IAS第37号に基づく引当金の実務のなかでも、判断が一段と難しくなりやすいのが、不利な契約とリストラクチャリング引当金です。
どちらも、企業が将来の損失や支出を見込む場面で検討されます。ただ、IAS第37号の発想は、「将来の損失が見込まれるから引当金を積む」という単純なものではありません。問われるのは、報告期間の末日時点で企業がすでに現在の義務を負っているか、その義務を決済するために経済的資源の流出が必要となる可能性が高いか、そして金額を信頼性をもって見積れるか。この三点です。
とりわけ不利な契約とリストラクチャリングは、経営判断と会計判断が混同されやすい領域だと感じています。赤字契約、店舗閉鎖、事業撤退、人員削減、拠点の統廃合、組織再編、M&A後の統合、システム刷新、物流網の見直し。こうした事柄は、経営の現場では一つの再建・改善施策としてひとまとめに語られがちです。しかし財務報告の視点では、現在の義務、将来営業損失、資産の減損、退職給付、リース、売却目的保有、税効果、開示を、それぞれ切り分けて検討しなければなりません。
IAS第37号は、未履行契約を原則として適用対象外としながらも、不利な契約については例外的に適用対象に取り込んでいます。また、将来営業損失については引当金を認識してはならないとし、それはむしろ資産の減損の兆候となり得るものだと整理しています。
出典:IFRS Foundation|International Accounting Standard 37 Provisions, Contingent Liabilities and Contingent Assets
不利な契約とリストラクチャリング引当金を同じ「将来損失」として扱わない
不利な契約とリストラクチャリング引当金は、いずれも将来の支出を伴います。しかし、会計上の入口はまったく異なります。
不利な契約が着目するのは、既存の契約から生じる現在の義務です。契約を履行しても、あるいは解除しても、企業が避けられない純損失を負う状態にあるかどうか。ここが問われます。
一方、リストラクチャリング引当金は、事業の範囲や運営方法を大きく変える計画を持っているだけでは足りません。企業が詳細な公式計画を有し、なおかつ影響を受ける関係者に対して、その計画を実行するという妥当な期待を生じさせているか。これが判断の分かれ目になります。
両者を一括りにして「構造改革費用」「撤退損失」「将来損失」として処理してしまうと、IAS第37号の認識要件を取り違えるおそれがあります。実務では、次のように整理しておくことが大切です。
| 論点 | 会計上の入口 | 主な判断軸 |
|---|---|---|
| 不利な契約 | 既存契約から生じる現在の義務 | 不可避的コストが契約から得られる経済的便益を上回るか |
| リストラクチャリング引当金 | 推定的義務の発生 | 詳細な公式計画と関係者への期待形成があるか |
| 将来営業損失 | 現在の義務ではない | 引当金ではなく、減損の兆候として検討する |
| 資産の減損 | 資産の回収可能性 | 契約又は事業から生じる損失が資産の帳簿価額を回収できないことを示すか |
| 退職給付・解雇給付 | IAS第19号の従業員給付 | 企業が退職給付の申出を撤回できない状態か、又は関連するリストラクチャリング費用を認識しているか |
不利な契約とリストラクチャリング引当金は、財務諸表上の金額にとどまらず、経営者の説明、監査証拠、注記、そして資本市場への説明にまで影響が及びます。ですから、単に「引当金を計上するかどうか」ではなく、どの義務を、どの時点で、どの範囲まで、どの金額で認識するのかを、丁寧に見極める必要があるのです。
不利な契約とは何か
IAS第37号は、不利な契約を、契約上の義務を履行するための不可避的コストが、その契約から受け取ると見込まれる経済的便益を上回る契約と定めています。ここでいう不可避的コストとは、契約から解放されるための最小の正味コストであり、契約を履行するコストと、履行しない場合に発生する補償又は違約金のいずれか低い方を指します。
出典:IFRS Foundation|International Accounting Standard 37 Provisions, Contingent Liabilities and Contingent Assets
ここで押さえておきたいのは、不利かどうかを、単なる「契約価格と原価の比較」だけで判定しないという点です。
