譲渡制限付株式、パフォーマンス・シェア、株式交付信託、ファントム・ストック、株価連動型金銭報酬。近年の役員報酬・従業員インセンティブ制度では、こうした株式報酬・株価連動報酬が当然のように選択肢に入るようになりました。
背景にあるのは、報酬体系そのものの変化です。固定報酬、短期賞与、退職慰労金を中心とした従来型の設計から、中長期の企業価値、株主との利害共有、リテンション、業績達成への動機付けを重視する設計へと、軸足が移ってきました。
もっとも、会計実務では、制度名だけを見ても処理は決まりません。
「譲渡制限付株式」といっても、事前交付型なのか、事後交付型なのか。会社法上、無償交付構成なのか、金銭報酬債権の現物出資構成なのか。勤務条件だけなのか、業績条件や市場条件が付されているのか。新株発行なのか、自己株式処分なのか。信託を通じて交付するのか、会社から直接交付するのか。役員向けなのか、従業員向けなのか、それとも子会社役員に親会社株式を交付するのか。
これらの違いによって、費用認識、純資産表示、株式引受権、自己株式、資本剰余金、引当金、注記、1株当たり情報、適時開示、役員報酬開示、税務上の損金算入時期が変わってきます。
本稿では、12-5「譲渡制限付株式・業績連動型株式報酬」として、RS、PS、PSU、株式交付信託を中心に、日本基準に基づく会計処理と、上場企業・IPO準備企業で監査人や経営者に説明するための判断プロセスを整理します。
なお、税制適格ストック・オプション、役員給与税制、事前確定届出給与、業績連動給与、源泉所得税等の詳細要件については、会計処理とは別に税務上の精査が必要です。本稿では、会計判断に影響する範囲でのみ触れることとします。
株式報酬は、制度名ではなく「何をいつ渡すか」で分解する
株式報酬を検討するときに最初に行うべきことは、制度名を分類することではありません。まず見るべきなのは、次の4点です。
1つ目は、株式を事前に交付するのか、事後に交付するのか。
2つ目は、報酬の対象が勤務サービスなのか、業績達成なのか、株価上昇なのか。
3つ目は、交付されるものが株式なのか、新株予約権なのか、金銭なのか。
4つ目は、会計上、資本性の処理になるのか、負債性の処理になるのか。
役員報酬の形態は、現金で支給するものと株式で支給するものに大別されます。現金報酬にも、業績指標に応じて直接現金を支給するものと、株価に連動して株式と同様の効果を持たせるファントム・ストックやSARのようなものがあります。一方、株式報酬には、ストック・オプション、株式報酬型ストック・オプション、有償ストック・オプション、株式交付信託、譲渡制限付株式などがあります。
譲渡制限付株式は、一定期間の譲渡制限を付した株式を交付する仕組みです。株価と連動するため株主目線を持たせやすく、退職慰労金の代替制度としても利用されます。株式交付信託も、会社が信託を設定し、信託を通じて株式を交付する仕組みであり、退職慰労金や中長期インセンティブに用いられることがあります。
業績連動型株式報酬になると、論点はさらに複雑になります。パフォーマンス・シェアは、中長期的な業績目標の達成度合いに応じて交付株式数が決まる制度です。事前に株式を交付し、後から譲渡制限を解除または没収する設計もあれば、業績評価期間後に株式を交付する設計もあります。株価連動型金銭報酬は、株式の発行や自己株式処分を伴わず、金銭で給付するものの、報酬額が自社株価等に連動する制度です。
したがって、会計処理を検討する際には、「RSだからこう処理する」「PSだからこう処理する」と制度名で結論を出すのではなく、次のように取引を分解していきます。
| 確認事項 | 実務上の意味 |
|---|---|
| 交付時点 | 事前交付型か、事後交付型か |
| 交付対象 | 取締役、執行役、執行役員、従業員、子会社役員、社外協力者のいずれか |
| 交付物 | 株式、新株予約権、金銭、信託受益権、ポイント等 |
| 決済方法 | 新株発行、自己株式処分、信託経由、現金決済 |
| 条件 | 勤務条件、業績条件、市場条件、譲渡制限、退職時解除、没収条項 |
| 費用認識期間 | 対象勤務期間、業績評価期間、譲渡制限期間、役員任期 |
| 見積り | 権利確定見込数、業績達成見込み、退職見込み、株式交付見込み |
| 表示科目 | 株式報酬費用、前払費用、株式引受権、資本金等、資本剰余金、引当金、自己株式 |
| 開示 | 財務諸表注記、1株当たり情報、役員報酬開示、適時開示、有価証券通知書 |
