「決算書では黒字なのに、通帳を見ると資金が増えていない」
クリニック、診療所、医療法人の経営相談で、本当によく耳にする悩みです。売上は伸びている。患者数も大きく落ちていない。税理士からも「利益は出ています」と言われている。それでも、給与や賞与、税金、借入の返済、医療機器の支払いが重なると、手元の資金にどうしても余裕が出てこない。
こうした状態は、必ずしも会計処理が間違っていることを意味しません。そもそも、損益計算書に並ぶ「利益」と、通帳に残る「資金」は、見ているものが違うのです。
利益とは、一定の期間にどれだけの収益を上げ、どれだけの費用を使ったのかを示す数字です。これに対して資金は、実際に現金や預金がどれだけ増減したのかを示します。医療機関の経営では、この二つを分けて理解しておかないと、設備投資、採用、分院、在宅医療、法人化、承継、M&Aといった大きな判断を誤りかねません。
本記事では、キャッシュ・フロー計算書の細かな会計基準には踏み込みません。あくまで院長・理事長・事務長の方が経営判断に使えるよう、「なぜ利益と資金がズレるのか」という一点を整理していきます。
利益が出ていても、資金が残るとは限らない
損益計算書に表れる利益は、経営状態をつかむうえで欠かせない数字です。赤字が続けば、事業を続けていくこと自体が当然厳しくなります。
ただし、利益が出ていることと、資金繰りが安全であることは、決して同じではありません。
医療機関では、利益とは別のところで、次のような支出や資金の動きが生じます。
- 借入金の元本返済
- 医療機器や内装などの設備投資
- 法人税、所得税、消費税、源泉所得税、社会保険料などの支払い
- 診療報酬や窓口未収金の入金遅れ
- 賞与、退職金、採用費などの一時的な支出
- 在庫、前払費用、保証金などへの資金の固定
- 分院、移転、在宅医療を始める際の先行支出
これらの中には、損益計算書にすぐ費用として反映されるものもあれば、反映されないもの、数年に分けて少しずつ反映されるものもあります。
ですから、「利益が出ているから大丈夫」と判断するのではなく、「その利益は実際に資金として回収できているのか」「借入の返済や設備投資を済ませても、なお資金が残るのか」を確かめておく必要があります。
利益と資金がズレる理由1:売上は計上されても、入金は後になる
医療機関では、診療を行った時点と、実際に入金される時点が一致しないことがよくあります。
保険診療では、患者さんから窓口負担分を受け取り、残りは社会保険診療報酬支払基金や国民健康保険団体連合会などを通じて入金されます。診療した月、請求する月、入金される月には、それぞれ時間差があります。自由診療であっても、クレジットカード決済や医療ローン、未収の患者負担金などがあれば、売上の計上と入金の間にズレが生じます。
損益計算書では、一定の要件を満たせば収益として認識されている。けれども、まだ通帳には入っていない。これが医業未収金です。
特に注意したいのは、売上が伸びている医療機関です。売上が増えれば、医業未収金も増えやすくなります。損益計算書では黒字でも、未収金として資金が固定されているため、手元資金は思ったほど増えない、ということが起こります。
たとえば月末時点で1,000万円の保険診療収入が計上されていても、そのうち入金が翌月以降になる部分があれば、その分は当月の資金繰りには使えません。成長している医療機関ほど、「売上の増加に伴って運転資金も増えていく」という事実を見落としがちです。
確認すべきなのは、売上高だけではありません。
- 医業未収金が増え続けていないか
- 支払基金、国保連、患者負担分、クレジットカード分を分けて管理しているか
- 返戻、査定、保留、未請求分を把握しているか
- 窓口未収金の回収ルールがあるか
- 自由診療や健診、産業医報酬などの入金予定を管理しているか
売上が増えているのに資金が増えない。そんなときにまず見るべきは、「利益率」だけではなく、「未収金として残っている金額」です。
利益と資金がズレる理由2:減価償却費は、支払を伴わない費用である