契約から得られる経済的便益は、契約そのものの直接収入にとどまりません。その契約が企業の事業のなかでどう使われるかによって変わってきます。他方、不可避的コストは、契約を履行する場合の直接関連コストと、契約を解除又は不履行とする場合の補償・違約金とを比べて整理します。実務上も、不可避的コストは契約履行コストと不履行時の補償又は違約金の低い方であり、専用資産がある場合には減損を認識したうえで別個の引当金を検討する、という順序で捉えておくのが妥当だと考えています。
不利な契約の判断は、次の順序で進めていきます。
| 手順 | 検討内容 |
|---|---|
| 1 | 契約がIAS第37号の対象となるか、他のIFRS基準が優先適用されるかを確認する |
| 2 | 契約を無償又は軽微な負担で解約できるかを確認する |
| 3 | 契約から得られる経済的便益を整理する |
| 4 | 契約履行コストを見積る |
| 5 | 契約不履行・解除時の補償金又は違約金を確認する |
| 6 | 契約履行コストと不履行時コストの低い方を不可避的コストとする |
| 7 | 不可避的コストが経済的便益を上回るかを判定する |
| 8 | 契約に関連する資産の減損を先に検討する |
| 9 | なお残る現在の義務について、不利な契約引当金を認識・測定する |
不利な契約の前に、まず「解約可能性」を確認する
IAS第37号では、補償を支払わずに解約できる契約について、義務はないと整理されます。たとえば通常の購入注文や、相手方との合意によって実質的な負担なく取り消せる契約は、企業が契約に拘束されていないため、そもそも不利な契約引当金の入口に立ちません。
この点は、実務ではとても重要です。契約書上は発注書や基本契約が存在していても、実際には数量・価格・納期が未確定であったり、発注の取消しが可能であったり、相手方との合意により補償なしで解約できたりすることがあります。こうした場合に、契約上の権利義務の実質を確かめないまま将来損失を引当金として認識してしまうのは、適切とはいえません。
反対に、契約が法的な拘束力を持ち、解約に違約金・補償金・最低購入義務・テイク・オア・ペイ条項・長期利用料・契約解除制限などが伴う場合には、現在の義務が問題になります。
確認しておきたい契約条件は、次のようなものです。
| 確認項目 | 実務上の意味 |
|---|---|
| 解約条項 | 一方的解約が可能か、相手方同意が必要か |
| 違約金・補償金 | 解約又は不履行時に支払う金額が定められているか |
| 最低購入義務 | 一定量の購入又は支払を避けられないか |
| 最低利用料 | サービス利用の有無にかかわらず支払義務があるか |
| 契約期間 | 残存期間がどの程度あるか |
| 価格改定条項 | 損失回避のために価格変更が可能か |
| 相殺・転貸・再販売 | 契約上の損失を他の便益で軽減できるか |
| 実務上の交渉可能性 | 契約変更や解除合意の実現可能性があるか |
不利な契約の検討は、会計部門だけで完結するものではありません。契約書、覚書、発注書、取引先との交渉履歴、法務の見解、そして事業部門による実行可能性の判断を、あわせて確認していく必要があります。
契約履行コストには「直接関連するコスト」を含める
不利な契約の判定では、契約を履行するコストの見方が要になります。
IASBは2020年5月に “Onerous Contracts—Cost of Fulfilling a Contract” を公表し、IAS第37号を改訂しました。これは、不利な契約かどうかを評価する際に、契約履行コストへどのようなコストを含めるのかを明確にするための改訂です。
出典:IFRS Foundation|Onerous Contracts—Cost of Fulfilling a Contract (Amendments to IAS 37)
現行のIAS第37号では、契約を履行するコストは、契約に直接関連するコストで構成されます。直接労務費・直接材料費のような増分コストだけでなく、契約履行に直接関連するその他のコストの配賦額も含まれます。たとえば、契約の履行に使用される有形固定資産の減価償却費の配賦額が、これに該当し得ます。
出典:IFRS Foundation|International Accounting Standard 37 Provisions, Contingent Liabilities and Contingent Assets
この改訂により、単なる増分コストだけで不利な契約かどうかを判定する整理は、現行IFRSのもとでは不十分になりました。契約管理、監督、契約専用の設備、関連する減価償却費、契約履行に直接関連する外注費・保険料・設備費などを、契約に直接関連するコストとして含めるべきかどうかを、あらためて検討する必要があります。
