相続した不動産を売却する場面では、いくつもの疑問が同時に押し寄せてきます。
「相続税を納めるために、この不動産を売るべきだろうか」 「売ったら、所得税や住民税はどのくらいかかるのか」 「相続税を払ったのに、売却時にもまた税金がかかるのか」 「空き家の3,000万円控除は、わが家でも使えるのか」 「取得費の分からない古い土地は、どう計算すればよいのか」 「兄弟で売却代金を分けると、贈与税がかかってしまうのではないか」
相続不動産の売却は、単なる不動産の処分ではありません。相続税申告、不動産評価、遺産分割、納税資金、譲渡所得税、住民税、相続登記、そして将来の二次相続まで、いくつもの判断が一本につながっています。
売却価格だけを見て進めてしまうと、思わぬところでつまずきます。納税資金は確保できたものの譲渡税が想定以上に膨らんでいた、遺産分割協議書の記載が足りず相続人どうしの金銭分配に疑義が残った、特例の選び方を誤っていた——こうした事態は、実務の現場で決して珍しくありません。
この記事では、相続不動産を売却するときの税務を、譲渡所得、取得費、取得費加算、空き家特例、換価分割、売却時期の順に整理していきます。
まず押さえておきたいこと|相続税と譲渡所得税は別の税金
相続税は、被相続人の死亡によって財産を取得したことに対して課される税金です。これに対し、相続した不動産を売却したときに問題となるのは、売却で生じた利益にかかる所得税・復興特別所得税・住民税です。
つまり、相続税をきちんと納めていても、相続後に不動産を売却して譲渡益が出れば、それとは別に、譲渡所得に対する税金が発生します。
この二つを混同すると、納税資金の計画そのものを誤りかねません。
たとえば、相続税の納付のために土地を5,000万円で売却できたとしても、その5,000万円がそっくり納税資金として残るわけではありません。仲介手数料、測量費、解体費、譲渡所得税・住民税、そして相続人どうしの分配額を差し引いたあとの手取りで判断する必要があります。
土地や建物を売ったときの譲渡所得は、給与所得などとは切り離して計算する分離課税の対象です。その金額は、原則として譲渡価額から取得費と譲渡費用を差し引いて求めます。
出典:国税庁|No.3202 譲渡所得の計算のしかた(分離課税)
相続不動産を売却した場合の譲渡所得の基本計算
相続不動産を売却したときの基本式は、次のとおりです。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 譲渡価額 | 売却代金。固定資産税・都市計画税の精算金などが収入金額に含まれる場合もある |
| 取得費 | 被相続人が取得した際の購入代金、購入手数料、改良費などを基に計算 |
| 譲渡費用 | 売るために直接かかった費用 |
| 特別控除 | 空き家特例など、要件を満たす場合の控除 |
| 課税譲渡所得 | 譲渡価額 − 取得費 − 譲渡費用 − 特別控除 |
譲渡所得の計算では、まず「いくらで売れたか」ではなく、「税務上の利益がいくらか」を確認することが出発点になります。
とりわけ相続不動産では、取得費が分からないケースが少なくありません。先代、さらにその前の世代から引き継いだ土地となると、売買契約書や領収書がもう手元にないことも珍しくないのです。その場合、税務上は譲渡価額の5%を取得費とする概算取得費を使う場面が出てきます。
ただし、概算取得費を使うと、譲渡価額の95%近くが利益として扱われることもあり、税負担はどうしても大きくなりがちです。だからこそ、古い不動産ほど、購入契約書、建築請負契約書、登記資料、借入資料、固定資産台帳、過去の申告書、親族が保管している書類などを、ひとつひとつ丁寧に探す意味があります。
取得費は「被相続人の取得費」を引き継ぐ
相続した不動産を売却する場合、「相続税評価額」がそのまま取得費になるわけではありません。
取得費は、原則として、被相続人がその土地や建物を取得したときの購入代金や購入手数料などを基に計算します。相続人は、被相続人の取得費と取得時期をそのまま引き継ぐことになります。
出典:国税庁|No.3270 相続や贈与によって取得した土地・建物の取得費と取得の時期
ここは、とても重要なところです。
たとえば、相続税申告で土地を4,000万円と評価していたとしても、被相続人が昭和の時代に500万円で購入していた土地であれば、譲渡所得の取得費は相続税評価額の4,000万円ではなく、原則として被相続人の取得価額500万円を基に考えます。
