IAS第19号における従業員給付の全体像|短期給付・退職後給付・長期給付・解雇給付の実務判断

従業員給付は、単に人件費をいつ費用処理するかという論点ではありません。

IFRSにおける従業員給付の会計処理では、まず、従業員が勤務を提供したことによって企業がどのような現在の義務を負っているのかを整理する必要があります。あわせて、その義務がいつ、どの程度の金額で決済される見込みなのかも見極めなければなりません。

さらに、その給付が短期的なものなのか、退職後に支払われるものなのか、将来の勤務を条件とするものなのか、あるいは雇用終了そのものと交換に支払われるものなのか。こうした性質の違いも、同じ土台の上で整理しておく必要があります。

IAS第19号「従業員給付」は、従業員給付に関する会計処理と開示を定める基準です。その基本的な考え方は、従業員が勤務を提供したことにより将来支払われる給付について企業が負債を認識し、従業員の勤務から経済的便益を消費した時点で費用を認識する、というものです。
出典:IFRS Foundation|IAS 19 Employee Benefits

そのため、IAS第19号の実務では、「給与」「賞与」「退職金」「年金」「長期休暇」「早期退職加算金」といった名称だけで判断してはいけません。その給付が何の対価として発生しているのかを見極めることが、何よりも大切になります。

目次

IAS第19号の入口は「従業員の勤務に対する対価」をどう捉えるか

IAS第19号における従業員給付とは、従業員が提供した勤務、または雇用の終了と交換に、企業が与えるすべての形態の対価を意味します。ここでいう従業員には、常勤・非常勤、正社員・臨時雇用・一時雇用の従業員だけでなく、取締役その他の経営幹部も含まれます。
出典:IFRS Foundation|IAS 19 Employee Benefits

この定義からも分かるとおり、IAS第19号の対象は、給与計算システムに現れる通常の賃金だけにとどまりません。就業規則、退職金規程、労働協約、役員・経営幹部向けの契約、グループ内制度、法令上の制度、業界制度、さらには過去の慣行に基づく支払いまでを視野に入れて検討する必要があります。

とりわけ重要なのは、正式な制度や契約だけでなく、非公式な慣行であっても、企業に支払い以外の現実的な選択肢がない場合には推定的義務が生じ得るという点です。IAS第19号は、正式な制度・契約、法令・業界制度、そして推定的義務を生じさせる非公式な慣行に基づく給付を、いずれも適用対象に含めています。
出典:IFRS Foundation|IAS 19 Employee Benefits

したがって、従業員給付の論点を整理するときは、まず次の問いを置いてみるとよいでしょう。

その給付は、従業員がすでに提供した勤務に対するものなのか。将来の勤務を条件としているのか。退職後に支払われるものなのか。それとも、雇用終了を受け入れることの対価なのか。そして、制度上は任意に見えても、過去の支払慣行や従業員との関係から、企業が実質的に支払いを避けられない状態になっていないか。

この整理を行わないまま、科目名や日本基準上の慣行だけで処理を進めてしまうと、認識時点、測定方法、表示、開示、監査証拠のいずれかで論点が残りやすくなります。

IAS第19号で最初に行うべき分類

IAS第19号の実務判断では、従業員給付を大きく次の4つに分類します。

分類中心となる考え方典型的な検討事項
短期従業員給付勤務提供後、比較的短期間で決済される給付給与、社会保険料、賞与、有給休暇、短期の非金銭給付
退職後給付雇用終了後に支払われる給付年金、退職一時金、退職後医療・生命保険
その他の長期従業員給付短期給付・退職後給付・解雇給付以外の長期給付長期勤続休暇、長期障害給付、長期賞与、繰延報酬
解雇給付雇用終了そのものと交換に支払われる給付企業による雇用終了、従業員が退職募集を受諾したことに対する給付

IAS第19号は、短期従業員給付、退職後給付、その他の長期従業員給付、解雇給付を、従業員給付の主要な分類として示しています。なお、株式に基づく報酬はIFRS第2号の対象であり、IAS第19号の適用対象からは除かれます。
出典:IFRS Foundation|IAS 19 Employee Benefits

この分類は、単なる整理表ではありません。どの分類に当たるかによって、割引計算の要否、数理計算の要否、再測定差額を純損益に認識するかその他の包括利益に認識するか、注記でどこまで説明するかが変わってきます。

