医療機関経営のダッシュボードに入れるべきKPI

医療機関の経営数字は、見ようと思えば、いくらでも増やせます。

患者数、初診数、再診数、診療単価、売上、利益、人件費率、材料費率、委託費率、未収金、現預金、借入返済、広告費、予約数、キャンセル数、待ち時間、採用応募数、離職率、施設基準、返戻・査定、部門別採算。挙げていけばきりがありません。

しかし、数字を多く並べたからといって、経営がよく見えるようになるわけではありません。

むしろ、KPIが多すぎる医療機関ほど、毎月の会議では「結局、何が問題なのか」「次に何を決めるのか」が曖昧になりがちです。かといって、売上と患者数だけを見ていると、資金繰り、人件費、未収金、借入返済、採用・離職、部門別採算といった重要な変化を見落としてしまいます。

医療機関経営のダッシュボードは、数字を飾るための資料ではありません。毎月、同じ前提で自院の状態を確認し、必要な判断を遅らせないための、経営管理の道具です。

この記事では、クリニック・診療所・医療法人の経営者が、月次で確認すべきKPIをどのように選び、どのようにダッシュボードへ落とし込むべきかを整理してみます。

目次

ダッシュボードは「一覧表」ではなく「判断の入口」である

まず確認しておきたいのは、ダッシュボードの目的です。

ダッシュボードは、すべての数字を網羅するための資料ではありません。院長・理事長・事務長・経営幹部が、毎月の経営状態を短時間で把握し、次の判断に進むための入口です。

そのため、ダッシュボードには次のような役割があります。

役割内容
変化を早く見る患者数、単価、利益、資金、未収金、人件費などの異常を早期に把握する
原因を分解する売上減少が患者数減なのか、単価低下なのか、来院頻度低下なのかを分ける
資金制約を確認する黒字でも現預金が減っていないか、借入返済後に資金が残るかを見る
組織負荷を把握する人件費率、採用、離職、残業、シフト充足を確認する
次の意思決定につなげる採用、設備投資、広告、在宅展開、分院、法人化、承継準備の判断材料にする

よいダッシュボードは、見た瞬間に「今月、何を議論すべきか」が分かります。

逆に、悪いダッシュボードは、数字は多いのに会議が深まりません。前年同月比が赤字になっている、売上が少し下がった、患者数が増えた——そうした確認だけで終わってしまい、原因分析や改善アクションへ進まないからです。

KPIは、経営者が行動を変えられる数字でなければ意味がありません。

KPIとKGIを混同しない

KPIを考える前に、KGIとの違いを整理しておきましょう。

KGIは、最終的に達成したい経営目標です。たとえば、年間医業収益、経常利益、月末現預金、借入返済後キャッシュ・フロー、分院の黒字化、在宅患者数、承継可能な管理体制の整備などが、これに該当します。

一方、KPIは、そのKGIに向かう途中で確認する管理指標です。

年間売上を伸ばしたいのであれば、月次売上だけでなく、初診数、再診数、診療単価、来院頻度、予約数、キャンセル率、来院動機を見ます。利益を改善したいのであれば、人件費率、材料費率、委託費率、固定費、部門別貢献利益を見ます。資金繰りを安定させたいのであれば、現預金、未収金、借入返済額、税金支払予定、3か月先までの資金繰りを見ます。

経営計画の基本は、経営目標をKGIとして置き、その実現に必要な財務目標・業務目標を分けて設定することにあります。医療機関のダッシュボードでも、単なる数字の羅列ではなく、「どの経営目標を管理するためのKPIなのか」を明確にすることが大切です。

KPIを選ぶときは、次の問いから始めてみてください。

「この数字を見て、何を判断するのか」

この問いに答えられない数字は、ダッシュボードの中心に置くべきではありません。

医療機関のダッシュボードは6つの領域で設計する

医療機関経営のダッシュボードは、次の6つの領域で設計すると整理しやすくなります。

領域主なKPI見る目的
診療・患者患者数、初診率、診療単価、来院頻度売上の構造を把握する
損益・採算売上、利益、人件費率、材料費率、部門別採算利益構造を把握する
資金・安全性現預金、未収金、借入残高、返済額資金ショートを防ぐ
人材・組織採用、離職、残業、人員配置、生産性組織の持続性を見る
患者満足・集患来院動機、予約、待ち時間、クレーム、再来患者基盤を守る
管理・説明責任返戻・査定、施設基準、資料提出、月次締め外部説明に耐える体制を整える

