DCF法で企業価値を評価するとき、多くの方がまず注目するのは「将来何年分のキャッシュ・フローを予測するか」という点です。
ただ、実務の感覚としては、それ以上に重みを持つ論点があります。予測期間の後に残る価値を、どう考えるかです。
DCF法では、通常、数年分のフリー・キャッシュ・フローを年度ごとに予測します。これを明示予測期間と呼びます。そのうえで、明示予測期間の後も事業が継続する前提に立ち、予測期間以降の価値をまとめて計算します。これが継続価値、あるいはターミナルバリューと呼ばれるものです。
この継続価値は、DCF評価額の大部分を占めることが珍しくありません。場合によっては、評価額の大半が、明示予測期間中のキャッシュ・フローではなく、ターミナルバリューによって説明されることもあります。
投資銀行の実務でも、DCF分析ではターミナルバリューの現在価値が全体価値の大部分を占めやすく、成長率、マージン、WACC、出口倍率といった前提のわずかな変化で評価レンジが大きく振れる点が、重要な短所として意識されています。
つまり、DCF評価額を読むときに見るべきものは、計算結果として出てきた金額だけではありません。確認したいのは、たとえば次のような前提です。
- 予測期間をどこまで置いたのか
- その時点で、会社は成熟状態に達しているのか
- 継続価値はどの方法で計算したのか
- 永久成長率や出口倍率は、事業実態と整合しているのか
- 評価額のうち、どの程度が継続価値に依存しているのか
これらを確認しないまま、DCF評価額をM&Aの価格判断に持ち込むことは難しい、というのが私の実感です。
企業価値評価の領域では、日本公認会計士協会の「企業価値評価ガイドライン」においても、将来予測数値の不確実性、提供情報の検討、評価の限界、そして専門家としての慎重さや批判的な視点が、重要な留意点として整理されています。DCF法における予測期間と継続価値は、まさにこの「将来予測の不確実性」が評価額に色濃く反映される領域だといえます。
出典:日本公認会計士協会|経営研究調査会研究報告第32号「企業価値評価ガイドライン」
DCF法の評価額は、2つの価値で構成される
DCF法による事業価値は、大きく2つの部分から成り立ちます。
1つ目は、明示予測期間中のフリー・キャッシュ・フローの現在価値です。2つ目は、明示予測期間後の継続価値の現在価値です。
簡略化すると、次のように整理できます。
DCFによる事業価値 = 明示予測期間中のFCFの現在価値 + 継続価値の現在価値
ここで押さえておきたいのは、明示予測期間中のキャッシュ・フローだけで会社の価値を説明しているわけではない、という点です。
会社は、予測期間が終わった時点で事業をたたむわけではありません。継続企業として評価する以上、予測期間後もキャッシュ・フローを生み続ける前提で価値を考えることになります。
ですから、DCF法では、予測期間中の計画だけでなく、その後の事業がどのような状態に落ち着くのかまで見据える必要があります。これこそが、予測期間と継続価値を検討する意味だといえます。
明示予測期間とは何か
明示予測期間とは、年度ごとに売上、利益、税金、運転資本、設備投資、フリー・キャッシュ・フローを具体的に予測する期間を指します。
実務では、数年分の事業計画をもとに作成されることが多いものです。ただ、本当に重要なのは「何年にするか」そのものではありません。
問われているのは、対象会社が、継続価値を計算してよい状態に到達するまで予測できているかという点です。
たとえば、明示予測期間の最終年度において、次のような状況が残っていることがあります。
- 売上成長率がまだ高い水準にある
- 利益率が大きく変動している
- 設備投資が一時的に抑制されている
- 運転資本が通常水準に戻っていない
- 事業再編や大口顧客の影響が、まだ反映の途中にある
こうした場合、その年度をそのまま継続価値の基礎にすることには、慎重であるべきです。
