「うちは相続税がかからないと思います」
相続のご相談で、開口一番このようにお話しされる方は少なくありません。預貯金の残高、不動産の固定資産税評価額、生命保険金の非課税枠などをおおまかに見て、「基礎控除の範囲内だろう」と判断されているケースです。
たしかに、相続税の申告が不要な相続はあります。相続や遺贈などによって財産を取得した各人の課税価格の合計額が、遺産に係る基礎控除額を超えなければ、原則として申告は必要ありません。基礎控除額は「3,000万円+600万円×法定相続人の数」で計算します。
ただ、申告要否の判定は、「通帳残高と不動産の固定資産税評価額を足す」だけで終わるものではありません。
名義預金、死亡保険金、死亡退職金、相続開始前の贈与、相続時精算課税を選択した贈与、海外口座、未分割財産、評価額の見直し。こうした要素を加えていくと、当初は基礎控除以下だと思っていた相続が、実は申告対象であった、ということが起こります。
この記事では、「相続税が不要と思ってよいか不安だ」という方に向けて、申告要否の判定で見落としやすい財産と論点を、実務上の確認順序に沿って整理していきます。
申告要否は「財産を拾う作業」と「評価する作業」の両方で決まる
相続税の申告要否は、次の式だけを見ると、いたって単純に見えます。
| 判定式 | 内容 |
|---|---|
| 各人の課税価格の合計額 − 遺産に係る基礎控除額 | プラスになる場合は、原則として申告が必要 |
しかし、この「各人の課税価格の合計額」を正しく出すためには、次のような作業が欠かせません。
| 順序 | 確認内容 |
|---|---|
| 1 | 法定相続人を確定し、基礎控除額を計算する |
| 2 | 相続・遺贈により取得した本来の相続財産を集計する |
| 3 | 死亡保険金、死亡退職金などのみなし相続財産を確認する |
| 4 | 非課税財産、債務、葬式費用を整理する |
| 5 | 相続時精算課税適用財産を確認する |
| 6 | 暦年課税贈与の相続財産への加算を確認する |
| 7 | 土地、建物、株式、保険契約、海外財産などを相続税評価で見直す |
| 8 | 小規模宅地等の特例や配偶者の税額軽減を使う場合の申告要件を確認する |
国税庁も、相続税の申告準備として、相続人の確認、遺言書の有無、遺産と債務の確認、遺産の評価、遺産の分割といった手続が必要であると整理しています。
出典:国税庁|No.4202 相続税の申告のために必要な準備
つまり、申告要否の判定は、財産の一覧をつくるだけでは足りません。「その財産を相続税上どう評価するか」「加算・控除すべきか」「特例適用に申告が必要か」。ここまで確認して、はじめて判断できるものなのです。
「基礎控除以下」と判断する前に見直したい全体像
申告要否の判定でとくに見落としやすいものを、先に一覧として挙げておきます。
| 見落としやすい財産・論点 | 申告要否に与える影響 |
|---|---|
| 名義預金・名義株式 | 家族名義でも、実質的に被相続人の財産なら課税価格に入る |
| 死亡保険金 | 民法上の遺産でなくても、みなし相続財産として課税対象になることがある |
| 死亡退職金・弔慰金 | 名目だけでなく、死亡退職金等に該当する部分を確認する |
| 保険事故が発生していない生命保険契約 | 解約返戻金相当額などが相続財産になることがある |
| 生前贈与 | 加算対象期間内の暦年贈与は相続税に加算されることがある |
| 相続時精算課税 | 選択済みの贈与は相続時に精算される |
| 海外財産 | 納税義務者の区分によっては国外財産も課税対象になる |
| 未分割財産 | 分割が決まっていなくても、申告要否判定から除外できない |
| 土地・建物の評価見直し | 固定資産税評価額の単純合計では判定を誤ることがある |
| 居住用区分所有財産 | 令和6年1月1日以後の相続等では評価方法に注意が必要 |