相続税評価額と譲渡所得の取得費は、そもそも目的が異なるのです。
| 項目 | 相続税評価額 | 譲渡所得の取得費 |
|---|---|---|
| 使う場面 | 相続税申告 | 売却時の所得税・住民税 |
| 基準 | 相続開始時の財産評価 | 被相続人等の取得価額を引継ぎ |
| 土地の評価 | 路線価・倍率方式等が中心 | 購入代金、購入手数料、改良費等 |
| 建物の評価 | 固定資産税評価額等 | 取得価額から減価償却費相当額を控除 |
| 注意点 | 評価根拠・特例適用が重要 | 古い資料の有無が税額に直結 |
なお、相続により取得した土地建物について、相続人が支払った登記費用や不動産取得税は、一定の場合には取得費に含めることができます。ただし、取得費が不明として概算取得費を使う場合には、相続人が支払った登記費用などを取得費に含めることはできない、とされています。
出典:国税庁|No.3270 相続や贈与によって取得した土地・建物の取得費と取得の時期
取得費が分からない場合の5%ルール
相続不動産では、取得費が分からないことがよくあります。
その場合には、売却代金の5%相当額を取得費とすることができます。たとえば土地建物を3,000万円で売却し、取得費が分からないときは、150万円を取得費として計算する、という考え方です。
この5%ルールは便利な仕組みですが、納税者にとって常に有利とは限りません。
たとえば、売却代金5,000万円、概算取得費250万円、譲渡費用200万円というケースでは、特例を使わなければ譲渡所得は4,550万円になります。長期譲渡であっても、所得税・復興特別所得税・住民税を合わせれば、かなりの税負担です。
取得費が不明な場合でも、次のような資料から実額の取得費を推認できることがあります。
| 探すべき資料 | 確認できる可能性がある内容 |
|---|---|
| 売買契約書 | 土地・建物の購入代金 |
| 建築請負契約書 | 建物の建築費 |
| 領収書 | 仲介手数料、登記費用、測量費等 |
| 金銭消費貸借契約書 | 購入資金の借入額 |
| 通帳・振込記録 | 支払金額・支払先 |
| 登記簿 | 取得時期、売主、抵当権設定状況 |
| 固定資産税資料 | 建物の取得・増改築の手掛かり |
| 過去の所得税申告書 | 賃貸不動産の減価償却費、未償却残高 |
| 法人・個人事業の固定資産台帳 | 事業用不動産の帳簿価額 |
| 親族保管資料 | 古い契約書、権利証、建築資料 |
建物については、購入代金や建築代金がそのまま取得費になるわけではありません。所有していた期間中の減価償却費相当額を差し引いて計算します。
譲渡費用に入るもの・入らないもの
譲渡費用とは、不動産を売るために直接かかった費用をいいます。
代表的なものとしては、仲介手数料、売買契約書に貼る印紙税のうち売主負担分、売却のための測量費、売却のための建物取壊費、貸家を売るために借家人へ支払う立退料などが挙げられます。
一方で、固定資産税、通常の修繕費、火災保険料、管理費、売却代金の取立て費用といった、資産の維持管理のための費用は、原則として譲渡費用にはなりません。
相続不動産の売却では、譲渡費用の範囲をめぐって、次のような確認が必要になります。
| 支出 | 譲渡費用になり得るか | 判断ポイント |
|---|---|---|
| 仲介手数料 | なり得る | 売却のために直接支払ったもの |
| 売買契約書の印紙代 | なり得る | 売主負担分 |
| 確定測量費 | なり得る | 売却条件として必要か |
| 建物解体費 | なり得る | 土地売却のために取り壊したか |
| 借家人への立退料 | なり得る | 貸家売却のために必要か |
| 遺品整理費 | 原則慎重 | 売却に直接必要な範囲か |
| 固定資産税 | 通常はならない | 維持管理費の性格 |
| 通常修繕費 | 通常はならない | 売却のためではなく維持管理か |
| 相続登記費用 | 譲渡費用ではなく取得費検討 | 取得費に含められるかを確認 |
| 税理士報酬 | 内容による | 譲渡申告部分と相続税申告部分を区分 |
売却代金だけでなく、売却にかかった費用の領収書や請求書を保存しておくこと。これが、譲渡所得の正確な計算にそのまま直結します。
長期譲渡か短期譲渡か|所有期間は被相続人から引き継ぐ
