事業承継税制を検討するとき、まず気になるのは「贈与税・相続税の納税猶予を受けられるかどうか」ではないでしょうか。多くの経営者の方が、この一点から相談を始められます。
確かに、法人版事業承継税制の特例措置には、大きな税務上の効果があります。一定の要件を満たす非上場株式等について、納税猶予の対象となる株式数の制限が撤廃され、納税猶予割合も引き上げられています。制度の趣旨としては、円滑化法の認定を受けた非上場会社の株式等を贈与・相続等により取得した場合に、一定の要件のもとで贈与税・相続税の納税を猶予し、後継者の死亡等によって猶予税額の納付が免除される、という仕組みです。
出典:国税庁|法人版事業承継税制
出典:国税庁|No.4439 非上場株式等についての贈与税の納税猶予及び免除の特例等
ただ、実務の現場に立っていると、本当に重要なのは適用時点の要件確認だけではない、と感じます。
事業承継税制は「税金がなくなる制度」ではありません。一定の要件を満たし続けることを前提に、納税が猶予される制度です。適用した時点では問題がなくても、その後の代表者変更、株式の移動、議決権割合の変化、組織再編、資産構成の変化、あるいは報告・届出の失念といった出来事によって、納税猶予を維持できなくなる可能性があります。
ですから、この制度を活用するかどうかは、「適用できるか」だけで判断すべきものではないと考えています。
承継後にきちんと管理できるか。会社の将来方針と制度上の制約が、どこかで矛盾しないか。後継者が経営判断を行う際に、納税猶予の制約を把握できる体制があるか。都道府県への報告、税務署への届出、そして株式・議決権・財務の管理を、継続して行えるか。
ここまで見届けて、ようやく「使うべき制度かどうか」を判断できるのだと思います。
本稿では、法人版事業承継税制を中心に、個人版にも共通する考え方を含めながら、適用後の管理がなぜ重要なのかを整理します。各報告書・届出書の具体的な記入方法までは扱いません。お伝えしたいのは、制度を適用したあとに会社と後継者が何を管理すべきか、どのような体制を整えておくべきか、という判断の軸です。
事業承継税制は「適用して終わり」の制度ではない
事業承継税制は、申請・認定・申告が終われば完了する制度ではありません。むしろ、適用したあとから本格的な管理が始まります。
法人版の特例措置では、特例承継計画を提出し、贈与・相続によって株式を取得し、都道府県知事の認定を受け、税務署へ申告し、担保提供等を行うことで、ようやく納税猶予の適用に至ります。手続の期限も定められており、特例承継計画は令和9年9月30日まで、贈与・相続による株式の取得は令和9年12月31日までに行う必要があります。
ただ、ここまでの手続は、あくまで「納税猶予を受けるための入口」にすぎません。
入口を通過したあとも、後継者は一定期間にわたり、代表者であり続けること、対象株式を保有し続けること、会社が制度上求められる状態を維持すること、そして必要な報告・届出を行うことを、管理し続けなければなりません。
この点を見誤ると、事業承継税制は一転して危うい制度になります。適用時には税負担が大きく軽減されたように見えても、取消事由に該当すれば、猶予されていた税額の全部または一部を納付しなければならない可能性があるからです。しかも、その時点で会社や後継者の手元に納税資金が十分にあるとは限りません。
つまり、この制度の本質は、申請時の「適用可否」ではなく、適用後の「維持可能性」にあります。
適用後の管理が重要になる、3つの理由
1. 納税猶予は、要件を満たし続けることが前提だから
事業承継税制では、一定の要件を満たすことで納税が猶予されます。この「猶予」という性質が、何より重要です。
税額が最初から消えるわけではありません。一定の免除事由が生じるまで、猶予されている税額は制度上ずっと残り続けます。その間に要件から外れれば、納税猶予が打ち切られる可能性があるのです。
たとえば、後継者が代表者でなくなる、対象株式を譲渡する、議決権要件を満たさなくなる、会社が資産管理会社に該当する、必要な届出を提出しない。こうした事象は、いずれも納税猶予の維持に影響します。
もちろん、すべての変化がただちに全部取消につながるわけではありません。制度上、一部取消、免除、再計算、届出による対応で済む場面もあります。それでも、会社側が変化を把握し、制度上の影響を確認し、期限内に必要な手続を行う体制がなければ、対応のしようがありません。
