医療機関の経営では、人件費を「どう見るか」によって、判断を大きく誤ってしまうことがあります。
実務の現場でよく耳にするのは、次のような声です。
- 売上に対して人件費が高いように感じる
- 採用したいが、固定費が増えるのが怖い
- スタッフを増やしたのに、院長の負担が一向に減らない
- 忙しいのに、利益が手元に残らない
- 給与を上げたいが、資金繰りに不安がある
- 離職が続き、採用費と教育の負担ばかりが膨らんでいる
こうした悩みは、単に「給与が高いか低いか」という問題ではありません。医療機関の人件費は、診療体制、患者満足、診療単価、稼働率、待ち時間、クレーム、採用力、離職率、院長の稼働、そして将来の承継可能性にまで、まっすぐつながっています。
ですから人件費は、削減の対象であると同時に、診療品質と生産性を支える「投資」でもあります。大切なのは、人件費を抑えること自体ではなく、「その人件費が、どの診療体制・患者価値・収益構造を支えているのか」を、自分の言葉で説明できる状態にしておくことだと考えています。
人件費率だけを見ても、経営判断には足りない
人件費の管理で最もよく使われる指標は、人件費率です。一般的には、次のように計算します。
人件費率 = 人件費 ÷ 医業収益
ただし、この数字ひとつで「高い」「低い」を判断するのは危険です。
たとえば人件費率が高くても、スタッフ教育が進み、患者さんへの対応が安定し、院長が診療に集中でき、自由診療や検査、在宅医療などの採算が改善しているのであれば、それを単純な過剰人員と呼ぶことはできません。
反対に、人件費率が低くても、受付が常に疲弊し、電話がつながらず、会計待ちが長く、看護師が離職し、院長が事務作業まで抱え込んでいるとしたら、その低さは決して健全とはいえません。表面上は利益が出ていても、組織の耐久力を少しずつ削っている可能性があるからです。
人件費率は、あくまで入口にすぎません。本当に見るべきなのは、人件費と売上、患者数、診療単価、診療時間、職種別の役割、離職、採用費、教育期間の関係です。
医療機関の人件費は、外部環境から見ても上がりやすい
近年、医療機関の人件費は、構造的に上昇しやすい状況に置かれています。最低賃金の引上げ、他産業の賃上げ、人材紹介手数料、採用難、医療従事者の確保競争。こうした要因が、いくつも重なっているためです。
令和7年度の地域別最低賃金は、全国加重平均で1,121円となりました。改定前の1,055円から66円、率にして6.3%の引上げです。これはパートスタッフや受付・助手といった職種だけの話ではなく、院内の給与水準全体に波及しやすい論点だと受け止めています。
また、第25回医療経済実態調査は、病院、一般診療所、歯科診療所、保険薬局における医業経営等の実態を明らかにし、診療報酬の基礎資料とすることを目的に行われています。令和6年度の一般診療所(医療法人)の損益率は、令和5年度から大きく悪化し、赤字施設の割合も高まりました。人件費と物価が上昇するなかで、採算の管理はこれまで以上に重みを増しています。
出典:厚生労働省|第25回医療経済実態調査(医療機関等調査)報告
同じ調査に関する公表資料では、一般診療所(医療法人)の給与費が令和5年度から令和6年度にかけて全体で3.2%増加し、入院収益のない診療所では3.5%増加したものの、他産業の賃上げには追いついていないという分析も示されています。
出典:日本医師会|第25回医療経済実態調査報告-令和7年度実施-について
つまり医療機関は、「賃上げをしなければ人材確保が難しい」一方で、「賃上げをすれば利益と資金繰りを圧迫する」という、二重の制約に直面しているのです。だからこそ、人件費を感覚で扱うのではなく、月次で分解して見ていく必要があります。
人件費に含めるべき範囲をそろえる
まず整えておきたいのが、「人件費」として何を見るか、その範囲です。院内で人件費率を追っていても、月によって含める項目が違っていれば、判断材料にはなりません。
医療機関で人件費として見ておきたい項目には、少なくとも次のものがあります。
- 給与
- 賞与
- 賞与引当金
- 法定福利費
- 退職給付費用
