同族会社の決算書を拝見していると、長年にわたって「役員貸付金」や「役員借入金」が残ったままになっているケースに、しばしば出会います。
きっかけはさまざまです。社長が一時的に会社へ資金を入れた。資金繰りが苦しい局面で、オーナー個人が立て替えた。あるいは反対に、会社から社長個人へ資金が出ているものの、役員報酬ではなく貸付金として処理されている。創業期からの入出金が整理されないまま、毎期の決算書に静かに残り続けている――。
こうした貸付金・借入金は、日々の経営の中では「身内のお金」「あとで整理すればよいもの」と受け止められがちです。しかし税務上・財務上は、会社とオーナー個人の境界が最も表れやすい勘定科目でもあります。
とくに問題になりやすいのは、次の2つです。
| 会社の貸借対照表上の科目 | 実質的な意味 | 主なリスク |
|---|---|---|
| 役員貸付金 | 会社がオーナーへお金を貸している | 認定給与・認定賞与、利息課税、返済不能、金融機関評価の悪化 |
| 役員借入金 | オーナーが会社へお金を貸している | 相続財産化、債務免除益、みなし贈与、株価・承継・M&Aへの影響 |
本記事では、「会社への貸付金」や「会社からの借入金」をどう整理すべきかを、債権放棄、DES、退職金相殺、贈与、相続財産、株価への影響まで含めて整理していきます。
この記事の結論
オーナー貸付金・借入金は、「税金を減らすために消すもの」ではありません。
会社と個人のお金の境界を明確にし、将来の相続・承継・金融機関対応・税務調査で説明できる状態にするために整理すべきものです。
| 論点 | 放置した場合の問題 | 整理時の注意点 |
|---|---|---|
| 役員貸付金 | 会社資金の私的流用、認定給与、金融機関評価悪化 | 契約、利息、返済実績、源泉税、損金性を確認 |
| 役員借入金 | オーナーの相続財産、後継者負担、会社の債務超過 | 債権評価、返済可能性、相続税、株価影響を確認 |
| 債権放棄 | 会社に債務免除益、株主にみなし贈与 | 欠損金、株主構成、会社の資力、贈与税を検討 |
| DES | 債務の資本化で財務改善に見える | 債務消滅益、債権時価、増資後株価、均等割を確認 |
| 退職金相殺 | 資金移動を抑えて貸借を整理できる場合がある | 退職金の実質・過大性・源泉税・相殺合意を確認 |
| 親族への贈与 | 相続財産を減らす目的で使われることがある | 贈与成立、債権評価、会社の返済能力を確認 |
| 金融機関対応 | 決算書の信用力に影響 | 返済計画・資本政策・実態貸借対照表を説明できる状態にする |
まず、役員貸付金と役員借入金を混同しない
実務でまず整理すべきなのは、会社の帳簿に出ている科目が、そもそもどちらなのかという点です。
役員貸付金とは
役員貸付金は、会社から役員・オーナー個人へお金が出ている状態を指します。会社から見れば資産ですが、実態としては「会社のお金が個人へ流れている」ことを意味します。
たとえば、次のようなケースです。
| 発生原因 | 実務上の問題 |
|---|---|
| 社長個人の生活費を会社から支払った | 役員給与・賞与とされる可能性 |
| 会社カードで個人支出をした | 経費否認・認定給与の可能性 |
| 役員報酬を超えて資金を引き出した | 貸付金としての実態が問われる |
| 返済予定がないまま長期残高化している | 貸付金ではなく経済的利益と見られやすい |
| 利息を取っていない | 低利・無利息貸付けによる給与課税の可能性 |
会社から役員へ無利息または低利で金銭を貸し付けた場合、本来受け取るべき利息との差額は、原則として給与として課税される可能性があります。国税庁も、役員または使用人への貸付けについて、会社が他から借り入れて貸し付けたときはその借入金利、それ以外のときは一定の利率で利息相当額を計算し、実際に受け取った利息との差額を給与として課税する取扱いを示しています。
出典:国税庁|No.2606 金銭を貸し付けたとき
また法人税関係の資料においても、役員等に対する債権放棄や債務免除、金銭の無償・低利貸付け、個人的費用の負担などは、役員給与に該当し得る経済的利益として整理されています。