すべての医療機関が、同じKPIを同じ重みで見る必要はありません。

外来中心の内科、皮膚科、整形外科、歯科、自由診療中心のクリニック、在宅医療を行う診療所、有床診療所、分院を展開する医療法人——それぞれで、見るべき数字は異なります。

ただし、この6領域のうち、どれか一つが完全に抜け落ちている場合には注意が必要です。

売上だけを見て資金を見ない。患者数だけを見て人件費を見ない。利益だけを見て未収金を見ない。採用数だけを見て離職を見ない。広報だけを見て来院動機を見ない。月次試算表だけを見て、施設基準や返戻・査定を見ない。

こうした偏りがあると、経営判断はどうしても後手に回ってしまいます。

1. 診療・患者KPI——売上を患者数と単価に分解する

医療機関の売上は、まず患者数と診療単価に分けて見ます。

売上が増えた、減ったという結果だけでは、原因は見えてきません。

患者数が減ったのか。初診が減ったのか。再診が減ったのか。診療単価が下がったのか。来院頻度が落ちたのか。健診や予防接種といった季節要因なのか。あるいは、在宅や自由診療など別の機能が伸びたのか。

ここを分けて見なければ、改善策もまた曖昧なものになってしまいます。

ダッシュボードに入れるべき診療・患者KPI

KPI見るポイント
延患者数月間の診療量を見る。前年同月比、前月比、診療日数あたりで確認する
実患者数患者基盤そのものの増減を見る
初診数新しい患者流入の状態を見る
初診率集患力と患者構造を見る。高すぎる場合は再診化の弱さ、低すぎる場合は入口の弱さを疑う
再診数継続患者の安定性を見る
診療単価患者1人あたり売上を見る。診療内容、検査、医学管理、自由診療の構成を確認する
来院頻度実患者がどの頻度で来院しているかを見る
予約数・予約枠稼働率診療枠の使われ方を見る
キャンセル率・無断キャンセル率患者さんの行動と予約運用の課題を見る
診療日数あたり患者数月の日数差を補正して見る

診療所経営では、患者数、初診率、診療圏、損益分岐点、人件費率、来院頻度などを組み合わせて読むことが欠かせません。患者数だけを単独で見ていると、診療科差、患者単価、来院頻度、運営負荷を見誤ることがあります。

特に注意したいのは、「患者数が増えているからよい」と単純に判断しないことです。

患者数が増えていても、単価が下がっている場合があります。初診が増えていても、再診につながっていない場合があります。外来が混んでいても、スタッフが疲弊し、患者満足が下がっている場合もあります。診療時間が延びていても、院長の時間がすでに限界に近い、ということもあるでしょう。

患者KPIは、あくまで売上の入口を見る数字であって、経営の結論ではありません。

2. 損益・採算KPI——売上ではなく利益構造を見る

次に、損益です。

売上が伸びている医療機関でも、利益が残らないことがあります。その理由は、費用構造にあります。

人件費が増えている。材料費が増えている。委託費が増えている。広告費が増えている。リース料・減価償却費が重い。設備更新後の保守料が増えている。あるいは、分院や在宅部門の立ち上げコストが本院の利益を圧迫している。

ですから、ダッシュボードでは、売上と同時に利益構造を見ていきます。

ダッシュボードに入れるべき損益・採算KPI

KPI見るポイント
医業収益・売上全体売上、診療機能別売上、前年同月比を確認する
医業利益・本業利益本業として利益が残っているかを見る
経常利益借入利息等を含めた通常の利益水準を見る
利益率売上に対してどれだけ利益が残るかを見る
人件費率職種別人員、採用、残業、賞与、社会保険料と合わせて見る
材料費率診療材料、医薬品、自由診療材料、棚卸との整合性を見る
委託費率検査外注、清掃、給食、労務・経理委託等の増減を見る
広告費率初診数、来院動機、自由診療売上と合わせて見る
減価償却費・リース料設備投資負担を見る
部門別・機能別採算外来、在宅、検査、自由診療、病床、介護、分院の採算を見る

医療機関の経理体制では、医業収益管理、債権債務管理、資金管理、予算管理、管理会計などを分けて整えることが大切です。経理規程の考え方としても、資金会計、業務会計、棚卸資産会計、固定資産会計、予算管理会計などを体系的に整理しておくことが望まれます。

