ヘッジ会計を適用するうえで、実務上もっとも説明が難しくなりやすいのが「ヘッジ有効性」と「ヘッジ非有効部分」です。
IFRS第9号では、IAS第39号の時代に見られた、いわゆる80%から125%という数値範囲に基づく有効性判定は求められていません。ただ、これはヘッジ有効性の検討が軽くなったという意味ではありません。
むしろIFRS第9号では、企業のリスク管理活動とヘッジ会計の指定が整合しているか、ヘッジ対象とヘッジ手段の間に経済的関係があるか、信用リスクがその関係を支配していないか、ヘッジ比率が実際のリスク管理と整合しているか。こうした点を、実態に即して説明することが求められます。
IFRS第9号6.4.1は、ヘッジ会計の適格要件として、次の3点を挙げています。ヘッジ対象とヘッジ手段の間に経済的関係があること。信用リスクの影響が、その経済的関係から生じる価値変動を支配していないこと。そして、ヘッジ比率が、実際にヘッジしているヘッジ対象の数量と、実際に使用しているヘッジ手段の数量から生じる比率と同じであること。この3つです。(出典:IFRS Foundation|IFRS 9 Financial Instruments)
本稿では、IFRS第9号におけるヘッジ有効性とヘッジ非有効部分について、会計処理だけにとどまらず、リスク管理、測定、監査証拠、開示説明までを一続きのものとして整理していきます。
本稿で扱う範囲
本稿で扱うのは、ヘッジ会計の適格要件のうち、ヘッジ有効性に関する実務判断です。
具体的には、次の論点を取り上げます。
- ヘッジ有効性とは何を確認するものか
- IFRS第9号で求められる3つの有効性要件
- 経済的関係の評価
- 信用リスクが価値変動を支配していないことの確認
- ヘッジ比率と実際のリスク管理との整合性
- 定性的評価と定量的評価の使い分け
- ヘッジ非有効部分の測定と純損益認識
- リバランスとヘッジ会計の中止の関係
- 監査対応・開示対応で整理すべき事項
一方で、個別のデリバティブ評価モデル、複雑なオプション評価、先渡要素・外貨ベーシス・スプレッドの詳細な会計処理、純額ポジションやリスク要素指定の詳細までは、本稿では扱いません。これらは、ヘッジ対象・ヘッジ手段の指定や表示・開示の論点として、別の記事で深掘りすべき領域だと考えています。
ヘッジ有効性は「完全な相殺」を求めるものではない
ヘッジ有効性という言葉からは、ヘッジ対象とヘッジ手段の価値変動が完全に一致していなければならない、という印象を受けるかもしれません。
しかし、IFRS第9号のヘッジ有効性は、完全な相殺を求めるものではありません。
重要なのは、ヘッジ対象とヘッジ手段の間に、リスク管理目的に沿った経済的関係があること。その関係が信用リスクによって支配されていないこと。そして、ヘッジ比率が実際のリスク管理と整合していること。この3点です。
つまりIFRS第9号における有効性評価は、単なる数値テストではありません。ヘッジ関係が、会計上適格なリスク管理関係として成り立っているかを説明するための評価だと捉えるのが適切です。
この点は、ヘッジ会計の実務上の見方を大きく変えるものです。
IAS第39号の時代には、過去実績や将来見込みに基づく定量的な有効性判定へ、意識が強く向かいやすい面がありました。これに対してIFRS第9号では、ヘッジ関係の経済的実態、リスク管理目的、ヘッジ比率、そして非有効部分の発生原因を、より実務に即して説明することが重視されます。
とはいえ、定量的な評価が不要になったわけではありません。IFRS第9号は評価方法そのものを特定していませんが、ヘッジ関係の特性やヘッジ非有効部分の発生原因を適切に捉える方法を用いる必要があります。重要条件が一致または近接している単純なヘッジであれば定性的評価で足りる場合がある一方、条件が一致しない、複数のリスク要素がある、ベーシス差や信用リスクが重要になるといった場合には、定量的評価が必要になることもあります。(出典:IFRS Foundation|IFRS 9 Financial Instruments)
実務では、ヘッジ有効性の評価方法として定性的評価と定量的評価があり、具体的にはドル・オフセット法、回帰分析法、仮想デリバティブ法、ベンチマーク金利法、感応度分析法などが検討の対象になります。
IFRS第9号における3つのヘッジ有効性要件
IFRS第9号のヘッジ有効性要件は、大きく3つに整理できます。