出典:国税庁|大規模法人における税務上の要注意項目確認表
役員借入金とは
役員借入金は、オーナーが会社へお金を貸している状態です。会社から見れば負債ですが、オーナー個人から見れば「会社に対する貸付金」という財産にあたります。
たとえば、次のようなケースです。
| 発生原因 | 実務上の問題 |
|---|---|
| 創業時に社長が運転資金を入れた | 長期未返済になりやすい |
| 赤字期に社長が会社へ資金補填した | 会社の実質債務として残る |
| 会社経費を社長が立替払いした | 精算漏れが累積しやすい |
| 役員報酬を未払いにした | 未払報酬か借入金か整理が必要 |
| 金銭消費貸借契約がない | 債務の実在性が問題になる |
役員借入金は、会社の資金繰りを支えるために生じること自体は、決して珍しくありません。問題になるのは、発生原因や残高、返済可能性、利息、相続時の評価が整理されないまま、そのまま残り続けてしまうことです。
役員貸付金を放置すると「会社のお金を個人が使った」と見られる
会社からオーナーへの貸付金は、税務調査でも金融機関でも、とりわけ注目されやすい科目です。
というのも、役員貸付金は形式上は「会社の資産」でありながら、実態としては次のように見られることがあるためです。
| 税務署・金融機関から見た疑問 | 確認される内容 |
|---|---|
| 本当に貸付金なのか | 契約書、返済期限、利率、返済実績 |
| 実質的には役員給与ではないか | 個人的支出、生活費、返済意思の有無 |
| 返済可能性があるのか | 役員個人の資産・所得、返済計画 |
| 利息を適正に収受しているか | 利率、受取利息計上、源泉・給与課税 |
| 決算書の資産として実在性があるか | 長期滞留、回収不能、貸倒処理の有無 |
税務上あぶないのは、「貸付金」という科目名だけで安心してしまうことです。
貸付金として処理するのであれば、少なくとも次の要素がそろっている必要があります。
| 確認項目 | 実務上の見方 |
|---|---|
| 金銭消費貸借契約書 | 貸付日、金額、利率、返済期限、返済方法があるか |
| 資金移動 | 実際に会社から個人へ送金されているか |
| 返済実績 | 毎月または一定期間ごとに返済されているか |
| 利息 | 通常の利率に基づく利息を収受しているか |
| 取締役会・株主総会 | 利益相反取引に該当する場合の承認があるか |
| 個人の返済能力 | 役員報酬、個人資産、他の借入状況から返済可能か |
| 使途 | 事業関連ではなく個人支出ではないか |
返済予定もなく、利息もなく、毎期残高が増え続ける役員貸付金は、税務上「貸付金」として説明することが難しくなっていきます。実質的に役員へ経済的利益を供与していると見られれば、役員給与・役員賞与として扱われ、法人側で損金算入できない、あるいは源泉所得税が問題になる、といったリスクが生じます。
役員借入金を放置すると、相続財産として残る
会社から見れば、役員借入金は「社長から借りているお金」です。
資金繰りが苦しい局面では、金融機関からの借入よりも柔軟に使えるため、オーナー会社ではよく発生します。しかしオーナー個人の側から見れば、これは「会社に対する貸付金」という財産です。
そのため、オーナーに相続が発生すると、会社への貸付金が相続財産に含まれる可能性があります。
財産評価基本通達では、貸付金債権等の評価について、原則として元本価額と利息相当額で評価するものとされています。ただし、回収不能または著しく回収困難と認められる金額は元本価額に算入しない取扱いも示されており、その判断材料として、手形交換所の取引停止、会社更生・民事再生・破産等の手続、事業休止、債権者集会の協議決定といった客観的な事情が例示されています。
出典:国税庁|財産評価基本通達 第6節 その他の財産
ここで押さえておきたいのは、「会社が苦しいのだからゼロ評価でよい」と単純には言えない、ということです。
| 状況 | 相続税評価上の注意点 |
|---|---|