損益KPIのなかで、特に重視したいのが人件費率です。

医療機関において、人件費は単なる削減対象ではありません。診療体制、患者満足、医療安全、スタッフの定着を支える基盤です。

ただし、人件費率が高止まりしている場合には、必ずその原因を確認します。

人員数が過剰なのか。診療単価が低いのか。患者数が不足しているのか。残業が増えているのか。教育期間中の人件費が先行しているのか。あるいは、部門別に見ると特定の機能だけ人件費負担が重いのか。

人件費を削る前に、その人件費がどの診療価値を支えているのかを見極める必要があります。

3. 資金・安全性KPI——黒字でも資金が残るとは限らない

医療機関のダッシュボードに、必ず入れていただきたいのが資金KPIです。

損益計算書が黒字でも、資金繰りが苦しい医療機関は、決して珍しくありません。

その理由は、はっきりしています。

借入金の元本返済は、損益計算書上の費用ではありません。設備投資は、支払時に現金が出ていきますが、損益上は減価償却で分割されます。税金の支払は、決算後や予定納税のタイミングで資金を圧迫します。未収金が増えれば、売上は計上されても現金は増えません。賞与月、社会保険料、家賃、リース料、保守料が重なる月には、資金が大きく減ります。

ですから、月次ダッシュボードでは、利益と現預金を必ず並べて見るべきなのです。

ダッシュボードに入れるべき資金・安全性KPI

KPI見るポイント
月末現預金手元資金の増減を見る
現預金月商倍率何か月分の売上に相当する現金を持っているかを見る
資金繰り予定少なくとも3か月先までの支払予定を見る
医業未収金保険請求分、窓口未収、自由診療未収を分けて見る
未収金回収日数回収が遅れていないかを見る
借入残高金融機関別ではなく全体残高を見る
月間元本返済額毎月の固定返済負担を見る
支払利息金利負担を見る
税引後利益+減価償却費−元本返済返済後に資金が残るかを見る
設備投資予定将来の資金流出を見る

医療法人会計の内部管理では、診療報酬の請求先、審査支払機関への請求、入金、未収金管理、窓口収納など、収益と資金をつなぐ管理が重要になります。未収金を売上と切り離して管理してしまうと、利益は出ているのに資金が残らない、という状態を見落としかねません。

資金KPIのなかでも、とりわけ重要なのが月末現預金と借入返済です。

月末現預金は増えているか。利益が出ているのに、現金が減っていないか。元本返済後に資金が残っているか。賞与や税金の支払月に耐えられるか。設備更新をしても資金繰りが崩れないか。

ここまで見て、初めて投資判断や採用判断が現実的なものになります。

4. 人材・組織KPI——人件費率だけでは組織の状態は分からない

医療機関経営では、人材KPIを軽視してはいけません。

スタッフが定着しない医療機関は、採用費が増え、教育負担が増え、院内コミュニケーションが不安定になり、やがて患者満足にも影響していきます。

人件費率はもちろん重要です。しかし、人件費率だけでは、組織の状態までは見えてきません。

ダッシュボードに入れるべき人材・組織KPI

KPI見るポイント
職種別人員数医師、看護師、受付、医療事務、技師、療法士等の体制を見る
常勤・非常勤比率固定費と柔軟性のバランスを見る
採用応募数採用活動の入口を見る
面接数・内定数・入職数採用プロセスの歩留まりを見る
離職数・離職率組織の安定性を見る
勤続年数定着状況を見る
残業時間現場負荷を見る
有給取得・欠勤シフト運用と働きやすさを見る
研修実施状況教育・医療安全・接遇の仕組みを見る
職種別生産性人員配置と売上・患者対応の関係を見る

スタッフの採用・教育・定着では、採用基準、就業規則、院内ルール、教育、定着の仕組みを整えることが大切です。患者満足もまた、接遇や印象だけの問題ではありません。スタッフの行動、院内コミュニケーション、継続来院に影響する経営指標として捉える必要があります。

2024年4月からは、医師の働き方改革に関する新たな制度が施行されました。これにより、勤務環境の改善、労働時間の管理、医師労働時間短縮計画への対応など、医療機関に求められる範囲は着実に広がっています。
出典:厚生労働省|医師の働き方改革

