M&Aや組織再編の会計処理で難しいのは、PPAの評価モデルやのれんの金額だけではありません。
むしろ悩ましいのは、その前段階です。「そもそもIFRS第3号の取得法を適用する取引なのか」「取得企業は誰なのか」「法律上の存続会社・親会社と、会計上の取得企業は一致しているのか」。この入口を見誤ると、その後の取得対価、識別可能資産・負債、のれん、比較情報、EPS、開示に至るまで、判断が連鎖的にずれていきます。
とりわけ、逆取得、共通支配下の企業結合、上場シェルやSPACを利用した資本再編、グループ内再編では、法律形式と会計上の実質がずれやすくなります。合併、会社分割、株式交換、株式移転、事業譲渡、現物出資と、組織再編の手法ごとに法的効果は異なります。そこに会計上の「取得」「共同支配企業の形成」「共通支配下の取引等」といった判定が重なってきます。実務では、手法ごとの法的形式だけでなく、支配の変化と会計上の取得企業を同時に整理していく姿勢が欠かせません。
本記事では、IFRS第3号を中心に、通常の取得法だけでは処理しきれない再編取引を、どのような順序で検討していくべきかを整理します。
最初に確認すべきは「どの基準を適用する取引か」
特殊な企業結合や組織再編では、いきなり仕訳やPPAに入るべきではありません。まず確認しておきたいのは、次の4点です。
| 検討順序 | 判断事項 | 主な基準・論点 |
|---|---|---|
| 1 | 取得したものは「事業」か、資産グループか | IFRS第3号の事業の定義、資産取得 |
| 2 | 支配を獲得したのは誰か | IFRS第10号、IFRS第3号B13-B18 |
| 3 | IFRS第3号の適用範囲内か | 共通支配下の企業結合、共同支配企業の形成、資産取得等 |
| 4 | 法律上の取得企業と会計上の取得企業が一致するか | 逆取得、上場シェル取引、資本再編 |
IFRS第3号は、企業結合を「取得企業が1つまたは複数の事業に対する支配を獲得する取引またはその他の事象」と定義しています。したがって、取得の対象が事業ではなく資産または資産グループであれば、IFRS第3号の企業結合会計ではなく、関連する個別基準に基づく資産取得として整理することになります。
出典:IFRS Foundation|International Financial Reporting Standard 3 Business Combinations
この入口の判断は、逆取得やSPAC的取引で特に重要になります。法律上は上場会社が非上場の事業会社を取得しているように見えても、実質的には非上場事業会社の旧株主が上場会社を支配していることがあるからです。さらに、上場会社やSPACが事業を有していない場合には、そもそもIFRS第3号の企業結合ではなく、上場サービスの取得や金融商品・株式報酬の論点へと移っていきます。
逆取得とは何か——株式を発行した会社が会計上の被取得企業になる
株式を発行して相手会社を取得する取引では、株式を発行した会社が取得企業になる、と考えてしまいがちです。しかしIFRS第3号は、株式交換による企業結合であっても、株式を発行した企業が必ず取得企業になるとは定めていません。
IFRS第3号B15は、株式交換による企業結合では通常、株式を発行した企業が取得企業になるものの、いわゆる逆取得では株式発行企業が被取得企業になると説明しています。取得企業の判定にあたっては、結合後の議決権比率、支配的な少数株主持分、取締役会の構成、経営陣の構成、交換条件、相対的規模などを総合的に考慮します。
出典:IFRS Foundation|International Financial Reporting Standard 3 Business Combinations
実務上の逆取得は、次のような構図で生じます。
| 法律形式 | 会計上の見方 |
|---|---|
| A社が株式を発行してB社株式を取得する | B社の旧株主が結合後企業を支配する場合、B社が会計上の取得企業となる |
| A社が法律上の親会社になる | A社は会計上の被取得企業となる |
| B社が法律上の子会社になる | B社は会計上の取得企業となる |
