事業承継税制のご相談では、つい最初に「うちは使えますか」とお尋ねになりたくなるものです。お気持ちはよく分かります。
ただ、実務では、その問いに答える前に確かめておきたいことがあります。会社、株主、財産、後継者、相続人、借入、契約、許認可。これらの現状が、きちんと資料で確認できる状態になっているかどうかです。
事業承継税制は、会社や個人事業の後継者が取得した一定の資産について、円滑化法の認定を前提に、贈与税や相続税の納税を猶予する制度です。法人版では会社の株式等が、個人版では個人事業者の事業用資産が対象になります。
もっとも、この制度の入口だけを確認しても、実際の判断には足りません。事業承継税制は単なる申告手続ではないからです。後継者への経営権移転、自社株評価、株主構成、相続人間の調整、納税資金、金融機関への対応、そして承継後の継続管理まで、影響は広い範囲に及びます。
ですから、資料収集を「専門家へ渡す書類を集める作業」と捉えてしまうと、本質を見落とします。これは、自社の承継判断を、感覚ではなく事実と数字に基づいて進めるための土台づくりなのです。
事業承継税制の検討では、なぜ資料収集が重要なのか
事業承継税制を使えるかどうかは、制度上の要件だけで決まるわけではありません。
もちろん、要件の確認は欠かせません。法人版であれば、対象会社、先代経営者、後継者、対象株式、議決権、資産管理会社への該当性などを見ていきます。個人版であれば、青色申告に係る事業、特定事業用資産、個人事業承継計画、事業継続といった点が論点になります。
しかし実務では、そこへ進む手前で、次のような問題がよく顔を出します。
- 株主名簿と実際の株主が一致しているか分からない
- 過去の株式移転の契約書や贈与税申告書が見当たらない
- 会社が使っている土地の所有者や利用関係が整理されていない
- 先代経営者と会社の間の貸付金・借入金が曖昧になっている
- 遺言書はあるが、自社株や事業用不動産の記載が十分か分からない
- 後継者以外の相続人への説明資料がない
- 借入、担保、個人保証の状況が一覧化されていない
- 特例承継計画を作れるだけの事業見通しが整理されていない
こうした状態のままでは、制度を使えるかどうか以前に、判断の前提そのものが揺らいでしまいます。
事業承継税制の検討で大切なのは、「何を持っているか」「誰が持っているか」「どのように取得したか」「今後どう動かす予定か」を、資料で確認できることです。後から説明できない前提のまま株価を試算したり、申請手続を進めたりすると、承継後の届出や税務調査、親族間の調整、金融機関への説明といった場面で、問題が表面化することがあります。
まず整理したい資料は「会社・株主・財産・人・将来方針」の5つ
事業承継税制の検討資料は、細かく挙げればきりがありません。
だからといって、最初から完璧な資料リストを作ろうとすると、かえって手が止まってしまいます。まずは次の5つに分けて整理していくと、現状把握が進めやすくなります。
1つ目は、会社の資料です。 決算書、申告書、定款、登記簿、議事録、事業内容、許認可など、会社そのものを把握するための資料です。
2つ目は、株主の資料です。 株主名簿、株式移転の履歴、贈与・売買・相続の資料、種類株式、自己株式、名義株の可能性などを確認していきます。
3つ目は、財産の資料です。 自社株、事業用不動産、会社貸付金、借入金、保険、退職金、個人事業用資産など、承継対象や相続税全体に影響する財産の資料です。
4つ目は、人の資料です。 後継者、推定相続人、役員、主要従業員、保証人といった関係者の意向や関係性を整理します。
5つ目は、将来方針に関する資料です。 事業計画、資金繰り、組織再編、売却・廃業の可能性、後継者の経営方針など、制度適用後の管理や取消リスクを判断するための資料です。
中小企業庁も、事業承継を「人」「資産」「知的資産」の承継によって構成されるものとして整理しています。つまり、事業承継税制の資料収集においても、株式や税額だけを見るのではなく、経営資源全体を把握する視点が欠かせません。
1. 決算書・法人税申告書|自社株評価と会社要件の出発点
法人版事業承継税制を検討するとき、最初に手に取るのは、直近数期分の決算書と法人税申告書です。
