分掌変更・実質退職と役員退職給与の否認リスク|代表を退いた形だけで退職金は出せるのか

代表取締役を退任し、会長、相談役、顧問、非常勤取締役、監査役などに移る。こうした場面で「役員退職給与を支給したい」というご相談は、決して少なくありません。

創業社長が後継者へ経営を引き継ぐ。代表権を外して、第一線から退く。常勤から非常勤へ移る。取締役から監査役へ移る。あるいは、事業承継や株価対策の一環として退職金を支給する。

こうした場面で役員退職給与を支給すると、法人側では損金に算入され、個人側では退職所得として扱われる可能性があります。そのため、大きな節税効果が期待できるケースもあります。

ただ、ここで最も危ういのは、「代表を退いた形にすれば退職金を出せる」と考えてしまうことです。

役員退職給与で問われるのは、肩書の変更という形式ではありません。役員としての地位や職務内容が大きく変わり、実質的に退職したと同じ状態になっているかどうかです。退任後も従前どおり経営判断を続け、重要な稟議を承認し、金融機関や主要取引先との交渉を主導しているのであれば、登記や議事録だけを整えても、税務上は守りにくくなります。

本記事では、前回の「4-5. 役員退職給与はなぜ大きな節税効果を持つのか」を前提に、分掌変更・実質退職の場面で役員退職給与が否認されやすいポイントを整理していきます。

目次

この記事の結論

分掌変更時の役員退職給与は、次のような視点で考える必要があります。

判断項目見るべきポイント
形式代表退任、取締役退任、監査役就任、非常勤化、登記変更など
実態権限、職務、出社頻度、会議参加、決裁、対外折衝が本当に変わったか
報酬分掌変更後の報酬が実態に応じて大きく減少しているか
支給額功績、在任年数、最終報酬、同業類似法人と比較して過大でないか
手続株主総会・取締役会決議、退職慰労金規程、支給時期が整っているか
証拠退任前後の組織図、稟議権限、会議体、メール、銀行対応、業務記録が残っているか
将来影響後継者、金融機関、相続人、税務調査で説明できるか

大切なのは、「形式上、退任したかどうか」ではありません。

退任後の会社運営を見たときに、その人が本当に経営の第一線から退いたと説明できるかどうかです。

分掌変更による役員退職給与とは何か

退職給与は、本来、文字どおり役員が会社を退職したことにより支給されるものです。

しかし実務では、会社から完全に離れるのではなく、代表取締役を退任して非常勤役員になる、取締役から監査役になる、会長・相談役として限定的に関与する、といった形で会社に残ることがあります。

このような場合でも、一定の要件を満たせば、分掌変更等に伴う役員退職給与として取り扱われる可能性があります。

法人税基本通達9-2-32では、役員の分掌変更や改選による再任等に際して支給した退職給与について、その分掌変更等により役員としての地位または職務内容が激変し、実質的に退職したと同様の事情にあると認められる場合には、退職給与として取り扱うことができるとされています。具体例としては、常勤役員が一定の非常勤役員になった場合、取締役が一定の監査役になった場合、分掌変更後の給与が概ね50%以上減少した場合などが挙げられています。
出典:国税庁|第7款 退職給与

同じく、分掌変更によって役員としての地位や職務内容が激変し、実質的に退職したと同様の事情にある場合に支給したものは、退職金として取り扱うことができる、という整理も示されています。
出典:国税庁|No.5203 使用人が役員へ昇格したとき又は役員が分掌変更したときの退職金

ここで注意したいのは、通達に挙げられている例は「安全リスト」ではない、ということです。

常勤から非常勤になった。取締役から監査役になった。報酬が半分以下になった。

これらの事実があっても、それだけで必ず退職給与として認められるわけではありません。

反対に、通達の例に完全には当てはまらないからといって、常に認められないとも限りません。税務上の判断は、最終的には退任前後の地位・職務・権限・関与実態の変化を、総合的に見て行われます。

「代表を退いた形」にしただけでは危険である

オーナー会社で多いのは、次のようなケースです。

形式実態
代表取締役を退任した重要案件は引き続き先代が決めている
会長・相談役になった主要取引先との交渉を続けている
非常勤取締役になった毎日出社し、従業員へ指示している
報酬を半分以下にした稟議書、借入、採用、設備投資の承認を続けている
後継者が代表になった後継者は形式上の代表で、実質判断は先代が行っている
取締役から監査役になった監査ではなく、営業・人事・資金繰りに関与している

こうした場合、税務調査では「本当に退職したのか」「役員としての職務内容が激変したのか」が確認されます。

分掌変更時の役員退職給与は、もともと完全退職ではない場面を対象にしています。だからこそ、形式と実態の差が問題になりやすい論点です。退職金額が大きいほど、調査官は退任後の関与実態を細かく確認していきます。