- 通勤手当
- 残業代
- 非常勤医師報酬
- 派遣費用
- 人材紹介手数料
- 採用広告費
- 研修費
- 制服・福利厚生費のうち、人材維持に関わるもの
会計上の勘定科目として、これらすべてを「給与費」に含めるかどうかは、また別の問題です。経営判断の場面では、常勤・非常勤・派遣・外注・採用費・教育費を横断して、「人を維持し、診療体制を動かすためのコスト」としてまとめて見ておく必要があります。
たとえば、正職員の給与だけを見て「人件費は抑えられている」と判断しても、実際には派遣費、人材紹介料、非常勤医師報酬、残業代が膨らんでいることがあります。この場合、人件費率は低く見えても、実質的な人材コストはむしろ高くなっているのです。
職種別に分けなければ、改善策は見えてこない
医療機関の人件費は、職種別に分けて見ることが欠かせません。
- 院長・常勤医師
- 非常勤医師
- 看護師
- 准看護師
- 医療事務
- 受付
- 看護助手
- 臨床検査技師
- 診療放射線技師
- 理学療法士・作業療法士・言語聴覚士
- 歯科衛生士・歯科助手
- 管理栄養士
- 事務長・管理部門
- 清掃・送迎・委託業務
同じ人件費でも、診療収益に直接つながる職種、患者さんの体験を支える職種、内部管理を担う職種、院長の時間を生み出す職種では、その意味合いがまったく違います。
看護師を増やすことで検査・処置の回転が上がり、院長の診療時間を有効に使えるなら、その採用は投資です。
事務長を置くことで、院長が採用・クレーム・請求・業者対応から解放され、診療と経営判断に集中できるのであれば、管理部門の人件費にも確かな意味があります。
一方で、職務範囲が曖昧で、誰が何を担当しているのか分からず、忙しい人と手待ちの人が混在しているなら、それは人数の問題ではなく、業務設計の問題です。
人件費率が高いとき、いきなり給与水準を下げる発想に向かうべきではありません。まずは、どの職種で、どの業務に、どれだけの時間が使われているのかを確認することが先決です。
生産性とは、「患者さんを詰め込むこと」ではない
医療機関の生産性を考えるとき、つい「1人あたり患者数」を増やす発想に偏ってしまうことがあります。しかし、医療機関における生産性とは、患者さんを短い時間で処理することではありません。
私が考える医療機関の生産性とは、限られた人員・時間・設備のなかで、患者さんに必要な医療を安定して提供し、その結果として収益・利益・資金が持続している状態のことです。
ですから生産性を見るときは、次のような複数の軸を組み合わせます。
- 医師1人あたり患者数
- 医師1時間あたり診療収益
- スタッフ1人あたり医業収益
- 診療時間1時間あたり医業収益
- 患者1人あたり人件費
- 診療科・部門別の人件費率
- 検査・処置・リハビリ・在宅など、機能別の採算
- 待ち時間
- 患者クレーム
- 再診継続率
- 紹介・口コミ
- 残業時間
- 離職率
- 有給休暇の取得状況
- 院長の事務作業時間
たとえば、1日あたりの患者数が増えても、クレームが増え、再診率が下がり、スタッフが疲弊して離職してしまうなら、それは持続可能な生産性とはいえません。逆に、患者数が急増していなくても、診療単価、検査実施率、患者さんへの説明、予約導線、再診継続、スタッフの定着が改善していれば、経営上の生産性は確かに高まっている可能性があります。
売上対人件費だけでなく、粗利との関係を見る
医療機関では、売上に対する人件費率を見ます。ただ、もう一段踏み込むなら、粗利との関係まで見ておきたいところです。
保険診療を中心とする外来診療では、診療報酬の仕組み上、価格を自由に上げることができません。自由診療や物販と違い、単価の改善には制度上の制約があります。そのため、人件費が上がったときに、それを単純に価格へ転嫁することが難しい。ここが医療機関の特徴です。
一方で、診療科や業態によって、材料費・薬品費・委託費の割合は異なります。整形外科、眼科、歯科、透析、自由診療、リハビリ、在宅医療など、それぞれ売上の中身と直接費が違うため、同じ人件費率でも採算構造は変わってきます。