継続価値は、明示予測期間の後に事業が一定の安定状態へ入ることを前提として計算します。したがって、明示予測期間は「3年」「5年」と機械的に決めるものではありません。
対象会社の事業が、どの時点で安定的なキャッシュ・フローを生む状態になるのか。そこを見極める作業こそが、明示予測期間を考えるということです。
「5年予測だから十分」とは限らない
DCF法では、5年程度の事業計画を用いることがよくあります。とはいえ、「5年あるから十分」とは言い切れません。
成熟した事業で、売上成長率、利益率、運転資本、設備投資が比較的安定している会社であれば、5年後に継続価値を置くことが合理的な場合もあります。
一方で、成長途中の会社、新規事業の立ち上げ期にある会社、大型設備投資の途中にある会社、事業再編の最中にある会社、オーナー依存から組織経営へ移行中の会社では、5年後でもまだ安定状態に届いていないことがあります。
このような場合に、5年目のFCFをそのまま永久に伸ばす前提を置くと、評価額が過大にも過小にもなりかねません。
明示予測期間を考えるときは、次の点を確認しておきたいところです。
- 売上成長率は、長期的に持続可能な水準まで落ち着いているか
- 利益率は、一時的な改善や悪化ではなく、正常な水準になっているか
- 運転資本は、売上規模に見合った水準になっているか
- 設備投資は、維持更新投資を十分に反映しているか
- 税金は、正常な負担水準になっているか
- 事業再編、PMI、投資回収、撤退事業の影響が落ち着いているか
- 買主固有のシナジーを含めている場合、その実現時期と継続性を説明できるか
財務デューデリジェンスの実務でも、事業計画の分析にあたっては、過去実績との整合性、主要な前提条件、キードライバー、感応度、キャッシュ・フロー計画、運転資本、設備投資計画などを、総合的に検討していきます。
予測期間とは、単なる年数ではありません。事業が「継続価値を置ける状態」に到達するまでの期間なのです。
継続価値とは何か
継続価値とは、明示予測期間後に事業が生み出す将来キャッシュ・フローの価値を、評価時点の価値としてまとめて表したものです。ターミナルバリューとも呼ばれます。
DCF法では、すべての将来年度のFCFを、1年ずつ永遠に予測することはできません。そこで、一定期間までは年度ごとに具体的に予測し、その後は一定の前提を置いて継続価値として計算します。
この継続価値をどう置くかによって、DCF評価額は大きく変わります。特に、次のような場合には、継続価値への依存度が高くなります。
- 明示予測期間中のFCFが小さい
- 成長投資が先行しており、予測期間後に収益化する前提になっている
- 予測期間の最終年度に利益率が大きく改善している
- 永久成長率を高く設定している
- 出口倍率を高く設定している
- 割引率を低く設定している
継続価値が大きいこと自体は、問題ではありません。問題になるのは、その継続価値を支える前提を説明できないことです。
継続価値を計算する代表的な方法
継続価値の計算方法として、実務でよく用いられるのは次の2つです。1つは永久成長率法、もう1つは出口倍率法です。
投資銀行の実務でも、ターミナルバリューの算定方法として出口倍率法と永久成長率法が広く用いられ、対象会社の状況に応じて、一方または双方を使って相互にチェックすることが一般的です。
どちらの方法にも、長所と限界があります。
永久成長率法は、理論的にはDCF法と整合しやすい方法です。ただし、永久に成長するという強い前提を置くため、長期成長率の妥当性が鍵になります。
出口倍率法は、市場感覚や類似会社との比較に接続しやすい方法です。ただし、倍率の選び方次第で評価額が大きく変わり、景気循環や一時的な市場環境に引きずられるリスクを抱えています。
大切なのは、どちらか一方を機械的に採用することではありません。それぞれの方法から見た継続価値が、対象会社の事業実態、収益力、成長性、リスク、資本投下の必要性と整合しているかを確認することです。
永久成長率法の考え方
永久成長率法は、明示予測期間後のFCFが、一定の成長率で長期的に成長し続けると仮定して継続価値を計算する方法です。
