DCF法で企業価値を考えるとき、最も重要な入力値となるのはフリー・キャッシュ・フローです。売上でも、営業利益でも、EBITDAでも、当期純利益でもありません。
DCF法で見ているのは、対象会社が将来どれだけのキャッシュを生み出し、そのキャッシュを事業の維持や成長のためにどれだけ再投資し、それでもなお資金提供者に帰属するキャッシュがどれだけ残るのか、という流れです。ここを誤ると、どれほど精緻にDCFモデルを組み上げても、評価額は実態から離れていきます。
M&Aや事業承継の現場では、「利益が出ている会社だから高く評価できる」「EBITDAが大きいのだから価格も高いはずだ」といった見方をされることがあります。けれども、企業価値評価で問われているのは、会計上の利益そのものではありません。その利益が将来どれだけキャッシュとして残るのか、という点です。
利益が出ていても、売掛金の回収が遅ければキャッシュは不足します。売上の拡大に伴って在庫が増えれば、資金は棚卸資産に固定されます。設備の老朽化が進んでいれば、将来の更新投資は避けられません。税金もまた、利益からキャッシュを減らす重要な要素です。
フリー・キャッシュ・フローは、こうした論点を一つずつ反映しながら、利益を企業価値評価に使えるキャッシュ・フローへと変換していくための考え方だといえます。
なお、企業価値評価については、日本公認会計士協会の「企業価値評価ガイドライン」においても、評価アプローチや価値概念、評価業務上の留意点が整理されています。これは企業価値評価を行う際の実務上の参考となる研究報告であり、価格そのものではなく、価値の評価に関する実務を整理したものと位置づけられます。
出典:日本公認会計士協会|経営研究調査会研究報告第32号『企業価値評価ガイドライン』
フリー・キャッシュ・フローとは何か
フリー・キャッシュ・フローとは、事業活動から生み出されたキャッシュのうち、事業を維持・成長させるために必要な投資や運転資本を考慮したあとに残るキャッシュ・フローを指します。
M&AのDCF法で一般的に用いるのは、株主だけに帰属するものではなく、債権者と株主の双方に帰属するキャッシュ・フローです。これは、エンタープライズDCF法で事業価値を算定する際に使うフリー・キャッシュ・フローにあたります。
実務上は、次のように順を追って整理すると理解しやすくなります。
- 営業利益を起点とする
- 税金相当額を控除する
- 税引後営業利益を把握する
- 減価償却費などの非資金費用を加える
- 運転資本の増加額を控除する
- 設備投資を控除する
- フリー・キャッシュ・フローを算定する
財務・税務デューデリジェンスの実務でも、DCF法で用いる将来キャッシュ・フローは一般にフリー・キャッシュ・フローを意味します。営業損益を基礎としながら、税金、運転資本の増減、設備投資、減価償却費などを調整して算定していくのが基本的な考え方です。
この流れを見ていくと、FCFは単なる計算式ではないことがわかります。会社の稼ぐ力、資金繰り、投資負担、税務の影響を一体として確認するための指標なのです。
なぜ営業利益だけでは企業価値を判断できないのか
営業利益は、本業の収益力を見るうえで重要な数字です。ただし、営業利益はあくまで会計上の期間損益であって、キャッシュそのものではありません。
ここで押さえておきたいのは、営業利益が同じ会社でも、企業価値は大きく異なり得るということです。
たとえば、同じ営業利益を出していても、一方は売掛金の回収が早く、在庫も少なく、設備投資も軽い会社かもしれません。もう一方は、売上を伸ばすたびに多額の在庫を抱え、設備更新にも大きな資金を要する会社かもしれません。
この場合、会計上の営業利益は同じでも、将来株主や債権者に帰属するキャッシュ・フローは異なってきます。DCF法が見ようとしているのは、まさにこの差です。
利益が出ているかどうかだけではありません。その利益がキャッシュとして残る構造になっているか。成長するほど資金を食う事業なのか、それとも成長とともにキャッシュを生む事業なのか。維持投資は軽いのか、重いのか。こうした点が企業価値を左右していきます。
FCFの基本式
実務上、エンタープライズDCF法で用いるFCFは、おおむね次のように整理できます。
FCF = NOPAT + 減価償却費等の非資金費用 − 運転資本増加額 − 設備投資額
別の言い方をすれば、次のようにも表せます。
FCF = NOPAT − 純投資額
ここでいうNOPATは、Net Operating Profit After Taxesの略で、税引後営業利益を意味します。純投資額は、事業を維持・成長させるために追加的に投下された資本です。
