外来患者数が大きく落ち込んでいるわけではない。毎日の診療も回っている。スタッフが極端に不足しているわけでもない。
それでも、今後も外来中心の経営だけでよいのか。在宅医療や地域包括ケアへ広げるべきなのか。この問いは、成長意欲だけで答えを出してよいものではありません。
在宅医療を、外来収益の補完策としてだけ考えるのは危険です。一方で、外来中心の経営を続けることにも、相応のリスクが伴います。地域の高齢化、患者さんの通院困難化、病院からの退院支援、介護との接続、看取り需要、診療報酬改定、人材確保——こうした環境変化に取り残されてしまう可能性があるからです。
重要なのは、「在宅医療を始めるかどうか」ではなく、自院が地域の中でどの機能を担い、外来・在宅・連携をどのバランスで設計するかです。
在宅医療は、単なる診療メニューの追加ではありません。患者さんの生活の場に入っていく診療であり、訪問看護、薬局、ケアマネジャー、介護事業者、病院、地域包括支援センターとの連携を前提とする経営機能でもあります。外来中心経営から在宅・地域包括ケアへ広げる判断は、制度、採算、人員、資金、院内管理、そして将来の承継可能性まで含めて整理しておく必要があります。
外来中心経営は、すぐに否定すべきものではない
まず確認しておきたいのは、外来中心経営そのものが悪いわけではない、ということです。
外来には、在宅医療にはない強みがあります。
- 限られた時間で多くの患者を診ることができる
- 院内設備を活用しやすい
- 検査や処置を集約しやすい
- スタッフの業務動線を整えやすい
- 予約、会計、レセプト、処方、採血、検査を標準化しやすい
- 患者さんとの接点が多く、継続して管理しやすい
特に都市部のクリニックでは、駅前・オフィス街・住宅地・再開発エリアなど、立地によっては外来中心でも十分な収益性を維持できる場合があります。診療科によっては、外来の回転率、専門性、自由診療、健診、予防医療、Web予約、オンライン診療を組み合わせることで、外来中心のまま強い経営を続けることも可能です。
ですから、在宅医療を検討するときも、「外来が古い、在宅が新しい」という単純な対立で考えるべきではありません。見るべきなのは、次のような問いです。
- 今の外来患者数は、今後も維持できるのか
- 現在の患者層は、5年後も通院できるのか
- 外来の診療単価や来院頻度は下がっていないか
- 慢性疾患の患者さんが高齢化したとき、自院はどこまで継続して管理するのか
- 通院困難になった患者さんを他院へ引き継ぐのか、自院で在宅へ移行するのか
- 病院、訪問看護、ケアマネジャーから見て、自院は連携先として認識されているか
外来中心経営を続けるか、在宅へ広げるかは、売上拡大の話ではありません。患者さんとの関係をどこまで継続するかという、経営方針の問題なのです。
地域包括ケアは「在宅医療だけ」を意味しない
在宅医療を考える前に、地域包括ケアの意味を整理しておきましょう。
厚生労働省は、団塊の世代が75歳以上となる2025年を目途に、重度な要介護状態となっても、住み慣れた地域で自分らしい暮らしを人生の最後まで続けられるよう、住まい・医療・介護・予防・生活支援が一体的に提供される地域包括ケアシステムの構築を進めるとしています。さらに、高齢化の進展状況には大都市部と町村部で大きな地域差があるため、地域包括ケアシステムは地域の特性に応じて作り上げる必要があるとされています。
出典:厚生労働省|地域包括ケアシステム
つまり、地域包括ケアは、在宅医療だけを指す言葉ではありません。医療、介護、予防、生活支援、住まい、家族支援、認知症支援、退院後支援、看取り、災害時対応、地域の相談機能。これらを、患者さんの生活圏の中でつなぐ考え方です。
クリニックがこの流れに関わる場合、必ずしも最初から大規模な在宅医療部門を作る必要はありません。自院が担える役割は、いくつもあります。
- 外来で慢性疾患を管理し、通院困難になる前に介護と接続する
- 退院後の患者さんを外来・訪問診療で引き受ける
- 訪問看護ステーションと連携し、在宅療養を支える
- ケアマネジャーへ医学的情報を提供する
- 在宅で療養する患者さんの急変時に病院とつなぐ
- 看取りまで対応できる患者さんを限定して受ける
- 地域の病院・診療所・介護事業者との連携会議に参加する
こう考えると、外来中心経営から在宅・地域包括ケアへ広げるとは、「外来を捨てる」ことではないとわかります。外来で築いた患者基盤を、患者さんの生活段階に応じて支え続ける仕組みへと変えていくことなのです。