自社株評価では、会社の利益、純資産、配当、資産構成、負債、含み損益などが鍵になります。とりわけ非上場株式の評価では、会社規模、類似業種比準方式、純資産価額方式、特定評価会社の判定など、複数の論点が決算情報と結びついています。
ただ、貸借対照表と損益計算書さえあればよい、というものではありません。実務では、次のような資料も重要になります。
- 法人税申告書別表
- 勘定科目内訳明細書
- 固定資産台帳
- 減価償却明細
- 株主資本等変動計算書
- 法人事業概況説明書
- 消費税申告書
- 地方税申告書
- 過去の修正申告書、更正通知書、税務調査結果
- グループ会社がある場合の関係会社資料
ここで特に見ておきたいのは、数字の中身です。
現預金が多いのか。売掛金が滞留していないか。役員貸付金はあるか。土地や有価証券といった特定資産が大きくないか。借入金の返済負担は重くないか。こうした点は、株価、資産管理会社の判定、納税資金、金融機関への対応に直結します。
そして、直近の決算だけで判断するのは危険です。一時的な利益、役員退職金、資産売却、貸倒、含み損益の実現などによって、株価や税額は大きく動くことがあります。数期分の推移を見比べ、通常の収益力と一時的な要因とを分けて捉える必要があります。
2. 株主名簿・株式移転履歴|経営権と税制要件を確認する資料
次に重要になるのが、株主に関する資料です。
法人版事業承継税制では、後継者が取得する株式、議決権割合、同族関係、先代経営者やそれ以外の株主からの承継などを確認します。株主名簿や株式移転の履歴が不十分なままでは、この検討はなかなか前に進みません。
会社法上も、株主は剰余金の配当、残余財産の分配、株主総会における議決権その他の権利を有する地位にあります。株主名簿や議決権の確認は、単なる形式的な資料ではなく、経営支配と株主権の基礎にあたります。
確認したい資料には、次のようなものがあります。
- 株主名簿
- 株式台帳
- 設立時の出資者が分かる資料
- 過去の株式譲渡契約書
- 株式贈与契約書
- 贈与税申告書
- 相続税申告書
- 遺産分割協議書
- 株主総会議事録
- 取締役会議事録
- 種類株式を発行している場合の定款・発行決議資料
- 自己株式取得に関する議事録・契約書
- 従業員持株会がある場合の規約・会員名簿
- 株券発行会社であった場合の株券の有無
ここで気をつけたいのは、株主名簿に名前があるからといって、その人が常に実質的な株主とは限らないことです。
過去に名義だけを借りて株式を持たせていた。相続は発生したものの名義書換がされていない。株券が発行されていたが所在が分からない。こうした事情があると、後継者への株式移転や同族株主の判定に影響が及びます。
事業承継税制を使うかどうかにかかわらず、株主構成が不明確な会社は、承継後に経営上の不安を抱えがちです。後継者が代表者になっても、株主総会で必要な議決権を安定して確保できなければ、経営判断に支障が出かねません。
3. 定款・登記簿・議事録|会社法上の前提を確認する資料
事業承継税制の検討では、税務資料だけでなく、会社法上の資料も欠かせません。
なかでも定款、登記事項証明書、株主総会議事録、取締役会議事録は、会社のルールと過去の意思決定をたどるための基本資料です。
確認したい事項は、次のとおりです。
- 会社の商号、本店、目的
- 発行可能株式総数
- 発行済株式数
- 株式譲渡制限の有無
- 株券発行会社かどうか
- 種類株式の有無
- 議決権制限株式の有無
- 取締役会設置会社かどうか
- 代表取締役の履歴
- 役員変更登記の履歴
- 増資、減資、自己株式取得、組織再編の履歴
- 相続人等への売渡請求に関する定款規定の有無
税務上の検討では、どうしても株価や税額に目が向きます。
しかし、そもそもその株式を移せるのか。譲渡承認は必要なのか。定款上の手続を踏んでいるか。種類株式が税制要件や評価に影響しないか。こうした点を確認しておかなければなりません。
特に、過去に増資、株式譲渡、自己株式取得、種類株式発行、組織再編などを行っている場合は、議事録や契約書の確認が重要になります。手続の根拠が不十分なまま現在の株主構成を前提にしてしまうと、後になって株主権や評価の前提を争われることがあります。
4. 自社株評価に必要な資料|評価は「計算」ではなく前提確認から始まる
