IFRS第9号の金融資産の減損は、「貸倒引当金をいくら計上するか」という計算だけの論点ではありません。
実務で本当に問われるのは、金融資産に関する信用リスクを、どの時点で、どの程度、どの情報に基づいて財務諸表へ反映するのか、という点です。
従来の発生損失モデルでは、信用損失を認識するにあたって、一定の信用事象や客観的な減損証拠が重視されていました。IFRS第9号の考え方は、ここから一歩踏み込みます。損失が実際に発生してから認識するのではなく、将来発生し得る信用損失を「予想信用損失(Expected Credit Losses、ECL)」として、あらかじめ認識するという発想です。
IFRS財団も、IFRS第9号の減損アプローチを、信用事象が発生していなくても予想信用損失を会計処理し、各報告日に信用リスクの変化を反映してECLを更新していく仕組みとして説明しています。
出典:IFRS Foundation|IFRS 9 Financial Instruments
こうした発想の転換があるため、ECLモデルでは、会計処理、信用管理、将来予測、内部統制、開示、監査対応が一体で動くことになります。とりわけ、償却原価で測定する金融資産、FVOCIで測定する負債性金融資産、貸付金、営業債権、契約資産、リース債権、ローン・コミットメント、金融保証契約などを扱う場面では、ECLモデルの全体像を押さえておくことが欠かせません。
本稿では、詳細なモデル設計に入る前の入口として、適用範囲、金融資産分類との関係、ステージ構造、12か月ECLと全期間ECL、認識単位、そして実務上の説明ポイントを整理していきます。
ECLモデルは、発生損失モデルからの「転換」である
IFRS第9号の減損モデルを理解するうえで、まず押さえておきたいのは、基準そのものの発想が動いているという点です。「発生した損失を認識する」という考え方から、「予想される信用損失を、適時に認識する」という考え方へ、軸足が移っています。
IFRS財団が公表したIFRS第9号の減損要求事項に関する適用後レビューでも、この点は整理されています。ECLモデルは、IAS第39号の発生損失モデルのもとで信用損失の認識が遅れがちだったという課題に応えるものであり、各報告日にECLを更新することで、信用リスクの変化をより適時に反映しようとするものだ、という位置づけです。
出典:IFRS Foundation|Post-implementation Review of IFRS 9—Impairment, Project Summary and Feedback Statement
この転換は、会計処理のタイミングを変えるだけにとどまりません。実務対応の質そのものを変えていきます。
発生損失モデルでは、すでに生じた信用悪化や客観的証拠をどう捉えるかが中心になりがちでした。一方、ECLモデルでは、過去の貸倒実績、現在の信用状況、将来の経済予測、債務者の信用リスクの変化まで含めて、報告日時点で利用可能な情報をもとに見積りを行います。
言い換えれば、ECLモデルでは、次のような問いに答えられることが求められます。
- どの金融商品にECLモデルを適用するのか
- 当初認識時と比べて、信用リスクが著しく増大しているか
- 12か月ECLで足りるのか、全期間ECLを認識すべきか
- 信用減損している金融資産か
- 個別評価か、集合評価か
- 将来予測情報をどのように反映したか
- 見積りの前提を、監査人や財務諸表利用者にどう説明するか
こうして並べてみると分かるとおり、ECLモデルは単なる貸倒実績率の更新ではありません。信用リスクの管理実態を財務報告に反映するための、見積りモデルなのです。
ECLモデルの適用範囲
IFRS第9号では、ECLの損失評価引当金は、主に次のような金融商品等について認識されます。
- 償却原価で測定される金融資産
- その他の包括利益を通じて公正価値で測定される負債性金融資産
- リース債権
- IFRS第15号に基づく契約資産
- 一定のローン・コミットメント
- 一定の金融保証契約
IFRS第9号5.5.1は、償却原価測定またはFVOCI測定の対象となる金融資産、リース債権、契約資産、ローン・コミットメント、金融保証契約について、減損要求事項の対象となる場合にECLの損失評価引当金を認識すると定めています。
なお、FVOCIで測定する金融資産については、損失評価引当金がその他の包括利益に認識され、財政状態計算書上の資産の帳簿価額を直接減額しない点も、あわせて押さえておきたいところです。
