時価算定の実務では、次のような整理をよく耳にします。
- 「外部評価を取れば監査対応は終わる」
- 「証券会社から価格を入手しているのだから、会社側で検証する必要はない」
- 「評価モデルは専門家が作成したものなので、経理部門は結論だけ見ればよい」
- 「DCFで算定しているのだから、理論的には問題ない」
- 「評価額が大きく変わらなければ、前期と同じ手法でよい」
いずれも、危うい整理です。
たしかに、時価算定において第三者価格や外部評価は重要な証拠になります。しかし、日本基準の財務報告における時価は、会社の財務諸表に計上され、あるいは注記される数値です。
評価会社、金融機関、ブローカー、情報ベンダーが算定した価格を利用する場合であっても、その価格を採用するという判断の責任は、財務諸表作成者である会社に残ります。
ですから、評価技法と第三者評価の利用を考えるときに問われるのは、「誰が評価したか」ではありません。次の問いに答えられるかどうかです。
- その評価技法は、対象となる資産・負債の特性に合っているか
- その評価は、市場参加者の仮定を反映しているか
- 重要なインプットは観察可能か、観察不能か
- 外部評価の前提は、会社の会計目的、算定単位、評価基準日と整合しているか
- 複数の評価技法や第三者価格に差がある場合、その差をどう説明するか
- 注記・監査・KAMに波及する論点は整理されているか
本稿では、日本基準を前提に、時価算定における評価技法と第三者評価の利用を、上場企業・IPO準備企業・大規模グループの決算、開示、監査対応で説明できる水準を意識して整理します。
なお、本稿は「4-5. 時価算定基準の全体像」「4-6. 時価レベル分類と観察可能インプット」を前提に、評価技法の選択、外部価格・第三者評価の検証、監査対応に焦点を当てます。PPAにおける識別可能無形資産の評価は、本シリーズの「11-10. PPAと識別可能資産・負債の評価」で扱います。
評価技法は「時価を作る方法」ではなく「市場参加者の価格を推定する方法」である
時価算定基準における時価とは、算定日において市場参加者間で秩序ある取引が行われると想定した場合の価格です。
したがって評価技法は、会社にとって都合のよい価格を算定するための技術ではありません。市場参加者がその資産または負債をどのように価格付けするかを推定するための方法です。
企業会計基準第30号「時価の算定に関する会計基準」は、時価の算定にあたり、状況に応じて十分なデータが利用できる評価技法を用いること、そして関連性のある観察可能なインプットを最大限利用し、観察できないインプットの利用を最小限にすることを求めています。
また、評価技法は毎期継続して適用することが原則です。ただし、状況に応じて同等またはより適切な時価を算定できる場合には、変更が適切となることもあります。
出典:企業会計基準委員会|企業会計基準第30号 時価の算定に関する会計基準
ここから導かれる実務上のポイントは、明確です。
評価技法の選択は、評価者の好みで決まるものではありません。対象商品、利用可能な市場データ、観察可能インプットの有無、取引の実態、そして市場参加者の価格形成行動を踏まえ、説明できる形にしておく必要があります。
3つの評価アプローチ|マーケット、インカム、コスト
時価算定で用いられる評価技法は、一般に次の3つのアプローチに整理されます。
| アプローチ | 基本的な考え方 | 主な利用場面 | 実務上の主な検証ポイント |
|---|---|---|---|
| マーケット・アプローチ | 同一または類似の資産・負債に関する市場価格、取引価格、倍率等を利用する | 上場商品、類似債券、投資信託、類似取引、類似会社倍率 | 市場の活発性、類似性、補正の合理性、取引の秩序性 |
| インカム・アプローチ | 将来キャッシュ・フローや収益を現在価値に割り引く | 非上場金融商品、貸付金、デリバティブ、ファンド持分、長期債権 | 将来CF、割引率、信用リスク、成長率、ボラティリティ、感応度 |
| コスト・アプローチ | 資産の用役能力を再調達するための現在のコストを基礎にする | 一部の有形資産、特殊資産、代替資産の評価 | 再調達原価、機能的陳腐化、経済的陳腐化、使用状態、減価要因 |
PPA評価の実務でも、無形資産評価のアプローチはインカム・アプローチ、マーケット・アプローチ、コスト・アプローチに分類され、評価対象の種類や重要性を踏まえて最適な評価手法を選択する、という考え方が定着しています。