一般的な式は次のとおりです。
継続価値 = 翌期FCF ÷(割引率 − 永久成長率)
ここでいう翌期FCFとは、明示予測期間の最終年度のFCFをそのまま使うものではありません。継続価値計算の基礎となる、予測期間終了後の最初の年度のFCFを指します。実務では、最終年度FCFに永久成長率を反映して翌期FCFを算定するのが一般的です。
永久成長率法は、最終年度のFCFが安定的かつ持続可能な状態にあることを前提とします。投資銀行の実務でも、永久成長率法は最終年度FCFが永久に定率成長するとみなしてターミナルバリューを算定する方法であり、WACCと、長期的・持続可能な成長率の前提に依存するものと理解されています。
ここで気をつけたいのは、永久成長率は明示予測期間中の高成長率とは別物だという点です。
明示予測期間中には、売上が大きく伸びる局面があるかもしれません。利益率が急改善する局面もあるでしょう。新規顧客の獲得やシナジーの実現によって、一時的に高い成長が見込まれることもあります。
しかし、永久成長率は、そうした短期・中期の成長率ではありません。長期的に、事業が成熟した後も持続可能と考えられる成長率です。
したがって、永久成長率を設定するときには、次のような観点が必要になります。
- 対象事業が属する市場の長期成長性
- 対象会社の競争力を、長期的に維持できるか
- 価格転嫁力があるか
- 人口動態、需要構造、技術変化、規制環境の影響
- インフレを含む名目成長率との整合性
- 割引率との整合性
- 設備投資や運転資本の追加負担を織り込んでも持続可能か
永久成長率は、評価額を調整するための便利なつまみではありません。将来の成熟事業をどう見るかという、評価上の重要な判断です。
永久成長率で最も注意すべきこと
永久成長率法で最も注意すべきなのは、割引率との差です。
継続価値の式では、分母が「割引率 − 永久成長率」になります。そのため、永久成長率がわずかに上がるだけで分母が小さくなり、継続価値は大きく増えます。逆に、永久成長率がわずかに下がるだけで、継続価値は大きく下がります。
この構造を理解していないと、DCF評価額を過信してしまいます。
たとえば、永久成長率を少し高く置いただけで評価額が大きく上がっている場合、それは事業価値が本当に高いからではなく、継続価値の前提が評価額を押し上げているだけかもしれません。
また、永久成長率は割引率より低くなければなりません。理論上、永久成長率が割引率に近づくほど継続価値は極端に大きくなり、割引率以上になると式そのものが成り立たなくなります。
実務では、永久成長率を設定したあと、必ず感応度分析を行うことをおすすめします。
- 永久成長率を少し変えた場合、評価額はどの程度動くのか
- WACCと永久成長率を組み合わせたとき、評価レンジはどの程度変わるのか
- その評価レンジを、取引価格として受け入れられるのか
- 第三者に説明できるのか
この確認を欠いたまま示されたDCF評価額は、判断材料として十分とはいえません。
出口倍率法の考え方
出口倍率法は、明示予測期間の最終年度におけるEBITDAやEBITといった指標に、一定の倍率を掛けて継続価値を算定する方法です。
一般的な考え方は次のとおりです。
継続価値 = 最終年度EBITDA × 出口倍率
または、
継続価値 = 最終年度EBIT × 出口倍率
出口倍率法は、一定年数後に対象事業を売却すると仮定した場合の価値に近い考え方です。実務では、類似上場会社の取引倍率や類似取引の倍率を参考にして、出口倍率を設定することがあります。
ただし、出口倍率法にも大きな注意点があります。倍率をどの水準に置くかによって、継続価値が大きく変わるからです。
投資銀行の実務では、出口倍率法は最終年度EBITDA等の倍率を使って予測期間以降の価値を算定する方法であり、その倍率は通常、類似会社の取引倍率を基礎とします。もっとも、セクターや景気循環の影響を受けるため、ピークまたは谷の倍率や、平準化されていないEBITDAを使うと歪んだ結果を生みかねません。そのため、倍率とEBITDAの双方を平準化して用いることが重要だと考えられています。
