損益計算書を見れば、売上、利益、人件費、材料費、委託費の状況はつかめます。けれども、医療機関の経営が本当に安全かどうかは、損益計算書だけでは判断できません。
黒字であっても、手元の現金が少ないことがあります。利益が出ていても、借入返済が重すぎることもあります。医療機器や内装に投資していても、更新の余力が残っていない場合もあります。あるいは、売上は伸びていても、その裏で未収金やリース債務、短期借入が膨らんでいることもあります。
反対に、利益率はそれほど高くなくても、現預金が厚く、借入が抑えられ、設備更新の準備も整っている医療機関も少なくありません。
こうした違いを読み解くために欠かせないのが、貸借対照表です。
貸借対照表は、単なる決算書の一部ではありません。医療機関がこれまでどのように資金を調達し、何に投資し、どれだけ返済し、どの程度の余力を残してきたのかを映し出す資料です。いわば過去の経営判断の蓄積であり、これからの投資・借入・承継を考えるうえでの出発点でもあります。
本稿では、貸借対照表を使って、医療機関の借入、設備、安全性をどう読むべきかを整理していきます。
貸借対照表は「資産」「負債」「純資産」の3つで読む
貸借対照表を読むのに、細かい勘定科目をすべて覚える必要はありません。まずは、次の3つに分けて考えてみてください。
資産は、医療機関が保有しているものです。現預金、医業未収金、棚卸資産、医療機器、内装、建物、土地、ソフトウェア、保証金などが含まれます。
負債は、将来支払うべきものです。買掛金、未払金、未払費用、未払税金、短期借入金、長期借入金、リース債務、退職給付引当金などがこれにあたります。
純資産は、資産から負債を差し引いた残りです。医療法人であれば、基金、出資金、積立金、繰越利益剰余金などが関係します。個人開業医の場合は、貸借対照表を作成しているときでも、事業主貸・事業主借を通じて、院長個人の資金との関係を見ていく必要があります。
医療法人については、医療法上、事業報告書、財産目録、貸借対照表、損益計算書等の作成・保存・届出・監査に関する規定が置かれています。貸借対照表は、税務申告の添付資料というだけにとどまりません。法人運営、行政対応、金融機関への説明、そして承継時の確認資料としても機能するものです。
出典:e-Gov法令検索|医療法
経営者が見るべき貸借対照表のポイントは、「資産が多いか少ないか」ではありません。本当に確認すべきは、次のような関係です。
- 現金は十分に残っているか
- 未収金は適切に回収されているか
- 固定資産は収益を生んでいるか
- 借入金は返済可能な水準か
- リースや分割払いも含めた実質的な債務を見ているか
- 純資産は、過去の利益蓄積として十分か
- 将来の設備更新や、分院・在宅医療の展開に耐えられるか
つまり貸借対照表は、医療機関の「安全性」を読むための資料なのです。
現預金は、利益よりも先に見る
貸借対照表で最初に確認したいのは、現預金です。
利益が出ているかどうかよりも、まずは手元資金がどれだけあるかを見ます。なぜなら、給与、賞与、家賃、リース料、借入返済、税金、材料仕入、外注費は、いずれも利益ではなく現金で支払うものだからです。
医療機関では、売上の大部分が社会保険診療報酬として後日入金されます。窓口収入は日々入ってきますが、保険請求分は、請求から入金までに時間差があります。さらに、返戻・査定、患者さんの未収、労災・自賠責、健診委託料などがあると、会計上の売上と実際の入金タイミングは一致しません。
そのため貸借対照表を見るときは、月末の現預金残高だけを単独で見るのではなく、次の支払予定とあわせて確認します。
- 給与・賞与
- 社会保険料
- 源泉所得税
- 消費税、法人税、所得税、住民税、事業税
- 借入元本の返済
- 支払利息
- リース料
- 家賃
- 医薬品・診療材料の支払
- 医療機器・内装工事の未払金
- 修繕・保守契約の支払
- 退職金や採用関連費用
ひとつの目安として、少なくとも月商1〜2か月分の現預金があるかを確認することがあります。ただし、これは万能な基準ではありません。賞与支給月、納税月、借入返済額、自由診療比率、在宅医療の人員体制、設備投資計画によって、必要な手元資金は変わってくるからです。