| 同族会社関係資産 | 非上場株式、会社への貸付金、未収役員報酬などを見落としやすい |
| 還付金・未収金・貸付金 | 死亡後に入金されたものでも相続財産となる場合がある |
| 非課税財産・債務控除の誤認 | 控除できると思っていたものが控除できない場合がある |
この中のどれか一つでも金額の大きいものがあれば、申告要否の結論そのものが変わる可能性があります。とりわけ、不動産、生命保険、過去の贈与、家族名義の預金がある場合には、慎重な確認が必要です。
名義預金・名義株式は「名義」ではなく実質で確認する
申告要否の判定で最も見落としやすいものの一つが、家族名義の預金や株式です。
たとえば、子や孫の名義の預金であっても、その原資が被相続人であり、通帳・印鑑・キャッシュカードを被相続人が管理し、名義人本人が自由に使えない状態であれば、実質的には被相続人の財産と判断される可能性があります。
国税庁の事例集でも、「被相続人以外の名義の財産(預貯金)」は誤りやすい項目として取り上げられています。
確認すべきポイントは、次のとおりです。
| 確認事項 | 見るべき資料・事情 |
|---|---|
| 資金の原資 | いつ、誰の口座から資金が移ったか |
| 贈与の意思 | 贈与契約書、贈与の説明、家族間の認識 |
| 受贈者の受諾 | 名義人本人が贈与を知り、受け入れていたか |
| 管理状況 | 通帳、印鑑、キャッシュカード、ネットバンキング情報を誰が管理していたか |
| 使用状況 | 名義人本人が自由に引き出し、運用していたか |
| 収益の帰属 | 利息、配当、売却益を誰が受け取っていたか |
| 贈与税申告 | 贈与税申告書、納税資金の出所、申告の有無 |
大切なのは、「名義が子だから子の財産」とも、「親が資金を出したから必ず親の財産」とも、単純に決めつけないことです。資金移動の経緯、管理、運用、そして贈与の証拠を、総合して見ていきます。
名義預金が申告後に見つかった場合、影響は税務上の修正だけにとどまりません。当初の遺産分割協議でその預金を対象にしていなければ、誰が取得するのかを改めて整理し直すことになります。これは単なる申告漏れの問題ではなく、家族間の納得感にも関わる論点です。
生命保険金は「遺産ではないから申告不要」とは限らない
死亡保険金は、民法上は原則として受取人固有の財産として扱われることが多く、遺産分割の対象にならない場合があります。
ところが相続税では事情が異なります。被相続人が保険料の全部または一部を負担していた死亡保険金は、相続等により取得したものとみなされ、課税対象となるのです。
出典:国税庁|No.4114 相続税の課税対象になる死亡保険金
死亡保険金については、次の点を確認します。
| 確認事項 | 申告要否判定での意味 |
|---|---|
| 被保険者 | 誰の死亡を原因として保険金が支払われるか |
| 保険料負担者 | 被相続人が保険料を負担していたか |
| 受取人 | 相続人か、相続人以外か、相続放棄者か |
| 保険金額 | 非課税枠を超える部分があるか |
| 前納保険料・配当金等 | 保険金とともに払戻しを受ける金額があるか |
| 受取後の分配 | 受取人以外に分ける場合、贈与税の問題がないか |
相続人が取得した死亡保険金については、「500万円×法定相続人の数」までの非課税限度額があります。ただし、相続人以外の人が取得した死亡保険金には、この非課税の適用はありません。
出典:国税庁|No.4114 相続税の課税対象になる死亡保険金
また、契約上の受取人が受け取った死亡保険金を、話し合いによって別の相続人に分ける場合には、相続税だけでなく贈与税の問題が生じることがあります。死亡保険金は、遺産分割の感覚で自由に再配分できるとは限らないのです。
出典:国税庁|No.4114 相続税の対象になる死亡保険金 Q&A
