事業計画や中期計画は、つくっただけでは経営を動かしません。毎月の実績と照らし合わせて初めて、改善のサイクルが回り始めます。
計画を立てた時点では、売上や患者数、人件費、設備投資、借入返済、資金繰りについて、一定の見通しを置いているはずです。ところが実際の医療機関経営では、患者数の変動や診療報酬改定、スタッフの退職・採用、材料費や外注費の上昇、未収金、設備修繕、賞与、納税など、さまざまな要因が重なります。その結果、計画と実績は必ずと言っていいほどズレていきます。
ここで押さえておきたいのは、ズレること自体は問題ではない、という点です。
本当に問題になるのは、ズレに気づくのが遅れること、ズレの原因を分解できないこと、そして原因がわかっても次の行動に変わらないことです。
予実管理とは、予算と実績を比べ、差異の原因を確かめ、次の行動を修正していくための仕組みです。医療機関にとっての予実管理は、単なる管理資料ではありません。採用、投資、資金繰り、診療体制、在宅医療、分院、法人運営、承継準備──こうした判断を支える、月次の経営会議そのものだと考えています。
経営計画は、つくった後にこそ意味が問われます。毎月のPlan・Do・Check・Actのサイクルで管理し、KPIや重要成功要因と結びつけながら運用していく。計画と実績の差異を検証し、改善策を翌月以降に反映する仕組みがなければ、どれほど立派な計画も実行には移りません。
この記事では、医療機関が予算と予実管理をどう設計し、月次で何を確認し、差異をどのように改善アクションへつなげればよいのかを整理していきます。
予算は「守るための枠」ではなく「判断するための基準」である
予算という言葉には、支出を制限する、現場を縛る、経費を削る──そんな印象がつきまといがちです。
けれども、医療機関経営における予算の本来の役割は、コスト統制だけにとどまりません。
予算とは、院長・理事長・事務長・幹部スタッフ・外部専門家が、同じ前提に立って経営状態を確認するための基準です。
たとえば売上が前年同月より増えていても、予算を下回っているなら、計画した施策が思うように機能していない可能性があります。反対に、利益が予算を上回っていても、それが採用を先送りして人件費が少なかっただけだとすれば、将来の診療体制に課題を残しているかもしれません。
ですから予算を見るときは、「上回った」「下回った」だけで終わらせず、その中身まで読み解く必要があります。
- 売上は予算を達成したが、患者数で達成したのか、単価で達成したのか
- 利益は予算を上回ったが、必要な投資や採用を先送りしただけではないか
- 人件費は予算内だが、現場の残業や離職リスクは増えていないか
- 資金残高は想定どおりだが、納税や借入返済を終えても安全水準を保てるか
- 外来は順調だが、在宅医療や自由診療の採算は見えているか
医療法人の経理規程モデルにおいても、予算は事業年度の業務運営に関する計画を計数として明確にしたものと位置づけられ、その編成・執行・分析、関係部門への助言といった役割が整理されています。
つまり予算とは、「使ってはいけない金額の一覧表」ではありません。自院の経営判断を、後から検証できるようにするための基準なのです。
予実管理がない医療機関で起きやすいこと
予実管理がなくても、日々の診療は回ります。患者数や売上、通帳残高も、なんとなくは把握できているでしょう。
しかし予実管理がないと、経営判断はどうしても後手に回りがちです。
売上減少に気づくのが遅れる
売上が下がったとき、まず確認すべきは総額ではありません。中身に分けて見ていく必要があります。
- 患者数が減ったのか
- 診療単価が下がったのか
- 診療日数が少なかったのか
- 初診が減ったのか
- 再診の継続が弱くなったのか
- 返戻・査定が増えたのか
- 自由診療や健診が減ったのか
この分解ができないと、「最近なんとなく患者さんが少ない」「広告を増やした方がいいのではないか」といった、感覚的な議論に流れてしまいます。
診療所経営では、外来患者数、初診率、診療圏、人件費率、設備投資、借入金、在宅医療など、複数の数値を組み合わせて状態を読む必要があります。売上総額だけを眺めていても、自院の経営課題は説明できません。
人件費の増加を「悪いこと」とだけ見てしまう
人件費が予算を上回ったとき、それを単純に「人件費が増えたから悪い」と片づけるのは危険です。