出典:IFRS Foundation|IFRS 9 Financial Instruments
ここで注意しておきたいのは、ECLモデルがすべての金融商品に一律で適用されるわけではない、という点です。
たとえば、FVTPLで測定する金融資産は、公正価値の変動が純損益に反映されます。そのため、別途ECLの損失評価引当金を認識する対象にはなりません。また、FVOCI指定された資本性金融商品も、負債性金融資産とは異なり、通常のECLモデルの対象として扱われるものではありません。
したがって、ECLを検討する前提として、まず金融資産の分類、すなわち償却原価・FVOCI・FVTPLの判定を済ませておく必要があります。ここを誤ると、測定基礎だけでなく、ECLを認識するかどうか、認識した損失をどこに表示するかまで、連鎖的に誤ってしまいかねません。
金融資産の分類とECLの関係
ECLモデルは、金融資産の分類と切り離しては考えられません。
IFRS第9号では、負債性金融資産について、契約上のキャッシュ・フロー特性、いわゆるSPPI要件と、企業がその金融資産をどのような事業モデルで管理しているかを踏まえて、償却原価・FVOCI・FVTPLの分類を行います。
このうち、ECLモデルが直接問題になる中心領域は、償却原価で測定される金融資産と、FVOCIで測定される負債性金融資産です。
償却原価で測定される金融資産では、ECLに対応する損失評価引当金が、資産の帳簿価額を減額する形で表示されます。これに対して、FVOCIで測定される負債性金融資産では、公正価値測定そのものが財政状態計算書に反映されるため、ECLはその他の包括利益に認識され、帳簿価額を直接減額しない形になります。
この違いは、単なる表示上の差異にとどまりません。実務では、たとえば次のような説明が求められます。
- 当該金融資産が、なぜ償却原価またはFVOCIに分類されるのか
- その分類に基づき、ECLの対象となるのか
- ECLを純損益にどのように反映するのか
- FVOCI金融資産について、ECLと公正価値変動をどのように区別するのか
- 金融リスク開示において、信用リスクと公正価値リスクをどう説明するのか
この意味で、ECLモデルは金融資産の分類を前提とするテーマだといえます。分類が定まってはじめて、減損モデルの適用範囲、損失評価引当金の認識、開示の整理へと進むことができます。
一般的なアプローチは、3ステージで理解する
IFRS第9号のECLモデルは、一般的には3ステージのモデルとして整理されます。
ステージ1は、当初認識後に信用リスクが著しく増大していない金融商品です。この場合、損失評価引当金は12か月ECLで測定します。
ステージ2は、当初認識後に信用リスクが著しく増大しているものの、信用減損しているとまではいえない金融商品です。この場合、損失評価引当金は全期間ECLで測定します。
ステージ3は、信用減損している金融資産です。ここでも損失評価引当金は全期間ECLで測定しますが、利息収益の認識方法に違いが生じます。通常、ステージ1・2では総額の帳簿価額に実効金利を適用するのに対し、信用減損金融資産では、償却原価、すなわち損失評価引当金控除後の金額を基礎に利息収益を認識します。
IFRS第9号5.5.3は、当初認識後に信用リスクが著しく増大した場合には全期間ECLで損失評価引当金を測定するとし、5.5.5は、信用リスクが著しく増大していない場合には12か月ECLで測定するとしています。
出典:IFRS Foundation|IFRS 9 Financial Instruments
実務では、この3ステージを単なる表として覚えるだけでは足りません。「信用リスクの変化を、どのように会計処理へ反映するか」という観点から理解しておくことが大切です。
たとえば、ステージ1からステージ2への移行は、単に貸倒可能性が高まったから起きるのではありません。当初認識時と比べて、信用リスクが著しく増大したかどうかによって判断します。そしてステージ3は、信用リスクが増大しているだけでなく、信用減損している状態を指します。
12か月ECLは「今後12か月分の損失」ではない
ECLモデルで誤解されやすいのが、12か月ECLの意味です。
12か月ECLは、「今後12か月間に発生すると見込まれるキャッシュ・ショートフォールの合計」ではありません。「12か月後までの期間だけを対象とした損失」でもありません。
