「毎年110万円までなら贈与税がかからない」。生前贈与について、こうした説明を耳にしたことがある方は多いのではないでしょうか。
実際、暦年課税では、1年間に贈与を受けた財産の価額を合計し、そこから基礎控除額110万円を差し引いて贈与税を計算します。その意味で、この説明自体は間違っていません。
ただ、相続対策として贈与を考えるとき、「110万円以下なら大丈夫」「贈与税さえ払えば相続税対策になる」といった理解だけでは、どうしても不十分です。
贈与税は、相続税と切り離された別個の税金ではありません。相続税を回避するための生前移転を調整する役割を担っており、いわば相続税を補う立場にある税金です。
その表れとして、相続開始前の一定期間内に被相続人から受けた暦年課税の贈与は、相続税の課税価格に加算されることがあります。また、相続時精算課税を選択した贈与は、原則として贈与時の価額を基礎に、贈与者の相続時に精算されます。
つまり生前贈与は、「贈与した時点で完結する節税策」ではありません。将来の相続税申告、遺産分割、名義財産の認定、財産評価、納税資金、そして税務調査での説明可能性にまで影響する、息の長い意思決定なのです。
この記事では、まず贈与税の基本を確認したうえで、それが相続税とどのようにつながっていくのか、相続対策として贈与を検討する際に何を押さえておくべきかを、順を追って整理していきます。
出典:国税庁|No.4402 贈与税がかかる場合 出典:国税庁|No.4161 贈与財産の加算と税額控除(暦年課税) 出典:国税庁|No.4103 相続時精算課税の選択
贈与は「渡したつもり」では成立しない|相手の受諾が必要な財産移転
税務の話に入る前に、押さえておきたいことがあります。贈与は、そもそも法律上の契約だという点です。
民法では、贈与は、当事者の一方が財産を無償で相手方に与える意思を表示し、相手方がこれを受諾することによって効力を生じるものとされています。一方的に「渡したつもり」になっただけでは、契約として成立していないのです。
ですから税務上も、親が子名義の口座へ資金を移しただけで当然に贈与が成立した、と考えるのは危険だといえます。少なくとも、次のような実態を確認しておく必要があります。
| 確認事項 | 実務上の意味 |
|---|---|
| 贈与者の意思 | 財産を無償で移転する意思があったか |
| 受贈者の受諾 | 受贈者が贈与を受けることを認識し、受け入れていたか |
| 財産移転の事実 | 預金移動、名義変更、登記、証券移管などが行われたか |
| 管理・支配 | 贈与後、その財産を受贈者自身が管理しているか |
| 収益の帰属 | 利息、配当、賃料などが受贈者に帰属しているか |
| 証拠 | 贈与契約書、通帳履歴、申告書、納税記録などが残っているか |
贈与税の基本を理解するうえでは、まず「誰が、誰から、いつ、何を、どのような意思で取得したのか」を確認することが出発点になります。これは、後日の相続税申告で名義預金や名義株式と判断されないためにも、欠かせない視点です。
贈与税がかかる基本構造
贈与税は、個人から贈与により財産を取得したときに、原則として財産を取得した人にかかる税金です。なお、法人から財産をもらった場合には、贈与税ではなく所得税の対象となります。ここは混同しやすいので、あわせて押さえておきたいところです。
贈与税の課税方法は、大きく分けて次の2つです。
| 課税方法 | 基本的な考え方 | 主な特徴 |
|---|---|---|
| 暦年課税 | 1月1日から12月31日までの1年間に受けた贈与を合計して課税 | 基礎控除110万円、累進税率、原則的な方式 |
| 相続時精算課税 | 一定の贈与者からの贈与を、将来の相続時に精算する方式 | 令和6年以後は年110万円の基礎控除、特別控除2,500万円、選択後は暦年課税へ戻れない |
ここで一つ、見落とされやすい点があります。贈与税は、贈与した人ではなく、贈与を受けた人を単位として考えるという点です。