| A社の名称で連結財務諸表が発行される | 実質的にはB社の財務諸表の継続として表示される |
日本基準の組織再編実務でも、逆取得は「企業結合の対価として株式を交付した企業が取得企業とならない企業結合」と整理されています。存続会社が被取得企業となり、消滅会社が取得企業となる吸収合併が、その典型例として扱われます。
IFRS実務では、この「法律上の取得企業」と「会計上の取得企業」のずれを、取引契約、株主構成、議決権、役員構成、経営陣、事業規模、投資家向け説明資料、上場維持の目的などから立証していく必要があります。
逆取得の会計処理で押さえておきたい実務ポイント
逆取得では、連結財務諸表は法律上の親会社の名称で作成されます。しかし会計上は、法律上の子会社、すなわち会計上の取得企業の財務諸表の継続として表示されます。
IFRS第3号B20は、逆取得では会計上の取得企業が通常は対価を発行していないため、法律上の子会社が法律上の親会社の所有者に同じ持分割合を与えるために発行しなければならなかったであろう持分数を基礎として、移転対価の公正価値を算定するとしています。あわせてB21は、逆取得後の連結財務諸表が法律上の親会社名で発行されるものの、注記では法律上の子会社、すなわち会計上の取得企業の財務諸表の継続として説明されるとしています。
出典:IFRS Foundation|International Financial Reporting Standard 3 Business Combinations
| 項目 | 逆取得における実務判断 |
|---|---|
| 取得企業 | 法律上の子会社が会計上の取得企業となり得る |
| 被取得企業 | 法律上の親会社が会計上の被取得企業となり得る |
| 移転対価 | 会計上の取得企業が仮に株式を発行したとみなして測定する |
| PPA対象 | 会計上の被取得企業である法律上の親会社の事業・資産負債 |
| のれん | 法律上の親会社が事業である場合、取得法に基づき発生し得る |
| 比較情報 | 会計上の取得企業の財務諸表の継続として整理する |
| 資本金表示 | 法律上の親会社の法定資本構成に合わせる調整が必要 |
| EPS | 法律上の発行株式数と会計上の継続企業の利益を整合させる必要 |
この処理で実務上つまずきやすいのは、連結財務諸表の「見た目」と「会計上の継続性」が一致しない点です。投資家や金融機関に対しては、上場会社A社の連結財務諸表に見える一方で、会計上は事業会社B社の継続財務諸表であることを、丁寧に説明していく必要があります。
そのため逆取得では、次の資料を早い段階から整えておきたいところです。
| 資料 | 確認目的 |
|---|---|
| 株主構成の変化表 | 結合後の支配株主を確認する |
| 議決権・潜在株式分析 | オプション、ワラント、転換証券を含めた支配判断 |
| 役員・経営陣構成 | 結合後の実質的な経営支配を確認する |
| 相対的規模比較 | 売上、利益、総資産、企業価値を比較する |
| 取引価格・交換比率資料 | どちらが経済的に取得したかを検討する |
| 上場維持・上場取得目的資料 | 上場シェル取引か、事業取得かを切り分ける |
| 会計メモ | 取得企業判定、比較情報、資本表示、EPSへの影響を整理する |
上場シェル・SPAC的取引では、IFRS第3号かIFRS第2号かが分岐点になる
逆取得と混同しやすいのが、上場シェルやSPACを利用した資本再編です。法律形式の上では上場会社やSPACが非上場の事業会社を取得する形をとります。ところが実質的には、非上場事業会社が上場資格、現金、上場市場へのアクセスを取得している、というケースがあります。
ここで鍵になるのは、上場会社やSPACが「事業」に該当するかどうかです。IFRS第3号の逆取得として処理するには、会計上の被取得企業、すなわち法律上の親会社または上場シェルが、事業の定義を満たしている必要があります。事業でなければ、そもそも企業結合ではありません。
