IFRS第15号「顧客との契約から生じる収益」で最初に向き合うのは、売上をいつ計上するかという判断ではありません。
その前に確かめておくべきことがあります。会計上、収益認識の対象となる「顧客との契約」が、そもそも存在しているのかという点です。
実務の現場には、契約書、注文書、発注書、基本契約、個別契約、見積書、約款、メール、取引慣行、稟議、価格承認、与信判断、契約変更の合意まで、じつにさまざまな資料が積み重なっています。ただ、IFRS第15号が問うているのは、「契約書という紙が手元にあるかどうか」ではありません。
問われているのは、その取引に現在の強制可能な権利及び義務が存在し、企業が顧客に財又はサービスを移転して、その対価を回収できると見込めるかどうかです。
IFRS第15号は、収益認識を5ステップで捉えます。その第一歩、ステップ1に位置づけられているのが「顧客との契約を識別する」という作業です。ここには、顧客の識別、複数の契約当事者との取決め、契約の識別、契約期間、契約の結合、契約変更といった論点がまとめて含まれています。
本稿では、このステップ1と契約変更を取り上げます。基準本文の要件を実務判断へ落とし込み、監査対応、内部資料化、開示説明までを見据えて整理していきます。
契約の識別は、収益認識の入口であり、売上計上の前提である
5ステップモデルの起点は、顧客との契約の識別です。
ここを軽く扱ってしまうと、その後に続く履行義務の識別、取引価格の算定、取引価格の配分、収益認識時点の判断が、いずれも足元から揺らいでいきます。
いくつか思い浮かべてみてください。契約が成立していない段階で、すでに売上を認識していないか。契約変更がまだ承認されていないのに、変更後の対価を収益へ含めていないか。顧客の支払能力に重大な疑義があるのに、総額の売上を計上していないか。複数の契約を分けて処理しているものの、実質的には一体の取引ではないか。
これらは、すべてステップ1の問題です。
収益認識の実務では、どうしても売上計上日、履行義務、変動対価、本人・代理人、契約資産・契約負債といった論点に目が向きがちです。しかし、会計上の契約が適切に識別されていなければ、その先の判断はよりどころを欠いてしまいます。
IFRS第15号の契約識別は、契約管理の形式論ではありません。財務報告上の収益を認識してよいかどうかを見極める、入口の判断です。
IFRS第15号における「顧客」とは誰か
契約を識別する前に、そもそも相手方が「顧客」にあたるのかを確かめておく必要があります。
IFRS第15号でいう顧客とは、企業の通常の活動のアウトプットである財又はサービスを、対価と交換に獲得するために企業と契約した当事者を指します。これに対して、共同開発や共同事業のように、契約当事者が活動から生じるリスクと便益を分かち合う関係にある場合、その相手方はIFRS第15号上の顧客ではないことがあります。
出典:IFRS Foundation|IFRS 15 Revenue from Contracts with Customers
ここは、実務上とても大切なところです。
相手方から対価を受け取る契約であっても、そのすべてが顧客との契約とは限りません。共同研究、共同開発、共同事業、提携契約、費用分担契約、あるいはプラットフォーム上の参加者間取引などでは、相手方が企業の通常の活動のアウトプットを購入しているのか、それとも共同でリスクと便益を負っているのかを見極める必要があります。
顧客ではない相手方との取引にIFRS第15号を機械的に当てはめてしまうと、本来は費用の相殺、投資、金融商品、共同支配、持分法、その他の会計処理として扱うべき取引を、誤って売上として表示しかねません。
ですから、契約識別の最初の問いは「契約書があるか」ではなく、相手方はIFRS第15号上の顧客かという点に置かれます。
IFRS第15号における契約識別の5要件
IFRS第15号では、顧客との契約について、次の要件をすべて満たしたときに、収益認識基準の対象となる契約として会計処理します。
- 当事者が契約を承認し、それぞれの義務を履行することを約束していること
- 移転される財又はサービスに関する各当事者の権利を識別できること
- 移転される財又はサービスの支払条件を識別できること
- 契約に経済的実質があること
- 顧客に移転する財又はサービスと交換に、企業が権利を得る対価を回収する可能性が高いこと
IFRS財団が公表するIFRS第15号は、契約承認、権利の識別、支払条件の識別、商業的実質、回収可能性という5つを要件として掲げ、回収可能性を評価する際には、顧客が支払期限の到来時に対価を支払う能力と意思を考慮するとしています。
出典:IFRS Foundation|IFRS 15 Revenue from Contracts with Customers