クリニックであっても、「院長が少し無理をすれば回る」という見方は、長期的には危うい判断です。

ダッシュボードでは、患者数や売上だけでなく、院長・勤務医・スタッフの稼働負荷まで見えるようにしておきたいところです。

5. 患者満足・集患KPI——初診数だけでは集患は読めない

集患のKPIも、単に初診数を見るだけでは不十分です。

初診数が増えていても、再診につながっていなければ、患者基盤は安定しません。広告費が増えていても、来院動機が分からなければ、どの施策が効いているのか判断できません。口コミが増えていても、その内容が不満中心であれば、むしろ患者満足の低下を示している可能性すらあります。

ダッシュボードに入れるべき患者満足・集患KPI

KPI見るポイント
来院動機Web、Google、紹介、看板、口コミ、既存患者からの導線を見る
初診予約数入口の需要を見る
初診来院率予約から来院までの歩留まりを見る
再診化率初診の患者さんが継続につながっているかを見る
待ち時間患者満足と運営負荷を見る
キャンセル・無断キャンセル予約運用の課題を見る
クレーム件数・内容患者さんの不満の原因を見る
患者アンケート接遇、説明、待ち時間、院内導線を確認する
口コミ内容評価の高低ではなく、具体的な不満と評価点を見る

広報や集患の数字は、医療広告規制や説明責任とも深く関係します。特に自由診療では、費用、治療期間、リスク、代替選択肢などの説明が重要になります。

また、来院動機を取得するだけでは足りません。問診票で来院動機を把握し、それを初診数、診療単価、再診化率、広告費と結びつけて初めて、経営判断に使える数字になります。クリニックの広報では、公式サイト、Google、問診票、予約導線を連動させて把握することが、実務上とても重要です。

集患KPIは、「広告を増やすかどうか」だけを決めるための数字ではありません。

どの患者層が来ているか。自院が望む診療方針と合っているか。再診につながっているか。患者満足を損なっていないか。広告費に見合う利益が残っているか。

ここまで見て、初めて広報投資の判断ができます。

6. 管理・説明責任KPI——外部に説明できる医療機関になる

医療機関のダッシュボードには、管理・説明責任に関するKPIも入れておきたいところです。

これは、大規模病院だけの話ではありません。クリニックや診療所でも、税務調査、金融機関対応、医療法人運営、施設基準、承継、M&Aといった場面では、日常管理の状態が問われます。

ダッシュボードに入れるべき管理・説明責任KPI

KPI見るポイント
月次決算完了日数字がいつ確定するかを見る
資料提出遅延件数経理体制の弱さを見る
未処理証憑件数会計処理の遅れを見る
返戻・査定件数レセプト・請求管理の課題を見る
未収金滞留件数回収管理の課題を見る
施設基準確認状況届出後の継続管理を見る
契約書・議事録整備状況法人運営・承継・M&Aへの備えを見る
固定資産台帳更新状況設備管理、税務、投資判断への備えを見る
棚卸実施状況医薬品・材料管理を見る

医療法人および地域医療連携推進法人は、毎会計年度終了後3か月以内に、事業報告書等を都道府県知事へ届け出る必要があります。また、医療法人は経営情報等についても、都道府県知事への報告が義務づけられています。なお、外部監査の対象となる法人では、経営情報等の報告期限は4か月以内となります。
出典:厚生労働省|医療法人に関する情報の調査及び分析等について

あわせて、厚生労働省は、医療法人会計基準、事業報告書等の様式、医療法人会計基準Q&Aなどを公表しています。制度会計と内部の管理会計は、その目的が異なります。それでも、外部報告に耐える数字を整えるという意味では、月次ダッシュボードの前提となる資料管理・会計処理の精度が大きくものを言います。
出典:厚生労働省|医療法人・医業経営のホームページ

ダッシュボードは、本来、院内用の資料です。

しかし、院内で数字を整えることは、結果として、金融機関、行政、後継者、買い手、外部専門家に説明できる医療機関になることへとつながっていきます。

KPIは「月次」「週次」「日次」に分ける

すべてのKPIを、毎日見る必要はありません。

医療機関のダッシュボードでは、確認頻度を分けることが重要です。

頻度見るKPI目的
日次患者数、予約、キャンセル、窓口現金、クレーム現場運営の異常を早く把握する
週次初診数、予約枠、来院動機、残業、未収発生早期の運用修正につなげる
月次売上、利益、人件費率、現預金、未収金、借入返済、部門別採算経営判断に使う
四半期採用・離職、設備投資、広告効果、事業計画、資金繰り中期的な施策を見直す
年次決算、税務、法人手続、設備更新計画、承継方針外部説明と将来設計に使う