IFRS解釈指針委員会の2013年アジェンダ決定は、非上場事業会社の旧株主が上場非営業会社の新株と交換に結合後企業の過半数株主となる取引について、上場非営業会社が事業でなければIFRS第3号の企業結合ではなく、IFRS第2号に基づく株式報酬取引として、上場サービスの受領を費用認識すると整理しています。
出典:IFRS Foundation|Special Purpose Acquisition Companies (SPAC): Accounting for Warrants at Acquisition
さらに2022年のSPACに関するアジェンダ決定では、SPACが事業に該当せず、現金以外の資産を有しないという事実関係のもとで、SPACの取得を事業取得ではなく資産または資産グループの取得として扱い、識別可能資産・負債を認識するとされています。SPACの上場はIAS第38号上の識別可能な無形資産ではない一方で、発行した金融商品等の公正価値が取得した純資産の公正価値を超過する部分は、IFRS第2号に基づく上場サービスの取得として測定されます。
出典:IFRS Foundation|Special Purpose Acquisition Companies (SPAC): Accounting for Warrants at Acquisition
| 取引の実態 | 会計上の整理 |
|---|---|
| 上場会社・SPACが事業を有する | IFRS第3号の逆取得になり得る |
| 上場会社・SPACが事業を有しない | IFRS第3号の企業結合ではなく、資産取得・IFRS第2号等の論点 |
| 上場資格を取得する目的が中心 | 上場サービス取得の費用認識を検討 |
| ワラント・株式・金融負債が混在 | IAS第32号、IFRS第9号、IFRS第2号の適用範囲を切り分ける |
| 会計上の取得企業が非上場事業会社 | 逆取得ガイダンスの類推適用を検討する場合がある |
SPAC的取引では、「上場会社を取得したのだからのれんが出る」という短絡的な整理は禁物です。取得対象が事業でない場合、のれんは認識されません。むしろ上場サービス費用、金融負債、資本性金融商品、ワラントの分類・測定こそが中心論点になります。
共通支配下の企業結合は、IFRS第3号の適用範囲外である
続いて、共通支配下の企業結合です。
IFRS第3号B1は、結合企業または結合事業のすべてが、企業結合の前後で同一の当事者により最終的に支配され、その支配が一時的でない場合、その企業結合はIFRS第3号の適用対象外であると定めています。あわせてB2からB4では、契約上の取決めに基づく個人グループによる支配も共通支配に該当し得ること、同じ連結財務諸表に含まれている必要はないこと、非支配持分の有無は共通支配の判定に影響しないことが示されています。
出典:IFRS Foundation|International Financial Reporting Standard 3 Business Combinations
共通支配下の企業結合かどうかを判断する際には、次の点を確認します。
| 判断項目 | 確認すべき内容 |
|---|---|
| 最終支配者 | 取引前後で同一の当事者または当事者グループが支配しているか |
| 支配の継続性 | 支配が一時的ではないか |
| 契約上の支配 | 株式保有だけでなく、契約上の取決めによる共同支配的な支配があるか |
| 連結範囲 | 同じ連結財務諸表に含まれていなくても共通支配に該当し得る |
| 非支配持分 | NCIの存在自体は共通支配判定を左右しない |
| 取引目的 | グループ内整理か、外部投資家への移転を伴う実質的な取得か |
| 取引後の売却予定 | 新設会社を介した一時的支配の解釈に注意する |
日本基準では、共通支配下の取引は、親会社から見れば企業集団内で純資産等が移転している内部取引と捉えられます。そのため、基本的には移転元の適正な帳簿価額を引き継ぐ処理が定められています。
一方でIFRSでは、IFRS第3号が共通支配下の企業結合を適用範囲外としながら、その会計処理を直接定める基準は存在しません。この違いを踏まえないまま、日本基準の共通支配処理をそのままIFRS連結に持ち込むことはできない、という点には注意が必要です。
IFRSでは、共通支配下取引について会計方針を開発する必要がある