日本基準の収益認識会計基準も、IFRS第15号と整合する形で、契約の承認、各当事者の権利、支払条件、経済的実質、対価の回収可能性を契約識別の要件として定めています。
出典:企業会計基準委員会|企業会計基準第29号 収益認識に関する会計基準
この5要件は、単なるチェック項目ではありません。それぞれが、売上を認識するために欠かせない実務判断を内側に抱えています。
契約の承認と履行の確約
契約は、書面だけで成立するとは限りません。口頭、取引慣行、電子的な承認、発注・受注のプロセスを通じて成立することもあります。
会計上、より重要なのは、当事者が契約を承認し、それぞれの義務を履行する意思を持っているかどうかです。
そのため、次のような点を確かめておく必要があります。
- 契約締結権限を持つ者が承認しているか
- 基本契約と個別発注の関係が明確か
- 発注書や注文書を正式な契約承認として扱う運用になっているか
- 価格、数量、納期、仕様について承認済みか
- 契約変更や追加発注の承認プロセスが明確か
- 取引慣行上、どの時点で双方に強制可能な権利義務が生じるか
監査対応の場面では、契約書があるかどうかだけでなく、承認権限、社内稟議、注文受領記録、受注登録、取引先マスタ登録、価格承認、変更承認といった証跡が重要になります。
契約識別は、営業部門の受注実務と、経理部門の収益認識判断とをつなぐ領域でもあります。営業実務のうえでは「案件化」していても、会計上の契約として認識できる状態にあるかどうかは、また別の問題です。
権利の識別
続いて、移転される財又はサービスに関する各当事者の権利を識別できることが求められます。
ここで見るべきは、企業が何を顧客に移転する義務を負い、顧客が何を受け取る権利を持っているのか、という点です。
実務では、次のような点が論点になります。
- 納入対象物又は提供サービスが特定されているか
- 仕様、品質、数量、納期、提供期間が明確か
- 追加サービス、保証、保守、アップデート、サポートの有無
- 顧客がキャンセル、返品、検収拒否、仕様変更を行う権利
- 企業が代替品を提供できる権利
- 顧客が受け取る便益の内容
権利を識別できなければ、履行義務も識別できません。ステップ1の権利識別は、ステップ2の履行義務識別へ、そのままつながっていきます。
支払条件の識別
支払条件を識別できることも、契約識別の要件のひとつです。
支払条件と一口にいっても、請求日や入金期日だけを指すわけではありません。価格、支払通貨、分割払い、前払い、出来高払い、成果連動、値引、返品、リベート、ペナルティ、価格調整条項なども、ここに含まれます。
支払条件が曖昧なままだと、取引価格の算定も安定しません。価格交渉の途中である、契約変更の対価が未決定である、顧客から一方的な値引を求められている、支払条件が固まっていない、請求条件と履行条件が噛み合っていない。こうした場合には、契約識別、あるいは取引価格の見積りの論点として整理しておく必要があります。
とくにIFRS第15号では、価格がまだ確定していなくても、契約変更の範囲が承認され、価格だけが未決定という状況であれば、変動対価の見積りとして処理することがあります。したがって、「価格が未確定だから契約は存在しない」と即断するのではなく、権利義務の強制可能性、価格決定メカニズム、取引慣行、過去の交渉実績まで確かめておくことが求められます。
経済的実質
契約に経済的実質があることも必要です。
経済的実質とは、その契約によって、企業の将来キャッシュ・フローのリスク、時期又は金額が変動すると見込まれることを意味します。
形式のうえでは売買契約が存在していても、実質的には同一価値の資産を交換しているだけで経済的な変化に乏しい場合があります。循環取引、買戻しを前提とする取引、実質的な在庫融通、資金取引に近い取引などがそれにあたります。こうした取引については、収益として表示してよいのかどうかを慎重に検討しなければなりません。
ここで鍵になるのは、契約の名称ではありません。その取引によって、企業が通常の活動のアウトプットを顧客に移転し、経済的に意味のある対価を得ているかどうかです。
対価の回収可能性
最後に、企業が権利を得る対価を回収する可能性が高いことが求められます。
これは、売掛金の貸倒見積りと似ているようでいて、担っている役割が異なります。
契約識別における回収可能性は、そもそもIFRS第15号の収益認識モデルを適用できる契約なのかを見極める、入口の要件です。一方、売掛金の減損は、いったん認識された金融資産について、回収不能のリスクを測定する論点です。