たとえば、子が父から100万円、母から100万円の贈与を受けたとします。このとき「父から110万円以下」「母から110万円以下」と別々に見るのではありません。その子が1年間に受けた贈与の合計額200万円を基礎に考えるのです。
家族全体で贈与を計画するときに、もっとも誤解されやすいところです。
暦年課税|110万円は「受贈者ごと・1年ごと」の基礎控除
暦年課税では、その年の1月1日から12月31日までの1年間に贈与で取得した財産の価額を合計し、そこから基礎控除額110万円を差し引いた残額に税率を乗じて、贈与税額を計算します。
贈与を受けた財産の価額の合計額が110万円以下であれば、原則として贈与税はかからず、贈与税の申告も不要です。
計算の流れを整理すると、次のようになります。
| 手順 | 内容 |
|---|---|
| 1 | その年に受けた贈与財産をすべて集計する |
| 2 | 暦年課税の基礎控除110万円を差し引く |
| 3 | 基礎控除後の課税価格に税率を乗じる |
| 4 | 速算表の控除額を差し引く |
| 5 | 翌年2月1日から3月15日までに申告・納税する |
贈与税の申告と納税は、原則として財産をもらった人が、贈与を受けた年の翌年2月1日から3月15日までに行います。期限までに申告しなかった場合や、実際にもらった額より少ない額で申告した場合には、本税のほかに加算税がかかることがあります。
出典:国税庁|No.4402 贈与税がかかる場合 出典:国税庁|No.4429 贈与税の申告と納税
110万円以下でも、相続税で問題にならないとは限らない
ここで強調しておきたいのは、贈与税がかからないことと、相続税申告で問題にならないことは、決して同じではないという点です。
たとえば、毎年110万円以下の贈与であっても、次のような場合には注意が必要です。
| 状況 | 注意点 |
|---|---|
| 子名義の口座を親が管理している | 実質的に親の財産と判断される可能性がある |
| 贈与を受けた本人がそのことを知らない | 贈与契約の成立自体が疑われる |
| 相続開始前の加算対象期間内の贈与である | 贈与税がかからなくても相続財産に加算されることがある |
| 毎年同じ時期・同じ金額を形式的に移している | 贈与の実態や契約関係の整理が必要 |
| 不動産や株式など評価が必要な財産である | 贈与時の評価額、名義変更、管理状況の確認が必要 |
「110万円以内だから記録はいらない」と考えるのではなく、贈与の意思、受諾、財産移転、管理状況を、いつでも説明できる形にしておく。これが後々の安心につながります。
贈与税率|一般税率と特例税率の違い
暦年課税の贈与税率には、「一般税率」と「特例税率」の2つがあります。
特例税率は、贈与を受けた年の1月1日において18歳以上の人が、父母や祖父母などの直系尊属から贈与を受けた場合に使います。一方、兄弟姉妹間や夫婦間、第三者からの贈与、あるいは18歳未満の子や孫への贈与などは、一般税率で計算します。
出典:国税庁|No.4408 贈与税の計算と税率(暦年課税)
一般贈与財産用の速算表
| 基礎控除後の課税価格 | 税率 | 控除額 |
|---|---|---|
| 200万円以下 | 10% | 0円 |
| 300万円以下 | 15% | 10万円 |
| 400万円以下 | 20% | 25万円 |
| 600万円以下 | 30% | 65万円 |
| 1,000万円以下 | 40% | 125万円 |
| 1,500万円以下 | 45% | 175万円 |
| 3,000万円以下 | 50% | 250万円 |
| 3,000万円超 | 55% | 400万円 |
特例贈与財産用の速算表
| 基礎控除後の課税価格 | 税率 | 控除額 |
|---|---|---|
| 200万円以下 | 10% | 0円 |
| 400万円以下 | 15% | 10万円 |
| 600万円以下 | 20% | 30万円 |
| 1,000万円以下 | 30% | 90万円 |
| 1,500万円以下 | 40% | 190万円 |
