事業承継税制を検討し始めた会社から、よくいただく質問があります。
- 「まず顧問税理士に相談すればよいのでしょうか」
- 「弁護士には、いつ入ってもらうべきでしょうか」
- 「司法書士は、登記のときだけで足りますか」
- 「金融機関には、どの段階で説明すればよいでしょうか」
- 「公認会計士と税理士では、役割はどう違うのでしょうか」
- 「認定支援機関の確認があれば、専門家の関与はそれで十分ですか」
こうした問いに対して、「税務は税理士、法務は弁護士、登記は司法書士、資金は金融機関」とだけ振り分けてしまうと、実務では足りません。
事業承継税制は、法人版であれば非上場会社株式等を、個人版であれば一定の事業用資産を対象に、贈与税・相続税の納税猶予・免除を認める制度です。ただし、これは非課税制度ではありません。要件を満たし続けることを前提とした、あくまで納税猶予の制度です。
法人版事業承継税制では、円滑化法の認定を受けた非上場会社株式等の贈与・相続等について、一定の要件のもとで贈与税・相続税の納税が猶予されます。そして後継者の死亡等によって、猶予されていた税額の納付が免除される仕組みになっています。
法人版の特例措置については、令和9年9月30日までに特例承継計画を提出し、令和9年12月31日までに贈与・相続によって株式を取得するという制度設計が、中小企業庁から示されています。
期限のある制度ですから、相談の入口では、どうしても「早く計画を出したい」「申請に間に合わせたい」という話になりがちです。
しかし、専門家の役割分担を整理しないまま進めてしまうと、思わぬところでつまずきます。税務申告は進んだものの株主構成が不安定なまま残ってしまう。遺言は作ったが納税資金が足りない。登記は済んだのに金融機関への説明が後手に回る。こうした事態は、決して珍しくありません。
本記事では、事業承継税制を検討する会社が、税理士・公認会計士・弁護士・司法書士・金融機関に何を相談し、どの段階で誰を関与させるべきかを整理します。特定の士業を優劣で並べるための記事ではありません。会社を守る承継判断のために、どの専門性を、どの順番で、どの資料にもとづいて接続していくべきか。その見取り図を確認していただくための記事です。
事業承継税制は「一人の専門家だけ」で完結しにくい
事業承継の実務では、検討すべき事項が驚くほど広い範囲に及びます。
- 後継者を誰にするか
- 株式をいつ、誰から、どの範囲で移すか
- 自社株評価額はいくらか
- 贈与税・相続税の納税猶予額はいくらか
- 対象外財産の納税資金は足りるか
- 他の相続人の遺留分にどう配慮するか
- 名義株や少数株主は残っていないか
- 定款、株主名簿、株券、議事録は整っているか
- 金融機関借入や経営者保証はどう引き継ぐか
- 特例承継計画、認定申請、税務申告、担保提供、継続届出を誰が管理するか
- 将来、組織再編、M&A、廃業の可能性があるか
事業承継の手法は、親族内承継・社内承継・第三者承継のいずれを選ぶかによって、大きく変わります。そして税制だけでなく、金融支援、M&A支援、経営者保証、事業承継・引継ぎ支援センターといった多様な施策が、そこに関わってきます。
つまり、事業承継税制の相談は、税務申告だけの相談ではないのです。税務、会計、会社法、相続法務、登記、金融、事業計画、株主管理を横断する、ひとつのプロジェクトだと考えていただくのがよいと思います。
実務上は、税理士・公認会計士が入口になることが多いでしょう。実際、事業承継を行った経営者の相談先としては、公認会計士・税理士や取引先金融機関が挙げられる傾向があります。とはいえ、近しい専門家だけで完結させるのではなく、必要な段階で他分野の専門家を入れていく。その判断が、何より重要になります。
最初に決めるべきは「誰に聞くか」ではなく「何を分けて検討するか」
専門家の役割分担を整理する前に、まず業務そのものを分解しておく必要があります。
