IFRS第9号の予想信用損失モデルのなかでも、実務上とりわけ判断が深くなりやすい論点の一つが、信用リスクの著しい増大、いわゆるSICR(Significant Increase in Credit Risk)の判定です。
ECLモデルの入口では、その金融資産が予想信用損失モデルの対象になるのか、12か月ECLなのか全期間ECLなのか、そしてステージ1・2・3をどう理解するかが問われます。そのうえで、実際の決算・監査対応の場面で問われるのは、ステージ1からステージ2へ移行するかどうか、すなわち「当初認識時と比較して信用リスクが著しく増大しているか」を説明できるかどうかです。
ここを見誤ると、12か月ECLにとどめるべきか、全期間ECLを認識すべきかという結論が変わってきます。そしてこの違いは、貸倒引当金の金額だけにとどまりません。信用リスク管理、見積りの不確実性、注記、監査対応、さらには経営者による説明責任にまで直結していきます。
IFRS第9号は、信用リスクが当初認識後に著しく増大している場合には、損失評価引当金を全期間の予想信用損失で測定するよう求めています。反対に、著しく増大していない場合には、12か月の予想信用損失で測定する。この二段構えの構造が、SICR判定の土台になっています。
出典:IFRS Foundation|IFRS 9 Financial Instruments
本稿では、IFRS第9号におけるSICR判定について、定量評価、定性評価、延滞情報、低信用リスクの便法、30日延滞の反証可能な推定、デフォルト定義、集合評価、そして監査・開示対応まで、実務上の判断軸を順に整理していきます。
信用リスクの著しい増大は「ECL額の増加」ではなく「デフォルトリスクの変化」で判断する
SICR判定でまず押さえておきたいのは、比較対象がECL額そのものではない、という点です。
IFRS第9号は、信用リスクが著しく増大しているかどうかを評価するにあたり、予想信用損失額の変化ではなく、金融商品の予想存続期間にわたるデフォルト発生リスクの変化を用いるものとしています。具体的には、報告日時点のデフォルト発生リスクと当初認識日時点のデフォルト発生リスクとを比較し、そこに合理的で裏付け可能な情報を織り込んでいきます。
出典:IFRS Foundation|IFRS 9 Financial Instruments
この違いは、実務では決して小さくありません。
たとえば、担保や保証が十分にあるためにECL額がさほど増えていない場合でも、債務者のデフォルトリスク自体が当初認識時から著しく増大していれば、ステージ2への移行が必要になることがあります。
逆に、ECL額が動いていても、その原因が担保価値、回収コスト、為替、割引率、エクスポージャーの変化などにあり、デフォルトリスクの変化ではないのであれば、そのことだけをもってSICRがあるとは言えません。
こうした点を踏まえると、SICR判定では次のような切り分けが必要になります。
| 区分 | SICR判定での位置づけ |
|---|---|
| デフォルト発生リスクの増加 | SICR判定の中心 |
| ECL額の増加 | 参考にはなるが、それ自体が判定基準ではない |
| 担保価値の低下 | デフォルトリスクに影響する場合は考慮する |
| 回収率の低下 | 主にLGD・ECL測定に影響する |
| エクスポージャーの増加 | ECL測定に影響するが、SICRとは切り分ける |
| 金利・為替・割引率の変化 | 原因に応じて信用リスクとの関係を検討する |
SICR判定の出発点は、「損失がいくら増えたか」ではありません。「当初認識時に比べて、債務者が契約上のキャッシュ・フローを履行できなくなるリスクが、どの程度変化したか」という一点にあります。
「当初認識時との比較」という相対評価が基本になる
SICR判定は、報告日時点の信用リスクが高いか低いかだけで決まるものではありません。基本にあるのは、当初認識時と報告日時点の比較です。
そのため、同じ報告日時点の格付けや延滞状況であっても、当初認識時の信用リスクが違えば、SICR判定の結論もまた変わってきます。
当初から信用リスクの高い金融商品であれば、報告日時点でも信用リスクが高いとしても、当初認識時から著しく増大したとは限りません。反対に、当初認識時の信用リスクが低かった金融商品では、一見すると小さな信用悪化であっても、相対的には重要な変化となることがあります。
