IAS第37号における引当金の認識要件|現在の義務・流出可能性・信頼性ある見積りの実務判断

IFRSで引当金を判断するとき、最初に確かめるべきは「将来、支出がありそうかどうか」ではありません。報告期間の末日時点で、企業がすでに現在の義務を負っているかどうかです。この一点を見極めることが、何よりも重要になります。

IAS第37号「引当金、偶発負債及び偶発資産」は、引当金を「時期又は金額が不確実な負債」と定義しています。そのうえで、引当金を認識するには、次の3つがそろっている必要があります。過去の事象の結果として企業が現在の義務を負っていること。その義務を決済するために、経済的便益を有する資源の流出が必要となる可能性が高いこと。そして、義務の金額について信頼性のある見積りができること。この3つです。
出典:IFRS Foundation|IAS 37 Provisions, Contingent Liabilities and Contingent Assets

要件そのものは、一見すると単純です。ところが実務では、そう簡単に片づきません。訴訟、行政処分、製品保証、環境対応、原状回復、リストラクチャリング、不利な契約、保証、税務関連のペナルティ、M&Aや事業撤退に伴う負担。こうした場面では、経営判断・法務判断・見積り判断が幾重にも絡み合い、認識の可否が真剣に問われることになります。

引当金は、「保守的に積んでおけば安心」というものではありません。かといって、「まだ金額が確定していないから計上しない」と機械的に処理してよいものでもないのです。IAS第37号の実務では、負債認識の入口を、事実、契約、法令、企業の行動、相手方の期待、将来流出の蓋然性、見積りの可能性といった要素から、ひとつずつ丁寧にたどっていく必要があります。

目次

IAS第37号が扱うのは「不確実な負債」である

IAS第37号が対象とするのは、時期又は金額が不確実な負債です。ですから、すでに請求額や支払時期が比較的はっきりしている買掛金や未払金とは、そもそも性質が違います。

もっとも、未払費用と引当金の境界は、実務ではあいまいになりやすい領域です。たとえば、すでに役務の提供を受けていて、支払義務の発生が明確で、金額の不確実性も比較的小さいものであれば、通常は未払費用や未払金として整理します。一方で、将来の支出時期や金額が相当に不確実で、義務の存在や範囲そのものに判断を要するものは、IAS第37号でいう引当金、あるいは偶発負債の検討対象になります。

ここで見失ってはいけないのは、表示科目の名称ではなく、負債として認識すべき現在の義務があるかどうかという実質です。なお日本基準では、引当金は企業会計原則注解18や個別基準・実務指針を中心に整理される場面が多く、包括的な引当金基準が整備されていません。そのため、IFRSとは検討の入口や用語の整理が異なる点にも、あらかじめ留意しておく必要があります。

引当金の認識要件は3つに分解して考える

IAS第37号で引当金を認識するための要件は、次の3つに整理できます。

認識要件実務上の問い
現在の義務報告期間末日時点で、過去の事象の結果として、企業は支払い又は履行を避けられない状態にあるか
資源流出の可能性その義務を決済するために、経済的便益を有する資源の流出が「可能性が高い」といえるか
信頼性ある見積り義務の金額について、財務諸表に認識できる程度に信頼性のある見積りができるか

この3要件は、どれか一つを満たせば足りるというものではありません。すべて満たしてはじめて引当金を認識します。満たさない場合には、偶発負債として注記の対象になるのか、それとも注記も不要なのかを、あらためて検討することになります。IAS第37号も、認識要件を満たさないときには引当金を認識しないとしています。
出典:IFRS Foundation|IAS 37 Provisions, Contingent Liabilities and Contingent Assets

とはいえ、実務ではこの3要件をチェックリストのように順に確認するだけでは足りません。とりわけ現在の義務の有無は、契約書や法令の文言だけで決まるものではないからです。企業の過去の慣行、社外への公表、相手方とのやり取り、経営者の意思決定、実行に着手したかどうか。こうした事情まで含めて、総合的に判断していく必要があります。