事業承継税制の検討は、大きく次の7つに分けて考えると見通しがよくなります。
- 制度適用判断
- 自社株評価・税額試算
- 承継スキーム設計
- 相続法務・株主法務
- 会社法手続・登記
- 納税資金・会社財務・金融機関対応
- 承継後の報告・届出・継続管理
このうち、税務だけで完結するのは一部にすぎません。
たとえば自社株評価は税務判断です。しかし、その評価の前提となる株主区分、議決権、自己株式、種類株式、未分割株式、名義株の有無は、会社法・株主管理の論点になります。名義株や株主名簿の不備があれば、税務上の同族株主判定だけでなく、株式移転そのものの有効性、M&A時の表明保証、少数株主対応にまで影響が及びます。
実務では、株主名簿の整備、名義株の調査、株券の有無、原始定款や同族会社等の判定資料の確認といった作業が、見落としてはならない調査項目になります。
納税猶予を使うかどうかも、もちろん税務判断です。けれども、猶予対象外税額、株式買取資金、役員退職金、借入、経営者保証、金融機関の与信判断となると、これは財務・金融の論点に移っていきます。事業承継では、相続税・贈与税の納税資金、親族外後継者による株式買取資金、借入金の個人保証が、大きな支障になることがあるのです。
ですから、相談の入口で必要なのは、すぐに「誰へ依頼するか」を決めることではありません。まず自社の承継課題を分解し、どの分野の判断が未整理なのかを見える化すること。ここから始めるのが、遠回りのようでいて確実です。
税理士の役割|税務判断・申告・納税猶予管理の中核
税理士は、事業承継税制の実務で中心的な役割を担います。
税理士の業務として掲げられているのは、税務代理、税務書類の作成、税務相談です。税務代理には確定申告、青色申告承認申請、税務調査の立会い、不服申立て等が含まれ、税務書類の作成には相続税申告書等の作成も含まれます。
事業承継税制の文脈で税理士が担う主な役割は、次のとおりです。
- 自社株評価の前提整理
- 贈与税・相続税の試算
- 納税猶予額と猶予対象外税額の整理
- 相続時精算課税・暦年贈与・売買との比較
- 特例承継計画の税務面の検討
- 贈与税申告・相続税申告
- 担保提供の確認
- 継続届出書の提出管理
- 取消時・一部取消時の税額試算
- 役員退職金、死亡退職金、自己株式取得、みなし配当の税務検討
特に気をつけていただきたいのは、事業承継税制の適用判断では「納税猶予される税額」だけを見ても足りないということです。「猶予されない税額」「取消時に必要となる資金」「後継者個人の資金負担」を、同時に試算しておく必要があります。
税理士に求められるのは、制度要件を満たすかどうかの判断にとどまりません。制度を使った場合と使わなかった場合とで、税額・資金繰り・将来リスクがどう変わるのか。それを比較できる形に整理することです。
ただし、税理士だけで解決できない領域もあります。少数株主との紛争、遺留分侵害額請求への法的対応、株主間契約、信託契約、M&A契約、会社法上の争訟性の高い手続には、弁護士の関与が必要になる場面があります。登記実務には司法書士が、資金調達や保証解除には金融機関との協議が欠かせません。
公認会計士の役割|財務の見える化・事業計画・説明可能性
公認会計士は、監査および会計の専門家として、財務書類その他の財務に関する情報の信頼性を確保することを使命としています。公認会計士法は、公認会計士が財務書類の監査または証明を業とし、あわせて財務書類の調製、財務に関する調査・立案、財務に関する相談にも応じることができると定めています。
事業承継税制における公認会計士の役割は、税務申告そのものよりも、財務の見える化、事業計画、資金繰り、金融機関への説明にあります。なお、公認会計士が税務業務を行う場合には、税理士登録が必要となる点には注意が必要です。公認会計士は監査・会計・経営に関する専門的知識を生かしますが、税務業務については税理士登録が前提になります。
