有価証券報告書は、監査済み財務諸表を格納するためだけの書類ではありません。
財務諸表、注記、監査報告書、内部統制報告書、事業等のリスク、MD&A、サステナビリティ情報、コーポレート・ガバナンスの状況、監査の状況。これらが一体となって、投資者に会社の状況を説明する開示書類です。
そのため、財務諸表監査を担当する公認会計士にとって、有価証券報告書は「監査報告書を添付する先」ではありません。監査判断が市場に伝達される、制度上の場だと捉えるべきものです。
監査人が直接意見を表明する対象は、主として財務諸表等です。しかし、だからといって有価証券報告書全体に無関心でよいわけではありません。むしろ、財務諸表、注記、記述情報、KAM、内部統制報告書が相互に矛盾していないかを確認できなければ、監査判断の説明可能性は弱くなります。
本稿では、有価証券報告書と財務諸表監査の接続を、監査実務上の判断軸として整理します。
有価証券報告書は「財務諸表の提出書類」ではなく「企業情報の統合的な開示書類」である
金融商品取引法上の有価証券報告書は、継続開示制度の中心に位置づけられる書類です。
そこには、企業の概況、事業の状況、設備の状況、提出会社の状況、経理の状況など、会社を理解するための情報が体系的に記載されます。開示府令の様式上も、有価証券報告書は「第一部 企業情報」の中に、これらの項目を配置する構造になっています。
出典:e-Gov法令検索|企業内容等の開示に関する内閣府令 第三号様式
この構造を踏まえると、有価証券報告書を「経理の状況だけを確認すればよい書類」と捉えるのは不十分です。実務上も、有価証券報告書には、企業の概況、事業の概況、設備の状況、提出会社の状況、経理の状況など、財務諸表以外にも投資判断に影響し得る情報が含まれています。
もちろん、監査人の監査意見は有価証券報告書全体に対する意見ではありません。ここを混同してはいけません。
しかし、投資者は有価証券報告書を一体の情報として読みます。財務諸表に表示された数値と、事業等のリスク、MD&A、設備投資、従業員情報、サステナビリティ情報、ガバナンス情報が整合していなければ、開示全体としての信頼性は損なわれます。
監査人に求められるのは、有価証券報告書全体を保証することではありません。監査対象である財務諸表等と、監査対象外の記述情報との関係を理解し、重要な矛盾や誤りの兆候を見逃さないことです。
監査証明の対象と、有価証券報告書全体の関係を切り分ける
財務諸表監査との接続を考えるうえで、まず確認しておきたいのは、「監査証明の対象」と「有価証券報告書全体」は同じではない、という点です。
財務諸表等の監査証明に関する内閣府令では、財務諸表等の監査証明は、監査を実施した公認会計士又は監査法人が作成する監査報告書等によって行われるものとされています。
出典:e-Gov法令検索|財務諸表等の監査証明に関する内閣府令
有価証券報告書や有価証券届出書に含まれる財務計算に関する書類については、監査を行った公認会計士又は監査法人が作成する監査報告書によって監査証明が行われ、その監査報告書は有価証券報告書の中で開示されます。
この関係を図式化すると、次のようになります。
- 財務諸表監査の直接の対象は、財務諸表及び注記を中心とする財務計算に関する書類である。
- 有価証券報告書には、それに加えて、事業の状況、リスク情報、設備、株式、ガバナンス、サステナビリティ、監査の状況などが含まれる。
- 監査報告書は、財務諸表等に対する監査人の意見を、有価証券報告書の中で投資者に伝える役割を持つ。
つまり、監査人が意見を表明する対象と、投資者が実際に利用する情報の範囲にはズレがあります。
このズレを理解しないまま開示チェックを行うと、両極端の誤りが生じます。「監査対象外だから見なくてよい」と切り捨ててしまうか、逆に「有価証券報告書全体を監査した」かのように見てしまうか、のいずれかです。
重要なのは、監査対象外の記述情報についても、監査した財務諸表又は監査の過程で得た知識との間に重要な相違がないかを検討することです。
「経理の状況」は監査判断の中心だが、開示全体の一部にすぎない
有価証券報告書のうち、財務諸表監査との関係が最も直接的なのは「経理の状況」です。
