影響額、同様手口の母集団、過年度累積額
質的重要性経営者関与、業績目標達成、上場維持、財務制限条項、配当、資金調達への影響
期間帰属当期だけか、過年度に遡るか、比較情報に影響するか
表示・注記財務諸表本表だけでなく、注記、セグメント、関連当事者、偶発債務等に影響するか
監査証拠既に入手した証憑、確認状、経営者説明、内部証拠の信頼性が揺らがないか
内部統制防止・発見できなかった統制が何か、補完統制が実効的か
開示有価証券報告書、決算短信、適時開示、内部統制報告書への波及があるか

特に不正の場合、発覚した金額が計画上の重要性を下回っていても、質的重要性が高いことがあります。

例えば、経営者関与、資料改ざん、監査人への虚偽説明、関連当事者の隠蔽、業績予想達成目的、上場審査・資金調達への影響。こうした事情がある場合に、単純に「金額僅少」と整理することは危険です。

会計不正には粉飾決算と資産の流用がありますが、両者は明確に分かれるとは限りません。粉飾決算には資産の流用を伴うものもあり、影響は財務諸表だけでなく、注記や財務諸表の信頼性に重要な影響を及ぼす開示事項にも波及します。

修正済みであっても、不正リスクが消えるわけではない

会社が不正影響額を全額修正した場合、財務諸表上の虚偽表示は解消されることがあります。

しかし、修正済みであることと、不正リスクが監査上消滅することは別の話です。

修正済みであっても、監査人は次を検討します。

  • 会社の調査範囲は十分か
  • 同種取引、同一担当者、同一拠点、同一手口への横展開は十分か
  • 過年度影響はないか
  • 関連当事者や資金還流はないか
  • 監査人が過去に入手した証拠の信頼性に影響しないか
  • 経営者確認書に依拠できるか
  • 内部統制の不備評価が必要か
  • 監査役等への報告、審査対応、KAM候補への影響があるか

不正による重要な虚偽表示の兆候としては、裏付けのない又は未承認の取引、期末日近くの通例でない修正、変造又は偽造されたおそれのある文書、質問や分析的手続の結果と経営者等の回答の矛盾、確認状回答との説明不能な差異などが挙げられます。
出典:日本公認会計士協会|監査基準報告書240「財務諸表監査における不正」

つまり、修正仕訳はあくまで会計上の処理であって、監査上のリスク評価の終点ではないということです。

修正済みであっても、当該不正が「どの統制をすり抜けたのか」「どの証拠の信頼性を損なったのか」「他の領域にも同じ構造があるのか」を確認する必要があります。

過年度訂正|不正かどうかではなく、過去の財務諸表が誤っていたかで判断する

不正が過年度に影響する場合、過年度訂正の要否が問題になります。

「誤謬」とは、原因となる行為が意図的か否かにかかわらず、財務諸表作成時に入手可能な情報を使用しなかったこと、又は誤用したことによる誤りをいいます。そして「修正再表示」とは、過去の財務諸表における誤謬の訂正を財務諸表に反映することをいいます。
出典:企業会計基準委員会|企業会計基準第24号「会計方針の開示、会計上の変更及び誤謬の訂正に関する会計基準」

ここで重要なのは、不正の有無と過年度訂正の要否を混同しないことです。

過年度訂正の判断軸は、「過去の財務諸表に重要な誤謬が含まれていたか」にあります。不正であっても、金額的・質的重要性がなければ訂正を要しない場合があります。逆に、意図的でない誤謬であっても、過去の財務諸表に重要な影響があれば訂正を要する場合があります。

実務上は、次のように整理します。

判断項目実務上の確認事項
発生期間どの期に発生したか。発生時期を合理的に区分できるか
影響額各期の損益、資産、負債、純資産、税効果、注記への影響を算定できるか
重要性各期単独、累積、質的重要性の観点から重要か
開示書類有価証券報告書、半期報告書、内部統制報告書、決算短信等への影響があるか
監査報告訂正財務諸表に対する監査報告、比較情報、過年度監査意見への影響をどう整理するか