IFRS第9号の適用指針は、12か月ECLを、報告日後12か月以内にデフォルトが発生する場合に生じる全期間のキャッシュ・ショートフォールのうち、そのデフォルト発生確率で加重された部分として説明しています。つまり、12か月ECLは全期間ECLの一部であり、「12か月以内にデフォルトするシナリオから生じる全期間損失」を確率加重したものだ、ということです。
出典:IFRS Foundation|IFRS 9 Financial Instruments
この点を取り違えると、ECLの測定期間や、PD・LGD・EADの考え方までずれてしまいます。
ステージ1で12か月ECLを認識するからといって、金融商品の残存期間を無視してよいわけではありません。12か月以内にデフォルトが発生した場合には、その後に見込まれるキャッシュ・ショートフォールまで含めて損失を見積ります。
一方、ステージ2・3では、報告日時点で信用リスクが著しく増大している、あるいは信用減損しているため、金融商品の残存期間全体にわたる全期間ECLを認識します。
こうして整理すると、実務上の切り分けは次のようになります。
- ステージ1:12か月以内のデフォルト発生リスクに基づくECL
- ステージ2:残存期間全体のデフォルト発生リスクに基づくECL
- ステージ3:信用減損状態を前提とした全期間ECL
12か月ECLと全期間ECLの違いは、単なる期間の長短ではありません。信用リスクの変化を財務諸表にどの程度反映するか、という認識モデルそのものの違いなのです。
ECLの測定は「最悪シナリオ」でも「最頻シナリオ」でもない
ECLは将来の損失を見積る領域である以上、経営者の判断やモデルの設計が入り込みやすい性質を持ちます。とはいえ、IFRS第9号は、ECLを恣意的な保守見積りとして扱うことを求めているわけではありません。
IFRS第9号5.5.17は、ECLの測定について、偏りのない確率加重された金額、貨幣の時間価値、そして報告日時点で過大なコストや労力をかけずに利用可能な、合理的で裏付け可能な情報を反映することを要求しています。ここでいう情報には、過去の事象、現在の状況、そして将来の経済状況の予測が含まれます。
出典:IFRS Foundation|IFRS 9 Financial Instruments
さらに適用指針では、ECLの見積りは最悪シナリオを見積るものでも、最善シナリオを見積るものでもなく、信用損失が発生する可能性と発生しない可能性の双方を反映する必要があるとされています。実務では、場合によって比較的簡便なモデリングで足りることもあり、必ずしも多数の詳細なシナリオ・シミュレーションが求められるわけではありません。
出典:IFRS Foundation|IFRS 9 Financial Instruments
この点は、非金融機関にとって、とりわけ重要です。
ECLと聞くと、銀行の信用リスクモデルのような高度なPD・LGD・EADモデルを思い浮かべがちです。しかし、IFRS第9号は特定の数理モデルを一律に要求しているわけではありません。問われるのは、企業の金融商品、信用リスク管理、データの利用可能性、重要性に照らして、合理的で裏付け可能な見積りになっているかどうかです。
ですから、営業債権のように、過去の貸倒実績、期日経過情報、顧客属性、地域、製品区分などをもとに引当マトリクスを用いる場合であっても、将来予測情報の反映やグルーピングの妥当性を、きちんと説明できることが求められます。
信用リスクの著しい増大は、ECL額の増加ではなくデフォルトリスクの変化で判断する
ステージ1からステージ2へ移行するかどうかは、IFRS第9号のECLモデルで最も重要な判断の一つです。
ここで見るのは、ECL額が増えたかどうかではありません。当初認識時と比べて、金融商品の予想存続期間にわたるデフォルト発生リスクが著しく増大したかどうかです。
IFRS第9号5.5.9は、信用リスクの著しい増大を判断する際、ECLの金額の変化ではなく、金融商品の予想存続期間にわたるデフォルト発生リスクの変化を用い、報告日時点のデフォルトリスクと当初認識日時点のデフォルトリスクを比較するとしています。
出典:IFRS Foundation|IFRS 9 Financial Instruments
このため、担保が十分にある金融資産で、ECL額があまり増えていない場合でも、債務者のデフォルトリスクが当初認識時から著しく増大していれば、ステージ2へ移行する可能性があります。
逆に、為替、割引率、回収コスト、担保価値などの影響でECL額が動いていたとしても、それだけで信用リスクの著しい増大があったとは限りません。