大切なのは、「今月末にいくらあるか」だけでなく、「3か月後に支払が集中しても耐えられるか」という視点です。
貸借対照表上の現預金は、あくまでその時点の残高にすぎません。経営判断の場面では、資金繰り表と組み合わせて、将来の資金残高を読んでいく必要があります。
未収金は、売上ではなく「回収される資産」として見る
医療機関の貸借対照表で重要になるのが、医業未収金です。
未収金は、まだ入金されていない売上です。会計上は資産ですが、回収されなければ現金にはなりません。ですから、未収金が増えているときは、単に売上が伸びているのか、回収が遅れているのか、それとも患者さんの未収が滞留しているのかを、分けて確認する必要があります。
とくに見ておきたいのは、次の点です。
- 社会保険診療報酬の未収金
- 国保・社保・後期高齢者等の入金予定
- 返戻・査定の処理状況
- 患者さんの負担分の未収金
- 労災・自賠責・公費等の未収金
- 健診・予防接種・自治体委託料の未収金
- 自由診療・物販の未収金
- 長期滞留している未収金
- 貸倒れの可能性がある未収金
未収金が増えている場合は、売上増加にともなう自然な増加なのか、それとも回収遅延なのかを見極めます。月次で見るのであれば、未収金残高を売上に対して何か月分抱えているかを確認すると、異常値に気づきやすくなります。
たとえば、保険診療中心の診療所で、毎月の請求・入金サイクルが安定しているにもかかわらず未収金が急に増えた場合、会計処理の遅れ、入金照合の未実施、返戻・査定処理の滞留、患者さんの未収の放置などが考えられます。
未収金は、金融機関や承継・M&Aの場面でも見られる項目です。売上が大きくても、未収金が膨らんでいれば、実際の資金回収力に疑問符がつきます。長期滞留債権が多い場合、貸借対照表上の資産価値は、見た目より低いかもしれません。
医療法人会計では、重要な会計方針として、資産の評価基準や引当金の計上基準等を注記することが求められます。そのため、未収金をどう評価し、貸倒れをどう見込むかは、単なる経理処理にとどまらず、財政状態の説明に関わる論点になってきます。
固定資産は「持っていること」ではなく「収益を生んでいること」が重要
医療機関の貸借対照表では、固定資産も重要です。
固定資産には、医療機器、検査機器、内装、建物附属設備、什器備品、車両、ソフトウェア、電子カルテ関連設備、保証金などが含まれます。病院や有床診療所では、建物、病棟設備、大型医療機器、不動産の影響がさらに大きくなります。
ここで誤解しやすいのは、固定資産が多いほど経営が強い、というわけではない、という点です。
高額な医療機器を導入していても、稼働率が低ければ投資回収は進みません。内装に多額の投資をしていても、それが患者数・診療単価・患者満足・スタッフ動線に結びついていなければ、財務的には重い固定費を抱えているだけ、ということになります。
固定資産を見るときは、次のような問いを持っておきたいところです。
- その設備は、どの診療収益を生んでいるか
- 稼働率はどの程度か
- 医師・スタッフの生産性を高めているか
- 患者さんの満足や診療品質に寄与しているか
- メンテナンス費用や保守料はどの程度か
- 更新時期はいつか
- 借入期間・リース期間と設備の耐用年数は合っているか
- 除却・廃棄・移転時の費用を見込んでいるか
- 税務上の減価償却と、実際の使用可能期間にズレはないか
- 承継・M&A時に、買い手が価値を認める資産か
貸借対照表の固定資産は、取得価額から減価償却を差し引いた帳簿価額で表示されることが多いものですが、帳簿価額と実際の経営価値は一致しません。すでに古くなった設備でも、診療現場で十分に機能しているものはあります。反対に、帳簿価額が残っていても、低稼働・老朽化・保守切れ・更新予定のために、経営上の価値が低くなっているものもあります。
また、医療機器や内装工事については、会計上の固定資産管理だけでなく、税務上の減価償却、修繕費と資本的支出の区分、固定資産税(償却資産)の申告、リース会計、消費税の届出・課税関係なども関わってきます。修繕費と資本的支出は、名称ではなく実質で判断され、資産の価値を高めたり、使用可能期間を延長したりする部分は、資本的支出として取り扱われます。