公認会計士が有効に機能するのは、たとえば次のような場面です。
- 承継前後の事業計画を、金融機関に説明する必要がある
- 後継者が引き継ぐ会社の収益力・資金繰り・純資産を整理したい
- 役員退職金の支給が会社財務に与える影響を確認したい
- 自己株式取得によって会社資金が流出する影響を見たい
- 金融機関向けに、承継後5年間の損益・キャッシュフローを整理したい
- M&Aや組織再編の可能性も含め、財務デューデリジェンスに近い観点で会社を点検したい
- 後継者や親族に説明できる承継シミュレーションを作成したい
事業承継税制は、特例承継計画に後継者、承継時期、経営見通し、承継後の経営計画を記載する制度です。税務上の計画であると同時に、経営計画としての合理性も問われます。特例承継計画では、後継者や承継時までの経営見通し等を会社が作成し、認定支援機関がそれに所見を記載する仕組みになっています。
ですから、承継後の財務安全性、事業計画、金融機関への説明を重く見る会社では、公認会計士の関与がとりわけ生きてきます。
弁護士の役割|会社法・相続法務・紛争予防
弁護士の役割は、税額を計算することではありません。承継後に経営権や親族関係が崩れないよう、法務上のリスクを整理することにあります。
事業承継税制では、後継者に株式を集中させればさせるほど、他の相続人との関係、遺留分、特別受益、代償金、遺言、遺産分割が問題になってきます。少数株主が存在する会社であれば、株主権、株主総会、帳簿閲覧、役員責任追及、株式買取請求、株式価格決定申立てといった会社法上の論点も浮かび上がります。
少数株主には、計算書類等の閲覧・交付請求権、会計帳簿の閲覧謄写請求権、株主総会招集権、株主提案権、役員解任の訴え、株主代表訴訟など、実に多様な権利があります。事業承継において、この少数株主問題が実務上の壁になることは、決して珍しくありません。
弁護士に相談すべき典型的な場面は、次のとおりです。
- 他の相続人が、自社株の承継に納得していない
- 遺留分侵害額請求が想定される
- 先代の遺言内容に争いが生じそうである
- 名義株、実質株主、相続未了株式をめぐる争いがある
- 少数株主から株主権を行使されている
- 株主間契約、種類株式、信託、スクイーズアウトを検討している
- M&Aや組織再編の契約書・法務デューデリジェンスが必要である
- 後継者以外の親族への説明資料を、法的に整えたい
- 役員責任や取締役会・株主総会の手続に不安がある
税理士が相続税対策として有効と判断した株式移転であっても、遺留分や少数株主の反発を招いてしまえば、後継者の経営は安定しません。逆に、弁護士が法務上の合意形成を重視するあまり、税務上の評価や納税猶予要件を十分に見ないまま進めれば、税額・届出・担保・取消事由の問題が残ってしまいます。
弁護士は、税理士・会計士と連携しながら、税務上のメリットを損なわずに、承継後に争いの起きにくい法務設計を行う。そういう位置づけだと考えています。
司法書士の役割|登記・会社法手続・相続手続の実行管理
司法書士は、登記と法務局手続の専門家です。司法書士の業務には、登記または供託に関する手続の代理、裁判所・検察庁・法務局に提出する書類の作成、登記または供託に関する審査請求の代理、簡裁訴訟代理等関係業務などがあります。会社・法人に関する登記申請手続も、ここに含まれます。
事業承継税制の場面で司法書士が重要になるのは、次のような局面です。
- 代表者変更登記
- 役員変更登記
- 本店移転・商号変更等の会社登記
- 種類株式発行・定款変更に伴う登記
- 合併・会社分割・株式交換等の組織再編登記
- 不動産の相続登記・贈与登記・売買登記
- 担保設定・抹消登記
- 遺言執行や遺産分割に伴う不動産登記
- 株券発行会社か株券不発行会社かの確認を含む、株主管理上の整理