月次ダッシュボードに入れるべき数字と、日々の現場管理に使う数字を混同すると、資料がどんどん重くなってしまいます。

月次ダッシュボードは、経営判断に必要な数字に絞り込んでいきましょう。

よいダッシュボードに必要な5つの条件

医療機関のダッシュボードは、次の5つを満たしている必要があります。

1. 定義が明確である

ひとくちに「患者数」といっても、延患者数なのか、実患者数なのか、診療日数あたりなのかで、その意味は変わります。

「売上」も同じです。医業収益、保険請求、窓口収入、自由診療、税込・税抜、管理会計ベース、会計確定後ベース——どれを指すかで数字は異なります。

定義が曖昧なKPIは、毎月の比較に使えません。

2. 毎月同じ前提で比較できる

ダッシュボードは、前月比、前年同月比、計画比、閾値との比較によって、初めて意味を持ちます。

ところが、月によって定義や集計方法が変わってしまうと、そもそも比較ができません。

速報値と確定値が異なる場合には、どちらをダッシュボードに載せるのか、差異が出たときにどう調整するのかを、あらかじめ決めておく必要があります。

3. アクションにつながる

KPIを見ても、誰も行動しないのであれば、その数字をダッシュボードに載せる優先順位は低いといえます。

たとえば、人件費率が上がっているなら、人員配置、残業、採用計画、診療単価を確認する。未収金が増えているなら、未収発生の原因、請求漏れ、回収ルールを確認する。初診数が減っているなら、来院動機、Web導線、口コミ、診療圏の変化を確認する。

KPIには、次の確認アクションがセットで必要なのです。

4. 責任者が決まっている

数字には、責任者が必要です。

患者数は誰が集計するのか。月次試算表はいつ確定するのか。未収金は誰が確認するのか。採用・離職の数字は誰が管理するのか。施設基準の確認は誰が担当するのか。そして、ダッシュボード全体は誰が更新するのか。

責任者が決まっていないKPIは、継続して運用できません。

5. 院長が見て判断できる粒度である

細かすぎる資料は、かえって経営判断に使いにくくなります。

院長・理事長が最初に見る資料は、1枚で十分です。詳細は、必要に応じて補助資料で確認すればよいのです。

最初の画面で見るのは、たとえば次のような数字です。

患者数。初診率。診療単価。売上。利益。人件費率。現預金。未収金。借入返済。採用・離職。部門別採算。そして、今月の判断事項。

この1枚があるだけで、経営会議の質は大きく変わります。

月次ダッシュボードのひな形

月次ダッシュボードは、次のような構成から始めると、実務に落とし込みやすくなります。

区分KPI今月前月前年同月計画コメント
診療延患者数
診療初診数・初診率
診療診療単価
診療来院頻度
損益医業収益
損益医業利益・利益率
損益人件費率
損益材料費率・委託費率
資金月末現預金
資金未収金残高
資金借入残高・返済額
人材採用応募数・入職数
人材離職数・離職率
患者来院動機・待ち時間
管理月次締め完了日・返戻査定
判断今月決める事項

最初から、完璧なダッシュボードを作る必要はありません。

まずは、毎月継続できること。同じ前提で比較できること。そして、経営判断に使えること。

この3つを優先してください。

外部統計は「自院の答え」ではなく「比較の補助線」として使う

医療機関のKPIを考える際、外部統計や平均値は参考になります。

ただし、平均値は自院の正解ではありません。

診療科、診療圏、患者層、自由診療比率、在宅医療の有無、院外処方、スタッフ体制、設備投資、法人形態——こうした条件によって、適正なKPIは変わってきます。

政府統計である医療経済実態調査は、病院、一般診療所、歯科診療所、保険薬局における医業経営等の実態を明らかにし、社会保険診療報酬に関する基礎資料を整備することを目的とした調査です。第25回調査は、2025年11月26日に公開されています。
出典:政府統計の総合窓口 e-Stat|医療経済実態調査(医療機関等調査) 第25回

外部統計は、自院の数字を考えるうえで確かに有用です。

しかし、外部平均に合わせること自体が目的ではありません。自院の理念、診療方針、患者層、診療圏、資金制約、人材体制に照らして、どのKPIをどの水準で管理するのかを、自ら決めていく必要があります。