「制度を使ったこと」は覚えていても、「何をしてはいけないのか」「何をしたら届出が必要なのか」が社内で共有されていない。これが、適用後の管理において最も危うい状態です。
2. 報告・届出の管理が、制度の維持そのものに直結するから
法人版事業承継税制では、適用後に都道府県への年次報告と税務署への継続届出が必要になります。
認定後の流れとしては、税務申告後の5年間は、都道府県庁へ年次報告書を、税務署へ継続届出書を、いずれも年に1回提出します。6年目以降は、税務署にのみ継続届出書を3年に一度提出する形になります。
この継続届出には、注意すべき点があります。継続届出書を期限までに提出しなかった場合、その提出期限の翌日から2か月を経過した日に、納税猶予に係る期限が確定してしまうのです。提出時期は、贈与税または相続税の申告期限後5年間は毎年、5年を経過したあとは3年ごととされています。
出典:国税庁|B1-66 非上場株式等についての贈与税・相続税の納税猶予の継続届出手続(特例措置)
ここで意識しておきたいのは、年次報告と継続届出は、単なる事務作業ではないということです。
これらは、制度上求められる状態が維持されているかを確認し、行政や税務署に対して説明するための手続です。ですから、提出直前に慌てて書類を揃えるだけでは、本来の管理としては不十分です。
毎年、株主構成、代表者、議決権割合、従業員数、資産構成、会社の状態、組織再編の有無、担保関係などを確認し、制度上のリスクがないかを点検しておく。そうした地道な作業が、結果として制度の維持につながります。
3. 承継後の経営判断が、取消リスクに影響するから
事業承継税制を適用したあとも、会社の経営は続いていきます。後継者は、設備投資、借入、役員報酬、配当、自己株式の取得、株式の譲渡、組織再編、子会社の設立、不動産の取得、事業の売却、廃業の検討と、さまざまな経営判断を重ねていくことになります。
通常の経営判断としては合理的であっても、事業承継税制の観点から見ると、納税猶予の継続に影響することがあります。
たとえば、会社の資産構成が変わり、特定資産の割合が高くなる場合。後継者が対象株式を一部譲渡する場合。合併、会社分割、株式交換などの組織再編を行う場合。後継者が代表を退任する場合。あるいは、会社を売却・廃業する可能性が出てきた場合。
これらは、税務申告書だけを見ていて管理できるものではありません。経営会議や金融機関対応、株主間協議、組織再編の検討段階から、事業承継税制への影響を確認しておく必要があります。
制度適用後の管理は、税務部門だけの仕事ではありません。会社の経営管理そのものに組み込んでおくべきものだと考えています。
法人版事業承継税制で管理すべき、主な項目
法人版事業承継税制の適用後は、少なくとも次のような項目を継続して確認しておく必要があります。
後継者が代表者としての地位を維持しているか
事業承継税制は、後継者への経営承継を前提とする制度です。そのため、後継者が代表者であり続けるかどうかは、重要な管理項目になります。
代表権の変更、共同代表、代表取締役の追加や退任、後継者の健康状態、さらに次世代への承継。これらは単なる登記事項にとどまらず、納税猶予の維持に関わってくる可能性があります。
代表者の変更を検討する際には、会社法上の手続、登記、金融機関対応だけでなく、事業承継税制上の影響をあらかじめ確認しておくべきです。
対象株式を保有し続けているか
納税猶予の対象となった株式を譲渡したり、贈与したり、自己株式として会社が取得したりすると、取消や一部取消の問題が生じる可能性があります。
後継者が納税資金や個人資金を確保するために、安易に対象株式を資金化してしまうのは危険です。
また、株式そのものの移動がなくても、自己株式の取得、株式併合、種類株式の発行、議決権制限株式の設計、株式交換・株式移転などによって、議決権割合や株式の内容が変わることがあります。
適用後は、「株式を動かす前に、まず確認する」という運用ルールを、社内で明確にしておくべきです。
同族関係・議決権割合・筆頭株主の関係が崩れていないか
事業承継税制では、株式数だけでなく、議決権割合や同族関係も重要になります。
承継後に他の株主が株式を移動した、相続が発生した、自己株式を取得した、種類株式を発行した。こうした場面では、後継者の議決権割合や同族内での位置づけが変わることがあります。