医療機関は、医療機器、電子カルテ、予約システム、内装、建物附属設備、車両など、多くの固定資産を抱えています。
これらの資産は、購入した時点で全額を費用にするのではなく、原則として使える期間にわたって費用を配分していきます。これが減価償却です。減価償却資産の取得に要した金額は、取得した時に全額が必要経費になるのではなく、その資産を使える全期間にわたって分割しながら必要経費としていく、という考え方です。
出典:国税庁|No.2100 減価償却のあらまし
ここで押さえておきたいのは、減価償却費は「費用」ではあっても、毎月現金が出ていく支出ではない、という点です。
たとえば1,000万円の医療機器を購入し、耐用年数に応じて毎年200万円ずつ減価償却するとします。損益計算書には、毎年200万円の費用が計上されます。しかし、購入時にすでに1,000万円を支払っているのであれば、その後に計上される減価償却費200万円は、通帳から出ていくお金ではありません。
そのため資金繰りを見るときには、税引後利益に減価償却費を足し戻して、借入の返済や設備の更新に使える資金を考えることがあります。
ただし、ここで誤解してはいけません。
減価償却費は「現金支出を伴わない費用」ですが、だからといって自由に使える資金が必ず手元にあるわけではありません。購入時に自己資金を使っていれば、すでにその資金は出ています。借入で購入していれば、これから借入金の元本返済が待っています。
つまり減価償却費は、資金繰りの上ではプラスに見える一方で、設備投資時の支払いや借入返済とセットで考えなければならないのです。
利益と資金がズレる理由3:借入金の元本返済は費用にならない
医療機関の経営で最も見落とされやすいのが、借入金の元本返済です。
借入金を返済すれば、通帳から資金は出ていきます。ところが、元本返済は損益計算書の費用にはなりません。損益計算書に費用として表れるのは、原則として支払利息だけです。元本返済は、貸借対照表の上で借入金が減っていく取引にすぎません。
その結果、次のような状態が生まれます。
- 損益計算書では黒字
- 減価償却費も計上されている
- けれども、借入元本の返済額が大きい
- だから、通帳残高は増えない、あるいは減っていく
特に、開業時、移転時、分院開設時、大型医療機器の導入時、病院の建設時には、多額の借入を行うことがあります。このとき返済期間が短すぎると、利益は出ていても毎月の返済に資金が吸い取られ、資金繰りが慢性的に窮屈になっていきます。
たとえば、税引後利益が年間800万円、減価償却費が年間700万円あれば、単純計算では1,500万円ほどの返済原資があるように見えます。しかし、年間の借入元本返済が2,000万円であれば、利益が出ていても資金は足りません。ここに医業未収金の増加や、税金の支払い、設備の更新が重なれば、資金不足はいっそう鮮明になります。
借入を判断するときに見るべきなのは、「借りられるか」ではありません。
見るべきは、「返せるか」です。
返済能力を見極めるには、少なくとも次の数字を確認しておく必要があります。
- 税引後利益
- 減価償却費
- 年間の借入元本返済額
- 支払利息
- 現預金残高
- 医業未収金の増減
- 今後の設備更新予定
- 税金、賞与、退職金などの一時支出
- 追加借入が必要になる可能性
「銀行が貸してくれるから大丈夫」ではなく、「返済しても診療体制を維持できるか」「返済しても次の投資余力が残るか」。ここを確かめることが大切です。
利益と資金がズレる理由4:税金は、利益が出た後に資金として支払う
税金もまた、利益と資金が大きくズレる要因です。
法人税、地方法人税、法人住民税、法人事業税、所得税、消費税、源泉所得税などは、それぞれ申告と納付の時期が異なります。利益が出た年度の後に納税が発生するため、決算の時点では黒字でも、翌期に税金の支払いで資金が減ってしまう、ということが起こります。
なかでも消費税は、損益計算書の利益とは別の感覚で管理しなければなりません。保険診療は消費税が非課税となる一方、自由診療、健診、予防接種、物販、産業医報酬、介護保険外サービスなどがあれば、課税売上の判定や納税義務、簡易課税、インボイス対応といった論点が出てきます。消費税の中間申告は、直前の課税期間の確定消費税額に応じて、回数も納付期限も変わってきます。