実務では、信用リスクの著しい増大を判断するにあたって、次のような観点を整理していきます。
- 外部格付けまたは内部格付けの変化
- 期日経過情報
- 財務制限条項への抵触可能性
- 債務者の業績、資金繰り、財政状態
- 業種・地域・市場環境の変化
- 借換可能性や資金調達環境
- 信用管理上のウォッチリスト登録
- 条件変更、リスケジュール、返済猶予
- 担保・保証ではなく、債務者自体の信用リスクの変化
なお、IFRS第9号には、低信用リスクの実務上の便法や、30日超延滞に関する反証可能な推定も用意されています。ただし、これらを機械的に当てはめるのではなく、企業の信用管理実態や、利用可能な将来予測情報との整合性を確認しておく必要があります。
信用減損金融資産は、ステージ2とは別に整理する
ステージ2とステージ3は、いずれも全期間ECLを認識するという点では共通しています。しかし、両者を同じものとして扱ってはいけません。
ステージ2は、信用リスクが著しく増大しているものの、まだ信用減損しているとはいえない金融商品です。これに対して、ステージ3は、金融資産が信用減損している状態を指します。
信用減損の有無は、利息収益の認識、表示、開示、監査対応に影響します。ステージ3では、ECLの測定だけでなく、金融資産の回収可能性、担保実行、条件変更、直接償却方針、回収活動の継続可能性なども論点になってきます。
IFRS第9号の適用指針では、デフォルトの定義について、企業の内部信用リスク管理で用いる定義と整合させ、必要に応じて財務制限条項などの定性的指標を考慮することが求められています。あわせて、合理的で裏付け可能な情報により、より遅いデフォルト基準が適切であることを示せる場合を除き、90日超延滞より遅くデフォルトが発生するとは推定しない、という考え方も示されています。
出典:IFRS Foundation|IFRS 9 Financial Instruments
したがって実務では、次の3つを区別して説明できるようにしておく必要があります。
- 信用リスクが著しく増大した状態
- デフォルトが発生した状態
- 信用減損している状態
これらは互いに関連しますが、同義ではありません。社内の信用管理用語、債権管理区分、貸倒懸念債権の区分、リスケ債権の扱いなどと、IFRS第9号上のステージ判定・信用減損判定を、そのまま一致させてよいかどうかは、個別に検討すべき論点です。
個別評価と集合評価を、どう使い分けるか
ECLモデルでは、金融商品ごとに個別に評価する場合もあれば、信用リスク特性を共有する金融商品をグループ化して、集合的に評価する場合もあります。
ここで押さえておきたいのは、集合評価が単なる簡便処理ではない、という点です。個別には信用リスクの著しい増大を識別できない場合でも、ポートフォリオ単位で見れば信用悪化の兆候を捉えられることがあります。その場合、集合評価を用いることで、信用リスクの変化をより適時に反映できます。
もっとも、異なる信用リスク特性を持つ金融商品をまとめすぎると、信用リスクの悪化が平均化されてしまい、ステージ2への移行や全期間ECLの認識が遅れる恐れがあります。
IFRS財団の議論でも、信用リスクの著しい増大は個別または集合ベースで評価され得るものの、信用リスク特性の異なる金融商品を不適切にグルーピングして、重要な信用リスクの増大を覆い隠してはならない、という考え方が示されています。
出典:IFRS Foundation|Impairment of Financial Instruments: Significant increases in credit risk
実務では、たとえば次のような単位でグルーピングを検討します。
- 債務者の信用格付け
- 顧客区分
- 地域
- 業種
- 担保の有無
- 商品・サービスの種類
- 延滞日数
- 契約条件
- 回収実績
- 信用保険や保証の有無
ただし、グルーピングは一度決めれば終わり、というものではありません。経済環境、顧客構成、販売条件、回収方針が変われば、グルーピングの妥当性もそのつど見直す必要があります。
営業債権・契約資産・リース債権には簡便法がある
IFRS第9号の一般的な3ステージモデルとは別に、営業債権、契約資産、リース債権については簡便法が設けられています。
IFRS第9号5.5.15は、重要な金融要素を含まない営業債権または契約資産について、常に全期間ECLで損失評価引当金を測定することを求めています。また、重要な金融要素を含む営業債権や契約資産、リース債権については、一定の場合に全期間ECLで測定する会計方針を選択できます。