人件費が増える背景には、少なくとも次のような理由が考えられます。
- 常勤を採用した
- パートの勤務時間が増えた
- 残業が増えた
- 賞与を支給した
- 社会保険料が増えた
- 給与改定をした
- 採用費や教育費が発生した
- 退職に伴う一時的な費用が出た
このうち、診療体制を強化するための計画的な採用と、業務設計の不備による残業増加とでは、意味がまったく違います。
予実管理がなければ、この違いは見えてきません。
資金繰りの悪化を利益の問題と誤解する
利益が出ていても、手元に資金が残るとは限りません。
医療機関では、借入返済、納税、設備投資、賞与、社会保険料、未収金の増加、リース料、修繕費などによって、利益と資金が大きくズレます。
予実管理で資金繰りの差異を見ていないと、「黒字なのに資金が少ない」という状態の原因を説明できなくなってしまいます。
中小企業庁の早期経営改善計画策定支援でも、経営課題の見える化、アクションプラン、損益計画、資金繰表を一体で整理することが想定されています。医療機関においても、損益計画と資金繰り計画は分けて確認しておきたいところです。
出典:中小企業庁|早期経営改善計画策定支援
医療機関の月次予算に入れるべき項目
医療機関の予算は、細かくつくりすぎると運用が続きません。かといって粗すぎれば、判断には使えません。
大切なのは、毎月の経営判断に使う項目に絞り、同じ前提で継続して見ていくことです。
1. 売上予算
売上予算は、医業収益の総額だけでは不十分です。少なくとも、次のように分けて管理します。
- 保険診療収入
- 自由診療収入
- 健診・予防接種
- 産業医・学校医
- 在宅医療
- 介護関連収入
- 物販・その他収入
さらに外来診療では、次の要素も確認します。
- 患者数
- 初診患者数
- 再診患者数
- 診療単価
- 診療日数
- 来院頻度
- 返戻・査定
- 未収金
売上予算をつくるうえで重要なのは、「前年比何%増」と置いただけで終わらせないことです。
- 患者数を増やすのか
- 単価を改善するのか
- 初診を増やすのか
- 再診の継続を改善するのか
- 検査・処置・医学管理の算定体制を見直すのか
- 在宅医療や自由診療を伸ばすのか
ここまで決めておかなければ、予実差異を見ても原因にたどり着けません。
2. 費用予算
費用予算は、変動費と固定費に分けて考えます。
変動費は、患者数や診療内容に応じて増減しやすい費用です。
- 医薬品費
- 診療材料費
- 検査委託費
- 外注費
- 一部の消耗品費
固定費は、売上が減っても下がりにくい費用です。
- 人件費
- 家賃
- リース料
- 減価償却費
- 保守料
- システム利用料
- 顧問料
- 保険料
- 水道光熱費の基本部分
診療所経営では、変動費と固定費を分け、変動費率と固定費から損益分岐点を把握しておくことが欠かせません。固定費のなかでも、人件費、賃料、減価償却費、リース料などは、採算ラインに大きく影響します。
費用予算は「前年と同じ」で済ませるのではなく、次のような変化を織り込んでおきます。
- 給与改定
- 社会保険料の増加
- 採用予定
- 賞与予定
- 材料費の値上げ
- システム更新
- 設備保守
- リース満了・更新
- 広告費
- 医療機器の修繕
- 物価上昇
とくにスタッフ採用や設備更新を計画している医療機関では、費用予算を実態に合わせてつくらないと、予実管理そのものが機能しません。
3. 人件費予算
人件費は、医療機関にとって最も重要な費用のひとつです。
ただし、人件費は単なるコストではありません。診療体制、患者満足、業務品質、そして院長の負担軽減を支える投資でもあります。
人件費予算では、次の項目を分けて確認します。
- 常勤給与
- 非常勤給与
- 残業代
- 賞与
- 法定福利費
- 採用費
- 教育研修費
- 退職関連費用
- 外部人材・派遣費用
予算管理のうえでとりわけ重要になるのが、残業代と法定福利費です。
人員不足による残業増加は、短期的には採用費を抑えているように見えても、スタッフの疲弊や離職を招くことがあります。逆に、計画的な採用で人件費が増えても、患者数の増加、診療枠の拡大、在宅医療の導入、院長の診療外業務の削減につながる場合もあるのです。