1つ目は、ヘッジ対象とヘッジ手段の間に経済的関係があることです。
2つ目は、信用リスクの影響が、その経済的関係から生じる価値変動を支配していないことです。
3つ目は、ヘッジ比率が、企業が実際にヘッジしているヘッジ対象の数量と、実際に使用しているヘッジ手段の数量から生じる比率と同じであることです。ただし、その指定が、ヘッジ会計の目的と整合しない会計結果を生じさせるような不均衡を反映してはなりません。(出典:IFRS Foundation|IFRS 9 Financial Instruments)
この3要件は、個別に眺めるだけでは十分とはいえません。
たとえば、ヘッジ対象とヘッジ手段の基礎数値が同じ方向に関連しているとしても、ヘッジ手段の相手方の信用リスクが大きく悪化していれば、ヘッジ手段の公正価値変動は、もはやヘッジ対象リスクではなく信用リスクに支配される可能性があります。
また、経済的関係が存在していても、会計上のヘッジ比率を実際のリスク管理と異なる比率に設定すれば、ヘッジ会計の目的と整合しない結果を作り出すことになります。
そのため有効性評価は、次のような順序で整理していくと、実務上わかりやすくなります。
まず、ヘッジ対象リスクを特定します。次に、ヘッジ対象とヘッジ手段が、そのリスクに対してどのように反応するかを確認します。そのうえで、信用リスクやベーシス差など、相殺関係を歪める要因を確認します。最後に、指定されたヘッジ比率が、実際のリスク管理と整合しているかを検証します。
この流れを文書として残せていれば、ヘッジ有効性の説明は単なる計算結果ではなく、リスク管理活動そのものの説明として機能します。
経済的関係は、単なる統計的相関では足りない
ヘッジ有効性の第一の要件は、ヘッジ対象とヘッジ手段の間に経済的関係があることです。
ここでいう経済的関係とは、ヘッジ対象とヘッジ手段の価値またはキャッシュ・フローが、同じヘッジ対象リスクによって、一般に反対方向へ動く関係を指します。
たとえば、変動金利借入の将来利息キャッシュ・フローと金利スワップ、外貨建予定取引と為替予約、商品購入予定と商品先物。こうした組み合わせでは、基礎数値、期間、数量、通貨、決済条件などが整合していれば、経済的関係を説明しやすい場合があります。
ただしIFRS第9号は、単なる統計的相関だけでは、経済的関係の存在を結論づける根拠にはならないとしています。経済的関係の評価では、ヘッジ関係が存続期間中にどのように動く可能性があるかを分析し、リスク管理目的を満たすことが期待できるかを確認する必要があります。(出典:IFRS Foundation|IFRS 9 Financial Instruments)
これは、実務上かなり重要な点です。
過去データだけを使って相関係数の高さを示しても、それで安心できるとは限りません。ヘッジ対象とヘッジ手段の基礎数値が異なる、価格形成メカニズムが異なる、流動性や信用リスクの影響が異なる、規制や市場構造が変化している。こうした事情があれば、将来にわたってリスク管理目的を満たす経済的関係があるとは言い切れないからです。
したがって経済的関係の評価では、少なくとも次の観点を確認しておく必要があります。
- ヘッジ対象とヘッジ手段の基礎数値は、同一または密接に関連しているか
- 想定元本・数量・期間・満期・決済日・通貨は、一致または近接しているか
- 価格やキャッシュ・フローの変動要因は、同じリスクに基づいているか
- ヘッジ対象に存在しない要素が、ヘッジ手段に含まれていないか
- 市場構造上、両者の関係を合理的に説明できるか
- 将来の市場環境が変化した場合にも、リスク管理目的との整合性を説明できるか
経済的関係とは、「数字が似ているか」を問うものではありません。「リスク管理目的に照らして、なぜ両者が相殺関係を持つといえるのか」を説明する論点だと考えるのがよいでしょう。
信用リスクが経済的関係を支配していないか
ヘッジ対象とヘッジ手段の間に経済的関係があっても、それだけではヘッジ有効性要件を満たしたことにはなりません。
IFRS第9号では、信用リスクの影響が、その経済的関係から生じる価値変動を支配していないことが求められます。
ヘッジ会計は、ヘッジ対象とヘッジ手段の利得・損失の相殺関係を基礎に置いています。そのため有効性は、基礎数値の関係だけでなく、ヘッジ対象とヘッジ手段の双方の価値に対する信用リスクの影響も踏まえて判断されます。IFRS第9号B6.4.7も、ヘッジ有効性は、ヘッジ対象とヘッジ手段の経済的関係だけでなく、両者の価値に対する信用リスクの影響によっても決まると整理しています。(出典:IFRS Foundation|IFRS 9 Financial Instruments)