第8次医療計画では、在宅医療は4つの機能で整理されている
在宅医療を戦略として考えるうえで、国の制度設計も無視できません。
第8次医療計画に向けた在宅医療の体制構築では、在宅医療の機能が、退院支援、日常療養支援、急変時の対応、看取りの4つに整理されています。さらに、在宅医療において積極的役割を担う医療機関や、在宅医療に必要な連携を担う拠点を、医療計画に位置付ける方向性が示されています。
出典:厚生労働省|第8次医療計画における在宅医療の体制整備について
この整理は、クリニックの経営判断にもそのまま使えます。在宅医療を始めるかどうかではなく、4つのうち、どの機能を自院が担うのかを決めることが先になります。
- 退院支援を担うのか
- 日常療養支援を担うのか
- 急変時対応まで担うのか
- 看取りまで担うのか
たとえば、外来中心の内科クリニックが、いきなり重症患者の24時間対応と看取りを広く引き受けるのは、現実的でない場合があります。一方で、長年通院していた慢性疾患の患者さんが通院困難になったとき、月1〜2回の訪問診療で日常療養支援を担うことなら、段階的な展開として検討しやすいでしょう。
逆に、すでに複数医師体制で、訪問看護ステーションや後方支援病院との連携があり、緊急対応や看取りの実績も積める体制が整っている場合には、在宅療養支援診療所として、より積極的な役割を担う選択肢もあります。
制度上の分類を、自院の経営判断へと翻訳していくことが大切です。
外来患者数の減少だけを理由に在宅医療へ進むのは危うい
在宅医療の検討は、外来患者数が減ったから始めるもの——そう理解されがちです。
もちろん、外来患者数の将来見通しは重要です。診療所経営の分析では、外来患者数は1日あたり40人が一つの目安とされ、医師1人あたりの外来患者数は2015年以降、明らかな減少傾向にあるといわれています。
ただ、「外来が減りそうだから在宅をやる」という発想だけでは不十分です。在宅医療には、外来とは異なる負荷があるからです。
- 移動時間がかかる
- 診療件数を一気に増やしにくい
- 緊急連絡が発生する
- 看取り対応がある
- 患者さんやご家族への説明負荷が大きい
- 訪問看護・薬局・ケアマネジャーとの連携が必要になる
- 書類・同意書・在宅療養計画・指示書の管理が増える
- レセプトの算定根拠確認が複雑になる
- 院長不在時の対応を考えなければならない
外来患者数の減少は、在宅医療を検討するきっかけにはなります。しかし、それだけでは判断できません。
在宅医療へ広げるべきかどうかは、外来減少の穴埋めではなく、次のように整理すべきです。
- 現在の外来患者のうち、在宅へ移行する可能性がある患者は何人いるか
- 地域に、退院後支援を必要とする患者がどの程度いるか
- 近隣に、在宅医療を担う診療所はどれくらいあるか
- 病院・訪問看護・ケアマネジャーから紹介を受けられる関係があるか
- 在宅部門を運用できる人員がいるか
- 在宅部門の採算を月次で把握できるか
- 夜間・休日対応をどこまで担うかを明確にできるか
外来が弱くなったから在宅へ逃げるのではありません。外来で築いた患者基盤と地域連携をもとに、在宅へ進む意味があるかどうかを確認する。その姿勢が必要です。
外来と在宅は、収益構造が根本的に違う
外来中心経営から在宅医療へ広げるとき、最も誤解されやすいのが収支の比較です。
外来は、患者数、診療単価、診療時間、スタッフ人件費、家賃、医療機器、材料費、予約枠などで採算が決まります。一方の在宅医療は、患者数だけでなく、訪問件数、訪問頻度、個人宅か施設か、同一建物か、在宅時医学総合管理料等の算定、緊急往診、看取り、訪問看護との連携、移動時間、事務処理時間、24時間対応の有無で、採算が変わってきます。
診療所経営の収支シミュレーションでは、「外来40人/日」と「在宅50人/月」が同程度の収支になるという比較が示されています。また、在宅医療は大がかりな医療機器を必要とせず、条件によっては低コストで利益が出やすい一方、同一建物で複数患者を診る場合の評価見直しなど、診療報酬改定の影響を受けることも指摘されています。
ここから読み取るべきは、「在宅50人を目指せばよい」ということではありません。
外来40人/日は、毎日一定の患者を院内で診るモデルです。在宅50人/月は、月単位で患者を管理し、訪問スケジュールと緊急対応を組むモデルです。同じ収支に見えても、院長の時間、スタッフの負荷、診療リスク、看取り対応、移動時間、連携先との調整は、まったく異なります。
