監査報告書は、監査手続を終えた後に作成する、形式的な成果物ではありません。
監査計画、重要性、リスク評価、内部統制の理解、監査証拠の入手、虚偽表示の評価、会計上の見積りの検討、開示の検討、監査役等とのコミュニケーション、そして審査。これらを経たうえで、監査人が最終的にどのような意見を表明するのかを示す文書です。
監査基準は、財務諸表監査の目的を次のように定めています。経営者の作成した財務諸表が一般に公正妥当と認められる企業会計の基準に準拠し、企業の財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況を全ての重要な点において適正に表示しているかどうか。これを監査人が自ら入手した監査証拠に基づいて判断し、その結果を意見として表明することにある、というものです。
また、適正表示に関する監査意見には、財務諸表全体として重要な虚偽表示がないことについて合理的な保証を得た、という監査人の判断が含まれています。
出典:金融庁・企業会計審議会|監査基準(令和2年11月6日時点)
つまり、監査報告書を読むときも、作成・レビューするときも、まず押さえるべきことは一つです。
監査報告書は、監査人が何をしたかを列挙する文書ではなく、入手した証拠と評価したリスクに基づき、財務諸表全体に対してどの意見を表明できるかを示す文書である。
ここが出発点になります。
監査報告書は「出口」ではなく、監査判断の集約である
監査報告書は監査の最後に作成されるため、実務上はどうしても「出口」として扱われがちです。
しかし、その記載を正しく理解するには、監査報告書を単なる最終成果物としてではなく、監査プロセス全体の判断が集約されたものとして見る必要があります。
監査人は、監査リスクを合理的に低い水準に抑えるため、重要な虚偽表示リスクを評価し、監査上の重要性を勘案して監査計画を策定し、その計画に基づいて監査を実施します。あわせて、財務諸表項目について実在性、網羅性、権利と義務の帰属、評価の妥当性、期間配分の適切性、表示の妥当性等の監査要点を設定し、これらに適合した十分かつ適切な監査証拠を入手しなければならないとされています。
出典:金融庁・企業会計審議会|監査基準(令和2年11月6日時点)
この流れを実務の言葉に置き換えると、監査報告書の背後には、次のような判断が積み重なっていることが分かります。
- どの財務諸表項目に重要な虚偽表示リスクがあるか
- どのリスクに対して、どの程度の監査資源を投入すべきか
- 内部統制に依拠できるか、実証手続を厚くすべきか
- 入手した証拠は、質・量の両面で十分か
- 未修正虚偽表示は、個別にも累積でも重要ではないか
- 会計方針、見積り、注記、表示は適切か
- 継続企業の前提、後発事象、その他の記載内容に関する検討は十分か
- KAMとして利用者に伝えるべき事項があるか
- 監査意見を表明する前に、審査に耐えるだけの判断過程が残されているか
したがって、監査報告書のレビューで重要なのは、「文言が雛形どおりか」だけではありません。より重要なのは、監査報告書に記載されている意見が、監査計画から意見形成までの判断過程と整合しているかどうかです。
監査現場で「監査報告書を確認する」という作業は、形式的には文言確認であっても、実質的には監査全体の判断をもう一度総括する作業にほかなりません。
監査報告書の基本構造
現行の監査基準では、監査報告書に、監査人の意見、意見の根拠、経営者及び監査役等の責任、監査人の責任を、明瞭かつ簡潔に区分して記載することが求められています。さらに、継続企業の前提に関する事項、監査上の主要な検討事項、その他の記載内容、強調事項・その他の事項については、意見の表明とは明確に区別して記載することが求められます。
出典:金融庁・企業会計審議会|監査基準(令和2年11月6日時点)
監査報告書の構造は、概ね次のように理解できます。
監査人の意見
監査対象となった財務諸表について、適正表示の意見を表明する区分です。
無限定適正意見であれば、財務諸表が一般に公正妥当と認められる企業会計の基準に準拠し、全ての重要な点において適正に表示していると認められる旨が記載されます。
意見の根拠