この分解を行わずに会計処理だけを決めてしまうと、制度設計、会社法手続、税務、注記、監査対応が、後から整合しなくなります。
日本基準で最初に確認すべき会計基準等
譲渡制限付株式・業績連動型株式報酬の会計処理では、主に次の会計基準等を確認します。
まず、取締役等に株式を無償交付する取引については、ASBJ実務対応報告第41号「取締役の報酬等として株式を無償交付する取引に関する取扱い」が重要です。同報告は、2019年改正会社法により、上場会社が取締役等の報酬等として株式の発行等を行う場合に、金銭の払込み等を要しないこととする制度が新設されたことを受けて公表されたものです。
出典:企業会計基準委員会|実務対応報告第41号 取締役の報酬等として株式を無償交付する取引に関する取扱い
実務対応報告第41号では、事前交付型と事後交付型が定義されています。事前交付型は、対象勤務期間の開始後速やかに株式が交付され、権利確定条件が達成されない場合には無償取得される取引です。事後交付型は、権利確定条件が達成された後に株式が交付される取引です。あわせて、付与日、権利確定日、対象勤務期間、権利確定条件、勤務条件、業績条件、公正な評価額といった用語も整理されています。
出典:企業会計基準委員会|実務対応報告第41号 取締役の報酬等として株式を無償交付する取引に関する取扱い
次に、従業員等に信託を通じて自社株式を交付する取引については、ASBJ実務対応報告第30号「従業員等に信託を通じて自社の株式を交付する取引に関する実務上の取扱い」を確認します。同報告は、従業員持株会に信託を通じて自社株式を交付する取引と、受給権を付与された従業員に信託を通じて自社株式を交付する取引を対象としています。
出典:企業会計基準委員会|実務対応報告第30号 従業員等に信託を通じて自社の株式を交付する取引に関する実務上の取扱い
さらに、ストック・オプションや有償ストック・オプションは、企業会計基準第8号や実務対応報告第36号の対象となります。ただし本稿では、前回記事「12-4. 新株予約権・ストック・オプションの会計」との重複を避け、株式そのものを交付する制度、または株式交付信託を中心に扱います。
実務上重要なのは、すべての株式報酬が、包括的な1本の会計基準で処理されるわけではないという点です。日本基準では、ストック・オプション会計基準、実務対応報告第30号、実務対応報告第36号、実務対応報告第41号などが、制度類型ごとに存在しています。その一方で、現金決済型や現金選択権付きの株式報酬については、明確な会計基準が存在しない領域も残されています。
したがって、未整備または境界的な制度では、形式的な制度名ではなく、サービス取得、支払義務、株式交付義務、失効条件、会社の裁量、決済方法を分解したうえで、会計上の負債、純資産、費用、引当金のいずれとして表現すべきかを検討する必要があります。
譲渡制限付株式(RS)の会計処理の入口
譲渡制限付株式の会計処理で最初に確認すべき分岐は、次の2つです。
無償交付構成か。
金銭報酬債権の現物出資構成か。
2019年改正会社法により、上場会社の取締役等の報酬等として株式を無償交付する制度が導入されました。この制度に基づく取引が、実務対応報告第41号の対象となります。
出典:企業会計基準委員会|実務対応報告第41号 取締役の報酬等として株式を無償交付する取引に関する取扱い
一方、実務対応報告第41号が公表される以前から、譲渡制限付株式は、役員に金銭報酬債権を付与し、その債権を会社に現物出資させることにより株式を交付する構成で導入されてきました。この現物出資構成は、法律上・会計上の性質が無償交付構成と異なるため、実務対応報告第41号の対象外とされています。
出典:企業会計基準委員会|実務対応報告第41号 取締役の報酬等として株式を無償交付する取引に関する取扱い
この違いは、単なる法務形式の問題ではありません。会計処理の起点、資本金等の認識、前払費用の有無、没収時の処理が、いずれも変わってきます。
現物出資構成の譲渡制限付株式では、付与時に現物出資された金銭報酬債権相当額を前払費用等として計上し、同額を会社法等の規定に基づき資本金等として計上します。その後、対象勤務期間にわたって前払費用を取り崩し、株式報酬費用を計上する処理が、実務上行われてきました。
これに対し、無償交付構成の取引では、実務対応報告第41号に基づき、取締役等から取得するサービスを費用として認識し、対応して資本金または資本準備金、その他資本剰余金、株式引受権等の純資産項目を認識するという整理になります。