IFRS第9号の適用指針でも、信用リスクの変化の重要性は当初認識時のデフォルト発生リスクに依存するものとされ、初期リスクの低い金融商品では、同じ絶対的な変化であっても、より重要な変化になり得ることが示されています。
出典:IFRS Foundation|IFRS 9 Financial Instruments
こうした相対評価を支えるうえで、実務では次のような資料が重要になります。
- 当初認識時の信用格付け
- 当初認識時の与信審査資料
- 契約時の財務情報
- 契約時の事業計画・返済原資
- 当初設定された金利、スプレッド、担保条件、財務制限条項
- 当初の信用リスク評価と報告日時点の評価を比較できる資料
SICR判定でとりわけ説明に苦労するのは、報告日時点の情報はそろっているものの、当初認識時の信用リスクを示す資料が残っていない、という場面です。だからこそ、金融資産を新規に認識した時点から、後日のSICR判定に使える情報を保存しておくことが欠かせません。
12か月PDを使える場合と、全期間PDを見るべき場合
SICR判定では、金融商品の予想存続期間にわたるデフォルト発生リスクの変化を見ることが原則です。
もっとも、IFRS第9号は、一定の場合に限り、今後12か月のデフォルト発生リスクの変化を、全期間のデフォルトリスク変化の合理的な近似として用いることを認めています。ただし、支払義務が12か月より先に集中している場合、マクロ経済要因等が12か月PDに十分反映されない場合、あるいは信用関連要因の影響が12か月以降に強く現れる場合には、12か月PDだけでは適切とは言えないおそれがあります。
出典:IFRS Foundation|IFRS 9 Financial Instruments
そのため、SICR判定では、単に「12か月PDが上がったか」だけを見るのではなく、金融商品のキャッシュ・フロー構造や、信用リスクがいつ顕在化するのかを確認しておく必要があります。
たとえば満期一括返済型の貸付金では、返済負担が満期に集中します。この場合、今後12か月のデフォルトリスクだけを見ていても、満期時点の信用リスク悪化を十分にはとらえきれないことがあります。
長期のプロジェクトファイナンス、グループ会社貸付、劣後性のある貸付、業績回復を前提としたリファイナンス型の貸付なども同様です。信用リスクの変化が、短期の延滞や12か月PDだけには現れないことがあります。
実務上は、次のように整理しておくと、判断の輪郭がはっきりします。
| 観点 | 確認すべき内容 |
|---|---|
| 金融商品の満期 | 短期か長期か、満期一括返済か分割返済か |
| 支払義務の集中時期 | 返済負担がいつ発生するか |
| 信用リスクの発現時期 | 12か月以内に表れるリスクか、それ以降に表れるリスクか |
| マクロ要因の影響 | 金利、景気、為替、業界環境の影響がいつ顕在化するか |
| 期限前返済 | 予想存続期間やリスク評価にどう影響するか |
12か月PDを使う場合でも、「なぜ12か月PDで全期間の信用リスク変化を合理的に近似できるのか」を、自らの言葉で説明できることが求められます。
SICR判定では定量評価と定性評価を併用する
SICR判定は、定量評価だけでも、定性評価だけでも、なかなか完結しにくい領域です。
定量評価として考えられるのは、PDの上昇、内部格付けの低下、外部格付けの変化、信用スプレッドの拡大といった指標です。一方、定性評価としては、債務者の業績悪化、資金繰り悪化、財務制限条項への接近、事業環境の悪化、条件変更、経営体制の変化、取引先依存、規制環境の変化などが挙げられます。
IFRS第9号の適用指針では、信用リスク分析は多要素かつ総合的な分析であり、どの要素が関連し、どの程度の重みを持つかは、商品、金融商品の特性、債務者、地域によって異なるものとされています。また、評価にあたって考慮され得る情報として、内部価格指標、契約条件、外部市場指標、外部格付け、内部格付け、事業・財務・経済状況、債務者の業績、同一債務者の他の金融商品の信用リスクなどが示されています。
出典:IFRS Foundation|IFRS 9 Financial Instruments
ここで大切なのは、定量評価と定性評価を互いに補い合わせることです。