| 会社が赤字である | それだけで貸付金がゼロになるとは限らない |
| 債務超過である | 実態貸借対照表、将来返済可能性、事業継続性を確認 |
| 長期間返済がない | 回収可能性を検討する材料にはなるが、証拠が必要 |
| 会社が休業している | 休業期間、資産状況、回収可能性を確認 |
| 法的整理に入っている | 回収不能額の説明材料になり得る |
| 債権放棄済み | 放棄時点の法人税・贈与税・株価影響を確認 |
相続対策として「会社への貸付金はどうせ回収できないから問題ない」と考えるのは、危険です。相続税申告では、会社の決算書、資産状況、返済履歴、債務超過の実態、事業継続の見込みなどをもとに、貸付金の評価を説明していく必要があります。
役員借入金は後継者にも引き継がれる
役員借入金の問題は、相続税にとどまりません。
後継者にとっても、会社の貸借対照表に多額の役員借入金が残っていることは、大きな負担になります。
| 後継者側の問題 | 内容 |
|---|---|
| 会社の債務として残る | 先代への返済義務が相続人へ移る |
| 相続人間で対立しやすい | 後継者以外の相続人が返済を求めることがある |
| 株価対策が複雑になる | 債務免除やDESにより株価が変動する |
| 金融機関説明が必要 | 実質資本か、返済予定のある債務かを問われる |
| M&A時に問題になる | 買主から返済・放棄・価格調整を求められる |
| 事業承継税制との関係 | 株価、資産構成、納税猶予判断に影響し得る |
創業社長が「会社のために出したお金だから、いつか返してもらえればよい」と考えていたとしても、いざ相続が発生すれば、その貸付金は相続人全員の財産問題になります。
たとえば、後継者である長男が会社を引き継ぎ、ほかの相続人が経営に関与しないケースを考えてみます。この場合でも、先代の会社への貸付金が相続財産として残っていれば、遺産分割や代償金の問題へと発展することがあります。
こうして見ると、役員借入金は単なる税務科目ではなく、事業承継そのものの論点であることがわかります。
債権放棄は「貸付金を消せる便利な方法」ではない
役員借入金を整理する方法として、オーナーが会社に対する貸付金を放棄することがあります。会社から見れば、債務免除を受ける処理です。
オーナーから会社への貸付金を整理する手立てとしては、債権放棄のほか、DES、擬似DES、役員給与減額による返済、退職金との相殺、代物弁済、親族への貸付金贈与などが検討されます。短期間で整理したい場合にはDESや擬似DESが候補となる一方、通常は債権放棄と段階的な返済を組み合わせることもあります。
ただし、債権放棄は「帳簿から消す」だけの処理ではありません。
オーナーが会社に対する貸付金を放棄すると、会社側では原則として債務免除益が生じます。会社が債権放棄を受けた場合、その債務免除益は法人税の所得金額の計算上、益金に算入されます。
出典:国税庁|特定調停により債権放棄を受けた場合の一般的な取扱い
| 債権放棄の効果 | 税務上の論点 |
|---|---|
| 会社の負債が減る | 債務免除益が益金になる |
| 債務超過が改善する | 株価が上がる可能性がある |
| オーナーの相続財産が減る | 他の株主へのみなし贈与が問題になる |
| 金融機関評価が改善することがある | 本当に返済不要になったことを説明する必要 |
| 後継者の負担が軽くなる | 相続人間の公平性を整理する必要 |
債権放棄は、会社に繰越欠損金がある場合や、債務超過を整理したい場合には、有効に見えることがあります。しかし、会社に課税所得が生じるのであれば法人税負担が発生しますし、株主構成によっては、ほかの株主への利益移転として贈与税が問題になることもあります。
債権放棄で「みなし贈与」が起こる場合
とりわけ注意したいのは、オーナーの債権放棄によって、会社の株式価値が上がる場面です。
たとえば、父である創業者が、会社に対する1億円の貸付金を放棄したとします。会社の負債が減り、純資産が増えるため、会社の株価が上がる可能性があります。