実務の感覚としても、この4分類を入口に置かないと、退職給付、長期インセンティブ、解雇給付、株式報酬といった論点が混在しやすくなります。

短期従業員給付|「当期勤務に対する未払額」を把握する領域

短期従業員給付とは、解雇給付を除き、従業員が関連する勤務を提供した年次報告期間の末日後12か月以内に全額決済されると見込まれる従業員給付です。具体的には、給与、社会保険料、有給休暇、病気休暇、賞与、利益分配のほか、現従業員に対する医療、住宅、自動車、無償または低廉な財・サービスといった非金銭給付が含まれます。
出典:IFRS Foundation|IAS 19 Employee Benefits

短期従業員給付の会計処理は、IAS第19号の中では比較的シンプルです。従業員が勤務を提供した会計期間に、企業はその勤務と交換に支払うと見込まれる短期従業員給付の割引前金額を負債として認識します。そして、他のIFRS基準により資産原価に含めることが要求または許容される場合を除き、これを費用として認識します。
出典:IFRS Foundation|IAS 19 Employee Benefits

ただし、「シンプル」であることと「論点がない」ことは違います。短期従業員給付で実務上つまずきやすいのは、未払計上の網羅性、賞与・利益分配の見積り、有給休暇の累積性、決済時期の見込み、そして他基準との関係です。

たとえば有給休暇については、累積型と非累積型で認識の考え方が異なります。累積型の有給休暇は、従業員が将来の有給休暇に対する権利を増加させる勤務を提供した時点で、費用・負債を認識します。一方、非累積型の有給休暇は、休暇が実際に発生した時点で認識します。
出典:IFRS Foundation|IAS 19 Employee Benefits

この違いは、決算実務では見過ごせません。未消化有給休暇に対する負債を認識すべきかどうかは、単に「有給休暇制度があるか」で決まるものではないからです。未消化分が将来に繰り越されるか、従業員が勤務を提供することで将来の権利が増加しているか、退職時に現金精算されるか、退職前に利用される可能性をどう見積るか。こうした点によって、判断は変わってきます。

賞与や利益分配についても同様です。支給が翌期に行われるからといって、そのまま翌期費用になるわけではありません。当期勤務の対価として支払われるものであれば、当期末時点で支払い義務がどこまで発生しているかを検討する必要があります。監査対応の場面でも、支給規程、過去の支給実績、取締役会や報酬委員会の決定状況、経営者の裁量の有無、業績条件の達成状況、期末後の支給実績との整合性が、確認の対象になります。

退職後給付|確定拠出制度と確定給付制度の分類が出発点

退職後給付とは、解雇給付および短期従業員給付を除き、雇用の終了後に支払われる従業員給付です。退職一時金、年金、退職後生命保険、退職後医療などが、これに含まれます。
出典:IFRS Foundation|IAS 19 Employee Benefits

退職後給付では、まず退職後給付制度を、確定拠出制度と確定給付制度に分類します。

確定拠出制度とは、企業が別個の事業体、たとえば基金に固定拠出を行う制度をいいます。そして、当該基金が現在および過去の勤務に関する従業員給付を支払うための十分な資産を保有していない場合であっても、企業が追加拠出を行う法的または推定的義務を負わない、という点に特徴があります。これに該当しない退職後給付制度は、確定給付制度となります。
出典:IFRS Foundation|IAS 19 Employee Benefits

この分類で実務上重要になるのは、制度名ではなく、リスクの所在です。

確定拠出制度であれば、企業の義務は原則として一定の拠出に限定されます。したがって、拠出すべき金額を費用として認識する処理が中心になります。これに対して確定給付制度では、従業員に約束した給付を支払う義務が企業に残ります。制度資産の運用が不足したとき、給付額が想定より増えたとき、退職率や死亡率、昇給率、割引率が変動したとき——そのリスクは、企業の財務諸表に反映されます。

退職給付会計では、退職一時金と企業年金制度を包括して扱う必要があります。退職給付債務から年金資産を控除した額を、負債または資産として捉える。この基本構造を押さえておくことが大切です。

確定給付制度では「拠出額」ではなく「給付義務」を測定する

確定給付制度の会計処理が難しいのは、企業が当期にいくら拠出したかだけでは、当期の費用や期末負債を説明できないためです。

IAS第19号は、確定給付制度について、数理計算上の仮定を用いて債務と費用を測定する必要があること、そして数理計算上の差異が生じる可能性があることを示しています。また、義務が従業員の勤務提供から長期間後に決済される可能性があるため、割引現在価値で測定すべきものとしています。
出典:IFRS Foundation|IAS 19 Employee Benefits