監査が一般に公正妥当と認められる監査の基準に準拠して実施されたこと、入手した監査証拠が意見表明の基礎を与える十分かつ適切なものであることを示す区分です。
監査報告書上は簡潔な記載にとどまりますが、実務上は、この区分の背後にリスク評価、監査手続、証拠評価、調書化、審査対応が集約されています。
経営者及び監査役等の責任
財務諸表の作成責任、重要な虚偽表示がないように内部統制を整備・運用する責任、継続企業の前提に関する評価と必要な開示を行う責任。これらが経営者にあることが示されます。あわせて、監査役等には財務報告プロセスを監視する責任があることが示されます。
監査人の責任
監査人の責任が、独立の立場から財務諸表に対する意見を表明することにあると説明される区分です。
あわせて、監査は合理的保証を得るためのものであること、監査手続の選択と適用は監査人の判断によること、経営者の会計方針・見積り・財務諸表表示を評価すること、監査役等との連携を図ること、KAMを決定して監査報告書に記載することなどが示されます。
この基本構造は、単なる掲載順序ではありません。
監査報告書は、まず結論としての意見を示し、その意見がどのような基礎に支えられているかを示し、財務諸表作成者と監査人の責任を分け、さらに必要に応じてKAM、継続企業、その他の記載内容、強調事項等を区分して伝える構造になっています。
「監査人の意見」は何を意味するのか
監査人の意見は、財務諸表が全ての重要な点において適正に表示されているかどうかに関する意見です。
ここで重要なのは、監査意見が「財務諸表が完全に正しい」と述べるものではない、という点です。監査意見は、監査人が合理的保証を得た範囲で、財務諸表全体に重要な虚偽表示がないと判断したことを表明するものです。
したがって、監査意見の形成にあたっては、次の2つを区別する必要があります。
未修正虚偽表示が存在するかどうか
監査過程で虚偽表示が発見されることはあります。問題は、その虚偽表示が修正されたか、未修正として残っている場合に重要性の観点から許容できるかです。
監査範囲に制約があるかどうか
重要な監査手続を実施できず、意見形成の基礎となる十分かつ適切な監査証拠を入手できない場合があります。このときは、財務諸表が実際に虚偽表示を含んでいるかどうかとは別に、監査意見に影響が生じます。
この2つを、監査意見の判断において混同してはなりません。
会計処理や開示に重要な誤りがある場合は、財務諸表側の問題です。これに対して、必要な監査証拠を入手できない場合は、監査範囲・証拠入手側の問題です。どちらも無限定適正意見を表明できない原因になり得ますが、判断の筋道は異なります。
「意見の根拠」は、監査手続の羅列ではない
監査報告書の「意見の根拠」区分は、実務上、軽く見られやすい箇所です。
しかし、意見形成の観点からは極めて重要です。監査意見は、十分かつ適切な監査証拠に支えられて初めて表明できるものだからです。
監査基準は、監査意見の表明にあたり、監査リスクを合理的に低い水準に抑えた上で、自己の意見を形成するに足る基礎を得なければならないとしています。そして、重要な監査手続を実施できなかったことにより意見形成に足る基礎を得られないときは、意見を表明してはならないとしています。
出典:金融庁・企業会計審議会|監査基準(令和2年11月6日時点)
この意味で、意見の根拠は、監査報告書上は短い定型文であっても、監査調書上は次の問いに答えられる状態でなければなりません。
- 評価した重要な虚偽表示リスクに対して、手続の種類・時期・範囲は適切か
- 内部統制に依拠した場合、その整備・運用評価は十分か
- 実証手続で入手した証拠は、関連性と信頼性を備えているか
- 質問に依存しすぎていないか
- 見積りや評価について、経営者の仮定を批判的に検討しているか
- 矛盾する証拠や例外事項を無視していないか
- 未修正虚偽表示を、量的重要性だけでなく質的重要性から評価しているか
- 開示の不備が、財務諸表利用者の判断に重要な影響を及ぼさないか