第1要件:現在の義務があるか

引当金の判断で最も重要なのは、やはり現在の義務の有無です。

IAS第37号では、負債とは、過去の事象から生じた企業の現在の義務であり、その決済によって経済的便益を有する資源の流出が見込まれるものをいいます。そして義務発生事象とは、企業がその義務を決済する以外に現実的な選択肢を持たない状態を生じさせる事象を指します。
出典:IFRS Foundation|IAS 37 Provisions, Contingent Liabilities and Contingent Assets

現在の義務があるかを判断するには、まず、その義務の原因となる過去事象が存在するかどうかを確かめます。単に将来費用が発生しそうだ、将来その事業を続けるために支出が必要だ、将来の経営判断として支出する予定だ、というだけでは足りません。

たとえば、将来の営業損失、将来の広告宣伝費、将来の設備更新費、将来の教育研修費、将来のシステム投資。これらは、企業が将来にわたって事業を続けていくうえで確かに必要なものです。しかし、必要だというだけでは現在の義務にはあたりません。将来の事業運営に関わる費用を現在の負債として前倒しで計上することは、IAS第37号の考え方とは相容れないのです。

現在の義務があるといえるためには、企業が報告期間末日の時点で、支出や履行を避ける現実的な選択肢をすでに失っていなければなりません。

法的義務と推定的義務

現在の義務には、法的義務と推定的義務があります。

法的義務とは、契約、法令、その他法律の作用から生じる義務です。契約書に明示された原状回復義務、法律上の環境修復義務、保証契約に基づく支払義務などが、その典型といえます。

一方の推定的義務は、企業自身の行動から生じる義務です。IAS第37号は、企業が過去の慣行、公表された方針、あるいは十分に具体的な現在の声明などによって、一定の責任を引き受けると他者に示し、その結果、相手方が「企業はその責任を果たすだろう」という妥当な期待を抱くにいたった場合に、推定的義務が生じると整理しています。
出典:IFRS Foundation|IAS 37 Provisions, Contingent Liabilities and Contingent Assets

推定的義務は、実務のなかでも判断が深くなりやすい領域です。契約や法令に明示されていなくても、企業が過去に一貫して補償や対応を続けてきた、外部に具体的な対応方針を公表した、取引先・顧客・従業員に対して実行を期待させる行動を取った。こうした事情があるときには、推定的義務の有無が問われることになります。

ただし、経営者が内部で「対応したい」と考えているだけでは足りません。推定的義務は、企業内部の意思決定そのものではなく、外部の相手方に妥当な期待を生じさせているかという観点から判断するものだからです。ここを曖昧にしてしまうと、本来は経営方針や予算上の見込みにすぎないものが、負債計上に入り込んでしまう危うさがあります。

過去事象と将来行動を切り分ける

IAS第37号で引当金を判断するうえでは、過去事象と将来行動を切り分けることが欠かせません。

過去事象がすでに存在し、その事象によって企業が義務を負っているのであれば、引当金の検討対象になります。これに対して、企業が将来において特定の行動を取ってはじめて義務が生じるという場合には、報告期間末日の時点ではまだ現在の義務がない、ということがあり得ます。

この切り分けは、環境対応や法令改正、リストラクチャリング、不利な契約などで、とりわけ重みを増します。

たとえば、環境損害がすでに発生していたとしても、その時点では修復義務が生じていないことがあります。しかし、その後に法令が成立して既存の損害の修復が求められる、あるいは企業が公に責任を認めて推定的義務を生じさせる、といった場合には、その時点が義務発生事象となり得ます。IAS第37号も、法令案の内容がまだ確定していない段階では、その内容で制定されることが実質的に確実になったときに義務が生じる、と整理しています。
出典:IFRS Foundation|IAS 37 Provisions, Contingent Liabilities and Contingent Assets