出口倍率法を使う場合は、次の点を確認しておきたいところです。
- 類似会社や類似取引は、本当に比較可能か
- 最終年度EBITDAは正常化されているか
- 景気循環のピーク利益を基礎にしていないか
- 一時的なコスト削減や投資抑制でEBITDAが膨らんでいないか
- 対象会社の規模、成長性、リスク、流動性、支配権の違いを考慮しているか
- 現在の市場倍率を、将来時点の出口倍率としてそのまま使ってよいか
- 類似会社比較法による評価結果と、二重に整合していないか
出口倍率法は分かりやすい反面、相場感に引きずられやすい方法です。「業界では何倍だから」というだけでは、説明可能な継続価値にはなりません。
永久成長率法と出口倍率法は相互チェックする
永久成長率法と出口倍率法は、どちらか一方だけを見ればよいというものではありません。
実務では、一方の方法で算定した継続価値を、もう一方の方法で逆算して確認することが有効です。
たとえば、出口倍率法で算定した継続価値から逆算すると、永久成長率が非常に高い水準になる場合があります。このとき、採用した出口倍率が過大である可能性が見えてきます。
逆に、永久成長率法で算定した継続価値を出口倍率に換算すると、類似会社の水準と大きく乖離している場合があります。このときは、永久成長率や最終年度FCF、WACCのいずれかに問題が潜んでいる可能性があります。
投資銀行の実務でも、出口倍率法から逆算されるインプライド永久成長率や、永久成長率法から逆算されるインプライド出口倍率を確認し、前提が高すぎる、あるいは低すぎる場合には再検討する、という手順がとられています。
この相互チェックは、DCF評価額を「見せたい金額」に寄せないためにも欠かせません。
DCF法では、成長率、割引率、出口倍率、最終年度FCFといった前提を少し変えるだけで、評価額が大きく動きます。だからこそ、複数の角度から前提の整合性を確かめる必要があるのです。
最終年度FCFをそのまま使ってよいか
継続価値を考えるうえで、最終年度FCFは非常に重要な意味を持ちます。
永久成長率法では、最終年度FCFをもとに翌期FCFを算定し、それを継続価値の基礎とします。出口倍率法でも、最終年度のEBITDAやEBITが継続価値の基礎になります。
つまり、最終年度の数字が歪んでいれば、継続価値全体が歪むということです。
最終年度FCFを見るときは、次の点を確認します。
- 一時的な売上増加が含まれていないか
- 大口案件やスポット取引が、通常収益として扱われていないか
- 利益率が、過去実績や業界水準に比べて不自然に高くないか
- 設備投資を一時的に抑えていないか
- 運転資本が不自然に減少していないか
- 税金が一時的に低くなっていないか
- 役員報酬、関連当事者取引、オーナー依存などの調整が反映されているか
- シナジーが過大に織り込まれていないか
財務デューデリジェンスの実務では、過去実績から一過性損益や過年度の廃止事業の影響を取り除く正常収益力分析や、事業計画に反映すべきプロフォーマ調整が重視されます。
最終年度FCFは、継続価値の土台です。土台が歪めば、その上に積み上がる評価額も歪んでしまいます。
「成熟状態」とは何か
継続価値を置くためには、対象会社が成熟状態にあることが前提になります。
ここでいう成熟状態とは、成長が完全に止まることを意味するわけではありません。評価上は、長期的に持続可能な成長率、利益率、投資水準、運転資本水準、資本効率に落ち着いた状態を指します。
具体的には、次のような状態です。
- 売上成長率が、長期的な市場成長や会社の競争力と整合している
- 営業利益率が、過去実績・競争環境・価格転嫁力から見て持続可能である
- 設備投資が、維持更新投資と成長投資を適切に反映している
- 運転資本が、売上規模に応じた通常水準にある
- 税金が、正常な負担水準にある