訂正報告書により過去の有価証券報告書等を訂正する場合には、訂正対象年度に適用される会計基準に従って財務諸表を作成する必要があります。あわせて、誤謬発生と訂正の事実に関する注記の要否も検討することになります。

内部統制不備|発生額ではなく「発生し得た虚偽表示」で評価する

不正が財務報告に関係する場合、内部統制不備の評価は避けて通れません。

内部統制の不備評価で誤りやすいのは、発覚額だけで判断してしまうことです。内部統制不備は、実際に発生した虚偽表示額だけでなく、その不備によって発生し得た虚偽表示の可能性と影響で評価します。

2023年4月改訂後の内部統制基準において、内部統制とは、業務の有効性及び効率性、報告の信頼性、法令等の遵守、資産の保全という4つの目的の達成について合理的保証を得るために、業務に組み込まれ、組織内の全ての者によって遂行されるプロセスとされています。ここでいう報告の信頼性には、組織内外への報告、そして非財務情報を含む報告の信頼性が含まれます。
出典:金融庁・企業会計審議会|財務報告に係る内部統制の評価及び監査の基準

不正があった場合、監査人は次の問いを置くべきです。

  • 不正を防止すべき統制は存在していたか
  • 統制の設計は十分だったか
  • 承認、照合、レビュー、モニタリングは実質的に機能していたか
  • 経営者又は管理職による内部統制の無効化はないか
  • 職務分掌、アクセス権限、マスタ管理、証憑保存、ログ管理に不備はないか
  • 子会社、海外拠点、外部委託先、関連当事者まで評価範囲を広げる必要はないか
  • 当該不備により、発覚額を超える重要な虚偽表示が発生し得たか
  • 期末日までに是正され、運用有効性まで確認できたか

内部統制に開示すべき重要な不備が存在するということは、財務報告に重要な影響を及ぼす可能性があるという意味であり、直ちに有価証券報告書の財務報告が適正でないことを意味するわけではありません。

一方で、期末日に開示すべき重要な不備が存在する場合には、内部統制報告書にその内容及び是正されない理由を記載することが求められます。
出典:金融庁|内部統制報告制度に関するQ&A

内部統制監査と財務諸表監査の意見は一致するとは限らない

不正により開示すべき重要な不備が識別された場合、それは内部統制監査報告に影響します。

しかし、それが直ちに財務諸表監査の意見に同じ影響を与えるとは限りません。

監査人が内部統制監査で開示すべき重要な不備を発見した場合、あるいは内部統制監査で十分かつ適切な監査証拠が得られず意見を表明できない場合であっても、実証手続によって財務諸表が適正に表示されていることについて十分かつ適切な監査証拠を入手できれば、財務諸表監査においては無限定適正意見を表明することができます。
出典:金融庁|内部統制報告制度に関するQ&A

この点は、不正対応で特に重要です。

内部統制が有効でない場合でも、十分な実証手続により財務諸表の重要な虚偽表示が修正されていると判断できれば、財務諸表監査は無限定適正意見となり得ます。反対に、内部統制報告上の結論がどうであれ、不正調査の範囲が不十分で、財務諸表に重要な虚偽表示が残っている可能性を排除できない場合には、財務諸表監査の意見に影響します。

ここでの説明可能性は、次のように整理できます。

内部統制監査財務諸表監査実務上の意味
開示すべき重要な不備あり無限定適正意見統制は有効でないが、実証手続により財務諸表の適正表示を支持できる
開示すべき重要な不備あり限定付適正意見又は不適正意見財務諸表に重要な虚偽表示が残っている
内部統制監査で意見不表明財務諸表監査で意見不表明又は限定付適正意見証拠不足が財務諸表監査にも波及している
内部統制報告書訂正財務諸表訂正あり又はなし訂正原因となった不備が評価範囲内か、財務報告に重要な影響を及ぼすかを検討する