つまり、将来発生するかもしれない規制対応費用を、「規制対応が必要になりそうだから」という理由だけで、ただちに引当計上することはできないのです。企業に現在の義務が生じたのはどの時点なのか。それを、法令、契約、行政手続、社外公表、実行への着手、相手方の期待形成といった手がかりから、丁寧に整理していく必要があります。

第2要件:経済的資源の流出可能性が高いか

現在の義務があったとしても、資源流出の可能性が高くなければ、引当金は認識されません。

IAS第37号では、流出可能性が「probable」であるとは、その事象が発生しない可能性よりも発生する可能性のほうが高いこと、すなわち “more likely than not” の状態を指すと説明されています。
出典:IFRS Foundation|IAS 37 Provisions, Contingent Liabilities and Contingent Assets

ここで気をつけたいのは、「支出の可能性がゼロではない」ことと、「流出可能性が高い」ことは、まったく別だという点です。訴訟を提起されている、行政調査を受けている、取引先との紛争がある、保証を提供している。こうした事実があるからといって、それだけで必ず引当金になるわけではありません。

実務では、次のような観点から流出可能性を検討していきます。

確認観点実務上の検討内容
法的評価法律専門家の見解、契約条項、過去判例、行政実務
事実関係事象の発生有無、相手方の請求内容、交渉状況、証拠
企業の対応方針和解方針、補償方針、支払拒否方針、実行可能性
類似事例過去の支払実績、業界慣行、類似契約での解決実績
集合的評価個別では小さいが、同種多数の義務全体では流出が見込まれるか

とくに製品保証や、多数の類似契約のようなケースでは、一件ずつ見れば支出の可能性は低くても、全体としてはある程度の流出が見込まれる、ということがあります。IAS第37号も、類似する義務が多数あるときには、流出可能性を個別項目ごとではなく、義務の集合全体で判断するとしています。
出典:IFRS Foundation|IAS 37 Provisions, Contingent Liabilities and Contingent Assets

この点は、監査対応でも軽視できません。個別案件ごとに「まだ請求されていない」「まだ確定していない」と説明するだけでは不十分です。同種の取引や義務を全体として眺めたときに、流出可能性が高いといえるのかどうか。そこまで踏み込んで検討する必要があります。

第3要件:信頼性ある見積りができるか

引当金は、金額が確定していなくても認識されます。むしろ、時期や金額が不確実だからこそ引当金なのです。

IAS第37号は、見積りの使用は財務諸表を作成するうえで不可欠であり、それ自体が財務諸表の信頼性を損なうものではない、としています。引当金は不確実性の高い項目ではあるものの、ごくまれな場合を除けば、企業は起こり得る結果の範囲を見定め、引当金の認識に用いるに足る信頼性ある見積りを行うことができる、と整理されています。
出典:IFRS Foundation|IAS 37 Provisions, Contingent Liabilities and Contingent Assets

したがって、「正確な金額がわからない」というだけの理由で、引当金の計上を避けることはできません。問われているのは正確性ではなく、財務諸表に認識できる程度の信頼性があるかどうかだからです。

もっとも、ごくまれに、義務は存在するけれども金額を信頼性をもって見積もれない、という場合もあります。このときには、その負債を引当金として認識するのではなく、偶発負債として開示することになります。
出典:IFRS Foundation|IAS 37 Provisions, Contingent Liabilities and Contingent Assets

実務では、「信頼性ある見積りができない」と結論づけてしまう前に、確かめておきたいことがいくつもあります。見積りレンジ、期待値、最頻値、類似実績、専門家報告、契約上の上限・下限、和解の可能性、保険や補償の有無。こうした材料を一通り検討したうえで、はじめて判断すべきものです。