出典:IFRS Foundation|IFRS 9 Financial Instruments
この簡便法は、実務のうえで大きな意味を持ちます。
営業債権について、取引開始時点から信用リスクの著しい増大を個別に追跡していくことは、実務上、必ずしも合理的とはいえません。そこで、一定の営業債権等については、常に全期間ECLを認識するアプローチが用いられます。
ただし、簡便法を使うからといって、見積りが簡単でよい、という意味ではありません。
営業債権のECLでは、過去の貸倒実績率、延滞区分、顧客セグメント、現在の経済状況、将来予測情報を、どう反映するかが問われます。とりわけ、過去の貸倒率をそのまま用いるだけでは、報告日時点の信用リスクや将来予測を十分に反映できていない可能性があります。
この領域は、別稿の「営業債権・契約資産・リース債権・金融保証の減損」で深掘りする論点です。もっとも、本稿の段階でも、一般モデルと簡便法の位置づけだけは押さえておきたいところです。
ECLは、金融リスク開示と一体で考える
ECLモデルの実務対応では、会計処理の金額を作っただけでは十分ではありません。IFRS第7号では、信用リスクに関する開示を通じて、財務諸表利用者が信用リスクの将来キャッシュ・フローへの影響を理解できるようにすることが求められています。
IFRS第7号は、信用リスク開示について、ECLの測定に用いた方法、仮定、情報、信用リスク管理実務、信用リスクの集中、ECLの変動理由などを説明することを要求しています。
出典:IFRS Foundation|IFRS 7 Financial Instruments: Disclosures
加えてIFRS第7号では、信用リスクが当初認識時から著しく増大したかどうかをどのように判断したか、デフォルトの定義、集合評価のグルーピング、信用減損金融資産の判定、直接償却方針、12か月ECLおよび全期間ECLの測定に用いたインプット・仮定・見積技法、将来予測情報の反映方法なども、開示の対象となります。
出典:IFRS Foundation|IFRS 7 Financial Instruments: Disclosures
つまり、ECLの見積りは、財務諸表本体の金額だけでなく、注記での説明まで含めてはじめて完結します。
監査対応の場面でも、金額そのものだけでなく、たとえば次のような点が問われます。
- ECLモデルの対象となる金融商品を網羅しているか
- 金融資産の分類とECLの適用関係が整合しているか
- ステージ判定のルールが明確か
- 信用リスクの著しい増大を判断する指標に、合理性があるか
- デフォルト定義が、内部信用管理と整合しているか
- 将来予測情報をどのように反映したか
- 過去実績率をどのように補正したか
- 集合評価のグルーピングが適切か
- モデル変更や前提変更がある場合、その理由を説明できるか
- 開示と内部資料、監査調書、経営者説明が整合しているか
このように、ECLモデルは、決算仕訳だけの話ではありません。信用管理、会計方針、見積り統制、注記、監査対応までを含む、決算プロセス全体として設計しておく必要があります。
ECLモデルの実務判断で確認すべきポイント
IFRS第9号のECLモデルを実務で整理する際は、次の順序で検討していくと、論点の抜け漏れを防ぎやすくなります。
まず、対象金融商品を特定する
最初に取り組むべきなのは、ECLモデルの対象となる金融商品を、網羅的に洗い出すことです。
金融商品勘定として明示されている貸付金や社債だけではありません。営業債権、契約資産、リース債権、預け金、グループ会社貸付金、保証契約、未使用コミットメントなども、検討の対象になり得ます。
この段階で、そもそも金融商品に該当するか、IFRS第9号の減損要求事項の対象となるか、FVTPL測定によってECLの対象外となるか、を切り分けておきます。
次に、分類と測定基礎を確認する
金融資産の分類を確認しなければ、ECLの会計処理は決まりません。
償却原価測定の金融資産なのか、FVOCI測定の負債性金融資産なのか、FVTPL測定なのか。この分類によって、ECLの認識要否と表示が変わります。
事業モデルやSPPI要件の検討が不十分なままECL計算へ進んでしまうと、後になって会計処理全体を見直すことになりかねません。
そのうえで、一般モデルか簡便法かを判定する
ECLモデルには、一般的な3ステージモデルと、営業債権等に関する簡便法があります。