したがって、在宅医療の採算は、次のように部門別で見なければなりません。
| 区分 | 外来中心経営 | 在宅医療 |
|---|---|---|
| 売上の主な要因 | 患者数、診療単価、来院頻度、初診率 | 在宅患者数、訪問件数、訪問頻度、在医総管等、緊急往診、看取り |
| 費用の主な要因 | 人件費、家賃、設備、材料、広告 | 医師時間、看護師同行、事務処理、車両、通信、医療材料、連携業務 |
| 制約 | 診療時間、待合・診察室、スタッフ数 | 移動時間、訪問範囲、緊急対応、24時間体制 |
| 管理すべきリスク | 患者数減少、単価低下、待ち時間、競合 | 算定要件、記録不備、急変、看取り、家族説明、スタッフ疲弊 |
| 経営判断の単位 | 1日あたり患者数、月次売上 | 月次患者数、訪問件数、医師時間、部門別損益 |
在宅医療は、単価が高いかどうかではなく、医師時間とスタッフ時間をどれだけ使い、どれだけ継続可能な利益を生むかで判断する必要があるのです。
訪問件数ではなく「患者の重さ」と「対応範囲」を見る
在宅医療の成長を測るとき、訪問件数や在宅患者数だけを追うと、判断を誤ります。
在宅患者が10人でも、病状が安定していて、訪問看護や家族の体制が整っていれば、比較的運用しやすいことがあります。反対に、同じ10人でも、末期がん、認知症、独居、家族関係の複雑さ、頻回な緊急連絡、夜間対応、医療材料管理、看取り方針の未整理といった要素が重なれば、院長とスタッフへの負荷は大きくなります。
ですから、在宅医療のKPIには、患者数だけでなく、患者の状態と対応範囲を入れておくべきです。
- 在宅患者数
- 月間訪問件数
- 月1回訪問と月2回以上訪問の内訳
- 個人宅と施設の内訳
- 要介護度
- 認知症の有無
- 医療処置の有無
- 訪問看護利用の有無
- 独居・高齢夫婦世帯の割合
- 緊急往診件数
- 夜間・休日連絡件数
- 看取り件数
- 入院・救急搬送件数
- 診療情報提供書・指示書等の書類件数
- 未収金件数
- クレーム・家族調整件数
在宅医療を戦略として広げるなら、「患者を何人持つか」ではなく、「どの患者層を、どの体制で、どこまで支えるか」を決める必要があります。
看取りを担うかどうかは、最初に方針を決める
在宅医療を地域包括ケアの中で考えると、看取りは避けて通れない論点です。
ただし、看取りまで担うかどうかは、簡単に決めるべきではありません。看取り対応には、医学的判断だけでなく、本人・家族への説明、急変時対応、死亡診断、訪問看護との連携、薬剤管理、夜間・休日対応、そしてスタッフの精神的負荷が伴います。看取りを担うことは、地域医療において大きな価値がありますが、院長一人にすべてを背負わせる体制では長続きしません。
在宅療養支援診療所の施設基準では、24時間連絡体制、往診体制、訪問看護体制、緊急時入院体制、情報提供、看取り数等の報告、意思決定支援指針などが、重要な論点になります。
外来中心のクリニックが在宅医療へ進む場合、看取りについては段階的に検討すべきです。
- 最初は、既存の患者さんのうち、家族関係や連携体制が整っている方に限定する
- 訪問看護ステーションと看取り方針を共有する
- 後方支援病院の受入れ可否を確認する
- ACP(人生会議)に関する説明・記録を整える
- 夜間・休日の連絡体制を明確にする
- 死亡診断時の院内フローを作る
- 看取り件数をKPIとして追うだけでなく、スタッフの負荷も確認する
看取りは、診療報酬上の評価だけでなく、自院が地域でどのような医療機関として認識されるかにも関わる領域です。だからこそ、事業計画と運用体制のないまま拡大してはいけません。
訪問看護ステーションとの連携は、在宅医療の生命線である
外来中心のクリニックが在宅医療を始めるとき、訪問看護ステーションとの連携は極めて重要です。
訪問看護は、健康状態の観察、病状悪化の防止、療養生活の相談、リハビリテーション、点滴・注射などの医療処置、服薬管理、緊急時対応、主治医・ケアマネジャー・薬剤師・歯科医師との連携など、多くの役割を担っています。外来診療を続けながら在宅医療を行うクリニックでは、自院の看護師だけで24時間の訪問看護を担うのは現実的でないことが多く、訪問看護ステーションとの連携・協力が欠かせません。
在宅医療を広げる前に、次の点を確認しておきましょう。
- 連携できる訪問看護ステーションはどこか