出典:国税庁|No.6609 中間申告の方法
源泉所得税も資金繰りに影響します。給与などから源泉徴収した所得税および復興特別所得税は、原則として支払った月の翌月10日までに納付しなければなりません。給与の支給人員が常時10人未満の源泉徴収義務者には、一定の手続きによって半年分をまとめて納付できる納期の特例があります。ただし、納付資金を別に管理しておかなければ、支払いのときに資金繰りを圧迫することになります。
出典:国税庁|No.2505 源泉所得税及び復興特別所得税の納付期限と納期の特例
税金は、利益が出た結果として発生します。しかし資金繰りの上では、「将来かならず出ていく支払い」です。
ですから、納税額が確定してから慌てて資金を用意するのではなく、月次決算の段階で概算の納税額を把握し、資金繰り表に織り込んでおくことが必要です。最新の納期限や振替日は年度や税目によって変わりますので、国税庁などの公式情報で確認しておきましょう。
出典:国税庁|主な国税の納期限(法定納期限)及び振替日
利益と資金がズレる理由5:設備投資は先に資金が出て、費用化は後になる
医療機関は、設備投資の大きい事業です。
開業時の内装、医療機器、電子カルテ、予約システム、空調、検査機器、車両、在宅医療用の機器、分院の内装と、どうしても投資額が大きくなりがちです。病院や有床診療所であれば、建物、病床、CT、MRI、手術室、厨房、給食、リハビリ設備など、さらに大きな投資判断が求められます。
この設備投資では、資金の出方と費用の出方が大きくズレます。
購入のときには、多額の資金が出ていきます。借入やリースを使う場合でも、頭金、保証金、付随費用、設置費用、運搬費、改修費、消費税の負担などが発生します。一方で損益計算書では、固定資産として計上された後、減価償却によって数年に分けて費用化されていきます。固定資産の取得価額には、購入代価だけでなく、その資産を事業に使えるようにするために直接かかった費用なども含めて考える必要があります。
出典:国税庁|No.5400 減価償却資産の取得価額に含めないことができる付随費用
こうした理由から、設備投資の判断では、節税効果だけに目を向けるのは危険です。
「減価償却できるから」「特別償却が使えるから」「今期の利益を圧縮できるから」という視点だけでは、資金繰りを見誤ります。設備投資で確認すべきなのは、次のような点です。
- 投資総額はいくらか
- 自己資金はいくら必要か
- 借入の返済期間は、設備の使用期間と合っているか
- その設備で、患者数、診療単価、検査件数、業務効率がどう変わるか
- 投資の回収期間はどの程度か
- 更新時期に、再投資できる資金が残るか
- 税金、賞与、既存の借入返済と重なる時期はないか
- 撤退や更新が必要になった場合、残債のリスクはどうなるか
医療機器や内装は、診療の価値を高めるために必要な投資です。しかし、回収の見通しがないまま進めてしまえば、利益は出ていても資金繰りを圧迫し続けることになります。
利益と資金がズレる理由6:成長している医療機関ほど、先に資金が必要になる
売上が伸びている医療機関でも、資金繰りが苦しくなることがあります。
成長に伴って、先行支出が増えていくからです。
たとえば患者数を増やそうとすれば、スタッフの採用と教育、診療時間の拡大、予約システム、広報、待合室の改善、検査機器、在庫、備品などが必要になります。在宅医療を始めるなら、訪問用の車両、携帯端末、在宅用の物品、連携体制、夜間対応、事務負担が生じます。分院や移転では、開設前から家賃、内装費、採用費、広告費、備品購入費が出ていきます。
つまり、成長には資金が要るのです。
売上が増えれば資金も増えると思われがちですが、実際には、売上が増える前に支出が先行します。さらに、売上が計上されても入金が遅れれば、資金は後からしか入ってきません。
このズレに気づかないまま拡大を進めると、次のような状態に陥ります。