申告要否の判定では、「保険金は遺産ではないから除外する」のではなく、「相続税上のみなし相続財産に該当するか」「非課税枠を控除した後に課税価格へ入る金額があるか」を確認していきます。
死亡退職金・弔慰金は名目だけで判断しない
死亡退職金も、見落としやすい財産の一つです。
被相続人の死亡によって、本来であれば被相続人に支給されるべきだった退職手当金、功労金、その他これらに準ずる給与を受け取る場合で、死亡後3年以内に支給が確定したものは、相続または遺贈により取得したものとみなされ、課税対象となります。
出典:国税庁|No.4117 相続税の課税対象になる死亡退職金
また、弔慰金や花輪代、葬祭料などは、通常は相続税の対象になりません。ただし、実質上は退職手当金等に該当すると認められる部分や、一定の金額を超える部分は、退職手当金等として課税対象になる場合があります。
出典:国税庁|No.4120 弔慰金を受け取ったときの取扱い
会社役員、医療法人関係者、同族会社の経営者、あるいは長年勤務した役員・従業員が亡くなった場合には、次の資料を確認します。
| 確認資料 | 確認する内容 |
|---|---|
| 退職金規程・役員退職慰労金規程 | 支給根拠と支給時期 |
| 株主総会議事録・取締役会議事録 | 役員退職金の決定状況 |
| 支給通知書 | 支給確定日、金額、受取人 |
| 源泉徴収票・支払調書 | 所得税・相続税の取扱いの手がかり |
| 弔慰金支給資料 | 弔慰金と退職金の区分 |
死亡退職金は、まだ預金残高に入金されていない段階でも、支給が確定していれば申告要否に影響します。申告期限までに会社側の決定が間に合わないようなときは、見込みだけで判断せず、支給決議や規程をきちんと確認しておく必要があります。
保険事故が発生していない生命保険契約も財産になることがある
注意が必要なのは、死亡保険金だけではありません。保険事故がまだ発生していない生命保険契約にも目を向ける必要があります。
たとえば、被相続人が契約者で、まだ保険事故が発生していない生命保険契約を持っていた場合、その契約に関する権利が相続財産として評価対象になることがあります。評価は、相続開始時にその契約を解約したと仮定した場合に支払われる解約返戻金の額を基礎とします。さらに、前納保険料や剰余金の分配額などがあれば加算し、一定の源泉所得税相当額があれば控除します。
出典:国税庁|No.4660 生命保険契約に関する権利の評価
申告要否の判定では、次のような契約を確認します。
| 契約の種類 | 見落としやすい点 |
|---|---|
| 終身保険 | 死亡保険金ではなく、契約者としての権利が残っている場合 |
| 個人年金保険 | 年金開始前・開始後で評価と課税関係が変わる場合 |
| 学資保険 | 契約者、保険料負担者、受取人の関係 |
| 低解約返戻金型保険 | 解約返戻金の時期により評価額が変動する場合 |
| 法人契約から個人へ変更された保険 | 契約者変更履歴と保険料負担者の確認が必要 |
保険は、契約者、被保険者、受取人、保険料負担者が必ずしも一致しているとは限りません。申告要否を判断する段階では、保険証券だけでなく、契約者変更履歴、保険料の引落口座、保険会社の評価証明まで確認しておくことが大切です。
相続開始前の贈与は「相続財産に戻す」必要がある場合がある
生前贈与をしていた場合に、「もう渡した財産だから相続税とは関係ない」と考えるのは危険です。
相続、遺贈、相続時精算課税に係る贈与によって財産を取得した人が、被相続人から加算対象期間内に暦年課税の贈与を受けていた場合、その贈与財産の価額は相続税の課税価格に加算されます。加算されるのは、原則として贈与時の価額です。
出典:国税庁|No.4161 贈与財産の加算と税額控除(暦年課税)
令和6年1月1日以後の暦年課税贈与については、加算対象期間が段階的に見直されています。
| 被相続人の相続開始日 | 加算対象期間 |
|---|---|
| 令和8年12月31日まで | 相続開始前3年以内 |