引当金と偶発負債の区分

IAS第37号では、引当金と偶発負債をはっきりと区分しています。

引当金は、現在の義務があり、資源流出の可能性が高く、信頼性ある見積りもできるため、負債として認識されるものです。

これに対して偶発負債は、主に次のいずれかにあたるため、負債として認識されません。

区分内容会計処理
可能性のある義務過去事象から生じているが、現在の義務の存在が不確実な将来事象により確認されるもの原則として注記
現在の義務だが流出可能性が高くない現在の義務はあるが、資源流出が probable ではないもの原則として注記
現在の義務だが信頼性ある見積りができない義務はあるが金額を十分な信頼性で測定できないもの注記

IAS第37号は、偶発負債を認識してはならないとしています。ただし、経済的便益を有する資源の流出可能性が僅少といえない限り、偶発負債は開示の対象になります。
出典:IFRS Foundation|IAS 37 Provisions, Contingent Liabilities and Contingent Assets

ここで実務上つまずきやすいのが、偶発負債を「計上しないのだから重要ではない」と扱ってしまうことです。偶発負債は、たとえ財政状態計算書に認識されなくても、注記を通じて財務諸表の利用者にリスクを伝えるという大切な役割を担っています。とりわけ訴訟、保証、行政処分、税務関連の不確実性、環境債務、M&A後の補償義務などは、金額として認識されない場合であっても、企業価値の評価や資金調達、財務制限条項、M&A価格の調整に影響を及ぼすことがあります。

偶発資産はより慎重に扱う

偶発資産とは、過去事象から生じた可能性のある資産であり、その存在が企業の完全な支配下にない将来事象によって確認されるものです。

IAS第37号は、偶発資産を認識してはならないとしています。実現しないかもしれない収益を先に取り込んでしまう危うさがあるからです。ただし、経済的便益の流入が probable となった場合には偶発資産を開示し、さらに流入が virtually certain、すなわち実質的に確実となった場合には、もはや偶発資産ではなく、資産及び関連収益として認識することが適切になります。
出典:IFRS Foundation|IAS 37 Provisions, Contingent Liabilities and Contingent Assets

実務では、訴訟における反訴、保険金請求、補償請求、損害賠償請求などで、偶発資産が問題になります。負債側で引当金を認識しつつ、回収が見込まれる保険金や補償金をどう扱うか。これは、負債の判断とは切り離して、あらためて慎重に検討しなければなりません。

「相手方から回収できそうだから引当金は計上しない」という整理は、通常は適切とはいえません。まず義務の存在と流出可能性を判断し、そのうえで、補償・保険・求償権を別個に評価する。この順序を守ることが大切です。

「現在の義務」の判断で実務上つまずきやすい領域

IAS第37号の実務では、現在の義務があるかどうかが、最も争点になりやすいところです。とくに次のような論点では、経営者の意図や予算計上ではなく、義務発生事象が本当にあったのかどうかを確かめる必要があります。

リストラクチャリング

リストラクチャリング引当金は、取締役会で方針を決めただけでは、通常は足りません。

IAS第37号では、リストラクチャリングの推定的義務は、詳細な公式計画を有し、かつ、その計画の実行に着手するか、影響を受ける関係者に主要な内容を十分具体的に公表して、企業がリストラクチャリングを実行するという妥当な期待を生じさせた場合に生じるとされています。
出典:IFRS Foundation|IAS 37 Provisions, Contingent Liabilities and Contingent Assets

ここでの要点は、内部の決定と、外部に対する義務の形成とを分けて考えることです。社内で撤退方針を検討している、予算に閉鎖費用を入れている、将来の組織再編を想定している。それだけでは、ただちに引当金の認識要件を満たすとは限りません。