司法書士は「登記のときだけ呼べばよい」と思われがちです。しかし、事業承継では、実行の直前に登記だけを依頼しても、すでに定款、議事録、株主総会決議、株式の種類、譲渡承認、相続登記、担保権、未登記不動産などに問題が残っていることがあります。
特に、相続登記や不動産の権利関係が絡む場合は、司法書士を早めに入れておくことで、相続人、対象不動産、担保、登記名義、必要書類を前倒しで確認できます。
事業承継税制の適用対象が自社株であっても、会社が事業用不動産を利用している場合、オーナー個人所有の不動産を会社に貸している場合、担保設定がある場合には、司法書士との連携が効いてきます。
金融機関の役割|納税資金・株式買取資金・経営者保証・財務説明
金融機関は、単に融資を受ける先ではありません。事業承継においては、後継者の信用力、会社の財務安全性、経営者保証、借入条件、資金繰り、事業計画を評価する、重要な関係者です。
経営承継円滑化法による支援としては、遺留分に関する民法特例、事業承継資金等を確保するための金融支援、事業承継税制の前提となる認定が掲げられています。金融支援については、事業承継の際に代表者個人が必要とする資金の融資や、会社・個人事業主に通常の保証枠とは別枠が用意されることが示されています。
金融機関が関係する主な論点は、次のとおりです。
- 後継者の納税資金
- 他の相続人への代償金
- 少数株主からの株式買取資金
- 親族外後継者による株式取得資金
- 役員退職金支給による会社資金の流出
- 自己株式取得による財務への影響
- 経営者保証の解除・変更
- 担保の差替え・解除
- 承継後の借入条件
- 財務制限条項や借入契約上の承諾事項
- M&Aや第三者承継への移行可能性
日本政策金融公庫も、事業承継やM&Aに取り組む事業者向けの融資制度を用意しています。事業承継・集約・活性化支援資金では、事業承継計画を策定している方、経営権の確保等によって事業の承継・集約を行う方、経営承継円滑化法にもとづく認定を受けた中小企業者等が、対象に含まれます。
また、経営者保証は、後継者候補の確保を妨げる大きな要因になり得ます。経営者保証とは、中小企業が金融機関から融資を受ける際に、経営者個人が会社の連帯保証人となるものです。資金調達の円滑化に寄与する面がある一方で、早期の事業再生や円滑な事業承継を妨げる要因になっているという指摘があります。
事業承継税制を使えば、相続税・贈与税の納税猶予によって、資金負担の一部は軽くなります。
しかし、金融機関の側から見れば、承継後の会社がきちんと返済できるのか、後継者が経営していけるのか、財務が悪化しないか。そこが何より重要です。税制を適用できるかどうかだけでなく、承継後の事業計画、資金繰り、役員退職金、配当、自己株式取得、保証解除の方針までを整理して説明する。この準備が、結局は会社を守ることにつながります。
認定経営革新等支援機関の役割|「確認印」ではなく計画の実質確認
法人版の特例措置では、特例承継計画の作成にあたって、認定経営革新等支援機関の関与が重要になります。
認定経営革新等支援機関とは、中小企業を巡る経営課題が多様化・複雑化するなか、中小企業に対して専門性の高い支援事業を行う機関を認定する制度です。税務、金融および企業財務に関する専門的知識や支援実務経験が、一定レベル以上の個人・法人・支援機関等を認定するものとされています。
認定支援機関には、税理士、公認会計士、弁護士、金融機関、商工会・商工会議所、中小企業診断士等が含まれます。専門知識と一定の実務経験を持つ公的な支援機関として位置づけられ、金融機関、税理士、公認会計士、弁護士等が登録されています。
ただし、ここで誤解してはならないことがあります。認定支援機関の関与があったからといって、税務・法務・金融のすべてが確認されたわけではない、ということです。