ただし、だからといって一般管理費、将来の営業損失、契約履行に直接関連しない共通費、将来の効率化投資、契約終了後の新規事業費用まで含めてよいわけではありません。契約履行コストの範囲を広げすぎると、契約に直接関連しない将来費用を不利な契約引当金へ紛れ込ませてしまうリスクがあるからです。
| コスト区分 | 不利な契約判定での扱い |
|---|---|
| 直接労務費・直接材料費 | 契約履行に必要な増分コストとして含める |
| 契約に直接関連する外注費 | 契約履行に直接必要であれば含める |
| 契約管理・監督コスト | 契約活動に直接関連する場合は検討対象 |
| 契約履行に使用する設備の減価償却費配賦額 | 契約に直接関連する場合は含める |
| 一般管理費 | 契約に明示的に請求可能である等の事情がなければ慎重に扱う |
| 将来の営業損失 | 原則として含めない |
| 将来の設備投資・改善投資 | 現在の義務の履行に必要でなければ含めない |
| 契約終了後の新規事業費用 | 含めない |
契約に関連する資産の減損を先に検討する
不利な契約の会計処理で見落とされやすいのが、減損との順序です。
IAS第37号は、不利な契約引当金を別個に認識する前に、その契約の履行に使用される資産について発生している減損損失を認識するよう求めています。
出典:IFRS Foundation|International Accounting Standard 37 Provisions, Contingent Liabilities and Contingent Assets
この順序は、実務上とても重要です。赤字契約に専用設備、専用ソフトウェア、契約関連の棚卸資産、使用権資産、顧客専用の構築物、専用治具・金型などがある場合には、まず当該資産の回収可能性を確かめます。そのうえで、なお契約上避けられない損失が残るのであれば、不利な契約引当金を検討する、という流れになります。
たとえば、契約履行に使う専用資産の帳簿価額が回収できない場合、その損失はまずIAS第36号の減損として整理されます。引当金が認識されるのは、資産の減損で吸収しきれない、契約上の現在の義務に対してです。
この順序を取り違えると、損失を資産評価に反映すべきなのか、それとも負債として認識すべきなのかが曖昧になってしまいます。監査対応の面でも、減損テスト、契約損失引当金、将来営業損失の三者を、はっきりと切り分けておく必要があります。
将来営業損失は引当金ではない
IAS第37号は、将来営業損失について引当金を認識してはならないとしています。将来営業損失は、報告期間末日時点の現在の義務ではないからです。むしろ将来営業損失の見込みは、事業に関連する資産の減損の兆候となり得るものと位置づけられています。
出典:IFRS Foundation|International Accounting Standard 37 Provisions, Contingent Liabilities and Contingent Assets
実務では、ここが最も混同されやすいところです。
事業撤退を決めた後、撤退までの期間に赤字が見込まれることがあります。店舗閉鎖までの家賃、人件費、広告費、在庫処分損、設備維持費などが発生する場面もあるでしょう。しかし、それらが将来の営業活動から生じる損失である限り、リストラクチャリング引当金に含めることはできません。
一方で、これらの支出のなかに、既存契約から逃れられない支払、解約不能リースの負担、解雇給付、法的又は推定的義務となった閉鎖費用が含まれている場合には、別途の検討が必要になります。
| 支出・損失 | IAS第37号上の整理 |
|---|---|
| 将来の赤字営業損失 | 引当金として認識しない |
| 赤字契約から逃れられない不可避的損失 | 不利な契約として検討 |
| 撤退予定事業の資産の回収不能 | IAS第36号の減損として検討 |
| 売却予定資産・処分グループ | IFRS第5号の分類・測定を検討 |
| 解雇給付 | IAS第19号の認識要件を検討 |
| 契約解除違約金 | 法的義務として引当金の可能性を検討 |
| 閉鎖後の新規投資・移転費 | 通常、リストラクチャリング引当金には含めない |
将来損失の見込みがあるとき、会計上の問いは「損失をどの科目に積むか」ではありません。「それは現在の義務なのか、資産の減損なのか、将来営業損失なのか」を切り分けること。ここに尽きます。
リストラクチャリングとは何か