ここを誤ると、付与時の仕訳、権利不確定による無償取得時の損益、株主資本等変動計算書、注記が、いずれもずれていきます。
事前交付型の譲渡制限付株式|費用認識と純資産の増加
事前交付型の譲渡制限付株式では、対象勤務期間の開始後、早期に株式が交付されます。ただし、勤務条件や業績条件を満たさない場合には、会社が株式を無償取得することがあります。
実務対応報告第41号では、企業が取締役等から取得するサービスは、その取得に応じて費用として計上します。各会計期間の費用計上額は、公正な評価額のうち、その期に発生したと認められる額です。公正な評価額は、公正な評価単価に株式数を乗じて算定され、公正な評価単価は付与日において算定し、原則として見直しません。権利確定しないことによる失効の見込みは、公正な評価単価には反映せず、株式数に反映します。
出典:企業会計基準委員会|実務対応報告第41号 取締役の報酬等として株式を無償交付する取引に関する取扱い
新株発行により事前交付型の株式を交付する場合、費用計上額に対応する金額を資本金または資本準備金として計上します。ただし、実際に発行済株式数が増加しているため、権利確定しないことによる無償取得が見込まれる場合には、対応する金額をその他資本剰余金から減額します。
出典:企業会計基準委員会|実務対応報告第41号 取締役の報酬等として株式を無償交付する取引に関する取扱い
自己株式処分により事前交付型の株式を交付する場合には、割当日に自己株式を減額し、処分差額をその他資本剰余金として処理します。その後、サービス取得に応じた費用計上額に対応して、その他資本剰余金を計上します。
出典:企業会計基準委員会|実務対応報告第41号 取締役の報酬等として株式を無償交付する取引に関する取扱い
この処理で実務上迷いやすいのは、次のような点です。
株価が下落した場合に費用を見直すのか。
退職見込みが変わった場合に何を見直すのか。
業績条件の達成可能性が変わった場合に株式数をどう修正するのか。
無償取得した自己株式をどのように処理するのか。
資本剰余金がマイナスになる可能性をどう扱うのか。
公正な評価単価は原則として見直さず、見直すのは権利確定見込数です。株価変動を理由に費用単価を変更する処理は、原則的な考え方とは整合しません。
現物出資構成のRSでは「前払費用」が重要になる
現物出資構成の譲渡制限付株式では、会計処理の構造そのものが異なります。
実務上は、付与時に、役員に付与された金銭報酬債権が会社に現物出資され、その対価として株式が交付されます。そのため、現物出資された金銭報酬債権相当額を前払費用として計上し、同額を資本金等として計上します。その後、対象勤務期間にわたり前払費用を取り崩し、株式報酬費用を計上していきます。
たとえば、2年間の勤務に対応して譲渡制限付株式を交付する場合であれば、付与時に前払費用を計上し、その後2年間で費用化することになります。
(付与時)
借方:前払費用
貸方:資本金等
(勤務提供期間に応じた費用認識)
借方:株式報酬費用
貸方:前払費用
問題となるのは、権利確定前に退職し、譲渡制限付株式を会社が無償取得する場合です。この場合、将来のサービスを受ける見込みがなくなったため、残存する前払費用の資産性が失われます。実務上は、無償取得に対応する前払費用を取り崩し、損失を計上する処理が考えられます。
ここで、資本金等を戻せばよいのではないか、という疑問が生じます。
しかし、現物出資構成では、会社法上の資本の払込みは有効に成立しているため、付与時に認識した資本金等を、減資等の手続なく取り消すことはできません。日本基準では、現物出資取引とサービス授受を2つの取引として捉えるため、権利不確定による失効時には前払費用等を取り崩し、損失処理が必要になる、という整理になります。
この点は、IFRSの持分決済型株式報酬とは考え方が大きく異なります。IFRSでは、現物出資とサービス授受を一体の株式に基づく報酬取引として捉えるため、権利不確定による失効時には、過去に認識した株式報酬費用を取り消す整理になります。日本基準の実務では、会社法上の資本制度との整合性を無視することはできません。
対象勤務期間は、譲渡制限期間と同じとは限らない
譲渡制限付株式で最も誤りやすい判断の1つが、対象勤務期間です。
譲渡制限期間が30年であれば、費用認識も30年なのか。退任時に譲渡制限が解除されるなら、退任見込みまでなのか。役員任期が1年で、再任が見込まれる場合は何年で費用認識すべきか。業績条件が3年評価であれば、3年でよいのか。