このとき、その会社の株式を、すでに後継者である子が保有していたとしたらどうでしょうか。父の債権放棄によって、子の保有株式の価値が増加することになります。そしてこの増加分は、父から子への利益移転と見られる可能性があるのです。
相続税基本通達9-2では、同族会社に対して無償で財産提供が行われた場合、あるいは債務免除・債務引受け・弁済等が行われた場合に、その会社の株式価額が増加したときは、株主がその増加部分に相当する金額を、財産提供者または債務免除者から贈与により取得したものとして取り扱うことが示されています。
出典:国税庁|相続税基本通達 第9条《その他の利益の享受》関係
| 株主構成 | 債権放棄時の注意点 |
|---|---|
| オーナーが100%株主 | 贈与税リスクは相対的に小さいが、相続財産・株価影響は確認 |
| オーナーと配偶者が株主 | 配偶者への利益移転を確認 |
| 子がすでに株主 | 子へのみなし贈与リスクを確認 |
| 後継者以外の親族も株主 | 誰にどれだけ利益が移るかを確認 |
| 従業員持株会がある | 経済的利益の移転先を確認 |
| 外部株主がいる | 税務だけでなく会社法・株主間関係も確認 |
債権放棄は、相続財産を減らす目的で実行されることがあります。しかし、それによって株式価値が移転すれば、相続税対策のつもりが、かえって贈与税リスクになりかねません。
もっとも、債務超過会社であれば常にみなし贈与が生じるわけでもありません。債権放棄後も実質債務超過で株価がゼロのままであれば、贈与税リスクは限定されることもあります。とはいえ、株価評価、債務超過の実態、株主構成を確認しないまま判断するのは危険です。債権放棄にあたっては、会社の法人税だけでなく、個人株主に対する贈与税、そしてオーナー相続時の相続税まで、同時に検討しておく必要があります。
会社からオーナーへの貸付金を免除すると、役員給与になり得る
反対に、会社がオーナーに対して有している役員貸付金を、会社側が免除する場合もあります。
たとえば、会社が社長へ貸し付けていた3,000万円を「返済できないから免除する」と処理するような場面です。
このとき、会社側では貸付金が消えますが、オーナー側では債務免除による経済的利益を受けることになります。役員に対する債権放棄や債務免除は、貸倒れに該当する場合を除き、役員給与に該当し得る経済的利益として整理されます。
法人税法上も、役員給与には債務の免除による利益その他の経済的利益が含まれるとされ、実質的に役員へ給与を支給したのと同様の経済的効果をもたらすものが問題になります。
| 会社が役員貸付金を免除した場合 | 主な税務リスク |
|---|---|
| 役員個人 | 給与所得等として課税される可能性 |
| 会社 | 定期同額給与・事前確定届出給与等に該当しない役員給与として損金不算入の可能性 |
| 源泉所得税 | 会社に源泉徴収漏れが生じる可能性 |
| 住民税・社会保険 | 給与性が問題になる場合は周辺負担も確認 |
| 税務調査 | 貸付金の発生原因、免除理由、返済不能の証拠が確認される |
単に「返せないから消す」という処理は、危険です。貸倒れとして説明できるのか、役員給与なのか、あるいは株主としての地位に基づく利益なのか――事実関係を分けて整理していく必要があります。
DESは財務改善に見えるが、税務上は単純ではない
役員借入金を整理する方法として、DESが検討されることがあります。
DESとは、Debt Equity Swapの略で、会社に対する貸付金債権を出資へ振り替える方法です。オーナーが会社に対して持っている貸付金を、株式に転換するイメージだとお考えください。
DESを行うと、会社の貸借対照表では負債が減り、資本が増えます。そのため、金融機関に対する見栄えが改善することがあります。
しかし税務上は、注意点の多い処理です。
国税庁は、企業再生税制の適用場面におけるDESについて、資本金等の額に加算される金額は給付を受けた自己に対する債権の時価であり、債務の帳簿価額と債権の時価との差額は債務消滅益になると説明しています。
出典:国税庁|企業再生税制適用場面においてDESが行われた場合の債権等の評価に係る税務上の取扱いについて