出典:国税庁|No.5402 修繕費とならないものの判定
設備投資を行うときは、「節税になるか」だけで判断してはいけません。減価償却によって利益は圧縮されても、借入返済やリース料の支払は、現金で続いていくからです。
固定資産は、貸借対照表の資産であると同時に、将来の資金負担を生む投資でもあるのです。
リースは「借入ではないから軽い」とは限らない
医療機器や電子カルテ、検査機器、車両などでは、リースを利用することがあります。
リースは初期資金を抑えられるため、資金繰り上は有効な選択肢になることがあります。しかし、リース料は毎月の固定支出になります。借入金として表示されていない場合でも、実質的には将来の支払義務を負っている、という点には注意が必要です。
医療法人会計では、ファイナンス・リース取引について、リース資産・リース債務の会計処理や注記が論点になります。所有権移転外ファイナンス・リース取引については、一定の場合に賃貸借処理が許容される取扱いがある一方で、賃貸借処理をした場合でも、リース料総額や未経過リース料残高の注記が必要となる場合があります。
経営者が見るべきなのは、会計表示上の借入金だけではありません。
- 銀行借入
- 日本政策金融公庫等の借入
- 信用保証協会付き融資
- リース債務
- 割賦購入
- 親族・役員からの借入
- MS法人や関連法人との未払金
- 承継時の持分取得資金
- 個人開業医の場合の事業関連ローン
これらをすべて一覧にして、毎月の固定返済額を把握する必要があります。
「借入金は少ないが、リース料が重い」。「銀行借入は少ないが、医療機器の分割払いが複数ある」。「法人の借入は抑えているが、院長個人が事業関連のローンを背負っている」。
こうした状態では、貸借対照表だけを表面的に見ても、安全性を見誤ってしまいます。
借入とリースは、会計処理が異なることがあります。しかし、資金繰りの上では、いずれも将来の支払であることに変わりはありません。
借入金は「残高」よりも「返済原資」で見る
貸借対照表上の借入金は、医療機関の安全性を判断するうえで中心的な項目です。
ただし、借入金の残高だけを見ても、判断はできません。同じ1億円の借入でも、年商3億円で安定した利益があり、現預金も厚い医療機関と、年商8,000万円で現金が薄く、返済が重い医療機関とでは、その意味がまったく異なるからです。
診療所経営では、借入金を安定時売上高の1.5倍以内に抑えることを、ひとつの目安として考えることがあります。もっとも、これは「1.5倍以内なら安全」という意味ではありません。むしろ、1.5倍に近づくほど返済負担を慎重に見るべき警戒ライン、ととらえるのが適切です。
借入金を見るときは、次の順序で確認していきます。
まず、借入残高の総額を把握します。次に、その残高を年間売上高で割ります。さらに、毎月の元本返済額と支払利息を確認します。そのうえで、税引後利益と減価償却費から返済原資を見ます。最後に、返済後に現金が残るかどうかを、資金繰り表で確認します。
ここで重要なのは、元本返済は損益計算書の費用ではない、という点です。
支払利息は費用になりますが、借入元本の返済は費用になりません。ですから、損益計算書では黒字でも、元本返済によって現金が減り、資金繰りが苦しくなる、ということが起こり得ます。
返済能力を見るときは、次のように考えます。
税引後利益 + 減価償却費 − 借入元本返済 − 設備更新支出 − 役員報酬・院長個人の生活資金への影響 − 税金・賞与等の支払予定 = 実際に残る資金
医療法人の場合は、法人の利益と役員報酬を分けて見ます。個人開業医の場合は、事業利益と、院長個人の生活費・住宅ローン・教育費・資産運用とを切り離して見る必要があります。
「医院は黒字だが、院長個人の手元資金が残らない」という状態は、個人開業では珍しくありません。これは単なる生活費の問題ではなく、事業の資金繰り、税金、借入返済、そして将来の承継可能性にも影響してくる問題です。
借入期間と設備の寿命が合っているか