金融商品の時価算定とは評価目的が異なるとはいえ、評価技法を選択し、インプットを検証し、複数手法の整合性を確認するという実務姿勢そのものは共通しています。
ただし、会計上の時価算定において重要なのは、評価技法そのものよりも、時価算定に用いたインプットの観察可能性です。評価モデルを使ったからレベル3、外部価格を使ったからレベル2、といった単純な整理はできません。
マーケット・アプローチ|市場価格を使う場合ほど「類似性」と「補正」が問われる
マーケット・アプローチは、同一または類似する資産・負債の市場価格や取引価格を基礎に時価を算定する方法です。
活発な市場における同一商品の無調整価格であれば、通常はレベル1のインプットになります。一方、類似商品の価格、活発でない市場の価格、価格ベンダーによる評価価格、マトリックス・プライシングなどを用いる場合には、レベル2またはレベル3の判断が必要になります。
このアプローチの実務上の難所は、「似ている価格を持ってくること」ではありません。どこが似ていて、どこが違うのかを特定し、その差異をどう補正したのかを説明することにあります。
たとえば、社債の時価を類似銘柄の価格から算定する場合、次の差異が評価に影響します。
| 差異項目 | 検討内容 |
|---|---|
| 発行体信用力 | 格付、財務内容、業種、信用スプレッド |
| 残存期間 | デュレーション、金利感応度 |
| 担保・劣後性 | 担保付、無担保、劣後、優先順位 |
| 流動性 | 取引頻度、売買気配、スプレッド |
| 通貨・金利条件 | 固定・変動、通貨、クーポン |
| 組込条件 | 期限前償還、転換権、オプション性 |
| 市場環境 | 期末時点の信用市場、金利水準、流動性 |
補正が軽微であり、その補正内容が観察可能な市場データに基づいている場合には、レベル2として整理できる可能性があります。
これに対して、補正が重要であり、その補正が会社または評価者の判断に大きく依存する場合には、レベル3に分類される可能性があります。
また、売買事例を用いる場合には、その取引が秩序ある取引であったかどうかを確認しておく必要があります。投売り、強制売却、清算局面の取引、関連当事者間取引などは、市場参加者間の通常の取引価格を示していない可能性があるためです。
インカム・アプローチ|DCFは「計算式」ではなく仮定の集合である
インカム・アプローチは、将来キャッシュ・フローや収益、オプション価値などを現在価値に割り引く評価技法です。金融商品では、DCF法、オプション価格モデル、期待現在価値法、デフォルト確率を反映したモデルなどが用いられます。
このアプローチは、モデルが精緻に見えるため、しばしば「理論価格」として扱われがちです。しかし実務上問題になるのは、モデルの数式よりも、そこに入力される仮定の妥当性です。
| 主なインプット | 検証ポイント |
|---|---|
| 将来キャッシュ・フロー | 契約条件、返済予定、期限前償還、デフォルト、回収率 |
| 割引率 | リスクフリーレート、信用スプレッド、流動性プレミアム |
| 信用リスク | 格付、財務指標、担保、保証、業種環境 |
| ボラティリティ | 市場で観察可能な期間・商品か、推計値か |
| 相関係数 | 市場データで裏付けられるか、モデル仮定か |
| 成長率 | 市場参加者の仮定として合理的か |
| 流動性調整 | 実際の市場スプレッドから説明できるか |
| オプション行使仮定 | 行使可能性、行使時点、経済的合理性 |
会計上の見積りでは、期末時点で入手可能な情報に基づき、最善の見積りを行ったかどうかが重要になります。
見積額と実績が後に乖離すること自体が、直ちに誤りとなるわけではありません。ただし、その乖離の原因が、期末時点で当然考慮すべき事項を考慮していなかったことにある場合や、楽観的な見積りによるものであった場合には、誤謬や内部統制上の問題につながり得ます。
したがって、DCFやオプションモデルを用いる場合には、計算結果だけを見るわけにはいきません。どの仮定が時価に重要な影響を与えるのか、どの仮定が観察可能で、どの仮定が観察不能なのかを、あらかじめ整理しておく必要があります。
コスト・アプローチ|再調達原価だけでは時価にならない
コスト・アプローチは、資産の用役能力を再調達するために必要な現在のコストを基礎に、時価を推定する方法です。金融商品の評価において中心的な手法とはいえませんが、担保資産、特殊資産、PPAや減損測定との関係では重要になります。