- 売上は伸びている
- スタッフも増えている
- 設備も増えている
- 広告費も増えている
- 借入返済も増えている
- けれども、現預金は減っている
これは「成長しているのだから問題ない」と片づけてよい状態ではありません。成長に必要な運転資金をきちんと把握し、資金繰り表で先を見ておく必要があります。
医療機関で使うべき資金繰りの基本式
医療機関の経営で資金の感覚をつかむには、まず次のように考えると整理しやすくなります。
返済・投資に使える基本的な資金
= 税引後利益 + 減価償却費
ただし、実際の資金繰りでは、ここからさらに調整が必要です。
実際に残る資金
= 税引後利益
+ 減価償却費
− 借入金の元本返済
− 設備投資の自己資金支出
− 医業未収金の増加
− 在庫・前払費用・保証金等の増加
− 税金・賞与・退職金などの一時支出
+ 新規借入・補助金等の入金
この式は、厳密な会計基準に沿ったキャッシュ・フロー計算書ではありません。それでも、院長・理事長・事務長の方が経営判断に使ううえでは、たいへん重要な見方です。
毎月の試算表で利益を確かめるだけでなく、「その利益が資金として残っているか」までを確認しておきましょう。
簡単な数値例で見る「黒字なのに資金が減る」状態
次のような医療法人を考えてみます。
| 項目 | 金額 |
|---|---|
| 医業収益 | 1億2,000万円 |
| 現金支出を伴う費用 | 9,000万円 |
| 減価償却費 | 1,000万円 |
| 税引前利益 | 2,000万円 |
| 税金 | 600万円 |
| 税引後利益 | 1,400万円 |
損益計算書の上では、税引後利益1,400万円の黒字です。
減価償却費1,000万円は、当期に現金支出を伴わない費用です。ですから単純に見れば、税引後利益1,400万円に減価償却費1,000万円を足した2,400万円が、借入返済などに使える基本的な資金に見えます。
ところが、実際には次のような支出がありました。
| 資金支出・資金固定 | 金額 |
|---|---|
| 借入金元本返済 | 1,800万円 |
| 医療機器の更新自己資金 | 700万円 |
| 医業未収金の増加 | 500万円 |
| 賞与支払による一時支出 | 400万円 |
これを踏まえると、資金の動きは次のようになります。
| 計算項目 | 金額 |
|---|---|
| 税引後利益 | 1,400万円 |
| 減価償却費の加算 | 1,000万円 |
| 借入金元本返済 | △1,800万円 |
| 医療機器更新の自己資金 | △700万円 |
| 医業未収金の増加 | △500万円 |
| 賞与支払 | △400万円 |
| 差引の資金増減 | △1,000万円 |
この医療法人は、損益計算書では黒字です。しかし、資金は1,000万円減っています。
これが一時的なものであれば、資金繰り表で管理しながら対応できます。ただ、こうした状態が毎期続くようであれば、借入返済額、設備投資、人件費、未収金の管理、税金の支払い、そして診療報酬の構造まで見直す必要が出てきます。
利益だけを見て判断すると、どのような誤りが起きるか
利益だけを見て経営判断をしてしまうと、次のような誤りが起きやすくなります。
1. 役員報酬や賞与を増やしすぎる
利益が出ているからといって役員報酬や賞与を増やすと、かえって資金繰りが悪化することがあります。
役員報酬は税務上のルールにも注意が必要ですし、社会保険料の負担にも影響します。賞与はスタッフの定着にとって大切ですが、支給時期にはまとまった資金が要ります。利益だけでなく、納税、借入返済、設備更新を済ませた後の資金残高まで見て判断したいところです。
2. 節税目的の支出で資金を減らす
「税金を払いたくないから」と、不要な設備、保険、消耗品、福利厚生、修繕にお金を使えば、たしかに税金は減りますが、それ以上に資金も減っていきます。
節税は、資金繰り、将来の投資、税務調査への対応、法人運営とあわせて考えるべきものです。税金を減らすために資金を大きく失い、その結果として借入返済や設備更新が苦しくなるのであれば、本末転倒です。