設備投資を借入で行う場合は、借入期間と投資対象の寿命が合っているかを確認します。
たとえば、耐用年数や実際の使用期間が短い医療機器を、長期借入で購入したとします。すると、機器の更新時期が来ても、借入残高がまだ残っている、ということが起こります。反対に、長く使う建物・内装・大型設備を短期間で返済しようとすると、月々の資金繰りが重くなりすぎてしまいます。
設備投資では、次のような対応関係を見ていきます。
- 医療機器の使用予定期間
- 保守契約の期間
- 技術的な陳腐化の可能性
- 診療報酬改定による収益性の変化
- 借入返済期間
- リース期間
- 毎月の返済・リース料
- 設備から生まれる売上・利益
- 更新時の追加投資
- 廃棄・除却費用
日本政策金融公庫の新規開業・スタートアップ支援資金では、設備資金・運転資金の両方が資金使途とされており、設備資金は20年以内、運転資金は10年以内という返済期間が示されています。ただし、実際の融資条件は、制度、審査、資金使途、事業計画、担保・保証、金融機関の判断によって異なります。
出典:日本政策金融公庫|新規開業・スタートアップ支援資金
借入期間を長くすれば、毎月の返済は軽くなりますが、その分、総返済期間は長くなります。短くすれば早く完済できますが、月次の資金繰りは重くなります。
設備投資の判断では、「借りられるか」ではなく、「投資対象が資金を生む期間と、返済期間が合っているか」を見るべきなのです。
純資産は、過去の利益蓄積と将来余力を示す
貸借対照表の純資産は、医療機関の安全性を見るうえで重要な項目です。
純資産が厚い医療機関は、過去に利益を蓄積し、内部留保を積み上げてきた可能性があります。もちろん、医療機関は利益を分配するためだけの事業体ではありません。それでも、医療を継続していくためには、将来の設備更新、採用、賞与、災害対応、制度変更、承継に備える資金余力が欠かせません。
純資産を見るときは、次の点を確認します。
- 繰越利益剰余金は十分か
- 赤字が続き、純資産が薄くなっていないか
- 多額の借入に対して、自己資本が少なすぎないか
- 医療法人の基金・出資金・積立金の内容を理解しているか
- 役員退職金や、承継時の資金需要を考慮しているか
- 持分あり医療法人の場合、出資持分評価や払戻リスクを把握しているか
- 金融機関や後継者に、純資産の内容を説明できるか
ただし、純資産が厚いからといって、ただちに資金繰りが安全とは限りません。固定資産に資金が偏っていて、現預金が薄い場合もあるからです。逆に、純資産が大きくなくても、現預金が厚く、借入が少なく、固定費が抑えられている場合もあります。
ですから、純資産は単独で見るのではなく、現預金、固定資産、借入金、返済予定とあわせて読んでいきます。
医療法人では、法人運営の透明性や、財務情報の説明責任も重要になります。令和5年8月以降に決算期を迎える医療法人については、病院・診療所ごとの経営情報等の報告制度も導入されており、制度の面でも、医療法人の経営情報を適切に整理・報告する流れが強まっています。
出典:厚生労働省|医療法人に関する情報の調査及び分析等について
安全性を見るための主要指標
貸借対照表を読むときは、数字を並べるだけでは十分ではありません。経営判断に使うためには、いくつかの指標に落とし込んでいく必要があります。
ただし、指標は万能ではありません。医療機関の診療科、開業年数、法人形態、設備投資のタイミング、在宅医療の有無、自由診療比率、病床の有無によって、適正水準は変わってきます。
その前提のうえで、次の指標は、毎月または四半期で確認しておきたいところです。
現預金月商倍率
現預金が、月商の何か月分あるかを見ます。
現預金 ÷ 月商
少なくとも月商1〜2か月分を、ひとつの目安にすることがあります。ただし、賞与・税金・借入返済・設備投資が重なる月を見込んでおく必要があります。開業直後、移転直後、分院開設直後、在宅医療導入直後は、より厚い手元資金が必要になることもあります。
借入金対売上高倍率
借入金が、年間売上高の何倍かを見ます。
借入金残高 ÷ 年間売上高