監査とは、会社の事業内容や経営環境を踏まえてリスクを把握し、分析的手続、質問、閲覧その他の手続を組み合わせ、十分かつ適切な監査証拠を入手して、財務諸表全体の適正表示に関する意見へつなげていくプロセスです。実務上も、合理的と判断した理由を監査証拠とともに監査調書へ残しておくことが重要になります。
つまり「意見の根拠」は、監査報告書においては簡潔でも、監査人の内部では、調書、レビュー、審査に耐える判断過程として存在していなければならないということです。
経営者責任・監査役等責任・監査人責任を分けて読む
監査報告書の構造を理解するうえで、経営者責任、監査役等責任、監査人責任の区分は重要な意味を持ちます。
財務諸表監査の基本には、財務諸表を作成する責任は経営者にあり、その財務諸表について意見を表明する責任は監査人にあるという責任分担があります。監査報告書においても、この責任分担が明示されます。
この区分を曖昧にすると、監査実務では次のような問題が生じます。
- 監査人が会社の開示判断を代替してしまう
- 監査人が注記案や会計処理案を作成する側に寄りすぎる
- 会社が監査人の指摘待ちになり、自ら財務報告責任を果たさない
- 監査役等が財務報告プロセスの監視責任を形式的にしか果たさない
- 監査調書上、誰の判断で、どの資料に基づき、どの結論に至ったかが曖昧になる
経営者確認書が監査報告書発行前に求められるのも、この責任構造と無関係ではありません。経営者確認書は、財務諸表の作成責任、内部統制を構築する責任、監査に必要な資料を提出したことなど、監査意見の前提となる事項を経営者に確認する書面として位置づけられます。
監査人は、経営者の判断をそのまま受け入れる立場ではありません。一方で、監査人が経営者に代わって財務諸表を作成する立場でもありません。
監査報告書の責任区分は、この緊張関係を明示するものです。
意見形成で評価すべき主要論点
監査報告書の構造を理解するだけでは、実務判断には不十分です。重要なのは、監査意見を表明する前に、どの論点を総括的に評価すべきかという点にあります。
1. 監査証拠は十分かつ適切か
監査意見は、監査証拠に基づく判断です。
「十分性」は証拠の量に関わりますが、単純な件数の多さを意味するものではありません。「適切性」は証拠の質に関わり、関連性と信頼性を含みます。
リスクが高い領域では、証拠の量だけでなく、証拠力の高い手続が必要になります。例えば、会計上の見積り、収益認識、関連当事者取引、非定型取引、不正リスクが高い領域では、質問だけでは不十分なことが多く、外部証拠、再計算、専門家の利用、事後的検討、矛盾証拠の検討などが重要になります。
証拠評価で避けるべきなのは、「手続を実施したから十分」と考えてしまうことです。意見形成で問われるのは、手続実施の事実ではなく、その手続により意見表明の基礎となる証拠が得られたかどうかです。
2. 未修正虚偽表示は重要ではないか
監査の終盤では、未修正虚偽表示を個別および累積で評価する必要があります。
ここで重要になるのは、金額的重要性だけでなく、質的重要性です。金額としては重要性の基準値を下回る場合でも、次のような性質を持つ虚偽表示は慎重に評価しなければなりません。
- 利益転換に影響する
- 財務制限条項や上場維持基準に影響する
- 経営者報酬や業績予想達成に関係する
- 不正または経営者バイアスを示唆する
- 重要な注記の欠落または誤表示につながる
- KAM候補や重要な見積りに関係する
- 内部統制の重要な不備を示唆する
監査報告書の意見区分は、最終的には財務諸表全体への影響で決まります。そのため、未修正虚偽表示の評価では、「修正しなくてもよいか」ではなく、「無限定適正意見を支える判断として説明できるか」という視点が必要になります。
3. 会計方針と見積りは、取引実態を反映しているか
監査人は、財務諸表の適正表示を判断するにあたり、経営者が採用した会計方針が企業会計の基準に準拠して継続的に適用されているかを確かめます。それだけではありません。その選択と適用方法が会計事象や取引を適切に反映するものか、財務諸表の表示方法が適切かも評価しなければならないとされています。
出典:金融庁・企業会計審議会|監査基準(令和2年11月6日時点)
この点は、特に会計上の見積りで重要になります。