この論点が表面化しやすいのは、デリバティブの相手方信用リスクが大きく変化したとき、金融危機時、市場流動性が急低下したとき、あるいはヘッジ対象またはヘッジ手段の信用スプレッドが大きく変動したときです。
たとえば、金利リスクをヘッジしているはずなのに、ヘッジ手段の公正価値変動の大部分が相手方信用リスクの悪化によって生じている。こうした場合には、ヘッジ対象リスクとの経済的関係による価値変動よりも、信用リスクの影響のほうが支配的になっている可能性があります。
実務上は、次の点を整理しておく必要があります。
- ヘッジ手段の公正価値に、信用評価調整がどの程度影響しているか
- ヘッジ対象の価値変動に、自己信用リスクまたは相手方信用リスクが含まれているか
- ヘッジ対象リスクによる価値変動と、信用リスクによる価値変動を区分して説明できるか
- 信用リスクの変動は、一時的なノイズなのか、それともヘッジ関係の本質を変える程度のものなのか
- 信用補完、担保契約、清算機関の利用、ネッティング契約などが、信用リスク評価にどう影響するか
信用リスクの検討は、信用リスクが存在するかどうかを見るだけのものではありません。信用リスクの影響が、ヘッジ対象リスクによる経済的関係から生じる価値変動を「支配」しているかどうかを判断するものです。
したがって、信用リスクがあるという事実だけで、直ちにヘッジ会計が否定されるわけではありません。ただし、信用リスクが価値変動の主因となっている場合には、ヘッジ会計の継続適用が難しくなる可能性があります。
ヘッジ比率は、実際のリスク管理を出発点にする
ヘッジ有効性の第三の要件は、ヘッジ比率です。
IFRS第9号では、ヘッジ比率は、企業が実際にヘッジしているヘッジ対象の数量と、実際に使用しているヘッジ手段の数量から生じる比率と同じであることが求められます。ただし、その指定が、ヘッジ非有効部分を恣意的に作り出し、ヘッジ会計の目的と整合しない会計結果を生じさせるような不均衡を反映してはなりません。(出典:IFRS Foundation|IFRS 9 Financial Instruments)
この要件は、実務上、非常に重要な意味を持ちます。
ヘッジ会計は、企業のリスク管理活動を財務報告に反映するための仕組みです。だからこそ、会計上のヘッジ比率は、財務部門やリスク管理部門が実際に管理している数量関係と整合していなければなりません。
たとえば、実際には特定数量の外貨売上を特定額の為替予約でヘッジしているにもかかわらず、会計上の損益を調整する目的で、ヘッジ対象数量を実態と異なる水準に設定する。こうした取り扱いは認められません。
また、実際のリスク管理比率と同じであっても、その比率がヘッジ会計の目的と整合しない不均衡を生じさせる場合には、会計上のヘッジ比率としてそのまま受け入れられるとは限りません。
ヘッジ比率の検討では、次の点を確認しておく必要があります。
- 実際にヘッジしているヘッジ対象の数量・金額は何か
- 実際に使用しているヘッジ手段の数量・想定元本は何か
- 両者の比率は、社内のリスク管理資料と整合しているか
- ヘッジ対象とヘッジ手段の基礎数値が完全に一致しない場合、その比率はどのように補正されているか
- 会計上の指定比率が、非有効部分の認識を回避するための恣意的な指定になっていないか
- ヘッジ比率に変化が生じた場合、リバランスで対応すべきか、それともヘッジ会計を中止すべきか
ヘッジ比率とは、会計上のテクニカルな比率ではありません。実際のリスク管理を財務報告に写し取るための比率だと捉えるのが本質的です。
定性的評価で足りる場合と、定量的評価が必要になる場合
IFRS第9号は、ヘッジ有効性の評価方法を特定していません。
そのため企業は、ヘッジ関係の関連する特性と、ヘッジ非有効部分の発生原因を適切に捉える方法を選ぶ必要があります。IFRS第9号B6.4.13は、評価方法が定性的評価となる場合も、定量的評価となる場合もあるとしています。(出典:IFRS Foundation|IFRS 9 Financial Instruments)
定性的評価が考えられる場合
ヘッジ手段とヘッジ対象の重要条件が一致、または密接に整合している場合には、定性的評価によって経済的関係を説明できることがあります。