対象勤務期間は、形式的な譲渡制限期間だけで決めるものではありません。
将来の対象勤務期間は、対象者の任期、譲渡制限期間、付与された金銭報酬債権に対応する見込勤務期間、譲渡制限解除条件の達成が見込まれる期間等を考慮して決定します。たとえば、譲渡制限期間が30年であっても、付与から1年経過後に任期満了等による正当な理由で退任した場合に全株式の譲渡制限が解除される制度であれば、対象勤務期間を1年とすることも考えられます。
この判断は、単なる会計方針の選択ではありません。役員報酬制度の設計、退任時の取扱い、正当な理由の定義、再任見込み、過去の退任実績、報酬委員会の議論、株主総会議案の説明と、整合させる必要があります。
対象勤務期間を短くすれば当期費用は大きくなり、長くすれば費用は平準化されます。そのため監査上は、費用配分に経営者の意図が介入していないか、制度実態を反映しているかが検討対象になります。
業績連動型株式報酬|PS・PSUは「業績条件の会計処理」が中核になる
業績連動型株式報酬では、勤務条件だけでなく、業績条件が費用認識に影響します。典型的には、次のような条件が用いられます。
- 連結売上高
- 営業利益
- EBITDA
- ROE
- ROIC
- TSR
- 株価
- 時価総額
- ESG指標
- 非財務KPI
- 相対評価指標
- 中期経営計画の達成度
業績連動型株式報酬は、制度設計上、次の2類型に分かれます。
1つは、事前交付型のパフォーマンス・シェアです。あらかじめ株式を交付し、一定の業績条件を満たした場合に譲渡制限を解除し、条件を満たさない場合には会社が無償取得する設計です。
もう1つは、事後交付型のパフォーマンス・シェア、またはパフォーマンス・シェア・ユニットです。業績評価期間が終了し、条件の達成度が確定した後に、株式または株式相当額を交付します。
実務対応報告第41号では、事後交付型の場合、取締役等から取得するサービスを費用として認識し、対応する金額を、株式が発行されるまで純資産の部に株式引受権として計上します。新株発行時には、株式引受権として計上していた額を資本金または資本準備金に振り替えます。自己株式処分の場合には、自己株式の帳簿価額と株式引受権の帳簿価額との差額を、自己株式処分差額として処理します。
出典:企業会計基準委員会|実務対応報告第41号 取締役の報酬等として株式を無償交付する取引に関する取扱い
事後交付型では、株式がまだ発行または処分されていない段階であっても、対象勤務期間にわたってサービスを受けている以上、費用認識を行います。ここでの相手科目が、株式引受権です。
実務上の判断は、次のように整理できます。
| 制度類型 | 会計上の主な論点 |
|---|---|
| 事前交付型PS | 付与日公正価値、権利確定見込株式数、業績条件未達時の無償取得 |
| 事後交付型PSU | 対象勤務期間中の費用認識、株式引受権、交付株式数の見積り |
| 株価・TSR連動型 | 市場条件を評価単価に反映するのか、株式数見積りに反映するのか |
| 非財務KPI連動型 | KPIの測定可能性、客観性、達成判定プロセス |
| 複合条件型 | 勤務条件、業績条件、市場条件、裁量調整の切り分け |
業績条件が付されている場合、費用計上額の見積りには経営者の判断が入ります。会計上の見積りには、経営者の偏向の可能性や見積りの不確実性があり、見積額と実績に乖離が生じた場合には、その原因を慎重に検討する必要があります。
したがってPS・PSUでは、単に「中計達成見込みだから費用計上する」「達成困難だから費用を減らす」では足りません。期末時点で利用可能な情報、取締役会・報酬委員会資料、業績予想、KPI進捗、外部環境、過去実績、未達時の取扱いを根拠として、権利確定見込株式数を説明できることが求められます。
業績条件は「会計上の見積り」と「報酬制度上の説明責任」の両方で見る
業績連動型株式報酬では、会計上の見積りと役員報酬開示が直結します。
金融庁の有価証券報告書レビュー等で示された開示例では、パフォーマンス・シェア・ユニットについて、評価期間、業績評価指標、交付株式数の算定方法、TSR等の評価指標が記載され、譲渡制限付株式については譲渡制限期間、解除条件、マルス・クローバック条項などが記載されています。
出典:金融庁|記述情報の開示の好事例集2021 役員の報酬等