確認しておきたいのは、次の関係です。
- 医業収益
- 医薬品費・材料費・検査委託費
- 限界利益
- 人件費
- その他固定費
- 営業利益
- 借入返済
- 税金
- 設備更新資金
人件費率だけを見て削減しても、診療体制が弱くなり、結果として売上が落ちれば、かえって損益は悪化します。人件費は、粗利を生み出す診療体制とセットで判断する必要があるのです。
採用は「給与」だけでなく、回収期間で見る
スタッフの採用は、採用したその月からすぐに利益を生むとは限りません。実際には、次のようなコストや時間が伴います。
- 求人広告費
- 人材紹介手数料
- 面接の時間
- 入職手続
- 制服・備品
- OJT
- 教育担当者の時間
- 試用期間中の低い生産性
- ミスや確認の増加
- 独り立ちまでの期間
こうしたものを含めて考えれば、採用は明確に「投資」です。採用したスタッフが戦力になるまでに、3か月、6か月、職種によっては1年近くかかることもあります。
したがって採用の判断では、単に「月給はいくらか」ではなく、次のような問いを置いておきたいところです。
- いつから売上、または業務効率に貢献するのか
- 院長や既存スタッフの時間を、どれだけ削減できるのか
- 残業代や外注費を、どれだけ減らせるのか
- 患者さんへの対応や予約枠に、どのような影響があるのか
- 採用後、何か月で投資を回収できるのか
- 万一ミスマッチだった場合、損失はいくらになるのか
- 教育担当者の負荷を、きちんと見込んでいるか
採用は、感覚ではなく事業計画に織り込むべきものです。とくに分院、移転、在宅医療、リハビリの拡充、自由診療の強化を検討する場合、人件費計画が甘いと、売上が伸びる前に資金繰りが苦しくなってしまいます。
離職コストを見落とすと、人件費判断を誤る
給与を抑えているのに、なぜか利益が残らない。そうした医療機関では、離職コストが見えないところに隠れていることがあります。
離職コストとは、退職者への最終給与や有給消化だけではありません。
- 求人広告費
- 紹介手数料
- 面接対応の時間
- 採用できるまでの残業代
- 派遣・臨時スタッフの費用
- 新人教育のコスト
- 教育担当者の生産性低下
- 業務品質の低下
- 患者さんへの対応ミス
- クレーム対応
- 既存スタッフの疲弊
- 院長の調整時間
- 診療枠の制限
- 将来の採用力の低下
令和6年雇用動向調査では、産業別の離職者数のなかで「医療,福祉」が大きな割合を占めており、人材流動性の高さがうかがえます。医療機関の人材戦略では、採用数だけでなく、定着率と離職理由まで管理しておくことが大切です。
給与を数%抑えても、1人の離職によって採用費・教育費・残業代・患者対応のロスが発生すれば、結果として高くついてしまうことがあります。人件費を抑える経営と、離職を減らす経営は、似ているようで同じではありません。
人件費が高い医療機関で見るべき分解
人件費率が高い場合、その原因はひとつではありません。次の順番で分解していくと、見えてくるものがあります。
1. 売上が低いのか、人件費が高いのか
人件費率が高い原因が、人件費の増加ではなく、患者数や診療単価の低下にあることは少なくありません。分母である医業収益が下がれば、給与を据え置いていても人件費率は上がってしまいます。
まずは、患者数、初診率、再診率、診療単価、診療日数、診療時間、休診日、予約キャンセルを確認します。
2. 職種別に過不足があるのか
全体の人数は足りていても、看護師が不足し、事務職が余っている、といったことがあります。逆に、受付が足りないために電話・会計・予約への対応が滞り、患者数を伸ばせていないケースもあります。
職種別の人員と業務量を見ずに人件費全体を削ってしまうと、必要な機能まで弱くなりかねません。
3. 残業とシフトに無駄があるのか
常勤職員の残業が多い一方で、パートの配置が診療時間に合っていない場合があります。午前診療、午後診療、検査枠、会計締め、レセプト期間、繁忙曜日に分けて見ていく必要があります。
4. 院長依存が強すぎないか