診療所では、安定時売上高の1.5倍以内を目安として見ることがありますが、これは安全の保証ではありません。利益率、返済期間、現預金、設備更新需要、院長個人の資金需要まで含めて判断します。
借入返済年数
借入金を、何年で返せるかを見ます。
借入金残高 ÷ 返済原資
返済原資は、税引後利益に減価償却費を加えた金額を基礎に考えます。ただし、実際には、設備更新、税金、賞与、役員報酬、運転資金を差し引いて考える必要があります。
固定長期適合率
固定資産が、長期資金でまかなわれているかを見ます。
固定資産 ÷(固定負債+純資産)
医療機器や内装、建物などの長期資産を、短期借入や短期支払でまかなっている場合、資金繰りが不安定になります。大型投資は、返済期間と投資対象の寿命を合わせることが重要です。
自己資本比率
資産に対する純資産の割合を見ます。
純資産 ÷ 総資産
自己資本比率が低い場合、借入依存度が高く、金利上昇や売上減少への耐性が弱くなる可能性があります。ただし、開業直後や大型投資直後は低くなりやすいため、計画上いつ改善するのかを確認します。
未収金回転期間
未収金が、売上に対してどの程度残っているかを見ます。
未収金 ÷ 月商
保険診療中心の医療機関では、請求・入金サイクルがある程度決まっています。通常より未収金が大きくなっている場合は、入金遅延、返戻・査定、患者さんの未収、会計処理の遅れを確認します。
金融機関は貸借対照表のどこを見るか
金融機関は、医療機関を見るときに、売上や利益だけを見ているわけではありません。
とくに設備投資、移転、分院、運転資金借入、借換、リスケジュール、経営改善計画の場面では、貸借対照表の内容が重要になります。
金融機関が確認する主なポイントは、次のとおりです。
- 現預金は十分か
- 医業未収金は正常に回収されているか
- 固定資産の内容は、事業に必要なものか
- 借入金は過大ではないか
- 毎月の返済額は、利益・キャッシュ・フローでまかなえるか
- リースや分割払いを含めた返済負担はどうか
- 純資産は十分か
- 赤字が続いていないか
- 院長個人と法人・事業の資金が混在していないか
- 月次試算表や資金繰り表が、適時に作成されているか
- 事業計画と返済計画が整合しているか
経営者保証の見直しや、経営者保証なし融資を検討するうえでも、法人と経営者の資産・資金の明確な区分、法人のみの資産・収益力による返済可能性、金融機関への適時適切な財務情報の開示が、重要な観点とされています。
出典:中小企業庁|経営者保証
これは、医療法人にとっても大切な視点です。法人と理事長個人の資金が曖昧なままでは、金融機関、後継者、買い手、行政、顧問専門家に対して、説明がしにくくなってしまいます。
貸借対照表は、金融機関に見せるためだけの資料ではありません。しかし、金融機関に説明できる貸借対照表を作ることは、結果として、自院の経営管理を強くすることにつながります。
設備投資を判断するときの貸借対照表の見方
医療機関では、設備投資が経営を大きく左右します。
電子カルテ、予約システム、Web問診、検査機器、画像診断機器、内視鏡、リハビリ機器、在宅医療用車両、内装更新、空調、待合室改善、分院開設、移転、病院建替えなど、投資の対象は多岐にわたります。
設備投資の前には、損益計算書だけでなく、貸借対照表を確認します。
まず、現預金が十分かを見ます。次に、既存の借入とリース債務を確認します。さらに、固定資産の更新予定を確認します。そのうえで、新規投資後の借入残高、返済額、現金残高をシミュレーションします。
設備投資の判断で、とくに確認しておきたいのは、次の問いです。
- 投資後の借入残高は、安定時売上高の何倍になるか
- 毎月の元本返済額は、いくら増えるか
- 支払利息やリース料は、いくら増えるか
- 設備の稼働率は、どの程度を見込むか
- 投資によって、診療単価、患者数、診療効率はどう変わるか
- スタッフ数や教育負担は増えるか
- 保守料、消耗品、委託費は増えるか
- 診療報酬改定や制度変更の影響はあるか
- 投資回収まで、何年かかるか
- 計画未達の場合でも、返済できるか
- 追加融資が受けられない場合でも、資金繰りは回るか