つまり、会社の債務額が1億円であっても、その債権の時価が1億円とは限りません。会社が実質債務超過で回収可能性が低い場合には、債権時価が低く評価されることがあります。そしてその差額が、債務消滅益として課税所得になる可能性があるのです。
実務上も、役員借入金をDESで整理する場合、実態貸借対照表で実質資産超過であれば貸付金の額面相当額、実質債務超過であれば0評価を安全側とする考え方が検討されることがあります。ただし、これは一律に機械処理できる論点ではありません。
| DESの効果 | 注意点 |
|---|---|
| 負債が減る | 債務消滅益が生じる可能性 |
| 資本が増える | 資本金等の額、均等割、外形標準課税に影響する可能性 |
| 自己資本比率が改善する | 債権時価の根拠が必要 |
| オーナーの貸付金が株式化する | 相続財産の性質が貸付金から株式へ変わる |
| 後継者承継に使える場合がある | 株主構成・議決権・株価移転に注意 |
| M&A前整理に見える | 買主・金融機関への説明が必要 |
DESによって取得した株式の評価額と、出資に充てた貸付金額との関係によっては、既存株主との間で利益移転が生じ、みなし贈与が問題になることもあります。
DESは、帳簿上の負債を資本へ移すだけの処理に見えます。しかし実際には、債権の時価、株式価値、増資手続、株主構成、地方税、金融機関対応が絡み合う、難度の高い処理です。
擬似DESや資金循環型の処理には慎重さが必要
実務では、金融機関から一時的に資金を借りて会社がオーナーへ返済し、オーナーがその資金を会社へ出資し、会社が金融機関へ返済する――こうした擬似DES的な処理が検討されることもあります。
この方法は実際に現金が動くため、形式上は「借入金返済」と「増資」が分かれて見えます。
しかし、次の点には注意が必要です。
| 論点 | 確認すべきこと |
|---|---|
| 資金循環 | 実際に独立した資金移動といえるか |
| 見せ金類似 | 会社法上・登記実務上の問題がないか |
| 金融機関対応 | 金融機関が実行目的を理解しているか |
| 増資価額 | 税務上適正な価額か |
| 株価移転 | 既存株主・新株主間の利益移転がないか |
| 税務調査 | 一連取引として見られた場合に説明できるか |
金融機関を介在させる擬似DESは、税務だけを見れば単純に映ることがあります。しかし現実には、金融機関の協力、会社法上の論点、株価対策が大きな制約になります。
「税務上、問題なさそうだから実行する」という発想ではなく、資金の流れ、実行の目的、会社法上の手続、金融機関への説明まで含めて設計しておくべきです。
退職金との相殺は使えるが、退職金の実態が先に必要
役員借入金を整理する方法として、役員退職金との相殺が検討されることもあります。
たとえば、会社がオーナーへ5,000万円の役員退職金を支給する一方で、会社にはオーナーからの役員借入金が5,000万円残っている場合を考えます。実際の資金移動を行わず、退職金債務と借入金債務を相殺する、という方法です。
これは資金繰りの面では有効に見えることがあります。ただし、その前提として、退職金が税務上認められるものでなければなりません。
| 確認項目 | 内容 |
|---|---|
| 退職の実態 | 完全退職または実質退職と説明できるか |
| 退職金額 | 功績、在任年数、最終報酬、同業比較から過大でないか |
| 会社法手続 | 株主総会決議、規程、委任決議が整っているか |
| 源泉徴収 | 退職所得として適切に処理しているか |
| 相殺合意 | 退職金債務と借入金返済債務の相殺合意があるか |
| 会計処理 | 総額表示、源泉税、未払処理の整合性があるか |
| 資金繰り | 相殺後の現預金・借入返済に支障がないか |
退職金相殺は、貸付金整理のための後付けの処理ではありません。実際に退職金を支給できる事実関係があり、その退職金の支払方法として相殺を選ぶ――という順番で考える必要があります。
役員借入金を「親族へ贈与」する場合も、評価と実態が問われる