- 24時間対応の有無
- 対応可能エリア
- 看取り対応の経験
- 褥瘡、在宅酸素、点滴、疼痛管理への対応力
- 報告方法
- 緊急時の連絡ルール
- 主治医への情報提供の頻度
- ケアマネジャーとの連携状況
- 患者さんやご家族への説明姿勢
訪問看護との連携が弱いまま患者数を増やすと、医師がすべての状況を電話で受け、すべての判断を抱え込むことになります。これは、在宅医療の採算以前に、継続性の問題です。
在宅医療を地域包括ケアの中で機能させるには、訪問看護を「外部委託先」ではなく、同じ患者さんを支えるチームとして位置づける必要があります。
ケアマネジャーとの関係は、在宅患者の入口と継続管理を左右する
在宅医療は、ケアマネジャーとの関係なしには成り立ちにくい領域です。
ケアマネジャーは、患者さんの生活状況、家族関係、介護サービス、住宅環境、ご本人の希望を把握しています。医師が医学的に必要な管理を行っても、介護サービスや生活支援につながらなければ、患者さんの在宅療養は不安定になってしまいます。
在宅医療を広げるクリニックは、ケアマネジャーとの関係を、営業的な紹介ルートとしてだけ見てはいけません。患者さんの生活を支える、情報連携の相手として見るべきです。
確認すべき事項は、次のとおりです。
- 担当ケアマネジャーの氏名・事業所
- 家族の主介護者
- 介護サービスの利用状況
- 訪問介護、デイサービス、ショートステイの利用状況
- 緊急時の家族連絡先
- 介護保険の更新時期
- サービス担当者会議への参加方針
- 主治医意見書作成の体制
- 居宅療養管理指導の説明・請求管理
- 医療と介護の情報共有方法
在宅医療を始めた後、ケアマネジャーからの相談が増えることは珍しくありません。そこで迅速に対応できるクリニックは、地域で信頼されやすくなります。一方で、連絡が遅い、説明が不明確、書類が遅い、家族対応が属人的、という状態では、連携先からの信頼を失います。
地域包括ケアの中で選ばれるクリニックになるには、医療だけでなく、連携の品質も経営管理の対象になるのです。
病院との連携は「紹介をもらう」だけではない
外来中心経営から在宅医療へ広げる場合、病院との連携も重要です。
ただし、病院連携を「患者紹介をもらうため」とだけ考えるのは不十分です。地域包括ケアにおける病院連携には、少なくとも次のような意味があります。
- 退院後の患者さんを受ける
- 在宅療養中の急変時に入院先を確保する
- 検査・専門診療を依頼する
- 在宅で看取り困難となった場合の選択肢を確保する
- 病院の地域連携室と情報共有する
- 地域包括ケア病棟や慢性期病床との役割分担を行う
第8次医療計画における在宅医療では、退院支援、日常療養支援、急変時対応、看取りの4機能に加えて、在宅医療に必要な連携を担う拠点が、地域の実情に応じて位置付けられることが示されています。その拠点は、病院、診療所、訪問看護事業所、地域医師会、保健所、市町村等のいずれもがなり得るとされています。
出典:厚生労働省|第8次医療計画における在宅医療の体制整備について
都市部では病院数も診療所数も多い一方で、患者さんやご家族から見ると、どこに相談すればよいのか分かりにくいことがあります。だからこそ、クリニック側が「どの病院と、どの患者層で、どの連携をするのか」を明確にしておくことが大切です。
令和8年度診療報酬改定でも、在宅医療は「地域を面で支える」方向にある
在宅医療は、診療報酬改定の影響を受けやすい領域です。
令和8年度診療報酬改定の資料では、地域を面で支える在宅医療提供体制の構築をさらに推進する観点から、在宅療養支援診療所等、在宅時医学総合管理料等の見直しを行うことが示されています。あわせて、ICTを活用した地域連携の評価、重症患者や在宅看取り等を積極的に担う医療機関・薬局の評価、訪問看護ステーションとの連携などが、論点として挙げられています。
出典:厚生労働省|令和8年度診療報酬改定の概要 8.質の高い在宅医療の推進
出典:厚生労働省|令和8年度診療報酬改定説明資料等について
ここから読み取れるのは、在宅医療が単独の診療所だけで完結する方向ではなく、地域の病院、訪問看護、薬局、介護、ICT連携を含めた「面」の体制として評価されていく、ということです。
そのため、在宅医療の事業計画では、現在の点数を前提に収益を積み上げるだけでなく、制度変更に耐えられる設計が必要になります。
- 同一建物の評価見直し
- 在宅時医学総合管理料等の要件見直し