確定給付制度の会計処理では、まず予測単位積増方式などの数理計算技法により、従業員が現在および過去の勤務によって獲得した給付の最終的な企業負担額を見積ります。そのうえで、給付を割引いて確定給付制度債務の現在価値を求め、制度資産がある場合には、その公正価値を控除します。
出典:IFRS Foundation|IAS 19 Employee Benefits

ここで検討すべき事項は、多岐にわたります。制度の対象者、勤務期間、給付算定式、昇給率、退職率、死亡率、割引率、年金資産の内容、制度変更、縮小、清算、最低積立要件、グループ制度、複数事業主制度、資産上限など、確認すべき論点は少なくありません。

とくに監査の場面では、「数理計算結果そのもの」だけが問われるわけではありません。前提条件が、企業の制度実態、従業員構成、過去実績、将来見通し、市場データと整合しているかが、丁寧に検討されます。人事制度や退職金規程の変更、M&A後の制度統合、早期退職制度の導入、海外子会社の制度差異がある場合には、会計処理そのものだけでなく、前提資料の整備が重要になります。

確定給付費用は純損益とOCIに分解される

確定給付制度では、費用の構成要素を整理しておくことが欠かせません。

IAS第19号では、勤務費用と、確定給付負債または資産の純額に係る利息純額を純損益に認識し、確定給付負債または資産の純額の再測定をその他の包括利益に認識する構造になっています。
出典:IFRS Foundation|IAS 19 Employee Benefits

この点は、財務諸表利用者への説明でも重要です。勤務費用は、当期勤務に対応する費用です。利息純額は、時間の経過に伴う負債または資産の変動です。そして再測定には、数理計算上の差異、制度資産の運用収益のうち利息純額に含まれない部分、資産上限の影響の変動などが含まれます。

したがって、退職給付費用を単に「人件費」として一括りにするだけでは、財務報告上の説明として不十分になりかねません。営業費用としての勤務費用、財務的な時間価値、OCIに認識される再測定差額を区別して理解することで、業績管理、資本市場への説明、監査対応の精度が高まります。

その他の長期従業員給付|退職後給付ではないが、短期でもない給付

その他の長期従業員給付とは、短期従業員給付、退職後給付、解雇給付のいずれにも該当しない従業員給付です。IAS第19号では、長期勤続休暇、研究休暇、記念給付、長期勤続給付、長期障害給付、そして12か月以内に全額決済されると見込まれない利益分配・賞与・繰延報酬などが例示されています。
出典:IFRS Foundation|IAS 19 Employee Benefits

この分類で気をつけたいのは、「退職後」ではないが「短期」でもない給付を、見落とさないことです。

たとえば、長期勤続に応じた表彰金、一定年数の勤務後に付与される特別休暇、長期業績連動賞与、数年後に支給される繰延報酬。これらは、給与計算上は通常の人件費の延長線上に見えるかもしれません。しかし会計上は、勤務提供に応じて義務が累積している可能性があり、かつ決済までの期間が長い場合には、割引計算や見積りが必要になることがあります。

IAS第19号は、その他の長期従業員給付について、退職後給付ほど測定の不確実性が高くないことが多いため、簡便化された会計処理を求めています。退職後給付と異なり、この方法では再測定をその他の包括利益に認識しません。その他の長期従業員給付については、勤務費用、利息純額、再測定のいずれも純損益に認識します。
出典:IFRS Foundation|IAS 19 Employee Benefits

つまり、その他の長期従業員給付では、確定給付制度と同様に見積りが必要になる一方で、表示・損益認識の扱いが異なります。退職給付債務のような大規模な制度だけに目を向けていると、長期賞与や長期休暇制度に係る負債を見落としてしまうことがあります。

解雇給付|勤務の対価ではなく、雇用終了の対価かを見極める

解雇給付には、従業員の勤務の対価ではなく、雇用終了から義務が生じるという特徴があります。そのためIAS第19号は、解雇給付を他の従業員給付とは別に扱っています。解雇給付は、企業が通常の退職日前に雇用を終了する決定をしたこと、または従業員が雇用終了と交換に給付の提供を受け入れたことにより生じます。
出典:IFRS Foundation|IAS 19 Employee Benefits