| 令和9年1月1日から令和12年12月31日まで | 令和6年1月1日から相続開始日まで |
| 令和13年1月1日以後 | 相続開始前7年以内 |
なお、相続開始前3年以内に取得した財産以外の加算対象贈与財産については、贈与時の価額の合計額から100万円を控除した残額を加算する取扱いがあります。
出典:国税庁|No.4161 贈与財産の加算と税額控除(暦年課税)
申告要否の判定では、贈与税申告をしていたかどうかだけを見ても足りません。110万円以下の贈与で贈与税申告をしていない場合であっても、相続税の加算対象になることがあるからです。
確認すべき資料は、次のとおりです。
| 資料 | 確認する内容 |
|---|---|
| 贈与契約書 | 贈与者、受贈者、日付、金額、財産内容 |
| 贈与税申告書 | 申告済み贈与の金額と制度 |
| 通帳・証券口座履歴 | 実際の資金移動・株式移管 |
| 不動産登記簿 | 贈与登記の有無と時期 |
| 住宅取得資金等の非課税資料 | 非課税制度の適用状況 |
| 家族間メモ | 過去の生活費援助、教育資金援助、住宅資金援助の整理 |
贈与履歴は、申告要否だけでなく、遺産分割、特別受益、遺留分、そして家族間の納得にも関わってきます。税務上の贈与加算と民法上の特別受益は別の制度ですが、「過去に誰がどれだけ受け取っているか」という事実の整理は、どちらにとっても等しく重要です。
相続時精算課税を選択している場合は、相続時に必ず確認する
過去に相続時精算課税を選択している場合、その贈与財産は、贈与者の相続時に精算されます。
相続時精算課税は、一定の父母・祖父母などから子・孫などへの贈与について選択できる制度です。ただし、いったん選択すると、その贈与者からの贈与については暦年課税へ戻ることができません。特定贈与者が亡くなったときの相続税の計算では、相続時精算課税適用財産の価額を相続財産に加算します。令和6年1月1日以後の贈与については、贈与を受けた年分ごとに相続時精算課税に係る基礎控除額を控除した残額を加算します。
相続時精算課税を選択していたかどうかは、相続人自身が把握していないこともあります。とくに、過去に不動産、株式、まとまった現金の贈与を受けているような場合には、次の資料を確認します。
| 確認資料 | 理由 |
|---|---|
| 相続時精算課税選択届出書 | 制度選択の有無を確認するため |
| 過去の贈与税申告書 | 贈与財産の価額・年分・贈与者を確認するため |
| 不動産登記簿 | 贈与登記の時期と財産を確認するため |
| 株式移動資料 | 非上場株式や有価証券の贈与を確認するため |
| 贈与時の評価資料 | 相続時に加算する価額の根拠を確認するため |
相続時精算課税は、申告要否の判定に直接影響します。相続開始時に現存する財産だけを見て「基礎控除以下」と判断してしまうと、過去の精算課税贈与を見落としかねません。
海外財産は「日本にある財産だけ」とは限らない
海外口座、海外不動産、外国株式、海外保険、海外法人持分などがある場合には、納税義務者の区分を確認しなければなりません。
相続などで財産を取得したときに外国に居住していて日本に住所がない人は、原則として、取得した財産のうち日本国内にある財産だけが相続税の課税対象になります。ただし、相続人や被相続人の住所、国籍、過去の日本居住状況などによっては、日本国外にある財産についても日本の相続税の課税対象になる場合があります。
出典:国税庁|No.4138 相続人が外国に居住しているとき
海外財産がある場合の確認項目は、次のとおりです。
| 確認事項 | 具体例 |
|---|---|
| 被相続人の住所 | 日本居住か、海外居住か |
| 相続人の住所 | 日本居住か、海外居住か |
| 国籍 | 日本国籍、外国籍、二重国籍の有無 |
| 過去10年の居住状況 | 日本国内に住所を有していた期間 |