自社株評価は、事業承継税制の判断を大きく左右します。
とはいえ、自社株評価は、決算書を入力すれば自動的に答えが出る作業ではありません。誰が取得するのか、どの株式を取得するのか、議決権割合はどうか、会社規模はどうか、特定評価会社に該当しないか。こうした前提を一つずつ確認していく必要があります。
準備しておきたい資料には、次のようなものがあります。
- 直近数期分の決算書・申告書
- 株主名簿
- 議決権数が分かる資料
- 配当実績
- 役員報酬・役員退職金の予定
- 固定資産台帳
- 土地・建物の明細
- 有価証券・投資有価証券の明細
- 貸付金・借入金の明細
- 関連会社株式の資料
- 含み益・含み損が大きい資産の資料
- 事業計画、将来の損益見通し
評価で特に注意したいのは、貸借対照表に載っている金額と、相続税評価や時価評価で問題となる金額とが一致しないという点です。
土地は帳簿価額ではなく、相続税評価や時価での検討が必要になります。非上場株式や関係会社株式も、帳簿価額だけでは判断できません。役員貸付金や不良債権、回収可能性に疑義のある資産についても、実態の確認が求められることがあります。
また、評価額を下げることだけを目的にした対策は、慎重に考える必要があります。評価を下げる施策には、会社の財務安全性、金融機関への対応、税務否認のリスク、承継後の経営への影響が伴うからです。事業承継税制の検討では、「低い株価」よりも「説明できる株価」を重視したいところです。
5. 事業用不動産・土地・建物の資料|法人所有か個人所有かを分ける
事業承継では、会社が使っている不動産の所有者が誰なのかを確認しておく必要があります。
法人版事業承継税制で承継の対象となるのは、主に非上場会社の株式等です。会社が所有する土地や建物は、自社株評価を通じて株式価値に反映されます。
一方で、先代経営者や親族が個人で所有する土地・建物を会社が使っている場合、その不動産は自社株とは別に相続財産となります。会社の事業継続にも関わるため、承継設計上の重要な論点です。
確認したい資料には、次のようなものがあります。
- 不動産登記事項証明書
- 固定資産税課税明細書
- 公図、地積測量図
- 賃貸借契約書
- 使用貸借に関する合意書
- 土地の無償返還に関する届出書
- 借地権・底地に関する資料
- 建物図面、建築確認資料
- 不動産の利用状況が分かる資料
- 小規模宅地等の特例を検討するための資料
- 不動産に設定された抵当権・根抵当権の資料
土地や建物は、評価単位、地目、利用区分、貸付関係、権利関係によって評価が変わります。会社が事業に使っているからといって、税務上も単純に事業用として扱えるとは限りません。
また、法人版事業承継税制に加えて、特定同族会社事業用宅地等や個人版事業承継税制、小規模宅地等の特例が関係してくる場合もあります。どの制度を使うかは、所有者、利用者、取得者、事業継続要件を整理したうえで判断していくことになります。
6. 借入金・担保・保証の資料|納税猶予だけでは資金問題は消えない
事業承継税制を検討するときは、税額だけでなく、会社と後継者の資金繰りも確認する必要があります。
たとえ納税猶予を受けられたとしても、資金に関わる論点は残ります。相続税全体のうち猶予されない部分、後継者以外の相続人への代償金、退職金の支給、自己株式の取得、金融機関借入の承継、個人保証の引継ぎ。いずれも避けて通れません。
確認したい資料は、次のとおりです。
- 借入金一覧
- 返済予定表
- 金銭消費貸借契約書
- 担保設定契約書
- 保証契約書
- 経営者保証の状況
- 金融機関別の借入残高
- 運転資金・設備資金の使途
- 資金繰り表
- 将来の投資計画
- 役員退職金の支給予定
- 生命保険契約一覧
- 自己株式取得を検討している場合の会社財務資料
中小企業庁は、経営承継円滑化法による支援として、税制支援だけでなく、事業承継資金等を確保するための金融支援、遺留分に関する民法の特例、所在不明株主に関する会社法の特例なども位置づけています。
つまり、事業承継税制は資金の負担を軽くする制度ではありますが、資金問題そのものを消してくれる制度ではありません。