内部統制監査と財務諸表監査は目的が異なるため、意見が機械的に連動するわけではありません。ただし、両者の判断が整合していることは、説明できなければなりません。

有価証券報告書の訂正と内部統制報告書の訂正は自動連動しない

不正又は誤謬により有価証券報告書の訂正報告書を提出する場合、内部統制報告書の訂正要否が問題になります。

ここでも、結論を急ぐべきではありません。

有価証券報告書の訂正報告書が提出されたことをもって、直ちに内部統制報告書について訂正報告書を提出しなければならないわけではありません。ただし、訂正報告書を提出する原因となった誤りが、適切に決定された内部統制の評価範囲内からの、財務報告に重要な影響を及ぼすような内部統制の不備から生じたと判断される場合には、内部統制報告書についての訂正報告書の提出が必要になると考えられます。
出典:金融庁|内部統制報告制度に関するQ&A

したがって、監査人は次の三段階で整理します。

  1. 有価証券報告書の訂正原因となった誤りを特定する
  2. 当該誤りがどの内部統制不備から生じたかを評価する
  3. その不備が、期末日時点で開示すべき重要な不備に該当したかを判断する

「有報訂正=内部統制報告書訂正」と単純化してはいけません。反対に、「有報訂正しても内部統制報告書は不要」と安易に整理することもできません。

判断の中心にあるのは、訂正原因となった誤りが、内部統制の評価範囲内の重要な不備から生じたのか、評価範囲の外で発見された事実なのか、あるいは評価範囲の決定自体が妥当だったのか、という点です。

決算短信・適時開示への波及

不正リスクは、法定開示だけでなく、取引所開示にも波及します。

東京証券取引所の会社情報適時開示ガイドブックは、上場規程上求められる会社情報の開示要件、開示資料に記載することが求められる内容、開示手順、関連する上場諸制度の概要を示す、上場会社向けの実務マニュアルとして編さんされたものです。
出典:日本取引所グループ|会社情報適時開示ガイドブック

不正又は不正疑義が判明した場合、次のような適時開示論点が生じ得ます。

  • 過年度決算訂正
  • 決算短信の訂正
  • 業績予想の修正
  • 調査委員会又は第三者委員会の設置
  • 調査結果の公表
  • 役員責任、再発防止策、内部管理体制の改善
  • 有価証券報告書等の提出遅延
  • 監理銘柄、特設注意市場銘柄、改善報告書等への波及
  • 内部統制報告書の訂正又は開示すべき重要な不備の公表

適時開示実務では、開示内容の変更又は訂正、注意喚起制度、公表措置、上場契約違約金、改善報告書、特設注意市場銘柄制度など、不適正な開示に対する措置が問題となることがあります。

監査人は適時開示文書の作成主体ではありません。しかし、財務諸表監査の判断と開示実務が矛盾しないよう、会社の開示担当、監査役等、法律専門家、必要に応じて取引所対応担当者との連携状況を把握しておく必要があります。

例えば、会社が「調査中」と開示しているにもかかわらず、監査調書上は影響範囲が確定した前提で結論付けている場合、説明の整合性が問われます。反対に、監査上は重要な未解決事項が残っているのに、会社の開示が過度に安心させる表現になっている場合も、注意が必要です。

監査意見への影響|修正済みか、未修正か、証拠不足か

不正が監査報告に与える影響は、主に二つの軸で整理します。

一つは、財務諸表に重要な虚偽表示が残っているか。もう一つは、十分かつ適切な監査証拠を入手できているか。

除外事項付意見には、限定意見、否定的意見、意見不表明の三類型があります。そのいずれを選択するかは、財務諸表に重要な虚偽表示がある場合か、十分かつ適切な監査証拠を入手できず重要な虚偽表示の可能性がある場合か、そしてその影響が広範かどうかに基づいて決定されます。
出典:日本公認会計士協会|監査基準報告書705「独立監査人の監査報告書における除外事項付意見」