- 新規事業、撤退事業、再編効果、シナジーが、過渡期ではなく安定的に反映されている
- ROICとWACCの関係が、長期的に説明できる
価値創造の観点からいえば、単に成長するだけでは価値は増えません。投下資本に対するリターンが資本コストを上回る成長であって、初めて価値創造につながります。企業価値評価においても、FCFやROICと企業価値の関係を理解しておくことが重要です。
したがって、成熟状態を確認する際には、売上や利益だけでなく、投下資本とリターンの関係まで見ておく必要があります。
高い成長率を前提にしていても、その成長に多額の設備投資や運転資本が必要で、ROICが低ければ、企業価値は思ったほど高くならない可能性があるのです。
長期成長前提をどう考えるか
長期成長前提は、DCF評価額の根幹に関わります。
明示予測期間中の成長率は、事業計画に基づき、顧客、商品、価格、数量、拠点、人員、設備投資、営業体制などから具体的に説明されるべきものです。
一方、永久成長率は、明示予測期間後の成熟した事業が長期的にどの程度成長するかを示す前提です。この2つを混同してはいけません。
明示予測期間中に高成長が見込まれる会社でも、永久成長率は慎重に見る必要があります。長期的には、市場全体の成長率、インフレ、人口動態、競争環境、技術革新、規制、代替品の影響を受けるからです。
また、名目ベースの事業計画を用いている場合は、永久成長率も名目ベースで考える必要があります。実質ベースのキャッシュ・フローと名目ベースの割引率を混在させると、評価額は歪んでしまいます。
インフレがある環境では、売上成長率が高く見えても、原価上昇、人件費上昇、設備投資額の増加、運転資本の増加によって、FCFが必ずしも増えるとは限りません。
長期成長前提を見るときは、売上だけでなく、最終的にFCFとして残るかどうかまで確認することが欠かせません。
中小企業・オーナー企業では特に慎重に見るべき
中小企業やオーナー企業のDCF評価では、予測期間と継続価値の設定に、特有の難しさがあります。
まず、事業計画が十分に整備されていないことがあります。月次管理、部門別損益、資金繰り、設備投資計画、人員計画が分断されているケースも少なくありません。
また、オーナー経営者の営業力、人脈、現場管理、意思決定に大きく依存している会社では、現経営者が退任した後も同じ収益力が続くとは限りません。
さらに、過去に設備更新を先送りしていたり、役員報酬が実態と異なっていたり、関連当事者取引や個人資産との混在があったりすると、最終年度FCFの見方はいっそう複雑になります。
中小M&Aの実務では、譲り渡し側が事前準備として「見える化」「磨き上げ」を行い、株式や事業用資産等を整理・集約することが重要とされています。中小企業庁の中小M&Aガイドラインでも、中小M&Aに向けた事前準備やバリュエーションの位置づけが整理されています。
中小企業の継続価値を見るときは、特に次の点を確認します。
- 後継者・経営体制の移行後も、収益力を維持できるか
- 主要取引先や特定人物への依存が、継続価値にどう影響するか
- 設備投資や人員補充を先送りしていないか
- 事業計画が社内で承認・検証されているか
- 売主側の希望価格に合わせて、楽観的な最終年度が作られていないか
- 買主が取得後に必要となる追加投資や管理コストが反映されているか
事業計画の策定経緯、社内承認、検証手続、そして販売計画・製造計画・人員計画・設備投資計画などとの整合性を確認しておくことは、事業計画の達成可能性を判断するうえで有益です。
シナジーを継続価値に入れるときの注意点
M&Aでは、買主が取得後にシナジーを見込むことがあります。
シナジーには、売上シナジー、コストシナジー、購買シナジー、拠点統合、管理部門統合、クロスセル、技術・顧客基盤の活用など、さまざまな種類があります。
これらをDCFに織り込むこと自体は、あり得ることです。ただし、継続価値にシナジーを入れる場合は、慎重に考える必要があります。
なぜなら、継続価値は長期にわたる価値を一括して反映するため、シナジーを過大に織り込むと、評価額が大きく膨らんでしまうからです。