貸付金、債券、グループ会社貸付金などでは、通常、信用リスクの著しい増大を判定する一般モデルが中心になります。一方、一定の営業債権や契約資産では、常に全期間ECLを認識する簡便法が適用されます。
この切り分けは、実務対応の負荷と、監査上の説明資料に、大きく影響します。
ステージ判定のルールを明確にする
一般モデルを適用する場合には、ステージ1・ステージ2・ステージ3の判定ルールが必要になります。
とりわけ、ステージ1からステージ2への移行、すなわち信用リスクの著しい増大の判断は、ECLモデルの中核です。内部格付、延滞日数、ウォッチリスト、財務制限条項、条件変更、業績悪化、外部環境の変化など、どの情報をどのように使うのかを、はっきりさせておく必要があります。
単に「30日超延滞でステージ2」とするだけでは、将来予測情報や個別の信用悪化を十分に反映できない可能性があります。
測定方法と前提を整理する
ECLは、信用損失の確率加重見積りです。
実務では、PD・LGD・EADという形で分解する場合もあれば、営業債権の引当マトリクスのように、延滞区分別の損失率を用いる場合もあります。いずれの方法をとるにせよ、過去実績、現在状況、将来予測情報をどう反映したのかを、説明できることが欠かせません。
特に、景気悪化、特定業種の信用不安、地政学リスク、金利上昇、為替変動、顧客集中などがある場合には、過去実績率だけでは十分でない可能性があります。
最後に、開示と監査対応へ接続する
ECLの検討結果は、注記、監査資料、経営者説明へと接続されなければなりません。
ECLモデルの対象範囲、ステージ判定、主要仮定、将来予測情報、モデル変更、信用リスク集中、引当金の増減理由。これらを説明できないと、会計処理の金額自体は合理的であっても、財務報告としての説明可能性が弱くなってしまいます。
IFRS実務では、会計処理の結論だけでなく、「なぜその判断に至ったのか」を後から説明できることが、何より大切です。
ECLモデルで実務上つまずきやすい点
IFRS第9号のECLモデルでは、次のような場面で実務判断が難しくなりがちです。
対象範囲の洗い出しが不十分になる
営業債権や貸付金にばかり目が向き、金融保証契約、ローン・コミットメント、契約資産、リース債権、グループ会社貸付金などの検討が漏れてしまうことがあります。
特に非金融機関では、ECLは金融機関だけの論点だと捉えられがちです。しかし、IFRS適用企業であれば、通常の営業債権やグループ内金融取引でも、しっかり論点になります。
信用リスクの著しい増大を、延滞情報だけで判断してしまう
延滞情報はもちろん重要です。とはいえIFRS第9号では、合理的で裏付け可能な将来予測情報が利用可能であれば、延滞情報だけに頼ることはできません。
債務者の業績悪化、資金繰りの悪化、市場環境の変化、格付変更など、延滞が発生する前に信用リスクの悪化を示す情報があるなら、それらを考慮する必要があります。
担保や保証を、SICR判定へ過度に反映してしまう
担保や保証は、ECLの測定、とりわけLGDやキャッシュ・ショートフォールの見積りに影響します。しかし、信用リスクの著しい増大の判定は、あくまでデフォルト発生リスクの変化を見るものです。
担保が十分にあるために損失額が小さいとしても、債務者のデフォルトリスクが当初認識時より著しく増大していれば、ステージ2への移行が必要になる可能性があります。
過去実績率をそのまま使ってしまう
営業債権の引当マトリクスでは、過去の貸倒実績率が出発点になることが多いものです。ただ、過去実績だけではIFRS第9号の要求を満たさない場合があります。
現在の状況や将来の経済予測が過去と異なるのであれば、損失率の補正が必要になります。ここで大切なのは、補正したかどうかという事実だけではありません。なぜその補正が合理的なのかを、説明できることです。
会計方針と内部信用管理が分断される
ECLモデルは、社内の信用管理とは無関係に作るべきものではありません。デフォルト定義、格付、ウォッチリスト、回収方針、条件変更の判断、債権管理区分などは、会計上のステージ判定や信用減損判定と整合している必要があります。
もちろん、信用管理目的の区分を、そのまま会計に使えるとは限りません。それでも、両者の関係を説明できないままでは、ECLモデルの説得力は弱くなってしまいます。
ECLモデルは「守り」の財務報告であり、経営判断にもつながる
IFRS第9号のECLモデルは、会計上の減損処理であると同時に、企業の信用リスク管理を財務報告に映し出す仕組みでもあります。