会計上の見積りは、将来事象に関する仮定、利用可能な情報、経営者の判断に依存します。そのため監査人は、単に計算結果を確認するだけでなく、見積方法、主要な仮定、基礎データ、経営者バイアス、感応度、開示との整合性を評価する必要があります。
見積り差異が生じたこと自体が、直ちに誤謬を意味するわけではありません。しかし、見積時点で当然考慮すべき情報を考慮していなかった場合や、過度に楽観的な仮定を採用していた場合には、当初見積りの合理性が問題になります。
監査報告書の意見形成では、見積りの結論だけでなく、見積りに関する開示が財務諸表利用者にとって十分かどうかも重要になります。
4. 開示は財務諸表利用者に対して説明可能か
監査意見は、財務諸表本表の金額だけでなく、注記や表示を含む財務諸表全体に対する意見です。
そのため、会計処理の金額が大きく誤っていなくても、重要な注記が不足していれば、監査意見に影響する可能性があります。特に、会計上の見積り、継続企業の前提、重要な会計方針、関連当事者、後発事象、偶発債務、セグメント情報、金融商品リスクなどは、財務諸表利用者の判断に影響しやすい領域です。
開示の評価では、単にチェックリストに記載があるかどうかだけでなく、次の観点が必要になります。
- 財務諸表利用者が不確実性を理解できるか
- 重要な判断や仮定が隠れていないか
- 本表の金額と注記の説明が整合しているか
- 有価証券報告書の記述情報と財務諸表が矛盾していないか
- KAMで扱う論点と注記の説明が接続しているか
- 訂正や不正リスクがある場合、開示の透明性が確保されているか
監査報告書は、財務諸表の外にある文書です。しかし、その意見は財務諸表全体の表示・開示評価に基づいています。したがって開示の検討は、監査報告書作成直前の形式チェックではなく、意見形成の中核に位置づけられるべきものです。
KAMは監査意見とは別の「追加説明」である
KAMは、監査報告書の情報価値を高めるために導入された重要な区分です。
企業会計審議会の2018年の監査基準改訂に関する意見書では、KAMの記載は、監査人が実施した監査の透明性を向上させ、監査報告書の情報価値を高めることに意義があるとされています。また、財務諸表利用者に監査プロセスに関する情報が提供されることで、監査の信頼性向上、財務諸表への理解の深化、経営者との対話促進、監査人と監査役等のコミュニケーション充実、ガバナンス強化につながることが期待されています。
出典:金融庁・企業会計審議会|監査基準の改訂に関する意見書(2018年7月)
KAMを理解するうえで最も重要なのは、KAMは監査意見そのものを分割するものではない、という点です。
KAMは、財務諸表全体に対する監査の実施過程および意見形成において検討した事項のうち、監査人が特に重要であると判断した事項を利用者に説明するものです。KAMに記載された事項について、監査人が個別に別の意見を表明するわけではありません。
この点を誤解すると、KAMは「問題がある事項」や「限定意見に近い事項」と受け止められてしまいます。しかし、KAMは必ずしも不適切な会計処理や監査上の不備を意味するものではありません。
むしろKAMは、監査人が特に注意を払った領域を示すことで、財務諸表利用者に対し、監査上の重要判断の所在を伝えるものです。
KAMと監査意見形成の関係
KAMは監査意見とは別の区分ですが、監査意見形成と無関係ではありません。
KAMは、監査役等とコミュニケーションした事項の中から、監査人が特に注意を払った事項を絞り込み、さらに当年度の監査において特に重要であると判断した事項を決定するプロセスで形成されます。KAMをめぐっては、監査基準報告書701、監査基準報告書720、監査報告書に係るQ&Aなどが体系的に整理されており、実務上はこれらを踏まえて判断していくことになります。
出典:日本公認会計士協会|監査報告に関する動向~監査上の主要な検討事項(Key Audit Matters)~ 国内動向
KAM候補になりやすいのは、例えば次のような領域です。
- 特別な検討を必要とするリスク
- 重要な虚偽表示リスクが高いと評価された領域
- 会計上の見積りの不確実性が高い領域
- 経営者の重要な判断を伴う領域