整理すると、次のようになります。

状況監査報告への影響
不正影響額が修正され、調査範囲も十分で、追加手続により証拠が十分無限定適正意見となり得る
重要な虚偽表示が残っているが、影響は広範でない限定付適正意見の検討
重要な虚偽表示が残っており、影響が重要かつ広範不適正意見の検討
調査範囲が不十分、証拠が改ざん・紛失、経営者が協力しない等により証拠不足で、影響が重要だが広範でない監査範囲の制約による限定付適正意見の検討
証拠不足の影響が重要かつ広範意見不表明の検討
経営者による監査範囲の制約がある経営者へ制約解除を要請し、拒否された場合は監査役等への報告と代替手続可否を判断

虚偽表示が重要かつ広範である場合には、否定的意見を表明しなければなりません。また、十分かつ適切な監査証拠を入手できず、未発見の虚偽表示がもしあるとすれば重要かつ広範であると判断する場合には、意見を表明してはならないとされています。

さらに、経営者による監査範囲の制約に気付いた場合、監査人は経営者に当該制約を取り除くよう要請し、拒否された場合には監査役等へ報告したうえで、代替手続を実施できるかを判断する必要があります。
出典:日本公認会計士協会|監査基準報告書705「独立監査人の監査報告書における除外事項付意見」

「KAMに書けば足りる」という整理は誤りである

不正リスクが高い論点は、KAM候補になることがあります。

ただし、KAMは除外事項や不十分な開示の代替ではありません。

KAMの報告は、監査の透明性を高め、利用者が経営者の重要な判断を含む領域を理解する助けとなるものです。一方で、KAMの報告は、財務諸表の表示及び注記事項の代替、除外事項付意見の代替、継続企業の前提に関する重要な不確実性の報告の代替、個別事項に対する別個の意見表明のいずれも意図するものではありません。
出典:日本公認会計士協会|監査基準報告書701「独立監査人の監査報告書における監査上の主要な検討事項の報告」

この点は、不正対応で極めて重要です。

例えば、売上不正が疑われ、収益認識が監査上特に重要な事項であった場合、売上の実在性、期間帰属、契約条件、関連当事者、調査対応等がKAM候補となることがあります。

しかし、財務諸表に重要な虚偽表示が残っているなら、それはKAMではなく除外事項の問題です。注記が不足しているなら、まず会社に開示の修正を求めるべきです。監査範囲の制約が重要かつ広範であれば、意見不表明の問題であり、KAMで説明して済ませることはできません。

KAMは、監査意見を形成したうえで、利用者に監査上特に重要な事項を説明するものです。意見形成の不足を覆い隠す欄ではありません。

不正リスクがKAMになる場合とならない場合

不正リスクがKAMになるかどうかは、「不正があったか」だけで決まるものではありません。

KAM候補として検討すべきなのは、当年度の監査において監査人が特に注意を払った事項であり、かつ監査役等とコミュニケーションした事項の中から、職業的専門家として特に重要と判断した事項です。

実務上は、次のように考えます。

状況KAMとの関係
不正疑義があったが、調査範囲・影響額・統制不備が限定的で、監査上特に重要な事項ではないKAMとならないこともある
収益認識、棚卸資産、見積り、関連当事者等に不正リスクがあり、監査上の対応が重要であったKAM候補となり得る
不正に関連する重要な虚偽表示が修正され、開示も適切だが、監査上の注意が極めて高かったKAMとして記載する余地がある
重要な虚偽表示が未修正KAMではなく除外事項の問題
証拠不足により意見不表明KAMの報告は行わない
不正調査中で影響額が未確定監査意見、後発事象、継続企業、開示、監査範囲の制約を優先検討