院長がすべてを判断し、スタッフが指示待ちになっている組織では、人員を増やしても生産性は上がりません。むしろスタッフが増えるほど、院長の確認・指示・教育の負担が増えてしまうこともあります。
この場合に必要なのは、採用ではなく、業務手順の整備、権限委譲、そして事務長・主任の役割の明確化です。
5. 教育不足で生産性が上がっていないのか
採用しても、教育が属人的なままでは、スタッフはなかなか戦力になりません。チェックリスト、OJT、面談、業務マニュアル、評価基準を整えなければ、人数は増えても業務品質は安定しないのです。
6. 外注・派遣・紹介手数料が膨らんでいないか
正職員の給与だけを見ていると、人材コストの実態を見落とします。派遣費、人材紹介料、非常勤医師報酬、外注費が増えていないかを確認しましょう。
人件費が低すぎる医療機関も、また危うい
人件費率が低いことは、一見すると良いことのように思えます。しかし医療機関では、低すぎる人件費率にもリスクが潜んでいます。
- スタッフが足りず、待ち時間が長い
- 院長が受付・会計・電話・採用まで抱えている
- 看護師が疲弊し、退職リスクが高い
- 患者さんへの説明が不十分になる
- カルテ入力やレセプトチェックが後回しになる
- 未収金管理や資料管理が弱い
- 院内ルールが整備されない
- 分院・承継・M&Aに耐えられる管理資料が残らない
こうした状態では、短期的には利益が出ても、長期的には成長の余地を失っていきます。スタッフ不足で診療枠を広げられない、患者満足が低下する、院長が疲弊する、後継者が引き継ぎにくい。そうした形で、将来の選択肢を自ら狭めてしまうのです。
人件費は、低ければよいというものではありません。医療機関が提供する価値に見合った、適正な水準を探っていく必要があります。
生産性の改善は、採用より前に業務設計を見る
人件費を増やす前に、まず業務設計を見直すべき場面もあります。
受付、電話、会計、予約、問診、検査案内、診察室への呼び込み、会計締め、レセプト、未収金、物品発注、掃除、SNS・広報、採用対応。これらの業務が誰に属しているのかを整理してみると、思いがけない非効率が見えてくるものです。
改善の方向性としては、たとえば次のように考えていきます。
- 紙の問診を、Web問診に変えられないか
- 電話予約を、一部オンライン予約に移せないか
- 診察前の説明を、スタッフが標準化できないか
- 会計・次回予約までの導線を、短縮できないか
- よくある問い合わせを、公式サイトや院内掲示で減らせないか
- レセプト・請求・会計資料の締め日を、明確にできないか
- 物品発注を担当者任せにせず、発注点を決められないか
- 院長の判断が必要な業務と、スタッフに任せる業務を分けられないか
DXは、人を減らすためだけのものではありません。スタッフが本来の患者対応・診療補助・説明業務に集中できる時間を生み出すためのものだと、私は捉えています。
賃上げは、税制・診療報酬・資金繰りを合わせて見る
医療機関にとっても、賃上げは避けて通れないテーマです。ただし賃上げを行う場合は、給与水準だけでなく、税制、診療報酬、資金繰りを合わせて確認しておく必要があります。
中小企業向けの賃上げ促進税制は、令和6年4月1日から令和9年3月31日までの間に開始する各事業年度を対象として設けられており、一定の賃上げや教育訓練費等に応じて、税額控除の対象となる場合があります。適用にあたっては、対象者、給与等の範囲、比較年度、控除限度、繰越控除、明細保存などの確認が欠かせません。
また診療報酬上も、医療従事者の賃上げに向けたベースアップ評価料等が設けられています。届出、賃金改善計画書、賃金改善実績報告書などが求められるため、単に給与を上げるだけでなく、算定・届出・実績管理を月次の人件費管理と結びつけておくことが重要です。
出典:厚生労働省|令和8年度診療報酬改定におけるベースアップ評価料等について
ただし、税額控除や診療報酬上の評価があるからといって、無計画に賃上げをしてよいわけではありません。税制は後から税額に効いてくるものであり、給与は毎月の資金支出です。賃上げを検討するときは、月次損益、資金繰り表、賞与、社会保険料、借入返済、設備更新の予定まで、合わせて確認しておく必要があります。