| 3,000万円以下 | 45% | 265万円 |
| 4,500万円以下 | 50% | 415万円 |
| 4,500万円超 | 55% | 640万円 |
この税率表だけを眺めると、「高い贈与税を払ってまで贈与する意味はない」と感じるかもしれません。けれども、判断材料は贈与税だけではありません。
相続税率、二次相続、財産の値上がり可能性、収益の移転、納税資金、後継者への支配権の承継、そして家族間の公平感。これらを並べて比較してはじめて、贈与の妥当性が見えてきます。
たとえば、将来値上がりが見込まれる株式や、収益を生む不動産を早めに移しておけば、その後の収益や値上がりを次世代に帰属させられる場合があります。その一方で、不動産を贈与すれば、贈与税のほかに登録免許税や不動産取得税、将来の譲渡所得税、管理負担といった問題も生じてきます。
贈与税がかからない財産・非課税制度|「目的」と「相続時の扱い」を確認する
贈与税は、原則として贈与を受けたすべての財産にかかりますが、財産の性質や贈与の目的によっては、贈与税がかからないものもあります。たとえば、扶養義務者から生活費や教育費として通常必要と認められる範囲で受けるものなどは、贈与税のかからない財産として整理されています。
このほか、住宅取得等資金、教育資金、結婚・子育て資金など、目的別の非課税制度もあります。住宅取得等資金については、令和6年1月1日から令和8年12月31日までの間、一定の要件を満たす場合に、受贈者ごとに500万円、省エネ等住宅であれば1,000万円まで非課税となる制度が設けられています。
ただし、非課税制度は「使えるかどうか」だけで判断すべきものではありません。
| 確認事項 | 理由 |
|---|---|
| 資金使途 | 目的外利用や期限未達成があると課税関係が変わることがある |
| 受贈者の要件 | 年齢、所得、住宅要件などが制度ごとに異なる |
| 申告・添付書類 | 非課税でも申告や書類提出が必要な制度がある |
| 相続時の扱い | 管理残額や相続税への加算の有無を確認する必要がある |
| 他制度との関係 | 住宅ローン控除、小規模宅地等、配偶者軽減などと影響し合うことがある |
| 家族間の公平感 | 特定の子だけ住宅資金援助を受けた場合、遺産分割で問題になることがある |
非課税制度は確かに便利な仕組みです。しかし、制度ごとに要件、期限、申告手続、相続時の取扱いが異なります。目的と実態が合っていない利用は、避けておくのが賢明です。
相続財産への加算|生前贈与は相続税申告で戻ってくることがある
生前贈与を相続税とつなげて考えるうえで、もっとも重要になるのが、暦年課税贈与の相続財産への加算です。
相続や遺贈などにより財産を取得した人が、被相続人から加算対象期間内に暦年課税による贈与を受けていた場合、その贈与財産の価額は相続税の課税価格に加算されます。このとき加算されるのは、相続時の価額ではなく、贈与時の価額である点に注意してください。
令和6年1月1日以後の暦年課税贈与については、加算対象期間が段階的に見直されています。
| 被相続人の相続開始日 | 加算対象期間 |
|---|---|
| 令和8年12月31日まで | 相続開始前3年以内 |
| 令和9年1月1日から令和12年12月31日まで | 令和6年1月1日から相続開始日まで |
| 令和13年1月1日以後 | 相続開始前7年以内 |
なお、令和9年1月2日以後の相続については、加算対象期間内の贈与のうち、相続開始前3年以内に取得した財産以外の財産について、贈与時の価額の合計額から総額100万円までは相続税の課税価格に加算されないこととされています。
出典:国税庁|No.4161 贈与財産の加算と税額控除(暦年課税)
加算で誤解しやすいポイント
| 誤解 | 実際の確認事項 |
|---|---|
| 110万円以下なら相続税に関係しない | 贈与税がかからなくても、加算対象期間内なら相続税に加算されることがある |
| 贈与税申告をしていれば相続税には加算されない | 贈与税申告の有無と相続税への加算は別問題 |