IFRSには、共通支配下の企業結合を包括的に処理する専用の基準がありません。そのため受入企業は、IAS第8号に基づいて会計方針を開発することになります。具体的には、関連するIFRSの要求事項、概念フレームワーク、一定の要件を満たす他の基準設定主体の公表物などを参照しながら、関連性があり信頼性のある情報を提供する会計方針を組み立てていきます。
IFRS財団の共通支配下の企業結合に関するディスカッション・ペーパーは、専用のIFRS基準がないため受入企業がIAS第8号に基づき会計方針を開発する必要があること、そして実務ではIFRS第3号の取得法を用いる例と帳簿価額法を用いる例があり、多様性が存在することを説明しています。
出典:IFRS Foundation|Discussion Paper: Business Combinations under Common Control
会計方針として実務上検討される代表的な方向性は、次の2つです。
| 方法 | 考え方 | 実務上の留意点 |
|---|---|---|
| 帳簿価額法・前身価額法 | 最終支配者のもとで支配が継続しているため、移転元または最終支配者グループでの帳簿価額を引き継ぐ | どの帳簿価額を使うか、差額をどの資本項目で処理するか、比較情報をどう表示するかを方針化する |
| 取得法の類推適用 | 受入企業の財務諸表利用者にとって、新たに事業を取得した情報が有用な場合、IFRS第3号の取得法を類推する | 公正価値測定、のれん、取得関連費用、開示をどこまで適用するかを慎重に整理する |
2024年4月、IASBは共通支配下の企業結合プロジェクトのサマリーを公表し、2023年11月に専用の要求事項を開発しないことを決定した理由を説明しました。したがって現行IFRSのもとでは、共通支配下の企業結合について、今後も企業自身の会計方針判断と開示説明が重要になっていきます。
出典:IFRS Foundation|IASB concludes project on Business Combinations under Common Control
新設会社を使った再編では「一時的支配」をどう見るかが問題になる
共通支配下取引では、新設会社を利用する再編が実務上よく問題になります。たとえば、親会社Pが新設会社Aを設立し、Pグループ内の子会社をAに移転したうえで、Aを外部へ売却するようなケースです。
このとき、「Aは一時的にしか支配されていないのだから、共通支配ではないのではないか」という疑問が生じます。しかしIFRICは、IFRS第3号B18の考え方と整合させるため、新設会社を除外し、企業結合前から存在していた結合企業に対して共通支配の判定を行うべきであると整理しています。
出典:IFRS Foundation|International Financial Reporting Standard 3 Business Combinations
実務上も、新たに設立された企業を利用したグループの一部売却前の再編については、IFRS第3号B1の共通支配下企業結合に該当し、IFRS第3号の範囲に含まれないと整理されるケースがあります。
そこで、次のような観点から検討していきます。
| 論点 | 確認事項 |
|---|---|
| 新設会社の役割 | 単なる持株会社・受皿会社か、実体ある事業会社か |
| 既存事業の支配 | 新設会社を除いた既存事業同士が取引前後で同一支配下にあるか |
| 売却予定 | 再編直後に外部売却されるか、それともグループ内再編として継続するか |
| 取引順序 | 売却のための前段再編か、独立した取得取引か |
| 会計方針 | 共通支配下取引として帳簿価額法を使うのか、別の基準が適用されるのか |
| 開示説明 | なぜIFRS第3号の取得法を適用しないのかを説明できるか |
新設会社を使った再編では、法的には新会社が取得者に見えることがあります。しかし会計上は、「新設会社が何かを取得した」のではなく、「既存の事業が同一支配下で移動しただけ」と見るべき場合がある、という点を押さえておきたいところです。