土地建物の譲渡税率は、長期譲渡所得か短期譲渡所得かによって変わります。
判定の基準は、売却した年の1月1日現在で所有期間が5年を超えているかどうか。長期譲渡所得の税額は、課税長期譲渡所得金額に所得税15%、住民税5%を乗じて計算し、所得税にはさらに復興特別所得税が加算されます。
これに対して短期譲渡所得は、課税短期譲渡所得金額に所得税30%、住民税9%を乗じて計算し、こちらも所得税に復興特別所得税が加算されます。
相続不動産では、この所有期間も被相続人から引き継ぎます。相続してから5年を超えているかどうかではなく、被相続人が取得した時から、相続人が売却した年の1月1日までの期間で判定するのです。
出典:国税庁|No.3270 相続や贈与によって取得した土地・建物の取得費と取得の時期
したがって、親が30年前に購入した土地を相続後すぐに売却したとしても、原則として長期譲渡所得として扱われます。
| 区分 | 判定 | 所得税 | 住民税 | 復興特別所得税 |
|---|---|---|---|---|
| 長期譲渡所得 | 売却年1月1日現在で所有期間5年超 | 15% | 5% | 所得税額の2.1% |
| 短期譲渡所得 | 売却年1月1日現在で所有期間5年以下 | 30% | 9% | 所得税額の2.1% |
取得費加算|相続税を払った人が一定期間内に売却する場合の重要特例
相続不動産を売却するとき、まず検討したい特例のひとつが、相続財産を譲渡した場合の取得費の特例、いわゆる取得費加算です。
これは、相続または遺贈によって取得した土地、建物、株式などを一定期間内に譲渡した場合に、相続税額のうち一定額を譲渡資産の取得費に加算できる、という制度です。
出典:国税庁|No.3267 相続財産を譲渡した場合の取得費の特例
主な要件は、次のとおりです。
| 要件 | 内容 |
|---|---|
| 取得原因 | 相続または遺贈により財産を取得していること |
| 相続税 | その財産を取得した人に相続税が課税されていること |
| 譲渡期限 | 相続開始日の翌日から、相続税申告期限の翌日以後3年を経過する日までに譲渡していること |
| 対象所得 | 譲渡所得に適用される特例であること |
| 手続 | 一定の書類を添付して確定申告すること |
相続税の申告期限は、原則として相続開始を知った日の翌日から10か月以内です。取得費加算の譲渡期限は、その申告期限の翌日以後3年を経過する日まで。このため実務上は「相続開始からおおむね3年10か月以内」と表現されることがあります。とはいえ、正確な期限は相続開始日、申告期限、譲渡日で確認しておく必要があります。
取得費加算額は、相続税額のうち譲渡した財産に対応する一定額です。令和6年1月1日以後の贈与税・相続税改正に伴い、相続時精算課税適用財産や暦年課税分の贈与財産がある場合の計算上の取扱いにも、あわせて注意が必要です。
出典:国税庁|No.3267 相続財産を譲渡した場合の取得費の特例
取得費加算は、相続税を納めた人が相続財産を売却する場面では、たいへん重要な制度です。ただし、相続税を納めていない人には適用できません。また、譲渡益を超えて取得費加算をすることもできない点に留意してください。
取得費加算を使うかどうかは「売却期限」だけで判断しない
取得費加算には期限があります。そのため、「期限内に売らなければ損だ」と考えてしまいがちです。
しかし、売却を急ぐことには、それ相応のリスクも伴います。
| 急いで売却するメリット | 急いで売却するリスク |
|---|---|
| 取得費加算の期限に間に合う | 売却価格が下がる可能性 |
| 納税資金を確保できる | 測量・境界確認が不十分になる |
| 空き家管理負担を軽減できる | 相続人間の合意が不十分になる |
| 固定資産税・維持費を減らせる | 小規模宅地等の継続要件に影響する可能性 |
| 資産組換えを早く進められる | 譲渡所得税を見落とす可能性 |
とりわけ、不動産が相続財産の大半を占める場合は要注意です。納税期限に追われて売却すると、条件のよい買主を待つ余裕がなく、想定より低い価格で手放さざるを得ないことがあります。換価分割では、売却代金から仲介手数料や測量費などの費用を差し引いた残額を相続人で分けるため、売却価格と費用の見込みが、そのまま各相続人の納得感を左右します。