IAS第37号におけるリストラクチャリングとは、経営者によって計画・管理され、企業の事業範囲又は運営方法を重要に変更するプログラムをいいます。例として、事業ラインの売却・廃止、一定の国又は地域における事業拠点の閉鎖、事業活動の移転、管理構造の変更、企業活動の性質や焦点に重要な影響を与える抜本的な組織再編などが挙げられています。
出典:IFRS Foundation|International Accounting Standard 37 Provisions, Contingent Liabilities and Contingent Assets
ここで注意したいのは、リストラクチャリングという経営用語と、IAS第37号上のリストラクチャリング引当金とは、必ずしも一致しないという点です。
経営の現場では、組織再編、コスト削減、拠点統合、グループ再編、PMI、業務改革、DX、経営合理化などを、広く「リストラクチャリング」と呼ぶことがあります。しかし会計上、引当金として認識できるのは、IAS第37号の一般的な引当金認識要件を満たし、かつリストラクチャリングについて推定的義務が発生している場合に限られます。
詳細な公式計画だけでは足りない
IAS第37号では、リストラクチャリングに関する推定的義務は、企業が詳細な公式計画を有し、かつ、その計画の実行を影響を受ける関係者に期待させたときに生じます。
詳細な公式計画には、少なくとも、対象となる事業又はその一部、影響を受ける主な拠点、退職給付の対象となる従業員の所在地・職能・概数、実施される支出、計画の実施時期が含まれていなければなりません。そのうえで企業は、計画の実行を開始するか、又は計画の主要な内容を影響を受ける関係者に公表することにより、関係者に妥当な期待を生じさせている必要があります。
出典:IFRS Foundation|International Accounting Standard 37 Provisions, Contingent Liabilities and Contingent Assets
つまり、取締役会や経営会議でリストラクチャリングを決定しただけでは、通常、引当金の認識には足りません。内部決定はたしかに重要な証拠です。しかしそれだけでは、外部の関係者に対して、企業が実行を避けられない状態をつくり出したとまではいえないからです。
実務上は、次の二段階で判断していきます。
| 段階 | 確認すべき内容 |
|---|---|
| 詳細な公式計画 | 対象事業、対象拠点、対象従業員、支出内容、実施時期が具体化しているか |
| 期待形成 | 実行着手又は十分具体的な公表により、従業員・顧客・仕入先等に実行されるという妥当な期待を生じさせたか |
詳細な公式計画が存在していても、関係者に対する期待形成がなければ、企業にはまだ計画を変更できる余地が残ります。逆に、外部に公表していても、内容が抽象的で、対象・時期・支出が具体化していなければ、推定的義務が生じたとは判断しにくくなります。
公表・実行着手の時点が決算日をまたぐ場合
リストラクチャリングの会計処理では、決算日前後のどの時点で何が起きたかという判断が重要になります。
IAS第37号は、報告期間末日前に経営者又は取締役会がリストラクチャリングを決定していても、同日までに計画の実行へ着手していない、又は影響を受ける関係者に主要な内容を十分具体的に公表していない場合には、報告期間末日時点で推定的義務は生じないとしています。報告期間の後に実行着手又は公表があった場合には、重要であればIAS第10号に基づく後発事象の開示が必要となる可能性があります。
出典:IFRS Foundation|International Accounting Standard 37 Provisions, Contingent Liabilities and Contingent Assets
これは、監査対応でも頻繁に問題になる論点です。
決算日の前に「方針決定」だけがあり、決算後になって従業員説明会、取引先への通知、閉鎖の発表、退職の募集、公表資料のリリースが行われる。こうしたケースでは、決算日時点で推定的義務があったのかどうかを、慎重に見極めなければなりません。
| 決算日前後の状況 | 会計上の方向性 |
|---|---|
| 決算日前に詳細計画があり、実行着手又は関係者への具体的公表も済んでいる | 引当金認識を検討 |
| 決算日前に取締役会決定のみがある | それだけでは通常、推定的義務は生じない |
| 決算後に初めて公表又は実行着手した | 重要であれば後発事象開示を検討 |
| 決算日前に抽象的な方針のみを公表した | 十分具体的な期待形成があるかを慎重に判断 |