会社から先代経営者や相続人へ資金を移す場合には、役員給与、退職金、貸付金、自己株式取得、みなし配当、財源規制といった論点が生じます。個人の納税資金を確保するために会社の財務を悪化させてしまえば、結局は後継者の経営にしわ寄せがいきます。
7. 契約書・許認可・重要取引先資料|事業継続の可能性を確認する
事業承継税制の検討には、税務資料だけでは見えてこない論点もあります。
後継者が株式や事業用資産を承継しても、重要な契約を維持できなければ、事業の継続に支障が出ることがあります。代表者の変更や株主の変更が許認可に影響する業種もあります。取引先や金融機関が承継後の体制をどう見るか、という視点も大切です。
確認したい資料には、次のようなものがあります。
- 主要取引先との契約書
- 賃貸借契約書
- リース契約書
- フランチャイズ契約書
- 代理店契約書
- 業務委託契約書
- ライセンス契約書
- 許認可証
- 行政への届出書類
- 補助金・助成金に関する資料
- 重要な雇用契約・役員契約
- 知的財産権に関する資料
- 事業上重要な規程類
とりわけ確認しておきたいのは、代表者変更、株主変更、事業承継、組織再編、廃業、事業譲渡などが、契約や許認可にどう影響するかです。
承継後に事業内容を変える予定がある場合、会社分割や持株会社化を検討している場合、将来の売却や廃業の可能性がある場合は、契約・許認可の制約を早い段階で確認しておくと安心です。
8. 後継者・役員・従業員に関する資料|「人の承継」を確認する
事業承継税制は、株式や事業用資産を対象にした税制です。とはいえ、実際の承継は「人」の問題と切り離せません。
後継者が代表者として経営を続けていけるか。先代経営者はどのタイミングで退任するか。役員や従業員が後継者を支える体制になっているか。こうした点を確かめる必要があります。
整理しておきたい資料・情報は、次のとおりです。
- 役員一覧
- 役員就任履歴
- 後継者の役職・職務内容
- 後継者の会社への関与期間
- 先代経営者の退任予定
- 後継者の代表就任予定
- 主要幹部・主要従業員の状況
- 雇用状況、従業員数の推移
- 退職予定者、採用計画
- 社内規程、決裁権限、承認フロー
- 後継者が把握している財務資料、資金繰り資料
後継者が株式を取得しただけでは、事業承継は終わりません。
後継者が金融機関に会社の数字を説明できるか。従業員に経営方針を示せるか。取引先との関係を維持できるか。こうした点こそが問われます。
事業承継税制の相談でも、後継者が資料を理解しているかどうかは大きな分かれ目になります。専門家が資料を整えるだけでなく、後継者自身が会社の数字と論点に向き合える状態を作ること。それが承継後の安定につながります。
9. 相続人関係・遺言・遺産分割に関する資料|後継者以外への説明も必要
自社株や事業用資産を後継者に集中させる場合は、ほかの相続人との関係も確認しておく必要があります。
事業承継税制によって税負担を軽くできたとしても、遺留分や代償金、過去の生前贈与、特別受益、寄与分といった問題が残ることがあるからです。
確認したい資料は、次のようなものです。
- 戸籍関係資料
- 法定相続情報一覧図
- 相続関係図
- 遺言書
- 過去の遺産分割協議書
- 過去の贈与契約書
- 贈与税申告書
- 生命保険契約一覧
- 死亡退職金規程
- 先代経営者の個人財産一覧
- 後継者以外の相続人への財産配分案
- 代償金支払の原資に関する資料
ここで大切なのは、後継者に自社株を集中させる理由を、税務だけで説明しないことです。
会社の経営権を安定させるために株式の集中が必要であること。後継者が会社の借入や保証、経営責任を負うこと。ほかの相続人には別の財産や保険金、代償金で配慮すること。関係者が納得できる形で整理しておくことが望まれます。
遺言書がある場合も、それだけで安心とは限りません。自社株の記載が明確か。事業用不動産や会社貸付金が漏れていないか。遺留分への配慮があるか。遺言執行者が適切に指定されているか。こうした点を一つずつ確認しておく必要があります。
10. 個人版事業承継税制を検討する場合の資料
個人版事業承継税制を検討する場合は、法人版とは資料の軸が変わってきます。
個人版は、会社株式ではなく、青色申告に係る一定の事業用資産を対象とする制度です。中小企業庁の支援策に関する案内では、個人版事業承継税制について、個人事業承継計画の提出期限や、承継実行の期限が示されています。