取得費加算を使うために売るのか。納税資金のために売るのか。管理負担を減らすために売るのか。それとも将来の資産組換えのために売るのか。目的をはっきりさせたうえで、売却時期を決めていくことが大切です。
空き家特例|被相続人の居住用財産を売却する場合の3,000万円控除
相続した空き家を売却するときには、被相続人の居住用財産に係る譲渡所得の特別控除、いわゆる空き家特例の検討が欠かせません。
この特例は、相続または遺贈により取得した被相続人居住用家屋またはその敷地等を、平成28年4月1日から令和9年12月31日までの間に売却し、一定の要件を満たす場合に、譲渡所得から最高3,000万円を控除できる制度です。なお、令和6年1月1日以後の譲渡で、被相続人居住用家屋およびその敷地等を取得した相続人の数が3人以上である場合は、控除限度額が2,000万円となります。
出典:国税庁|No.3306 被相続人の居住用財産(空き家)を売ったときの特例
主な要件は、次のとおりです。
| 要件 | 確認事項 |
|---|---|
| 取得者 | 相続または遺贈により被相続人居住用家屋・敷地等を取得した相続人等 |
| 対象家屋 | 昭和56年5月31日以前に建築された家屋など |
| 区分所有 | 区分所有建物登記がされている建物は対象外 |
| 居住状況 | 相続開始直前に被相続人が居住していたことが原則 |
| 同居者 | 原則として被相続人以外に居住者がいなかったこと |
| 相続後利用 | 相続時から譲渡時まで事業・貸付・居住の用に供されていないこと |
| 譲渡期限 | 相続開始日から3年を経過する日の属する年の12月31日までに売却 |
| 売却代金 | 1億円以下であること |
| 耐震・取壊し | 一定の耐震基準を満たす、または取壊し等の要件を満たすこと |
| 特別関係者 | 親子・夫婦など特別の関係がある人への売却でないこと |
| 申告 | 必要書類を添付して確定申告すること |
令和6年1月1日以後の譲渡では、譲渡の日の属する年の翌年2月15日までに、買主側で一定の耐震基準を満たす改修や建物の全部取壊し等を行った場合にも、一定の要件のもとで特例の対象となる取扱いが設けられています。
出典:国税庁|No.3306 被相続人の居住用財産(空き家)を売ったときの特例
また、被相続人が相続開始の直前に老人ホーム等へ入所していた場合でも、一定の要件を満たせば、被相続人居住用家屋として扱われることがあります。
出典:国税庁|No.3307 被相続人が老人ホーム等に入所していた場合の被相続人居住用家屋
空き家特例と取得費加算は同じ不動産について併用できない
空き家特例と取得費加算は、どちらも相続不動産の売却において重要な制度です。
しかし、同じ売却について、この二つを重ねて適用することはできません。国税庁の空き家特例の説明でも、売った家屋や敷地等について、相続財産を譲渡した場合の取得費の特例など他の特例の適用を受けていないことが、要件のひとつとされています。
出典:国税庁|No.3306 被相続人の居住用財産(空き家)を売ったときの特例
そのため、相続した空き家を売却する場合には、次のような比較が必要になります。
| 比較項目 | 空き家特例 | 取得費加算 |
|---|---|---|
| 効果 | 譲渡所得から最高3,000万円または2,000万円を控除 | 相続税額のうち一定額を取得費に加算 |
| 相続税課税の有無 | 相続税が課税されていなくても要件を満たせば検討可能 | 相続税が課税されていることが必要 |
| 対象 | 被相続人居住用家屋・敷地等 | 相続または遺贈で取得した土地・建物等 |
| 主な期限 | 相続開始日から3年を経過する日の属する年の12月31日まで | 相続開始日の翌日から相続税申告期限の翌日以後3年を経過する日まで |
| 併用 | 同一資産では取得費加算等と併用不可 | 空き家特例との併用は不可 |
| 判断のポイント | 家屋要件、居住要件、利用状況、売却代金1億円以下 | 相続税額、譲渡益、売却期限 |
取得費が不明で譲渡益が大きいケースでは、空き家特例の方が有利になることがあります。一方、空き家特例の要件を満たさない賃貸物件、事業用不動産、貸地、農地、共有不動産などでは、取得費加算が重要な役割を果たします。
どちらが有利かは、売却価格、取得費、譲渡費用、相続税額、相続人の取得割合、特例要件によって変わってきます。
換価分割で売却する場合の税務
相続不動産を売却し、その代金を相続人で分ける方法を、一般に換価分割といいます。