不利な契約

不利な契約とは、契約上の義務を果たすための不可避的コストが、その契約から得られる経済的便益を上回ってしまう契約です。IAS第37号では、不可避的コストは、契約を履行するコストと、履行しなかった場合の補償又は違約金のうち、いずれか低いほうとして整理されます。また、2020年の改訂により、契約の履行コストには、直接労務費や直接材料費といった増分コストだけでなく、契約の履行に直接関連するその他のコスト配賦も含まれることが明確化されました。
出典:IFRS Foundation|IAS 37 Provisions, Contingent Liabilities and Contingent Assets

不利な契約では、まず契約に関連する資産の減損を認識し、そのうえで不利な契約引当金を検討するという順序にも、注意を払う必要があります。
出典:IFRS Foundation|IAS 37 Provisions, Contingent Liabilities and Contingent Assets

環境対応・資産除去

環境対応や資産除去では、法令、契約、操業許認可、賃貸借契約、過去の公表方針、そして地域社会や取引先との関係が、義務の根拠になり得ます。

ただし、将来の環境対応方針や設備更新方針があるというだけでは、現在の義務とは限りません。義務が発生した時点、義務の相手方、そして支出を避ける現実的な選択肢があるかどうか。これらを確かめる必要があります。

訴訟・紛争

訴訟では、事象が発生したのか、企業に法的義務があるのか、敗訴や和解による流出可能性が高いのか、金額を信頼性をもって見積もれるのか、といった点が問われます。

IAS第37号は、現在の義務の有無がはっきりしない場合には、利用可能なすべての証拠を考慮し、専門家の意見や、報告期間後に得られた追加証拠も含めて判断することを求めています。現在の義務が存在する可能性のほうが高いのであれば、他の認識要件を満たすことを条件に引当金を認識します。存在しない可能性のほうが高いのであれば、流出可能性が僅少といえない限り、偶発負債として開示することになります。
出典:IFRS Foundation|IAS 37 Provisions, Contingent Liabilities and Contingent Assets

認識するか、開示するか、何もしないか

IAS第37号の実務判断は、最終的には次の3つの区分に落とし込むことになります。

判断結果状況財務報告上の扱い
引当金認識現在の義務があり、流出可能性が高く、信頼性ある見積りが可能負債として認識し、測定・開示を行う
偶発負債として開示現在の義務が不確実、又は流出可能性が高くない、又は信頼性ある見積りができない。ただし流出可能性が僅少ではない負債認識せず、注記で説明
認識も開示も不要流出可能性が僅少原則として認識・開示しない

この区分は、単なる会計処理上の分類にとどまりません。監査対応、決算説明、M&Aデューデリジェンス、金融機関対応、経営会議でのリスク管理にまで影響が及びます。

引当金を認識すれば、財政状態計算書に負債が計上され、損益にも影響が出ます。偶発負債として開示する場合には、財政状態計算書には認識されないものの、利用者にリスク情報が伝わります。そして、何も開示しないという判断をした場合には、なぜ流出可能性が僅少だと結論づけたのかを、内部できちんと説明できる状態にしておく必要があります。

IAS第37号の開示で説明すべきこと

引当金を認識した場合、IAS第37号は、引当金の種類ごとに、期首・期末の残高、当期の追加計上額、使用額、戻入額、割引の巻戻しや割引率変更の影響などを開示するよう求めています。あわせて、義務の性質、経済的便益の流出が見込まれる時期、金額や時期に関する不確実性、主要な仮定、補償の見込額なども、開示の対象になります。
出典:IFRS Foundation|IAS 37 Provisions, Contingent Liabilities and Contingent Assets

偶発負債についても、流出可能性が僅少といえない限り、その性質、財務的影響の見積り、金額や時期の不確実性、補償の可能性を、実務上可能な範囲で開示します。偶発資産については、経済的便益の流入可能性が高い場合に、その性質と財務的影響の見積りを開示します。
出典:IFRS Foundation|IAS 37 Provisions, Contingent Liabilities and Contingent Assets

開示で大切なのは、ただ「訴訟があります」「引当金を計上しています」と書き添えることではありません。利用者が、義務の性質、支出の時期、金額の不確実性、そして経営者の主要な仮定を、読み取って理解できるようにすることです。