ECLモデルを適切に整備しておくと、次のような点で、経営管理にも意味を持ちます。
- どの債権・貸付金に信用リスクが集中しているか
- どの顧客層・地域・事業で回収リスクが高まっているか
- グループ会社への資金支援に、回収可能性の問題がないか
- 金融保証やコミットメントに、潜在的な損失リスクがないか
- 将来の経済環境の悪化が、財務諸表にどの程度影響するか
- 信用管理方針と財務報告が、整合しているか
IFRSのECLモデルは、見積りの不確実性を含みます。ですから、唯一絶対の数値を機械的に算定するものではありません。
しかし、だからこそ、判断の前提、利用した情報、モデルの考え方、内部統制、開示方針を整理し、後から説明できる状態にしておくことが大切になります。
ECLは、単なる決算調整ではありません。金融資産から生じる信用リスクを、財務諸表利用者にどう伝えるかという、IFRS財務報告上の重要な判断領域なのです。
この記事で扱った範囲と、次に整理すべき論点
本稿では、IFRS第9号のECLモデルの入口として、発生損失モデルから予想信用損失モデルへの転換、適用範囲、金融資産分類との関係、3ステージモデル、12か月ECLと全期間ECL、認識単位、そして開示との接続を整理してきました。
一方で、次の論点は本稿の範囲を超えるため、別記事で深掘りする必要があります。
- 信用リスクの著しい増大の、具体的な判定
- PD、LGD、EAD、割引率、将来予測情報を用いたECL測定
- 営業債権、契約資産、リース債権、金融保証契約の個別実務
- 金融リスク開示とECL注記の、具体的な整理
- 監査対応資料、会計メモ、内部統制への落とし込み
ECLモデルを適切に運用するには、基準の形式的な理解だけでは足りません。金融商品の分類、信用管理、見積り、開示、監査対応を、一体として設計していくことが求められます。
主な出典
出典:IFRS Foundation|IFRS 9 Financial Instruments
出典:IFRS Foundation|IFRS 9 Financial Instruments(基準一覧ページ)
出典:IFRS Foundation|IFRS 7 Financial Instruments: Disclosures
出典:IFRS Foundation|Post-implementation Review of IFRS 9—Impairment, Project Summary and Feedback Statement
振り返り
| 論点 | 実務上押さえるべきポイント |
|---|---|
| ECLモデルの性格 | 発生損失ではなく、将来の信用損失を予想して認識するモデルである |
| 適用範囲 | 償却原価金融資産、FVOCI負債性金融資産、リース債権、契約資産、一定のコミットメント・金融保証が中心となる |
| 金融資産分類との関係 | 償却原価・FVOCI・FVTPLの分類が、ECLの認識要否と表示に影響する |
| ステージ1 | 信用リスクが著しく増大していない場合に、12か月ECLを認識する |
| ステージ2 | 信用リスクが著しく増大している場合に、全期間ECLを認識する |
| ステージ3 | 信用減損している金融資産について、全期間ECLを認識し、利息収益の計算にも影響する |
| 12か月ECL | 12か月分の損失ではなく、12か月以内のデフォルトから生じる全期間損失の確率加重部分である |
| 信用リスクの著しい増大 | ECL額の増加ではなく、当初認識時からのデフォルトリスクの変化で判断する |
| 測定 | 偏りのない確率加重、貨幣の時間価値、過去・現在・将来予測情報を反映する |
| 開示・監査対応 | モデル、仮定、将来予測情報、ステージ判定、信用リスク管理との関係を説明できる状態にする |
IFRS第9号のECLモデルは、対象金融商品の洗い出し、金融資産分類、ステージ判定、将来予測情報、開示、監査対応までを、一体で整理する必要のある論点です。
自社またはクライアントの金融資産について、ECLモデルの適用範囲、信用リスクの著しい増大、全期間ECLの要否、開示・監査対応の整理に不安がある場合は、早い段階で論点を可視化しておくことをおすすめします。犬飼公認会計士・税理士事務所では、IFRSに関する会計処理、見積り、開示、監査対応資料の整理について、ご相談をお受けしています。お問い合わせページより、現在のご状況と検討したい論点をお知らせください。