個人版で確認したい資料は、次のようなものです。
- 所得税確定申告書
- 青色申告決算書
- 貸借対照表
- 減価償却資産の明細
- 事業用土地・建物の登記事項証明書
- 固定資産税課税明細書
- 機械装置、車両、器具備品の明細
- 事業用借入金の資料
- 事業用預金口座の資料
- 事業用資産と家事用資産の区分資料
- 事業内容、取引先、許認可の資料
- 個人事業承継計画に関する資料
個人版で特に難しいのは、事業用資産と非事業用資産の区分です。
同じ不動産でも、事業の用に供されている部分、貸付用の部分、居住用の部分が混在していることがあります。機械や車両についても、事業用と家事用の境目がはっきりしない場合があります。
個人事業の場合、経営者個人の生活財産と事業財産が近くなりやすいという特徴もあります。資料上の整理が不十分なままでは、制度の適用や相続税申告の判断が難しくなってしまいます。
11. 過去の承継対策・株価対策に関する資料
過去に行った対策も、必ず確認しておきたいところです。
事業承継のご相談では、過去に株式移転、退職金支給、不動産取得、持株会社化、従業員持株会、種類株式、信託、一般社団法人、生命保険、相続時精算課税などを利用しているケースが少なくありません。
確認したい資料は、次のとおりです。
- 過去の株式贈与・売買の契約書
- 贈与税申告書
- 相続時精算課税選択届出書
- 退職金支給決議、退職金規程
- 不動産取得・売却資料
- 自己株式取得資料
- 持株会社設立資料
- 種類株式発行資料
- 信託契約書
- 一般社団法人に関する資料
- 従業員持株会規約
- 生命保険契約
- 過去の税務調査資料
- 専門家から受けた過去の提案書
過去の対策は、現在の株価や株主構成に影響します。
また、税務上の時価、低額譲渡、みなし贈与、評価通達6項、租税回避リスクなどが問題になる場合もあります。
事業承継税制の検討では、過去の対策が正しかったかどうかを単純に評価するのではなく、現在の前提として何を引き継いでいるのかを見極めることが重要です。
12. 資料が揃っていない場合に、どこから着手すべきか
実際のところ、すべての資料が最初から揃っている会社のほうが、むしろ少ないかもしれません。
ですから、資料がないから相談できない、ということはありません。
ただ、資料が不足している場合は、まず優先順位をつけることをおすすめします。最初に確認しておきたいのは、次の資料です。
- 直近の決算書・申告書
- 株主名簿
- 定款
- 登記事項証明書
- 借入金一覧
- 主要な不動産資料
- 相続人関係の概要
- 後継者候補と承継時期の意向
これらが揃えば、初期的な論点整理は進められます。
そのうえで、株価試算に必要な資料、株主構成の確認に必要な資料、相続関係の確認に必要な資料、金融機関対応に必要な資料を、順に集めていきます。
大切なのは、資料の不足を放置しないことです。株主名簿が古い、議事録がない、契約書が見当たらない、土地の利用関係が曖昧である。こうした点は、それ自体が承継上のリスクだからです。
13. 現状把握で見落としやすい論点
資料を集めても、見るべきポイントを誤れば、重要な論点を取りこぼしてしまいます。
事業承継税制の現状把握で、特に見落とされやすいのは次のような論点です。
- 株主名簿はあるが、過去の取得経緯が確認できない
- 後継者候補はいるが、代表就任の時期や本人の意思が曖昧
- 自社株評価はしたが、相続税全体の納税資金を見ていない
- 会社所有の資産だけを見て、個人所有の事業用不動産を見落としている
- 遺言書はあるが、遺留分や代償資金の検討が足りない
- 納税猶予を前提にして、取消時の資金負担を見ていない
- 金融機関への説明や経営者保証の引継ぎを後回しにしている
- 将来の売却、組織再編、廃業の可能性を検討に入れていない
- 申請手続に必要な資料と、経営判断に必要な資料を混同している
とりわけ、事業承継税制は適用後の管理が続いていく制度です。資料収集の段階から、将来の報告・届出・取消リスクまで意識しておきたいところです。
法人版の特例措置では、特例承継計画の提出期限や、贈与・相続による株式取得の期限が設けられています。計画を提出した後も、実際の承継の実行と、その後の継続的な管理が必要になります。