そのため、顧客の信用状態に重大な不確実性がある場合には、貸倒引当金を計上すれば足りるのか、それとも契約識別要件そのものを満たしていないのかを、分けて考える必要があります。
回収可能性を判断する際には、顧客の支払能力だけでなく、支払意思もあわせて考慮します。過去の入金実績、信用調査、支払遅延、資金繰り状況、契約上の支払条件、担保・保証、前受金の有無、取引停止条件などが、判断の材料になります。
なお、契約書上の価格が、そのまま回収見込額になるとは限りません。実務では、あらかじめ価格譲歩が予定されている場合や、顧客の信用リスクを踏まえて一部しか回収しないことが実質的に見込まれる場合があります。その場合には、回収可能性だけでなく、取引価格の見積りにも影響が及びます。
契約要件を満たさない場合の処理
契約識別の5要件を満たさないとき、その取引についてIFRS第15号に基づく通常の収益認識を行うことはできません。
とはいえ、顧客からすでに対価を受け取っている場合もあります。この場合、受け取った対価をただちに収益とするわけではありません。
IFRS第15号では、契約識別要件を満たさない顧客との契約について対価を受け取ったとき、収益として認識できるのは限られた場面です。具体的には、企業に残りの財又はサービスの移転義務がなく、約束した対価のすべて又はほとんどすべてを受け取り、それが返金不要である場合、あるいは契約が解約され、受け取った対価が返金不要である場合です。それまでは、将来の財又はサービスの移転義務、又は返金義務として、負債を認識します。
出典:IFRS Foundation|IFRS 15 Revenue from Contracts with Customers
この取扱いは、実務上の前受金処理と深く結びついています。
契約識別要件を満たしていない段階で顧客から入金を受けたとしても、入金済みであることだけを理由に収益を認識することはできません。会計上は、契約要件を満たすまで、あるいは返金不要で収益認識できる条件を満たすまで、負債として表示しておく必要があります。
この点は、キャッシュ・フローと収益を取り違えないためにも大切です。入金は資金繰り上の事実にすぎません。収益認識は、履行義務と権利義務に基づく、財務報告上の判断です。
契約期間は、現在の強制可能な権利義務が存在する期間で判断する
IFRS第15号では、契約期間について、当事者が現在の強制可能な権利及び義務を有している期間を対象として基準を適用します。
出典:IFRS Foundation|IFRS 15 Revenue from Contracts with Customers
契約期間は、収益認識のうえで重要な判断のひとつです。
契約書上は長期契約であっても、当事者が補償なしにいつでも解約できるのであれば、会計上の契約期間は、契約書の形式的な期間より短くなることがあります。逆に、自動更新条項がある場合でも、更新後の期間について現在の強制可能な権利義務が存在するかどうかは、あらためて検討しなければなりません。
この判断は、次のような論点に影響します。
- 履行義務の識別
- 取引価格の算定
- 契約資産・契約負債
- 重大な金融要素
- 契約コストの資産化
- 収益の分解開示
- 残存履行義務の開示
実務では、契約書に「契約期間1年、自動更新あり」と書かれていても、それだけで判断を終えるわけにはいきません。更新拒絶権、解約通知期間、違約金、最低購入義務、返金条件、価格改定権、そして顧客の実質的な解約可能性まで確かめておく必要があります。
完全に未履行の契約は、一定の場合には契約として扱わない
契約の当事者それぞれが、相手に補償することなく、完全に未履行の契約を解約できる一方的で強制力のある権利を持っている場合、その契約はIFRS第15号の適用上、契約として存在しないものとして扱われます。
ここでいう完全に未履行とは、企業が約束した財又はサービスをまだ顧客に移転しておらず、企業が対価をまだ受け取っておらず、対価を受け取る権利も得ていない状態を指します。
出典:IFRS Foundation|IFRS 15 Revenue from Contracts with Customers
この考え方は、契約書上の期間をそのまま会計上の契約期間と見なさないための、重要な調整です。
とくに、長期基本契約、包括契約、マスターサービス契約、フレームワーク契約、基本取引契約などでは、契約書だけでは具体的な財又はサービスの移転義務や対価の権利がまだ生じていないことがあります。この場合、個別注文や発注が行われた時点で、はじめて会計上の契約が識別される、というかたちになります。
だからこそ、基本契約と個別契約の関係を整理しておくことが欠かせません。
契約の再評価は、事実及び状況の重要な変化がある場合に行う
契約開始時に5要件を満たしているのであれば、原則として、その後毎期すべての要件を再評価する必要はありません。