内部格付けが変わっていない場合でも、財務制限条項への接近、資金繰り悪化、主要顧客の喪失、借換困難などがあれば、定性評価の観点からSICRを検討する必要があります。
反対に、格付けが形式的に1ノッチ低下したとしても、それだけで結論を出すべきではありません。その格付け体系の意味、当初認識時の信用リスク水準、金融商品の残存期間、PD変化の大きさ、その他の信用補完を踏まえたうえで、著しい増大に当たるかどうかを見極めることになります。
SICR判定は、単なるチェックリストの運用ではなく、信用リスクの変化を説明していくプロセスそのものだと考えています。
延滞情報だけに依存してよいわけではない
IFRS第9号のもとでは、合理的で裏付け可能な将来予測情報が過大なコストや労力をかけずに利用できる場合、延滞情報だけに依拠してSICRを判定することはできません。
IFRS第9号は、将来予測情報が利用可能であれば延滞情報のみに依拠できないとしつつ、より将来予測的な情報を利用できない場合には延滞情報を用いることができるとしています。あわせて、30日超延滞の場合には、信用リスクが著しく増大しているという反証可能な推定が設けられています。
出典:IFRS Foundation|IFRS 9 Financial Instruments
この点は、実務でも誤解の多いところです。
「30日延滞していないからステージ1でよい」という判断は、必ずしも十分とは言えません。延滞は、信用悪化の遅行指標であることが多いからです。
まだ延滞が発生していなくても、たとえば次のような事象があれば、SICRを検討する必要があります。
- 債務者の売上や利益率の大幅な悪化
- 資金繰りの逼迫
- 借入金のリファイナンス困難
- 財務制限条項への抵触または接近
- 主要取引先の喪失
- 業界全体の需要減退
- 規制変更による事業環境の悪化
- 同一債務者の他債務における条件変更
- 信用格付けまたは内部スコアの悪化
- 支払条件の緩和、返済猶予、リスケジュールの要請
延滞情報は確かに重要です。しかし、それだけではSICRを十分にはとらえきれない場合があります。実務で求められるのは、延滞情報に加えて、信用リスクの先行指標をどのように把握し、会計判断へ反映したのかを説明することです。
30日延滞の反証可能な推定は「最後の安全網」として理解する
IFRS第9号では、金融資産の契約上の支払いが30日を超えて延滞している場合、信用リスクが当初認識時から著しく増大しているという反証可能な推定が働きます。
ただし、これは絶対的な基準ではありません。IFRS第9号の適用指針では、30日超延滞の反証可能な推定は「全期間ECLを認識すべき最新時点」として位置づけられており、企業が合理的で裏付け可能な情報によって、30日超延滞が信用リスクの著しい増大を示していないことを立証できる場合には、反証が認められるとされています。
出典:IFRS Foundation|IFRS 9 Financial Instruments
たとえば、単なる事務処理上の遅延であって債務者の財務困難によるものではない場合、あるいは過去の実績から、30日超延滞とデフォルトリスクの著しい増大とのあいだに相関がないことを示せる場合には、反証の検討余地があります。
とはいえ、反証は軽々に行うべきものではありません。反証するのであれば、少なくとも次の事項を説明できる状態にしておく必要があります。
- 30日超延滞が発生した理由
- 債務者の財務状態に問題がないことを示す情報
- 過去データ上、当該延滞区分がSICRと相関しないこと
- 同一ポートフォリオ内で一貫した判定になっていること
- 反証した金融資産と反証しない金融資産の切り分け
- 監査人に提示できる証拠
30日延滞の反証可能な推定は、機械的にステージ2へ移すためだけのルールではありません。同時に、企業が将来予測情報や信用管理情報を十分に利用できない場合に、SICRの認識が遅れすぎないようにする「バックストップ」としても機能します。
デフォルト定義は内部信用管理と整合させる
SICR判定ではデフォルト発生リスクの変化を見るため、そもそも何をデフォルトと定義するかが問われます。