ここには、連結財務諸表、財務諸表、注記、主な資産及び負債の内容、監査報告書など、財務諸表監査と密接に関連する情報が含まれます。実務上も、有価証券報告書の構成において、経理の状況は財務諸表、監査証明、監査報告書と結びつく領域として位置づけられています。
しかし、「経理の状況」だけを確認すれば監査が完結するわけではありません。
たとえば、減損損失を計上しているにもかかわらず、事業等のリスクやMD&Aに業績悪化や事業環境の変化が十分に反映されていない場合。財務諸表本体と記述情報の間に、緊張関係が生じます。
繰延税金資産の回収可能性に重要な判断が含まれているのに、将来課税所得の見積りや事業計画の前提がMD&Aと整合していなければ、監査上の見積り評価にも影響します。
継続企業の前提に関する重要な不確実性がある場合には、財務諸表注記、監査報告書、事業等のリスク、資金繰り説明、経営者対応策の記述が相互に整合している必要があります。
つまり、「経理の状況」は監査判断の中心ではあるものの、有価証券報告書全体の中で孤立して存在しているわけではないのです。
その他の記載内容は、監査対象外であっても監査人の検討対象になる
監査基準は、監査した財務諸表を含む開示書類のうち、当該財務諸表と監査報告書を除いた部分を「その他の記載内容」として扱います。
2020年改訂後の監査基準では、監査人はその他の記載内容を通読し、その他の記載内容と財務諸表又は監査人が監査の過程で得た知識との間に重要な相違があるかどうかを検討しなければならないとされています。あわせて、財務諸表や監査の過程で得た知識に関連しないその他の記載内容についても、重要な誤りの兆候に注意を払うことが求められます。
出典:金融庁|監査基準
この規定は、監査人が有価証券報告書全体に意見を表明するという意味ではありません。むしろ監査報告書上も、その他の記載内容に対して監査人は意見を表明するものではないことを明確にしています。
しかし、意見を表明しないことと、検討しないことは別です。
監査人は、その他の記載内容について、次のような観点から検討する必要があります。
- 財務諸表の数値と矛盾していないか。
- 注記で説明している重要な仮定と、MD&Aやリスク情報の説明が整合しているか。
- 監査上識別した重要な虚偽表示リスクと、事業等のリスクの記述が著しく乖離していないか。
- 内部統制の不備や開示すべき重要な不備が、ガバナンスや内部統制に関する記載と矛盾していないか。
- KAMで取り上げた事項と、関連する財務諸表注記や記述情報が対応しているか。
この検討は、形式的な開示チェックではありません。監査人が監査の過程で得た知識を、有価証券報告書全体の読み合わせに使う手続です。
記述情報の充実により、財務諸表監査との接点は広がっている
近年の有価証券報告書では、財務諸表だけでなく、記述情報の重要性が高まっています。
金融庁も、記述情報の充実に向けた取組みとして、経営方針、事業等のリスク、MD&A、サステナビリティ情報等の開示の充実を促しています。
出典:金融庁|企業情報の開示に関する情報(記述情報の充実)
また、2023年1月31日の企業内容等開示府令等の改正により、有価証券報告書等に「サステナビリティに関する考え方及び取組」の記載欄が新設され、人的資本・多様性に関する指標の開示も求められるようになりました。さらに2026年2月20日には、サステナビリティ開示基準の適用開始に向けた環境整備や人的資本開示の拡充等を含む開示府令等の改正が公布されています。
出典:金融庁|サステナビリティ情報の開示に関する特集ページ
出典:金融庁|「企業内容等の開示に関する内閣府令及び特定有価証券の内容等の開示に関する内閣府令の一部を改正する内閣府令」等の公布及びパブリックコメントの結果について
この変化は、財務諸表監査にとって周辺的な話ではありません。
記述情報が充実するほど、財務諸表との整合性が問われる場面は増えます。たとえば、気候関連リスクが重要であると記載されている会社で、固定資産の減損、耐用年数、資産除去債務、在庫評価、引当金、税効果などに全く影響がないのか。これは監査上も検討対象になり得ます。