投資は、前向きな経営判断です。しかし、数字で検証しない投資は、将来の資金繰りを縛るリスクになります。
とくに、売上が横ばいのまま設備更新のたびに借入を増やしている医療機関、古い借入が残ったまま新たな大型投資を重ねている医療機関、借入返済のために追加借入を行っている医療機関は、早めに貸借対照表と資金繰りを見直すべきです。
個人開業医と医療法人で、貸借対照表の読み方は変わる
個人開業医と医療法人では、貸借対照表の読み方に違いがあります。
個人開業医の場合、事業と個人の資金が混ざりやすい点に注意が必要です。事業用通帳、生活費、住宅ローン、教育費、資産運用、個人の借入、家族への支払が混在すると、医院としては利益が出ていても、院長個人の資金繰りが苦しくなる、ということが起こり得ます。
ですから個人開業医では、医院の貸借対照表だけでなく、院長個人の資産・負債・生活資金まで含めて見ていく必要があります。
一方、医療法人では、法人と理事長個人の区分が、より重要になります。
- 法人の現預金
- 法人の借入金
- 役員報酬
- 役員貸付金・役員借入金
- MS法人や関係事業者との取引
- 基金・出資金・積立金
- 役員退職金の準備
- 医療法人の事業報告書等
- 社員総会・理事会の決議
- 監事監査・外部監査の対象該当性
医療法人は、法人格を持つ以上、法人の資産と個人の資産を明確に分けて管理する必要があります。法人の資金を個人の財布のように扱うことは、税務、法人運営、金融機関対応、承継・M&Aの場面で問題になります。
貸借対照表は、その区分が整っているかを確認する資料でもあるのです。
承継・M&Aで問われる貸借対照表
貸借対照表の整備は、日常の経営だけでなく、承継やM&Aにも直結します。
後継者や買い手が医療機関を見るとき、損益計算書だけでは判断できません。過去の利益があっても、借入が重すぎる、設備が老朽化している、未収金が回収困難、リース契約が複雑、関連当事者取引が不明確、固定資産台帳が整備されていない――こうした状態では、承継の可能性は下がってしまいます。
承継・M&Aで確認されやすい、貸借対照表上の項目は次のとおりです。
- 現預金残高
- 医業未収金の内訳
- 長期滞留債権
- 棚卸資産の実在性
- 固定資産台帳
- 医療機器の稼働状況
- 内装・建物附属設備の状態
- リース契約
- 借入金一覧
- 返済予定表
- 担保・保証
- 役員貸付金・役員借入金
- 未払金・未払費用
- 税金・社会保険料の未納の有無
- 純資産の内容
- 持分あり医療法人の場合の出資持分
- 関係事業者との取引
承継・M&Aの価格評価では、時価純資産、収益力、将来キャッシュ・フロー、患者基盤、スタッフ、設備、借入、リスクが総合的に確認されます。つまり、貸借対照表の整備は、将来の出口戦略を支える準備でもあるのです。
「まだ承継は先」と考えている医療機関ほど、早めに貸借対照表を整えておくべきです。承継の直前になって、固定資産台帳、借入一覧、リース契約、未収金、役員貸借を整理しようとしても、過去の資料が不足し、説明が難しくなることがあります。
毎月確認すべき貸借対照表の項目
貸借対照表は、年に1回だけ見ても十分ではありません。
医療機関の経営に使うのであれば、月次で次の項目を確認します。
- 月末現預金
- 医業未収金
- 患者さんの未収金
- 棚卸資産
- 固定資産の増減
- 未払金・未払費用
- 未払税金
- 短期借入金
- 長期借入金
- リース債務
- 役員貸付金・役員借入金
- 純資産
- 借入返済予定
- 設備更新予定
- 3か月先までの資金繰り
とくに、月次試算表では、損益計算書だけでなく、貸借対照表も確認します。
現金が減っているのに利益が出ている。未収金が増えている。未払金が増えている。借入が増えている。固定資産が増えている。リース料が増えている。役員貸付金が増えている――。
こうした変化は、損益計算書だけでは見えにくいものです。貸借対照表を見ることで、資金の流れと、将来の負担が見えてきます。
相談前に整理しておきたい資料
貸借対照表をもとに、借入・設備・安全性を専門家に相談する場合は、次の資料を準備しておくと、相談の質が高まります。
- 直近3期分の決算書