2024年4月からは医師の働き方改革の新制度が施行されています。勤務医を雇用する医療機関はもちろん、院長依存の診療体制を続ける診療所でも、診療時間・業務分担・人員配置を中期的に見直していく必要があります。
出典:厚生労働省|医師の働き方改革
人件費予算は、「人を減らすための表」ではありません。必要な人員を、資金繰りに耐えられる範囲で確保するための表だと捉えています。
4. 設備投資・修繕予算
設備投資や修繕は、月次損益だけでは見えにくい項目です。
- 医療機器
- 電子カルテ
- 予約システム
- 内装
- 空調
- 検査機器
- レントゲン
- 車両
- 歯科ユニット
- 在宅医療用機器
これらは単年度の経費ではなく、借入、リース、減価償却、固定資産管理、資金繰りに影響していきます。
予算では、設備投資を次のように分けて整理します。
- 更新投資
- 成長投資
- 緊急修繕
- リース更新
- システム更新
- 法令・安全性対応
設備投資を損益予算だけに組み込むと、支出のタイミングを見落としてしまいます。投資判断では、実際の支払、借入返済、リース料、減価償却、税務上の取扱いを分けて見ておく必要があります。
5. 資金繰り予算
資金繰り予算は、損益予算とは別につくります。
確認すべき項目は、次のとおりです。
- 月初現預金残高
- 保険診療報酬入金
- 窓口入金
- 自由診療入金
- その他入金
- 給与支払
- 賞与支払
- 家賃支払
- 材料費・外注費支払
- 税金支払
- 社会保険料支払
- 借入返済
- 設備支払
- 月末現預金残高
資金繰り予算で大事なのは、資金ショートを防ぐことだけではありません。
- 採用してよいか
- 賞与をどの程度支給できるか
- 設備投資を先に進めてよいか
- 借入返済に余裕があるか
- 納税資金を確保できているか
- 金融機関に説明できる計画になっているか
こうした判断のために使うことこそが、本来の目的です。
予実管理で見るべき4つの差異
予実管理では、差異をただ一覧化するだけでは足りません。どの差異が重要で、どれが一時的なものなのかを、見極めていく必要があります。
医療機関では、とくに次の4つの差異を重視しています。
売上差異|患者数・単価・診療日数に分解する
売上差異は、最初に見るべき差異です。
ただし、総額だけを見ていると原因を読み違えます。たとえば売上が予算を下回ったとしても、その原因はひとつとは限りません。
- 患者数が少なかった
- 診療日数が少なかった
- 初診患者が減った
- 再診の継続が弱かった
- 診療単価が下がった
- 検査件数が少なかった
- 返戻・査定が増えた
- 健診・自由診療が伸びなかった
- 在宅医療の訪問件数が計画に届かなかった
このうち、単に診療日数が少なかっただけであれば、翌月以降に大きな問題が残らない場合もあります。しかし、初診患者の減少や再診継続の低下となれば、集患、患者満足、診療導線、予約運用、広報まで踏み込んで確認しなければなりません。
売上差異を見るときは、次の順番が実務的です。
- まず、売上総額の差異を見る
- 次に、患者数差異と診療単価差異に分ける
- さらに、初診・再診・自由診療・在宅・健診に分ける
- 最後に、行動に変えられる原因を特定する
ここまで分解しなければ、改善策は「頑張って患者さんを増やす」という曖昧な話で終わってしまいます。
費用差異|削るべき費用と必要な費用を分ける
費用差異は、予算を上回った費用を一律に「悪いもの」として扱うべきではありません。
費用には、削るべき費用と、必要な費用があります。
たとえば広告費が予算を上回っていても、それが初診患者の増加に結びついているなら、一定の意味があります。教育研修費が増えていても、スタッフの定着や業務品質の向上に必要な投資であれば、単純に削るべきではありません。
一方で、材料費率、検査委託費、消耗品、修繕費、通信費、サブスクリプション費用などは、定期的な見直しが必要です。
費用差異は、次のように分類して見ていきます。
- 売上増加に伴う自然な増加
- 価格上昇による増加
- 使用量増加による増加
- 管理不足による増加
- 一時的な費用
- 将来投資として必要な費用
- 予算設定の誤り
とくに材料費や検査委託費については、患者数増加に伴う自然な増加なのか、単価上昇なのか、それとも使用量管理の問題なのかを、分けて確認する必要があります。
人件費差異|採用・残業・生産性に分ける