IFRS第9号は、デフォルトの定義について、対象金融商品に関する内部信用リスク管理目的で用いられる定義と整合させ、必要に応じて財務制限条項などの定性的指標を考慮することを求めています。また、合理的で裏付け可能な情報によってより遅い基準が適切であることを示せる場合を除き、金融資産が90日を超えて延滞した時点より遅くデフォルトが発生するとは推定しないものとされています。
出典:IFRS Foundation|IFRS 9 Financial Instruments
したがって、会計上のデフォルト定義を、決算作業のためだけに形式的に作ってしまうのは望ましくありません。
実務上は、次のような内部管理情報との整合性を確認しておきます。
| 内部管理情報 | SICR・デフォルト判定での確認事項 |
|---|---|
| 与信管理規程 | デフォルト、要注意先、管理先の定義 |
| 債権管理区分 | 延滞区分、督促、回収不能見込み |
| 稟議・与信審査資料 | 当初認識時の信用リスク水準 |
| ウォッチリスト | 信用悪化先の管理状況 |
| 条件変更履歴 | 返済猶予、金利減免、期限延長の理由 |
| 財務制限条項管理 | 抵触・接近・免除の有無 |
| 回収方針 | 通常回収、個別管理、法的手続の区分 |
会計上のデフォルト定義が内部信用管理と乖離しているのであれば、なぜ異なる定義を採用するのかを説明できなければなりません。逆に、内部信用管理の定義をそのまま用いる場合であっても、それがIFRS第9号の目的に照らして適切かどうかは、あらためて検討しておく必要があります。
低信用リスクの便法は「安全だから何もしなくてよい」という意味ではない
IFRS第9号では、報告日時点で金融商品の信用リスクが低いと判断される場合、当初認識時から信用リスクが著しく増大していないものとみなすことができます。
ただし、低信用リスクの便法は、慎重に使うべきものです。
IFRS第9号における低信用リスクとは、デフォルトリスクが低く、借手が短期的に契約上のキャッシュ・フロー義務を履行する強い能力を有し、長期的な経済・事業環境の不利な変化があっても必ずしもその履行能力を低下させるとは限らない状態を指します。また、担保があるから損失リスクが低いというだけでは低信用リスクとは言えず、外部格付けの投資適格は低信用リスクの一例とされています。
出典:IFRS Foundation|IFRS 9 Financial Instruments
そのため、低信用リスクの便法を用いる際には、次の点を整理しておく必要があります。
- どの金融商品に便法を適用するのか
- 低信用リスクと判断する基準は何か
- 外部格付け、内部格付け、財務指標、保証、取引実績をどう使うのか
- 担保による損失軽減と債務者のデフォルトリスクを混同していないか
- 前期は低信用リスクだったが当期はそうでない金融商品をどう扱うか
- 低信用リスク便法を継続的・一貫的に適用しているか
とりわけ注意したいのが、担保や保証の存在です。
担保が十分にあれば、ECL額は小さくなる可能性があります。しかし、それはあくまで損失率や回収率に影響する話であって、借手のデフォルトリスク自体が低いことを意味するとは限りません。低信用リスクの便法は、回収可能性があるから使えるというものではなく、デフォルトリスクの低さを説明できる場合にはじめて検討するものです。
条件変更・リスケジュールがある場合のSICR判定
金融資産の契約条件が変更された場合、SICR判定はさらに慎重さを要します。
IFRS第9号では、金融資産の契約上のキャッシュ・フローが再交渉または変更され、その金融資産が認識中止されていない場合、報告日時点のデフォルト発生リスクは変更後の契約条件に基づき、当初認識時のデフォルト発生リスクは当初の未変更契約条件に基づいて比較するものとされています。
出典:IFRS Foundation|IFRS 9 Financial Instruments
条件変更があった場合に、単に新しい返済スケジュールに沿って延滞していないから、という理由だけでステージ1へ戻すのは危険です。
ここで重要になるのが、条件変更の理由です。
債務者の信用悪化、資金繰り悪化、返済猶予要請、財務制限条項の抵触回避といった事情が背景にあるのであれば、その条件変更自体がSICRを示している可能性があります。一方で、市場金利の変化や商業的な再交渉など、信用リスクの悪化とは別の理由で条件変更が行われることもあります。