資本再編では、企業結合会計ではなく資本取引・株式報酬・金融商品が中心になることがある
資本再編という言葉は、幅広く使われます。持株会社化、株式移転、株式交換、上場シェル利用、SPAC、スポンサー出資、債務の株式化、グループ内持分移転。法務・税務・ファイナンスの上では似た言葉で語られても、IFRS上の会計処理は大きく異なってきます。
資本再編では、会計処理の入口が次のように分かれます。
| 取引類型 | IFRS上の入口 |
|---|---|
| 事業に対する支配を外部から取得 | IFRS第3号の取得法 |
| 法律上の親会社と会計上の取得企業が逆転 | IFRS第3号の逆取得 |
| 取得対象が事業でない上場シェル・SPAC | 資産取得、IFRS第2号、IAS第32号、IFRS第9号 |
| 同一最終支配者のもとで事業を移転 | 共通支配下の企業結合として会計方針を開発 |
| 親会社が非支配株主から追加取得 | 資本取引、非支配持分との取引 |
| 共同支配の取決めの形成 | IFRS第11号、IAS第28号、共同支配の判定 |
| 債務の株式化・優先株・ワラント発行 | IAS第32号、IFRS第9号、IFRS第2号 |
ここでの実務上の落とし穴は、「M&AだからIFRS第3号」「株式交換だから逆取得」「グループ内だから必ず帳簿価額」といった形式的な判断です。IFRSでは、法的手続の名称ではなく、取得したものが事業か、支配が変わったか、最終支配者が変わったか、対価が何に対して支払われたかを、順を追って検討していきます。
比較情報は、逆取得と共通支配で考え方が異なる
特殊な再編では、比較情報も重要な論点になります。
逆取得では、連結財務諸表は法律上の親会社名で発行されるものの、会計上の取得企業である法律上の子会社の財務諸表の継続として表示されます。そのため比較情報は、実質的に会計上の取得企業の過去財務情報になります。一方で法的資本は法律上の親会社の資本構成を反映するため、資本表示やEPSの分母調整が必要になります。
共通支配下の企業結合では、IFRS第3号の適用範囲外であるため、比較情報の表示方法も、選択した会計方針と一体で整理する必要があります。IFRICは、共通支配下の企業結合にプーリング法を適用する場合の比較情報表示について要請を受けましたが、複数基準の相互作用を解釈する必要があったこと、また共通支配下企業結合の会計処理プロジェクトが存在していたことから、アジェンダには追加しませんでした。
出典:IFRS Foundation|International Financial Reporting Standard 3 Business Combinations
| 取引 | 比較情報の考え方 |
|---|---|
| 逆取得 | 会計上の取得企業の財務諸表の継続として表示する |
| 共通支配下取引・帳簿価額法 | いつから結合していたものとして表示するかを会計方針で定める必要がある |
| 共通支配下取引・取得法類推 | 取得日から取り込む形になることが多いが、会計方針の根拠が必要 |
| 上場シェル・SPAC取得 | 事業でなければ企業結合の比較情報ではなく、資産取得・上場サービス費用の処理が中心 |
| 持株会社化 | 継続企業の表示、法的資本、比較情報、EPS、セグメントへの影響を整理する |
比較情報の処理は、単なる表示技術ではありません。どの企業の業績を継続企業として見せるか、投資家がどの事業の過去実績と将来計画を比較するかに、直接つながっていきます。
グループ内再編では、個別財務諸表・連結財務諸表・税効果を分けて考える
グループ内再編では、連結財務諸表では内部取引として消去される一方、個別財務諸表では法的な資産・負債・株式・資本の移転が発生します。そのため、連結だけを見て「影響なし」と判断してしまうと、個別財務諸表、子会社決算、配当可能額、税効果、金融機関への説明、契約条項に影響が残ることがあります。
日本基準の組織再編実務では、共通支配下の取引と非支配株主との取引を区分し、前者を内部取引、後者を外部取引として整理します。共通支配下の取引では移転元の帳簿価額を引き継ぐ一方、非支配株主との取引では時価や資本剰余金処理が問題になります。IFRSでも、こうした経済的視点そのものは有用です。ただしIFRS上は、個別の基準適用とIAS第8号による会計方針開発が必要である点を、切り分けて考える必要があります。