ここで注意したいのは、退職時に支払われる給付が、すべて解雇給付になるわけではないという点です。

従業員が自己都合で退職した場合にも支払われる給付、定年退職により支払われる給付、勤務年数や過去勤務に基づいて支払われる給付は、通常は退職後給付として検討します。給付が「退職時に支払われる」ことと、「雇用終了と交換に支払われる」ことは、同じではありません。

IAS第19号は、給付の形式だけでは、それが勤務の対価なのか雇用終了の対価なのかは決まらない、としています。将来勤務を条件としている給付や、将来勤務によって金額が増加する給付は、勤務の対価であることを示す指標になります。
出典:IFRS Foundation|IAS 19 Employee Benefits

解雇給付の認識時点

解雇給付については、次のいずれか早い日に、負債および費用を認識します。ひとつは、企業がその給付の提供を撤回できなくなった日。もうひとつは、IAS第37号の範囲に含まれるリストラクチャリング費用を認識し、かつそのリストラクチャリングが解雇給付の支払いを伴う場合の、当該費用認識日です。
出典:IFRS Foundation|IAS 19 Employee Benefits

この認識時点は、実務でとりわけ慎重な検討を要します。経営者が内部的にリストラクチャリングを検討しているだけでは、足りない場合があります。その一方で、正式な取締役会決議がまだであっても、従業員に具体的な計画が伝達され、重要な変更が行われる可能性が低く、対象者の範囲、職務分類、勤務地、完了予定日、給付内容が十分に具体化しているときには、撤回不能性の判断が問題になります。

また、早期退職制度や希望退職募集では、支払額を性質ごとに分けて考える必要があります。雇用終了そのものと交換に支払われる部分と、一定期間勤務を継続したことの対価として支払われる部分は、区別しなければなりません。退職募集の名称が同じでも、給付の発生条件が異なれば、会計上の分類や認識期間は変わり得ます。

株式に基づく報酬との切り分け

本記事はIAS第19号の全体像を扱うため、株式に基づく報酬の詳細には立ち入りません。株式報酬はIFRS第2号の対象であり、IAS第19号の適用対象からは除かれます。
出典:IFRS Foundation|IAS 19 Employee Benefits

ただし実務では、IAS第19号とIFRS第2号の境界が問題になることがあります。たとえば、役員・従業員に対する長期インセンティブ制度。これが現金決済型なのか、株式決済型なのか、株価連動型なのか。退職時に支給されるのか、勤務継続条件があるのか、業績条件があるのか。こうした要素によって、適用基準と測定方法が変わってきます。

株式報酬の詳細は、同じ第17テーマの後続記事である「17-4. IFRS第2号における株式に基づく報酬の分類」および「17-5. 株式報酬の測定・権利確定条件・条件変更」で取り上げます。本記事では、IAS第19号の対象から除くべきものを除いたうえで、従業員給付全体の入口を整理することを目的としています。

実務で最初に確認すべき資料

IAS第19号の検討では、会計処理に入る前に、制度と契約の全体像を押さえておく必要があります。とくに、次の資料は判断の前提になります。

確認資料確認する目的
就業規則・賃金規程給与、賞与、有給休暇、休職、退職時給付の根拠確認
退職金規程・年金制度規約退職後給付の分類、給付算定式、支給条件の確認
労働協約・雇用契約・役員契約法的義務・契約上の義務の確認
取締役会・報酬委員会資料賞与、解雇給付、制度変更の意思決定状況の確認
過去の支給実績推定的義務、支給慣行、見積り前提の確認
人員データ対象者、年齢、勤務年数、退職率、昇給率等の基礎データ確認
年金資産・基金資料制度資産、積立状況、運用方針、リスクの確認
M&A・組織再編関連資料制度統合、早期退職、退職給付債務の引継ぎ確認

従業員給付は、人事・労務、税務、資金繰り、M&A、グループ管理と密接に関係します。会計担当者だけで判断しようとすると、契約条件や実務慣行の確認が不足してしまうことがあります。

とくに海外子会社を含むグループでは、国ごとに退職制度、法令上の給付、年金制度、医療給付、長期勤続給付が異なります。連結財務諸表上は、各国制度を単にローカル基準のまま集約するのではなく、IAS第19号の分類と測定に照らして整理し直す必要があります。