また、業績連動報酬を設定する場合には、報酬に占める業績連動報酬の割合、業績指標、その指標を選択した理由、業績連動報酬の算定方法、報酬決定プロセスの説明が重要になります。実務上も、固定報酬、業績連動報酬、退職慰労金という区分で総報酬を組み立て、業績連動報酬の割合や指標選択の根拠を株主に説明することが求められます。
このため会計担当者は、株式報酬費用の計算だけを行っていては不十分です。
報酬制度の目的は何か。
なぜそのKPIを採用したのか。
中期経営計画との関係はどうか。
株主価値との連動性はどう説明されているか。
社外取締役や報酬委員会はどのように関与しているか。
未達時、退任時、不正発覚時、財務諸表訂正時にどのようなマルス・クローバックがあるか。
会計上の見積りと開示上の説明が矛盾していないか。
こうした視点が必要になります。
上場会社では、コーポレートガバナンス・コード上も、経営陣の報酬について、中長期的な業績や潜在的リスクを反映させ、現金報酬と自社株報酬の割合を適切に設定することが求められています。
出典:日本取引所グループ|コーポレートガバナンス・コード
株式交付信託|会社が直接交付しないからといって会計処理が簡単になるわけではない
株式交付信託は、会社が信託を設定し、信託が会社株式を取得したうえで、一定の条件に応じて役員・従業員に株式を交付する制度です。実務上は、役員向け株式交付信託、従業員向け株式給付信託、ESOP信託などがあります。
実務対応報告第30号は、信託を通じて従業員等に自社株式を交付する取引について、一定の要件を満たす場合、信託の資産および負債を企業の個別財務諸表に総額法で計上する取扱いを定めています。また、この総額法による個別財務諸表上の処理は、そのまま連結財務諸表に引き継がれます。
出典:企業会計基準委員会|実務対応報告第30号 従業員等に信託を通じて自社の株式を交付する取引に関する実務上の取扱い
従業員へのポイント割当等に関する会計処理では、割り当てられたポイントに応じた株式数に、信託が自社株式を取得した時の株価を乗じた金額を基礎として、費用および対応する引当金を計上します。株式が従業員に交付された時には、ポイント割当時に計上した引当金を取り崩します。
この処理は、IFRSの持分決済型株式報酬とは大きく異なります。IFRSでは、従業員に付与する株式報酬について、報酬費用の総額が付与日の公正価値で固定されることが考えられます。これに対し日本基準では、実務対応報告第30号により、信託が自社株式を取得した時の株価を基礎として費用総額を算定し、相手勘定を負債として処理する取扱いが示されています。
株式交付信託では、次の論点が重要になります。
信託財産を会社の財務諸表に取り込むべきか。
信託が保有する自社株式を自己株式として扱うか。
ポイント付与時に費用を認識するのか。
株式交付時に引当金を取り崩すのか。
信託に残余株式がある場合、どのように処理するのか。
配当、信託費用、信託借入、会社拠出金をどう処理するのか。
1株当たり情報の算定上、信託保有株式をどのように扱うのか。
信託を使うと法務・実務運用上は柔軟になる一方で、会計処理はむしろ複雑になります。信託契約、株式給付規程、ポイント規程、退職時の給付条件、残余財産の帰属、議決権行使方針、資金拠出、信託借入を、一体で確認する必要があります。
株価連動型金銭報酬・ファントム・ストックは「株式報酬に見える負債性報酬」になり得る
ファントム・ストックやSARのように、株式そのものを交付せず、株価や株式価値に連動した金銭を支給する制度があります。
これは、報酬効果としては株式報酬に近いものの、会計上は株式交付ではなく、現金決済型報酬として負債性を持つ可能性があります。
日本基準では、株価連動型金銭報酬について明確な包括基準がないため、制度内容に応じて、費用および引当金の認識を検討する必要があります。株式の発行や自己株式処分を伴わず、金銭で給付される報酬であるものの、その額が株価に連動する制度については、どの時点で債務性が生じ、どのように見積るかが論点となります。
この場合に検討すべき事項は、次のとおりです。
会社に現金支払義務があるか。
支払額は株価、TSR、時価総額等に連動するか。
会社に株式決済と現金決済の選択権があるか。
受給者側に現金請求権があるか。
権利確定前に退職した場合に失効するか。
業績条件未達の場合に支払義務が消滅するか。
期末時点で支払見込額を合理的に見積れるか。
制度名に「株式」と付いていても、会社が最終的に現金で決済する義務を負うのであれば、負債性の報酬として見積りを行う必要があります。ここを誤ると、費用と負債の過少計上につながります。