理論的には、FCFはNOPATから純投資を控除したものとして整理でき、ROICや投資比率と結びつけて価値創造を説明することもできます。M&A実務でも、NOPATに非資金費用を加え、正味運転資本の増加分と設備投資支出を控除した金額がFCFであり、その運転資本増加分と設備投資支出から減価償却費等を控除した金額を純投資額と捉える、という整理がよく用いられます。
もっとも、式だけを覚えても実務判断には足りません。大切なのは、各項目が何を意味し、どのような誤りが評価額を歪めるのかを理解しておくことです。
出発点は営業利益でよいのか
エンタープライズDCF法では、通常、事業全体に帰属するキャッシュ・フローを算定します。そのため、出発点は営業利益、あるいはそれに近い事業利益となります。
ここで重要なのは、金融収益・金融費用や、非事業資産に関する損益を混ぜ込まないことです。
エンタープライズDCF法で評価したいのは、事業そのものが生み出す価値です。したがって、預金利息、投資有価証券の配当、不動産賃貸収入、遊休資産の売却損益など、本業の事業価値とは切り離して扱うべき項目は、原則として分けて考える必要があります。
ただし、形式的に営業外収益・費用として表示されているからといって、必ずしも非事業項目になるわけではありません。
たとえば、事業運営上どうしても欠かせない資産から生じる収益・費用が営業外に表示されている場合は、実態に応じて営業利益に近い概念へ組み替える必要があります。評価にあたっては、財務諸表の表示区分をそのまま使うのではなく、その損益が事業価値に含めるべきものかどうかを一つずつ確認していくことになります。
この整理を経ずに、決算書の営業利益をそのままDCFに入れてしまうと、事業価値と非事業資産価値が混ざり合います。後で株主価値へ橋渡しする段階で、二重計上や控除漏れが生じやすくなるのです。
NOPAT|税引後営業利益をどう考えるか
FCFの出発点となるのは、税引後営業利益です。営業利益に税金を反映したものが、NOPATにあたります。
ここでいう税金は、会社全体の実際の法人税等と必ずしも一致するわけではありません。エンタープライズDCF法では、事業が生み出す営業利益に対応する税金を考えます。そのため、支払利息による節税効果、非事業資産から生じる損益、過年度の税務調整などをそのまま混ぜ込むと、キャッシュ・フローと割引率の整合性が崩れてしまうことがあります。
実務上は、次のような点を確認していきます。
- 営業利益に対応する税金になっているか
- 一時的な税務影響を、通常状態として扱っていないか
- 繰越欠損金の利用可能性を過大に見ていないか
- 組織再編やスキーム変更による税務影響を、別途検討すべきではないか
- 支払利息の節税効果を、FCF側に入れるのか、それとも資本コスト側で扱うのかが整理されているか
特にエンタープライズDCF法では、通常、支払利息を控除する前の事業キャッシュ・フローを用い、WACCで割り引きます。支払利息や借入返済をFCFに含めてしまうと、債権者と株主の双方に帰属するキャッシュ・フローではなくなってしまいます。
エンタープライズDCF法とエクイティDCF法とでは、用いるキャッシュ・フローと割引率が異なります。エンタープライズDCF法ではすべての投資家に帰属するキャッシュ・フローをWACCで割り引き、エクイティDCF法では株主に帰属するキャッシュ・フローを株主資本コストで割り引く、という整理になります。
つまりFCFを作る段階で、「いま自分は、誰に帰属するキャッシュ・フローを作っているのか」をはっきりさせておく必要があるのです。
減価償却費を足し戻す理由
営業利益には、減価償却費が費用として含まれています。
しかし減価償却費は、その期に現金が出ていく費用ではありません。過去に取得した固定資産の取得原価を、会計上、使用期間にわたって配分しているにすぎません。
そのため、営業利益からFCFを算定する際には、減価償却費などの非資金費用をいったん足し戻します。
ここで一つ、誤解してはいけない点があります。減価償却費を足し戻すからといって、設備投資を考慮しなくてよいわけではない、ということです。むしろ、減価償却費を足し戻したあとに、事業の維持・成長に必要な設備投資をあらためて控除しなければなりません。
評価実務でよく見られる誤りは、減価償却費は足し戻したものの、将来の設備投資を十分に見込んでいない、というものです。この場合、FCFは過大になります。結果として、DCF評価額も過大になってしまいます。