実務では、条件変更について次の点を整理しておきます。
- 条件変更の理由
- 債務者側からの要請か、貸手側の営業判断か
- 返済猶予、元本減免、金利減免、期限延長の有無
- 条件変更前に延滞・財務悪化・資金繰り懸念があったか
- 変更後条件での返済可能性
- 認識中止の要否
- 条件変更後に信用リスクが低下したと判断する根拠
条件変更後に一定期間、正常に返済されている場合であっても、それだけで直ちにステージ1へ戻せるとは限りません。SICRが解消したかどうかは、報告日時点のデフォルトリスクが当初認識時と比べてどう変化しているか、また条件変更後の返済実績が信用リスクの低下をどこまで裏付けているかによって判断することになります。
集合評価は、個別評価の代替ではなく、信用悪化を早くとらえるための仕組みである
SICR判定は、個別の金融商品ごとに行う場合もあれば、集合ベースで行う場合もあります。
IFRS第9号では、個別の金融商品レベルでは信用リスクの著しい増大の証拠がまだ得られない場合でも、グループまたはサブグループの単位で信用リスクの増大を示す情報を考慮しなければならないことがあるとされています。また、集合評価では、延滞情報だけでなく、関連する信用情報や将来予測的なマクロ経済情報を含める必要があり、信用リスク特性の異なる金融商品をまとめることで情報を覆い隠してはならないとされています。
出典:IFRS Foundation|IFRS 9 Financial Instruments
集合評価は、単なる簡便法ではありません。
むしろ、個別にはまだ延滞や条件変更が生じていないものの、特定の業種、地域、顧客層、商品、担保タイプ、信用格付けグループにおいて信用リスクが高まっている場合に、全期間ECLを適時に認識するための仕組みです。
集合評価で検討されるグルーピングには、たとえば次のようなものがあります。
- 金融商品の種類
- 内部格付け・外部格付け
- 担保の種類
- 当初認識時期
- 残存期間
- 債務者の業種
- 債務者の所在地
- LTVなど担保価値と債権額の関係
- 顧客属性
- 販売チャネル
- 支払条件
- 信用保険や保証の有無
ただし、集合評価では、グルーピングが粗すぎると信用リスクの悪化が平均化されて埋もれてしまいます。逆に、細かすぎればデータが不足し、統計的な信頼性や実務運用の面で難しくなります。
そのため集合評価では、「どの単位で信用リスクの変化を最も適切に把握できるか」を、会計上の重要性、データの利用可能性、信用管理実務、監査可能性という複数の観点から検討する必要があります。
担保・保証はSICR判定とECL測定で役割が異なる
SICR判定では、担保や保証の扱いを取り違えやすいところがあります。
担保や保証は、ECL測定における損失率やキャッシュ・ショートフォールに大きく影響します。しかし、SICR判定の中心にあるのは、あくまでデフォルト発生リスクの変化です。
IFRS第9号は、担保の価値が高いという理由だけで低信用リスクとみなすことはできないとしています。また、担保価値がデフォルト発生確率に影響する場合には、集合評価上の信用リスク特性として考慮され得るとされています。
出典:IFRS Foundation|IFRS 9 Financial Instruments
こうしたことから、担保や保証については、次のように役割を分けて考える必要があります。
| 論点 | 担保・保証の位置づけ |
|---|---|
| SICR判定 | デフォルトリスクの変化に影響する場合に考慮する |
| 低信用リスク判定 | 担保があるだけでは低信用リスクとはいえない |
| ECL測定 | LGD、回収額、キャッシュ・ショートフォールに影響する |
| 集合評価 | 担保タイプやLTVが信用リスク特性として使われる場合がある |
| 開示 | 信用補完、リスク集中、回収可能性の説明に関係する |
担保が十分であっても、借手の財政状態が悪化し、返済能力が下がっているのであれば、SICRが生じている可能性があります。ECL額が小さいことと、ステージ2への移行が不要であることとは、同じではありません。
グループ会社貸付金では「形式的な支援意向」では足りない
非金融機関のIFRS実務でとりわけ悩ましいのが、グループ会社貸付金です。