| 決算日前に従業員・取引先との交渉が実質的に完了し、承認と通知のみ残っていた | 具体的事実に基づき推定的義務の有無を検討 |
見るべきは「いつ決めたか」ではなく、「いつ企業が実行を避けられない状態になったか」。ここが判断の軸になります。
リストラクチャリング引当金に含められる支出
リストラクチャリング引当金に含められるのは、リストラクチャリングから直接発生し、かつ、これに必然的に伴い、企業の継続的活動に関連しない支出に限られます。
IAS第37号は、リストラクチャリング引当金には、リストラクチャリングに必然的に伴い、かつ企業の継続的活動に関連しない直接支出だけを含めるとしています。継続する従業員の再教育・配置転換、マーケティング、新システムや販売網への投資などは、含めないとされています。
出典:IFRS Foundation|International Accounting Standard 37 Provisions, Contingent Liabilities and Contingent Assets
実務上、リストラクチャリング費用として予算化される支出のすべてが、そのまま引当金に含められるわけではありません。会計上は、次のように切り分けていきます。
| 支出項目 | リストラクチャリング引当金への含め方 |
|---|---|
| 事業閉鎖に直接必要な解約不能支出 | 現在の義務があれば含める可能性がある |
| 契約解除違約金 | 契約上の義務があり、支出が不可避であれば含める可能性がある |
| 解雇給付 | IAS第19号の認識要件を満たす場合に検討 |
| 閉鎖拠点の原状回復義務 | IAS第37号又は関連基準に基づき別途検討 |
| 継続従業員の再教育・配置転換 | 通常、含めない |
| 新システム導入費用 | 通常、含めない |
| 新販売網・新拠点への投資 | 通常、含めない |
| マーケティング費用 | 通常、含めない |
| 撤退までの将来営業損失 | 原則として含めない |
| 資産売却益の見込み | 引当金の測定から控除しない |
経営管理の観点では、これらをまとめて「構造改革費用」として予算管理することがあります。しかしIFRS財務報告の上では、引当金、減損、従業員給付、資産計上、将来費用へと分解して処理していく必要があります。
売却を伴うリストラクチャリングでは、拘束力ある売却契約が重要になる
事業売却を伴うリストラクチャリングでは、さらに注意が必要です。
IAS第37号は、事業売却については、企業が売却にコミットするまで、すなわち拘束力ある売却契約が存在するまで、義務は生じないとしています。たとえ企業が事業売却を決定し、公表していたとしても、買い手が特定され、拘束力ある売却契約が締結されるまでは、企業は考えを変えることができるからです。受け入れ可能な条件で買い手が見つからなければ、別の方針を取らざるを得ません。
出典:IFRS Foundation|International Accounting Standard 37 Provisions, Contingent Liabilities and Contingent Assets
もっとも、売却がリストラクチャリング全体の一部である場合、売却以外の部分については、拘束力ある売却契約がなくても推定的義務が生じることがあります。たとえば、事業売却とは別に、拠点閉鎖、契約解除、退職給付、資産撤去などについて詳細な公式計画と期待形成があるのなら、それらは個別に検討します。
ここでも、会計上は「売却プロジェクト全体」を一括処理せず、構成要素ごとに整理していきます。
| 構成要素 | 主な適用基準 |
|---|---|
| 事業売却のコミットメント | IAS第37号、IFRS第5号 |
| 売却予定資産・処分グループ | IFRS第5号 |
| 閉鎖予定資産の減損 | IAS第36号 |
| 解雇給付 | IAS第19号 |
| 解約不能契約 | IAS第37号 |
| 売却関連のPPA・企業結合 | IFRS第3号 |
| 税効果 | IAS第12号 |
退職給付・解雇給付はIAS第19号との接続が必要
リストラクチャリングでは、従業員に対する退職給付や解雇給付が問題になる場面が数多くあります。
IAS第19号では、解雇給付について、企業がその給付の申出を撤回できなくなった日、又はIAS第37号の範囲に含まれ解雇給付の支払を伴うリストラクチャリング費用を認識した日のいずれか早い日に、負債及び費用を認識するとされています。さらに、企業の意思決定による雇用終了に関する解雇給付については、対象従業員に対して、重要な変更が行われる可能性の低い計画を伝達していること、そしてその計画が対象従業員数、職種又は機能、所在地、完了予定日、給付内容を十分具体的に特定していることが求められます。