月次で見るべき人件費・生産性KPI
医療機関が毎月確認しておきたい人件費・生産性のKPIは、次のとおりです。
- 医業収益
- 患者数
- 初診数・再診数
- 診療単価
- 診療日数
- 診療時間
- 人件費総額
- 人件費率
- 職種別人件費
- 常勤換算人数
- スタッフ1人あたり医業収益
- 医師1人あたり医業収益
- 診療時間1時間あたり医業収益
- 患者1人あたり人件費
- 残業時間
- 有給取得状況
- 採用費
- 教育研修費
- 離職者数
- 休職者数
- 患者クレーム件数
- 待ち時間
- 院長の診療外業務時間
ここで大切なのは、KPIを増やしすぎないことです。数字をずらりと並べること自体が目的ではありません。院長・理事長・事務長が月次で意思決定できるよう、重要な指標に絞り、毎月同じ前提で比較していくことが肝心です。
たとえば、次のような見方をします。
- 人件費率が上がったのは、採用によるものか、それとも売上減少によるものか
- 残業が増えたのは、患者数の増加によるものか、業務設計の問題か
- 採用費が増えたのは、成長投資なのか、離職の穴埋めなのか
- スタッフ1人あたり売上が下がったのは、教育期間中だからか、業務配分が悪いからか
- 患者数が増えた一方で、クレームが増えていないか
- 給与を上げた結果、離職率や採用力は改善しているか
- 院長の診療外業務時間は、きちんと減っているか
人件費の判断は、資金繰りとセットで見る
人件費は、損益計算書上の費用であると同時に、毎月確実に出ていく資金でもあります。
- 給与
- 賞与
- 社会保険料
- 住民税
- 源泉所得税
- 退職金
- 採用費
- 研修費
- 派遣費
- 紹介料
これらはすべて、医療機関の資金繰りに直接影響します。
黒字であっても、賞与月、社会保険料、納税、借入返済、設備投資が重なれば、手元資金は薄くなることがあります。人件費を増やす判断は、月次損益だけでなく、少なくとも12か月程度の資金繰り表と合わせて見ておくべきです。
とくに、次のような局面では注意が必要です。
- 新規開業後の立ち上がり
- 移転・拡張の直後
- 分院の開設
- 在宅医療の開始
- 自由診療の強化
- 医療法人化の直後
- 借入返済が重い時期
- 承継の前後
- M&A後のPMI
売上が伸びる前に人件費が先行する局面では、採用の時期と資金余力の見極めが、何より重要になります。
「人を増やすべきか」の判断軸
人を増やすべきかどうかは、単に「忙しいかどうか」ではなく、次のような観点で判断します。
- 患者数や予約枠が、人員不足によって制限されていないか
- 院長の診療外業務が、診療収益を圧迫していないか
- 既存スタッフの残業や疲弊が、離職リスクになっていないか
- 採用によって、増える売上または減るコストを説明できるか
- 教育担当者を確保できるか
- 採用後の業務内容が明確か
- 給与・社会保険料・賞与を、資金繰りに織り込んでいるか
- 採用しない場合の機会損失を把握しているか
- 採用した場合の、撤退・見直しの条件を決めているか
「何となく忙しいから採る」は危険です。一方で、「人件費が増えるのが怖いから採らない」も、また危険です。必要なのは、採用によって変わる業務量、売上、患者満足、院長の時間、離職リスクを、数字で整理しておくことだと考えています。
人件費と生産性は、承継・M&Aでも見られている
承継やM&Aを検討する場合、人件費と生産性は重要な確認項目になります。
買い手や後継者は、単に売上や利益だけを見ているわけではありません。次のような点を確認します。
- 職種別の人員構成
- 常勤・非常勤・パート・派遣の内訳
- 給与水準
- 未払残業代の有無
- 就業規則・雇用契約書の整備状況
- 離職率
- 休職者
- ハラスメント・労務トラブル
- 院長への依存度
- 事務長・幹部スタッフの有無
- 患者対応の属人性
- 人件費率と収益構造
- 承継後に残るスタッフの見込み