グループ会社貸付金では、外部金融機関向けのような格付けやPDモデルが整備されていないことが多く、SICR判定がどうしても定性的になりがちです。さらに、親会社・グループ会社間の支援意向、資金繰り支援、債務超過子会社への貸付、長期回収を予定した資金提供などが絡むため、会計判断と経営判断が近接してきます。
こうした場合であっても、「グループとして支援する方針があるから信用リスクは増大していない」とするだけでは、説明としては不十分です。
実務上は、少なくとも次の観点を整理しておく必要があります。
- 貸付先の単体財務状態
- 返済原資となる事業計画
- 資金繰り表
- 親会社または他グループ会社による支援能力
- 支援意思を示す社内意思決定
- 貸付条件と市場条件との差異
- 過去の返済実績
- 追加融資の有無
- 債務超過、営業赤字、資金ショートの有無
- 返済期限延長や利息免除の有無
とりわけ、貸付先が継続的に赤字である、返済原資を自力で生み出せない、返済期限が繰り返し延長されている、追加融資で資金繰りを維持している、といった状況では、SICRの有無を慎重に見極める必要があります。
グループ会社貸付金は、外部貸付よりも回収意思や支援方針が複雑に絡み合います。だからこそSICR判定では、会計方針、経営者の意図、資金支援方針、事業計画、監査証拠を一体として整理しておくことが重要になります。
SICR判定は会計方針として文書化する必要がある
SICR判定は、各決算期ごとに場当たり的に下すべきものではありません。
IFRS第9号のECLモデルを安定的に運用していくには、SICR判定に関する会計方針を明確にし、内部統制として回せる状態にしておく必要があります。
少なくとも、次の事項は文書化しておきたいところです。
- 対象となる金融商品の範囲
- 一般モデルと簡便法の区分
- ステージ1・2・3の定義
- SICR判定に用いる定量指標
- SICR判定に用いる定性指標
- 低信用リスクの便法を使うかどうか
- 30日延滞の反証方針
- デフォルト定義
- 90日延滞推定への対応
- 個別評価と集合評価の使い分け
- グルーピングの基準
- 条件変更・リスケ時の扱い
- ステージ2からステージ1へ戻す条件
- 監査資料として保存する証拠
会計方針が曖昧なままでは、似たような金融資産であっても、担当者や年度によって判定が変わりかねません。これは、監査対応の面でも内部統制の面でも問題になります。
また、会計方針を作成する際には、信用管理部門、財務部門、経理部門、連結決算部門、税務担当、そして監査人との関係も視野に入れておく必要があります。SICR判定は経理部門だけで完結するものではなく、企業の信用リスク管理情報を財務報告へと接続する領域だからです。
開示では、SICR判定の考え方そのものが説明対象になる
SICR判定は、会計処理だけでなく、開示にも直結します。
IFRS第7号は、企業が信用リスク管理実務とECLの認識・測定との関係を説明し、信用リスクが当初認識時から著しく増大したかどうかをどのように判定したのか、低信用リスクの扱い、30日延滞推定の反証、デフォルト定義、集合評価のグルーピングなどを、財務諸表利用者が理解・評価できるように開示することを求めています。
出典:IFRS Foundation|IFRS 7 Financial Instruments: Disclosures
さらにIFRS第7号では、ECLの測定だけでなく、信用リスクが著しく増大しているかどうかを判断するために用いたインプット、仮定、見積技法、将来予測情報の反映方法、そして見積技法や重要な仮定の変更理由についても、開示の対象とされています。
出典:IFRS Foundation|IFRS 7 Financial Instruments: Disclosures
したがって、SICR判定に関する資料は、監査対応のためだけでなく、注記の作成にもそのまま使える形で整理しておくことが望まれます。
たとえば、次のような説明が必要になります。
- 信用リスク管理とECLモデルの関係
- SICR判定の定量・定性指標
- 低信用リスク便法の適用範囲
- 30日延滞推定を反証した場合の理由
- デフォルト定義とその採用理由
- 集合評価のグルーピング基準
- 信用減損金融資産の判定方法
- 将来予測情報の取り込み方
- ステージ間移動の理由
- モデル変更・仮定変更の理由