また共通支配下の再編では、税効果の引継ぎや子会社株式に係る一時差異も問題になります。組織再編に伴って受け取った子会社株式等に係る一時差異については、取引の種類や会計基準により例外的な取扱いが問題になるため、会計処理と税務上の適格・非適格の整理を混同しないことが大切です。
実務で誤りやすい判断
法律上の存続会社を、そのまま取得企業としてしまう
合併や株式交換では、存続会社や株式発行会社が目立ちます。しかしIFRSでは、法律上の取得企業が会計上の取得企業とは限りません。結合後の議決権、経営陣、取締役会、相対的規模、プレミアム支払の有無を確認する必要があります。
上場シェルを「事業」とみなしてのれんを認識してしまう
上場資格、現金、ワラントだけを有する会社は、通常、事業の定義を満たさない可能性があります。その場合はIFRS第3号の企業結合ではなく、資産取得、上場サービス費用、金融商品分類の論点になります。
共通支配下取引に取得法を自動的に適用してしまう
IFRS第3号は共通支配下の企業結合を適用範囲外としています。取得法を使う場合でも、IFRS第3号を直接適用するのではなく、IAS第8号に基づく会計方針として、なぜその方法が関連性・信頼性のある情報を提供するのかを説明する必要があります。
「グループ内なので影響なし」と整理してしまう
連結上は内部取引として消去されても、個別財務諸表、子会社株式、税効果、資本剰余金、契約条項、配当可能額、金融機関への説明には影響が残ります。
比較情報を最後に検討する
逆取得や共通支配下取引では、比較情報が財務諸表の見え方を大きく左右します。取引実行後に比較情報を検討すると、監査対応や開示ドラフトの段階で手戻りが生じやすくなります。
監査対応では、会計処理の結論よりも「判断の順序」が問われる
特殊な組織再編では、監査人から単に「仕訳を示してください」と言われるだけでは済みません。多くの場合、次の順序で説明を求められます。
| 監査上の確認事項 | 説明すべき内容 |
|---|---|
| 取引の目的 | 買収、上場、資本政策、グループ内整理、売却前再編、スポンサー支援のいずれか |
| 法律形式 | 合併、会社分割、株式交換、株式移転、現物出資、事業譲渡等 |
| 取得対象 | 事業か、資産グループか、上場サービスか |
| 支配の変化 | 最終支配者、議決権、潜在株式、取締役会、経営陣 |
| IFRS第3号の適用可否 | 企業結合、逆取得、共通支配、資産取得の切り分け |
| 会計方針 | 共通支配下取引で採用した測定方法と根拠 |
| 比較情報 | どの企業の財務諸表を継続として表示するか |
| 資本表示 | 法的資本金、資本剰余金、利益剰余金、NCI、EPS |
| 開示 | 重要な判断、取引内容、財務影響、関連当事者、後発事象 |
| 内部統制 | 取引承認、会計メモ、評価資料、監査人協議の証跡 |
特にSPAC的取引や上場シェル取引では、IFRS第2号、IAS第32号、IFRS第9号、IAS第38号、IFRS第3号が交差します。会計処理を一つの基準だけで完結させようとすると、上場サービス費用、ワラント分類、金融負債、資本性金融商品、識別可能資産の認識に漏れが生じかねません。
相談前に整理しておきたいチェックリスト
逆取得、共通支配、組織再編について専門家へ相談する際は、次の情報を整理しておくと、論点の特定が早くなります。
| 区分 | 整理すべき情報 |
|---|---|
| 取引概要 | スキーム図、実行日、当事会社、再編手法、取引目的 |
| 取得対象 | 事業、資産グループ、株式、上場資格、現金、ワラント等 |
| 支配関係 | 取引前後の最終支配者、議決権、潜在株式、契約上の権利 |
| 株主構成 | 取引前後の主要株主、旧株主の持分、非支配持分 |
| 経営支配 | 取締役会構成、経営陣、指名権、拒否権、重要事項決定権 |
| 取引対価 | 現金、株式、条件付対価、ワラント、優先株、債務引受 |