たとえば、想定元本、満期、通貨、基礎数値、決済日などが一致または近接しており、両者の価値が同じリスクによって一般に反対方向へ動くと説明できるようなケースです。
ただし、定性的評価で足りるかどうかは、条件が近いかどうかだけで決まるものではありません。
ヘッジ手段がイン・ザ・マネーまたはアウト・オブ・ザ・マネーである場合、ヘッジ対象とヘッジ手段の条件が一部異なる場合、信用リスクやベーシス差が重要になる場合。こうした状況では、定性的評価だけでは非有効部分の発生原因を十分に捉えきれない可能性があります。
IFRS第9号B6.4.15も、デリバティブが指定時にイン・ザ・マネーまたはアウト・オブ・ザ・マネーであること自体は定性的評価を不適切にするものではないとしつつ、その事実から生じる非有効部分の大きさを定性的評価で十分に捉えられるかは状況によるとしています。(出典:IFRS Foundation|IFRS 9 Financial Instruments)
定量的評価が必要になりやすい場合
ヘッジ手段とヘッジ対象の重要条件が一致していない場合には、定量的評価が必要になることがあります。
たとえば、期間差、基礎数値の違い、ヘッジ対象とヘッジ手段の決済タイミングの違い、外貨ベーシス・スプレッド、信用リスク、予定取引の数量・時期の不確実性などがある場合です。
IFRS第9号B6.4.16は、重要条件が密接に整合していない場合には、相殺の程度についての不確実性が高まり、ヘッジ期間中の有効性を予測しにくくなるため、定量的評価によって経済的関係を確認することが必要になる場合があるとしています。(出典:IFRS Foundation|IFRS 9 Financial Instruments)
実務で用いられる定量的評価には、ドル・オフセット法、回帰分析法、感応度分析法、仮想デリバティブ法などがあります。このうちドル・オフセット法は、ヘッジ対象の公正価値またはキャッシュ・フローの変動と、ヘッジ手段の変動を比較する方法として位置づけられます。また、キャッシュ・フロー・ヘッジでは、仮想デリバティブ法が測定手法として広く用いられています。
ここで重要なのは、評価方法そのものの名称ではありません。その方法が、当該ヘッジ関係のリスク特性と非有効部分の発生原因を適切に捉えているかどうかです。
ドル・オフセット法の結果だけで判断しない
ドル・オフセット法は、ヘッジ手段の価値変動とヘッジ対象の価値変動を比較する方法です。
一見すると分かりやすい方法ですが、使い方には注意が必要です。
市場変動が小さい期間には、ヘッジ対象またはヘッジ手段のわずかな価値変動によって、比率が極端に大きく見えることがあります。報告期間ごとにドル・オフセット法を用いる場合、このように小さな変動から極端な比率が生じることがあり、その数値だけを根拠に、経済的関係が存在しない、信用リスクが支配的である、有効性要件を満たさない、と自動的に結論づけるべきではありません。
これは、実務上とても大切な点です。
定量的評価は、判断を支えるための資料であって、判断を自動化するものではないからです。
ドル・オフセット法で極端な比率が出た場合には、その理由を分析する必要があります。
市場変動が小さかったためなのか。測定期間が短すぎたためなのか。ヘッジ対象とヘッジ手段の時期がずれているためなのか。基礎数値の違いが顕在化したためなのか。信用リスクの影響が大きくなったためなのか。あるいは、予定取引の時期や数量が変化したためなのか。
こうした分析を行わないまま、数値結果だけでヘッジ会計の適格性を判断してしまうと、実態と異なる結論に至る可能性があります。
ヘッジ非有効部分は、失敗の証拠ではなく、認識すべき損益である
ヘッジ非有効部分が生じたという事実だけをもって、ヘッジ会計が失敗したとはいえません。
ヘッジ会計は、ヘッジ対象とヘッジ手段が完全に一致することを前提とした処理ではありません。実務では、条件差、時期差、ベーシス差、信用リスク、数量差、測定方法の違いなどによって、一定の非有効部分が生じることがあります。
大切なのは、ヘッジ非有効部分を識別し、測定し、適切に純損益へ認識することです。
キャッシュ・フロー・ヘッジでは、ヘッジ手段の利得または損失のうち、有効部分はその他の包括利益に認識され、残余部分がヘッジ非有効部分として純損益に認識されます。IFRS第9号6.5.11も、ヘッジ手段の利得または損失のうち有効なヘッジと判定される部分をその他の包括利益に認識し、残余の利得または損失をヘッジ非有効部分として純損益に認識すると定めています。(出典:IFRS Foundation|IFRS 9 Financial Instruments)