ただし、事実及び状況に重要な変化の兆しがあるときには、再評価が求められます。IFRS第15号でも、顧客の支払能力が著しく悪化した場合に、残りの財又はサービスについて対価を回収する可能性が高いかどうかを再評価する例が示されています。
出典:IFRS Foundation|IFRS 15 Revenue from Contracts with Customers
実務で再評価が必要になりやすいのは、次のような局面です。
- 顧客の信用状態が著しく悪化した
- 支払遅延が続いている
- 顧客が契約条件の履行を拒んでいる
- 価格や仕様をめぐって重要な紛争が生じている
- 契約変更について、合意未了の状態が続いている
- 顧客が解約又は契約不履行を示唆している
- 法規制、制裁、輸出入制限等により履行可能性が変わった
- 取引の経済的実質が当初の想定から変化した
再評価は、収益認識を止めるかどうかだけの判断ではありません。残りの履行義務、契約資産、債権、減損、引当金、そして開示への影響まで含めて整理していく作業です。
複数契約は、分けて処理できるとは限らない
IFRS第15号では、同一の顧客又はその関連当事者と、同時又はほぼ同時に締結した複数の契約について、一定の場合には結合し、単一の契約として会計処理します。
契約を結合すべきなのは、次のいずれかに当てはまる場合です。
- 複数の契約が、単一の商業的目的を持つパッケージとして交渉されている
- ひとつの契約の対価が、他の契約の価格又は履行に左右される
- 複数の契約で約束した財又はサービスが、単一の履行義務となる
IFRS第15号は、同一の顧客又はその関連当事者と同時又はほぼ同時に締結した複数契約について、単一の商業的目的、対価の相互依存、又は単一の履行義務に該当する場合には、結合して会計処理することを求めています。
出典:IFRS Foundation|IFRS 15 Revenue from Contracts with Customers
日本基準の収益認識会計基準でも、同一顧客又は関連当事者と同時又はほぼ同時に締結した複数契約について、同一の商業的目的、対価の相互依存、単一履行義務のいずれかに該当する場合には、複数契約を結合して単一の契約とみなして処理することが定められています。
出典:企業会計基準委員会|企業会計基準第29号 収益認識に関する会計基準
この論点は、実務でとりわけ見落とされやすい領域です。
契約書が複数あるからといって、会計上も複数契約として処理できるとは限りません。逆に、契約書が一つであっても、履行義務の識別によって複数の収益認識単位に分かれることがあります。
契約結合を判断するときに見るのは、形式的な契約の本数ではありません。商業的目的と対価の関係です。
たとえば、価格設定が契約全体で調整されている、特定の契約で値引した分を別の契約で回収している、複数の契約が一つの成果物の提供を目的としている、顧客側の発注管理上の都合で契約が分割されている。こうした場合には、契約結合を検討する必要が出てきます。
収益認識の実務でも、5ステップではまず対象となる契約を識別し、複数契約を結合して単一の契約として識別する場合があること、そして契約変更が行われたときには、独立した契約として処理すべきかどうかを検討する必要があることが、順を追って整理されます。
契約変更とは何か
契約変更とは、契約の範囲又は価格、あるいはその両方の変更を指します。
IFRS第15号でいう契約変更は、当事者が承認した契約の範囲又は価格の変更であって、新たな強制可能な権利義務を生じさせる、又は既存の強制可能な権利義務を変更するものです。契約変更は、書面のほか、口頭や取引慣行によっても承認され得ます。
出典:IFRS Foundation|IFRS 15 Revenue from Contracts with Customers
契約変更は、実務ではさまざまな名前で姿を現します。
- 変更契約
- 追加発注
- 仕様変更
- 価格改定
- 納期変更
- 数量変更
- スコープ変更
- Change Order
- Variation
- Amendment
- 覚書
- 追加見積
- 顧客承認済みの作業指示
大切なのは、名称ではありません。
契約変更として会計処理するには、その変更によって強制可能な権利義務が新たに生じているか、あるいは既存の権利義務が変更されている必要があります。営業のうえでは変更が合意されているように見えても、顧客の正式な承認がない、価格が未合意である、仕様変更が一方的な要望にとどまっている、社内承認はあるが顧客承認がない。こうした状態であれば、契約変更として扱えるのかどうかを慎重に見極めなければなりません。