会社法・役員報酬決議との接続を軽視しない
株式報酬は、会計処理だけでなく、会社法上の役員報酬決議とも不可分です。
会社法は、株式会社の計算について、株主および会社債権者への適正な財務情報の提供と、剰余金分配規制という2つの目的を持っています。株式報酬は、会社財産の流出、株式発行、自己株式処分、資本剰余金、希薄化、分配可能額と関係するため、会社法上の手続と会計処理を切り離して考えることはできません。
特に役員向け株式報酬では、次の資料が重要になります。
- 株主総会議案
- 取締役会議事録
- 報酬委員会・指名報酬委員会資料
- 報酬方針
- 株式報酬規程
- 譲渡制限付株式割当契約書
- 無償取得条項
- マルス・クローバック条項
- 業績条件の算定式
- 対象勤務期間の説明資料
- 交付株式数の計算資料
- 自己株式処分または新株発行の手続資料
- 有価証券通知書または届出書の要否検討資料
監査人は、会計処理の仕訳だけでなく、会社法上有効に成立した報酬制度か、報酬決議の範囲内か、交付条件が規程・契約と一致しているか、費用認識期間が制度趣旨と整合しているかを確認します。
「報酬制度は人事・法務の領域であり、経理は費用計上だけ見ればよい」という分業では、上場企業実務としては不十分です。
税務上の分類と会計処理は一致しない
株式報酬では、税務上の損金算入要件も重要です。
譲渡制限付株式や業績連動型株式報酬は、税務上、事前確定届出給与や業績連動給与の要件を満たすかどうかが問題になります。国税庁のタックスアンサーでは、特定譲渡制限付株式や業績連動給与の要件、業績指標の範囲などが整理されています。
出典:国税庁|No.5211 役員に対する給与
ただし、会計処理と税務処理は一致しません。
会計上は、サービス取得に応じた費用認識や、前払費用の取崩し、株式引受権、引当金などを検討します。一方、税務上は、法人税法上の役員給与として損金算入できるか、届出・開示・算定方法・確定性・業績指標の要件を満たすかが問題になります。
株式報酬制度の一般的な分類と税務上の分類を対応させると、ストック・オプション、事前交付型譲渡制限付株式、事後交付型譲渡制限付株式、パフォーマンス・シェア、株式交付信託、ファントム・ストック、SARなどについて、事前確定届出給与または業績連動給与として整理され得るものがあります。ただし、要件を満たすかどうかは、制度ごとに検討が必要です。
税務上の損金算入時期も、会計上の費用認識時期と一致するとは限りません。
したがって決算実務では、会計上の費用認識、税務上の損金算入、申告調整、繰延税金資産・負債の要否を切り分けて整理する必要があります。譲渡制限付株式については、税務上の明細書添付などの実務も関係しますが、詳細は税務専門家と個別に確認すべき領域です。
注記・1株当たり情報・適時開示への影響
株式報酬は、財務諸表本表だけでなく、注記と開示にも大きく影響します。
実務対応報告第41号では、取引の内容、規模および変動状況、費用計上額および科目名、付与日における公正な評価単価の見積方法、権利確定株式数の見積方法などを注記することが求められます。具体的には、付与対象者の区分および人数、株式数、付与日、権利確定条件、対象勤務期間、条件変更の状況などが対象になります。
出典:企業会計基準委員会|実務対応報告第41号 取締役の報酬等として株式を無償交付する取引に関する取扱い
1株当たり情報にも注意が必要です。事後交付型の株式報酬契約については、すべての権利確定条件を満たした場合に株式が交付される契約は、潜在株式として扱われます。また、株式引受権は、1株当たり純資産額の算定上、普通株式に係る純資産額から控除されます。
出典:企業会計基準委員会|実務対応報告第41号 取締役の報酬等として株式を無償交付する取引に関する取扱い
適時開示も重要です。JPXの上場会社向けFAQでは、株式報酬を発行する場合、発行する株式数が希薄化率1%以上であり、かつ価額または時価総額が1億円以上となる場合には、適時開示が必要とされています。また、適時開示基準に該当しない場合でも、取締役会決議通知書および有価証券通知書の写しの提出が必要とされています。
出典:日本取引所グループ|株式報酬を発行する場合、適時開示や書類の提出は必要になりますか。
ここで注意すべきなのは、会計上の費用額が小さいからといって、開示上の重要性が小さいとは限らないという点です。