換価分割は、不動産を現物のままでは分けにくい場合や、相続人全員が現金化を望む場合に用いられます。土地が狭い、分筆すると接道が悪くなる、建物が古く現物で取得する人がいない、相続税の納税資金が必要——こうした場面で検討されることが多い方法です。
換価分割では、税務上、次の点が重要になります。
| 論点 | 確認事項 |
|---|---|
| 誰が不動産を取得するか | 相続人全員で共有取得するか、代表相続人が取得するか |
| 売却代金をどう分けるか | 遺産分割協議書に換価分割であることを明記する |
| 譲渡所得は誰が申告するか | 実質的な取得割合・分配割合に応じて各相続人が申告するのが基本 |
| 売却費用をどう負担するか | 仲介手数料、測量費、解体費などの控除方法 |
| 代表相続人方式のリスク | 代表者から他の相続人への送金が贈与と見られないようにする |
| 相続税申告との整合性 | 相続税申告書、遺産分割協議書、譲渡所得申告の取得割合を合わせる |
換価分割で代表相続人名義にする場合、売却手続そのものは簡素になります。その一方で、売却代金の全額がいったん代表相続人に入金されるため、他の相続人への分配については、遺産分割協議書で換価分割であることを明確にしておかなければなりません。ここの記載が不十分だと、後日の金銭交付が、遺産分割とは無関係な贈与とみなされてしまうリスクがあります。
遺産分割協議書では、少なくとも次の内容をはっきりさせておきましょう。
| 記載すべき事項 | 理由 |
|---|---|
| 売却対象不動産 | どの不動産を換価するか特定する |
| 取得名義 | 共有取得か代表相続人取得かを明確にする |
| 売却目的 | 換価分割のために取得・売却することを明記する |
| 売却協力義務 | 相続人が売却手続に協力することを確認する |
| 売却費用 | 仲介手数料、測量費、解体費、登記費用等の負担 |
| 残代金の分配割合 | 各相続人への分配割合 |
| 税金負担 | 譲渡所得税・住民税の申告負担関係 |
| 代表相続人の管理義務 | 売却代金の入出金管理、精算方法 |
「売れたら兄弟で分けよう」という口頭の合意だけでは、心もとないのが実情です。相続税申告、登記、売買契約、譲渡所得申告、そして相続人間の分配が一本につながるように、きちんと書面で整えておく必要があります。
売却時期が相続税申告に与える影響
相続不動産を売却する時期は、税務上の判断に大きく影響します。
申告期限前に売却する場合
相続税の申告期限前に売却できれば、納税資金を確保しやすくなります。売却価格も明らかになるため、相続人間の分配や代償金の検討も進めやすいでしょう。
一方で、短期間で売り急ぐことになるため、価格交渉の面では不利になることがあります。さらに、測量、境界確認、借地人・借家人への対応、建物解体、農地転用などに時間がかかる場合には、申告期限までに売却が完了しないこともあります。
申告期限後に売却する場合
申告期限後に売却するのであれば、落ち着いて買主を探せる可能性があります。取得費加算の期限内であれば、譲渡所得税の軽減もあわせて検討できます。
ただし、相続税は、原則として申告期限までに現金で納めなければなりません。売却が間に合わない場合には、手元資金、借入、延納、物納、生命保険金といった納税資金対策を、同時に検討しておく必要があります。
相続開始前に売買契約が済んでいた場合
被相続人が生前に不動産の売買契約を結び、引渡しの前に亡くなる、というケースもあります。このとき、相続税の上では不動産そのものではなく売買代金請求権として評価するのか、譲渡所得は被相続人の準確定申告で処理するのか、それとも相続人の譲渡として処理するのか、といった点が問題になります。
国税庁の質疑応答事例では、売買契約中の不動産について、売主に相続が発生し、相続人が譲渡所得の総収入金額の収入すべき時期を引渡日として申告する場合に、取得費加算の特例の適用を認めて差し支えない旨が示されています。
出典:国税庁|相続開始時点で売買契約中であった不動産の譲渡についての相続税額の取得費加算の特例の適用
こうした場面では、契約日、引渡日、代金決済日、相続開始日、準確定申告、相続税申告、譲渡所得申告が複雑に絡み合います。形式だけで処理するのではなく、資料を時系列で整理しながら判断していくことが欠かせません。
相続税評価額と売却価格が大きく違う場合