このアプローチで注意したいのは、再調達原価を算定しただけでは時価にならない、という点です。現在の使用状態、物理的劣化、機能的陳腐化、経済的陳腐化、稼働率、代替可能性、売却市場の有無などを反映する必要があります。
PPA評価の実務では、コスト・アプローチ、マーケット・アプローチ、インカム・アプローチを併用する場合、各手法で用いるパラメータの整合性を確認すべきものとされています。
たとえば、コスト・アプローチで考慮した回復費用とインカム・アプローチの将来資本的支出、コスト・アプローチの操業度や利益率とインカム・アプローチの事業計画、そしてマーケット・アプローチにおける売買事例の補正との整合が、検討の対象になります。
この視点は、金融商品以外の評価においても重要です。評価技法が違っても、評価対象の経済的実態は同じだからです。
複数の評価技法を併用した結果が大きく異なる場合には、どちらか一方を機械的に採用するのではなく、差異の原因を分解する必要があります。
評価技法を選ぶときの判断軸
評価技法の選択は、次の順序で検討すると整理しやすくなります。
1. 評価対象の特性を確認する
まず、評価対象が何であるかを明確にします。株式、債券、貸付金、デリバティブ、投資信託、ファンド持分、組込デリバティブ、保証契約など、金融商品の種類によって価格形成のメカニズムは異なります。
金融資産には、現金預金、金銭債権、出資証券、有価証券、デリバティブ取引により生じる正味の債権などが含まれます。金融商品の範囲を正しく把握しないままでは、時価算定の対象や注記対象の網羅性が崩れてしまいます。
2. 市場価格の有無を確認する
活発な市場における同一商品の無調整価格があれば、通常はそれを最優先します。市場価格がない場合でも、類似商品の価格や観察可能な市場データが利用できるかどうかを確認します。
3. 評価モデルが必要かを判断する
市場価格や類似価格だけでは評価できない場合には、DCF、オプションモデル、信用リスクモデルなどの評価技法を検討します。
この場合も、モデルを選択した理由、モデルの一般性、対象商品との適合性を説明できる状態にしておく必要があります。
4. 重要なインプットを特定する
評価額に影響するインプットを洗い出します。重要性の乏しい補助的なインプットよりも、評価額への感応度が高いインプットに焦点を当てます。
5. 観察可能性を判定する
各インプットが市場データに基づくものか、それとも会社または評価者の仮定に基づくものかを判定します。観察不能インプットが重要である場合には、レベル3分類、注記、監査対応が重要な論点になります。
6. 複数手法の結果を比較する
複数の評価技法や第三者価格が存在する場合には、評価結果の差異を分析します。差異があること自体は、問題ではありません。問題になるのは、その差異の原因を説明できないことです。
7. 前期からの変更を説明する
評価技法やインプットを変更した場合には、その理由を整理します。市場環境の変化、商品特性の変化、観察可能データの入手可能性の変化、評価モデルの改善など、変更の合理性を説明できるようにしておきます。
第三者価格と第三者評価は同じではない
実務では、「第三者評価」という言葉が幅広く使われています。しかし決算・監査対応の場面では、少なくとも次の区別が必要です。
| 区分 | 例 | 主な検証ポイント |
|---|---|---|
| 第三者価格 | 証券会社価格、ブローカー価格、情報ベンダー価格、運用会社基準価額 | 価格の性質、算定方法、観察可能インプット、取引可能性 |
| 第三者評価 | 評価会社・鑑定士・専門家による評価報告書 | 評価目的、評価基準、評価技法、前提条件、専門家の適性 |
| 会社内部評価 | 経理・財務・リスク管理部門による評価モデル | モデル妥当性、データソース、承認プロセス、内部統制 |
| 取引価格 | 実際の売買価格、取得価格、契約価格 | 秩序ある取引か、関連当事者取引でないか、時価算定単位と一致するか |
第三者価格は「市場に近い情報」である一方、価格の算定過程がブラックボックスになりやすいという弱点を抱えています。第三者評価は詳細な前提を確認しやすい反面、評価者の判断や会社提供情報に依存する部分があります。
したがって、どちらが優れているかという話ではありません。評価対象と会計目的に照らして、どの情報がより時価を表しているのかを判断することになります。