| 贈与時より価値が下がったら相続時の低い価額でよい | 原則として贈与時の価額を加算する |
| 相続人でなければ加算されない | 相続や遺贈により財産を取得した人かどうかを確認する |
| 孫への贈与なら必ず加算されない | 孫が遺贈や保険金などで財産を取得する場合は確認が必要 |
贈与による相続税対策は、この加算期間を踏まえなければ、効果を見誤ってしまいます。
とりわけ、相続開始が近い段階での贈与は要注意です。贈与税だけでなく、相続税への加算、相続人間で生じうる不公平感、資金移動の説明可能性まで、あわせて確認しておく必要があります。
相続時精算課税|「大きな贈与が非課税になる制度」ではなく、相続時に精算する制度
相続時精算課税は、原則として60歳以上の父母または祖父母などから、18歳以上の子または孫などに対して財産を贈与した場合に選択できる制度です。
選択は贈与者ごとに行えますが、いったん選択すると、その贈与者からの贈与については、選択した年分以後すべて相続時精算課税が適用されます。暦年課税へ戻ることはできません。この不可逆性は、制度を理解するうえで欠かせない前提です。
相続時精算課税の贈与税計算は、次のように整理できます。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 贈与者 | 原則として60歳以上の父母・祖父母など |
| 受贈者 | 原則として18歳以上の子・孫など |
| 適用単位 | 贈与者ごとに選択 |
| 選択後 | その贈与者からの贈与は暦年課税に戻れない |
| 年110万円の基礎控除 | 令和6年1月1日以後の贈与から適用 |
| 特別控除 | 累計2,500万円まで |
| 税率 | 特別控除後の残額に一律20% |
| 相続時 | 贈与時の価額を基礎に相続税で精算 |
| 控除・還付 | 既に納めた相続時精算課税に係る贈与税相当額は相続税から控除し、控除しきれない場合は申告により還付可能 |
令和6年1月1日以後の贈与では、相続時精算課税についても年110万円の基礎控除が設けられました。相続税額を計算する際に相続財産と合算する相続時精算課税適用財産の価額は、令和6年1月1日以後の贈与については、贈与を受けた年分ごとに、贈与時の価額の合計額から相続時精算課税に係る基礎控除額を控除した残額とされています。
相続時精算課税を検討しやすい場面
相続時精算課税は、有利・不利を一律に判断できる制度ではありません。検討しやすい場面としては、たとえば次のようなものが挙げられます。
| 場面 | 検討理由 |
|---|---|
| 将来値上がりが見込まれる財産を早めに移したい | 相続時には原則として贈与時価額で精算されるため |
| 収益物件を次世代に移したい | 贈与後の収益を受贈者に帰属させられる可能性がある |
| 後継者へ自社株式を移したい | 支配権承継や事業承継設計と関係する |
| 高齢の親から早めに財産管理を移したい | 認知症・財産管理対策と関係する |
| 暦年課税の加算期間を踏まえて別制度を検討したい | 令和6年以後の制度改正により比較検討の重要性が増している |
一方で、注意しておくべき点もあります。
| 注意点 | 内容 |
|---|---|
| 暦年課税へ戻れない | 贈与者ごとの選択が不可逆である |
| 贈与時の価額で精算される | 値下がりした場合でも、原則として贈与時価額が基礎になる |
| 小規模宅地等の特例との関係 | 贈与で移転した土地は、相続で取得する宅地ではなくなるため、特例適用の可能性を慎重に確認する |
| 受贈者が先に死亡するリスク | 納税義務や権利関係が複雑になる場合がある |
| 申告・届出が重要 | 選択届出書や期限内申告の管理が必要 |
| 家族間の公平感 | 特定の子や孫に大きな財産を移す場合、遺産分割や遺留分に影響する |
相続時精算課税は、「2,500万円まで贈与税がかからない制度」と単純に捉えるべきではありません。あくまで相続時に精算される制度です。贈与時点の評価、将来の相続税、遺産分割、納税資金を一体で検討してこそ、判断を誤らずに済みます。