14. 資料収集の目的は「申請すること」ではなく「判断できる状態にすること」
事業承継税制の資料収集というと、申請書類を揃える作業を思い浮かべがちです。
しかし、本当に大切なのは、申請の前に、会社として判断できる状態をつくることです。
資料が揃うことで、次のような判断ができるようになります。
- 法人版と個人版のどちらを検討すべきか
- 事業承継税制を使うべきか、使わない選択肢も検討すべきか
- 贈与と相続のどちらを軸にするか
- 後継者にどの範囲の株式・資産を承継させるか
- 他の相続人へどのように配慮するか
- 納税猶予後の管理負担を受け入れられるか
- 将来の再編・売却・廃業の可能性をどう扱うか
- 専門家にどこまで依頼すべきか
資料収集は、専門家のためだけの作業ではありません。経営者と後継者が、自社の状況を共通の認識として持つための作業でもあります。
決算書、株主名簿、定款、相続関係、借入資料が、それぞればらばらに存在しているだけでは、承継の判断には使えません。それらを同じテーブルに並べ、経営権、税額、資金、相続、将来方針をつなげて整理して初めて、判断の材料になります。
まとめ|資料の質が、事業承継税制の判断の質を左右する
事業承継税制の検討では、制度の要件を調べる前に、会社と財産の現状を資料で確認することが出発点になります。
決算書や申告書は、自社株評価と会社財務を確認する資料です。株主名簿や定款は、経営権と議決権を確認する資料です。不動産や資産の明細は、承継対象と相続税全体を確認する資料です。借入や保証の資料は、納税資金と後継者の負担を確認する資料です。そして遺言や相続人関係の資料は、後継者以外の関係者への説明と合意形成を考えるための資料です。
つまり、資料収集は単なる事務作業ではありません。後から説明できる承継を進めるための、最初のリスク管理なのです。
犬飼公認会計士・税理士事務所では、事業承継税制を「申請できるかどうか」だけで判断するのではなく、自社株評価、株主構成、財産・相続関係、会社財務、借入・保証、将来方針を整理したうえで、そもそも制度を使うべきかを検討することを大切にしています。
どの資料から整理すればよいか分からない、株主構成や自社株評価に不安がある。そうした段階でも、いま把握できている資料の範囲からご相談いただけます。資料が完全に揃っていなくても、優先して確認すべき論点を整理することは可能です。
振り返り|事業承継税制の検討で収集・確認したい主な資料
| 資料区分 | 主な資料 | 確認する論点 |
|---|---|---|
| 会社資料 | 決算書、法人税申告書、勘定科目内訳明細書、固定資産台帳 | 自社株評価、会社要件、財務安全性、資産構成 |
| 株主資料 | 株主名簿、株式台帳、株式譲渡契約書、贈与税申告書 | 株主確定、議決権、名義株、後継者の支配権 |
| 会社法資料 | 定款、登記事項証明書、株主総会議事録、取締役会議事録 | 譲渡制限、種類株式、自己株式、過去の会社手続 |
| 評価資料 | 配当実績、不動産明細、有価証券明細、関連会社資料 | 非上場株式評価、特定評価会社判定、含み損益 |
| 不動産資料 | 登記事項証明書、固定資産税課税明細書、賃貸借契約書 | 法人所有・個人所有、使用貸借、借地権、小規模宅地等 |
| 借入・保証資料 | 借入金一覧、返済予定表、保証契約書、担保資料 | 納税資金、経営者保証、金融機関対応、会社財務への影響 |
| 契約・許認可資料 | 重要契約書、許認可証、補助金資料、取引先資料 | 事業継続、代表者変更、承継後の契約・許認可リスク |
| 人に関する資料 | 役員一覧、後継者の職務内容、従業員数推移 | 後継者体制、代表就任、雇用・組織の継続可能性 |
| 相続関係資料 | 戸籍、法定相続情報、遺言書、生命保険、過去の贈与資料 | 遺留分、代償金、親族間合意、相続税全体 |
| 個人版資料 | 所得税申告書、青色申告決算書、事業用資産明細 | 特定事業用資産、事業用・家事用区分、個人版適用可能性 |
| 過去対策資料 | 相続時精算課税届出書、退職金資料、信託契約書、持株会資料 | 過去対策の影響、税務リスク、現在の前提確認 |