相続税申告では、土地は路線価方式や倍率方式などによって評価することが多く、建物は固定資産税評価額などを基に評価します。これに対して売却価格は、実際の市場価格です。
そのため、相続税評価額と売却価格が一致しないこと自体は、まったく珍しくありません。
問題になるのは、その差が大きい場合です。
| 状況 | 確認すべきこと |
|---|---|
| 相続税評価額より高く売れた | 相続開始時点の評価根拠は適切か |
| 相続税評価額より低く売れた | 売却時点の市場環境、早期売却事情、物件瑕疵 |
| 相続直後に高額売却 | 相続開始時点で既に高い時価が把握できたか |
| 申告後に売却価格が判明 | 評価誤りか、市況変動か、個別事情か |
| 親族・同族会社へ売却 | 時価より低い価額でないか、みなし贈与・法人税課税に注意 |
相続開始直後に高額で売却できたからといって、ただちに相続税評価が誤っていたとは限りません。しかし、申告の時点で売却交渉が進んでいた、売買契約が間近だった、鑑定評価や買取査定が存在していた、特殊事情を評価に反映していなかった——こうした事情があれば、相続税申告における説明可能性が問われることになります。
財産評価は、税額を下げるためだけの作業ではありません。申告後に説明できる根拠を残しておく作業でもあります。売却を予定している不動産については、相続税評価と譲渡所得の双方に目を配りながら、評価資料、査定書、現地写真、役所調査、契約条件を整理しておくことをおすすめします。
小規模宅地等の特例と売却時期
相続不動産の売却では、小規模宅地等の特例との関係にも注意が必要です。
小規模宅地等の特例は、土地の利用状況、取得者、所有の継続、居住の継続、事業の継続などが要件になります。とりわけ、配偶者以外の相続人が特定居住用宅地等を取得する場合や、事業用・貸付事業用の宅地等では、申告期限までの保有や利用継続が問題になることがあります。
そのため、申告期限前に売却すると、特例の適用に影響が及ぶ場合があるのです。
| 売却前に確認すべきこと | 理由 |
|---|---|
| 誰が土地を取得するか | 取得者要件に影響 |
| どの類型の小規模宅地等か | 居住用・事業用・貸付用で要件が異なる |
| 申告期限まで保有が必要か | 売却により所有継続要件を満たさない可能性 |
| 利用継続が必要か | 居住・事業・貸付の継続要件に影響 |
| 未分割でないか | 特例適用手続に影響 |
| 売却した方が有利か | 特例による相続税軽減と売却手取りを比較 |
売却して納税資金を作ることは大切です。しかし、その売却によって小規模宅地等の特例を失えば、相続税額が大きく膨らむおそれもあります。だからこそ、売却の前に、相続税の試算と譲渡所得税の試算を同時に行っておく必要があります。
相続登記と売却手続
相続した不動産を売却するには、通常、相続登記によって売主の名義を整えておく必要があります。
令和6年4月1日からは相続登記の申請が義務化され、相続したことを知った日から3年以内に登記をしなければならなくなりました。正当な理由なくこの義務に違反した場合には、10万円以下の過料が科される可能性があります。義務化前の相続も対象とされており、一定の経過措置が設けられています。
出典:法務省|相続登記の義務化 不動産を相続したらかならず相続登記!
売却を予定している場合でも、「どうせ売るのだから登記は不要だろう」とは考えない方が安全です。買主への所有権移転登記の前提として、相続登記が必要になるのが通常だからです。
また、共有者が多数いる場合、古い相続が未登記のまま残っている場合、相続人のなかに海外居住者・行方不明者・判断能力に不安のある人がいる場合には、売却手続が大きく遅れることがあります。所有者不明土地や未登記不動産では、相続人調査、戸籍収集、不在者財産管理人、成年後見、そして司法書士・弁護士との連携が必要になることもあります。
親族・同族会社へ売却する場合の注意点
相続不動産を、相続人、親族、同族会社、役員、関係会社へ売却する場合には、第三者へ売却するとき以上に、慎重な時価の確認が求められます。
時価より著しく低い価額で売却すると、買主側に贈与税が課税される可能性があります。法人が関係する場合には、法人税、役員給与、寄附金、受贈益といった論点も生じてきます。
特に、次のような取引には注意が必要です。
| 取引 | 主な税務リスク |
|---|---|