監査対応で問われやすい論点

IAS第19号の従業員給付は、監査上も論点化しやすい領域です。とくに、次のような観点が問われます。

監査上の着眼点実務上の論点
網羅性すべての従業員給付制度・慣行が識別されているか
分類短期給付、退職後給付、その他長期給付、解雇給付が適切に区分されているか
推定的義務非公式な支給慣行により義務が発生していないか
認識時点勤務提供、権利発生、撤回不能性、制度変更の時点が適切か
測定割引率、退職率、昇給率、死亡率、制度資産の公正価値が合理的か
表示純損益、OCI、負債・資産表示、流動・非流動の扱いが整合しているか
開示制度の特徴、リスク、財務諸表影響、将来キャッシュ・フローへの影響が説明されているか

確定給付制度について、IAS第19号は、制度の特徴と関連するリスク、財務諸表に認識された金額、将来キャッシュ・フローの金額・時期・不確実性への影響を説明する情報の開示を求めています。また、開示要求を満たすために、詳細度、重点の置き方、集約・分解、追加情報の必要性を検討する必要があるとしています。
出典:IFRS Foundation|IAS 19 Employee Benefits

この開示目的は、単なる注記チェックリストでは満たせません。制度の性質、対象者、積立状況、リスク、主要な数理計算上の仮定、制度資産の内容、将来拠出見込み、感応度などを、財務諸表利用者が理解できる水準で整理する必要があります。

IAS第19号の検討で誤りやすい判断

IAS第19号では、次のような判断ミスが起こりやすくなります。

1. 給付名称だけで分類してしまう

「退職金」「慰労金」「特別加算金」「長期インセンティブ」といった名称は、分類判断の出発点にはなりますが、結論そのものではありません。

同じ「退職時支給」でも、過去勤務に基づく退職後給付である場合もあれば、雇用終了を受け入れたことに対する解雇給付である場合もあります。一定期間勤務を継続した場合にのみ増額されるのであれば、その増額部分は勤務の対価として扱うべき場合があります。

2. 支払日だけで短期・長期を判断してしまう

短期従業員給付かどうかは、関連する勤務が提供された年次報告期間の末日後12か月以内に、全額決済されると見込まれるかで判断します。単に「翌期に支払う予定がある」というだけでは足りません。制度の性質、支給条件を踏まえ、決済見込みが一時的に変化しているだけなのか、それとも給付の特徴自体が変わっているのかを確認する必要があります。

IAS第19号は、一時的な決済時期の見込み変更だけでは短期従業員給付を再分類する必要はない、としています。その一方で、給付の特徴が変わった場合や、決済時期の見込み変更が一時的でない場合には、なお短期従業員給付に該当するかを検討すべきものとしています。
出典:IFRS Foundation|IAS 19 Employee Benefits

3. 確定拠出制度と確定給付制度を制度名で判断してしまう

制度名が「確定拠出型」に近くても、実質的に企業が追加的な義務を負っているのであれば、確定給付制度として検討する必要があります。

IAS第19号の分類は、制度の主要な条件から導かれる経済的実質に基づきます。IFRS解釈委員会も、退職後給付制度の分類にあたっては、関連するすべての条件と、推定的義務を生じさせる可能性のある非公式慣行を評価することの重要性を指摘しています。
出典:IFRS Foundation|IAS 19 Employee Benefits

4. 解雇給付とリテンションボーナスを混同してしまう

早期退職や工場閉鎖、事業撤退に伴う支払いでは、従業員に支払われる金額全体を、一括して解雇給付と考えてしまいがちです。

しかし、雇用終了そのものと交換に支払われる部分と、閉鎖日まで勤務を継続することに対して支払われる部分は、性質が異なります。後者は勤務の対価であり、解雇給付ではなく、短期従業員給付またはその他の長期従業員給付として扱うべき場合があります。

経営判断・M&A・グループ管理への影響

従業員給付は、財務報告上の論点であると同時に、経営判断上の論点でもあります。

退職給付債務や長期従業員給付は、将来キャッシュ・フロー、資金繰り、企業価値評価、M&Aの価格調整、PMI、グループ内制度統合、人的資本戦略に影響します。買収対象会社に、未認識または過少認識された退職給付・長期給付・解雇給付が存在する場合には、実態純資産、Net Debt調整、将来費用、統合コストにまで影響が及ぶ可能性があります。

また海外子会社では、現地法令に基づく退職給付や退職時補償制度が、親会社の想定以上に大きな債務となることがあります。IFRS連結上は、現地での税務・労務上の呼称にかかわらず、IAS第19号の分類と測定に照らして検討する必要があります。

人件費を「毎期発生する費用」とだけ捉えていると、長期的な義務を見落とします。かといって、すべてを過度に保守的に引当計上すればよい、というものでもありません。重要なのは、制度・契約・慣行・従業員の勤務実態に基づいて、どの時点で、どの範囲の義務が発生しているのかを説明できる状態にしておくことです。