| 財産所在地 | 海外口座、海外不動産、外国証券、海外保険 |
| 現地相続手続 | プロベート、現地税、名義変更手続 |
| 外貨換算 | 相続開始日の為替レートと資料 |
| 外国税額控除 | 現地で相続税・遺産税等が課される場合の調整 |
国外財産調書を提出している場合、その調書は海外財産を把握する手がかりになります。ただし、国外財産調書と相続税申告は、あくまで別の制度です。国外財産調書に記載されているからといって、相続税申告で自動的に処理されるわけではありません。
海外財産は、資料の取得、評価、換算、現地手続のいずれにも時間がかかります。申告要否の判定段階で「海外だから日本の相続税には関係ない」と早合点せず、住所・国籍・財産所在地を丁寧に整理しておくことが重要です。
未分割財産は、申告要否判定から除外できない
遺産分割協議がまとまっていない財産について、「まだ誰のものか決まっていないから申告不要」と考えるのは誤りです。
相続税の申告期限までに遺産分割が行われていない場合でも、申告要否の判定では財産を除外しません。未分割のまま申告が必要になることがあります。また、未分割の財産については、当初申告の段階で小規模宅地等の特例や配偶者の税額軽減の対象とできないことがあります。
出典:国税庁|No.4208 相続財産が分割されていないときの申告
未分割のまま申告期限を迎える場合には、次の点を確認します。
| 論点 | 確認内容 |
|---|---|
| 申告要否 | 未分割財産も含めて基礎控除を超えるか |
| 申告方法 | いったん未分割として申告する必要があるか |
| 特例適用 | 小規模宅地等、配偶者軽減を当初申告で使えるか |
| 分割見込書 | 申告期限後3年以内の分割見込書を添付するか |
| 後日の手続 | 分割後に更正の請求・修正申告が必要か |
| 納税資金 | 分割未了でも納税期限は原則として延びない点 |
「揉めているから申告は後でよい」という判断には、期限管理上のリスクがあります。分割協議と相続税申告は連動しますが、申告期限は、それとは別に淡々と進んでいきます。
評価額の見直しで、申告要否の結論が変わることがある
相続税の申告要否を判断する際、不動産の評価を固定資産税評価額だけで見ているケースがあります。
家屋は、原則として固定資産税評価額に1.0を乗じて評価します。一方、土地は路線価方式または倍率方式によって評価します。土地は、宅地、田、畑、山林などの地目ごとに評価し、その地目は、登記簿上の地目ではなく、原則として課税時期の現況によって判定します。
出典:国税庁|No.4602 土地家屋の評価
出典:国税庁|No.4602 土地家屋の評価 Q&A
土地評価で申告要否に影響しやすい点は、次のとおりです。
| 評価論点 | 申告要否への影響 |
|---|---|
| 路線価方式・倍率方式 | 固定資産税評価額と相続税評価額が一致しない |
| 地目判定 | 登記地目ではなく現況で評価が変わる |
| 地積 | 公簿面積と実際面積が異なる場合がある |
| 評価単位 | 一体利用か別利用かで評価額が変わる |
| 貸家建付地・貸宅地 | 権利関係により評価額が変わる |
| 私道・セットバック・無道路地 | 利用制限により評価額が変わる |
| 農地・雑種地 | 宅地比準や造成費の確認が必要になる |
| 共有・借地権 | 持分や権利関係の評価が必要になる |
「固定資産税評価額の合計が基礎控除以下だから申告不要」と判断した後で、土地の路線価評価、評価単位、地積、利用状況を見直してみると、基礎控除を超えていた、ということがあります。反対に、適切な評価を行うことで、過大に見積もっていた評価額が下がることもあります。
大切なのは、評価額を低くすることそのものではありません。根拠を持って説明できる評価を行うことです。
分譲マンションは令和6年以後の評価見直しにも注意する