人的資本に関する情報も同様です。退職給付、賞与引当金、人件費、リストラクチャリング、事業計画、将来キャッシュ・フロー見積りなどと無関係ではありません。
記述情報を「監査対象外だから形式的に通読する」ものとして扱うのではなく、財務諸表監査で把握した事実と会社の説明が整合しているかを検討する。監査人には、そうした姿勢が求められます。
会計上の見積りの注記は、有価証券報告書全体との整合が問われる
有価証券報告書と財務諸表監査の接続が最も強く表れる領域の一つが、会計上の見積りです。
会計上の見積りは、将来事象の結果に依存するため金額を正確に確定できない場合や、既に発生している事象について情報が不足している場合に、決算上、合理的な金額を見積もるものです。繰延税金資産、固定資産の減損、引当金などは典型的な見積り領域であり、経営者の仮定、見積りの不確実性、経営者バイアスが監査上の重要論点になります。
企業会計基準第31号「会計上の見積りの開示に関する会計基準」は、財務諸表利用者が、翌年度の財務諸表に重要な影響を及ぼすリスクを理解できるように、会計上の見積りに関する情報の開示を求めています。
出典:企業会計基準委員会|企業会計基準第31号「会計上の見積りの開示に関する会計基準」の公表
ここで重要なのは、見積り注記が財務諸表注記の中だけで完結しない、という点です。
たとえば、減損の見積りにおいて将来キャッシュ・フローの回復を前提としている一方で、MD&Aでは厳しい事業環境を強調している場合。その両者はどう整合するのかを説明できなければなりません。
繰延税金資産の回収可能性について将来課税所得を前提としているのであれば、事業計画、経営方針、リスク情報、業績見通し、KAM候補との関係を整理する必要があります。
金融商品の時価評価、デリバティブ、ヘッジ会計、退職給付、引当金なども同様です。注記の文言だけを整えればよいのではありません。見積りの前提が、有価証券報告書全体の説明と整合している必要があります。
KAMは、監査判断と有価証券報告書上の説明を接続する
KAMは、監査報告書の中で、当年度の財務諸表監査において監査人が職業的専門家として特に重要であると判断した事項を報告するものです。
監査基準委員会報告書701では、KAMは監査役等とコミュニケーションを行った事項の中から、監査人が特に注意を払った事項を踏まえて決定されるものとされています。KAMの記載は、監査プロセスの透明性を高め、財務諸表利用者に監査に関する情報を提供する役割を持ちます。
出典:日本公認会計士協会|監査基準委員会報告書701 独立監査人の監査報告書における監査上の主要な検討事項の報告
KAMの記載に際しては、財務諸表に関連する注記事項がある場合には参照を付すことが求められます。その意味で、会計上の見積りや重要な会計方針に関する注記の充実は、KAMの有用性にも影響します。
監査人がKAMを検討する際には、次の接続が重要になります。
- KAMの対象となる論点が、財務諸表注記で十分に説明されているか。
- 監査上特に注意を払った理由が、リスク評価や見積りの不確実性と整合しているか。
- 監査上の対応が、監査調書上の手続と証拠により裏づけられているか。
- 監査役等とのコミュニケーション内容と、監査報告書上のKAM記載が整合しているか。
- 有価証券報告書の記述情報が、KAMで示した監査上の重要論点と矛盾していないか。
KAMは、監査人が会社のリスクを代弁するものではありません。また、個別の会計処理に対して追加的な保証を付すものでもありません。
しかしKAMは、監査人がどの事項を特に重要と判断したかを、有価証券報告書の中で財務諸表利用者に伝える情報です。だからこそ、KAMと注記、記述情報、監査役等との対話が分断されていると、監査報告書だけが浮いてしまいます。
内部統制報告書は、財務諸表監査と有価証券報告書をつなぐ
有価証券報告書と財務諸表監査を接続するうえでは、内部統制報告書も重要です。
内部統制報告書は、財務報告に係る内部統制の有効性について、経営者が評価した結果を開示するものです。内部統制監査報告書は、その経営者評価に対する監査人の意見を示します。
2023年4月に公表された内部統制基準・実施基準の改訂では、内部統制とガバナンス、全組織的リスク管理との関係、不正リスク、評価範囲の検討、開示すべき重要な不備への対応などが、改めて重視されています。