IAS第19号の論点整理で作成しておきたい内部資料

IAS第19号に関する会計メモや監査対応資料では、少なくとも次のような整理をしておきたいところです。

整理項目記載すべき内容
制度一覧給与、賞与、有給休暇、退職金、年金、長期給付、解雇給付、株式報酬等の全体像
適用基準IAS第19号、IFRS第2号、IAS第37号、IAS第24号、IFRS第18号等との関係
給付分類短期、退職後、その他長期、解雇給付、株式報酬の区分
義務の根拠法令、契約、規程、労働協約、慣行、取締役会決議
認識時点勤務提供、権利発生、撤回不能性、制度変更、解雇計画の伝達
測定方法割引計算、数理計算、制度資産の公正価値、見積り前提
表示・開示純損益、OCI、負債・資産、注記の粒度
監査証拠規程、契約、人員データ、数理計算報告書、基金資料、承認資料

とくに確定給付制度やその他の長期従業員給付については、会計処理の結論だけでは足りません。見積りの前提をどの資料から設定したのか、前期から変更がある場合にその理由は何か、期末後の実績と矛盾していないか。ここまで示せるようにしておくことが重要です。

また、IFRS第18号の適用により、IAS第19号の一部の表示関連パラグラフにも修正が加えられています。IFRS第18号を適用する際には、これらの修正もあわせて適用する必要があります。従業員給付費用の表示や業績指標との関係を検討するときには、新しい表示・開示基準との接続にも注意を払っておきたいところです。
出典:IFRS Foundation|IAS 19 Employee Benefits

まとめ|IAS第19号は人件費の基準ではなく、勤務と義務を結びつける基準

IAS第19号を理解するうえで大切なのは、従業員給付を単なる人件費として見るのではなく、従業員の勤務、企業の義務、将来支払い、見積り、表示・開示を、ひとつながりのものとして考えることです。

短期従業員給付では、勤務提供に対応する未払額や累積有給休暇を、正しく把握する必要があります。退職後給付では、確定拠出制度と確定給付制度の分類が出発点となり、確定給付制度では、数理計算、制度資産、割引率、再測定、OCI、開示が重要になります。その他の長期従業員給付では、長期勤続や長期インセンティブに関する義務を見落とさないことが欠かせません。そして解雇給付では、雇用終了の対価なのか、勤務継続の対価なのかを切り分けることが重要です。

IAS第19号の論点は、人事制度、報酬制度、退職金制度、M&A、グループ管理、税務、資金繰り、監査対応とつながっています。だからこそ、基準の条文だけを確認するのではなく、制度の実態、契約条件、過去の慣行、見積り前提、開示目的までを、一体として整理する必要があるのです。

従業員給付の分類、退職給付債務の測定、海外子会社制度の整理、M&A時の人件費関連債務、解雇給付・長期インセンティブの会計処理などについて、社内資料や監査対応資料をどのように整えるべきか迷われる場合には、犬飼公認会計士・税理士事務所のお問い合わせページよりご相談ください。会計処理の結論だけでなく、制度・契約・見積り・開示・監査対応まで含めて、説明可能な財務報告判断として整理いたします。

振り返り

論点実務上のポイント
IAS第19号の目的従業員勤務により将来給付義務が生じる場合に負債を、勤務から便益を消費した場合に費用を認識する
適用範囲IFRS第2号の株式報酬を除く従業員給付が対象。正式制度だけでなく推定的義務を生じさせる慣行も含む
短期従業員給付12か月以内に全額決済される見込みか、未払・前払・有給休暇の累積性を確認する
退職後給付確定拠出制度か確定給付制度かを、制度名ではなくリスクの所在で判断する
確定給付制度退職給付債務、制度資産、割引率、数理計算上の仮定、再測定、OCI、開示が主要論点
その他の長期従業員給付長期勤続休暇、長期賞与、繰延報酬等を見落とさず、再測定を純損益に認識する点に注意する
解雇給付雇用終了の対価か、将来勤務の対価かを切り分ける。撤回不能性とリストラクチャリング費用との関係が重要
監査対応制度一覧、契約・規程、支給慣行、見積り前提、数理計算資料、開示方針を一体で整理する
経営判断への影響人件費、退職給付債務、長期給付、解雇給付は、M&A、グループ管理、資金繰り、人的資本戦略にも影響する
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