- ICT連携の評価
- 訪問看護との連携評価
- 看取り・重症患者対応の評価
- BCPや災害対応の要件
- 地域での連携実績
- 情報共有体制
点数が高い領域を取りに行くのではなく、制度が求める方向に沿って、説明できる体制を作る。それが重要です。
BCP・災害時対応も在宅医療の経営管理に入れる
在宅医療では、患者さんが自宅や施設で過ごしています。人工呼吸器、在宅酸素、経管栄養、医療材料、服薬管理など、災害時に医療の継続が課題となる患者さんもいます。
厚生労働省の在宅医療体制整備に関する資料では、令和6年度から開始される第8次医療計画において、平時から在宅医療に係る関係機関の連携体制を構築するとともに、災害時における業務継続計画(BCP)の策定を推進することが示されています。また、在宅医療は多職種・関係機関の連携で成り立つため、連携型BCP、地域BCPへの展開も論点とされています。
出典:厚生労働省|在宅医療の体制整備について
外来中心のクリニックでは、BCPを「災害時に休診するかどうか」の問題として考えがちです。しかし、在宅医療を担う場合は違います。患者さんのご自宅の安否確認、電源の確保、医療材料、訪問看護との連絡、搬送先、薬局、ケアマネジャー、家族連絡まで含めて考える必要があります。
在宅医療を戦略にするなら、災害対応もまた、管理体制の一部です。
在宅医療へ広げる4つの戦略パターン
外来中心のクリニックが在宅・地域包括ケアへ広げる場合、主に4つのパターンがあります。
1. 既存患者フォロー型
外来で長年診てきた患者さんが通院困難になった場合に、訪問診療へ移行する形です。
対象となる患者さんを限定しやすく、家族関係や病歴も把握しているため、導入しやすい方法です。外来の患者さんとの関係を維持できるため、患者満足や地域からの信頼にもつながります。
一方で、患者数は急には増えません。採算目的で見れば、短期的には効率が悪い場合もあります。それでも、外来中心経営から在宅へ進む最初のステップとしては、最も現実的です。
2. 慢性疾患・フレイル移行型
高血圧、糖尿病、心不全、COPD、認知症、骨折後、ADL低下など、外来から在宅へ移行しやすい患者層をあらかじめ把握し、通院困難になる前から介護・訪問看護と接続する形です。
このモデルでは、在宅医療を突然始めるのではなく、外来の段階でリスク患者を把握しておきます。
- 独居
- 高齢夫婦
- 認知機能の低下
- 転倒歴
- 入退院の反復
- 服薬管理不良
- 家族介護力の低下
- 要介護認定の有無
これらを外来で記録し、必要に応じてケアマネジャーや訪問看護へつなぎます。外来と在宅の橋渡しとして、地域包括ケアに入りやすいモデルです。
3. 退院支援・病院連携型
病院から退院する患者さんを受け入れ、在宅療養を支える形です。
病院の地域連携室との関係が重要になります。がん終末期、心不全、脳血管疾患後、整形外科術後、慢性疾患増悪後など、退院後に外来だけでは支えにくい患者さんを受けることになります。
このモデルは地域貢献度が高い一方、患者の重症度が高くなりやすく、緊急対応や看取りにつながる可能性があります。十分な体制がないまま始めると、負荷が大きくなります。
4. 在宅医療重点型
在宅患者数を一定規模まで増やし、在宅部門を明確な収益部門として運営する形です。
訪問診療日、訪問エリア、同行体制、訪問看護連携、在宅療養支援診療所の届出、看取り対応、レセプト体制を整え、部門別損益で管理します。
このモデルは収益性を期待できますが、医師の複数体制、スタッフ体制、24時間対応、連携先、事務処理能力が必要です。外来中心のまま片手間で行う段階を超え、事業部門として設計する必要があります。
自院に合うパターンを決めるための5つの判断軸
在宅医療へ広げるかどうかは、次の5つの軸で考えると整理しやすくなります。
判断軸1:地域ニーズ
地域に在宅医療の需要があるかを確認します。
- 高齢者人口
- 75歳以上人口
- 独居高齢者
- 高齢夫婦世帯
- 介護認定者数
- 病院の退院患者
- 在宅看取りの状況
- 訪問看護ステーションの数
- 在宅療養支援診療所の数
- 競合診療所の在宅対応状況
- 地域包括支援センターの相談状況
都市部では高齢者数が多い一方、在宅医療を担う医療機関も多く、競争と連携が同時に存在します。郊外や地方では、需要はあっても担い手が少ない場合があります。地域差を見ずに、一般論で判断してはいけません。
判断軸2:自院の患者基盤