みなし贈与|現金を渡していなくても贈与税が問題になる場合
贈与税は、明確な贈与契約だけにかかるわけではありません。形式上は売買、債務免除、保険金受取、負担付贈与などであっても、実質的に経済的利益を受けた場合には、贈与により取得したものとみなされることがあります。
代表的なものを挙げると、次のとおりです。
| 類型 | 概要 |
|---|---|
| 著しく低い価額での譲受け | 時価と支払対価との差額が贈与とみなされることがある |
| 債務免除 | 債務免除、債務引受け、第三者弁済による利益が贈与とみなされることがある |
| 負担付贈与 | 財産をもらう代わりに債務を負担する場合、財産価額と負担額の差額が課税対象となる |
| 保険金 | 保険料負担者と受取人の関係により、贈与税・相続税・所得税のいずれかが問題になる |
| 同族会社取引 | 親族・同族会社間の低額取引により株式価値の移転が問題になることがある |
個人から著しく低い価額で財産を譲り受けた場合、その財産の時価と支払った対価との差額に相当する金額は、贈与により取得したものとみなされることがあります。なお、著しく低い価額かどうかは、個々の具体的な事案に基づいて判定されます。
出典:国税庁|No.4423 個人から著しく低い価額で財産を譲り受けたとき
債務免除等を受けた場合も同様です。対価を支払わずに、または著しく低い対価で、債務の免除、引受け、第三者弁済による利益を受けた場合には、その利益を贈与により取得したものとみなされることがあります。
負担付贈与では、土地や家屋などについて、通常の取引価額に相当する金額から負担額を控除した価額を基に贈与税を計算します。あわせて、贈与者側では負担額で財産を譲渡したものとして、譲渡所得税が問題になる場合があります。
親族間や同族会社との取引では、「家族だから安く売ってもよい」「借金を帳消しにしても身内の話だ」と考えがちです。しかし税務上は、時価、経済的利益、資金の原資、債務の実態が確認されます。その結果、贈与税だけでなく、所得税、法人税、相続税、株式評価にまで波及することがあるのです。
不動産・株式・保険の贈与は、評価と将来管理まで見る
現金の贈与と異なり、不動産、非上場株式、保険契約などの贈与では、財産評価と将来管理の問題が大きくのしかかってきます。
| 財産 | 主な確認事項 |
|---|---|
| 不動産 | 贈与時評価、登記、登録免許税、不動産取得税、将来売却、共有化、賃貸管理 |
| 上場株式 | 贈与時価額、証券口座移管、配当帰属、値動き、相続時加算 |
| 非上場株式 | 株式評価、議決権、後継者、会社財務、遺留分、納税資金 |
| 生命保険 | 契約者、被保険者、受取人、保険料負担者、契約者変更履歴 |
| 貸付金 | 債権評価、回収可能性、債務免除リスク、同族会社との関係 |
相続税や贈与税を計算する際には、相続や贈与などにより取得した土地や家屋を評価する必要があります。土地は原則として地目ごとに、路線価方式や倍率方式で評価します。家屋は固定資産税評価額に1.0を乗じて評価しますが、負担付贈与や個人間の対価を伴う取引によって取得した土地・家屋等について贈与税を計算するときは、通常の取引価額に相当する金額で評価する点に注意が必要です。
不動産を贈与すれば、相続財産から外れる可能性はあります。けれども、その先には別の問いが残ります。受贈者はその不動産を管理できるのか。固定資産税や修繕費を負担できるのか。将来売却するなら譲渡所得税はどうなるのか。そして、他の相続人は納得するのか。こうした点を抜きにして、贈与税額だけで判断することはできません。
非上場株式も同じです。贈与税額だけでなく、議決権、後継者、株式の分散、会社の資金繰り、役員貸付金、相続人間の代償金まで含めて検討する必要があります。
贈与税と相続税の比較は「税額」だけでは足りない
贈与税と相続税を比較するとき、単純に税率だけを並べても、判断を誤ります。