| 法律形式 | 合併、会社分割、株式交換、株式移転、事業譲渡、現物出資 |
| IFRS論点 | 逆取得、共通支配、資産取得、IFRS第2号、IAS第32号、IFRS第9号 |
| 比較情報 | 継続企業、比較財務諸表、EPS、資本表示 |
| 開示 | 企業結合注記、会計方針、重要な判断、関連当事者、後発事象 |
| 監査状況 | 監査人協議の有無、未解決論点、提出済み会計メモ |
このチェックリストで大切なのは、会計上の結論だけでなく、結論に至る判断の順序を残しておくことです。IFRSの原則主義のもとでは、「どの基準を使ったか」だけでなく、「なぜその基準が適用され、なぜ別の処理ではないのか」を説明できることが求められます。
主な出典
出典:IFRS Foundation|International Financial Reporting Standard 3 Business Combinations
出典:IFRS Foundation|Business Combinations under Common Control
出典:IFRS Foundation|IASB concludes project on Business Combinations under Common Control
出典:IFRS Foundation|Discussion Paper: Business Combinations under Common Control
出典:IFRS Foundation|Special Purpose Acquisition Companies (SPAC): Accounting for Warrants at Acquisition
出典:IFRS Foundation|IASB Update October 2022
本記事の振り返り
| 論点 | 重要ポイント |
|---|---|
| 入口判断 | 取得対象が事業か、資産グループかを最初に確認する |
| 逆取得 | 法律上の親会社が会計上の被取得企業になることがある |
| 取得企業判定 | 議決権、取締役会、経営陣、相対的規模、交換条件を総合判断する |
| 逆取得の表示 | 法律上の親会社名で発行されるが、会計上の取得企業の財務諸表の継続として表示する |
| 上場シェル取引 | 上場会社が事業でなければIFRS第3号の企業結合ではない |
| SPAC的取引 | 上場サービス、ワラント、金融負債、株式報酬の切り分けが必要 |
| 共通支配 | IFRS第3号の適用範囲外であり、専用のIFRS基準はない |
| 会計方針 | IAS第8号に基づき、帳簿価額法・取得法類推などを検討する |
| 新設会社再編 | 新設会社を除外し、既存の結合企業が共通支配下にあるかを検討する場合がある |
| 比較情報 | 逆取得と共通支配では、継続企業と比較情報の考え方が異なる |
| 日本基準との差異 | 日本基準の共通支配処理をIFRSへ機械的に持ち込まない |
| 監査対応 | 仕訳よりも、適用範囲、取得企業判定、会計方針、比較情報の判断過程が重要 |
逆取得・共通支配・組織再編を、説明可能なIFRS判断へ整える
逆取得、共通支配、資本再編、グループ内再編は、通常の企業結合会計の延長線上で処理できるとは限りません。法律上の取得企業が会計上の取得企業とは限らず、上場会社やSPACが事業でなければIFRS第3号の企業結合から外れ、共通支配下取引ではIFRS第3号そのものが適用対象外になります。
この領域で大切なのは、結論を急がないことです。取引実態、支配関係、契約条件、資本政策、上場目的、比較情報、開示、監査証拠を一体として整理していく。会計処理の選択は、M&A後の財務報告、投資家への説明、金融機関対応、グループ管理、内部統制にも影響していきます。
犬飼公認会計士・税理士事務所では、IFRSに基づく逆取得、共通支配下の企業結合、上場シェル・SPAC的取引、グループ内再編、持株会社化、資本再編について、取引スキーム、支配判定、会計方針、比較情報、開示・監査対応まで含めた論点整理を支援しています。
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