オーナーが会社に対する貸付金を持っている場合、その貸付金を後継者や親族へ贈与する方法が検討されることがあります。
ねらいは、オーナーの相続財産を減らし、会社への債権を後継者へ移すことにあります。
ただし、貸付金の贈与では、次の点が問題になります。
| 論点 | 確認事項 |
|---|---|
| 贈与成立 | 贈与契約書、受贈者の受諾、債務者会社への通知 |
| 債権評価 | 元本、利息、回収可能性 |
| 贈与税 | 贈与時の評価額に基づく課税 |
| 会社の返済能力 | 額面評価か、回収困難性を考慮できるか |
| 後継者の立場 | 会社に返済を求める債権者になる |
| 相続人間公平 | 後継者だけに債権を移す合理性 |
貸付金は、預金のように単純に移せるものではありません。債務者である会社に対して誰が債権者になるのか、会社が誰に返済するのか、贈与税評価をどう行うのか――これらを明確にしておく必要があります。
役員保証も「見えない貸付金リスク」として確認する
オーナー会社では、会社の借入について代表者が個人保証をしていることがあります。
保証債務は、通常の役員借入金とは異なり、会社の貸借対照表には表れません。しかし、事業承継・相続・金融機関対応の場面では、重要な論点になります。
相続税では、相続財産から控除できる債務は、相続開始時に現に存在し、確実と認められるものとされています。
出典:国税庁|No.4126 相続財産から控除できる債務
また、保証債務は原則として相続税の債務控除の対象にはなりません。ただし、主たる債務者が弁済不能の状態にあり、保証債務者が履行しなければならず、かつ主たる債務者に求償しても返還を受ける見込みがないような場合には、一定の範囲で債務控除が認められる可能性があります。
出典:国税庁|No.4126 相続財産から控除できる債務
つまり、会社の借入に代表者保証があるからといって、相続時に当然に債務控除できるわけではない、ということです。
| 保証の状態 | 確認すべきこと |
|---|---|
| 会社が正常返済中 | 通常は保証債務として債務控除しにくい |
| 会社が返済困難 | 主債務者の資力、求償可能性を確認 |
| 金融機関が保証履行を求めている | 履行義務の具体性を確認 |
| 後継者が保証を引き継ぐ | 事業承継上の負担を確認 |
| M&Aを検討している | 保証解除・借換え・価格調整を確認 |
オーナー貸付金・借入金を整理するときは、帳簿上の債権債務だけでなく、保証債務まで含めて実態を棚卸ししておく必要があります。
税務調査では「なぜその残高があるのか」が問われる
オーナー貸付金・借入金は、税務調査では次のような観点から確認されます。
| 調査で見られる点 | 具体的な確認資料 |
|---|---|
| 発生原因 | 通帳、振込記録、領収書、立替精算書 |
| 契約関係 | 金銭消費貸借契約書、債務承認書 |
| 利率 | 契約利率、受取利息、支払利息 |
| 返済実績 | 返済スケジュール、入出金履歴 |
| 残高の正確性 | 総勘定元帳、補助元帳、残高確認書 |
| 役員個人支出 | クレジットカード明細、経費精算資料 |
| 債権放棄 | 債権放棄通知書、取締役会議事録 |
| DES | 増資決議、現物出資資料、債権評価資料 |
| 株主構成 | 株主名簿、異動履歴、贈与契約書 |
| 相続税評価 | 実態貸借対照表、事業計画、回収可能性資料 |
とくにDESを行う場合には、実行前に株主構成を明確にし、株主名簿の真正性や株式異動の履歴を確認しておくことが重要です。
また、役員借入金の実在性を裏づけるために、金銭消費貸借契約書や債務承認契約書を作成することがあります。これらは常に必要というわけではありませんが、過去から積み上がってきた残高については、帳簿残高だけでなく、資金移動と債務認識を説明できる資料が重要になります。
金融機関は「返済する債務か、実質資本か」を見ている
役員借入金は、金融機関から「社長が会社を支えている資金」として、一定程度プラスに見られることがあります。
ただし、それはあくまで実態次第です。
| 金融機関の見方 | 会社側で説明すべきこと |
|---|---|