- 直近の月次試算表
- 貸借対照表の勘定科目内訳
- 借入金一覧
- 返済予定表
- 金融機関別の借入条件
- リース契約一覧
- 固定資産台帳
- 医療機器・内装・設備の投資履歴
- 設備更新予定表
- 医業未収金の内訳
- 滞留未収金の一覧
- 未払金・未払費用の内訳
- 税金・社会保険料の納付状況
- 3か月先から12か月先までの資金繰り表
- 今後の設備投資・採用・分院・在宅医療等の計画
- 医療法人の場合は、事業報告書等、定款、議事録、役員名簿
- 個人開業医の場合は、院長個人の借入・生活資金・資産状況の概要
貸借対照表の相談は、単に「借入が多いか少ないか」を判定する場ではありません。
自院がどの程度の資金余力を持ち、どの設備を維持・更新し、どの借入を返済しながら、どの成長投資に進んでいくのか。それを整理する場です。
まとめ:貸借対照表は、医療機関の将来余力を示す
医療機関の経営判断では、損益計算書だけでなく、貸借対照表を見る必要があります。
損益計算書は、一定期間の売上と利益を示します。一方、貸借対照表は、その利益がどの程度現金として残り、どの資産に投資され、どの借入として将来の返済を迫られているかを示します。
現預金が薄ければ、黒字でも不安定です。未収金が膨らめば、売上があっても現金化されていません。固定資産が多くても、稼働していなければ収益を生みません。借入が多ければ、将来の利益が返済に使われます。純資産が薄ければ、制度変更や投資失敗への耐性が弱くなります。
貸借対照表を読むことは、過去を振り返る作業であると同時に、将来の選択肢を守る作業でもあります。
設備投資、採用、分院、在宅医療、法人化、承継、M&A。こうした判断を感覚だけで行わないためには、貸借対照表を月次で確認し、資金繰り表、事業計画、固定資産台帳、借入一覧とつなげていく必要があります。
最後に、本稿の重要事項を振り返っておきます。
| 確認項目 | 見るべき内容 | 経営判断上の意味 |
|---|---|---|
| 現預金 | 月末残高、月商何か月分か、3か月先の資金繰り | 黒字でも資金ショートしないかを確認する |
| 医業未収金 | 保険請求分、患者さんの未収、返戻・査定、滞留債権 | 売上が実際に回収されるかを確認する |
| 固定資産 | 医療機器、内装、建物附属設備、ソフトウェア、保証金 | 投資が収益・効率・患者価値に結びついているかを見る |
| リース・分割払い | リース料、未経過リース料、割賦支払、契約期間 | 借入金に見えない固定支出を把握する |
| 借入金 | 総借入残高、売上高倍率、毎月返済額、金利 | 借入が過大でないか、返済可能かを判断する |
| 返済原資 | 税引後利益+減価償却費−元本返済 等 | 損益上の黒字ではなく、実際に返済できるかを見る |
| 純資産 | 繰越利益、基金・出資金、積立金、自己資本比率 | 過去の利益蓄積と将来の耐久力を確認する |
| 設備更新余力 | 更新予定、保守費、追加投資、除却費 | 将来必要な投資に備えられているかを見る |
| 金融機関対応 | 月次資料、資金繰り表、借入一覧、事業計画 | 融資・借換・保証見直しに耐える説明資料を整える |
| 承継・M&A対応 | 固定資産台帳、借入契約、未収金、役員貸借、純資産 | 後継者・買い手・外部関係者に説明できる状態を作る |
貸借対照表を、経営判断に使える資料へ整えるために
貸借対照表を見ても、何を優先して改善すべきか分からない。借入残高、リース、設備更新、現預金、未収金を一体で整理したい。金融機関に説明できる月次資料や資金繰り表を整えたい。将来の分院、在宅医療、法人化、承継に向けて、いまの財務状態を確認したい。
このような場合は、決算書を眺めるだけでなく、月次試算表、借入一覧、固定資産台帳、資金繰り表を、同じ前提で整理することが出発点になります。
犬飼公認会計士・税理士事務所では、医療機関の会計・税務・資金繰り・設備投資・法人運営を、経営判断に使える数字として整理するご相談を承っています。
自院の貸借対照表を、借入・設備・安全性の判断に使える状態へ整えたい方は、以下のお問い合わせページからご相談ください。