一方で、紛争案件では、詳細に開示することが企業自身の立場を著しく害してしまう場合もあります。IAS第37号は、ごくまれに、係争相手との紛争において企業の立場を著しく害すると見込まれる情報については開示を省略できるとしています。ただしその場合でも、紛争の一般的な性質、情報を開示していないという事実、そしてその理由については開示することを求めています。
出典:IFRS Foundation|IAS 37 Provisions, Contingent Liabilities and Contingent Assets

監査対応で必要になる資料

IAS第37号の引当金は、監査の場面では、見積り・不確実性・経営者判断が集中する領域です。ですから、結論だけを示しても十分とはいえません。

実務では、少なくとも次のような資料を整えておくことが望まれます。

資料区分確認すべき内容
事実関係資料契約書、請求書、通知書、行政文書、訴状、議事録、稟議書
義務判断資料法的義務・推定的義務の根拠、相手方との交渉履歴、公表資料
流出可能性資料法律専門家意見、過去実績、類似案件、和解可能性、経営者判断
見積り資料見積りレンジ、期待値・最頻値、割引計算、主要仮定、感応度
開示資料引当金ロールフォワード、偶発負債注記案、主要仮定の説明
内部統制資料論点の識別プロセス、法務・経理・事業部門の情報連携、承認履歴

とりわけ訴訟や環境対応のような論点は、経理部門だけで判断しきることが難しいものです。法務部門、事業部門、外部弁護士、評価専門家、税務担当者、そして監査人との連携が欠かせません。

また、引当金は報告期間末日の時点の状況にもとづいて判断するため、報告期間後に得られた情報をどう扱うかも重要になります。後発事象によって、報告期間末日時点の義務の存在や金額見積りについて、追加の証拠が得られることがあるからです。その情報が修正後発事象にあたるのか、非修正後発事象にあたるのか。ここを切り分けておく必要があります。

経営判断との関係

引当金の認識は、単なる会計処理ではありません。経営者の意思決定と、財務報告上の説明責任とをつなぐ論点です。

たとえば、事業撤退、店舗閉鎖、製品回収、環境修復、組織再編、M&A後の補償対応。こうした場面で経営者に問われるのは、「将来の支出をどう見込むか」だけではありません。「いつ義務が発生したといえるのか」「どこまでが現在の義務なのか」「将来の事業活動に関する支出を、そこに混在させていないか」。こうした点まで整理していく必要があります。

引当金を過大に計上すれば、将来の損失を前倒しにして、利益を平準化する余地が生まれてしまいます。逆に過少に計上すれば、現在の義務を財務諸表に反映しないまま、将来の損失を先送りすることになります。どちらの方向であっても、財務報告の信頼性は損なわれます。

IAS第37号の実務では、慎重さはたしかに大切です。しかし慎重さとは、「多めに積むこと」ではありません。事実と基準にもとづいて、現在の義務、流出可能性、見積りの可能性を、きちんと説明できる状態にしておくこと。それこそが、慎重な会計判断です。

最新動向:IAS第37号のターゲット改善

IASBは、2024年11月12日にIAS第37号に関する公開草案 “Provisions—Targeted Improvements” を公表し、引当金の認識・測定に関するターゲット改善を提案しました。この公開草案は、IAS第37号における現在の義務の認識要件、測定、割引率などについて改善を提案するもので、コメント期限は2025年3月12日でした。その後、2026年6月22日のIASB会議では、プロジェクト完了に向けた計画が議論されましたが、意思決定はまだ行われておらず、次のマイルストーンは最終改訂とされています。
出典:IFRS Foundation|Provisions—Targeted Improvements