3. 設備投資の返済負担を軽く見積もる
医療機器や内装に投資するとき、導入の効果ばかりに目が向き、返済期間や維持費を十分に見ないことがあります。
投資の判断では、購入価格だけでなく、保守料、消耗品、設置費、研修費、スタッフの人件費、更新時期、撤去費用まで確認しておく必要があります。
4. 売上増加をそのまま資金増加と考える
患者数が増えれば、売上は増えます。しかし同時に、医業未収金、人件費、材料費、広告費、設備費も増える可能性があります。
売上の増加が資金の増加につながっているかどうかは、現預金残高、未収金、借入返済、税金の支払いをあわせて見なければ分かりません。
5. 借入返済能力を過大評価する
金融機関から融資を受けられたとしても、それが将来の返済能力を保証してくれるわけではありません。
借入返済は、税引後利益と減価償却費をベースに、未収金の増加、税金、設備更新、人件費の増加を差し引いた後に、なお可能かどうかで見ます。返済条件が短すぎれば、黒字でも資金繰りは厳しくなります。
月次決算で確認すべき資金繰りのチェックポイント
利益と資金のズレを把握するには、年に1回の決算だけでは遅すぎます。
医療機関では、月次決算と資金繰り表を組み合わせて、少なくとも次の項目を確認しておきたいところです。
| 確認項目 | 見るべきポイント |
|---|---|
| 月次利益 | 売上、費用、利益率が予算や前年と比べてどう変化しているか |
| 現預金残高 | 給与、税金、借入返済、賞与を支払っても安全な水準か |
| 医業未収金 | 保険請求分、窓口未収、カード決済、自由診療未収が増えていないか |
| 借入金一覧 | 元本返済額、利息、返済期限、固定・変動金利、追加借入余地を把握しているか |
| 税金予定 | 法人税、所得税、消費税、源泉所得税、社会保険料の支払時期を織り込んでいるか |
| 設備投資予定 | 購入時期、支払条件、借入条件、投資回収を確認しているか |
| 人件費 | 採用、昇給、賞与、社会保険料、退職金の資金影響を見ているか |
| 予実差異 | 利益のズレだけでなく、資金のズレも把握しているか |
月次決算が遅い医療機関では、資金繰りの判断もどうしても遅れます。試算表が翌々月や翌四半期、あるいは決算のときにしか出てこない状態では、設備投資や採用の判断を数字に基づいて行うことが難しくなります。
医療機関では「資金繰り表」を経営資料として使う
利益と資金のズレを把握するには、資金繰り表が欠かせません。
資金繰り表は、単なる支払予定表ではありません。将来の入金と支出を見通し、どの月に資金が増え、どの月に資金が減るのかを把握するための、れっきとした経営資料です。
医療機関の資金繰り表には、少なくとも次の項目を入れておきたいところです。
- 保険診療収入の入金予定
- 窓口収入、自由診療、健診、産業医報酬などの入金予定
- 給与、賞与、法定福利費
- 医薬品、診療材料、外注費、委託費
- 家賃、リース料、保守料、システム利用料
- 借入金の元本返済、支払利息
- 税金、源泉所得税、社会保険料
- 設備投資、修繕、内装、医療機器の更新
- 補助金、助成金、保険金などの入金予定
- 月末の現預金残高
大切なのは、資金繰り表を「資金が足りなくなってから作る資料」にしないことです。
資金繰り表は、資金ショートを防ぐためだけのものではありません。投資してよい時期、採用してよい人数、借入条件の妥当性、設備更新の優先順位を判断するための資料でもあるのです。
金融機関に説明できる数字を整える
医療機関が金融機関と良い関係を築いていくうえでも、利益と資金のズレを自分の言葉で説明できることは重要です。
金融機関は、決算書の利益だけを見ているわけではありません。借入の返済能力、現預金残高、医業未収金、設備投資の予定、資金繰り表、事業計画、そして院長・理事長ご自身の説明力までを見ています。
「黒字です」と説明するだけでは、十分とは言えません。
- なぜ資金が減っているのか
- 借入を返済しても資金が残るのか