| 親から子へ低額売却 | みなし贈与 |
| 兄弟間で低額売却 | みなし贈与 |
| 相続人から同族会社へ低額売却 | 譲渡所得、法人側の受贈益、株主間の利益移転 |
| 同族会社から相続人へ低額売却 | 給与課税、贈与課税、法人税 |
| 代償分割に近い売買 | 遺産分割か売買かの整理 |
| 借地権・底地の売買 | 借地権価額、地代、権利金、使用貸借の確認 |
親族間・同族会社間の取引では、「相続税評価額で売れば安全」とは必ずしも言い切れません。相続税評価額、固定資産税評価額、不動産鑑定評価、実勢価格、近隣の取引事例、収益価格などを比較し、なぜその価格で取引したのかを説明できるようにしておくことが大切です。
農地・貸地・賃貸不動産を売却する場合
相続する不動産が、宅地ばかりとは限りません。
農地、生産緑地、貸地、底地、借地権付き建物、賃貸アパート、駐車場、山林、雑種地など。こうした不動産では、譲渡所得を考える以前に、そもそも売却できるのか、権利関係をどう整理するのか、といった点が問題になります。
| 不動産の種類 | 売却前に確認すべきこと |
|---|---|
| 農地 | 農地法許可・届出、転用可能性、納税猶予の打切りリスク |
| 生産緑地 | 特定生産緑地、買取申出、都市計画上の制約 |
| 貸地・底地 | 借地人、契約書、地代、更新料、承諾料、借地権価額 |
| 賃貸アパート | 賃貸借契約、敷金、空室、修繕、消費税、減価償却 |
| 駐車場 | 地目、舗装、賃貸状況、事業用資産性 |
| 共有不動産 | 共有者全員の同意、売却代金分配、共有物分割 |
| 古家付き土地 | 解体時期、空き家特例、固定資産税、譲渡費用 |
| 借地権付き建物 | 地主承諾、名義書換料、譲渡承諾料 |
| 土壌汚染地 | 調査費用、除去費用、売却価格への反映 |
| 埋蔵文化財包蔵地 | 発掘調査、買主負担、評価・価格交渉 |
こうした不動産では、売却価格だけを見ていては足りません。相続税評価、譲渡所得、法規制、契約関係、そして買主がそもそも取得できるのかどうかを、同時に確認していく必要があります。
相続不動産を売却する場合の判断手順
相続不動産を売却するかどうかは、次の順序で整理していくと、判断がしやすくなります。
1. 相続税額と納税資金を確認する
まずは、相続税がいくらかかるのか、そして手元の資金で納付できるのかを確認します。
現預金、生命保険金、死亡退職金、上場株式、借入の可能性、延納、物納、不動産売却を、それぞれ比較します。そのうえで、不動産を売る必要があるのか、売るならどの不動産かを決めていきます。
2. 遺産分割方針を確認する
売却する不動産を誰が取得するのか。共有にするのか、代表相続人が取得するのか、それとも換価分割にするのか。ここを決めます。
この判断には、相続人全員の合意が必要です。売却代金の分配割合、売却費用、税金の負担を曖昧なままにしないことが、何より重要になります。
3. 相続税評価と売却見込額を比較する
相続税評価額と、市場での売却見込額を比較します。
相続税評価額より大きく高く売れそうな場合は、評価の根拠を慎重に確認しておきます。逆に、低くしか売れそうにない場合は、評価減の要素が相続税申告にきちんと反映されているかを確認します。
4. 譲渡所得を試算する
売却見込額、取得費、概算取得費、譲渡費用、取得費加算、空き家特例を反映させて、所得税・住民税を試算します。
判断の物差しは、「売却代金」ではなく「税引後の手取り」です。
5. 特例を比較する
取得費加算、空き家特例、居住用財産の3,000万円控除、低未利用土地等の特別控除、収用等の特例など、適用の可能性を確認します。
同じ資産については併用できない特例もあります。単に使えるかどうかではなく、どれを選ぶべきかを比較する視点が欠かせません。
6. 売却時期を決める
相続税の申告期限、取得費加算の期限、空き家特例の期限、小規模宅地等の継続要件、相続登記、測量、境界確認、買主探索の期間。これらを踏まえて、売却の時期を決めていきます。
7. 申告後の説明資料を残す
売却契約書、仲介手数料、測量費、解体費、取得費資料、相続税申告書、遺産分割協議書、固定資産税精算書、特例の添付書類を整理しておきます。
ここでは、相続税申告と譲渡所得申告の整合性が重要になります。
相談前に整理しておきたい資料
相続不動産の売却について相談する際は、次の資料を整理しておくと、判断がぐっと進めやすくなります。