人件費差異は、医療機関経営のなかでも最も扱いが難しい差異のひとつです。
人件費が予算を上回ったときは、原因を次のように分けて考えます。
- 計画より早く採用した
- 想定より給与水準が高かった
- 残業が増えた
- 賞与が増えた
- 社会保険料が増えた
- 退職・採用に伴う一時費用が発生した
- 生産性が低下した
- 患者数が伸びず、人件費率が上がった
ここで大切なのは、人件費の総額だけを見ないことです。
見るべきは、人件費率、職種別人員、患者数、診療単価、残業時間、離職率、採用予定、教育期間といった複数の指標です。
たとえば採用によって人件費が増えても、その結果、院長の診療外業務が減り、診療枠が広がり、患者満足が改善するのであれば、中期的には必要な投資と言えるかもしれません。
反対に、残業代は増えているのに患者数も売上も伸びていない場合は、業務設計やスタッフ配置に問題が潜んでいる可能性があります。
予実管理では、人件費差異を「削るかどうか」ではなく、「診療体制と採算のバランスが崩れていないか」という視点で読んでいきます。
資金繰り差異|利益ではなく現金の動きを見る
資金繰り差異は、損益差異とは別に確認します。
利益予算を達成していても、資金繰り予算を下回ることがあるからです。その原因には、次のようなものがあります。
- 保険診療報酬の入金タイミング
- 窓口未収金の増加
- 自由診療の入金遅れ
- 賞与支払
- 納税
- 社会保険料
- 借入返済
- 設備投資支払
- リース料
- 一時的な修繕費
- 未払金の支払時期
資金繰り差異で重要なのは、その原因が一時的なものか、構造的なものかを見分けることです。
一時的な納税や賞与で資金が減っただけなら、事前に積立てを行えば対応できます。しかし、毎月の営業キャッシュ・フローが借入返済に届いていないのであれば、それは経営構造の問題です。
予実管理では、月末資金残高だけでなく、今後3か月から6か月の資金繰りまで見通しておくことが、実務上は欠かせません。
予実管理は「月次決算」が遅いと機能しない
予実管理の前提となるのは、月次決算です。
月次試算表が2か月後、3か月後にようやく出てくる状態では、予実管理は機能しません。数字が出そろったときには、すでに次の判断のタイミングを逃しているからです。
医療機関の月次決算では、次の情報を早く、しかも同じ前提で確認する必要があります。
- 保険診療請求額
- 窓口収入
- 未収金
- 返戻・査定
- 自由診療収入
- 健診収入
- 材料費
- 検査委託費
- 給与
- 社会保険料
- 固定費
- 借入返済
- 現預金残高
医療法人の会計実務においても、診療報酬の請求先、審査支払機関への請求・入金、未収金管理、窓口収納、支払業務、資金管理などは、内部管理上の重要な論点として整理されています。医療機関の月次管理では、会計数字と医事データをつなぐことが不可欠です。
月次決算が遅れる主な原因は、資料提出の遅れ、証憑管理の属人化、レセプト・窓口収入・未収金の確認不足、給与・社会保険料の反映遅れ、棚卸や固定資産処理の未整理にあります。
ですから予実管理を始める前に、まずは月次決算の締め日、資料提出のルール、会計処理の前提を整えておく必要があります。
実務上の月次予実管理サイクル
医療機関の予実管理は、複雑な制度に仕立てる必要はありません。
大切なのは、毎月同じ流れで確認を続けることです。
月初から10営業日前後までに月次数字を固める
まずは、前月の月次数字を固めます。
この段階で、年度決算レベルの完璧さを目指す必要はありません。ただし、経営判断に影響する項目だけは、毎月同じ前提で処理しておく必要があります。
確認すべき主な項目は、次のとおりです。
- 売上計上
- 未収金
- 窓口収入
- 返戻・査定
- 給与
- 材料費
- 外注費
- 固定費
- 借入返済
- 現預金残高
年度決算で精緻化する項目があったとしても、月次では一定の見積りや簡便処理を決めておき、毎月同じ方法で比較できるようにします。
月中に予実会議を行う
数字が固まったら、月のなかばに予実会議を開きます。
参加者は規模によって変わりますが、院長・理事長、事務長、経理担当者、必要に応じて幹部スタッフや外部専門家が加わる形が、実務的にはやりやすいでしょう。
会議では、細かい費目をすべて読み上げる必要はありません。見るべき順番は、次のとおりです。