- 当年度に発生した重要な事象または取引
- 監査人が特に困難、主観的、複雑な判断を行った領域
実務上は、KAMを監査報告書作成時に突然選ぶのでは遅すぎます。監査計画段階から、重要な監査上の論点、監査役等とのコミュニケーション、会社の開示準備、審査対応を接続して管理していく必要があります。
KAMは、意見形成後に装飾的に加える文章ではありません。意見形成に至る過程で、どの論点に特に注意を払ったのかを説明する区分です。
強調事項区分とその他の事項区分
監査報告書には、監査意見とは明確に区別して、強調事項やその他の事項が記載されることがあります。
強調事項は、財務諸表に適切に表示または開示されている事項であっても、財務諸表利用者が財務諸表を理解するうえで重要であるため、監査人が注意を喚起する必要があると判断した場合に用いられます。
一方、その他の事項は、財務諸表に表示または開示されている事項そのものではないものの、監査、監査人の責任、監査報告書の理解に関連して利用者に伝える必要がある場合に用いられます。
ここで重要なのは、強調事項もその他の事項も、原則として監査意見の修正ではないという点です。
財務諸表に重要な虚偽表示がある場合や、重要な監査手続を実施できず十分な証拠を入手できない場合には、強調事項で済ませるのではなく、除外事項付意見または意見不表明を検討すべきです。
強調事項区分は、「重要だから目立たせる」ための区分であって、「不適切だが意見を修正しない」ための区分ではありません。
継続企業の前提に関する事項
継続企業の前提は、監査報告書において特に慎重な判断が求められる領域です。
監査基準は、監査人が、継続企業を前提として財務諸表を作成することの適切性について、合理的な期間に関する経営者の評価を検討しなければならないとしています。そして、継続企業の前提に重要な疑義を生じさせる事象または状況が存在すると判断した場合には、経営者の評価と対応策を検討したうえで、なお重要な不確実性が認められるかを確かめる必要があるとしています。
出典:金融庁・企業会計審議会|監査基準(令和2年11月6日時点)
監査報告上は、継続企業の前提に関する重要な不確実性が認められる場合であっても、財務諸表に適切に記載されていれば、無限定適正意見を表明したうえで、継続企業の前提に関する事項を監査報告書に記載することがあります。
一方、継続企業の前提に関する重要な不確実性があるにもかかわらず、財務諸表に適切に記載されていない場合には、限定付適正意見または不適正意見を検討する必要があります。また、経営者が評価や対応策を示さず、十分かつ適切な監査証拠を入手できない場合には、監査範囲の制約として意見表明の適否を判断することになります。
継続企業の前提に関する判断が難しいのは、会計上の結論、開示、監査報告が密接に結びついているからです。
単に資金繰り表を入手しただけでは、十分とは限りません。資金調達計画、借入契約、財務制限条項、事業計画、親会社支援、スポンサー支援、コスト削減策、売却予定資産、後発事象、経営者の対応策の実現可能性。これらを監査証拠として評価していく必要があります。
その他の記載内容は、監査意見とは区別しつつ軽視できない
有価証券報告書などには、監査対象となる財務諸表以外にも、経営方針、事業等のリスク、MD&A、サステナビリティ関連情報、コーポレート・ガバナンス情報など、多くの記述情報が含まれます。
2020年の監査基準改訂に関する意見書では、「その他の記載内容」について、監査人は意見を表明するものではなく、監査報告書における「その他の記載内容」に係る記載は監査意見とは明確に区別された情報提供である、という位置付けが維持されています。
出典:金融庁・企業会計審議会|監査基準の改訂に関する意見書(2020年11月)
ただし、「意見を表明しない」ということは、「何も見なくてよい」という意味ではありません。
その他の記載内容と財務諸表との間に重要な相違がある場合、または監査の過程で得た知識と矛盾する内容がある場合には、監査人は必要な対応を検討する必要があります。