第三者から入手した相場価格の利用
企業会計基準適用指針第31号は、取引相手の金融機関、ブローカー、情報ベンダー等の第三者から入手した相場価格について、それが時価算定基準に従って算定されたものと判断する場合には、当該価格を時価算定に用いることができるとしています。
また、市場活動が著しく低下している場合には、その価格が秩序ある取引を反映した現在の情報に基づくものか、あるいは市場参加者の仮定を反映した評価技法に基づくものかを評価したうえで、時価算定に考慮する程度を判断することになります。
出典:企業会計基準委員会|企業会計基準適用指針第31号 時価の算定に関する会計基準の適用指針
この定めは、第三者価格を利用できることを認めるものです。ただし、無条件に採用してよい、という意味ではありません。
実務上は、次の検証が必要になります。
| 検証項目 | 確認すべき内容 |
|---|---|
| 価格の種類 | 約定価格、売気配、買気配、仲値、参考価格、モデル価格 |
| 取引可能性 | 実際にその価格で売買可能か、参考値にすぎないか |
| 算定方法 | 市場価格、類似価格、モデル評価、NAV、内部推計 |
| 価格基準日 | 決算日時点の市場状況を反映しているか |
| インプット | 金利、為替、スプレッド、ボラティリティ等が観察可能か |
| 価格提供者 | 取引相手か、独立した情報ベンダーか、運用会社か |
| 複数価格比較 | 他社価格、ベンダー価格、会社推定値との乖離 |
| 継続性 | 前期と同じ価格取得方針か、変更理由はあるか |
| レベル分類 | 重要なインプットに観察不能なものが含まれていないか |
第三者価格を用いる場合にありがちな不備が、「価格を取得した証跡」だけを保存しているケースです。
監査上必要になるのは、価格を取得したという事実だけではありません。その価格を財務報告上の時価として利用できると会社が判断した、その根拠です。
第三者価格を時価とみなせる例外的取扱い
適用指針第31号には、一定のデリバティブ取引について、第三者から入手した価格を時価とみなす取扱いが設けられています。
総資産の大部分を金融資産が占め、総負債の大部分を金融負債および保険契約から生じる負債が占める企業集団等以外の企業集団等において、第三者が客観的に信頼性のある独立した者であること、公表されているインプットの契約時からの推移と入手価格との間に明らかな不整合がないこと、レベル2の時価に属すると判断されることなどを満たす場合には、プレイン・バニラの金利スワップ、為替予約または通貨スワップについて、第三者価格を時価とみなすことができます。
出典:企業会計基準委員会|企業会計基準適用指針第31号 時価の算定に関する会計基準の適用指針
ただし、この取扱いはあくまで限定的なものです。オプション性を含む商品、複雑な仕組債、相関係数や長期ボラティリティが重要なデリバティブ、信用リスク調整や流動性調整が重要な商品について、安易にこの取扱いを拡張することはできません。
実務上は、次のように整理しておくと安全です。
| 商品 | 第三者価格利用時の注意点 |
|---|---|
| 為替予約 | 通貨、満期、予約レート、先物為替相場との整合 |
| 金利スワップ | 金利カーブ、固定・変動条件、満期、信用調整 |
| 通貨スワップ | 為替、金利、元本交換、カーブ、カウンターパーティリスク |
| オプション | ボラティリティ、行使条件、モデル、観察不能インプット |
| 仕組債 | 組込デリバティブ、相関、期限前償還、流動性 |
| ファンド持分 | NAVの算定基準、解約制限、基礎資産の評価 |
評価専門家を利用するときに会社が確認すべきこと
評価会社や不動産鑑定士、金融工学の専門家、外部アドバイザーを利用する場合であっても、評価報告書をそのまま決算資料に添付するだけでは足りません。
監査基準報告書620「専門家の業務の利用」は、専門家の業務が主観的かつ複雑な判断を伴う重要な事項に関係している場合や、監査人が当該専門家を利用した経験がない場合などには、専門家の適性、能力、客観性、そして専門家の業務の理解に関する手続が重要になることを示しています。
出典:日本公認会計士協会|監査基準報告書620 専門家の業務の利用
会社側でも、監査人に説明する前に、少なくとも次の事項を確認しておく必要があります。
| 確認事項 | 具体的な検討内容 |
|---|---|
| 評価専門家の適性 | 評価対象に関する経験、資格、専門領域 |