- 売上予算と実績
- 患者数・単価・診療日数
- 費用差異
- 人件費差異
- 利益差異
- 資金繰り差異
- 主要施策の進捗
- 次月の改善アクション
経営計画の進捗管理では、計画と実績の差異を検証し、実績が計画を下回っている場合には対策を検討したうえで、行動計画の進捗とPDCAの運用状況を確認することが重要になります。
会議の最後に「次月の行動」を決める
予実会議で最も重要なのは、説明ではなく意思決定です。
会議の終わりには、必ず次月の行動を決めます。たとえば、次のような形です。
- 初診患者が予算を下回ったため、公式サイトの診療科ページを見直す
- 再診患者の継続が弱いため、予約案内と説明資料を改善する
- 材料費率が上がったため、主要品目の単価と使用量を確認する
- 残業代が増えているため、受付業務のピーク時間を分析する
- 在宅医療の訪問件数が計画未達のため、連携先への情報提供を見直す
- 資金残高が想定を下回ったため、設備投資の支払時期を再調整する
次月の行動が決まらない予実会議は、結局のところ単なる報告会で終わってしまいます。
予実管理で使う指標は多すぎても少なすぎてもいけない
医療機関の予実管理では、KPIを大量に並べてしまうことがあります。
しかし、KPIが多すぎると、現場は何を重視すべきか分からなくなります。
毎月見るべき基本指標は、まずは次の程度で十分です。
- 売上高
- 患者数
- 初診患者数
- 診療単価
- 営業利益
- 現預金残高
- 借入返済額
- 人件費率
- 材料費率
- 未収金
- 採用・離職状況
在宅医療、自由診療、健診、分院、病床などがある場合は、それぞれに機能別のKPIを追加していきます。
ただし忘れてはならないのは、KPIは「見るための数字」ではなく「判断するための数字」だということです。数字を見ても行動が変わらない指標は、思いきって優先順位を下げてかまいません。
予実管理で避けたい5つの失敗
1. 予算を作って終わる
最も多い失敗は、予算をつくっただけで満足してしまうことです。
予算は、作成した時点では仮説にすぎません。実績と照らし合わせ、その仮説が合っていたかどうかを毎月確かめて、初めて意味を持ちます。
2. 差異の説明だけで終わる
「売上未達の理由は患者数の減少です」 「人件費増加の理由は残業です」 「資金減少の理由は納税です」
これだけでは、予実管理とは言えません。
予実管理では、原因を確かめたうえで、次に何を変えるかまで決める必要があります。
3. 予実会議が責任追及の場になる
差異が出たときに担当者を責める会議になってしまうと、かえって数字は見えにくくなります。
現場は、悪い数字を出したくなくなり、見せ方を整える方向に動いてしまうからです。
予実管理の目的は、責任追及ではありません。早期発見と改善にあります。
4. 資金繰りを見ていない
損益予算だけを見ていると、黒字でも資金不足に陥るリスクを見落とします。
医療機関では、借入返済、納税、賞与、設備投資、未収金が、資金繰りに大きく影響します。だからこそ予実管理では、必ず資金繰り差異も見ます。
5. 予算を修正しない
外部環境や内部体制が大きく変わったときには、予算の修正が必要です。
- 診療報酬改定
- スタッフ退職
- 採用難
- 材料費上昇
- 設備故障
- 新規サービスの開始遅れ
- 患者動向の変化
こうした変化があってもなお当初予算を使い続けると、予算は少しずつ現実から離れていきます。
診療報酬改定は、医療機関の売上、施設基準、賃上げ、医療DX、感染症対応などにも影響しうるものです。改定内容や関連通知を踏まえて、予算を見直しておきたいところです。
出典:厚生労働省|令和6年度診療報酬改定について
予算は、守り続けるものではありません。経営判断に使い続けるものです。
医療機関の予実管理で特に注意すべき論点
レセプト・窓口収入・未収金を会計とつなぐ
医療機関では、売上管理が一般企業よりも複雑です。
保険診療報酬は、診療月、請求月、入金月がそれぞれズレます。そこに窓口負担、未収金、返戻、査定も加わります。
そのため予実管理では、会計上の売上だけでなく、医事データとの整合性まで確認する必要があります。
とくに確認しておきたいのは、次の点です。
- レセプト請求額と会計売上の整合
- 審査支払機関からの入金差異
- 返戻・査定の内容
- 窓口未収金