分譲マンションを所有している場合、令和6年1月1日以後に相続、遺贈、または贈与によって取得した居住用の区分所有財産については、評価方法に注意が必要です。
国税庁は、令和6年1月1日以後に取得した「居住用の区分所有財産」について、一定の場合に区分所有補正率を用いて評価する取扱いを公表しています。
とくに、次のようなマンションでは、従来の感覚のまま申告要否を判断しないことが重要です。
| マンションの特徴 | 注意点 |
|---|---|
| 高層マンション | 階数や築年数等により評価乖離が問題になりやすい |
| 都心部・駅近物件 | 市場価格と相続税評価額の差が大きい場合がある |
| 投資用区分マンション | 賃貸状況、貸家・貸家建付地評価との関係を確認する |
| 複数戸所有 | 取得者、用途、評価単位を整理する |
| 相続開始前後に売買予定がある | 売買価格、相続税評価、譲渡所得税の接点を確認する |
マンションの評価は、もはや土地と建物を単純に足すだけで済むものではなくなりました。申告要否の判定段階でも、最新の評価方法を踏まえた試算が求められます。
配偶者の税額軽減や小規模宅地等で税額がゼロでも、申告が必要な場合がある
申告要否でとくに誤解されやすいのが、「税額が出ないなら申告不要」という考え方です。
配偶者の税額軽減は、配偶者が実際に取得した正味の遺産額が、1億6,000万円または配偶者の法定相続分相当額のいずれか多い金額までは、配偶者に相続税がかからないという制度です。ただし、この制度の適用を受けるには、原則として相続税の申告書等に必要書類を添付して提出する必要があります。
小規模宅地等の特例も同様です。適用を受けるためには、相続税の申告書に特例適用の旨を記載し、計算明細書や遺産分割協議書の写しなど、一定の書類を添付しなければなりません。
出典:国税庁|No.4124 相続した事業の用や居住の用の宅地等の価額の特例
申告要否の判定では、次のように場合を分けて考える必要があります。
| 状況 | 申告の考え方 |
|---|---|
| 特例適用前でも課税価格の合計額が基礎控除以下 | 原則として申告不要 |
| 特例を使わないと基礎控除を超えるが、特例適用後は税額ゼロ | 特例適用のため申告が必要になることがある |
| 配偶者軽減により納税額がゼロ | 申告が必要になることがある |
| 未分割のため特例を当初適用できない | 申告期限後の手続を見据えて申告が必要になることがある |
「最終的に納税がない」ことと、「申告義務がない」ことは、同じではありません。むしろ、特例によって税額がゼロになる相続ほど、申告書と添付書類が重要になることがあるのです。
還付金・未収金・貸付金も忘れやすい
申告要否の判定では、死亡日時点の預金残高だけを見てしまいがちです。しかし、死亡後に発生・入金するものの中にも、相続税の対象となるものがあります。
たとえば、被相続人の準確定申告に係る還付金請求権は、本来の相続財産であり、相続税の課税対象となります。一方、還付加算金については、相続人が原始的に取得するものとされ、所得税の雑所得の対象となり、相続税の課税価格には算入されないものとされています。
また、未支給の国民年金については、一定の遺族が自己の固有の権利として請求するものであり、相続税の課税対象にはなりません。遺族が支給を受けた未支給年金は、一時所得に該当するものとされています。
このように、死亡後に入金された金銭は、すべてが相続税の対象になるわけでも、すべてが対象外になるわけでもありません。その権利が、どのような根拠で発生したのかを確認していきます。
| 項目 | 相続税判定での確認 |
|---|---|
| 準確定申告の還付金 | 相続財産となる可能性がある |
| 還付加算金 | 相続税ではなく所得税の対象となる場合がある |
| 未収給与・未収役員報酬 | 死亡時点での権利確定を確認する |
| 貸付金 | 家族・同族会社への貸付金を財産として確認する |