確認すべき点は、次のとおりです。
- そのシナジーは、売主単独でも実現可能な価値か
- 特定の買主だけが実現できる、買主固有価値か
- 実現時期はいつか
- 一時的な効果か、継続的な効果か
- 実現に必要なコストや投資は反映されているか
- PMIの実行リスクは考慮されているか
- 明示予測期間と継続価値で、二重計上していないか
- 価格として売主に支払うべき価値か、買主が取得後に創出する価値か
シナジーは、評価額を高く見せるための便利な言葉ではありません。取引価格に織り込むには、実現可能性、実現時期、費用、リスク、帰属を整理しておく必要があります。
本シリーズではPMIの詳細には踏み込みませんが、継続価値にシナジーを入れる以上、そのシナジーが実行可能な前提かどうかは、価格判断上避けて通れない論点です。
継続価値が大きすぎるときに確認すべきこと
DCF評価額のうち、継続価値の現在価値が大きな割合を占めている場合、それだけで直ちに誤りとはいえません。ただ、確認すべき論点は増えていきます。
特に、次の問いは重要です。
- 評価額のうち、何割が継続価値で説明されているか
- 明示予測期間中のFCFは、評価額にどの程度寄与しているか
- 最終年度FCFは正常化されているか
- 永久成長率を少し変えた場合、評価額はどれだけ動くか
- WACCを少し変えた場合、評価額はどれだけ動くか
- 出口倍率を変えた場合、評価額はどれだけ動くか
- 永久成長率法と出口倍率法の結果は、大きく乖離していないか
- 継続価値を支える事業計画は、過去実績や市場環境と整合しているか
- 継続価値に含まれるシナジーは、実現可能か
継続価値が評価額の大半を占める場合、そのDCF評価額は「将来の安定状態」に強く依存しています。
このとき、最終年度の事業状態、永久成長率、出口倍率、WACCの前提を慎重に説明できなければ、評価額は意思決定資料としては弱いものになってしまいます。
予測期間を延ばせばよいとは限らない
継続価値の不確実性が大きいとき、「予測期間を長くすればよい」と考えることがあります。
確かに、事業が安定状態に達するまで明示予測期間を延ばすことは、有効な場合があります。しかし、予測期間を長くすれば評価の精度が上がるとは限りません。
将来へ行くほど、予測の不確実性は高まります。特に、技術変化、規制変更、市場縮小、競争環境の変化、顧客集中、オーナー交代、設備更新、資金繰りなどの影響が大きい会社では、長期予測の信頼性に限界があります。
予測期間を延ばすべきかどうかは、次の観点で判断します。
- 延長することで、事業の安定状態をより合理的に表現できるか
- 延長した年度の前提を、具体的な事業施策や市場見通しで説明できるか
- 単に継続価値を小さく見せるため、あるいは評価額を調整するために延長していないか
- 延長期間中の設備投資、運転資本、人員、税金が整合しているか
- 長期予測の不確実性を、感応度やシナリオで補っているか
重要なのは、予測期間の長さそのものではありません。予測期間と継続価値のつながりが、事業実態として説明できることです。
DCF評価額を読むときの実務チェック
DCF評価額を受け取ったときは、結論金額に目を向ける前に、次の順番で確認していくことをおすすめします。
1. 明示予測期間の長さと理由
なぜその年数なのか。対象会社の事業が、その時点で成熟状態に達しているのか。単に手元の事業計画がその年数だったから、というだけになっていないか。
2. 最終年度の状態
最終年度の売上、利益率、FCFは正常化されているか。一時的な増収、コスト削減、投資抑制が含まれていないか。維持更新投資や運転資本が反映されているか。
3. 継続価値の計算方法
永久成長率法か、出口倍率法か。両方を使って相互チェックしているか。なぜその方法を採用したのか。
4. 永久成長率
長期的に持続可能な成長率か。市場成長、インフレ、競争環境、資本投下の必要性と整合しているか。WACCとの差が小さすぎないか。