開示は、基準の要求事項を並べれば足りるというものではありません。財務諸表の利用者が、企業の信用リスクがどのように変化し、ECLがどのような前提のもとで測定されているのかを理解するための、説明そのものです。
監査対応で問われるのは、結論ではなく判断過程である
SICR判定は、監査の場面でも重点的に検討されやすい領域です。
というのも、ステージ判定によって12か月ECLか全期間ECLかが変わり、見積りの前提にも経営者の判断が含まれるからです。しかも、信用リスクの著しい増大は、外部から見える延滞情報だけでなく、内部信用管理、経営者の見通し、将来予測情報、定性評価まで含んでいます。だからこそ、監査証拠の整理が重要になります。
監査対応では、次のような点が問われることが多くなります。
- 金融資産の母集団は網羅されているか
- SICR判定の対象と対象外が明確か
- 当初認識時の信用リスクを示す資料があるか
- 報告日時点の信用リスクを示す資料があるか
- 定量指標と定性指標の使い分けが合理的か
- 30日延滞推定を反証した場合、十分な証拠があるか
- 低信用リスク便法を使う根拠があるか
- デフォルト定義が内部信用管理と整合しているか
- 集合評価のグルーピングが適切か
- 将来予測情報を考慮しているか
- 前期から判定方針やモデルが変わっていないか
- 変わっている場合、その理由を説明できるか
会計上の見積りは、結果として実績と乖離したこと自体が、直ちに誤りを意味するわけではありません。大切なのは、見積り時点で入手可能な情報を適切に考慮し、最善の見積りとして説明できる状態にあったかどうかです。会計上の見積りでは、経営者の仮定や見積りの不確実性が財務諸表に大きな影響を及ぼすため、監査上も詳細な説明を求められることの多い領域です。
SICR判定でも、同じことが言えます。監査対応で問われるのは、「ステージ1と判断した」「ステージ2と判断した」という結論そのものではありません。その結論に至るまでの事実、基準、判断、証拠が一貫しているかどうかです。
実務で使えるSICR判定の整理手順
SICR判定を実務で整理する際には、次の順序で検討していくと、判断過程を説明しやすくなります。
1. 対象金融商品を確認する
まずは、SICR判定の対象となる金融商品を特定します。
償却原価で測定される金融資産、FVOCIで測定される負債性金融資産、貸付金、社債、グループ会社貸付金、営業債権、契約資産、リース債権、ローン・コミットメント、金融保証契約などについて、一般モデル、簡便法、あるいは他の取扱いのいずれに該当するかを整理していきます。
この段階では、金融商品の分類と減損モデルの適用範囲が前提になります。金融商品に関する実務では、金融資産の分類、償却原価測定、ECLモデルの適用範囲、信用リスクの著しい増大、デフォルト定義、PD、考慮すべき情報、30日延滞推定、集合評価といった論点が、連続して検討されていきます。
2. 当初認識時の信用リスクを把握する
SICR判定は相対評価であるため、当初認識時の信用リスクが出発点になります。
契約締結時の与信審査資料、格付け、財務情報、担保評価、事業計画、返済原資、契約条件、金利条件、財務制限条項を確認します。後日になって当初認識時の信用リスクが確認できないと、SICR判定の説明はどうしても弱くなります。
3. 報告日時点の信用リスクを把握する
次に、報告日時点の信用リスクを確認します。
延滞情報、内部格付け、外部格付け、債務者の財務情報、資金繰り、業績、業界環境、支払条件の変更、追加融資、リスケジュール、財務制限条項、保証・担保の変化などを見ていきます。
4. 定量指標と定性指標を組み合わせる
定量指標だけでは、すべての信用リスク悪化をとらえきれません。かといって定性指標だけでは、判断の一貫性が弱くなりがちです。
そこで、内部格付けやPDの変化、延滞日数といった定量指標に、業績悪化、資金繰り懸念、条件変更、外部環境の悪化といった定性指標を組み合わせていきます。
5. 30日延滞推定と低信用リスク便法を確認する
30日超延滞がある場合には、SICRがあるという反証可能な推定に該当します。反証するのであれば、その理由と証拠が必要です。
また、低信用リスク便法を適用する場合には、適用対象、判断基準、一貫性、そして担保との切り分けを整理しておきます。
6. 個別評価と集合評価を切り分ける