- 設備投資の効果はいつ出るのか
- 税金の支払いを織り込んでいるのか
- 医業未収金は正常な範囲か
- 追加借入が必要な理由は何か
- 今後の返済原資はどこから生まれるのか
こうした点を説明できる医療機関は、金融機関にとっても状況を把握しやすい相手になります。逆に、利益は出ているのに資金が減っている理由を説明できなければ、金融機関への対応や追加融資、条件変更の場面で不利になることがあります。
医療法人では、会計・内部管理・説明責任との接続も重要になる
個人開業医であっても資金繰りの管理は重要ですが、医療法人になると、さらに法人運営や説明責任との接続が求められます。
医療法人は、一定の規模に応じて、医療法人会計基準の適用、外部監査、事業報告書等の作成・届出などが関わってくる場合があります。厚生労働省は、医療法人・医業経営に関するページで、医療法人会計基準、運用指針、医療法人の計算に関する事項などを公表しています。
出典:厚生労働省|医療法人・医業経営のホームページ
また、医療法人会計基準の運用指針では、医療法人の会計を適正に行うために、各医療法人が遵守すべき会計基準を踏まえ、経理規程を作成するなどして具体的な処理方法を決めておく必要がある、という考え方が示されています。
出典:厚生労働省|医療法人会計基準適用上の留意事項並びに財産目録、純資産変動計算書及び附属明細表の作成方法に関する運用指針
これは、単なる会計ルールの問題ではありません。
医療法人が、金融機関、行政、後継者、買い手、スタッフ、そして地域に対して説明できる組織であるためには、会計、資金繰り、内部管理、法人運営がひとつにつながっている必要があります。
利益と資金のズレを説明できない状態は、ただ資金管理が弱いというだけにとどまりません。承継、M&A、分院、在宅医療、設備更新、金融機関対応のすべてに影響していきます。
資金繰りを改善するために、まず整えるべきこと
利益と資金のズレを把握できたら、次に必要になるのは改善の順番です。
いきなり大きな経営改革に着手する必要はありません。まずは、現実に運用できる管理の水準から整えていくことが大切です。
1. 月次決算を早める
月次の試算表が遅れると、資金繰りの判断も遅れます。
まずは毎月の売上、費用、利益、現預金、未収金、借入金を、できるだけ早く把握できる体制を整えましょう。会計入力の遅れ、資料提出の遅れ、レセプト資料との不整合、現金管理の属人化があるなら、そこから手をつけていきます。
2. 医業未収金を区分して管理する
医業未収金を一括で見ていても、原因はつかめません。
支払基金、国保連、患者負担分、カード決済、自由診療、健診、産業医報酬など、入金先と入金サイクルごとに分けて管理します。未収金が増えているときは、それが売上増加による正常な増加なのか、それとも請求漏れ、返戻、査定、回収遅れによるものなのかを見極めます。
3. 借入金一覧を作成する
借入金は、金融機関別、契約別に一覧化します。
借入残高、返済期間、毎月の返済額、金利、担保、保証、資金使途、最終返済日を整理しておきましょう。そのうえで、年間の元本返済額が、税引後利益と減価償却費に対して過大になっていないかを確認します。
4. 税金支払予定を資金繰り表に入れる
税金は、資金繰り表からこぼれ落ちやすい支出です。
法人税、所得税、消費税、源泉所得税、住民税、事業税、償却資産にかかる固定資産税などを、支払う月ごとに見込んでおく必要があります。納税資金を別に管理しておくのも有効です。
5. 設備投資は「投資回収」と「返済期間」で判断する
設備投資は、導入したいかどうかだけでは判断できません。
その投資によって、売上、患者数、診療単価、業務効率、スタッフの負担、医療の質がどう変わるのかを見ます。あわせて、借入の返済期間が短すぎないか、更新時期に再投資できるかも確認しておきます。
6. 資金繰り表を6か月先、できれば12か月先まで作る
資金繰りは、今月だけを見ても十分ではありません。
給与、賞与、税金、借入返済、設備の支払い、採用、分院、在宅医療の開始などは、いずれも数か月先に影響してきます。少なくとも6か月先、できれば12か月先まで、月別の資金繰り表を作っておくことが望ましいでしょう。