株式報酬は、希薄化、株主価値、役員インセンティブ、コーポレートガバナンスに関わります。したがって、財務諸表上の金額的重要性だけでなく、投資判断情報としての重要性を確認する必要があります。
監査上の争点は「評価額」だけではない
株式報酬の監査対応では、評価額に注目が集まりがちです。
しかし、実務上の争点は評価額だけではありません。むしろ、制度設計、条件判定、費用認識期間、権利確定見込数、開示との整合のほうが問題になることもあります。
監査人に説明すべき主な論点は、次のとおりです。
| 監査上の論点 | 説明すべき内容 |
|---|---|
| 適用基準 | 実務対応報告第41号、第30号、ストック・オプション基準、その他のいずれか |
| 制度類型 | RS、PS、PSU、株式交付信託、ファントム・ストック等 |
| 交付構成 | 無償交付、現物出資、新株発行、自己株式処分、信託経由 |
| 付与日 | 株主総会・取締役会決議日、契約成立日、承認手続完了日 |
| 対象勤務期間 | 役員任期、譲渡制限期間、評価期間、退職時解除条件 |
| 公正価値 | 株価、評価単価、評価モデル、評価時点 |
| 権利確定見込数 | 退職見込み、業績達成見込み、没収見込み |
| 業績条件 | KPI、算定方法、目標水準、裁量調整の有無 |
| 失効・没収 | 権利不確定による無償取得、前払費用の取崩し、損失処理 |
| 税務 | 事前確定届出給与、業績連動給与、申告調整 |
| 開示 | 注記、1株当たり情報、役員報酬開示、適時開示 |
| 内部統制 | 報酬決定、対象者管理、株式数管理、KPI判定プロセス |
特に業績条件付きの制度では、見積りの更新が重要です。期末ごとに、業績達成可能性、権利確定株式数、費用累計額を見直し、前期までの見積りとの差額を損益処理する必要があります。
また、マルス・クローバック条項がある場合には、財務諸表訂正、不正、重大なコンプライアンス違反、退任理由などに応じて、株式の没収や返還請求が生じる可能性があります。これらは、会計上の失効条件、偶発事象、後発事象、開示にも影響し得るため、制度文書を会計担当が理解しておく必要があります。
実務で誤りやすいポイント
制度名だけで適用基準を決めてしまう
「RS」と呼ばれていても、無償交付構成なのか、現物出資構成なのか、信託構成なのかで処理が変わります。制度名ではなく、取引の法的構成とサービス取得の実態で判断します。
譲渡制限期間をそのまま費用認識期間にしてしまう
譲渡制限期間と対象勤務期間は、同一とは限りません。任期満了、退任時解除、正当理由退任、業績評価期間などを考慮して判断します。
業績条件の達成見込みを十分に文書化していない
業績連動型株式報酬では、KPI達成見込みが費用認識に影響します。経営計画、業績予想、報酬委員会資料、取締役会資料、外部環境を踏まえて、見積り根拠を残す必要があります。
現物出資構成の無償取得時に資本金等を取り消してしまう
現物出資により資本金等が計上されている場合、会社法上有効に成立した資本を、無償取得を理由に会計上取り消すことはできません。残存前払費用の資産性喪失として、損失処理を検討します。
株式交付信託の信託財産をオフバランスのまま扱う
実務対応報告第30号の要件に該当する場合、信託の資産・負債・損益を会社の財務諸表に総額法で取り込む必要があります。信託を使っているから会社の会計処理が不要になる、というわけではありません。
役員報酬開示と会計見積りが一致していない
有価証券報告書で説明する報酬方針、業績指標、算定方法、報酬構成と、会計上の費用認識・見積りが矛盾していると、監査・開示の両面で説明が難しくなります。
適時開示基準を会計重要性だけで判断してしまう
株式報酬は、希薄化率や交付価額によって適時開示が必要になることがあります。会計上の費用額だけで判断してはいけません。
「後から説明できる」株式報酬会計の整理手順
実務では、次の順序で整理すると、監査人、経営者、開示担当者、税務担当者との議論が安定します。
- 制度目的を確認する
- 付与対象者を整理する
- 交付物が株式、新株予約権、金銭、信託ポイントのいずれかを確認する
- 事前交付型か、事後交付型かを区分する
- 無償交付構成か、現物出資構成か、信託構成かを確認する
- 新株発行か、自己株式処分かを確認する
- 適用する会計基準等を特定する
- 付与日、権利確定日、対象勤務期間を決定する
- 勤務条件、業績条件、市場条件、譲渡制限、没収条件を分解する