| 実質的に返済を求めない資金か | 返済順位、返済予定、代表者の意思 |
| すぐ返済が必要な債務か | 資金繰りへの影響 |
| 後継者が引き継げるのか | 相続後の債権者、返済方針 |
| 債務超過を補う資本性があるか | DESや劣後化の検討 |
| M&A時に精算されるのか | 売買価格・クロージング条件への影響 |
| 社長個人への貸付金が多くないか | 資金流出・ガバナンスリスク |
一方で、役員貸付金は、金融機関から厳しく見られやすい科目です。会社の資金がオーナー個人へ流れているように映るためです。
たとえ会社に利益が出ていても、役員貸付金が増え続けていれば、「利益はあるが資金管理が弱い」「会社と個人の区分が曖昧だ」と評価される可能性があります。
放置してよい残高と、早急に整理すべき残高
すべての役員貸付金・役員借入金を、直ちにゼロにすべきというわけではありません。
大切なのは、残高の性質を見極めて分けることです。
| 残高の性質 | 判断 |
|---|---|
| 短期立替で翌月精算されるもの | 通常は大きな問題になりにくい |
| 契約・利率・返済予定がある貸付金 | 管理されていれば説明しやすい |
| 会社資金繰りのための一時的な役員借入金 | 返済計画があれば整理しやすい |
| 創業以来の残高で根拠資料が乏しい | 早めに原因分析が必要 |
| 毎期増え続ける役員貸付金 | 危険度が高い |
| 返済不能の役員貸付金 | 認定給与・貸倒・役員責任の検討が必要 |
| 多額の役員借入金が相続前に残っている | 相続税・承継対策として早急に検討 |
| 後継者以外の親族が株主になっている | 債権放棄・DESの前に株価と贈与税を確認 |
| M&A予定がある | クロージング前整理が必要 |
実行前に作るべき「貸借整理表」
オーナー貸付金・借入金を整理する前には、まず一覧表を作ることをおすすめします。
| 項目 | 記載内容 |
|---|---|
| 科目 | 役員貸付金、役員借入金、未収利息、未払役員報酬など |
| 相手方 | オーナー、配偶者、後継者、関連会社 |
| 残高 | 帳簿残高、実態残高 |
| 発生日 | いつから発生したものか |
| 発生原因 | 資金貸付、立替、個人支出、未払報酬など |
| 契約書 | 有無、日付、金額、利率、返済期限 |
| 資金移動資料 | 通帳、振込明細、領収書 |
| 利息処理 | 有利息・無利息、利率、未収利息 |
| 返済状況 | 返済実績、今後の返済可能性 |
| 税務リスク | 認定給与、債務免除益、みなし贈与、相続財産 |
| 財務影響 | 自己資本比率、債務超過、金融機関評価 |
| 整理方法 | 返済、相殺、債権放棄、DES、贈与、時期未定 |
| 必要資料 | 議事録、契約書、評価資料、株主名簿 |
| 実行時期 | 決算前、退職時、承継前、相続対策時 |
この一覧表を作ると、テーマが「税金を減らす処理」から、「会社と個人の債権債務をどう整理するか」という経営判断へと変わっていきます。
危険な整理方法
最後に、避けるべき処理を整理しておきます。
| 危険な処理 | なぜ危険か |
|---|---|
| 役員貸付金を突然消す | 役員給与・賞与、源泉税、損金不算入の可能性 |
| 役員借入金を税金なしで債権放棄する | 会社の債務免除益、株主へのみなし贈与を見落とす |
| DESを単なる財務改善策として行う | 債務消滅益、株価移転、資本金等の額を見落とす |
| 退職金相殺を後付けで作る | 退職金の実質・過大性が否認される可能性 |
| 親族へ貸付金を贈与したことにする | 贈与成立・債権評価・債務者通知が不十分 |
| 役員貸付金に利息を取らない | 経済的利益として給与課税の可能性 |
| 会社と個人の通帳を実質的に混同する | 税務調査で資金流れを説明できない |
| 金融機関には実質資本、税務署には債務と説明する | 説明の整合性が崩れる |
| 相続直前に一括整理する | 贈与税、株価、相続税、租税回避性が問題になりやすい |