| 未収家賃 | 契約内容、支払期日、既経過分の取扱いを確認する |
| 立替金・仮払金 | 実質的な債権性を確認する |
とくに同族会社がある場合には、被相続人から会社への貸付金、役員借入金、未払役員報酬、未収配当などが、相続財産に含まれることがあります。会社の決算書、勘定科目内訳書、株主名簿を確認しないまま申告要否を判断するのは、避けたいところです。
非課税財産・債務控除も「思い込み」で処理しない
申告要否を判定するときは、財産を加えるだけでなく、差し引けるものも確認します。ただし、非課税財産や債務控除についても、思い込みのまま処理してしまうと誤りが生じます。
相続税がかからない財産として、墓地、墓石、仏壇、仏具など、日常礼拝に用いているものがあります。ただし、骨とう的価値があるなど投資の対象となるものや、商品として所有しているものには、相続税がかかることがあります。
債務控除についても、借入金、未払税金、医療費、葬式費用などを確認しますが、すべての支出が控除できるわけではありません。団体信用生命保険によって返済が免除される住宅ローン、墓地購入費用に係る借入金、香典返しなどは、個別に取扱いを確認する必要があります。
申告要否の判定で見ておきたいポイントは、次のとおりです。
| 項目 | 注意点 |
|---|---|
| 借入金 | 死亡時点で残っている債務か、保険で消滅するか |
| 未払税金 | 固定資産税、住民税、所得税等の確定状況 |
| 医療費 | 死亡時点で未払いか、誰が支払ったか |
| 葬式費用 | 控除できる費用とできない費用の区分 |
| 墓地・仏壇 | 非課税財産か、投資・商品性があるか |
| 保証債務 | 現実に履行すべき債務かどうか |
控除項目を過大に見積もってしまうと、本来は申告が必要な相続を「不要」と判断してしまう可能性があります。逆に、控除できる債務や葬式費用を見落とせば、不要な納税や過大な申告につながります。
申告要否は「一度きり」ではなく、資料が揃うたびに見直す
相続発生の直後は、財産の全体像がまだ見えていないことがほとんどです。
金融機関の残高証明、不動産資料、保険会社からの支払通知、証券会社の残高証明、会社資料、贈与税申告書、海外口座資料。こうした資料が揃ってくるにつれて、申告要否の判断が変わることがあります。
実務上は、次の3段階で見直すと、整理がしやすくなります。
| 段階 | 目的 | 主な確認事項 |
|---|---|---|
| 初期判定 | 申告が必要になりそうかを把握する | 家族構成、概算財産、保険、不動産、贈与履歴 |
| 資料判定 | 申告要否を具体的に判断する | 残高証明、評価資料、保険通知、会社資料、債務資料 |
| 最終判定 | 申告書作成に進むか確定する | 評価額、加算贈与、特例要件、未分割状況、納税資金 |
とりわけ、次のような場合には、自己判断で「申告不要」と確定してしまわない方が安全です。
| 状況 | 理由 |
|---|---|
| 不動産がある | 評価方式、評価単位、特例適用で金額が変わる |
| 子や孫名義の預金がある | 名義財産の判定が必要 |
| 生命保険が複数ある | みなし相続財産、非課税枠、契約者変更を確認する |
| 生前贈与をしている | 贈与加算や相続時精算課税の確認が必要 |
| 同族会社がある | 非上場株式や貸付金を見落としやすい |
| 海外財産・海外居住者がいる | 納税義務者と課税財産の範囲を確認する |
| 遺産分割が未了 | 申告期限、特例、納税資金に影響する |
| 相続人間で情報共有が不十分 | 後日財産が判明し、分割や申告のやり直しにつながる |
申告要否の判定は、税額を出す前の入口にすぎません。ですが、ここでの確認の丁寧さが、相続税申告そのものの品質を左右します。
相談前に整理しておきたい資料
相続税の申告要否を確認するためには、次の資料を整理しておくと、判断がぐっと具体的になります。
| 区分 | 準備したい資料 |