ダッシュボード運用でよくある失敗

数字が多すぎて、会議が進まない

多くの数字を並べても、判断に使えなければ意味がありません。

ダッシュボードは、報告資料ではなく、判断資料です。最初は、10〜15個程度の主要KPIから始めるのが現実的でしょう。

患者数と売上だけを見ている

患者数と売上は重要です。ただ、それだけでは経営は見えてきません。

利益、現預金、未収金、借入返済、人件費、採用・離職まで見て、初めて、成長しているのか、それとも無理をしているのかを判断できます。

月次試算表が遅い

月次試算表が翌々月以降にしか出ない状態では、ダッシュボードは経営判断に使いにくくなります。

月次決算の早期化は、KPI運用の前提です。

遅い数字は、税務申告には使えても、経営判断には使いにくいものです。医療機関が月次で資金繰り、採用、設備投資、広報を判断するなら、数字は早く、正確に、同じ前提で出てくる必要があります。

KPIの定義が毎月変わる

管理会計ベースの数字、会計確定後の数字、レセプトベースの数字、入金ベースの数字が混在すると、比較ができません。

速報値と確定値の使い分けを決め、差異が出た場合の扱いも、あらかじめ整理しておきましょう。

KPIを作って終わりにしている

ダッシュボードは、作成すること自体が目的ではありません。

たとえば、初診率が下がっているなら、来院動機、公式サイト、診療圏、口コミ、予約導線を確認する。人件費率が上がっているなら、採用計画、シフト、人員配置、残業、診療単価を確認する。現預金が減っているなら、未収金、借入返済、設備支払、税金、賞与を確認する。

KPIは、確認後の行動まで設計して、初めて機能します。

院長だけが数字を見ている

院長だけがダッシュボードを見ていても、現場は変わりません。

もちろん、すべての数字を全スタッフに共有する必要はありません。それでも、受付には予約・待ち時間・未収金を、看護師には患者動線・検査・処置を、人事担当には採用・離職・残業を、事務長には月次・資金・施設基準を——というように、役割ごとに必要な数字を共有しておくことが大切です。

数字は、責めるためのものではありません。現場と経営を、同じ方向へ向けるために使うべきものです。

ダッシュボードを整える順番

医療機関でダッシュボードを作る場合、いきなり高度なBIツールやシステム導入から始める必要はありません。

むしろ、最初に必要なのは、経営判断の整理です。

1. まず「何を判断したいか」を決める

採用すべきか。設備投資すべきか。広告費を増やすべきか。在宅医療を始めるべきか。分院を出すべきか。借入を増やしてよいか。自由診療を伸ばすべきか。承継に向けて何を整えるべきか。

判断したいテーマが明確になると、必要なKPIも自然と絞られていきます。

2. KGIを決める

次に、最終目標を置きます。

年間売上。医業利益。月末現預金。借入返済後キャッシュ・フロー。人件費率。部門別黒字化。在宅患者数。初診数。離職率。月次決算完了日。

KGIが曖昧なままKPIを作ると、数字が増えるだけで、肝心の判断軸が定まりません。

3. KPIを絞る

KPIは、KGIに影響する先行指標に絞ります。

売上を伸ばすなら、患者数、初診数、再診数、単価、来院頻度。利益を守るなら、人件費率、材料費率、委託費率、部門別採算。資金を守るなら、現預金、未収金、借入返済、税金支払予定。組織を守るなら、採用、離職、残業、職種別人員。外部説明に備えるなら、月次締め、契約書、議事録、施設基準、未収金、固定資産台帳。

ここで大切なのは、「見るべき数字」ではなく、「判断に使う数字」を選ぶことです。

4. データの出所を決める

KPIごとに、どの資料から取るのかを決めます。

KPI主なデータ元
患者数・初診数・再診数レセコン、電子カルテ、予約システム
診療単価医業収益、患者数、レセプトデータ
売上・利益・人件費率月次試算表、給与データ
現預金通帳、インターネットバンキング、資金繰り表
未収金レセプト請求資料、窓口未収管理表、会計帳簿
借入返済借入一覧、返済予定表
採用・離職採用管理表、労務資料、給与台帳
来院動機問診票、予約フォーム、アンケート
施設基準届出資料、要件確認表、勤務表