とりわけ非上場会社では、株主名簿が十分に整備されていないことも少なくありません。名義株、所在不明株主、過去の株式譲渡の未整理、相続未了の株式。こうしたものがあると、継続管理の前提そのものが不安定になります。
適用時だけでなく、適用後も株主名簿と実質株主の確認を続けることが大切です。
会社が制度の対象となる状態を維持しているか
法人版事業承継税制では、対象となる会社が一定の要件を満たしている必要があります。なかでも注意したいのが、資産保有型会社・資産運用型会社に関する管理です。
承継後に余剰資金で不動産や有価証券を取得する、事業用資産よりも金融資産や遊休不動産が増えていく、事業収入よりも資産運用収入が目立つようになる。こうした状況になると、制度上の要件に影響する可能性があります。
会社の財務安全性を高めるための資産運用や不動産保有であっても、事業承継税制の上では、また別の評価が必要になることがあります。
ですから、承継後の投資判断や資産取得は、法人税・会計・金融機関対応だけでなく、事業承継税制の継続要件と併せて検討する必要があります。
雇用確保要件と、未達時の説明を管理しているか
法人版の特例措置では、雇用要件について弾力化が図られています。とはいえ、雇用維持要件を満たせなかった場合に、何もしなくてよいわけではありません。
特例措置において雇用確保要件を満たさなかった場合には、中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律施行規則に基づき、要件を満たさなかった理由等を記載した報告書を都道府県知事に提出し、確認を受ける必要があります。そして、その報告書および確認書の写しは、継続届出書の添付書類として求められます。
出典:国税庁|No.4439 非上場株式等についての贈与税の納税猶予及び免除の特例等
つまり、雇用要件は「弾力化されたから管理は不要」というものではありません。むしろ、雇用が減少した理由、その背景にある経営上の事情、改善に向けた取組み、認定支援機関の所見などを、いつでも説明できる状態にしておく必要があります。
人員構成の変化、事業の縮小、不採算部門の整理、外注化、採用難。これらは経営判断として避けられないこともありますが、制度上は説明可能性が求められます。
年次報告・継続届出の期限を管理しているか
提出期限の管理は、最も基本的でありながら、最も事故につながりやすい論点です。
適用後は、通常の法人税申告、消費税申告、年末調整、社会保険手続などとは別に、事業承継税制に固有の期限管理が必要になります。
しかも、都道府県への報告と税務署への届出は、提出先も目的も異なります。「都道府県に報告したから、税務署への継続届出も済んだ」と取り違えてはいけません。反対に、税務署へ継続届出書を提出していても、認定に関する都道府県への報告が別途必要となる期間があります。
この二系統の管理を社内で理解していないと、提出漏れのリスクが一気に高まります。
個人版事業承継税制でも、適用後管理の発想は変わらない
本稿の中心は法人版ですが、個人版事業承継税制でも、適用後の管理が重要であることに変わりはありません。
個人版は、青色申告に係る一定の事業用資産を贈与または相続等によって取得した場合に、一定の要件のもとで贈与税・相続税の納税が猶予され、後継者の死亡等によって免除される制度です。青色申告に係る事業の継続など、一定の要件を満たす限り納税は猶予されますが、免除に至るまでに特例事業用資産を後継者の事業の用に供さなくなった場合などには、猶予が打ち切られ、その税額と利子税を納付しなければなりません。
出典:国税庁|No.4442 個人の事業用資産についての贈与税の納税猶予及び免除
継続届出の手続についても、考え方は法人版と共通しています。事業用資産についての贈与税・相続税の納税猶予の継続届出書を期限までに提出しなかった場合には、その提出期限の翌日から2か月を経過した日に、納税猶予に係る期限が確定します。提出時期は、贈与税または相続税の申告期限後、3年ごととされています。
出典:国税庁|B1-96 事業用資産についての贈与税・相続税の納税猶予の継続届出手続
法人版では、株式・議決権・会社要件の管理が中心になります。一方、個人版では、特定事業用資産、青色申告、事業の継続、資産の保有・利用状況などが管理の対象です。