| 独立性・客観性 | 取引当事者、成果報酬、利害関係の有無 |
| 評価目的 | 財務報告目的か、取引交渉目的か、税務目的か |
| 評価基準日 | 決算日または企業結合日等と一致しているか |
| 評価基準 | 時価、公正価値、正常価格、投資価値などの定義 |
| 評価対象 | 会計上の算定単位と一致しているか |
| 前提条件 | 継続使用、売却、最有効使用、市場参加者の仮定 |
| 評価技法 | マーケット、インカム、コストの選択理由 |
| 重要インプット | 割引率、成長率、スプレッド、倍率、ボラティリティ |
| 会社提供情報 | 事業計画、残高データ、契約条件、基礎資料の正確性 |
| 感応度 | 重要仮定が変化した場合の評価額への影響 |
| 報告書の制限 | 利用目的、利用者、責任制限、重要な留保 |
とりわけ重要なのが、評価目的です。
M&Aの価格交渉のために作成されたバリュエーション、担保評価、税務目的の評価、そして財務報告目的の時価評価は、同じ「評価」と呼ばれていても前提が異なります。評価報告書の結論額を会計上の時価として使えるかどうかは、評価目的と評価基準を確認しなければ判断できません。
外部評価を検証する実務手順
外部評価の検証とは、評価モデルを一から再計算することだけを指すものではありません。
重要なのは、評価報告書の結論に至るロジックが、会計基準、対象商品の実態、入手可能な市場データと整合しているかを確認することです。
実務上は、次の順序で検証すると整理しやすくなります。
1. 評価対象と会計上の算定単位を一致させる
評価報告書が評価している対象と、会計上の時価算定単位が一致しているかを確認します。
たとえば、投資ファンド全体の価値、個別持分の価値、金融商品グループの価値、個別契約の価値は、それぞれ異なります。時価算定単位がずれている場合には、評価額をそのまま採用することはできません。
2. 評価基準日を確認する
評価基準日が決算日と一致していない場合には、その後の市場環境、金利、為替、信用スプレッド、株価、流動性、発行体情報の変化を補正する必要があります。
「評価報告書がある」というだけでは、期末時価の根拠にはなりません。
3. 評価目的と価値基準を確認する
財務報告上の時価は、市場参加者間の秩序ある取引を前提とする価格です。特定の買い手にとっての投資価値、シナジー価値、清算価値、担保価値、税務上の評価額とは一致しない場合があります。
4. 評価技法の選択理由を確認する
なぜマーケット・アプローチではなくインカム・アプローチなのか。なぜDCF法ではなく類似価格なのか。なぜ複数手法を併用しなかったのか。これらを説明できる状態にしておく必要があります。
5. 重要インプットの根拠を確認する
評価額に重要な影響を与えるインプットについて、データソース、算定方法、前期比較、外部データとの整合性を確認します。
6. 会社提供情報との整合を確認する
評価専門家は、会社から提供された事業計画、契約情報、残高情報、将来CF資料を基礎に評価を行うことがあります。この場合、会社提供情報の正確性・完全性は、会社側の責任です。
7. 感応度と不確実性を確認する
レベル3評価や重要な会計上の見積りに該当する場合には、重要仮定が変化したときの評価額への影響を確認します。感応度が大きい場合には、注記やKAMとの関係も検討が必要になります。
複数の評価結果がある場合の考え方
評価の実務では、複数の評価技法や第三者価格が併存することがあります。
たとえば、ある金融商品について、証券会社Aの価格、証券会社Bの価格、情報ベンダー価格、会社のDCFモデル価格が、それぞれ異なるという場面です。このとき、平均値を採用すればよいとは限りません。
確認すべきなのは、次の点です。
| 論点 | 検討内容 |
|---|---|
| 価格差の原因 | データ基準日、Bid/Ask、流動性、信用リスク、モデル差異 |
| 価格の性質 | 取引可能価格か、参考価格か、評価価格か |
| 対象範囲 | 同一銘柄・同一契約・同一持分か |
| インプット | 観察可能データと観察不能仮定の違い |
| 評価技法 | 市場価格、モデル価格、NAV、DCFの違い |
| 前期比較 | 乖離が拡大した理由 |
| 外部環境 | 金利、信用市場、発行体情報、市場流動性 |
| 重要性 | 財務諸表・注記・KAMへの影響 |