実務上、その他の記載内容に関する検討は、監査報告書作成の直前に負荷が集中しやすい領域です。特に、有価証券報告書の記述情報と財務諸表注記、KAM、会計上の見積り、継続企業の前提、不正・訂正対応が関係する場合は注意が必要です。監査チーム、審査担当者、会社、監査役等の間で早期に論点を共有しておかなければ、監査報告書日の直前に大きな手戻りが生じます。
無限定適正意見を表明できない場合
無限定適正意見を表明できない場合は、大きく2つの系統に分けて考えると整理しやすくなります。
財務諸表に重要な虚偽表示がある場合
会計方針の選択・適用、表示方法、注記、見積り、認識・測定などに不適切な点があり、その影響が重要である場合には、除外事項付意見を検討します。
影響が重要であるが広範ではない場合には限定付適正意見、重要かつ広範である場合には不適正意見が問題になります。
十分かつ適切な監査証拠を入手できない場合
重要な監査手続を実施できず、財務諸表全体に対する意見表明の基礎を得られない場合には、限定付適正意見または意見不表明を検討します。
監査基準は、財務諸表全体に対する意見表明のための基礎を得ることができなかった場合には、意見を表明してはならないとしています。
出典:金融庁・企業会計審議会|監査基準(令和2年11月6日時点)
この切り分けは、監査報告書の記載だけでなく、会社との協議、監査役等報告、審査対応でも重要になります。
会社側の会計処理・開示が不適切なのか。監査人が必要な証拠を入手できていないのか。不確実性が高いが開示は適切なのか。経営者の評価が不足しているのか。
これらを混同すると、監査意見の判断が曖昧になります。
監査報告書日と意見形成の実務
監査報告書日には、単なる日付以上の意味があります。
監査報告書日とは、監査人が監査意見を形成するために必要な監査証拠を入手し、監査報告書を発行できる状態になった日を意味します。したがって、監査報告書日を決める前提として、少なくとも次の事項が完了している必要があります。
- 財務諸表本表・注記の最終確認
- 未修正虚偽表示の集計と評価
- 重要な会計上の見積りの最終評価
- 後発事象の検討
- 継続企業の前提に関する評価
- その他の記載内容の必要な検討
- 経営者確認書の入手
- 監査役等との必要なコミュニケーション
- KAMの決定と記載内容の確認
- 審査担当者による審査
- 監査報告書の最終文言確認
このうち、実務上とりわけ問題になりやすいのが、経営者確認書、その他の記載内容、KAM、審査です。
経営者確認書は、監査手続を代替するものではありません。しかし、監査意見の前提となる経営者の責任や確認事項を明確にする、重要な手続です。その他の記載内容は、監査意見とは区別されるものの、有価証券報告書全体の整合性に関わります。KAMは、監査報告書上の記載であると同時に、監査役等とのコミュニケーション、会社の注記、審査対応と密接に関係します。
監査報告書日の管理は、単なるスケジュール管理ではありません。意見形成に必要な判断がすべて完了しているかを確認する、監査品質上の重要な管理です。
審査担当者に説明できる監査報告書になっているか
監査基準は、監査意見の表明に先立ち、監査人の意見が一般に公正妥当と認められる監査の基準に準拠して適切に形成されていることを確かめるため、意見表明に関する審査を受けなければならないとしています。
出典:金融庁・企業会計審議会|監査基準(令和2年11月6日時点)
審査で問われるのは、監査報告書の文言だけではありません。
審査担当者が見ているのは、監査報告書に至る判断の整合性です。
- 監査計画で識別したリスクと実施手続が整合しているか
- 重要性の判断と未修正虚偽表示の評価が整合しているか
- 会計上の見積りについて、経営者の仮定を十分に検討しているか
- 会社の開示とKAMが整合しているか
- 継続企業の前提の判断に必要な証拠が入手されているか
- 除外事項、強調事項、その他の事項の使い分けが適切か
- 意見の根拠に耐える監査調書が残されているか
監査報告書は、審査担当者への説明にも、監査役等への報告にも、将来のレビューや検査にも耐えるものでなければなりません。
この意味で、良い監査報告書とは、きれいな文言の報告書のことではありません。監査判断の前提、証拠、評価、結論が一貫している報告書のことです。