認定支援機関が確認する特例承継計画には、後継者、承継予定時期、経営見通し、承継後の計画が記載されます。しかし、名義株、遺留分、少数株主紛争、金融機関の保証解除、組織再編時の取消リスク、相続税申告の全論点までが、認定支援機関の確認だけで網羅されるわけではありません。
認定支援機関に求められるのは、計画の実質を確認し、必要な専門家へつなぐ役割です。確認欄を埋めるだけの関与では、承継後のリスク管理として、どうしても心もとないのです。
専門家連携の実務フロー
事業承継税制では、専門家の関与を次の順番で整理すると、実務が進めやすくなります。
第1段階:初期診断
最初に行うべきは、制度を適用できるかどうかの判断ではありません。まずは現状の把握です。
株主名簿、定款、登記事項証明書、決算書、申告書、借入明細、担保、保証、相続人関係、後継者候補、事業用資産を確認していきます。
この段階では、税理士・公認会計士が中心となって、株価試算、税額試算、財務状況、資金繰り、後継者体制を整理します。名義株、株式分散、相続紛争の可能性がある場合は弁護士を、登記・不動産・株券の問題がある場合は司法書士を、早期に入れておきます。借入や保証が重い会社では、金融機関にも早めに相談しておくのが安心です。
第2段階:承継方針の比較
次に、複数の案を並べて比較します。
- 事業承継税制を使う案
- 通常の贈与・相続・売買で進める案
- 相続時精算課税を使う案
- 自己株式取得を組み合わせる案
- 親族外役員・従業員への承継の案
- M&A・第三者承継へ切り替える案
- 一部事業の分割・再編を行う案
- 廃業・清算の可能性を見込む案
この段階で、税務メリットだけを見てはいけません。後継者の覚悟、経営継続の可能性、家族の合意、資金繰り、金融機関対応、将来の売却可能性、継続届出の負担を、同じテーブルに並べて検討する必要があります。
第3段階:実行設計
方針が決まったら、専門家ごとの作業を具体化していきます。
税理士・公認会計士は、株価評価、税額試算、納税猶予対象株式、申告書、担保、継続届出の管理を担当します。
弁護士は、遺言、遺留分、株主間合意、少数株主対応、契約書、M&Aや組織再編の法務を担当します。
司法書士は、会社登記、不動産登記、役員変更、相続登記、担保登記、組織再編登記を担当します。
金融機関は、納税資金、株式買取資金、保証解除、借入条件、承継後事業計画の確認を担当します。
この段階で重要なのは、誰が全体の期限管理を行うかを明確にしておくことです。都道府県への認定申請、税務署への申告、担保提供、年次報告、継続届出は、それぞれ提出先も期限も異なります。
第4段階:実行後管理
事業承継税制は、適用してからが本番です。
承継後は、代表者要件、株式保有、事業継続、雇用、資産管理会社化、報告・届出、組織再編、売却・廃業の可能性を、継続して管理していく必要があります。
法人版事業承継税制の継続届出については、贈与税・相続税の申告期限後5年間は毎年、その後は3年ごとに、継続届出書を提出する必要があります。期限までに提出しなければ、納税猶予に係る期限が確定してしまうリスクがあります。
出典:国税庁|非上場株式等についての贈与税・相続税の納税猶予の継続届出手続(特例措置)
この管理を誰が担うのかを決めていない会社では、制度適用後に届出漏れや要件逸脱が起こりやすくなります。
役割分担で起こりやすい失敗
税務だけ先行し、株主法務が後回しになる
自社株評価と税額試算は進んでいるのに、株主名簿が古い、名義株がある、株券発行会社なのに株券が見つからない、相続未了株式がある。こうした状態では、贈与・相続・M&A・自己株式取得のいずれもが不安定になります。
事業承継税制の申請前には、株式が誰に帰属しているのかを、必ず確認しておく必要があります。
法務だけ先行し、税務上の時価・評価を見落とす
遺言、株主間契約、自己株式取得、種類株式、信託、スクイーズアウトは、法務上は有効でも、税務上の時価、みなし贈与、みなし配当、譲渡所得、法人税の問題が生じることがあります。