個別に信用リスクを把握できる金融商品については、個別評価を行います。一方、個別には信用悪化を識別しにくいものの、ポートフォリオ単位ではリスクの増大を把握できる場合には、集合評価を検討します。
集合評価では、信用リスク特性の共通性が鍵になります。異なるリスクを持つ金融商品をまとめすぎると、信用リスクの悪化が埋もれてしまうおそれがあります。
7. 判定結果を開示・監査資料へ接続する
最後に、SICR判定の結果を、ECL測定、注記、監査資料へとつないでいきます。
ステージ1・ステージ2・ステージ3の残高、ステージ間の移動、損失評価引当金の増減、主要な仮定、将来予測情報、モデル変更、反証の有無を整理しておきます。
SICR判定は、信用リスク管理と財務報告をつなぐ論点である
SICR判定は、IFRS第9号の技術的な会計論点であると同時に、企業の信用リスク管理を財務報告へ反映するための重要な判断でもあります。
延滞が発生してから対応するだけでは、IFRS第9号が求める予想信用損失モデルの趣旨に、十分には応えきれません。信用リスクの変化を早期にとらえ、当初認識時との比較に基づいて、全期間ECLを認識すべき金融商品を適時に識別していく。ここに眼目があります。
そのためには、会計基準の文言だけでなく、与信管理、契約条件、債務者の財務状況、担保・保証、グループ支援方針、将来予測情報、監査証拠、開示説明を、一体として整理しておく必要があります。
SICR判定を適切に運用できている企業は、単にECLを計算しているだけではありません。信用リスクの変化を、財務報告のうえで説明できる仕組みを備えています。
主な出典
出典:IFRS Foundation|IFRS 9 Financial Instruments
出典:IFRS Foundation|IFRS 7 Financial Instruments: Disclosures
出典:IFRS Foundation|Request for Information: Post-implementation Review of IFRS 9 Financial Instruments—Impairment
振り返り
| 論点 | 実務上押さえるべきポイント |
|---|---|
| SICR判定の中心 | ECL額の変化ではなく、当初認識時からのデフォルト発生リスクの変化を見る |
| 比較の基準 | 報告日時点の信用リスクを、当初認識時の信用リスクと比較する |
| 12か月PD | 一定の場合には近似として使えるが、長期リスクを捉えられない場合は全期間の視点が必要 |
| 定量評価 | PD、内部格付け、外部格付け、信用スプレッド、延滞日数などを用いる |
| 定性評価 | 業績悪化、資金繰り、条件変更、財務制限条項、外部環境などを考慮する |
| 延滞情報 | 重要な情報だが、将来予測情報が利用可能な場合には延滞情報だけに依存できない |
| 30日延滞推定 | SICRがあるという反証可能な推定であり、反証には合理的で裏付け可能な情報が必要 |
| デフォルト定義 | 内部信用リスク管理と整合させ、必要に応じて定性的指標も考慮する |
| 90日延滞 | 合理的な根拠がない限り、90日超延滞より遅くデフォルトが発生するとは推定しない |
| 低信用リスク便法 | 担保があるだけでは使えず、デフォルトリスクの低さを説明する必要がある |
| 集合評価 | 個別で信用悪化を把握できない場合でも、グループ単位でSICRを捉えるために用いる |
| 監査・開示対応 | 判定基準、仮定、反証、デフォルト定義、グルーピングを説明できる資料化が必要 |
IFRS第9号のSICR判定は、金融資産の分類、ECL測定、信用リスク管理、開示、そして監査対応をつなぐ、中核的な判断です。
自社またはクライアントの貸付金、営業債権、グループ会社貸付金、金融保証、ローン・コミットメントについて、ステージ1・2・3の判定、30日延滞推定の反証、低信用リスク便法、集合評価、監査説明資料の整理に不安がある場合には、早い段階で判定方針を可視化しておくことをおすすめします。犬飼公認会計士・税理士事務所では、IFRSに関する会計処理、見積り、開示、監査対応資料の整理についてご相談をお受けしています。お問い合わせページより、現在のご状況と検討したい論点をお知らせください。