契約変更が未承認の場合
契約変更が承認されていないあいだ、企業は、その変更が承認されるまで、既存の契約にIFRS第15号を引き続き適用します。
この点は、実務でとても重要です。
顧客から追加作業を求められている。現場ではすでに手を動かし始めている。営業担当者は顧客と合意できると見込んでいる。けれども、正式な契約変更書や価格合意はまだない。
こうした状態では、会計上の契約変更が成立しているのかどうかを、慎重に判断しなければなりません。
もちろん、契約変更は必ず書面でなければならないわけではありません。口頭合意や取引慣行によって承認されることもあります。ただし、監査対応の場面では、承認があったことを裏づける証拠が重要になります。
そこで拠りどころになるのは、たとえば次のような資料です。
- 変更契約書
- 追加発注書
- 顧客承認メール
- 価格合意メモ
- 仕様変更指示書
- 顧客会議議事録
- 社内稟議
- 変更見積書
- 変更後の請求書
- 過去の同種取引における承認慣行
「顧客が払ってくれるはず」という見込みだけでは、IFRS第15号上の契約変更として十分とはいえません。会計処理の前提になるのは、あくまで強制可能な権利義務です。
価格未決定の契約変更は、変動対価として見積る場合がある
契約変更では、範囲の変更は承認されたものの、対応する価格がまだ決まっていない、という場面があります。
IFRS第15号は、こうした場合にも契約変更が存在し得るとしています。範囲の変更が承認され、価格変更が未決定であるときには、企業は変動対価の見積りと変動対価の制限に関する規定に従い、契約変更から生じる取引価格の変更を見積ります。
出典:IFRS Foundation|IFRS 15 Revenue from Contracts with Customers
ここは、契約変更の実務のなかでも、とりわけ判断が難しいところです。
価格が未決定であっても、範囲変更に強制力があり、価格決定メカニズムや取引慣行から合理的に対価を見積れるのであれば、会計上は契約変更を反映することがあります。一方で、顧客が価格の支払義務を認めていない、変更内容に争いがある、承認権限者がまだ承認していない、価格交渉が不確実である。こうした場合には、収益認識に含めることが適切かどうかを、慎重に検討する必要があります。
このとき効いてくるのが、変動対価の制限です。見積った対価については、将来、重大な収益の戻入れが生じない可能性が高い範囲へと制限しておく必要があるためです。
契約変更の範囲が承認済みで、価格が未定という状態では、次の情報を整理しておきたいところです。
- 変更範囲の承認証拠
- 価格決定メカニズム
- 過去の類似変更における回収実績
- 顧客との交渉状況
- 価格に関する紛争の有無
- 顧客の支払能力と支払意思
- 変動対価の見積方法
- 重大な戻入れリスク
価格が未決定だから何も認識しない、あるいは価格が決まりそうだから全額を認識する。そうした単純な割り切りでは、判断として足りません。
契約変更の会計処理は3類型で整理する
契約変更が承認されているとき、次に考えるべきは、その契約変更をどう会計処理するかです。
IFRS第15号では、契約変更の会計処理は、大きく次の3つに整理できます。
| 契約変更の類型 | 会計処理の考え方 | 判断の中心 |
|---|---|---|
| 独立した契約として処理 | 既存契約とは別の新契約として扱う | 別個の財又はサービスが追加され、価格が独立販売価格を反映しているか |
| 既存契約の解約+新契約として処理 | 未移転部分について将来に向かって処理する | 残りの財又はサービスが既移転部分と別個か |
| 既存契約の一部として処理 | 累積的影響を契約変更日に反映する | 残りの財又はサービスが既移転部分と別個でなく、部分的に充足済みの単一履行義務の一部か |
日本基準の収益認識会計基準でも、契約変更が独立した契約として処理される場合、既存契約の解約と新契約の締結と仮定して処理される場合、既存契約の一部として累積的影響を修正する場合が整理されています。
出典:企業会計基準委員会|企業会計基準第29号 収益認識に関する会計基準
ここでの判断は、契約変更の会計処理だけにとどまりません。売上の期間帰属、契約資産・契約負債、進捗度、開示、そして監査説明にまで影響が及びます。
類型1:独立した契約として処理する場合
契約変更を独立した契約として処理するのは、次の両方を満たす場合です。
- 別個の財又はサービスが追加され、契約の範囲が拡大する
- 契約価格が、追加された財又はサービスの独立販売価格を反映した金額分だけ増加する