対象は異なりますが、共通しているのは一点です。「猶予を受けたあとも、制度上求められる状態を維持し、いつでも説明できるようにしておく必要がある」ということです。
適用後の管理で、特に注意すべき経営判断
事業承継税制の適用後、次のような経営判断を行う際には、事前に制度上の影響を確認しておく必要があります。
代表者の交代・共同代表・役員体制の変更
後継者が代表者を退任する、他の親族や役員が代表者に就任する、共同代表制にする、後継者が病気や高齢化を理由に退任を検討する。このような場合、会社法上は可能であっても、事業承継税制上の要件に影響する可能性があります。
代表者の変更は、登記手続だけで終わらせず、納税猶予との関係を必ず確認しておくべきです。
株式の譲渡・贈与・自己株式取得
対象株式の移動は、納税猶予に直結する可能性があります。
後継者が一部株式を他の親族に譲渡する、会社が自己株式として取得する、後継者がさらに次世代へ株式を贈与する、少数株主対策として株式を集約する。こうした場面では、税務上の時価、みなし配当、贈与税、譲渡所得だけでなく、納税猶予の取消・免除・猶予継続贈与の可否までを確認しなければなりません。
合併・会社分割・株式交換・株式移転
承継後にグループ再編を行うことは、決して珍しくありません。
事業の分社化、持株会社化、子会社の整理、兄弟会社の統合、株式交換による完全子会社化。これらが経営上合理的な場面も当然あります。
ただ、適用後に組織再編を行う場合には、認定の承継、株式の保有関係、対象会社の存続、後継者の議決権、取消事由への該当可能性などを、慎重に確認する必要があります。
組織再編は、実行してから税務影響を確認しても、手遅れになることがあります。検討の段階で、事業承継税制への影響を確かめておくことが大切です。
不動産・有価証券・余剰資金の運用
承継後に会社の余剰資金で不動産や有価証券を取得する場合には、法人税や会計上の損益だけでなく、資産管理会社判定への影響を確認する必要があります。
会社の財務安全性を高めるための投資であっても、制度上は特定資産の保有割合や収入構造が問題になることがあります。とりわけ、事業会社としての実態よりも資産保有・資産運用の色合いが強まっていく場合には、注意が必要です。
売却・廃業・事業縮小の検討
事業承継税制を適用したあとでも、将来、事業環境が変わることはあります。
後継者が事業を続けるつもりで承継したとしても、業績の悪化、採用難、取引先の変化、後継者自身の事情などによって、売却・廃業・一部事業の撤退を検討せざるを得ない場面も出てきます。
このような場面では、納税猶予がどのように扱われるのか、譲渡対価や廃業時の価値に基づく再計算・免除の余地があるのか、利子税や納付資金をどう確保するのかを確認しておく必要があります。
事業承継税制を使う時点で、将来の売却や廃業の可能性を完全に排除できる会社は、そう多くありません。だからこそ、適用前から出口を見据え、適用後も状況の変化を管理していく必要があるのです。
適用後の管理は、社内の「仕組み」にしなければ続かない
事業承継税制の管理を、担当者の記憶や専門家任せにしてはいけません。
制度適用後の管理は、数年で終わるものではありません。その間に、代表者、経理担当者、顧問の専門家、金融機関の担当者が入れ替わることもあります。申請時に関与した担当者が、数年後も同じように事情を把握しているとは限らないのです。
そのため、事業承継税制を適用した会社では、少なくとも次のような管理体制を整えておくべきだと考えています。
まず、適用内容を一覧にまとめます。どの制度を使ったのか、一般措置か特例措置か、贈与税か相続税か、対象株式数はいくつか、猶予税額はいくらか、担保は何か、後継者は誰か。そして、申告期限、報告基準日、届出期限はいつか。こうした基本情報を、一枚に整理しておきます。
次に、毎年確認すべき事項を管理表にします。代表者、株主構成、議決権割合、対象株式の保有状況、従業員数、資産構成、特定資産、組織再編の有無、担保状況、提出書類、提出控え。これらを定点で確認できるようにしておきます。
さらに、経営判断の前に確認すべき事項を、社内ルールとして定めておきます。株式を動かす前、代表者を変更する前、組織再編を行う前、不動産や有価証券を大きく取得する前、会社の売却や廃業を検討する前には、必ず事業承継税制への影響を確認する。こうした運用が必要です。