既存の患者さんの中に、在宅へ移行する候補がいるかを確認します。
- 外来の高齢患者数
- 慢性疾患患者数
- 通院困難予備群
- 家族付き添いが増えている患者
- 入退院を繰り返す患者
- 認知症・フレイルの患者
- 訪問看護を利用中の患者
- 介護保険を利用中の患者
自院の患者基盤に在宅移行候補が少ない場合、在宅医療を始めても、紹介元の開拓が必要になります。その場合は、病院、訪問看護、ケアマネジャーとの関係構築が先です。
判断軸3:人員体制
在宅医療は、人員体制がなければ続きません。
- 医師が1人か、複数か
- 院長が外来を抜けられる時間があるか
- 看護師が同行できるか
- 医療事務が在宅レセプトに対応できるか
- 電話対応を誰が受けるか
- 夜間・休日の連絡体制をどうするか
- 訪問看護ステーションとの連携で補えるか
- 院長不在時の代替体制があるか
院長一人で、外来も在宅も緊急対応も看取りも行う設計は、短期的には可能でも、長期的には持続が難しくなりやすい。そう考えておくべきです。
判断軸4:採算と資金
在宅医療を始める前に、部門別の採算を試算します。
- 初期費用
- 車両・通信・端末・電子カルテ対応
- 訪問バッグ・医療材料
- スタッフ人件費
- 院長時間の機会損失
- 外来患者数への影響
- 在宅売上
- 在医総管等の見込み
- 訪問件数
- 緊急往診件数
- 看取り件数
- 未収金
- レセプト返戻・査定リスク
在宅医療は、設備投資が小さく見えるため、始めやすく感じます。しかし、本当のコストは院長の時間とスタッフの時間です。ここを数字に入れなければ、採算判断にはなりません。
判断軸5:地域連携
在宅医療は、連携先がなければ機能しません。
- 訪問看護ステーション
- 薬局
- ケアマネジャー
- 地域包括支援センター
- 病院地域連携室
- 後方支援病院
- 介護事業者
- 歯科
- 訪問リハビリ
- 行政
- 医師会
連携先がない状態で在宅医療を始めると、患者数が増えたときに負荷が一気に高まります。逆に、連携先が整っていれば、少人数でも安定した在宅医療を提供しやすくなります。
外来への影響を必ず試算する
在宅医療を始めるとき、在宅部門の売上だけを見ていると、判断を誤ります。外来への影響を、必ず見なければなりません。
院長が訪問に出れば、その時間、外来枠は減ります。昼休みに訪問すれば、院長の休息時間が減ります。外来終了後に訪問すれば、残業や疲労が増えます。訪問診療日を設ければ、その分、外来予約枠を調整する必要が出てきます。
試算すべき項目は、次のとおりです。
- 訪問診療に使う週あたり時間
- 減少する外来枠
- 外来売上の減少額
- 在宅売上の増加額
- 医師時間あたり利益
- スタッフ残業時間
- 患者待ち時間への影響
- 外来患者満足度への影響
- 院長の体力・集中力への影響
外来と在宅は、単純に足し算できません。院長の時間という同じ資源を使う以上、どちらに配分するか、という問題なのです。
在宅部門を「見える化」しないと、拡大判断ができない
在宅医療を始めたら、月次で在宅部門を分けて見る必要があります。
外来と在宅を合算した月次試算表だけでは、在宅医療が本当に利益を生んでいるのか分かりません。
最低限、次の項目は分けて把握しておきたいところです。
- 外来売上
- 在宅売上
- 在宅患者数
- 訪問件数
- 在宅に係る直接人件費
- 車両費・燃料費・駐車場代
- 通信費・端末費
- 医療材料費
- 在宅関連システム費
- 書類作成・レセプト処理時間
- 未収金
- 返戻・査定
- 在宅部門の粗利益
- 医師時間あたり利益
これらを月次で確認できなければ、在宅医療を拡大すべきか、現状維持すべきか、縮小すべきかを判断できません。
在宅医療は、始めた後に患者数が増えると、撤退や縮小が難しくなります。だからこそ、初期段階から数字で管理しておく必要があるのです。
在宅医療を始めるべきクリニックのサイン
在宅医療を検討すべきクリニックには、いくつか共通したサインがあります。
- 既存患者の高齢化が進んでいる
- 家族から訪問診療の相談が増えている
- 通院困難による中断患者が増えている
- 病院から退院後管理の相談がある
- 訪問看護ステーションから連携依頼がある
- ケアマネジャーから主治医意見書や相談が増えている
- 外来患者数が横ばい、または緩やかに減少している
- 慢性疾患管理の継続性を重視したい
- 地域で看取り対応できる医療機関が不足している