出典:金融庁|財務報告に係る内部統制の評価及び監査の基準並びに財務報告に係る内部統制の評価及び監査に関する実施基準の改訂について
内部統制報告書を、財務諸表監査とは別のJ-SOX成果物として扱ってしまうと、有価証券報告書全体の理解を誤ります。
財務諸表監査で識別された虚偽表示、監査修正、開示不備、決算遅延、資料不備、見積りプロセスの弱さは、内部統制評価に影響する可能性があります。
逆に、内部統制監査で把握した整備不備・運用不備・開示すべき重要な不備は、財務諸表監査のリスク評価、実証手続、監査意見、KAM、監査役等への報告に影響します。
したがって、有価証券報告書を読む際には、次の接続を確認する必要があります。
- 財務諸表上の重要な虚偽表示リスクと、内部統制評価範囲が整合しているか。
- 開示すべき重要な不備の有無と、有価証券報告書上の記述が整合しているか。
- 決算・財務報告プロセスの不備が、注記や記述情報の誤りに波及していないか。
- 内部統制報告書の評価結果と、監査人の財務諸表監査上の対応が矛盾していないか。
内部統制報告書は、財務諸表監査の外にある書類ではありません。有価証券報告書全体の信頼性を支える仕組みの説明です。
有価証券報告書は、最終成果物から逆算して監査する
有価証券報告書と財務諸表監査の接続を実務に落とし込むには、監査人も会社も「最終成果物から逆算する」視点を持つ必要があります。
決算・開示業務では、単体決算、連結決算、注記、監査資料、開示基礎資料、有価証券報告書、決算短信、招集通知、内部統制報告書が相互につながっています。開示基礎資料は、最終成果物である有価証券報告書や決算短信等から逆算して作成し、最終成果物と一対一で対応するように設計することが重要です。
この視点が欠けると、監査現場では次のような問題が起こります。
- 監査資料は揃っているが、有価証券報告書の記述情報と結びついていない。
- 注記の根拠資料はあるが、MD&Aや事業等のリスクとの整合が確認されていない。
- 内部統制評価資料はあるが、開示基礎資料の作成・レビュー統制が弱い。
- KAM候補の監査調書はあるが、関連注記や監査役等とのコミュニケーションが整理されていない。
- 開示チェックは行っているが、監査上把握した事実との不整合を検討する視点が弱い。
有価証券報告書は、決算作業の最後に組み立てるものではありません。監査計画の段階から、どの論点が最終的にどの開示項目へ反映されるかを見通しておく必要があります。
「経理の状況」以外の記載も、財務諸表との整合が必要になる
会計方針の変更、会計上の見積りの変更、過去の誤謬の訂正、修正再表示が生じた場合には、財務諸表だけでなく、有価証券報告書全体への影響を検討する必要があります。
企業会計基準第24号は、会計方針の開示、会計上の変更及び過去の誤謬の訂正に関する会計上の取扱いと開示を定めています。
出典:企業会計基準委員会|改正企業会計基準第24号「会計方針の開示、会計上の変更及び誤謬の訂正に関する会計基準」の公表
有価証券報告書における前年度に関する記述は、「経理の状況」以外の部分についても、財務諸表と整合するように考える必要があります。過年度事項を遡及処理したにもかかわらず、「経理の状況」の財務諸表だけを修正し、MD&A、主要な経営指標等の推移、事業等のリスク、設備の状況などが旧数値・旧説明のまま残れば、開示全体として矛盾が生じます。
監査人は、修正再表示や過年度訂正が生じた場合、財務諸表の訂正だけでなく、有価証券報告書全体の記載への波及を確認する必要があります。
検討すべき観点は、次のとおりです。
- 主要な経営指標等の推移は修正後数値と整合しているか。
- MD&Aの増減分析は修正後の数値に基づいているか。
- 事業等のリスクの記載は、誤謬や不正の内容を踏まえて更新されているか。
- 内部統制報告書や訂正内部統制報告書の要否を検討しているか。
- 監査報告書、強調事項、その他の事項、KAMへの影響を整理しているか。
- 訂正報告書の対象範囲と、会計基準上の修正再表示の範囲を混同していないか。