| 区分 | 主な資料 |
|---|---|
| 相続関係 | 戸籍、法定相続情報一覧図、遺言書、遺産分割協議書案 |
| 相続税関係 | 財産一覧、相続税試算、申告書案、小規模宅地等の検討資料 |
| 不動産資料 | 登記事項証明書、公図、地積測量図、固定資産税課税明細書 |
| 取得費資料 | 売買契約書、建築請負契約書、領収書、借入資料、固定資産台帳 |
| 売却資料 | 査定書、媒介契約書、売買契約書案、買付証明書 |
| 譲渡費用 | 仲介手数料、測量費、解体費、立退料、印紙税、登記費用 |
| 空き家特例 | 被相続人居住用家屋等確認書、耐震関係資料、解体資料 |
| 賃貸関係 | 賃貸借契約書、敷金資料、家賃入金資料、入居者一覧 |
| 農地関係 | 農地台帳、農業委員会資料、生産緑地資料、納税猶予資料 |
| 共有関係 | 共有者一覧、持分、共有者の意向、売却同意状況 |
| 資金計画 | 納税資金、借入予定、保険金、代償金、延納・物納候補 |
資料が揃っていない段階でも、相談自体は可能です。ただし、譲渡所得の試算は、資料の有無によって精度が大きく変わります。なかでも取得費資料と売却費用資料は、そのまま税額に直結します。
まとめ|相続不動産の売却は「売るか」ではなく「何を残し、何を現金化するか」の判断
相続不動産を売却するとき、最初に考えるべきことは「高く売れるか」だけではありません。
相続税を納めるために売るのか。 相続人どうしで公平に分けるために売るのか。 空き家管理の負担をなくすために売るのか。 二次相続を見据えて、資産を組み替えるために売るのか。 そして、残すべき土地と手放すべき土地を、どう選ぶのか。
目的が変われば、税務上の判断も変わってきます。
売却の前には、少なくとも次の点を確認しておきましょう。
- 譲渡所得の概算税額
- 取得費資料の有無
- 概算取得費を使う場合の影響
- 取得費加算の適用可否と期限
- 空き家特例の適用可否と必要書類
- 小規模宅地等の特例への影響
- 換価分割の場合の遺産分割協議書の記載
- 相続登記と売却スケジュール
- 売却代金の税引後手取り
- 相続人間の納得感
- 二次相続・将来管理への影響
相続不動産の売却は、相続税申告の後始末ではありません。相続全体の意思決定の、大切な一部です。
犬飼公認会計士・税理士事務所では、相続税申告、不動産評価、納税資金、取得費加算、空き家特例、換価分割、そして申告後の譲渡所得までを、一体として整理します。相続した不動産を売るべきか、売るならどの税務論点を確認すべきか——もし迷っていらっしゃるなら、売買契約を進める前の段階で、どうぞご相談ください。売却の前に整理しておくことで、税額だけでなく、相続人間での説明可能性や将来の選択肢も確保しやすくなります。
振り返り
| 論点 | 重要ポイント |
|---|---|
| 相続税と譲渡税 | 相続税を払っていても、売却益が出れば譲渡所得税・住民税が発生する |
| 譲渡所得の計算 | 譲渡価額 − 取得費 − 譲渡費用 − 特別控除で計算する |
| 取得費 | 相続税評価額ではなく、被相続人の取得費を引き継ぐ |
| 取得費不明 | 譲渡価額の5%を概算取得費にできるが、税負担が大きくなりやすい |
| 建物の取得費 | 購入代金・建築代金から減価償却費相当額を控除する |
| 譲渡費用 | 仲介手数料、印紙税、測量費、解体費、立退料など売却に直接必要な費用 |
| 長期・短期 | 被相続人の取得時期を引き継いで判定する |
| 取得費加算 | 相続税を課税された人が一定期間内に売却する場合、相続税の一部を取得費に加算できる |
| 空き家特例 | 要件を満たす被相続人居住用財産は最高3,000万円または2,000万円控除を検討する |
| 特例選択 | 空き家特例と取得費加算は同じ不動産について併用できない |
| 換価分割 | 遺産分割協議書に換価分割であること、売却費用、分配割合を明確に記載する |
| 売却時期 | 相続税申告期限、取得費加算期限、空き家特例期限、小規模宅地等の要件を同時に確認する |
| 相続登記 | 売却前提でも相続登記が必要になるのが通常。令和6年4月1日から義務化 |
| 親族・同族会社売却 | 低額譲渡、みなし贈与、法人税、役員給与・寄附金課税に注意する |
| 相談前資料 | 取得費資料、売却資料、相続税資料、遺産分割資料、特例添付資料を整理する |