したがって、本稿の作成時点では、IAS第37号の現行基準にもとづいて判断しつつ、今後の最終改訂の内容を継続的に確認していく必要があります。とくに、長期の資産除去債務、環境負債、政府賦課金に類似する負担、大規模な義務の割引計算を抱える企業では、改訂の動向が実務に影響する可能性があります。

実務での検討手順

IAS第37号の引当金を検討するときは、次の順序で整理していくと、論点が混ざりにくくなります。

手順検討内容
1取引・事象・契約・法令・紛争の事実関係を把握する
2他のIFRS基準の適用対象か、IAS第37号の範囲かを確認する
3過去事象が存在するかを確認する
4法的義務又は推定的義務として現在の義務があるかを判断する
5企業が義務の決済を避ける現実的な選択肢を有するかを検討する
6経済的資源の流出可能性が probable かを評価する
7金額について信頼性ある見積りができるかを検討する
8引当金、偶発負債、偶発資産、開示不要のいずれかに分類する
9測定方法、割引、補償、見積り変更、開示を整理する
10監査証拠、経営者判断、注記案、内部承認を文書化する

この順序で整理していけば、「何となく費用が出そうだから引当金」「まだ確定していないから偶発負債」「金額がわからないから何もしない」といった粗い判断に流されずに済みます。

相談を検討すべき場面

IAS第37号の引当金は、会計処理だけで完結しないことが多い領域です。契約、法令、経営判断、見積り、監査対応、開示が、同時に関わってくるからです。

とくに、次のような状況では、早い段階で論点を整理しておくことをおすすめします。

状況検討が必要となる理由
訴訟・クレーム・行政調査が発生している現在の義務、流出可能性、開示の判断が必要
店舗閉鎖・事業撤退・リストラクチャリングを検討している内部決定と推定的義務の発生時点を切り分ける必要がある
原状回復・環境修復・資産除去義務がある契約・法令・見積り・割引計算が絡む
保証・補償・M&A関連の表明保証がある引当金、偶発負債、補償資産の整理が必要
監査人から引当金又は偶発負債の根拠を求められている判断過程と証拠の文書化が必要
注記の過不足が懸念される財務諸表利用者への説明可能性を確保する必要がある

犬飼公認会計士・税理士事務所では、IFRSに関する会計処理を、単なる基準の当てはめとしてではなく、取引の実態、契約条件、見積りの前提、監査証拠、表示・開示までを含めた実務判断として整理するお手伝いをしています。

IAS第37号に関する引当金・偶発負債・偶発資産の判断について、会計処理の方向性だけでなく、監査対応資料や開示方針まで含めて整理したいという場合は、現在の状況、対象となる契約や事象、検討中の会計処理、監査上の論点を整理のうえ、お問い合わせページよりご相談ください。

この記事の振り返り

論点重要ポイント
IAS第37号の対象時期又は金額が不確実な負債を扱う。通常の未払金・未払費用とは不確実性の程度が異なる
引当金の認識要件現在の義務、資源流出の可能性、信頼性ある見積りの3要件をすべて満たす必要がある
現在の義務過去事象の結果として、企業が義務の決済を避ける現実的な選択肢を失っているかを判断する
法的義務契約、法令、その他法律の作用から生じる義務
推定的義務企業の過去の慣行、公表方針、具体的な声明等により、相手方に妥当な期待を生じさせた義務
流出可能性IAS第37号では、発生しない可能性より発生する可能性が高い場合を probable と整理する
信頼性ある見積り正確な金額でなくても、認識に足る信頼性があれば引当金を認識する
偶発負債認識要件を満たさない負債又は可能性のある義務。流出可能性が僅少でない限り注記が必要
偶発資産原則として認識しない。流入可能性が高い場合に開示し、実質的に確実となれば資産認識を検討する
監査対応結論だけでなく、事実関係、義務判断、流出可能性、見積り根拠、開示方針を文書化する必要がある
最新動向IAS第37号についてターゲット改善プロジェクトが進行中であり、今後の最終改訂を確認する必要がある
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