表面的には利益が出ていても、院長がすべてを抱え、スタッフの定着が弱く、労務資料が未整備であれば、承継の可能性は下がってしまいます。人件費の管理は、日常の経営のためだけでなく、第三者に説明できる医療機関になるための基盤でもあるのです。
まとめ:人件費を削る前に、役割と数字を整える
医療機関の人件費は、単純なコストではありません。患者さんへの対応、診療品質、院長の時間、スタッフの定着、採用力、内部管理、そして承継可能性を支える基盤です。
もちろん、過剰な人員や非効率な配置を放置してよいわけではありません。人件費が採算を圧迫しているなら、冷静に見直す必要があります。ただし見直すべきなのは、給与そのものだけではなく、職種別の役割、業務設計、残業、採用費、教育期間、離職コスト、診療単価、患者数、そして資金繰りとの関係です。
人件費を「削るか、増やすか」という二択で考えると、判断を誤ります。
本来考えるべきは、次のような問いではないでしょうか。
- この人件費は、どの診療体制を支えているのか
- この人員配置で、患者満足とスタッフ定着を維持できるのか
- この採用は、何か月で効果が出るのか
- この賃上げは、資金繰りと税務・診療報酬上の対応を踏まえているのか
- この人件費構造は、後継者や金融機関に説明できるのか
人件費と生産性を正しく見ることは、医療機関の守りを固めるだけにとどまりません。成長投資、採用、分院、在宅医療、そして承継・M&Aといった判断を支える、確かな土台になります。
人件費・生産性に関するご相談
人件費率が高いのか低いのか。スタッフを増やすべきか。給与改定に踏み切れるのか。採用費や離職コストを、どう月次管理に反映すべきか。これらは単独の労務論点ではなく、医療機関の収益構造、資金繰り、事業計画、税務、内部管理と結びつけて判断する必要があります。
犬飼公認会計士・税理士事務所では、クリニック・診療所・医療法人の月次決算、資金繰り、人件費率、職種別採算、採用計画、事業計画、そして承継・M&Aを見据えた管理体制の整備を支援しています。
- 「人件費が重い」と感じているが、どこを見直すべきか分からない
- 「採用したい」が、資金繰りと採算に不安がある
- 「賃上げ・賞与・採用計画」を、月次の数字に落とし込みたい
- 「後継者や金融機関に説明できる人件費管理」を整えたい
こうした課題があるときは、単なる経費削減ではなく、数字と仕組みの両面から整理していくことが重要です。自院の人件費と生産性を、経営判断に使える形へ整えたい方は、お問い合わせページよりお気軽にご相談ください。
本記事の振り返り
| 論点 | 見るべき数字・資料 | 経営判断上の意味 |
|---|---|---|
| 人件費率 | 人件費 ÷ 医業収益 | 高低だけでなく、診療体制・売上構造と合わせて見る |
| 人件費の範囲 | 給与、賞与、法定福利費、派遣費、紹介料、研修費 | 勘定科目だけでなく、実質的な人材コストを把握する |
| 職種別人員 | 医師、看護師、受付、事務、技師、助手、事務長 等 | どの機能に人件費を投じているかを確認する |
| 生産性 | スタッフ1人あたり売上、医師1時間あたり売上、患者1人あたり人件費 | 患者数を詰め込むのではなく、持続可能な提供体制を見る |
| 採用投資 | 採用費、教育期間、OJT負担、戦力化の時期 | 採用を固定費ではなく、投資回収で判断する |
| 離職コスト | 採用費、残業代、教育費、クレーム、院長時間 | 給与を抑えても、離職が多ければ総コストは高くなる |
| 賃上げ | 最低賃金、給与改定、賞与、社会保険料、資金繰り | 人材確保と、利益・資金繰りの両立を検討する |
| 税制・診療報酬 | 賃上げ促進税制、ベースアップ評価料、届出・実績報告 | 賃上げを、制度対応と月次管理に接続する |
| 業務設計 | 受付、会計、問診、診療補助、レセプト、発注、管理業務 | 採用の前に、業務の無駄と役割分担を見直す |
| 資金繰り | 12か月資金繰り表、賞与月、納税、借入返済 | 人件費の増加が、手元資金に与える影響を確認する |
| 承継・M&A | 労務資料、職種別人員、離職率、未払残業、院長依存度 | 後継者・買い手・金融機関に説明できる体制を整える |