特に設備産業、製造業、店舗ビジネス、物流業、医療・介護、ITシステム投資が重い事業などでは、減価償却費と将来の設備投資の関係を、丁寧に確認しておく必要があります。
運転資本|利益がキャッシュに変わるまでの資金負担
FCFを作るうえで、運転資本の調整はきわめて重要です。
運転資本とは、事業運営に必要な営業上の資金拘束を指します。代表的なものとして、売掛金、棚卸資産、買掛金などが含まれます。
売上が増えると、通常、売掛金や棚卸資産も増えていきます。これは、会計上は利益が出ていても、まだキャッシュとして回収されていない部分や、在庫として資金が固定されている部分が増えていく、ということを意味します。
そのため、運転資本が増加する場合は、FCFから控除します。逆に運転資本が減少する場合は、資金拘束が解放されるため、FCFにはプラスに働きます。
ただし、運転資本の減少が常に良いとは限りません。
在庫を極端に絞った結果、欠品リスクを抱えているだけかもしれません。買掛金の支払いを先延ばしして、一時的にキャッシュを確保しているだけかもしれません。あるいは、売掛金の回収条件を厳しくしたことで、将来の売上に悪影響が出る可能性もあります。
M&Aの価格判断で見るべきなのは、一時点の運転資本ではなく、正常運転資本です。対象会社が通常の事業活動を続けていくために必要な運転資本の水準を把握し、事業計画のなかで売上成長や季節変動に応じた運転資本の増減が合理的に反映されているかを、確認していく必要があります。
キャッシュ・フロー計算書を作成していない会社であっても、財務DDの過程で簡易的にキャッシュ・フローを把握したり、正常運転資本や設備投資の分析をもってキャッシュ・フロー分析を補完したりすることがあります。
設備投資|将来のキャッシュを維持するための支出
設備投資は、FCFを大きく左右します。
設備投資は、大きく維持更新投資と成長投資に分けられます。
維持更新投資は、現在の事業能力を維持するために必要な投資です。老朽化した設備の更新、店舗改修、システム更新、安全対策、法令対応などが含まれます。
成長投資は、売上拡大や新規事業展開のための投資です。新工場、新店舗、新システム、新製品開発、追加人員に伴う設備などが含まれます。
DCF法でFCFを作る場合、少なくとも維持更新投資を見落としてはいけません。
将来計画では利益が安定しているにもかかわらず、設備投資がほとんど計上されていない場合、そのFCFは過大になっている可能性があります。過去に設備更新を先送りしてきた会社では、直近期の利益は高く見えても、買収後に多額の更新投資が必要になることがあるのです。
M&Aの場面では、売主側が提示する資料において、設備投資が控えめに見積もられていることがあります。これは必ずしも意図的なものとは限りません。中小企業では、設備更新を必要になったときに都度判断していて、中期計画に十分反映されていない、というケースも珍しくないからです。
しかし、買主がその前提をそのまま受け入れてしまうと、買収後のキャッシュ・フローを過大に見積もることになります。
FCFを作る際には、次のような観点を確認します。
- 過去の設備投資実績はどの程度か
- 減価償却費と実際の設備投資額に、大きな差はないか
- 老朽化設備や更新予定設備はないか
- 売上成長に必要な能力増強投資は反映されているか
- IT・セキュリティ・法令対応など、見落とされやすい投資はないか
- 一時的に投資を抑えた年度を、通常年度として扱っていないか
FCFを作る作業は、単に利益から数字を調整する作業ではありません。事業を継続していくために、どれだけの再投資が必要なのかを確認する作業でもあるのです。
EBITDAとFCFの違い
M&Aでは、EBITDAがよく使われます。
EBITDAは、利息、税金、減価償却費等を控除する前の利益です。収益力を簡便に把握し、EV/EBITDA倍率で価格感をつかむ際には有用な指標といえます。
ただし、EBITDAはFCFではありません。
EBITDAには、税金が反映されていません。運転資本の増減も反映されていません。設備投資も反映されていません。したがって、EBITDAが大きくても、FCFが小さい会社というのは存在します。
特に、次のような会社では、EBITDAとFCFの差が大きくなりやすい傾向があります。
- 売上成長に伴って売掛金や在庫が大きく増える会社
- 設備投資が重い会社
- システム投資や店舗投資が継続的に必要な会社
- 税負担が重い会社
- 過去に投資を先送りしてきた会社
- 季節変動により運転資金需要が大きい会社