5. 出口倍率
倍率の根拠は何か。類似会社や類似取引は比較可能か。最終年度EBITDAは平準化されているか。景気循環や一時的な市場環境に引きずられていないか。
6. 感応度分析
WACC、永久成長率、出口倍率を変えた場合、評価レンジはどうなるか。評価額が特定の前提に過度に依存していないか。
7. 取引価格への接続
DCF評価額を、そのまま取引価格にしていないか。DD発見事項、非事業資産、有利子負債、価格調整、シナジー、契約条件との関係を整理しているか。
この確認を重ねることで、DCF法は単なる計算結果ではなく、取引判断のための資料になっていきます。
よくある誤り
事業計画の最終年度をそのまま継続価値の基礎にしている
最終年度が安定状態にない場合、そのFCFやEBITDAを継続価値の基礎にすることは危険です。成長途中、コスト削減途中、投資抑制中、シナジー実現途中の年度を基礎にすると、評価額が歪みます。
永久成長率を高く置きすぎている
永久成長率は、長期的に持続可能な成長率です。明示予測期間中の成長率をそのまま永久成長率に使うと、評価額は過大になりやすくなります。
出口倍率を現在の相場感だけで決めている
現在の市場倍率は、将来の出口倍率とは限りません。景気循環、金利環境、業界再編、成長期待、会計処理の違い、対象会社の規模や流動性を考慮する必要があります。
設備投資を抑えた最終年度を使っている
最終年度の設備投資が少なすぎる場合、FCFが過大になります。成熟状態では、事業を維持するための更新投資が必要です。
運転資本が不自然に改善している
最終年度だけ運転資本が大きく改善している場合、その効果が継続可能かを確認する必要があります。買掛金の支払い先送りや在庫圧縮など、一時的な改善である可能性もあります。
継続価値と非事業資産を混同している
DCFで評価するのは、原則として事業価値です。遊休不動産、投資有価証券、余剰資金などの非事業資産は、別途整理すべきものです。FCFに非事業収益を含めながら、さらに非事業資産として加算してしまうと、二重計上になります。
シナジーを二重計上している
明示予測期間にシナジーを入れ、継続価値にも同じ効果を過大に入れると、評価額は膨らみます。シナジーは、実現時期、継続性、費用、リスクを整理したうえで織り込むべきものです。
継続価値は「会社の未来をどう見るか」という判断である
継続価値は、単なる数式ではありません。対象会社が長期的にどのような事業状態になるのかを、数字で表現したものです。
予測期間の最終年度に、会社はどのような状態にあるのか。その状態は、売主の希望ではなく、事業実態として説明できるのか。その後もキャッシュ・フローは持続するのか。成長には追加投資が必要ではないのか。買主が取得後も同じ価値を実現できるのか。評価額のうち、どこまでを取引価格として支払ってよいのか。
これらの問いに答えていくことが、継続価値を検討するということです。
DCF法は、精密な計算に見えます。しかし、継続価値の前提が曖昧であれば、評価額は見た目ほど堅いものではありません。
特に、M&Aや事業承継では、評価額が交渉、金融機関への説明、株主説明、後継者への説明、税務・会計・会社法上の説明に使われることがあります。
そのため、継続価値は「評価モデル上の最後の行」ではなく、最も説明責任が問われる前提の一つとして扱うべきだと考えています。
取引価格判断では、継続価値をどう使うべきか
DCF法で算定された価値は、取引価格そのものではありません。
継続価値を含むDCF評価額は、一定の前提に基づく理論的な価値です。一方、取引価格は、売主と買主の交渉、DD発見事項、資金調達条件、価格調整、表明保証、補償、アーンアウト、シナジーの扱いなどによって決まっていきます。
したがって、継続価値を取引価格判断に使う場合は、次のように整理していきます。
まず、DCF評価額のうち継続価値への依存度を把握します。次に、継続価値を支える最終年度FCF、永久成長率、出口倍率、WACCの前提を確認します。そのうえで、その前提を買主として受け入れられるか、売主として説明できるかを判断します。さらに、DDで発見されたリスクや追加投資を価格に反映するのか、契約条件で保護するのかを検討します。