この仕組みがなければ、制度適用後の管理はどうしても属人的になります。
属人的な管理は、最初の数年こそ問題なく回っているように見えても、担当者の交代、決算期の繁忙、相続の発生、金融機関対応、組織再編の検討といった出来事が重なったときに、もろくも崩れてしまいます。
「税理士に任せているから大丈夫」とは限らない
事業承継税制の適用後管理において、専門家の関与は確かに重要です。ただ、「税理士に任せているから大丈夫」という考え方には、少し注意が必要だと感じます。
事業承継税制は、税務申告だけで完結する制度ではありません。都道府県への報告、税務署への継続届出、株主構成、会社法上の手続、登記、資産構成、組織再編、金融機関対応、相続法務。これらが幅広く関係してきます。
通常の法人税申告を担当している税理士が、当然に事業承継税制の適用後管理をすべて把握しているとは限りません。逆に、申請時にスポットで関与した専門家が、その後の継続管理まで担っているとも限らないのです。
大切なのは、誰が何を管理するのかを、はっきりさせておくことです。
会社側は、経営判断や株式・役員の変更といった情報を、専門家へ共有する。税務専門家は、継続届出、猶予税額、取消事由、添付書類を確認する。必要に応じて、弁護士、司法書士、金融機関、認定支援機関と連携する。そして、重要な判断については、検討の経緯と結論を記録に残しておく。
この役割分担が曖昧なままでは、あとになって「結局、誰も確認していなかった」という事態になりかねません。
適用後の管理で、残しておくべき記録
事業承継税制の管理では、提出書類だけでなく、判断の記録こそが重要になります。
たとえば、次のような資料は、あとから説明できるよう整理しておくべきものです。
- 特例承継計画、変更申請書、認定申請書、認定書
- 贈与税申告書、相続税申告書、添付書類、担保提供資料
- 年次報告書、継続届出書、提出控え
- 株主名簿、株式移動の資料、議決権割合の確認資料
- 取締役会・株主総会の議事録、登記関係資料
- 従業員数、雇用要件、雇用未達時の理由説明資料
- 決算書、勘定科目内訳書、特定資産に関する資料
- 組織再編、資本政策、自己株式取得等を検討した際の判断メモ
- 専門家から受けた助言、リスク説明、会社側の意思決定記録
これらは、単に税務調査に備えるためだけの資料ではありません。
後継者が数年後に経営判断を行うとき、過去にどの制度を使い、どの制約を負い、何を守る必要があるのかを確認するための資料でもあります。
事業承継税制を使うということは、税務上の履歴を会社に持たせるということでもあります。その履歴を、あとから説明できる状態にしておくこと。それが、承継後の会社を守ることにつながります。
適用後の管理を軽視すると、経営判断が後手に回る
事業承継税制の管理ができていない会社では、重要な経営判断の場面で、問題が一気に表面化します。
代表者を変更したいが、納税猶予への影響が分からない。組織再編をしたいが、取消事由に該当するか分からない。不動産を取得したいが、資産管理会社化の判定ができていない。後継者が株式を一部移したいが、猶予税額への影響が分からない。売却や廃業を検討したいが、納税額がどの程度発生するのか分からない。
こうした状態では、経営判断そのものが止まってしまいます。
事業承継税制は、会社を守るための制度として活用できます。しかし、管理が不十分なまま使うと、かえって後継者の経営判断を縛る要因にもなりかねません。
だからこそ、制度を適用した時点で「税額が猶予された」と安心するのではなく、「これから何を管理していくか」を、その場で決めておく必要があるのです。
専門家に相談すべきタイミング
事業承継税制の適用後は、年次報告や継続届出の直前だけ専門家に相談する、という関わり方では不十分です。
とりわけ、次のような場面では、事前の相談が欠かせません。
- 代表者や役員体制を変更する前
- 対象株式を譲渡、贈与、自己株式取得する前
- 種類株式、株式併合、株式交換、株式移転などを検討する前
- 合併、会社分割、事業譲渡、子会社再編を検討する前
- 不動産、有価証券、遊休資産の取得や売却を行う前
- 雇用が大きく減少する見込みがあるとき
- 会社の売却、廃業、清算、事業再生を検討し始めたとき
- 後継者や先代経営者に相続が発生したとき
- 継続届出や年次報告の管理に、社内で不安を感じたとき
ここで重要なのは、いずれも「実行する前」に確認するということです。