IFRS第15号では、別個の財又はサービスの追加によって契約範囲が拡大し、価格が追加された財又はサービスの独立販売価格を反映した対価分だけ増加する場合、その契約変更を独立した契約として処理します。
出典:IFRS Foundation|IFRS 15 Revenue from Contracts with Customers
この場合、既存契約の収益認識は基本的に影響を受けず、追加部分を新たな契約として処理します。
実務では、追加発注や追加サービスがあったからといって、常に独立契約になるわけではありません。追加された財又はサービスが別個であるか、そして価格が独立販売価格を反映しているかを、そのつど確かめる必要があります。
なお、既存顧客であるため営業関連コストが不要になる、既存設備を利用できる、数量割引が適用されるといった、特定の契約の状況に基づく価格調整が入ることもあります。そうした調整が合理的であれば、独立販売価格を反映した価格と判断されることがあります。
類型2:既存契約の解約と新契約の締結として処理する場合
契約変更が独立契約として処理されない場合でも、残りの財又はサービスが、契約変更日の前に移転済みの財又はサービスと別個であるときには、既存契約を解約し、新しい契約を締結したものとして処理します。
この場合、過去に認識した収益を修正するのではなく、未移転の財又はサービスについて、変更後の対価を将来に向かって配分するのが原則です。
IFRS第15号では、契約変更が独立契約として処理されない場合で、残りの財又はサービスが既に移転した財又はサービスと別個であるときは、既存契約の解約と新契約の創出として処理し、未認識の対価と契約変更による対価を、残りの履行義務へ配分します。
出典:IFRS Foundation|IFRS 15 Revenue from Contracts with Customers
この処理は、契約変更後に提供する財又はサービスが、すでに提供済みのものと区分できる場合に適用されます。
実務では、追加数量、追加期間、追加サービス、契約延長といった局面で問題になりやすい処理です。追加価格が独立販売価格を反映していない場合には、独立契約ではなく、この将来に向かう処理となることがあります。
類型3:既存契約の一部として累積的影響を修正する場合
残りの財又はサービスが、すでに移転した財又はサービスと別個ではなく、契約変更日の時点で部分的に充足されている単一の履行義務の一部を構成している場合、契約変更は既存契約の一部として処理します。
この場合、契約変更による取引価格や進捗度への影響を、契約変更日に累積的影響として収益へ反映します。
IFRS第15号では、残りの財又はサービスが既に移転した財又はサービスと別個ではなく、契約変更日時点で部分的に充足されている単一の履行義務の一部を構成する場合、契約変更を既存契約の一部として処理し、取引価格及び進捗度への影響を、契約変更日に累積キャッチアップとして収益へ反映します。
出典:IFRS Foundation|IFRS 15 Revenue from Contracts with Customers
この処理は、一定期間にわたり充足される履行義務でとくに重要になります。
工事、受注制作、長期役務提供、開発契約、カスタマイズを伴う契約などでは、契約変更が既存の単一履行義務に組み込まれることがあります。その場合、契約変更の影響は将来に向かってだけでなく、これまでの進捗に対しても反映され得ます。
そのため、契約変更が生じた時点で、進捗度、総取引価格、総原価、見積り、未充足部分、既認識収益を、あらためて更新する必要があります。
契約変更の判断で重要なのは「別個」と「価格」である
契約変更の会計処理を決めるうえで、中心となる判断軸は2つです。
ひとつは、追加又は残存する財又はサービスが「別個」であるか。もうひとつは、価格が独立販売価格を反映しているか。
この2つを整理すると、契約変更の処理はぐっと見通しやすくなります。
追加された財又はサービスが別個で、かつ価格が独立販売価格を反映しているなら、独立契約です。別個ではあるものの価格が独立販売価格を反映していないなら、既存契約の解約と新契約の締結として、将来に向かって処理します。そして別個でないなら、既存契約の一部として累積的影響を修正します。
つまり、契約変更を検討するには、履行義務の識別についての理解が前提になります。契約変更の処理だけを切り出して判断することはできません。
契約変更は、売上だけでなく内部統制の問題でもある
契約変更は、会計処理にとどまらず、内部統制のうえでも重要な論点です。
契約変更は、営業現場、プロジェクト現場、法務、経理、開示、監査対応のあいだで、情報が分断されやすい領域でもあります。現場では仕様変更や追加対応が進んでいるのに、経理には変更情報が届いていない。営業は価格交渉中だと認識しているが、会計上は変動対価の見積りが必要になっている。契約変更は承認済みなのに、システム上は当初契約の売上計上ルールのまま動いている。