つまりヘッジ非有効部分は、ヘッジ会計を否定するための概念ではなく、ヘッジ会計を適用するうえで財務諸表に反映すべき損益なのです。
ただし、非有効部分が継続的に大きい場合や、当初想定していなかった要因から発生している場合には、ヘッジ関係そのものの見直しが必要になります。
たとえば、次のような要因が考えられます。
- ヘッジ対象とヘッジ手段の満期が異なる
- ヘッジ対象とヘッジ手段の数量が一致していない
- ヘッジ対象とヘッジ手段の基礎数値が異なる
- 予定取引の時期や数量が変更された
- ヘッジ対象に存在しない要素が、ヘッジ手段に含まれている
- 信用リスクや流動性リスクの影響が大きくなった
- ヘッジ対象リスクの測定に用いる割引率が適切でない
- ヘッジ比率が、実際のリスク管理とずれてきた
ヘッジ非有効部分の分析は、会計処理の作業であると同時に、リスク管理の品質を確認する作業でもあります。
ヘッジ非有効部分の測定では、貨幣の時間価値を無視しない
ヘッジ非有効部分の測定では、貨幣の時間価値を考慮する必要があります。
ヘッジ対象の価値変動を測定する際に、単純な割引前キャッシュ・フローや割引前の直物レートだけを用いると、ヘッジ対象とヘッジ手段の測定基礎が整合しなくなる可能性があるからです。
実務上、ヘッジ対象は現在価値ベースで測定し、その変動には貨幣の時間価値の影響を含める必要があります。たとえば為替リスクのヘッジで割引前の直物レートをそのまま用いるアプローチは、認められません。
これは、実務で見落とされやすい点です。
ヘッジ対象とヘッジ手段の測定期間や決済時期が異なる場合、割引の影響は非有効部分として表れます。とりわけ、長期のヘッジ、金利リスクを含むヘッジ、為替予約や通貨スワップを用いるヘッジでは、割引率の選択や測定基礎の整合性が重要になります。
監査対応の観点からも、単に評価結果を提示するだけでは足りません。次の点を説明できるようにしておく必要があります。
- ヘッジ対象の価値変動を、どのように測定したか
- その測定に、どの割引率を用いたか
- ヘッジ手段の公正価値測定と、測定基礎が整合しているか
- 貨幣の時間価値の影響が、非有効部分として適切に反映されているか
- 評価モデルやインプットの変更が、非有効部分に与える影響を把握しているか
ヘッジ非有効部分の測定は、単なる差額計算ではありません。ヘッジ対象リスクの価値変動を、ヘッジ手段の公正価値変動と比較可能な形で測定することが求められます。
リバランスは、ヘッジ関係の継続と中止の分岐点になる
ヘッジ関係は、開始時点の指定どおりに最後まで変わらない、とは限りません。
市場環境、取引量、予定取引の見込み、ヘッジ手段の条件、価格形成メカニズム。こうした要素が変化すると、当初のヘッジ比率が実際のリスク管理と合わなくなることがあります。
IFRS第9号では、ヘッジ比率に関する有効性要件を満たさなくなった場合でも、その指定されたヘッジ関係についてのリスク管理目的が同じであれば、ヘッジ比率を調整して適格要件を再び満たすようにする必要があります。これがリバランスです。(出典:IFRS Foundation|IFRS 9 Financial Instruments)
リバランスは、任意に選択できる会計処理ではありません。
ヘッジ関係がヘッジ比率に関する要件を満たさなくなったものの、リスク管理目的は変わっていない。そうした場合には、リバランスによりヘッジ比率を調整します。一方、リスク管理目的そのものが変わった場合には、リバランスではなく、ヘッジ会計の中止を検討する必要があります。実務上も、リスク管理目的が変わらない場合のヘッジ比率の再調整と、リスク管理目的が変更された場合のヘッジ会計の中止は、切り分けて考えることが大切です。
IFRS第9号B6.5.21は、リバランスを行う場合、ヘッジ関係の残存期間に影響すると予想されるヘッジ非有効部分の発生原因の分析を更新し、ヘッジ関係の文書化も更新することを求めています。(出典:IFRS Foundation|IFRS 9 Financial Instruments)
したがってリバランスの検討では、次の判断が必要になります。
- ヘッジ比率に関する要件を満たさなくなった原因は何か