- 公正な評価単価または基礎株価を決定する
- 権利確定見込株式数を見積る
- 各期の費用認識額を計算する
- 失効・無償取得・条件変更時の処理を確認する
- 株式引受権、資本金等、資本剰余金、自己株式、引当金の表示を確認する
- 税務上の分類・申告調整・税効果を整理する
- 注記、1株当たり情報、役員報酬開示、適時開示を確認する
- 監査人向け論点メモと根拠資料を整える
この整理により、単に「費用はいくらか」を超えて、「なぜその費用認識期間なのか」「なぜその株式数を見積ったのか」「なぜその表示科目なのか」「開示上どこまで説明すべきか」を、後から説明しやすくなります。
専門家に相談すべき局面
譲渡制限付株式・業績連動型株式報酬は、会計処理、税務、会社法、開示、監査、ガバナンスが同時に動く論点です。
特に、次のような場面では、制度設計の段階から会計・税務・法務・開示を横断して確認する必要があります。
- 上場会社で新たにRS・PS・PSUを導入する
- IPO準備企業で上場前後の株式報酬制度を設計する
- 退職慰労金制度を株式報酬へ移行する
- 業績条件・TSR・ESG指標を含む報酬制度を導入する
- 親会社株式を子会社役員・従業員に付与する
- 自己株式を用いて株式報酬を交付する
- 株式交付信託を導入・変更する
- マルス・クローバック条項を設ける
- 既存制度の条件変更、リプライシング、評価期間変更を行う
- 会計処理と役員報酬開示・適時開示の整合に不安がある
犬飼公認会計士・税理士事務所では、上場企業・IPO準備企業・大規模グループにおける日本基準の高度会計論点について、会計処理の結論だけでなく、制度設計、根拠資料、見積り、注記、適時開示、監査対応まで含めた整理を支援しています。
譲渡制限付株式、パフォーマンス・シェア、株式交付信託、株価連動型報酬について、制度設計後に会計処理で迷うのではなく、導入前から「後から説明できる数字」と「後から説明できる制度」に整えたいとお考えの場合は、犬飼公認会計士・税理士事務所HPのお問い合わせページよりご相談ください。
振り返り|譲渡制限付株式・業績連動型株式報酬の重要論点
| 論点 | 実務上の意味 | 確認すべき資料・判断軸 |
|---|---|---|
| 制度名ではなく取引実態 | RS・PSという名称だけでは処理は決まらない | 交付時点、交付物、対象者、決済方法 |
| 適用基準 | 実務対応報告第41号、第30号、SO基準等の切り分けが必要 | 制度設計書、株主総会議案、契約書 |
| 無償交付構成 | 上場会社の取締役等への無償交付は実務対応報告第41号の対象 | 会社法上の発行・処分手続 |
| 現物出資構成 | 金銭報酬債権を現物出資するRSは、前払費用と資本金等の処理が中心 | 金銭報酬債権、現物出資、割当契約 |
| 事前交付型 | 先に株式を交付し、未達時に無償取得する | 付与日、公正価値、権利確定見込数 |
| 事後交付型 | サービス提供後に株式を交付する | 株式引受権、交付株式数の見積り |
| 対象勤務期間 | 譲渡制限期間と同一とは限らない | 任期、退任時解除、評価期間、再任見込み |
| 業績条件 | 費用認識額と開示説明に影響する | KPI、算定式、中計、報酬委員会資料 |
| 権利確定見込数 | 費用計上額の見積りに直結する | 退職見込み、業績達成見込み、失効実績 |
| 無償取得・失効 | 現物出資構成では残存前払費用の損失処理が問題になる | 退職理由、無償取得条項、残存前払費用 |
| 株式交付信託 | 信託財産を総額法で取り込むかが重要 | 信託契約、給付規程、ポイント管理 |
| 自己株式処分 | 自己株式処分差額が発生する | 自己株式簿価、交付価額、資本剰余金 |
| 株価連動型金銭報酬 | 株式報酬に見えても負債性報酬となり得る | 支払義務、現金決済、株価連動式 |
| 税務分類 | 会計処理と損金算入要件は一致しない | 事前確定届出給与、業績連動給与、申告調整 |
| 注記 | 制度の内容、規模、変動、評価方法を開示する | 付与対象者、株式数、条件、評価単価 |
| 1株当たり情報 | 株式引受権や信託保有株式が影響する | 潜在株式、自己株式控除、BPS・EPS |
| 適時開示 | 希薄化率・価額基準で開示要否を判断する | JPX基準、有価証券通知書、取締役会決議 |
| 監査対応 | 評価額だけでなく制度全体の整合が問われる | 論点メモ、根拠資料、開示資料、内部統制 |