帳簿上の残高を消すこと自体が目的になってしまうと、かえって税務リスクは高まります。目的は残高をゼロにすることではなく、実態と資料が一致した状態にすることです。
オーナー貸付金・借入金の本質は「会社と個人の境界」である
オーナー会社では、会社と個人の距離が、どうしても近くなりがちです。
創業期には、社長が個人資金を会社へ入れることもあります。資金繰りが厳しいときには、会社から一時的に生活費を借りることもあるかもしれません。経費精算や立替が、いつの間にか曖昧になることもあります。
しかし、それが長期化すると、会社と個人の境界が次第に見えなくなっていきます。
税務調査では、会社と個人のお金が分かれているかが見られます。金融機関は、決算書の資産・負債が実在するかを見ます。後継者は、先代との債権債務を引き継げるかを見ます。相続人は、会社への貸付金が相続財産になるかを見ます。M&Aの買主は、クロージング時にその債権債務をどう精算するかを見ます。
つまり、オーナー貸付金・借入金は、税務だけの問題ではありません。会社の信用、資金繰り、承継、相続、金融機関対応、そして将来の選択肢にまで影響する、経営課題なのです。
犬飼公認会計士・税理士事務所へのご相談について
役員貸付金や役員借入金は、残高だけを眺めても、正しい判断はできません。
いつ、なぜ発生したのか。契約や返済実績はあるのか。利息処理は適正か。会社の実態貸借対照表で見たとき、返済は可能なのか。債権放棄をすると法人税や贈与税が発生しないか。DESを行うと債務消滅益や株価移転が起きないか。退職金相殺を行う前提となる退職の実態があるか。相続財産としてどのように評価されるのか。金融機関や後継者にどう説明するのか――。
これらを整理しないまま処理してしまうと、帳簿上はきれいになっても、税務調査・相続・承継の場面で説明が難しくなることがあります。
犬飼公認会計士・税理士事務所では、オーナー貸付金・借入金を、単なる勘定科目の整理としてではなく、法人税、所得税、贈与税、相続税、株価評価、資本政策、金融機関対応まで含めて検討します。
会社と個人のお金の境界を整理し、将来の承継・相続・金融機関対応に耐えられる状態を作っておきたいという方は、犬飼公認会計士・税理士事務所HPのお問い合わせページより、お気軽にご相談ください。
この記事の振り返り
| 重要論点 | 振り返り |
|---|---|
| 役員貸付金 | 会社からオーナーへ資金が出ている状態。返済実績や利息がなければ認定給与・賞与のリスクがある |
| 役員借入金 | オーナーが会社へ資金を貸している状態。相続時にはオーナーの貸付金財産として問題になる |
| 無利息・低利貸付 | 通常利息との差額が役員への経済的利益として給与課税される可能性がある |
| 会社による貸付金免除 | 役員への債務免除は経済的利益として役員給与になる可能性がある |
| オーナーによる債権放棄 | 会社側では債務免除益が生じ、法人税課税の対象になり得る |
| みなし贈与 | 債権放棄で会社の株価が上がると、他の株主への利益移転として贈与税が問題になることがある |
| 相続財産 | 会社への貸付金は原則として相続財産に含まれ、回収不能性には客観的な根拠が必要 |
| DES | 負債を資本に振り替える処理だが、債務消滅益、債権時価、株価移転、地方税への影響を確認する必要がある |
| 擬似DES | 現金を動かす形式でも、資金循環、会社法、金融機関説明、増資価額の検討が必要 |
| 退職金相殺 | 貸借整理に使える場合があるが、退職金の実態・適正額・源泉税・相殺合意が前提 |
| 親族への貸付金贈与 | 贈与契約、債権評価、会社への通知、贈与税を確認する必要がある |
| 代表者保証 | 原則として相続税の債務控除対象になりにくく、主債務者の返済不能性などを確認する必要がある |
| 金融機関対応 | 役員貸付金は資金流出、役員借入金は返済義務または実質資本として見られるため、説明方針が重要 |
| 実行前資料 | 契約書、通帳、返済表、利息計算、議事録、株主名簿、株価評価、実態貸借対照表を整理する |
| 最終判断軸 | 残高を消すことではなく、会社と個人の資金関係を後から説明できる状態にすることが重要 |