- リスク管理目的は変わっているか
- ヘッジ対象またはヘッジ手段の数量調整で、適格要件を再び満たせるか
- リバランス直前のヘッジ非有効部分を、測定・認識しているか
- リバランス後のヘッジ比率と、非有効部分の発生原因を文書化しているか
- 一部中止または全部中止が必要となる部分はないか
リバランスは、ヘッジ会計を継続するための形式的な手続ではありません。リスク管理目的と会計指定がなお整合しているかを、あらためて確認する実務判断です。
ヘッジ会計の中止につながる状況
ヘッジ有効性の要件を満たさなくなった場合、必ずしもリバランスで対応できるとは限りません。
IFRS第9号では、ヘッジ関係が適格要件を満たさなくなった場合、リバランスを考慮したうえで、将来に向かってヘッジ会計を中止します。とりわけ、リスク管理目的がもはや継続していない場合、ヘッジ手段が売却・終了・行使された場合、経済的関係がなくなった場合、あるいは信用リスクが価値変動を支配するようになった場合には、ヘッジ会計の中止が問題になります。(出典:IFRS Foundation|IFRS 9 Financial Instruments)
ここで大切なのは、ヘッジ会計の中止を「企業が自由に選択できるもの」と捉えないことです。
IFRS第9号では、ヘッジ関係がなおリスク管理目的を満たし、他の適格要件も満たしている場合、企業が任意にヘッジ関係を解除することは想定されていません。反対に、適格要件を満たさなくなった場合には、継続したくても継続できません。
実務上、中止の判断が問題になりやすいのは、次のような場面です。
- 予定取引の発生可能性が低下した
- ヘッジ対象の一部が消滅した
- ヘッジ手段の一部が終了した
- ヘッジ手段の相手方信用リスクが著しく悪化した
- 企業のリスク管理方針が変更された
- 当初指定したヘッジ対象リスクではなく、別のリスクを管理するようになった
- ヘッジ対象とヘッジ手段の経済的関係が失われた
- リバランスを行っても、適格要件を満たせない
このような場面では、会計処理だけを検討するのではなく、リスク管理目的、ヘッジ対象、ヘッジ手段、指定範囲、残存するOCI、組替調整、注記への影響まで、あわせて整理する必要があります。
ヘッジ有効性評価は、決算時だけの作業ではない
ヘッジ有効性評価は、決算時に一度だけ行えばよい作業ではありません。
IFRS第9号B6.4.12は、ヘッジ関係の開始時点および継続的に、ヘッジ有効性要件を満たしているかを評価することを求めています。継続評価は、少なくとも各報告日、またはヘッジ有効性要件に影響を与える状況の重大な変化があった時点の、いずれか早い時点で行う必要があり、その評価は将来予測的なものとされています。(出典:IFRS Foundation|IFRS 9 Financial Instruments)
したがってヘッジ有効性評価は、次のタイミングで検討する必要があります。
- ヘッジ関係の開始時点
- 各報告日
- ヘッジ対象の数量・金額・時期が変化した時点
- ヘッジ手段の条件が変更された時点
- 市場価格、金利、為替、商品価格などが大きく変動した時点
- 相手方信用リスクが大きく変化した時点
- リスク管理方針やヘッジ方針が変更された時点
- 予定取引の発生可能性に重大な変化が生じた時点
この評価は、過去にどれだけ相殺されたかを確認するだけでは十分ではありません。将来に向かって、ヘッジ関係がなおリスク管理目的を満たすことが期待できるかを確認する必要があります。
内部資料と監査証拠をどう整えるか
ヘッジ有効性とヘッジ非有効部分は、監査上も検討が深くなりやすい領域です。
監査対応で重要になるのは、評価結果そのものだけではありません。ヘッジ関係の指定から、評価方法、非有効部分の測定、会計処理、開示に至るまで、資料が一貫していることです。
少なくとも、次の資料は整合している必要があります。
- リスク管理方針・財務方針
- ヘッジ取引の承認資料
- ヘッジ対象の契約書・予定取引資料・借入契約・販売購買計画
- ヘッジ手段の契約書・約定確認書
- ヘッジ指定文書
- ヘッジ比率の決定根拠
- 有効性評価方法の説明資料
- 経済的関係の評価資料
- 信用リスクの検討資料
- 非有効部分の測定資料
- リバランスまたは中止判断の資料
- 会計仕訳
- 注記資料