監査報告書を読むときの実務的視点
監査報告書を読むときは、まず監査意見の種類を確認します。しかし、それだけでは不十分です。
特に公認会計士が実務判断として読む場合は、次の順序で見ていくと、監査報告書の意味を立体的に把握できます。
最初に見るべきは、監査意見です。
無限定適正意見か、除外事項付意見か、意見不表明か。まず結論を確認します。
次に見るべきは、意見の根拠です。
除外事項がある場合には、その理由が何か。証拠不足なのか、財務諸表の虚偽表示なのかを確認します。
次に、KAMを見ます。
当年度の監査でどの論点が特に重要と判断されたのか。会社の注記や見積り、リスク情報とどうつながっているのかを読みます。
次に、継続企業の前提、強調事項、その他の事項を確認します。
監査意見は無限定でも、財務諸表利用者が特に注意すべき事項があるかどうかを確認します。
最後に、その他の記載内容に関する区分を含め、有価証券報告書全体との整合性を確認します。
この読み方をすると、監査報告書は単なる「適正意見の有無」ではなく、監査人がどこに注意を払い、どのようなリスクを経て意見形成したのかを示す情報として読めるようになります。
監査報告書の作成・レビューで陥りやすい誤り
監査報告書の実務では、次のような誤りが起こりやすいといえます。
雛形確認で終わってしまう
監査報告書には定型文が多く含まれます。そのため、形式的な文言確認で完了したように見えてしまいます。
しかし、KAM、強調事項、その他の事項、継続企業の前提、除外事項の判断は、雛形では解決できません。重要なのは、どの区分に何を書くかではなく、どの区分で伝えるべき性質の事項なのかを判断することです。
KAMを会社の開示説明に寄せすぎる
KAMは、会社の注記や開示と接続する必要があります。しかし、会社の説明をそのまま監査報告書に移すものではありません。
監査報告書に記載すべきなのは、監査人がなぜ当該事項をKAMと判断したのか、当該事項に対して監査上どのように対応したのか、という点です。会社の開示内容と重複しすぎると、監査人の視点が不明確になってしまいます。
強調事項と除外事項を混同する
財務諸表に適切に開示されている重要事項に注意喚起する場合と、財務諸表に重要な虚偽表示がある場合とでは、まったく意味が異なります。
強調事項で済ませられるのは、財務諸表に適切に表示・開示されていることが前提です。不適切な会計処理や開示不足がある場合には、除外事項付意見の要否を検討すべきです。
証拠不足を説明不足で補おうとする
監査報告書や審査資料でどれだけ丁寧に説明しても、意見形成の基礎となる十分かつ適切な監査証拠がなければ、監査意見は支えられません。
説明は証拠を補完するものではありますが、証拠そのものを代替するものではありません。
その他の記載内容を後回しにする
その他の記載内容は、監査意見とは区別されます。しかし、有価証券報告書全体の整合性という意味では、監査報告書日の直前に大きな論点になり得ます。
特に、事業等のリスク、MD&A、サステナビリティ情報、ガバナンス情報、KAM、見積り注記が関係する場合には、早期の確認が必要です。
監査報告書の構造を理解することが監査品質を高める
監査報告書を理解することは、単に報告基準を理解することではありません。
監査報告書の構造を理解すると、監査計画段階から意識すべきことが変わってきます。
- このリスクは最終的に監査意見にどう影響し得るか
- この見積り論点はKAM候補になり得るか
- この内部統制不備は財務諸表監査や内部統制監査報告にどう影響するか
- この未修正差異は量的には小さくても質的に重要ではないか
- この開示は財務諸表利用者に十分説明できるか
- この判断は監査役等、審査担当者、レビュー担当者に説明できるか
監査報告書を出口から逆算して理解すると、監査調書の残し方も変わります。単なる手続記録ではなく、判断過程と結論の整合性を残す意識が強くなります。
監査報告書は、監査の最後に作成されます。しかし、監査報告書に耐える監査は、期末に突然作れるものではありません。
期首の監査計画、期中のリスク評価、内部統制評価、期末の証拠形成、会社との論点整理、監査役等とのコミュニケーション、審査対応。そのすべてが、監査報告書につながっています。