|---|---|
| 相続人関係 | 戸籍、法定相続情報一覧図、家族関係図 |
| 不動産 | 固定資産税通知書、名寄帳、登記事項証明書、公図、測量図、賃貸借契約書 |
| 預貯金 | 残高証明書、通帳、取引履歴、定期預金証書 |
| 証券・金融商品 | 証券会社残高証明、取引報告書、配当通知書 |
| 生命保険 | 保険証券、支払通知書、契約者変更履歴、保険料引落口座 |
| 退職金・会社関係 | 退職金支給通知、規程、議事録、源泉徴収票 |
| 同族会社 | 決算書、申告書、勘定科目内訳書、株主名簿、定款 |
| 贈与履歴 | 贈与契約書、贈与税申告書、通帳履歴、不動産贈与登記資料 |
| 債務・葬式費用 | 借入金残高証明、請求書、領収書、未払税金資料 |
| 海外財産 | 海外口座明細、外国証券資料、海外不動産資料、住所履歴 |
| デジタル資産 | ネット銀行・ネット証券・暗号資産口座、ログイン情報、取引履歴 |
すべての資料が最初から揃っている必要はありません。まずは、財産の種類と所在を把握しておくことが大切です。資料がない財産ほど、後になって申告要否の判断を覆す原因になりやすいからです。
申告要否に不安がある方へ
相続税の申告要否は、「基礎控除以下かどうか」を見るだけの作業ではありません。
家族名義の預金が、実質的に誰の財産なのか。生命保険金が、みなし相続財産に該当するのか。過去の贈与を、相続財産に加算すべきか。相続時精算課税を選択していないか。海外財産や同族会社関係資産を見落としていないか。土地やマンションの評価を、現行制度に照らして見直しているか。未分割でも、申告期限に間に合う形で整理できるか。
これらを一つひとつ確認して、はじめて、「申告が必要か」「申告不要と判断してよいか」「申告は必要だが納税額は出ないのか」が見えてきます。
犬飼公認会計士・税理士事務所では、相続税申告の要否判定について、財産一覧の作成、名義財産・贈与履歴の確認、不動産評価、生命保険・同族会社資産・海外財産の整理まで含めて検討いたします。
「申告不要だと思うが、後から問題にならないか確認したい」「税務署から案内が来ていないが、本当に申告しなくてよいか不安だ」「不動産や保険、過去の贈与があり、自分たちだけでは判断しにくい」。そうした方は、当事務所HPのお問い合わせページからご相談ください。
申告要否の判断は、相続税申告の入口であると同時に、家族の財産を正しく把握し、後から説明できる形で承継していくための出発点でもあります。
重要事項の振り返り
| 項目 | 重要ポイント |
|---|---|
| 申告要否の基本 | 各人の課税価格の合計額が基礎控除額を超える場合、原則として申告が必要 |
| 基礎控除 | 3,000万円+600万円×法定相続人の数 |
| 名義預金 | 家族名義でも、実質的に被相続人の財産なら課税価格に含める |
| 生命保険金 | 被相続人が保険料を負担していた死亡保険金は、みなし相続財産となることがある |
| 死亡退職金 | 死亡後3年以内に支給が確定した退職手当金等は、相続税の対象となる |
| 保険契約に関する権利 | 保険事故未発生の契約でも、解約返戻金相当額等で評価する場合がある |
| 贈与加算 | 加算対象期間内の暦年贈与は、相続税の課税価格に加算されることがある |
| 相続時精算課税 | 過去に選択した贈与は、相続時に精算される |
| 海外財産 | 住所、国籍、財産所在地により国外財産も日本の相続税対象となる場合がある |
| 未分割財産 | 分割が決まっていなくても、申告要否判定から除外できない |
| 評価額の見直し | 土地、マンション、非上場株式などは評価方法により申告要否が変わる |
| 特例と申告 | 配偶者軽減や小規模宅地等により税額がゼロでも、申告が必要な場合がある |
| 判断の姿勢 | 「申告不要」と決める前に、財産の漏れ、評価、贈与履歴、特例要件を確認する |