確認しておきたいのは、次のような視点です。
| 判断軸 | 確認すること |
|---|---|
| 税額 | 贈与税、相続税、二次相続までの合計負担 |
| 時間 | 相続開始時期の見通し、加算期間、贈与後の収益期間 |
| 財産評価 | 贈与時価額、相続時評価、値上がり・値下がりの可能性 |
| 家族関係 | 特定の相続人だけに贈与する理由を説明できるか |
| 遺留分・特別受益 | 民法上の持戻しや遺留分侵害額請求に影響しないか |
| 納税資金 | 贈与税や将来の相続税を誰がどう支払うか |
| 管理能力 | 受贈者が財産を管理・運用できるか |
| 税務調査 | 資金移動、名義、評価根拠を説明できるか |
| 将来変更 | 税制改正、家族構成、認知症、売却方針の変化に対応できるか |
たとえば、相続税率が高い家庭では、一定の贈与税を負担してでも早期に贈与を行う意味がある場合があります。逆に、相続税がそもそもかからない家庭や、小規模宅地等の特例・配偶者軽減によって相続税負担が抑えられる家庭では、贈与税や不動産取得税を負担してまで生前贈与をする合理性が乏しいこともあります。
さらに言えば、配偶者や長男に財産を集中させる贈与が、税務上は有利に見えることがあります。それでも、他の相続人の納得を得られなければ、遺産分割や遺留分の場面で問題が生じてしまうのです。
生前贈与を検討するときの実務手順
生前贈与は、思いつきで実行するものではありません。次の順序で検討していくと、判断が整理しやすくなります。
| 手順 | 確認内容 |
|---|---|
| 1 | 相続税がかかる可能性があるか、財産全体を棚卸しする |
| 2 | 誰に、何を、なぜ贈与したいのか、目的を整理する |
| 3 | 暦年課税と相続時精算課税を比較する |
| 4 | 贈与税だけでなく、相続税、所得税、不動産取得税等も確認する |
| 5 | 相続開始前贈与加算や二次相続への影響を確認する |
| 6 | 遺産分割、遺留分、特別受益への影響を確認する |
| 7 | 贈与契約、名義変更、管理状況、資金移動の証拠を残す |
| 8 | 申告期限、届出書、添付書類を管理する |
| 9 | 将来の税務調査で説明できるよう、判断過程を記録する |
この順序を踏まずに、「今年中に110万円だけ移す」「不動産を子の名義にしておく」「相続時精算課税なら大きく渡せる」といった判断を急いでしまうと、後から税務・法務・家族関係の問題が表面化しやすくなります。
贈与で避けたい短絡的な判断
贈与税と相続税のつながりを踏まえると、次のような判断には注意が必要です。
| 短絡的判断 | なぜ危険か |
|---|---|
| 110万円以下なら何もしなくてよい | 贈与の成立、名義財産、相続時加算の説明が必要になることがある |
| 贈与税を払えば税務調査で否認されない | 贈与の実態や評価額が別途問われることがある |
| 相続税率より贈与税率が低ければ有利 | 二次相続、特例、取得者、納税資金を含めた比較が必要 |
| 不動産を贈与すれば相続財産から外せる | 登記費用、不動産取得税、将来売却、管理負担、小規模宅地等との関係がある |
| 孫に渡せば世代飛ばしで有利 | 相続税の2割加算、遺留分、子世代の納得を確認する必要がある |
| 相続時精算課税は2,500万円まで非課税 | 相続時に精算され、選択後は暦年課税へ戻れない |
| 口座を分ければ名義財産にならない | 誰が管理し、誰が自由に使えるかが重要 |
| 親族間だから時価を気にしなくてよい | 低額譲渡や債務免除はみなし贈与の問題になり得る |
贈与は、単なる税額調整ではありません。家族の財産を、いつ、誰に、どのような形で承継させるのか。その意思決定そのものなのです。
相談前に整理しておきたい資料と情報
贈与税と相続税の関係を専門家に相談する場合、次の資料をあらかじめ整理しておくと、議論がぐっと具体的になります。
| 分野 | 準備したい資料・情報 |
|---|---|
| 家族関係 | 推定相続人、孫、養子、前婚の子、海外居住者の有無 |