PPA評価の実務では、複数アプローチの評価結果は理論上、同じ方向に収れんするはずだと考えられています。一方で、実際には入手可能な情報が限定的であるため、各アプローチの評価結果に差異が生じることがあり、各評価手法の信頼性を慎重に検討したうえで結論を導くべきものとされています。
金融商品の時価算定でも、事情は同じです。差異を「評価の幅」として処理してしまう前に、その差異がデータ品質の問題なのか、評価技法の違いなのか、それとも観察不能インプットの違いなのかを分解する必要があります。
レベル3評価では評価技法と注記が直結する
レベル3に分類される時価は、観察できないインプットを用いる評価です。そのため、評価技法と注記は切り離せません。
金融商品の時価等の開示に関する適用指針では、レベル2またはレベル3に分類される金融資産・金融負債について、時価算定に用いた評価技法およびインプットの説明、評価技法またはその適用を変更した場合の旨および理由を注記することが求められています。
さらに、時価をもって貸借対照表価額とするレベル3の金融資産・金融負債については、重要な観察不能インプットに関する定量的情報、期首残高から期末残高への調整表、評価プロセス、観察不能インプットを変化させた場合の時価への影響に関する説明などが求められます。
出典:企業会計基準委員会|企業会計基準適用指針第19号 金融商品の時価等の開示に関する適用指針
したがってレベル3評価では、評価モデルだけでなく、注記作成に必要な情報までを評価プロセスに組み込んでおく必要があります。
| 注記に必要な情報 | 評価プロセスで準備すべき資料 |
|---|---|
| 評価技法 | 評価技法の選択理由、前期からの変更有無 |
| インプット | 重要インプット一覧、データソース、観察可能性 |
| 観察不能インプット | 入力値、レンジ、算定根拠 |
| 調整表 | 購入、売却、発行、決済、損益、OCI、振替 |
| 評価プロセス | 評価方針、レビュー体制、承認プロセス |
| 感応度 | 重要仮定の変化が時価に与える影響 |
| レベル間振替 | 振替時点、振替理由、方針 |
期末後に評価結果だけを受け取り、注記を後付けで作ろうとすると、評価報告書に必要な情報が含まれていない、という事態が起こります。とくにレベル3評価では、注記に必要な情報を事前に評価専門家へ依頼しておくことが重要です。
監査上の争点|評価技法、専門家利用、経営者の仮定
評価技法と第三者評価は、監査上の重要論点になりやすい領域です。
監査基準報告書540「会計上の見積りの監査」は、会計上の見積りについて、見積りの不確実性、複雑性、主観性その他の固有リスク要因が、重要な虚偽表示リスクに影響することを示しています。
出典:日本公認会計士協会|監査基準報告書540 会計上の見積りの監査
時価評価において監査人が確認しやすい事項は、次のとおりです。
| 監査上の確認事項 | 会社側が準備すべき資料 |
|---|---|
| 評価対象の網羅性 | 金融商品一覧、契約一覧、残高表、連結会社別一覧 |
| 評価技法の妥当性 | 評価方法メモ、手法選択理由、前期比較 |
| インプットの妥当性 | データソース、外部データ、観察可能性判定 |
| 第三者価格の検証 | 価格取得資料、複数価格比較、乖離分析 |
| 外部評価の検証 | 評価報告書、評価依頼書、前提条件確認表 |
| 経営者仮定 | 将来CF、割引率、信用リスク、流動性調整 |
| 感応度 | 重要仮定の変動影響、レンジ分析 |
| 内部統制 | 評価承認フロー、価格取得統制、モデル変更統制 |
| 注記との整合 | レベル別注記、レベル3調整表、見積り開示 |
| KAMとの関係 | 監査人との協議メモ、監査役等への報告資料 |
とくに流動性の低い金融商品やレベル3金融商品では、観察不能な評価インプットが重要な影響を与え、市場活動による裏付けも乏しいことから、監査上、複雑かつ高度な判断を要する領域として扱われることがあります。
実際のKAM事例でも、レベル3に分類される金融商品の公正価値評価について、独自の仮定や観察不能な評価インプットが重要な影響を与える点が、監査上の主要な検討事項として整理されています。
KAM・重要な会計上の見積りとの接続
評価技法や第三者評価の利用は、金融商品注記だけで完結するものではありません。
評価額の重要性が高く、観察不能インプットや経営者判断の余地が大きい場合には、重要な会計上の見積りの注記、監査上の主要な検討事項、事業等のリスク、MD&Aとの整合性も問題になります。