監査報告書に関する判断で確認しておきたいこと
監査報告書の作成・レビューに関わる場合、少なくとも次の問いに答えられる状態にしておく必要があります。
- 監査意見は、どの監査証拠に基づいて形成されているか
- 意見の根拠は、監査調書上どこで説明されているか
- 未修正虚偽表示の評価は、重要性判断と整合しているか
- 会計上の見積りについて、経営者バイアスを検討しているか
- 注記を含む開示は、財務諸表利用者にとって十分か
- KAM候補の絞り込みは、監査役等とのコミュニケーションと整合しているか
- 継続企業の前提に関する評価と開示は適切か
- その他の記載内容と財務諸表に重要な相違はないか
- 強調事項、その他の事項、除外事項を適切に使い分けているか
- 意見表明前の審査に耐える判断過程が残されているか
これらの問いに答えられない場合、監査報告書の文言が整っていても、意見形成の実質が弱い可能性があります。
主な参照情報
本稿は、2026年7月時点で公表されている金融庁・企業会計審議会、日本公認会計士協会、e-Gov法令検索等の公的・公式情報を確認したうえで作成しています。
なお、個別の監査報告書の作成・判断にあたっては、最新の監査基準、監査基準報告書、監査証明府令、会社法・金商法その他の適用法令、所属する監査法人の品質管理方針・審査方針を確認する必要があります。
- 出典:金融庁・企業会計審議会|監査基準(令和2年11月6日時点)
- 出典:金融庁|企業会計審議会 監査基準等(最新版)
- 出典:金融庁・企業会計審議会|監査基準の改訂に関する意見書(2018年7月)
- 出典:金融庁・企業会計審議会|監査基準の改訂に関する意見書(2020年11月)
- 出典:日本公認会計士協会|「監査基準の改訂に関する意見書」に対応する監査基準委員会報告書701等の公表について
- 出典:日本公認会計士協会|監査報告に関する動向~監査上の主要な検討事項(Key Audit Matters)~ 国内動向
- 出典:e-Gov法令検索|財務諸表等の監査証明に関する内閣府令
- 出典:e-Gov法令検索|金融商品取引法
振り返り
| 論点 | 実務上の意味 | 確認すべき判断 |
|---|---|---|
| 監査意見 | 財務諸表全体への結論 | 重要な虚偽表示がないと判断できるか |
| 意見の根拠 | 意見を支える監査証拠の基礎 | 十分かつ適切な監査証拠を入手しているか |
| 経営者責任 | 財務諸表作成と内部統制の責任 | 監査人が会社の判断を代替していないか |
| 監査人責任 | 独立の立場から意見を表明する責任 | 監査基準に準拠した判断過程があるか |
| KAM | 監査上特に重要な事項の説明 | 個別意見ではなく、監査上の重要判断として説明できるか |
| 強調事項 | 適切に開示された重要事項への注意喚起 | 除外事項と混同していないか |
| 継続企業の前提 | 重要な不確実性と開示の評価 | 経営者評価、対応策、開示、監査報告が整合しているか |
| その他の記載内容 | 財務諸表外の記述情報との整合性 | 監査意見とは区別しつつ、重要な相違を見逃していないか |
| 審査 | 意見形成の品質確認 | 審査担当者にリスク、証拠、結論を説明できるか |
| 監査報告書日 | 意見形成が完了した時点 | 必要な手続、確認書、審査、開示確認が完了しているか |
監査報告書は、監査の最後に現れる文書です。しかし、その品質は期末だけで決まるものではありません。監査計画、リスク評価、証拠形成、見積り・開示の検討、監査役等とのコミュニケーション、審査対応。これらを一体として整理できているかどうかが、最終的な監査意見の説明可能性を左右します。
監査報告書、KAM、会計上の見積り、内部統制不備、開示・訂正対応などについて、判断過程を整理し、審査・監査役等・会社への説明に耐える形で論点を確認したい場合は、犬飼公認会計士・税理士事務所へご相談ください。財務報告と監査判断を切り離さず、実務上どこを確認し、どのように説明可能な状態に整えるべきかを整理いたします。