実行したあとに相談しても、取り得る選択肢が限られてしまうことがあります。とりわけ、株式の移動、代表者の変更、組織再編、資産の取得は、実行前であれば設計を見直せる可能性がありますが、実行後は税務上の影響を受け入れざるを得ない場面が増えていきます。
事業承継税制の管理は、申告業務というよりも、経営判断の事前確認に近い領域だと考えています。
事業承継税制を活かすには、承継後の「数字と事実」を整えることが必要
事業承継税制は、税額を抑えるためだけの制度ではありません。
後継者が会社を引き継ぎ、経営権を安定させ、株式や事業用資産を守り、納税資金の負担を抑えながら、事業を続けていくための制度です。
そのためには、承継したあとも、数字と事実を整え続ける必要があります。
株主名簿は正しく整っているか。議決権割合をきちんと説明できるか。後継者は代表者として経営を担っているか。会社の資産構成は、制度上問題ないか。雇用や事業の継続について、説明できる状態にあるか。報告・届出の期限を管理できているか。将来の再編・売却・廃業の可能性まで、視野に入れているか。
これらを継続して確認できて、初めて事業承継税制は、会社を守る仕組みとして機能します。
反対に、適用後の管理がないまま制度だけを使ってしまうと、せっかくの税制上のメリットが、将来の経営判断を縛るリスクへと姿を変えてしまうことがあります。
事業承継税制を使うかどうかは、適用時点の税額だけでなく、承継後の管理体制まで含めて判断すべきものです。
事業承継税制の適用後管理に、不安がある場合
事業承継税制は、申請・認定・申告だけで終わる制度ではありません。むしろ、適用したあとにどのような管理体制を整えるかによって、その意味は大きく変わってきます。
「すでに適用を受けているが、継続届出や年次報告の管理が不安」 「代表者変更や株式の移動を検討しているが、取消事由に該当しないか確認したい」 「承継後の組織再編、自己株式取得、資産管理会社化の影響を整理したい」 「過去の申請資料や届出状況を整理し、あとから説明できる状態にしておきたい」
このような場合は、早い段階で専門家に相談し、現在の管理状況を確認しておくことをおすすめします。
犬飼公認会計士・税理士事務所では、単なる申告手続にとどまらず、会社の株主構成、財務状況、承継後の経営判断、継続管理、取消リスクまでを踏まえた整理を重視しています。
事業承継税制の適用後管理について、現在の状況を一度整理したいとお考えの方は、当事務所HPのお問い合わせページよりご相談ください。制度を使い続けるために、何を確認し、どこから整えていくべきかを、数字と事実に基づいて一緒に整理してまいります。
重要事項の振り返り
| 確認項目 | 実務上の意味 | 管理を怠った場合のリスク |
|---|---|---|
| 事業承継税制の性質 | 非課税ではなく、要件を満たすことを前提とした納税猶予制度 | 猶予税額が残っている意識が薄れ、取消時の納税資金を想定できない |
| 後継者の代表者要件 | 承継後も後継者が経営を担っているかを確認する | 代表者変更時に、納税猶予への影響を見落とす |
| 対象株式の保有 | 納税猶予の対象株式を後継者が保有し続けているかを確認する | 譲渡・贈与・自己株式取得等により、取消・一部取消の可能性が生じる |
| 議決権・株主構成 | 後継者の支配権と税制要件を維持する | 株式分散・名義株・相続未了株式により、要件確認が不安定になる |
| 会社要件・資産構成 | 会社が制度の対象となる状態を維持しているかを確認する | 資産管理会社化などにより、猶予継続に影響する可能性がある |
| 年次報告 | 都道府県に対して、認定後の状況を報告する | 認定の維持や継続管理に支障が生じる |
| 継続届出 | 税務署に対して、納税猶予の継続を届け出る | 期限の徒過により、納税猶予の期限が確定する可能性がある |
| 雇用要件 | 雇用の維持状況と、未達時の理由を説明する | 報告書・確認書等の整備不足により、継続届出に影響する |
| 組織再編・売却・廃業 | 将来の経営判断が納税猶予に与える影響を確認する | 実行後に、多額の納付や届出漏れが判明する可能性がある |
| 記録管理 | 申請・届出・判断の経緯を、あとから説明できるようにする | 担当者交代や税務調査の際に、制度適用の根拠を説明しにくくなる |