とりわけIFRS第9号B6.4.18は、ヘッジ有効性要件の評価において、企業のリスク管理が主要な情報源であり、意思決定目的で使用される管理情報や分析を評価の基礎として用いることができるとしています。(出典:IFRS Foundation|IFRS 9 Financial Instruments)
この点からも、会計用にだけ作られた評価資料ではなく、実際のリスク管理資料と会計上の指定がつながっていることが重要になります。
開示では、ヘッジ有効性の考え方も説明対象になる
ヘッジ有効性とヘッジ非有効部分は、会計処理だけで完結するものではありません。開示にもつながっていきます。
IFRS第7号は、ヘッジ会計に関する開示として、企業のリスク管理戦略とその適用、ヘッジ活動が将来キャッシュ・フローの金額・時期・不確実性に与える可能性、そしてヘッジ会計が財政状態計算書・包括利益計算書・持分変動計算書に与えた影響に関する情報を求めています。(出典:IFRS Foundation|IFRS 7 Financial Instruments: Disclosures)
また、IFRS第7号22Bは、ヘッジ手段の内容、ヘッジ対象とヘッジ手段の経済的関係の判断方法、ヘッジ比率の設定方法、そしてヘッジ非有効部分の発生原因を説明することを求めています。(出典:IFRS Foundation|IFRS 7 Financial Instruments: Disclosures)
これは、ヘッジ有効性の検討が、最終的に財務諸表利用者への説明につながることを意味します。
開示で伝えるべきなのは、「ヘッジ会計を適用している」という事実だけではありません。
どのリスクを管理しているのか。どのようなヘッジ手段を使っているのか。ヘッジ対象とヘッジ手段の経済的関係を、どのように判断しているのか。ヘッジ比率を、どのように設定しているのか。どのような要因からヘッジ非有効部分が生じるのか。そしてその結果、純損益・OCI・資本にどのような影響が出ているのか。
これらを整理することで、ヘッジ会計は、デリバティブ評価差額の処理ではなく、企業のリスク管理活動を説明する財務報告へと位置づけ直されます。
実務上の判断フレーム
ヘッジ有効性とヘッジ非有効部分を検討する際には、次の順序で整理していくと、論点が混乱しにくくなります。
1. ヘッジ対象リスクを確認する
まず、何のリスクをヘッジしているのかを確認します。
金利リスク、為替リスク、商品価格リスク、特定のリスク要素。ヘッジされるリスクを明確にしなければ、経済的関係も非有効部分も評価できません。
2. ヘッジ対象とヘッジ手段の条件を比較する
次に、ヘッジ対象とヘッジ手段の重要条件を比較します。
想定元本、数量、通貨、期間、満期、決済日、基礎数値、価格決定式、支払条件、リセット日などを確認し、どこが一致し、どこが異なるのかを整理します。
3. 経済的関係を説明する
条件比較だけで終わらせず、なぜ両者が同じリスクによって反対方向へ動くといえるのかを説明します。
市場構造、契約条件、価格決定メカニズム、管理資料、過去データ、将来見込みなどを用いて、リスク管理目的との整合性を示します。
4. 信用リスクの影響を確認する
ヘッジ手段とヘッジ対象の価値変動が、信用リスクに支配されていないかを確認します。
相手方信用リスク、自己信用リスク、担保・ネッティング、清算機関の利用、信用スプレッドの変化などを検討します。
5. ヘッジ比率を確認する
実際にヘッジしている数量関係と、会計上指定しているヘッジ比率が一致しているかを確認します。
さらに、その比率がヘッジ会計の目的と整合しない会計結果を生じさせていないかを検討します。
6. 評価方法を選択する
定性的評価で足りるか、定量的評価が必要かを判断します。
評価方法は、開始時点で文書化し、状況が変化した場合には更新します。
7. 非有効部分を測定・認識する
ヘッジ非有効部分が生じる場合には、その原因を分析し、適切に純損益へ認識します。
非有効部分の存在は、ヘッジ会計の失敗ではありません。ただし、原因分析と継続評価は欠かせません。
8. リバランスまたは中止を検討する
ヘッジ比率に関する要件を満たさなくなった場合には、リスク管理目的が継続しているかを確認し、必要に応じてリバランスを行います。
リスク管理目的が変わった場合や、経済的関係が失われた場合には、ヘッジ会計の中止を検討します。
9. 開示へ接続する
最後に、評価結果を注記へ接続します。
リスク管理戦略、経済的関係、ヘッジ比率、非有効部分の発生原因、財務諸表への影響を、財務諸表利用者が理解できるように整理します。