EBITDA倍率で価格感を把握すること自体は有用です。しかし、最終的な価格判断では、EBITDAがどれだけFCFに転換されるのかを確認する必要があります。
「EBITDA倍率では妥当に見えるのに、DCFで見ると価値が出にくい」という場合、その多くは、このキャッシュ転換の部分に理由があります。
非事業項目を除外する
FCFを作る際には、事業価値に含めるべき項目と、非事業資産として別に扱うべき項目とを切り分けます。
たとえば、遊休不動産、投資有価証券、余剰現預金、役員貸付金、保険積立金、事業に使っていない車両や不動産などは、事業価値とは別に評価すべき場合があります。
これらから生じる収益や費用をFCFに含めたうえで、さらに非事業資産として加算してしまうと、二重計上になります。一方で、実質的には事業に必要な資産であるにもかかわらず、形式的に非事業資産として除外してしまうと、今度は事業価値を過小評価してしまう可能性があります。
ここで重要なのは、会計上の勘定科目ではなく、事業運営上の役割です。
- その資産は本業に必要なのか
- その収益・費用は事業価値に含めるべきものか
- 買主は取得後もその資産を保有・利用する前提なのか
- 売主はクロージング前に引き出す、あるいは除外する予定なのか
- 株式譲渡価格に含めるのか、それとも別途精算するのか
この整理を曖昧にしたままFCFを作ると、DCF評価額と実際の取引価格との関係が見えなくなってしまいます。
借入返済や支払利息をFCFに入れてよいか
エンタープライズDCF法で用いるFCFには、原則として支払利息や借入返済を含めません。
なぜなら、エンタープライズDCF法では、事業が生み出すキャッシュ・フローを、株主と債権者の双方に帰属するキャッシュ・フローとして捉えるからです。そのため、支払利息や借入返済の前のキャッシュ・フローを使い、WACCで割り引いて事業価値を算定します。
そのうえで、事業価値に非事業資産を加算し、有利子負債等を控除して株主価値へとつなげていきます。
もしFCFのなかで借入返済を控除し、さらに事業価値から有利子負債を控除すれば、負債を二重に控除してしまうことになります。
反対に、エクイティDCF法では、株主に帰属するキャッシュ・フローを直接評価します。この場合は、借入金の増減や支払利息の影響をキャッシュ・フローに反映させることになります。ただし、その際は割引率も株主資本コストを使う必要があります。
実務では、エンタープライズDCF法とエクイティDCF法が混同されている算定資料を見かけることがあります。
- キャッシュ・フローは債権者・株主の双方に帰属するものなのか
- それとも株主だけに帰属するものなのか
- そのキャッシュ・フローに対応する割引率は何か
- 有利子負債はどこで控除しているのか
この整合性を確認しなければ、DCF評価額の意味を正しく理解することはできません。
税金、運転資本、設備投資は「小さな調整」ではない
FCFの作成では、どうしても営業利益やEBITDAに注目が集まりがちです。
しかし、実際に評価額を大きく動かすのは、税金、運転資本、設備投資であることが少なくありません。
企業価値向上に影響する主なドライバーとしては、売上高成長率、営業利益率、税率、運転資本の増減、設備投資、資本コストなどが挙げられます。なかでもFCFの増加に寄与する要素として、売上高成長率、営業利益率、税率、運転資本の増減、設備投資および減価償却費が重要な役割を果たします。
このことは、M&Aの価格判断でも同じです。
営業利益を増やす前提だけでなく、その利益がキャッシュとして残る前提になっているかを見ていきます。
たとえば、売上成長率を高く置いているにもかかわらず、運転資本の増加をほとんど見込んでいない計画は、注意が必要です。利益率の改善を見込んでいながら、設備投資や人員増加が十分に反映されていない計画も、同じように注意が必要です。
FCFを作るときには、「利益をキャッシュに変換する過程で、何を差し引くべきか」を、一つずつ丁寧に確認していく必要があります。
FCF作成でよくある誤り
売上成長だけを反映し、運転資本を増やしていない
売上が伸びれば、通常、売掛金や棚卸資産も増えます。
それにもかかわらず、運転資本が一定のままになっている計画では、FCFが過大になります。特に、掛取引が多い事業、在庫を持つ事業、季節変動が大きい事業では、注意が必要です。
減価償却費を足し戻したまま、設備投資を控除していない
減価償却費は非資金費用なので足し戻します。
しかし、将来の設備投資を控除しなければ、事業維持に必要な資金支出を見落とすことになります。設備更新を先送りしている会社では、この影響が大きく出ます。