非上場株式の評価では、相続税評価、法人税法上の時価、所得税法上の時価、会社法上の公正価格、M&A価格が、それぞれ一致しない場面があります。評価の目的ごとにアプローチが異なるからこそ、法務と税務を切り離してはいけないのです。
金融機関への説明が遅れる
事業承継税制を使えば納税資金の問題は消える、と考えて、金融機関への説明を後回しにしてしまうケースがあります。
しかし、承継後の借入、経営者保証、退職金、自己株式取得、設備投資、運転資金は、税制とは別に、金融機関の判断対象になります。保証解除や借入条件の変更には、事前の協議が欠かせません。
専門家間で前提資料が共有されていない
税理士は株価試算、弁護士は遺言、司法書士は登記、金融機関は融資資料を、それぞれ別々に見ている。これでは、同じ会社の承継を検討しているはずなのに、前提がずれてしまいます。
専門家間で最低限共有しておきたい資料は、株主名簿、定款、登記簿、決算書、申告書、相続人関係図、借入明細、担保一覧、事業計画、承継案の比較表です。
レビュー体制がない
事業承継税制は、期限・要件・資料・届出が幾重にも重なる制度です。届出書の提出失念、評価の誤り、特例適用の漏れ、コミュニケーション不足、レビュー不足は、いずれも事故の原因になり得ます。
高度な案件では、主担当者とは別の専門家によるレビューが有効です。特に、資産管理会社、名義株、複数後継者、組織再編、医療法人、農地、評価通達6項、M&A予定が絡む場合には、セカンドレビューを検討すべきだと考えています。
相談前に整理すべき資料
専門家へ相談する前に、次の資料を準備しておくと、役割分担が一気に明確になります。
| 分類 | 準備する資料・情報 | 主に確認する専門家 |
|---|---|---|
| 会社基本情報 | 登記事項証明書、定款、株主名簿、議事録、株券発行状況 | 税理士・会計士・弁護士・司法書士 |
| 税務資料 | 法人税申告書、勘定科目内訳書、相続税・贈与税関連資料 | 税理士 |
| 財務資料 | 決算書、月次試算表、資金繰り表、借入明細、担保一覧 | 会計士・税理士・金融機関 |
| 株式資料 | 株主構成、名義株の可能性、自己株式、種類株式、過去の株式移動履歴 | 税理士・弁護士・司法書士 |
| 後継者情報 | 後継者候補、代表就任時期、経営経験、株式取得資金、保証引受可能性 | 税理士・会計士・金融機関 |
| 相続関係 | 相続人関係図、遺言、遺留分、生命保険、代償資金 | 税理士・弁護士・司法書士 |
| 事業用資産 | 不動産、設備、貸付金、会社利用不動産、担保権 | 税理士・司法書士・金融機関 |
| 承継方針 | 贈与・相続・売買・M&A・廃業可能性、承継希望時期 | 全専門家 |
| 制度手続 | 特例承継計画、認定申請、税務申告、継続届出履歴 | 税理士・認定支援機関 |
この資料が不足したまま相談すると、専門家の側も「制度の一般論」しか話せません。
反対に、資料が揃っていれば、税額、法務リスク、登記手続、資金調達、金融機関への説明を、具体的な数字とともに比較できます。
主担当を誰に置くべきか
事業承継税制では、主担当を決めておくことが重要です。
主担当は、必ずしもすべての業務を自分の手で行う専門家である必要はありません。大切なのは、税務・法務・登記・金融の論点をひとつの表に整理し、専門家間の前提を揃え、期限を管理できることです。
主担当に求められる力は、次のとおりです。
- 制度要件を理解している
- 自社株評価と税額試算の意味を理解している
- 株主構成と議決権管理の重要性を理解している
- 相続法務・遺留分・親族合意の論点を見落とさない
- 金融機関説明に必要な財務資料を整理できる
- 必要に応じて弁護士・司法書士・金融機関へつなげる
- 提出期限、認定申請、税務申告、継続届出を管理できる
- 後から説明できる判断資料を残せる