なお、監査人が財務諸表に対する監査意見を表明しない場合には、KAMの報告を行ってはならないとされています。
出典:日本公認会計士協会|監査基準報告書701「独立監査人の監査報告書における監査上の主要な検討事項の報告」

監査役等との協議|不正対応では「いつ・何を・どの深度で」共有するかが重要になる

不正リスクが監査報告・開示に影響する局面において、監査役等とのコミュニケーションが形式的なものであってはなりません。

監査基準報告書260は、監査人による監査役若しくは監査役会、監査等委員会又は監査委員会とのコミュニケーションに関する実務上の指針であり、上場企業の監査の場合に特に考慮すべき事項も示しています。
出典:日本公認会計士協会|監査基準報告書260「監査役等とのコミュニケーション」

不正対応では、監査役等に次の事項を適時に共有すべきです。

  • 不正又は不正疑義の発覚経路
  • 会社の調査体制、調査範囲、調査主体の独立性
  • 経営者又は管理職の関与可能性
  • 影響額、過年度影響、訂正要否
  • 内部統制不備、開示すべき重要な不備の可能性
  • 監査人が追加で必要と考える手続
  • 会社の開示方針と監査人の見解との整合性
  • KAM候補又は除外事項への影響
  • 審査担当者と協議すべき重要論点
  • 監査契約継続に影響する事実の有無

全社的な内部統制の整備及び運用状況を検討するにあたっては、監査役等の監視機能について、規程、開催実績、経営者を監督・監視する責任の理解と実行、内部監査人及び監査人との連携等を確認することが重要になります。
出典:金融庁|内部統制報告制度に関するQ&A

監査役等との協議は、監査人の判断を会社に押し付ける場ではありません。しかし、監査人が把握した不正リスク、証拠不足、内部統制不備、開示上の懸念を曖昧にしたまま期末を迎えることは、監査品質の観点から大きな問題です。

有価証券報告書の記述情報・その他の記載内容にも波及する

不正リスクは、財務諸表本表だけに影響するわけではありません。

有価証券報告書では、財務諸表、注記、監査報告書、内部統制報告書だけでなく、事業等のリスク、経営者による財政状態・経営成績の分析、コーポレート・ガバナンスの状況、サステナビリティ情報、関連当事者等の記述情報も、一体として読まれます。

金融商品取引法は、企業情報の開示制度を通じて、投資家が適切に情報を入手できる環境を整備し、公正な取引や適切な価格形成を図ることを目的とする制度です。

不正が発覚した場合、財務諸表を修正するだけでは不十分なことがあります。

例えば、次のような記述情報への影響を検討します。

  • 不正の原因となったリスクが「事業等のリスク」に反映されているか
  • 経営者による分析が、訂正後の財務数値と整合しているか
  • 内部統制不備や再発防止策がガバナンス記載と矛盾していないか
  • 関連当事者、主要取引先、資金使途、資本政策の記載に不足がないか
  • KAMで参照する注記や関連開示が十分か
  • 監査報告書、内部統制監査報告書、訂正報告書の内容が相互に矛盾していないか

監査人は、有価証券報告書全体に対して財務諸表監査と同じ保証を提供するわけではありません。しかし、財務諸表又は監査人が監査の過程で得た知識と、その他の記載内容との間に重要な相違がある場合、それを監査上無視することはできません。

不正対応では、財務諸表だけでなく、開示全体の整合性を見る必要があります。

虚偽記載責任への波及を軽く扱わない

不正による虚偽記載は、会社だけでなく、役員、監査人、監査役等、そして投資家に重大な影響を及ぼします。

金融商品取引法の実務では、有価証券報告書等に虚偽記載等があり、それにより投資家が損害を受けた場合、発行者、役員、そして財務計算に関する書類について監査証明をした公認会計士又は監査法人の損害賠償責任が問題となります。