EBITDAをFCFの近似値として扱いすぎる
EBITDAは便利な指標ですが、FCFではありません。
税金、運転資本、設備投資を反映しなければ、取引価格の判断には使い切れません。EBITDA倍率による評価とDCF評価を比較する際にも、この差を意識しておく必要があります。
非事業収益をFCFに含めたまま、非事業資産も加算している
投資有価証券の配当、不動産賃貸収入、遊休資産の売却益などをFCFに含める場合は、非事業資産との二重計上に注意が必要です。
借入返済をFCFに入れているのに、事業価値から有利子負債を控除している
エンタープライズDCF法では、借入返済前のFCFを使い、事業価値から有利子負債を控除して株主価値を求めるのが基本です。
借入返済をFCFに含める場合は、エクイティDCF法との関係を整理しておく必要があります。
税金を実際の法人税等の支払額だけで置いている
実際の税金支払額には、過年度調整、繰越欠損金、一時差異、税務調査の影響などが含まれることがあります。
評価上は、事業利益に対応する税金を、合理的に把握する必要があります。
中小企業・オーナー企業でFCFを作るときの実務上の注意点
中小企業やオーナー企業では、FCFを作る前に、会計数値を評価に使える状態へと整えておく必要があります。
決算書が税務申告を目的として作成されている場合、会計上の利益が、必ずしも経済実態を反映しているとは限りません。役員報酬、親族給与、関連会社取引、私的費用、役員貸付金・借入金、個人資産と会社資産の混在などが、利益やキャッシュ・フローに影響していることがあるからです。
また、月次管理が十分でない会社では、運転資本や設備投資の推移を把握しにくいこともあります。資金繰り表はあっても、損益計画と連動していない、というケースもあります。
このような場合は、DCFモデルを作る前に、次のような整理が必要になります。
- 正常収益力を把握する
- 一過性の損益を除外する
- 役員報酬や関連当事者取引を、実態に即して調整する
- 売上・粗利・固定費の構造を確認する
- 運転資本の季節変動と通常水準を把握する
- 過去の設備投資と、将来の維持更新投資を確認する
- 税務上の特殊要因を確認する
- 非事業資産と事業資産を区分する
中小企業の評価では、形式的にFCFを算定するだけでは不十分です。会社の実態を確認し、事業が将来どの程度のキャッシュを生むのかを、資料と事実に基づいて組み立てていく必要があります。
FCFは「価値の源泉」を見るための指標
FCFは、DCF法の入力値であると同時に、価値の源泉を分解するための指標でもあります。
FCFを構成する要素を見ていけば、企業価値がどこから生まれているのかが見えてきます。
- 売上成長で価値が生まれているのか
- 利益率の改善で価値が生まれているのか
- 運転資本の効率化で価値が生まれているのか
- 設備投資を抑えているために、一時的にFCFが大きく見えているのか
- 税務上の一時的な要因で、FCFが押し上げられているのか
- それとも、将来の維持投資を十分に見込んでいないだけなのか
この見極めが、M&Aの価格判断では非常に重要です。
FCFが大きい会社だから価値が高い、という単純な話ではありません。そのFCFが持続可能か、再現性があるか、買主が取得後も実現できるか、説明可能な前提に立っているか。こうした点を一つずつ確認していく必要があります。
ROIC経営の観点からも、DCF法では将来FCFをWACCで割り引いた現在価値の総和が企業価値とされ、将来FCFを高めることが企業価値の向上につながります。一方で、FCFは期間損益、運転資本、設備投資など多くの項目から構成されるため、経営管理指標としては、ROICなどと組み合わせて見ていくことが有効です。
FCFと取引価格を混同しない
FCFを作り、DCF法で事業価値を算定したとしても、それがそのまま取引価格になるわけではありません。
DCF法で算定される価値は、一定の前提に基づく理論的な価値です。一方で取引価格は、売主と買主の交渉、DDの発見事項、支払条件、表明保証、補償、価格調整、アーンアウト、シナジーの扱いなどによって決まっていきます。
FCFは、取引価格を考えるための中核的な判断材料です。ただし、次のような論点は、FCFとは別に整理する必要があります。
- 事業価値から株主価値への調整
- 非事業資産や余剰資金の扱い
- 有利子負債や負債類似項目の控除
- DDで発見された簿外債務や追加投資
- 価格調整条項に反映すべき運転資本
- 買主固有のシナジーを、価格にどこまで織り込むか