こうした分断があると、売上の期間帰属、契約資産、契約負債、受注残、残存履行義務、見積総原価、進捗度、開示情報が、次々と噛み合わなくなっていきます。
契約変更の管理では、少なくとも次の統制を押さえておきたいところです。
- 契約変更を識別するルール
- 変更承認権限の明確化
- 変更範囲と価格の記録
- 経理部門への適時な連携
- 収益認識への影響評価
- 進捗度・総原価見積りの更新
- 契約資産・契約負債への反映
- 開示情報への反映
- 監査証拠の保存
契約変更は、決算時の調整だけで片づけるものではありません。契約変更が発生したその時点で、会計論点として管理していく必要があります。
監査対応上、契約識別で確認されやすい資料
契約識別について監査対応を行うとき、契約書を提出するだけでは足りないことがあります。
契約の承認、権利義務、支払条件、経済的実質、回収可能性を説明するには、次のような資料が必要になります。
| 確認事項 | 主な資料 |
|---|---|
| 契約の承認 | 契約書、注文書、発注書、電子承認、稟議、承認メール |
| 権利義務 | 仕様書、提案書、SOW、約款、サービス内容説明、検収条件 |
| 支払条件 | 見積書、価格表、請求条件、支払サイト、リベート条件、価格改定条項 |
| 経済的実質 | 商流図、取引目的、価格決定資料、関連取引の有無 |
| 回収可能性 | 与信資料、信用調査、入金実績、滞留債権情報、担保・保証 |
| 契約期間 | 契約期間条項、解約条項、自動更新条項、違約金条項 |
| 契約結合 | 関連契約一覧、同時交渉資料、価格相互依存の説明 |
| 契約変更 | 変更契約書、追加発注、変更指示、顧客承認、価格交渉資料 |
大切なのは、会計上の結論と資料とがきちんと対応していることです。
「契約は成立している」と判断するのであれば、どの資料から当事者の承認と強制可能な権利義務が読み取れるのか。「回収可能性が高い」と判断するのであれば、顧客の支払能力と支払意思を、どの資料で確かめたのか。「契約変更を独立契約として処理する」と判断するのであれば、追加された財又はサービスが別個であり、価格が独立販売価格を反映していることを、どう説明するのか。
IFRS第15号の契約識別で問われるのは、結論だけではありません。その結論にたどり着くまでの判断の道筋こそが重要です。
開示との関係
契約識別と契約変更は、注記にも影響します。
IFRS第15号では、収益の分解、契約残高、履行義務、重要な支払条件、変動対価、重大な判断、残存履行義務などの開示が求められます。契約期間、契約変更、契約結合、履行義務の単位、取引価格の変更は、いずれもこれらの注記に響いてきます。
とくに、契約変更が頻繁に発生する企業では、契約資産・契約負債の増減、残存履行義務、収益認識時点、変動対価の見積りに影響が出やすくなります。
また、契約識別に重要な判断が含まれ、その判断が財務諸表利用者にとって重要である場合には、会計方針や重要な判断の開示と関わってきます。契約の識別、契約結合、契約変更の処理方針が財務諸表に重要な影響を与えるのであれば、開示担当者と早めに連携しておくことが必要です。
日本基準との関係で注意すべき点
日本の収益認識会計基準は、IFRS第15号の基本的な原則を取り入れています。ASBJの収益認識会計基準では、基本となる原則に従って収益を認識するために、顧客との契約の識別、履行義務の識別、取引価格の算定、取引価格の配分、履行義務の充足に基づく収益認識という5つのステップが示されています。
出典:企業会計基準委員会|企業会計基準第29号 収益認識に関する会計基準
ただし、日本基準で処理している企業がIFRS連結パッケージを作成する場合や、IFRS任意適用企業のグループ会社が日本基準ベースの管理からIFRSベースへ組み替える場合には、日本基準上の実務運用をそのままIFRSへ持ち込めるとは限りません。
日本基準には、実務上の代替的な取扱いが用意されている場合があります。一方、IFRS財務諸表では、IFRS第15号の契約識別、契約期間、契約結合、契約変更、変動対価、開示要求に照らして、ひとつひとつ判断を整理していく必要があります。
したがって、日本基準ベースで「売上計上に問題なし」とされている取引であっても、IFRS上は次の点をあらためて確認しておくことが重要です。
- 顧客との契約として識別できるか
- 契約期間は現在の強制可能な権利義務に基づいているか
- 複数契約を結合すべきではないか
- 契約変更が適時に会計処理へ反映されているか