「数値を直したから終わり」ではありません。開示全体として何を説明し直す必要があるのかを確認することが重要です。
監査人が有価証券報告書を読むときの実務判断軸
監査人が有価証券報告書と財務諸表監査を接続するためには、単なる開示チェックではなく、監査判断として次の観点を持つ必要があります。
財務諸表と記述情報の整合性
最初に確認すべきなのは、財務諸表と記述情報の整合性です。
売上高、営業利益、キャッシュ・フロー、設備投資、借入、減損、税効果、継続企業、不正・誤謬、内部統制不備。こうした監査上重要な論点が、有価証券報告書の他の箇所でどのように説明されているかを確認します。
ここでの目的は、文章表現を整えることではありません。監査上把握した会社の実態と、市場に向けた説明が同じ方向を向いているかを確認することです。
注記とKAMの接続
KAM候補となる事項については、関連する注記の充実度が重要になります。
KAMは監査人の説明であり、注記は経営者の説明です。両者が対応していなければ、財務諸表利用者は、どの会計上の見積りや判断が重要なのかを理解しにくくなります。
監査人は、KAMの記載を考える前に、会社の注記が監査上の重要論点を利用者に理解可能な形で説明しているかを確認する必要があります。
内部統制と開示基礎資料の接続
開示書類の誤りは、単なる記載ミスとして片付けられないことがあります。
開示基礎資料が最終成果物と対応していない。注記作成プロセスにレビューがない。非財務情報の所管部門との連携が不十分である。決算短信と有価証券報告書で説明が不整合である。こうした状況は、決算・財務報告プロセスの統制不備につながり得ます。
監査人は、開示誤りを見つけたとき、その修正だけで済ませてはなりません。なぜ誤りが発生したのか、どの統制が機能していなかったのか、内部統制評価に反映すべきかを検討する必要があります。
監査役等・審査担当者への説明可能性
有価証券報告書に関する監査判断は、監査チーム内だけで完結しません。
重要な開示論点については、会社、監査役等、審査担当者に説明できる必要があります。特に、見積り注記、KAM、その他の記載内容との不整合、訂正報告、内部統制不備、継続企業の前提、不正リスクは、説明の相手ごとに整理の仕方が変わります。
- 会社に対しては、開示上の修正が必要な理由を説明する必要があります。
- 監査役等に対しては、監査上の重要論点と会社の開示対応を報告する必要があります。
- 審査担当者に対しては、監査基準、監査証拠、判断過程、結論を説明する必要があります。
- 財務諸表利用者に対しては、監査報告書を通じて必要な情報を過不足なく伝える必要があります。
この説明可能性を確保するためには、有価証券報告書の開示項目ごとに、監査調書上の根拠がどこにあるのかを整理しておくことが重要です。
有価証券報告書と財務諸表監査を接続できない場合に起こる問題
有価証券報告書と財務諸表監査の接続が弱いと、実務上はさまざまな問題が生じます。
第一に、監査上の重要論点が開示に反映されません。監査調書では重要なリスクとして扱っているのに、有価証券報告書からは読み取れない。そうなると、投資者に対する説明が弱くなります。
第二に、KAMが形式化します。KAMが財務諸表注記や記述情報と接続していなければ、監査人がなぜその事項を重要と判断したのかが伝わりにくくなります。
第三に、内部統制不備の評価が甘くなります。開示誤りが発生しているにもかかわらず、決算・財務報告プロセスや開示統制への影響を検討しなければ、内部統制報告制度との整合が崩れます。
第四に、訂正対応が遅れます。過年度誤謬や不正が判明したとき、財務諸表、注記、MD&A、内部統制報告書、監査報告書、適時開示、臨時報告書のどこに影響するかを整理できなければ、対応が後手に回ります。
第五に、審査・レビューで説明できません。開示全体との整合を検討した痕跡がなければ、監査判断の根拠が弱く見えます。
有価証券報告書と財務諸表監査の接続は、単なる開示作業の品質にとどまりません。監査品質そのものに関わる問題です。
有価証券報告書は、監査判断の出口であり、次年度監査の入口でもある
有価証券報告書は、当年度監査の成果物であると同時に、次年度監査の重要な出発点でもあります。