| 財産全体 | 不動産、預貯金、有価証券、保険、同族会社株式、貸付金、債務 |
| 贈与履歴 | 過去の贈与額、贈与先、贈与契約書、贈与税申告書 |
| 資金移動 | 通帳、振込履歴、証券口座履歴、現金引出し記録 |
| 不動産 | 登記事項証明書、固定資産税通知書、路線価、賃貸借契約書 |
| 株式 | 証券会社資料、株主名簿、決算書、申告書、会社資料 |
| 保険 | 保険証券、契約者、被保険者、受取人、保険料負担者、変更履歴 |
| 相続税試算 | 現在の財産額、将来の評価変動、二次相続の見通し |
| 家族間の意向 | 誰に何を残したいか、特定の相続人への配慮、不公平感の有無 |
| 納税資金 | 贈与税・相続税を誰がどの資金で払うか |
これらが整理できると、贈与を「するか、しないか」だけでなく、「どの財産を、誰に、どの制度で、どの時期に、どの証拠を残して行うべきか」までが、見えやすくなってきます。
贈与税と相続税のつながりでお悩みの方へ
生前贈与は、うまく設計すれば、財産承継、納税資金、家族の生活支援、事業承継に役立つ場面があります。
その一方で、贈与税だけを見て実行してしまうと、相続税への加算、名義財産、遺留分、特別受益、不動産の管理負担、同族会社株式の評価、税務調査での説明不足といった問題が、後から表面化することがあります。
とりわけ、次のような場合には、早い段階で整理しておくことをお勧めします。
- 親から子・孫へ毎年贈与をしている
- 相続時精算課税を使うべきか迷っている
- 不動産や非上場株式を生前に移したい
- 子や孫名義の預金が相続財産と見られないか不安がある
- 住宅取得資金や教育資金の援助をしたい
- 兄弟姉妹間の公平感を損なわない贈与方法を考えたい
- 相続税試算と贈与税試算をあわせて見たい
- 贈与の証拠をどこまで残すべきか判断したい
犬飼公認会計士・税理士事務所では、贈与税だけでなく、相続税試算、二次相続、財産評価、贈与履歴、名義財産リスク、遺産分割への影響まで含めて、贈与方針を整理いたします。
「贈与した方がよいか」ではなく、「何を確認したうえで、どのリスクを受け入れて実行するか」を整理したい方は、当事務所HPのお問い合わせページからご相談ください。
生前贈与は、早く始めればよいというものではありません。後から家族にも税務署にも説明できる形で進めていくこと。それが、将来の相続税申告と、円満な財産承継につながっていきます。
重要事項の振り返り
| 項目 | 振り返り |
|---|---|
| 贈与の基本 | 贈与は、贈与者の意思表示と受贈者の受諾により成立する契約 |
| 贈与税の課税対象 | 原則として、個人から贈与により財産を取得した場合に受贈者へ課税される |
| 暦年課税 | 1年間に受けた贈与財産の合計額から110万円を控除して計算する |
| 110万円の意味 | 受贈者ごと・1年ごとの基礎控除であり、贈与者ごとではない |
| 贈与税率 | 一般税率と、18歳以上の人が直系尊属から受ける特例税率がある |
| 申告期限 | 原則として贈与を受けた年の翌年2月1日から3月15日まで |
| 相続財産への加算 | 相続や遺贈で財産を取得した人が、加算対象期間内に被相続人から受けた暦年課税贈与は相続税に加算されることがある |
| 加算期間の見直し | 令和6年以後の贈与から、相続開始前7年以内へ段階的に延長される |
| 相続時精算課税 | 一定の父母・祖父母等から子・孫等への贈与について選択できるが、選択後は暦年課税に戻れない |
| 令和6年以後の精算課税 | 年110万円の基礎控除が設けられ、相続時の加算額にも影響する |
| みなし贈与 | 低額譲渡、債務免除、負担付贈与、保険金などでは、経済的利益に贈与税がかかることがある |
| 名義財産 | 子や孫名義でも、実質的に親が管理していれば相続財産と判断される可能性がある |
| 実務上の判断軸 | 税額だけでなく、家族関係、遺産分割、二次相続、財産評価、納税資金、説明可能性を一体で確認する |