- 複数医師体制、または訪問可能な時間を作れる
- 月次で部門別採算を確認できる
- 連携先と役割分担を話し合える
これらが複数当てはまる場合、在宅医療は単なる新規事業ではなく、自院の患者基盤を守るための選択肢になります。
まだ始めるべきでないクリニックのサイン
反対に、次のような状態であれば、在宅医療の開始は慎重にすべきです。
- 外来がすでに過密で、院長が訪問時間を確保できない
- 医療事務が在宅レセプトに対応できない
- 訪問看護ステーションとの連携先がない
- ケアマネジャーとの関係がほとんどない
- 夜間・休日対応の方針が決まっていない
- 看取り対応の方針が決まっていない
- 同意書・在宅療養計画・連携記録の管理体制がない
- 月次決算が遅く、部門別採算が見えない
- スタッフに十分な説明をしていない
- 在宅医療を「単価が高いから」という理由だけで考えている
- 院長一人ですべてを抱える前提になっている
このような場合でも、在宅医療を諦める必要はありません。先に整えるべき順番が違うだけです。
- まず外来の月次数字を整える
- 既存の患者さんの中から在宅移行候補を把握する
- 連携先を作る
- 院内の書類・電話・請求フローを整える
- 小さな患者数から試行する
- 6か月後に継続を判断する
在宅医療は、開始時点の勢いより、開始後の管理体制で差が出ます。
介護・訪問看護・周辺事業へ広げる判断は別に行う
在宅医療を始めると、次の段階として、訪問看護ステーション、介護事業、サービス付き高齢者向け住宅、MS法人、地域包括ケア関連事業への展開を考えることがあります。
しかし、在宅医療と周辺事業は、分けて判断すべきです。
在宅医療は、医療機関の診療機能として位置づけられます。一方、訪問看護、介護、住宅、MS法人等は、制度、指定、会計区分、税務、法人運営、利益相反、消費税、労務管理が、別に問題になります。
在宅医療で一定の患者数が見えてきたからといって、直ちに訪問看護ステーションを作るべきとは限りません。既存の訪問看護ステーションと連携したほうが、リスクが低い場合もあります。
周辺事業へ広げる場合は、次の論点を別途整理する必要があります。
- 医療法人の業務範囲
- 別法人の要否
- 指定申請
- 管理者要件
- 人員基準
- 会計区分
- 消費税
- 関係事業者取引
- 役員兼務
- 利益相反
- 資金調達
- 撤退条件
在宅医療の導入と周辺事業の展開を一体で進めると、論点が複雑になり過ぎます。まずは在宅医療そのものの採算と運用を確認し、その後に周辺事業を検討する。それが現実的です。
最初の6か月で見るべき数字
在宅医療を始めた後、最初の6か月で確認すべき数字があります。
患者数が増えたかどうかだけでは、不十分です。次の指標を見てください。
- 在宅患者数
- 新規患者数
- 終了患者数
- 月間訪問件数
- 緊急往診件数
- 夜間・休日連絡件数
- 看取り件数
- 入院・救急搬送件数
- 訪問看護連携件数
- ケアマネジャー連絡件数
- 病院からの紹介件数
- 在宅売上
- 在宅直接費
- 在宅部門利益
- 医師時間
- スタッフ時間
- 未収金
- 返戻・査定
- 外来売上への影響
- スタッフ残業時間
- 患者さんやご家族からの相談・苦情
6か月が経っても、売上、利益、負荷、連携先、外来への影響が分からない場合、在宅医療を拡大する判断はできません。
在宅医療は、始めてから整えるのではなく、始める前に「何を見て判断するか」を決めておくべきです。
外来中心から在宅・地域包括ケアへ広げる実務ステップ
実際に進める場合は、次の順番で整理すると、無理のない導入がしやすくなります。
ステップ1:既存患者の棚卸し
まず、外来の患者さんの中から、在宅へ移行する候補を把握します。年齢、疾患、ADL、認知機能、家族状況、介護保険、訪問看護利用、通院継続リスクを確認します。
ステップ2:地域連携先の棚卸し
近隣の訪問看護ステーション、薬局、ケアマネジャー、地域包括支援センター、病院地域連携室を整理します。単なる名簿ではなく、実際に連絡できる相手を確認しておきます。
ステップ3:在宅医療の対象範囲を決める
最初は、対象患者、訪問エリア、訪問曜日、緊急対応範囲、看取り対応範囲を限定します。「何でも受ける」ではなく、「今の自院で責任を持てる範囲」を明確にします。
ステップ4:収支計画を作る
在宅患者数、訪問件数、売上、直接費、医師時間、スタッフ時間、外来への影響を試算します。月次で検証できるKPIも設定します。