データ元が曖昧なKPIは、継続できません。

5. 月次会議で使う

最後に、ダッシュボードを月次会議で使います。

確認すべき問いは、次の3つで十分です。

1つ目は、今月、異常値はどこにあるか。2つ目は、その原因は何か。3つ目は、来月、誰が何をするか。

この3つに答えられれば、ダッシュボードは経営判断において、しっかりと機能しています。

相談前に整理しておきたい資料

医療機関経営のKPIを整えたい場合、専門家に相談する前に、次の資料を確認しておくと、議論がぐっと具体的になります。

資料確認する目的
直近2〜3期分の決算書売上、利益、借入、純資産、安全性を見る
月次試算表毎月の利益推移を見る
レセプト・患者数資料患者数、初診率、診療単価を見る
未収金一覧保険請求、窓口未収、自由診療未収を見る
借入一覧・返済予定表借入残高、元本返済、返済余力を見る
給与台帳・職種別人員表人件費率、配置、残業、採用計画を見る
固定資産台帳・リース一覧設備投資、更新時期、リース負担を見る
広告費・来院動機資料集患施策の効果を見る
採用・離職の記録組織の安定性を見る
施設基準・届出資料継続管理、返還リスクを見る
資金繰り表将来の支払能力を見る
事業計画・予算計画比でKPIを管理する

これらがすべて揃っていなくても、相談は可能です。

むしろ、何が不足しているのかを把握すること自体が、経営管理の第一歩になります。

まとめ:KPIは「見る数字」ではなく「判断する数字」である

医療機関のダッシュボードに入れるべきKPIは、単なる経営指標の一覧ではありません。

患者数、初診率、診療単価、売上、利益、現預金、借入返済、人件費率、未収金、採用・離職。これらは、どれも単独では不十分です。相互に関連づけて、初めて経営判断に使える数字になります。

患者数が増えても、利益が残らなければ意味がありません。利益が出ていても、現預金が減っていれば、資金繰りに注意が必要です。人件費率が上がっていても、それが必要な採用投資なのか、非効率なのかは、分けて考えなければなりません。初診数が増えていても、再診化しなければ、患者基盤は安定しません。借入返済に追われているなら、設備投資や分院展開は慎重に判断すべきです。

ダッシュボードは、感覚だけに頼った経営から、数字と事実に基づく経営へと移行するための基盤です。

最後に、本稿の重要事項を振り返っておきます。

論点入れるべきKPI判断に使うポイント
診療量延患者数、実患者数、診療日数あたり患者数忙しさではなく診療量の変化を見る
患者流入初診数、初診率、来院動機集患力と入口の状態を見る
継続性再診数、再診化率、来院頻度患者基盤が安定しているかを見る
単価診療単価、診療内容別売上売上増減の原因を患者数と分ける
損益売上、医業利益、利益率売上ではなく利益が残っているかを見る
コスト人件費率、材料費率、委託費率費用構造の変化を早く把握する
資金月末現預金、資金繰り予定黒字でも資金が減っていないかを見る
未収金医業未収金、回収日数、滞留件数売上と入金のズレを確認する
借入借入残高、月間返済額、返済後資金投資余力と安全性を見る
人材採用応募数、入職数、離職数、離職率組織の持続性を見る
患者満足待ち時間、クレーム、アンケート、口コミ収益と患者価値の両立を見る
管理体制月次締め完了日、返戻・査定、施設基準確認外部説明に耐える体制を整える
成長判断部門別採算、投資回収、予実差異在宅、分院、自由診療、設備投資の判断に使う

医療機関のKPIを、経営判断に使える形へ整えるために

月次試算表はあるけれど、経営判断には使えていない。患者数や売上は見ているものの、利益・資金・人件費・未収金・借入返済までつながっていない。在宅医療、分院、設備投資、採用を検討しているが、どの数字を見て判断すればよいのか分からない。金融機関、後継者、外部関係者に説明できる月次資料を整えたい。

こうした課題があるとき、まず必要なのは、KPIを増やすことではありません。自院の経営判断に必要なKPIを絞り、月次決算、資金繰り、部門別採算、人材管理、資料管理を、同じ前提で確認できる状態にすることです。

犬飼公認会計士・税理士事務所では、医療機関の月次決算、経営ダッシュボード、資金繰り、部門別採算、予実管理を、院長・理事長が判断に使える数字として整える支援を行っています。

自院の数字を「見て終わり」にするのではなく、採用・投資・資金繰り・承継の判断に使える状態へ整えたいとお考えの方は、犬飼公認会計士・税理士事務所HPのお問い合わせページからご相談ください。

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