日本公認会計士協会のKAM関連情報では、KAMは企業ごとの監査の重点事項の違いを明確にすることを通じて、投資家や株主に監査の透明性を提供する趣旨の制度として整理されています。
出典:日本公認会計士協会|監査上の主要な検討事項(KAM)国内動向
したがって会社側は、評価額の妥当性だけでなく、次の整合性を意識しておく必要があります。
| 開示・監査項目 | 評価技法との関係 |
|---|---|
| 金融商品注記 | 評価技法、インプット、レベル分類、レベル3情報 |
| 重要な会計上の見積り | 不確実性、翌期影響、主要仮定 |
| KAM | 監査人が特に重要と判断した評価論点 |
| 記述情報 | 市場リスク、信用リスク、流動性リスクとの整合 |
| 監査役等への報告 | 評価判断、監査上の争点、経営者判断 |
| 内部統制報告 | 評価プロセス、価格取得、モデル管理の統制 |
評価額は1つでも、説明する相手は複数です。経営者、監査人、監査役等、開示担当者、そして投資家に対して、同じ判断根拠で説明できる状態を作っておく必要があります。
実務で起こりやすい落とし穴
1. 外部評価を「結論の外注」と考える
評価専門家の報告書は、会社の判断を代替するものではありません。評価専門家は評価額を算定しますが、その評価額を財務報告に利用するかどうかを判断するのは、会社です。
2. 評価目的の違いを見落とす
取引価格の交渉目的、税務目的、担保目的、社内意思決定目的の評価は、財務報告目的の時価とは前提が異なることがあります。評価報告書のタイトルや結論額だけを見て採用してはいけません。
3. 事業計画をそのまま市場参加者の仮定として扱う
会社の内部計画には、経営目標、シナジー、特定の買い手の意図、楽観的な成長仮定が含まれることがあります。時価算定では、それを市場参加者が用いる仮定に調整できるかどうかを検討する必要があります。
4. レベル分類を後付けにする
評価技法を決め、評価額を算定した後になってレベル分類を考えると、重要インプットの観察可能性が整理されていない、という状態になりがちです。レベル分類は、評価プロセスの一部として扱うべきものです。
5. 複数価格の差を平均で処理する
複数の第三者価格がある場合、平均値を採用する前に、価格差の原因を分析する必要があります。取引可能価格と参考価格を単純に平均することは、時価の説明として弱い場合があります。
6. 評価技法の変更理由を残していない
前期はベンダー価格、当期はDCF。前期は証券会社A、当期は証券会社B。このように評価方法を変更する場合、変更理由を説明できなければ、恣意性を疑われる可能性があります。
7. 注記に必要な情報を評価報告書に含めていない
レベル3評価では、重要な観察不能インプット、感応度、調整表、評価プロセスの情報が必要になります。評価専門家へ依頼する段階で、会計注記に必要な情報を明確にしておくべきです。
金融商品会計の改正動向にも注意する
現時点では、時価算定については企業会計基準第30号および企業会計基準適用指針第31号、金融商品の時価等の開示については企業会計基準適用指針第19号を前提に、実務判断を行う必要があります。
一方で、ASBJは金融商品に関する会計基準の改正プロジェクトを進めています。2025年10月29日には企業会計基準公開草案第89号「金融商品に関する会計基準(案)」等が公表され、2026年6月29日現在、公開草案に寄せられたコメントへの対応や、金融商品の分類・測定に関する会計基準の開発が審議されています。
出典:企業会計基準委員会|金融商品に関する会計基準
評価技法そのものの基本的な考え方が、直ちに変わるわけではありません。ただし、金融商品の分類・測定、減損、開示の改正は、将来の評価プロセス、データ整備、内部統制、注記実務に影響する可能性があります。
上場企業やIPO準備企業では、現行基準での決算対応と並行して、改正動向を継続的に確認しておくことが重要です。
相談前に整理しておきたい事項
評価技法や第三者評価について専門家に相談する場合、評価報告書だけを提示しても、十分な検討にはなりません。
次の事項を整理しておくと、会計処理、注記、監査対応を一体で検討しやすくなります。
| 整理事項 | 内容 |
|---|---|
| 評価対象 | 金融商品名、契約条件、残高、保有目的、会計分類 |
| 会計目的 | 時価評価、時価注記、減損判定、企業結合、内部管理 |
| 評価基準日 | 決算日、取得日、評価報告書基準日 |