専門家に相談する前に整理しておきたい事項
ヘッジ有効性やヘッジ非有効部分について専門家に相談する場合、次の情報を整理しておくと、検討の精度が高まります。
- ヘッジ対象リスクの内容
- リスク管理方針・財務方針・ヘッジ取引規程
- ヘッジ対象の契約条件、または予定取引の根拠資料
- ヘッジ手段の契約条件
- ヘッジ指定文書
- ヘッジ比率の決定根拠
- ヘッジ対象とヘッジ手段の重要条件比較
- 経済的関係を示す資料
- 信用リスクの影響を検討した資料
- 有効性評価の方法
- 非有効部分の測定資料
- リバランスまたは中止の検討状況
- 会計仕訳、OCI、純損益への影響
- IFRS第7号に基づく注記方針
- 監査人との協議状況
ヘッジ有効性の論点は、計算資料だけで完結するものではありません。リスク管理目的、契約条件、評価方法、会計処理、開示が一貫しているかを確認することが重要です。
まとめ
IFRS第9号におけるヘッジ有効性は、ヘッジ対象とヘッジ手段が完全に相殺しているかを確認するだけの手続ではありません。
求められるのは、ヘッジ対象とヘッジ手段の間に経済的関係があること、信用リスクがその関係から生じる価値変動を支配していないこと、そしてヘッジ比率が実際のリスク管理と整合していることを、説明可能な形で整理することです。
ヘッジ非有効部分が生じること自体は、直ちにヘッジ会計の否定を意味するものではありません。ただし、非有効部分を測定し、純損益に認識し、その発生原因を分析する必要があります。非有効部分が大きくなったり、当初想定していない原因から生じたりする場合には、リバランスやヘッジ会計の中止も検討の対象になります。
また、ヘッジ有効性の評価は、開始時点だけでなく、報告日ごと、または状況の重大な変化があった時点で継続的に行う必要があります。評価方法、非有効部分の原因、リバランス、中止判断は、そのまま監査対応と開示に直結します。
ヘッジ会計を実務で適用するには、デリバティブの評価だけでなく、リスク管理、契約条件、測定方法、内部統制、開示説明を一体で整理することが欠かせません。
犬飼公認会計士・税理士事務所では、IFRSに関する会計処理、表示・開示、監査対応、論点整理資料の作成についてのご相談を承っています。ヘッジ有効性の評価方法、ヘッジ非有効部分の測定、リバランス、ヘッジ会計の中止、IFRS第7号の開示整理について検討が必要な場合は、現在のリスク管理方針、契約条件、評価資料、監査上の論点を確認したうえで、説明可能な形に整理していくことが大切です。ご相談をご希望の場合は、当事務所HPのお問い合わせページよりご連絡ください。
重要事項の振り返り
| 項目 | 実務上の確認ポイント |
|---|---|
| ヘッジ有効性の位置づけ | 完全な相殺ではなく、ヘッジ関係が会計上適格なリスク管理関係であることを確認する |
| 経済的関係 | ヘッジ対象とヘッジ手段が、同じリスクにより一般に反対方向へ動く関係を説明する |
| 統計的相関 | 相関関係だけでは不十分であり、リスク管理目的を満たす関係かを分析する |
| 信用リスク | 信用リスクの影響が、経済的関係から生じる価値変動を支配していないか確認する |
| ヘッジ比率 | 実際にヘッジしている数量関係と、会計上の指定比率が整合しているか確認する |
| 定性的評価 | 重要条件が一致または近接している単純なヘッジで利用できる場合がある |
| 定量的評価 | 条件差、ベーシス差、信用リスク、時期差などが重要な場合に必要となりやすい |
| ドル・オフセット法 | 数値結果だけで自動判断せず、極端な比率が出た原因を分析する |
| ヘッジ非有効部分 | ヘッジ会計の失敗ではなく、測定して純損益に認識すべき損益である |
| 貨幣の時間価値 | ヘッジ対象の価値変動測定では、現在価値ベースの考え方を無視しない |
| リバランス | ヘッジ比率に関する要件を満たさなくなり、リスク管理目的が同じ場合に検討する |
| ヘッジ会計の中止 | 経済的関係の喪失、信用リスクの支配、リスク管理目的の変更などで問題となる |
| 継続評価 | 開始時点だけでなく、各報告日または重大な変化があった時点で評価する |
| 開示との関係 | IFRS第7号上、経済的関係、ヘッジ比率、非有効部分の発生原因の説明につながる |
| 監査対応 | リスク管理資料、評価資料、会計仕訳、注記が一貫していることが重要 |