- 自由診療の入金状況
- 労災・自賠責等の請求状況
ここが曖昧なまま予実管理を進めても、売上差異の原因にはたどり着けません。
診療科・機能別に採算を見る
全体では黒字でも、機能別に見ると赤字になっている場合があります。
- 外来
- 在宅医療
- 自由診療
- 健診
- 検査
- 分院
- 病床
- 介護・周辺事業
これらは、売上構造、人件費、直接費、共通費、稼働率がそれぞれ異なります。
予実管理では、必要に応じて部門別・機能別の予算をつくります。厳密な原価計算制度までは不要でも、少なくとも「どの機能が利益を生んでいるのか」「どの機能が資金を使っているのか」は、見えるようにしておきたいところです。
医療法人では理事会・社員総会への説明も意識する
医療法人の場合、予実管理は内部資料にとどまりません。
法人として、決算、事業報告、監事監査、社員総会、理事会、行政届出、金融機関への説明とつながっていきます。
医療法人では、事業報告書、財産目録、貸借対照表、損益計算書、監事監査報告書などの作成・届出が求められる場面があります。予実管理によって、月次の段階から法人として説明できる数字を整えておくことが重要です。
出典:厚生労働省|医療法人における事業報告書等の様式について
予実管理を続けている医療法人は、年度末に慌てて説明資料をつくるのではなく、月次の時点から意思決定の過程を残していくことができます。
予実管理を経営改善につなげるための実務ポイント
1. 予算は細かくしすぎない
最初から大企業型の詳細な予算制度をつくる必要はありません。
小規模なクリニックであれば、まずは次の項目で十分です。
- 売上
- 患者数
- 診療単価
- 人件費
- 材料費・外注費
- 固定費
- 営業利益
- 借入返済
- 現預金残高
運用できる範囲から始めることが、何より大切です。
2. 差異は金額だけでなく率でも見る
金額の差異だけを見ていると、どうしても売上規模の大きい項目にばかり目が向きます。
人件費率、材料費率、利益率、広告費対売上比率、未収金比率など、割合で見ることも欠かせません。
とくに、患者数は増えているのに利益率が下がっている場合は、変動費や人件費の構造を確認する必要があります。
3. 重要差異だけを深掘りする
すべての差異を深掘りしようとすると、会議は長くなり、かえって実務に使えなくなります。
一定金額以上、あるいは一定割合以上の差異に絞って確認しましょう。たとえば、次のような基準です。
- 予算比5%以上の差異
- 金額で20万円以上の差異
- 資金繰りに影響する差異
- 翌月以降も継続しそうな差異
- 採用・投資判断に影響する差異
小さな差異を追いすぎるより、重要な差異を確実に改善するほうが、ずっと効果的です。
4. 数字と現場の事実を結びつける
予実管理は、会計数字だけで完結するものではありません。
数字の背景には、必ず現場の事実があります。
- 患者数が減った背景に、予約枠の問題があるかもしれません
- 診療単価が下がった背景に、診療内容の変化があるかもしれません
- 残業代が増えた背景に、受付フローの問題があるかもしれません
- 材料費が増えた背景に、在庫管理や発注単位の問題があるかもしれません
数字だけを眺めるのではなく、現場の事実と結びつけて初めて、改善策が見えてきます。
5. 改善アクションには責任者と期限を置く
予実会議で改善策を決めても、責任者と期限がなければ実行されません。
改善アクションには、次の4点を置きます。
- 何をするか
- 誰が担当するか
- いつまでに行うか
- 次月にどの数字で確認するか
たとえば「初診を増やす」ではなく、「内科ページの症状別導線を見直し、翌月の初診数と来院動機で確認する」という形にします。
予実管理は「攻め」と「守り」をつなぐ
予実管理は、守りの管理にとどまりません。攻めの判断にも使います。
- 採用してよいか
- 広告費を増やしてよいか
- 自由診療を広げてよいか
- 在宅医療を始めてよいか
- 設備投資してよいか
- 分院を検討してよいか
- 借入を増やしてよいか
これらの判断には、実績と予算のズレを読む力が求められます。
たとえば外来患者数が予算を上回り、予約待ちが増え、スタッフの残業も増えているなら、採用や診療枠の見直しを検討すべきかもしれません。