当年度の有価証券報告書に記載された事業等のリスク、MD&A、見積り注記、KAM、内部統制報告書、監査の状況は、次年度の監査計画、リスク評価、重要性判断、会計上の見積りの事後的検討、内部統制評価に影響します。
たとえば、当年度のKAMで減損を取り上げた場合。翌年度の事後的検討では、当年度の見積り前提と実績差異を比較し、その差異が当時入手可能であった情報に基づく合理的な見積りの範囲内だったのかを検討する必要があります。
当年度の有価証券報告書で重要な事業リスクを記載したのであれば、翌年度のリスク評価では、そのリスクが実際にどの会計領域へ影響したかを確認することになります。
当年度の内部統制報告書で不備が識別された場合には、翌年度の監査において、是正状況、再発防止策、財務諸表監査への影響を確認する必要があります。
したがって、有価証券報告書を「提出して終わり」と扱うべきではありません。次年度監査へ引き継ぐべき監査判断の記録として読むことが重要です。
専門家への相談を検討すべき局面
有価証券報告書と財務諸表監査の接続には、会計基準、監査基準、金融商品取引法、内部統制報告制度、開示府令、取引所規則、監査役等とのコミュニケーションが重なり合います。
特に、次のような局面では、早い段階で論点を分解し、関係者に説明できる状態を整えておくことが重要です。
- 有価証券報告書の記述情報と財務諸表注記の整合性に迷いがある場合。
- 会計上の見積り、KAM、事業等のリスク、MD&Aのつながりを整理したい場合。
- 過年度誤謬、訂正報告書、内部統制報告書訂正、監査報告書への影響を検討する必要がある場合。
- 開示基礎資料、決算資料、監査資料が分断され、監査対応や審査対応で説明が難しくなっている場合。
- 上場準備段階から、上場後の有価証券報告書・内部統制報告書・KAM対応を見据えた体制を整えたい場合。
犬飼公認会計士・税理士事務所では、財務諸表監査、内部統制、開示、会計上の見積り、KAM、訂正対応を横断して、論点整理と説明可能性を重視した支援を行っています。
有価証券報告書と財務諸表監査の接続について、監査法人・監査役等・経営者・開示担当者に説明できる形で論点を整理したい場合は、犬飼公認会計士・税理士事務所HPのお問い合わせページからご相談ください。
振り返り|有価証券報告書と財務諸表監査の接続
| 論点 | 実務上の意味 | 監査人が確認すべき視点 |
|---|---|---|
| 有価証券報告書の位置づけ | 財務情報と非財務情報を一体として投資者に伝える継続開示書類 | 経理の状況だけでなく、有価証券報告書全体の説明構造を理解しているか |
| 監査証明の対象 | 監査人の意見表明対象は主として財務諸表等 | 有価証券報告書全体に意見を表明していると誤解していないか |
| 経理の状況 | 財務諸表、注記、監査報告書と直接接続する中心領域 | 注記、監査報告書、KAM、内部統制報告書との整合を確認しているか |
| その他の記載内容 | 監査対象外でも、財務諸表や監査上得た知識との重要な相違を検討する領域 | 財務諸表との矛盾、重要な誤りの兆候、監査上把握した事実との乖離を検討しているか |
| 記述情報 | 事業等のリスク、MD&A、サステナビリティ、ガバナンス等の説明 | 財務数値、見積り前提、リスク評価、内部統制評価と整合しているか |
| 会計上の見積り | 注記、KAM、MD&A、リスク情報と接続する高難度領域 | 主要な仮定、不確実性、翌年度影響、経営者バイアスを説明できるか |
| KAM | 監査上特に重要な事項を財務諸表利用者へ伝える監査報告書上の情報 | 関連注記、監査役等とのコミュニケーション、監査調書と接続しているか |
| 内部統制報告書 | 財務報告の信頼性を支える経営者評価 | 開示すべき重要な不備、決算・開示統制、財務諸表監査への影響を整理しているか |
| 開示基礎資料 | 最終成果物である有価証券報告書から逆算して作成すべき資料 | 数値・注記・記述情報・監査資料が一対一でつながっているか |
| 訂正・修正再表示 | 財務諸表だけでなく有価証券報告書全体へ波及する可能性がある | 主要指標、MD&A、リスク情報、内部統制報告書、監査報告書への影響を検討しているか |