- 価格未決定の変更について、変動対価の見積りが必要ではないか
- 回収可能性の判断と金融資産の減損判断とが混同されていないか
- 注記に必要な情報を取得できるか
契約識別・契約変更で専門家に相談すべき場面
契約識別や契約変更は、基準の条文だけを読めば、一見すると明快に思えます。しかし実務では、契約書、商流、価格交渉、顧客の信用状態、取引慣行、システム運用、内部統制、監査対応が、複雑に絡み合ってきます。
とくに次のような場合には、早めに論点を整理しておくことをおすすめします。
- 契約書、注文書、発注書、基本契約、個別契約の関係が複雑である
- 口頭合意、メール承認、取引慣行に基づく取引が多い
- 契約変更、仕様変更、追加発注、価格改定が頻繁に発生する
- 変更範囲は承認済みだが、価格が未決定である
- 顧客の信用状態に不確実性がある
- 複数の契約を分けて締結しているが、商業目的は一体である
- 長期契約、自動更新契約、随時解約可能契約がある
- 契約資産・契約負債の管理が複雑である
- IFRS導入、M&A、グループ会計方針の統一、監査対応などで収益認識を見直す必要がある
契約識別と契約変更は、決算時にあとから形式的に確認するだけでは足りません。契約締結時、契約変更時、月次決算時、そして四半期・年度決算時に、会計上の論点が適時に把握される仕組みを整えておく必要があります。
まとめ
IFRS第15号における顧客との契約の識別は、収益認識の出発点です。
問われるのは、契約書があるかどうかではありません。当事者の承認、権利義務、支払条件、経済的実質、回収可能性がそろっているかどうかです。さらに、契約期間、完全に未履行の契約、契約の再評価、契約の結合、契約変更の処理まで整理しておかなければ、履行義務、取引価格、収益認識時点の判断は安定しません。
契約変更については、独立契約として処理するのか、既存契約の解約と新契約として処理するのか、既存契約の一部として累積的影響を修正するのかを、追加又は残存する財又はサービスの「別個性」と、価格の性質に基づいて判断します。
収益認識の実務で重要なのは、結論だけではありません。
なぜその契約をIFRS第15号上の契約として識別したのか。なぜ複数の契約を結合しない、あるいは結合するのか。なぜその契約変更を、独立契約、将来処理、累積キャッチアップのいずれで処理するのか。こうした判断を、契約書、承認資料、取引慣行、価格資料、与信資料、開示資料と整合させたうえで説明できること。そこにこそ、収益認識の実務の要があります。
IFRS第15号に基づく契約識別、契約変更、契約結合、回収可能性、契約資産・契約負債、監査対応資料の整理についてご検討が必要な場合は、犬飼公認会計士・税理士事務所までご相談ください。
振り返り
| 論点 | 実務上の確認ポイント |
|---|---|
| 顧客の識別 | 相手方が企業の通常の活動のアウトプットを取得する顧客か、共同事業の参加者等かを確認する |
| 契約の承認 | 書面、口頭、取引慣行、電子承認等により、当事者が契約を承認し義務履行を約束しているかを確認する |
| 権利の識別 | 移転する財又はサービス、仕様、数量、納期、検収条件、保証等を識別できるかを確認する |
| 支払条件 | 価格、支払時期、値引、リベート、返品、価格改定、成果連動等を確認する |
| 経済的実質 | 契約により将来キャッシュ・フローのリスク、時期又は金額が変動するかを確認する |
| 回収可能性 | 顧客の支払能力と支払意思を、与信資料、入金実績、支払条件等から評価する |
| 契約期間 | 現在の強制可能な権利義務が存在する期間を、会計上の契約期間として捉える |
| 完全に未履行の契約 | 双方が補償なしに解約でき、財又はサービスの移転も対価の受領・受領権もない場合は、IFRS第15号上の契約として扱わない |
| 契約の結合 | 同一顧客等との複数契約について、単一の商業目的、対価の相互依存、単一履行義務の有無を確認する |
| 契約変更 | 範囲又は価格の変更が承認され、強制可能な権利義務を新たに生じさせる又は変更するかを確認する |
| 価格未決定の変更 | 範囲変更が承認済みで価格未決定の場合、変動対価として見積る必要があるかを検討する |
| 独立契約処理 | 別個の財又はサービスが追加され、価格が独立販売価格を反映している場合に検討する |
| 将来処理 | 残りの財又はサービスが既移転部分と別個である場合、既存契約の解約と新契約の締結として処理する |
| 累積キャッチアップ | 残りの財又はサービスが既移転部分と別個でない場合、契約変更日に累積的影響を収益に反映する |
| 監査対応 | 契約書だけでなく、承認資料、価格資料、与信資料、変更承認、社内統制資料を整備する |