出典:IFRS Foundation|International Accounting Standard 19 Employee Benefits
このため、リストラクチャリングに伴う従業員関連費用を、すべてIAS第37号のリストラクチャリング引当金に入れてしまうのは適切ではありません。IAS第19号の認識要件・測定要件も、あわせて確認します。
とりわけ、次の切り分けが重要になります。
| 従業員関連支出 | 会計上の考え方 |
|---|---|
| 雇用終了そのものと引き換えに支払う給付 | IAS第19号の解雇給付として検討 |
| 退職日まで勤務することを条件とする追加給付 | 勤務サービスの対価として期間配分する可能性 |
| 継続従業員の再教育費 | 通常、リストラクチャリング引当金には含めない |
| 継続従業員の配置転換費 | 通常、リストラクチャリング引当金には含めない |
| 既存の退職給付制度の条件変更 | IAS第19号の制度改訂・清算・縮小を検討 |
実務では、早期退職の募集、一時金、特別加算金、退職日までの給与、再就職支援、配置転換支援などが、一つの制度としてまとめて設計されることがあります。会計上は、そのそれぞれが雇用終了の対価なのか、将来勤務の対価なのか、あるいは継続活動に関連する支出なのかを、丁寧に切り分けていく必要があります。
企業結合後のリストラクチャリングにも注意が必要
M&A後のPMIでは、買収後に重複拠点の閉鎖、人員整理、システム統合、販売網の再編、ブランドの統合などが行われることがあります。経営上は、買収の時点からすでに統合計画が存在していることも少なくありません。
しかし、IFRS第3号における取得法では、取得日に存在する被取得企業の識別可能資産・負債を認識します。取得企業が買収後に実施するリストラクチャリング計画は、取得日時点で被取得企業に現在の義務が存在していない限り、通常、企業結合時の負債としては認識されません。企業結合の実務では、取引が企業結合に該当するか、取得法をどのように適用するか、取得関連費用や偶発負債をどう扱うかが、主要な論点になります。
したがって、M&A後の統合費用については、取得対価の配分、PPA、偶発負債、のれん、取得後費用を切り分けて考える必要があります。買収価格に統合コストを織り込んでいたとしても、それだけでIFRS財務諸表上の負債になるわけではないのです。
日本基準との発想の違い
日本基準では、引当金について企業会計原則注解18が根本的な考え方を示してきました。将来の特定の費用又は損失であること、当期以前の事象に起因すること、発生の可能性が高いこと、金額を合理的に見積れること。これらが要件として整理されてきた一方で、日本には引当金に関する包括的な会計基準が存在せず、個別基準等によって補完されている点に特徴があります。
これに対しIFRSでは、IAS第37号が引当金、偶発負債、偶発資産を包括的に扱い、現在の義務を中心に認識を判断します。そのため、日本基準の実務感覚のまま「将来の費用又は損失」「当期以前の事象」「保守的な見積り」と捉えていると、IFRSの下では、現在の義務の有無や推定的義務の形成、将来営業損失との切り分けを十分に説明しきれないことがあります。
とりわけ不利な契約・リストラクチャリングでは、次の違いに注意が必要です。
| 論点 | 実務上の注意 |
|---|---|
| 引当金の入口 | IFRSでは現在の義務を中心に判断する |
| リストラクチャリング | 内部決定だけでは通常足りず、詳細計画と期待形成が必要 |
| 将来営業損失 | IFRSでは引当金として認識しない |
| 不利な契約 | 契約履行コストと不履行時コストの低い方を不可避的コストとして判定する |
| 契約履行コスト | 増分コストだけでなく、契約に直接関連するコスト配賦も含める |
| 減損との順序 | 契約関連資産の減損を先に認識する |
| 開示 | 引当金の性質、時期、不確実性、主要仮定の説明が重要 |
開示で説明すべきこと
不利な契約やリストラクチャリング引当金を認識した場合には、IAS第37号の開示要求に従い、引当金の種類ごとに期首・期末の残高、追加計上額、使用額、戻入額、割引の巻戻しや割引率変更の影響を開示します。あわせて、義務の性質、支出の時期、金額又は時期に関する不確実性、主要な仮定、補償の見込額についても説明する必要があります。