反対に、売上未達が続き、資金繰りも計画を下回っているのであれば、高額な設備投資や分院計画は、いったん見直すべきかもしれません。
予実管理は、成長を止めるための仕組みではありません。無理な拡大と、根拠ある投資を分けるための仕組みです。
まとめ:予実管理は、医療機関の経営を毎月修正する仕組みである
医療機関の経営改善は、年に一度の決算書だけでは進みません。
毎月の数字を見て、計画との差異を確認し、原因を分解し、次の行動を決めていく。この積み重ねこそが、改善の土台になります。
予実管理で見るべき中心は、次の4つです。
- 売上差異
- 費用差異
- 人件費差異
- 資金繰り差異
売上差異は、患者数、診療単価、診療日数、初診・再診、返戻・査定に分解します。費用差異は、必要な費用と管理すべき費用を分けます。人件費差異は、採用、残業、生産性、定着を結びつけて見ます。そして資金繰り差異は、利益ではなく現金の動きで確認します。
さらに、予実管理は月次決算が早く正確でなければ機能しません。
計画をつくって終わりにするのではなく、毎月の予実管理でズレを見つけ、改善アクションへつなげていく。これこそが、医療機関を感覚的な経営から、数字と事実に基づく経営へと移していくための、実務的な第一歩です。
予算・予実管理を経営判断に使える状態へ整えたい医療機関の方へ
予算と予実管理は、月次試算表を確認するだけでは機能しません。
医療機関では、レセプト、窓口収入、未収金、返戻・査定、患者数、診療単価、人件費、材料費、設備投資、借入返済、資金繰りをつなげて見て初めて、経営判断に使える数字になります。
犬飼公認会計士・税理士事務所では、医療機関の月次決算、予算策定、予実管理、資金繰り、投資判断、法人運営を、会計・税務・財務・経営管理の観点から整理する支援を行っています。
- 「月次試算表はあるが、経営判断に使えていない」
- 「計画を作ったが、毎月の検証ができていない」
- 「売上差異や人件費差異の原因を分解できていない」
- 「採用・設備投資・分院・在宅医療を数字で判断したい」
- 「金融機関や後継者に説明できる経営資料を整えたい」
このような課題をお持ちの場合は、まず現在の月次資料、患者数、資金繰り、借入一覧、人員体制をもとに、予算と予実管理の仕組みを整理していくことが有効です。
医療機関の予算管理、予実管理、月次決算、資金繰り、投資判断について専門家の視点で整理したい方は、犬飼公認会計士・税理士事務所HPのお問い合わせページからご相談ください。
重要ポイントの振り返り
| 論点 | 確認すべきこと | 経営判断へのつながり |
|---|---|---|
| 予算の役割 | 支出制限ではなく、判断基準として使えているか | 院長・理事長・事務長・専門家が同じ前提で議論できる |
| 月次予算 | 売上、費用、人件費、設備投資、資金繰りを月次で設定しているか | 計画と実績のズレを早期に発見できる |
| 売上差異 | 患者数、診療単価、診療日数、初診・再診、返戻・査定に分解しているか | 集患、診療体制、診療内容の改善につながる |
| 費用差異 | 変動費と固定費、必要な投資と削るべき費用を分けているか | 安易な経費削減ではなく、採算構造を改善できる |
| 人件費差異 | 採用、残業、賞与、社会保険料、生産性、離職を分けて見ているか | 人材投資と資金負担のバランスを判断できる |
| 資金繰り差異 | 利益ではなく、入金、支払、納税、借入返済、設備支払を見ているか | 黒字でも資金不足になるリスクを防げる |
| 月次決算 | 月初から一定期間内に試算表と資金残高を確認できているか | 予実管理をタイムリーな経営判断に使える |
| 予実会議 | 差異の説明だけでなく、次月の改善アクションを決めているか | 会議が報告で終わらず、実行につながる |
| KPI | 多すぎず、経営判断に使う指標に絞れているか | 現場が何を重視すべきか明確になる |
| 予算修正 | 診療報酬改定、採用難、物価上昇、設備故障などを反映しているか | 現実に合った計画として使い続けられる |
| 機能別採算 | 外来、在宅、自由診療、健診、分院などを必要に応じて分けているか | 伸ばす領域、見直す領域、撤退条件を判断できる |
| 専門家の役割 | 数字の作成だけでなく、差異の原因と判断材料を整理しているか | 経営者が納得して次の一手を決めやすくなる |