ステップ5:書類・記録・請求フローを整える
同意書、在宅療養計画、緊急連絡先、連携先一覧、訪問スケジュール、指示書、レセプト確認表、未収金管理表を整えます。
ステップ6:小さく始める
最初は、これまで診てきた患者さんや近隣の患者さんなど、関係性と運用が見えやすい方から始めます。
ステップ7:6か月で検証する
患者数、売上、利益、医師時間、スタッフ負荷、連携先、外来への影響を確認し、継続・拡大・縮小を判断します。
在宅医療は「攻め」だが、守りの仕組みがなければ続かない
在宅医療は、クリニックにとって、攻めの成長戦略になり得ます。
しかし、攻めの判断を支えるには、守りの仕組みが必要です。
- 月次決算
- 部門別損益
- 資金繰り表
- 在宅患者台帳
- 訪問記録
- 同意書管理
- 在宅療養計画
- レセプト確認
- 未収金管理
- 連携先管理
- スタッフ役割分担
- 緊急時対応フロー
- BCP
- 看取り方針
- 法人運営資料
これらは、事務負担を増やすためのものではありません。患者さんやご家族、スタッフ、病院、訪問看護、ケアマネジャー、金融機関、後継者、買い手候補に対して、説明できる医療機関になるための基盤です。
在宅医療を始めること自体は、難しくないかもしれません。難しいのは、地域に必要とされる水準で、採算と体制を保ちながら継続することです。
犬飼公認会計士・税理士事務所へのご相談について
外来中心経営から在宅医療・地域包括ケアへ広げるかどうかは、診療報酬の点数だけでは判断できません。
自院の外来患者数、患者年齢構成、診療圏、在宅移行候補、訪問看護・ケアマネジャー・病院との連携、人員体制、院長時間、部門別採算、資金繰り、将来の承継可能性。これらを一体で整理する必要があります。
犬飼公認会計士・税理士事務所では、医療機関を単なる申告対象ではなく、継続的に経営管理されるべき事業体として捉えています。在宅医療の展開や地域包括ケアへの関与を検討する際の、数字・資料・制度論点の整理を支援しています。
- 在宅医療を始めるべきか迷っている
- 外来と在宅の収支比較をしたい
- 在宅部門の採算を月次で見える化したい
- 訪問看護・ケアマネジャー・病院連携を前提に事業計画を作りたい
- 在宅医療を始めたが、院長やスタッフの負荷が重くなっている
- 将来の承継やM&Aに向けて、在宅医療部門を説明できる数字に整えたい
このような課題がある場合は、まず現在の外来患者数、月次試算表、在宅移行候補患者数、検討している訪問範囲、連携先の状況を整理するところから始めることをお勧めします。お問い合わせページより、自院の現状と検討している方向性をお知らせください。判断に必要な数字と論点を、順番に整理してまいります。
この記事の重要ポイント振り返り
| 論点 | 確認すべきこと | 経営判断上の意味 |
|---|---|---|
| 外来中心経営 | 外来患者数、診療単価、来院頻度、患者年齢構成 | 外来を維持するか、在宅へ広げるかの前提になる |
| 地域包括ケア | 医療・介護・予防・生活支援・住まいとの接続 | 在宅医療を単なる診療メニューではなく地域機能として見る |
| 在宅医療の4機能 | 退院支援、日常療養支援、急変時対応、看取り | 自院がどこまで担うかを明確にする |
| 外来と在宅の収支比較 | 患者数、訪問件数、医師時間、スタッフ時間、未収金 | 売上ではなく部門別利益と継続性で判断する |
| 訪問件数 | 月間訪問件数、訪問頻度、個人宅・施設の内訳 | 件数だけでなく患者の重さを見る |
| 看取り | 看取り方針、家族説明、訪問看護、後方支援病院 | 地域貢献度が高い一方、体制整備が不可欠 |
| 訪問看護連携 | 24時間対応、医療処置、緊急時対応、情報共有 | 在宅医療の継続性を左右する |
| ケアマネジャー連携 | 介護サービス、家族状況、主治医意見書、サービス担当者会議 | 医療と生活をつなぐ重要な接点になる |
| 病院連携 | 退院支援、急変時入院、検査依頼、地域連携室 | 紹介元ではなく役割分担の相手として見る |
| 月次管理 | 在宅売上、直接費、医師時間、未収金、外来影響 | 拡大・維持・縮小の判断材料になる |
| BCP | 災害時連絡、医療機器、訪問看護、薬局、家族連絡 | 在宅患者を抱える医療機関の説明責任になる |
| 導入方法 | 既存患者から小さく始め、6か月で検証 | 勢いではなく、検証可能な成長戦略にする |