出典:IFRS Foundation|International Accounting Standard 37 Provisions, Contingent Liabilities and Contingent Assets
不利な契約では、契約の性質、残存期間、不可避的コストの算定方法、契約履行コストに含めた支出、違約金との比較、関連資産の減損との関係が重要になります。
リストラクチャリング引当金では、計画の内容、対象事業、支出の時期、直接支出の範囲、見積りの不確実性、実行状況、そして使用額・戻入額の理由が重要になります。
開示で大切なのは、財務諸表の利用者が「なぜその引当金が現在の義務として認識され、どの程度の不確実性を伴うのか」を理解できることです。抽象的な注記では、監査上も、利用者への説明という点でも不十分になりがちですから、会計方針、重要な判断、見積りの不確実性の開示との整合性を確かめておきます。
監査対応で必要となる証拠
不利な契約・リストラクチャリング引当金は、監査上、経営者の判断、見積り、契約分析、法務判断が集中する領域です。最終的な引当金額だけでなく、認識の時点、対象範囲、除外した費用、見積りの方法、開示の判断まで、一つひとつ説明できるようにしておく必要があります。
実務上、整理しておきたい資料は次のとおりです。
| 資料区分 | 主な内容 |
|---|---|
| 契約資料 | 契約書、発注書、基本契約、覚書、解約条項、違約金条項 |
| 不利判定資料 | 契約履行コスト、経済的便益、違約金、解約可能性、残存期間 |
| 減損資料 | 契約関連資産の帳簿価額、回収可能価額、減損テスト |
| リストラクチャリング計画 | 対象事業、対象拠点、対象従業員、支出内容、実施時期 |
| 期待形成の証拠 | 社外公表、従業員説明、取引先通知、実行着手、議事録 |
| 従業員関連資料 | 退職給付制度、対象者、給付内容、撤回可能性、IAS第19号判定 |
| 見積り資料 | 支出額、支出時期、割引計算、感応度、外部見積書 |
| 開示資料 | IAS第37号注記、重要な判断、見積り不確実性、後発事象 |
| 内部統制資料 | 法務・事業部門・人事・経理の情報連携、承認プロセス、レビュー履歴 |
会計上の見積りでは、経営者の仮定や将来予測が財務諸表に大きく影響します。それだけに、監査の場でも詳細な説明を求められやすい領域です。見積額と実績に乖離が生じたときには、その乖離が新たな事象によるものなのか、それとも当初の見積り時点で当然考慮すべき事項を反映していなかったことによるものなのかを、検討しておく必要があります。
最新動向:IAS第37号のターゲット改善
IASBは2024年11月12日、IAS第37号に関する公開草案 “Provisions—Targeted Improvements” を公表しました。この公開草案は、IAS第37号について、現在の義務の認識要件、引当金の測定、割引率等に関する改善を提案するものです。コメント期限は2025年3月12日でした。IFRS財団のプロジェクトページによれば、2026年6月22日のIASB会議ではプロジェクト完了に向けた計画が議論されたものの、意思決定は行われておらず、次のマイルストーンは最終改訂とされています。
出典:IFRS Foundation|Provisions—Targeted Improvements
したがって、2026年7月15日時点では、現行のIAS第37号に基づいて不利な契約・リストラクチャリング引当金を判断しつつ、最終改訂が公表された場合には、現在の義務、測定対象コスト、割引率、開示への影響を確認していくことになります。
実務上の検討手順
不利な契約・リストラクチャリング引当金を検討する際には、次の順序で整理していくと、論点が混ざりにくくなります。
| 手順 | 検討内容 |
|---|---|
| 1 | 対象事象が不利な契約、リストラクチャリング、将来営業損失、減損、退職給付のどれに該当するかを分解する |
| 2 | IAS第37号の範囲か、IFRS第15号、IFRS第16号、IAS第19号、IAS第36号、IFRS第5号等が優先するかを確認する |
| 3 | 不利な契約について、解約可能性、違約金、契約履行コスト、経済的便益を整理する |
| 4 | 契約履行コストに、契約に直接関連する増分コストとその他の直接関連コスト配賦が含まれているかを確認する |
| 5 | 契約関連資産の減損を先に検討する |
| 6 | 将来営業損失を引当金に含めていないかを確認する |
| 7 | リストラクチャリングについて、詳細な公式計画があるかを確認する |