- 税務・会計・会社法上の説明可能性
FCFは、あくまで価値判断の出発点です。取引価格は、その先にある交渉と条件設計の結果として決まっていきます。
FCFを作る前に確認すべき資料
FCFを適切に作るには、損益計算書だけでは足りません。
少なくとも、次のような資料を確認しておく必要があります。
- 直近数期の決算書
- 法人税申告書・勘定科目内訳明細書
- 月次試算表
- 資金繰り表
- 売掛金・買掛金・棚卸資産の推移
- 主要取引先別の売上
- 粗利率や原価構造が分かる資料
- 固定費の内訳
- 役員報酬、親族給与、関連当事者取引の内容
- 減価償却明細
- 固定資産台帳
- 過去の設備投資実績
- 今後の設備更新計画
- 借入金一覧と返済予定表
- 税務上の繰越欠損金や一時的要因
- 非事業資産・余剰資金の一覧
- 事業計画とその前提
これらを確認していくことで、利益からFCFへ変換する際の調整項目が、自然と見えてきます。
反対に、これらの資料が不足している場合、DCF評価額は不安定になります。その場合は、評価額を一つの数字として断定するのではなく、前提の不確実性を明示したうえで、レンジや感応度をもって判断していく必要があります。
FCFを作ることは、会社の実態を言語化すること
FCFの作成は、単なる財務計算ではありません。
会社の事業構造を、キャッシュの流れとして言語化していく作業です。
- どの利益が継続するのか
- どの利益は一時的なのか
- どれだけ税金がかかるのか
- 売上が伸びると、どれだけ運転資本が必要になるのか
- 事業を維持するために、どれだけ投資が必要なのか
- どの資産が事業に必要で、どの資産が非事業なのか
- 買主は取得後も、同じキャッシュ・フローを実現できるのか
これらを整理して初めて、DCF法は実務判断に使えるものになります。
表面的な利益やEBITDAだけでは、会社の価値を十分に説明することはできません。FCFを通じて、利益がどのようにキャッシュとなり、そのキャッシュがどのように事業価値へつながっていくのかを、確認していく必要があるのです。
フリー・キャッシュ・フローの整理でお困りの方へ
M&A、事業承継、資本政策、組織再編における企業価値評価では、FCFの作り方が、評価額の信頼性を大きく左右します。
- 営業利益やEBITDAを、そのまま評価に使ってよいのか
- 運転資本や設備投資を、どこまで織り込むべきか
- 非事業資産や有利子負債を、どの段階で調整すべきか
- 売主側の事業計画を、どこまで前提にできるのか
- 提示されたDCF評価額が、説明可能な前提に基づいているのか
これらを整理しないまま取引価格を判断してしまうと、評価額と実際のキャッシュ創出力との間にずれが生じる可能性があります。
犬飼公認会計士・税理士事務所では、M&A・事業承継・資本政策・組織再編に関する企業価値評価、株式価値評価、DCF法におけるFCFの前提整理、取引価格判断の支援を行っています。
利益から価値へつなげる前提を整理したい場合、提示された評価額の妥当性を確認したい場合、あるいは事業計画・財務実態・運転資本・設備投資を踏まえて説明可能な価格レンジを検討したい場合は、お問い合わせページよりお気軽にご相談ください。
振り返り|FCFを作るときの重要ポイント
| 論点 | 確認すべきポイント |
|---|---|
| FCFの位置づけ | DCF法で事業価値を算定するための、中核的なキャッシュ・フロー |
| 出発点 | 営業利益または事業利益を基礎に、非事業項目を除外して考える |
| NOPAT | 営業利益に対応する税金を控除した、税引後営業利益 |
| 減価償却費 | 非資金費用として足し戻すが、設備投資は別途控除する必要がある |
| 運転資本 | 売掛金、棚卸資産、買掛金などの増減を反映し、利益とキャッシュの差を調整する |
| 設備投資 | 維持更新投資と成長投資を区別し、将来の事業継続に必要な支出を織り込む |
| EBITDAとの違い | EBITDAには税金、運転資本、設備投資が反映されていないため、FCFとは異なる |
| 非事業項目 | 非事業資産に関する収益・費用をFCFに含めると、二重計上の原因になる |
| 借入・利息 | エンタープライズDCF法では、原則として借入返済や支払利息をFCFに含めない |
| 取引価格との関係 | FCFは価値判断の基礎であり、実際の取引価格は交渉・DD・契約条件を踏まえて決まる |
| 実務上の核心 | 利益をそのまま使うのではなく、会社の実態に即してキャッシュ創出力へ変換すること |