本稿では、個別の損害賠償責任や訴訟戦略の詳細には踏み込みません。それは本シリーズの10-5で扱う論点です。

ただし、監査実務上は、虚偽記載責任が問題になり得ることを前提に、次の点を調書化しておく必要があります。

  • 不正疑義をいつ把握したか
  • 監査チーム、業務執行社員、審査担当者にいつ共有したか
  • 監査役等とどのような協議を行ったか
  • 会社の調査範囲をどのように評価したか
  • 追加手続によりどの監査証拠を入手したか
  • 未修正虚偽表示、過年度訂正、内部統制不備、開示影響をどう判断したか
  • 監査報告書と開示内容の整合性をどう確認したか

不正対応では、後になって「その時点で何を知っていたのか」「なぜその判断をしたのか」が問われます。調書は、監査人を守るためだけのものではありません。監査判断の説明可能性を支える文書です。

不正リスクを監査報告・開示へ接続する実務フロー

不正リスク対応は、次の順序で整理すると判断が分断されにくくなります。

段階主な確認事項出口
1. 不正又は不正疑義の把握発覚経路、関与者、対象取引、発生期間リスク評価更新
2. 調査範囲の評価期間、拠点、取引類型、関係者、関連当事者監査証拠の十分性
3. 影響額の算定当期、過年度、注記、税効果、連結、内部取引虚偽表示評価
4. 修正・訂正の判断修正仕訳、過年度訂正、訂正報告書財務諸表・法定開示
5. 内部統制不備評価防止・発見統制、補完統制、期末日時点の有効性内部統制報告
6. 監査手続の追加外部証拠、確認、データ分析、専門家利用、経営者確認書監査意見形成
7. 監査役等との協議調査、影響、統制、開示、KAM、除外事項ガバナンス連携
8. 監査報告判断無限定、限定付、不適正、意見不表明監査報告書
9. KAM判断監査上特に重要な事項か、除外事項の代替になっていないかKAM
10. 開示全体の整合性有報、短信、適時開示、内部統制報告、記述情報利用者への説明

この流れで重要なのは、「不正調査」「会計処理」「内部統制」「監査報告」「開示」を別々に扱わないことです。

不正対応では、ある論点の結論が、別の論点の前提になります。調査範囲が狭ければ、影響額の算定が不十分になり、虚偽表示評価に影響します。内部統制不備の評価が甘ければ、内部統制報告書や再発防止策の説明に影響します。訂正開示の要否を曖昧にすれば、監査報告書、KAM、監査役等報告、審査対応に影響が及びます。

監査人が避けるべき説明

不正対応では、次のような説明は避けるべきです。

「不正は修正済みなので監査報告には影響しない」

修正済みであっても、調査範囲、証拠の信頼性、内部統制不備、過年度影響、開示影響を確認する必要があります。修正済みという事実は、監査報告に影響しない可能性を示す一要素にすぎません。

「開示すべき重要な不備があるから、財務諸表監査も無限定ではない」

内部統制監査と財務諸表監査は目的が異なります。実証手続により十分かつ適切な監査証拠を入手できれば、内部統制上の重要な不備があっても、財務諸表監査は無限定適正意見となり得ます。

「KAMに記載するので除外事項は不要」

KAMは除外事項付意見の代替ではありません。重要な虚偽表示又は監査範囲の制約がある場合は、監査意見への影響を先に判断します。

「有報訂正をしたので内部統制報告書も必ず訂正する」

有報訂正と内部統制報告書訂正は自動連動しません。訂正原因となった誤りが、評価範囲内の財務報告に重要な影響を及ぼす内部統制不備から生じたかを評価します。

「金額が小さいため、不正リスクとしては重要でない」

経営者関与、資料改ざん、監査人への虚偽説明、関連当事者、資金調達、上場維持、業績予想への影響がある場合、質的重要性が高くなることがあります。

説明可能な監査判断として残すべき調書

不正リスクが監査報告・開示に波及する局面では、調書に次の要素を残す必要があります。

  • 不正又は不正疑義の発覚経緯
  • リスク評価の更新内容
  • 会社の調査範囲と監査人の評価
  • 影響額の算定過程と重要性判断
  • 未修正虚偽表示の評価
  • 過年度訂正の要否
  • 内部統制不備と開示すべき重要な不備の判断
  • 内部統制報告書訂正の要否
  • 監査報告への影響
  • KAM候補としての検討過程
  • 監査役等とのコミュニケーション内容
  • 会社の開示内容との整合性確認
  • 審査担当者との協議内容
  • 未解決事項とその解消根拠