資金繰りが危険になりやすいサイン
次のような状態が見られるときは、利益が出ていても、早めに資金繰りを確認しておくべきです。
- 毎月の試算表では黒字だが、現預金が増えていない
- 借入金の元本返済額が、税引後利益と減価償却費の合計に近い、または超えている
- 医業未収金が、売上の増加以上に増えている
- 税金や社会保険料の支払時期に、毎回資金が苦しくなる
- 賞与を支給するたびに、短期借入が必要になる
- 設備投資をすると、すぐに資金繰りが不安になる
- 金融機関への説明資料を、毎回急いで作っている
- 院長個人の資金を一時的に入れている
- 法人化、分院、在宅医療、承継を考えているが、資金の見通しがない
- 月次決算が遅く、経営判断が感覚に頼りがちになっている
これらは一時的な資金不足ではなく、管理体制そのものの見直しが必要なサインである場合があります。
「黒字だから安心」ではなく、「説明できる資金繰り」へ
医療機関の経営において、利益は重要です。ただ、利益だけで経営判断はできません。
患者数、診療単価、利益率、固定費、人件費率、医業未収金、借入返済、税金、設備投資、現預金残高。これらをつなげて見て、はじめて自院の経営状態を説明できるようになります。
利益と資金のズレを理解することは、単なる会計知識の習得ではありません。
それは、医療機関を守るための仕組みであり、次の成長判断を支える土台です。設備を更新するか。採用するか。在宅医療を始めるか。分院を検討するか。医療法人化するか。承継に備えるか。金融機関にどう説明するか。
こうした判断には、利益だけでなく、資金の見通しが欠かせません。
「守りを仕組みに、攻めを戦略にする」ためには、まず、自院の利益と資金のズレを説明できる状態をつくること。それが出発点になります。
犬飼公認会計士・税理士事務所へのご相談について
黒字なのに資金が残らない。借入の返済や税金の支払いの時期になると資金繰りが不安になる。設備投資や採用を、数字に基づいて判断したい。
こうした課題は、会計処理を確認するだけでは解決しないことがあります。月次決算、医業未収金、借入返済、税金支払、設備投資、資金繰り表、事業計画を一体で整理し、自院の状態を説明できる数字へ整えていくことが重要です。
犬飼公認会計士・税理士事務所では、医療機関の会計・税務はもちろん、資金繰り、月次管理、投資判断、金融機関対応、そして将来の承継を見据えた経営管理体制づくりまでをご支援しています。
自院の利益と資金のズレを整理し、今後の投資・採用・返済・承継の判断に使える数字を整えたい場合は、お問い合わせページよりお気軽にご相談ください。
重要ポイントの振り返り
| 論点 | 経営上の意味 | 確認すべき数字 |
|---|---|---|
| 利益と資金は同じではない | 黒字でも資金不足になることがある | 税引後利益、現預金残高 |
| 医業未収金 | 売上計上と入金時期にズレが生じる | 医業未収金残高、入金予定、返戻・査定 |
| 減価償却費 | 支払を伴わない費用だが、設備投資や借入返済とセットで見る | 減価償却費、固定資産台帳、設備更新予定 |
| 借入金元本返済 | 損益計算書の費用ではないが、資金は出ていく | 年間元本返済額、支払利息、借入残高 |
| 税金支払 | 利益が出た後に資金支出として発生する | 法人税、所得税、消費税、源泉所得税、納付予定 |
| 設備投資 | 先に資金が出て、費用化は後になる | 投資額、自己資金、借入条件、投資回収期間 |
| 成長局面 | 売上増加より先に支出が増えることがある | 採用費、人件費、広告費、在庫、運転資金 |
| 資金繰り表 | 将来の支払能力と投資余力を確認する資料 | 6か月〜12か月先の入出金予定 |
| 金融機関対応 | 利益だけでなく返済原資を説明する必要がある | 試算表、資金繰り表、借入一覧、事業計画 |
| 経営管理体制 | 成長・承継・M&Aの前提になる | 月次決算、内部管理、税務・会計資料 |