| 8 | 実行着手又は関係者への具体的な公表により、妥当な期待が生じているかを確認する |
| 9 | 引当金に含める支出が、直接発生し、必然的に伴い、継続活動に関連しないものに限定されているかを確認する |
| 10 | 解雇給付についてIAS第19号の認識要件を検討する |
| 11 | 報告期間末日前後の決定・公表・実行着手の時点を整理する |
| 12 | 開示、後発事象、監査証拠、内部承認を文書化する |
この手順を踏むことで、経営上の「構造改革費用」を、IFRS上の会計処理単位へと分解していくことができます。
相談を検討すべき場面
不利な契約・リストラクチャリング引当金は、経営判断そのものと深く結びついています。契約を続けるか、解除するか。事業を閉鎖するか、売却するか。従業員にどう説明し、どの時点で公表するか。その一つひとつによって、会計処理と開示が変わってくる可能性があります。
とりわけ、次のような場面では、早い段階で論点を整理しておくことが大切です。
| 状況 | 専門的検討が必要となる理由 |
|---|---|
| 長期契約が赤字化している | 不利な契約か、将来営業損失か、減損かを切り分ける必要がある |
| 契約解除・違約金・最低購入義務がある | 不可避的コストの算定が必要 |
| 契約関連の専用資産がある | 引当金より先に減損を検討する必要がある |
| 事業撤退・店舗閉鎖・拠点統廃合を検討している | 詳細計画と期待形成の有無を確認する必要がある |
| 従業員への退職募集・解雇給付がある | IAS第19号との切り分けが必要 |
| 決算日前後にリストラクチャリングを公表する予定がある | 認識時点と後発事象開示の整理が必要 |
| M&A後のPMI・組織再編費用がある | 取得時負債、取得後費用、のれん、減損の切り分けが必要 |
| 監査人から引当金の根拠を求められている | 契約・計画・見積り・公表資料・内部承認の証拠化が必要 |
犬飼公認会計士・税理士事務所では、IFRSに関する会計処理を、基準本文の確認だけにとどめず、取引の実態、契約条件、経営者の意思決定、見積りの前提、監査証拠、そして表示・開示まで含めた実務判断として整理する支援を行っています。
不利な契約、リストラクチャリング引当金、事業撤退、解雇給付、M&A後の統合費用、契約損失、減損との切り分けについて、会計処理の結論だけでなく、監査対応資料や開示方針まで整理したいという場合は、対象となる契約、リストラクチャリング計画、社内承認資料、関係者への通知状況、見積り資料を整えたうえで、お問い合わせページよりご相談ください。
この記事の振り返り
| 論点 | 重要ポイント |
|---|---|
| 不利な契約の定義 | 不可避的コストが契約から得られる経済的便益を上回る契約 |
| 不可避的コスト | 契約履行コストと、不履行時の補償・違約金のいずれか低い方 |
| 契約履行コスト | 増分コストだけでなく、契約に直接関連するその他のコスト配賦も含める |
| 解約可能契約 | 補償なしで解約できる契約は、通常、現在の義務がない |
| 減損との順序 | 不利な契約引当金の前に、契約履行に使用する資産の減損を認識する |
| 将来営業損失 | IAS第37号上、引当金として認識しない。減損の兆候となり得る |
| リストラクチャリング | 経営者が計画・管理し、事業範囲又は運営方法を重要に変更するプログラム |
| 推定的義務 | 詳細な公式計画と、実行着手又は具体的公表による期待形成が必要 |
| 取締役会決定 | 内部決定だけでは、通常、リストラクチャリング引当金の認識には足りない |
| 決算後の公表 | 決算後に初めて公表・実行着手した場合、重要であれば後発事象開示を検討 |
| 売却を伴う再編 | 事業売却については、拘束力ある売却契約が成立するまで義務は生じない |
| 含められる支出 | リストラクチャリングに必然的に伴い、継続活動に関連しない直接支出に限定 |
| 含めない支出 | 継続従業員の再教育、配置転換、マーケティング、新システム投資、将来営業損失 |
| 解雇給付 | IAS第19号に基づき、撤回不能時又は関連するリストラクチャリング費用認識時に検討 |
| M&A後のPMI | 買収後の統合費用は、取得日時点の負債か取得後費用かを慎重に切り分ける |
| 開示 | 引当金の調整表、義務の性質、支出時期、不確実性、主要仮定を説明する |
| 監査対応 | 契約、計画、通知、見積り、減損、従業員給付、開示の証拠化が必要 |
| 最新動向 | IAS第37号のターゲット改善プロジェクトが進行中であり、最終改訂後の影響確認が必要 |