監査人は、識別した虚偽表示が監査に与える影響、そして未修正虚偽表示が財務諸表に与える影響を評価することを求められています。監査報告における意見形成は、この未修正虚偽表示の評価に基づくものです。
出典:日本公認会計士協会|監査基準報告書450「監査の過程で識別した虚偽表示の評価」

不正対応の調書は、単に手続を記録するものではありません。監査人が、どの事実を基礎に、どの基準を適用し、どの証拠を評価し、どの関係者と協議し、どの報告・開示判断に至ったのかを示す判断文書です。

不正リスクと監査報告・開示への影響に関するご相談について

不正又は不正疑義が発生した場合、会社は調査、訂正、再発防止に追われます。一方、監査人・監査役等・経理財務部門にとっては、調査結果をどのように財務報告、内部統制報告、監査報告、KAM、適時開示へ接続するかが重要になります。

特に、次のような局面では、早期に論点を構造化しておくことが重要です。

  • 不正影響額の算定範囲に迷いがある
  • 過年度訂正の要否を判断したい
  • 内部統制報告書の訂正要否を整理したい
  • 開示すべき重要な不備に該当するか検討したい
  • 監査報告書の除外事項、KAM、強調事項等への影響を整理したい
  • 監査役等、審査担当者、会社、法律専門家との説明資料を整えたい
  • 有価証券報告書、決算短信、適時開示の整合性を確認したい

犬飼公認会計士・税理士事務所では、不正リスクが財務報告、内部統制、監査報告、開示に与える影響について、会計・監査・内部統制・開示を横断した論点整理を支援しています。

不正又は不正疑義が監査報告・開示にどのように波及するか、関係者に説明できる判断過程を整理したい場合は、犬飼公認会計士・税理士事務所HPのお問い合わせページよりご相談ください。初回のご相談では、事実関係、影響範囲、必要な追加調査、内部統制不備、訂正開示、監査報告上の論点を整理します。

重要事項の振り返り

論点実務判断のポイント
不正リスクの出口財務諸表、内部統制報告、監査報告、KAM、監査役等報告、適時開示まで見通す
虚偽表示評価金額的重要性だけでなく、経営者関与、証拠改ざん、開示影響などの質的重要性を見る
修正済み不正修正仕訳だけで終わらせず、調査範囲、証拠の信頼性、内部統制不備を評価する
過年度訂正不正か誤謬かではなく、過去の財務諸表に重要な誤謬があったかで判断する
内部統制不備発生額ではなく、当該不備により発生し得た虚偽表示の可能性と影響を評価する
内部統制監査と財務諸表監査目的が異なるため、意見は自動連動しない。ただし、判断の整合性を説明できる必要がある
内部統制報告書訂正有報訂正と自動連動しない。訂正原因が評価範囲内の重要な内部統制不備から生じたかを検討する
適時開示決算短信訂正、業績予想修正、調査委員会、調査結果、再発防止策等への波及を確認する
監査意見未修正虚偽表示か証拠不足か、影響が広範かにより、無限定・限定付・不適正・意見不表明を判断する
KAMKAMは除外事項や開示不足の代替ではない。監査意見形成後に、監査上特に重要な事項を説明するもの
監査役等との協議調査範囲、経営者関与、内部統制不備、訂正開示、監査報告への影響を早期に共有する
監査調書手続記録ではなく、事実、証拠、基準、判断、結論、コミュニケーションを結びつけて残す
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