税理士・公認会計士が主担当になることもあれば、相続紛争の色が濃い案件では弁護士が前面に立つこともあります。登記・株主管理が中心の案件では司法書士の早期関与が欠かせませんし、金融機関主導で承継資金やM&Aを整理する場合もあります。
大切なのは、「誰が偉いか」ではありません。「誰が全体像を持ち、誰がどこを判断し、どのリスクを誰が確認したか」を明確にすること。これに尽きると思います。
まとめ
事業承継税制は、税理士だけに任せておけばよい制度ではありません。かといって、弁護士、司法書士、金融機関だけでも完結しません。
- 税理士は、税務判断、自社株評価、申告、納税猶予管理を担います。
- 公認会計士は、財務の見える化、事業計画、資金繰り、金融機関説明を担います。
- 弁護士は、会社法、相続法務、遺留分、少数株主、契約、紛争予防を担います。
- 司法書士は、会社登記、不動産登記、相続登記、組織再編登記を担います。
- 金融機関は、納税資金、株式買取資金、経営者保証、承継後の財務安全性を確認します。
- 認定支援機関は、特例承継計画の実質確認と、必要な専門家連携の起点になります。
事業承継税制を使うかどうかは、税額だけで決められるものではありません。
- 後継者が経営を続けられるか
- 株主構成が安定するか
- 他の相続人に説明できるか
- 会社財務を傷めないか
- 金融機関に説明できるか
- 適用後の継続届出と取消リスクを管理できるか
- 将来の組織再編・M&A・廃業の選択肢を狭めすぎないか
これらをひとつの判断資料にまとめ上げるためにこそ、専門家の役割分担が必要になります。
犬飼公認会計士・税理士事務所では、事業承継税制を「適用できるかどうか」だけでなく、自社株評価、納税猶予額、猶予対象外税額、株主構成、後継者体制、会社財務、金融機関対応、そして専門家連携の必要範囲まで、丁寧に整理します。
顧問税理士、弁護士、司法書士、金融機関との連携が必要な案件であっても、まず論点を分解し、どの順番で誰に相談すべきかを明確にすることが何より重要です。事業承継税制の検討を始めたい方、すでに相談はしているものの役割分担が曖昧だと感じている方は、お問い合わせページからご相談ください。
重要事項の振り返り
| 論点 | 確認すべきこと | 主な関係者 |
|---|---|---|
| 制度適用判断 | 事業承継税制を使うべきか、使わない選択肢も比較したか | 税理士・会計士 |
| 自社株評価 | 株主区分、会社規模、特定評価会社、評価方式を確認したか | 税理士・会計士 |
| 税務申告 | 贈与税・相続税申告、担保提供、添付書類を管理できるか | 税理士 |
| 特例承継計画 | 後継者、承継時期、経営見通し、5年計画が実態に合うか | 認定支援機関・税理士・会計士 |
| 株主構成 | 名義株、少数株主、自己株式、種類株式、株券の有無を確認したか | 弁護士・司法書士・税理士 |
| 相続法務 | 遺言、遺留分、代償金、親族間合意を整理したか | 弁護士・税理士 |
| 登記 | 代表者変更、役員変更、不動産、組織再編登記を確認したか | 司法書士 |
| 納税資金 | 猶予対象外税額、代償金、株式買取資金を試算したか | 税理士・会計士・金融機関 |
| 経営者保証 | 先代保証、後継者保証、保証解除方針を金融機関と協議したか | 金融機関・会計士 |
| 会社財務 | 退職金、自己株式取得、配当、借入が財務安全性に与える影響を見たか | 会計士・税理士・金融機関 |
| 継続管理 | 年次報告、継続届出、取消事由を誰が管理するか決めたか | 税理士・認定支援機関 |
| 専門家連携 | 税務・法務・登記・金融の前提資料を共有しているか | 全専門家 |
| 証拠化 | 判断資料、議事録、提出控え、リスク説明を残しているか | 主担当専門家 |
| 高リスク案件 | 名義株、紛争、複数後継者、資産管理会社、組織再編、M&A予定があるか | 税理士・会計士・弁護士・司法書士 |