継続価値が大きい評価では、「将来がうまくいけばこの価値になる」という要素が大きくなります。
そのため、将来不確実性が大きい場合には、価格レンジ、感応度分析、段階的対価、アーンアウト、価格調整など、取引条件と合わせて考える必要があります。
本記事では契約条件の詳細には踏み込みませんが、少なくとも、継続価値の前提をそのまま確定価格に反映してよいかは、慎重に検討すべきだといえます。
相談前に整理しておきたい資料と論点
予測期間と継続価値を検討するためには、次の資料・論点を整理しておくと役立ちます。
- 直近数期の決算書、申告書、月次試算表
- 事業計画と、その策定根拠
- 売上計画の前提となる顧客、数量、単価、受注、契約情報
- 粗利率、固定費、人件費、販管費の前提
- 運転資本の推移と、正常水準
- 設備投資実績、固定資産台帳、今後の更新計画
- 税金、繰越欠損金、一時的な税務影響
- 非事業資産と事業資産の区分
- 主要取引先、主要人材、オーナー依存の程度
- シナジーを織り込む場合の、実現時期・費用・継続性
- 明示予測期間の最終年度が、成熟状態かどうか
- 永久成長率や出口倍率を、どう説明するか
- 評価額のうち、継続価値が占める割合
- 感応度分析による評価レンジ
これらが整理されていないと、DCF評価額は、見た目が精緻でも、意思決定には使いにくいものになってしまいます。
予測期間と継続価値の整理でお困りの方へ
DCF法では、予測期間と継続価値の前提が、評価額を大きく左右します。
明示予測期間をどこまで置くべきか。最終年度FCFは正常化されているのか。永久成長率や出口倍率は説明可能なのか。継続価値が評価額の大部分を占めている場合、その評価額を取引価格としてどこまで受け入れてよいのか。
これらは、計算式だけでは判断できません。対象会社の財務実態、事業計画、正常収益力、設備投資、運転資本、シナジー、リスク、交渉条件を分解し、後から説明できる形に整理していく必要があります。
犬飼公認会計士・税理士事務所では、M&A・事業承継・資本政策・組織再編に関する企業価値評価、DCF法における事業計画・継続価値の前提整理、取引価格判断の支援を行っています。
提示されたDCF評価額の前提を確認したい場合、継続価値が過大ではないか検討したい場合、事業計画・財務実態・リスクを踏まえて説明可能な価格レンジを整理したい場合は、お問い合わせページよりご相談ください。
振り返り|予測期間と継続価値で確認すべきポイント
| 論点 | 確認すべきポイント |
|---|---|
| 明示予測期間 | 単に年数で決めるのではなく、事業が成熟状態に到達するまで予測できているかを見る |
| 継続価値 | 明示予測期間後の価値であり、DCF評価額の大部分を占めることがある |
| 最終年度FCF | 継続価値の土台となるため、一時的な売上・利益・投資抑制・運転資本改善を除外して見る |
| 成熟状態 | 売上成長率、利益率、設備投資、運転資本、税金、資本効率が長期的に説明できる状態 |
| 永久成長率法 | 長期的に持続可能な成長率を使う。短期の高成長率をそのまま使わない |
| 出口倍率法 | 類似会社や類似取引の倍率を参考にするが、比較可能性と平準化が重要 |
| 相互チェック | 永久成長率法と出口倍率法を相互に確認し、インプライド成長率・倍率の不自然さを検討する |
| 感応度分析 | WACC、永久成長率、出口倍率を変えたときの評価レンジを確認する |
| 中小企業の注意点 | オーナー依存、設備投資の先送り、事業計画の未整備、主要取引先依存を慎重に見る |
| 取引価格との関係 | DCF評価額は取引価格そのものではなく、DD・交渉・契約条件を踏まえて判断する |
| 実務上の核心 | 継続価値は数式ではなく、会社の長期的な事業状態をどう説明するかという判断である |