| 価格情報 | 取引所価格、証券会社価格、ベンダー価格、NAV |
| 評価技法 | マーケット、インカム、コスト、DCF、オプションモデル等 |
| 重要インプット | 金利、為替、信用スプレッド、割引率、CF、倍率、ボラティリティ |
| 観察可能性 | 市場データの有無、データソース、補正内容 |
| 第三者評価 | 評価専門家、評価目的、評価報告書、前提条件 |
| 会社提供情報 | 契約書、残高表、事業計画、キャッシュ・フロー資料 |
| 複数価格の差異 | 価格差、原因分析、採用方針 |
| レベル分類 | レベル1・2・3の判定理由 |
| 注記影響 | レベル別注記、レベル3注記、見積り開示 |
| 監査上の争点 | 監査人コメント、KAM可能性、内部統制 |
| 経営者説明 | 評価額の重要性、損益・純資産・開示への影響 |
評価技法と第三者評価の利用は、決算の終盤で処理する資料回収作業ではありません。対象商品の把握、評価方針、外部価格の取得、専門家の利用、インプット検証、注記設計、監査協議までを含む、一連の判断プロセスです。
主な参照情報
- 出典:企業会計基準委員会|企業会計基準第30号 時価の算定に関する会計基準
- 出典:企業会計基準委員会|企業会計基準適用指針第31号 時価の算定に関する会計基準の適用指針
- 出典:企業会計基準委員会|企業会計基準適用指針第19号 金融商品の時価等の開示に関する適用指針
- 出典:日本公認会計士協会|監査基準報告書540 会計上の見積りの監査
- 出典:日本公認会計士協会|監査基準報告書620 専門家の業務の利用
- 出典:日本公認会計士協会|監査上の主要な検討事項(KAM)国内動向
- 出典:企業会計基準委員会|金融商品に関する会計基準
評価技法と第三者評価を「後から説明できる決算判断」にするために
評価技法と第三者評価の利用において重要なのは、評価額という結論を入手することではありません。
- なぜ、その評価技法を選んだのか
- なぜ、その第三者価格を採用したのか
- 重要なインプットは何か
- 観察不能な仮定は、どこにあるのか
- 外部評価の前提は、財務報告目的と整合しているのか
- 複数の価格差を、どう説明するのか
- 注記、KAM、経営者説明に耐える資料になっているのか
これらを一つずつ確認して初めて、評価額は「見せたい数字」ではなく、「後から説明できる数字」になります。
犬飼公認会計士・税理士事務所では、日本基準に基づく時価算定、評価技法の選択、第三者価格・外部評価の検証、レベル3評価、金融商品注記、そしてKAMを見据えた監査対応の整理を支援しています。
評価モデルや外部評価をどこまで検証すべきか、監査人にどのような資料を提示すべきか。判断に迷われる場合は、犬飼公認会計士・税理士事務所HPのお問い合わせページからご相談ください。
この記事の振り返り
| 論点 | 重要ポイント |
|---|---|
| 評価技法の位置づけ | 会社に都合のよい価格を作る方法ではなく、市場参加者の価格形成を推定する方法 |
| 基準上の要請 | 観察可能インプットを最大限利用し、観察不能インプットの利用を最小限にする |
| マーケット・アプローチ | 類似価格を使う場合、類似性と補正の合理性が重要 |
| インカム・アプローチ | DCFやオプションモデルでは、数式より仮定とインプット検証が重要 |
| コスト・アプローチ | 再調達原価だけでなく、物理的劣化、機能的・経済的陳腐化を反映する必要がある |
| 評価技法の選択 | 対象商品の特性、市場データ、観察可能性、評価目的で判断する |
| 第三者価格 | 取得しただけでは不十分。価格の性質、算定方法、取引可能性を検証する |
| 第三者評価 | 評価目的、評価基準、前提条件、評価対象、専門家の適性を確認する |
| 専門家利用 | 外部評価を利用しても、財務報告上の判断責任は会社に残る |
| 複数価格の差異 | 平均処理ではなく、価格差の原因を分解して採用理由を説明する |
| レベル3評価 | 評価技法、観察不能インプット、感応度、評価プロセスが注記に直結する |
| 監査対応 | 評価技法、インプット、第三者価格、専門家利用、内部統制が監査上の争点になる |
| KAMとの関係 | レベル3や重要な評価見積りは、KAMや重要な会計上の見積り注記と接続する |
| 実務上の姿勢 | 評価額の入手ではなく、評価判断の根拠と説明可能性を整えることが重要 |