実質退職性を見るときの判断軸

実質退職性は、ひとつの書類やひとつの事実だけで決まるものではありません。

実務上は、少なくとも次の観点を分けて確認していく必要があります。

判断軸確認すべきこと
法的地位代表権の有無、取締役・監査役・顧問・相談役の別
職務内容経営判断、営業、資金繰り、人事、仕入、製造、管理業務への関与
決裁権限稟議、支払、契約、借入、投資、採用の承認権限
対外的立場金融機関、主要取引先、許認可先、士業、行政との交渉窓口
社内での影響力会議出席、従業員への指示、後継者への指導の範囲
出社状況毎日出社、週数日、必要時のみ、在宅助言のみなど
報酬水準分掌変更前後の月額報酬、顧問料、相談役報酬
署名・印章管理代表印、銀行印、電子契約権限、ネットバンキング権限
保証・担保借入保証、担保提供、金融機関との継続的関与
後継者の独立性後継者が単独で判断し、責任を負っているか

税務調査で弱いのは、「肩書は変えたが、実態は変わっていない」という状態です。

たとえば、退任後も稟議書に相談役印を押している。主要な支出に承認欄が残っている。後継者が判断する前に、必ず先代の承諾を得ている。金融機関から「実質的には先代と話してください」と扱われている。こうした事実は、いずれも実質退職性を否定する方向に働きます。

実際、退任後も旧代表者が相談役として後継者に指導・助言を行い、代表者会議や稟議書の確認などを通じて経営判断に関与していた事情が問題となった事案もあります。ここで重視されたのは、単なる肩書の変更ではなく、退任後の実際の関与内容でした。

通達の3つの例示は「入口」であって「結論」ではない

法人税基本通達9-2-32が挙げる代表的な例は、次の3つです。

例示退職給与として扱われ得る方向の事情除外される可能性がある事情
常勤役員から非常勤役員へ常時勤務しなくなった代表権がある、または実質的に経営上主要な地位を占めている
取締役から監査役へ業務執行から監査へ役割が変わった監査役でありながら実質的に経営上主要な地位を占めている、大株主要件に該当する
報酬が概ね50%以上減少職務内容の縮小が報酬にも反映されている報酬は下がったが経営上主要な地位を占めている

常勤役員が非常勤役員になった場合でも、代表権を有する場合や、実質的に法人の経営上主要な地位を占めている場合は除かれるとされています。取締役から監査役になった場合でも、監査役でありながら実質的に経営上主要な地位を占めているようなケースは、やはり除かれます。
出典:国税庁|No.5203 使用人が役員へ昇格したとき又は役員が分掌変更したときの退職金

ここで押さえておきたいのは、次の点です。

非常勤化、監査役就任、50%以上の報酬減額は、実質退職性を説明するための重要な材料ではあるが、それ自体が結論ではない。

とくにオーナー会社では、株式を多く保有し、創業者として社内外に強い影響力を持つ方が少なくありません。そうした方が「非常勤」「監査役」「相談役」という肩書になっても、実際には会社の重要判断を握っているのであれば、退職と同様の事情があるとは言いにくくなります。

取締役から監査役になった事案でも、非常勤監査役への就任前後で業務に大きな変化がない、報酬月額が変わらない、主要株主である、といった事情が問題とされた例があります。その一方で、通達の例示はあくまで例示にすぎず、具体的な事実関係から職務内容が激変したかどうかを検討すべきである、という点も示されています。

報酬50%以上減少は「必要条件」ではなく「強い補助事実」

「報酬を半分以下にすれば退職金を出せる」と理解されているケースがあります。

これは危険です。

たしかに通達上、分掌変更後の給与が概ね50%以上減少したことは、実質退職性を示す例示のひとつです。しかし、報酬を下げれば必ず認められる、というわけではありません。

報酬減額の状況税務上の見方
報酬が50%以上減少し、職務内容も大きく縮小した実質退職性を説明しやすい
報酬は50%以上減少したが、経営判断は継続報酬減額だけでは弱い
報酬は大きく下がったが、顧問料・外注費など別名目で支払っている実質的な報酬維持と見られる可能性
報酬は下がったが、会社の代表印・銀行対応を継続主要な地位が残っている可能性
報酬減額の理由が税務対策だけ事業上・職務上の説明が弱い

報酬減額は、職務内容の縮小と整合して、はじめて意味を持ちます。

たとえば、代表権を外し、週1回程度の助言に限定し、稟議承認権限もなくなり、主要取引先や金融機関との交渉も後継者へ移した。その結果として報酬が大幅に下がったのであれば、説明はしやすくなります。

一方で、報酬だけを下げて、実際の権限や関与が残ったままであれば、税務上の説明は弱くなります。

相談役・会長・顧問として残る場合の注意点

創業社長が、完全に会社を離れるのは現実的でないこともあります。

後継者への引継ぎ、主要取引先への紹介、金融機関への説明、技術承継、許認可対応など、一定期間の関与が必要な場面はあります。そのこと自体が、直ちに否認理由になるわけではありません。

問題になるのは、その関与が「引継ぎ・助言」の範囲にとどまっているのか、それとも「実質的な経営支配」に戻ってしまっているのか、という点です。

関与内容実質退職性との関係
後継者から求められた場合に限定的に助言する説明しやすい
主要取引先への引継ぎ同行を数回行う期間・目的が明確なら説明しやすい
技術・ノウハウの承継研修を行う役割が限定されていれば説明しやすい
毎週の経営会議で最終判断を行う実質退職性が弱くなる
稟議書に承認印を押す決裁権限が残っていると見られやすい
後継者の判断を覆す権限がある経営上主要な地位が残る
金融機関交渉を引き続き主導する経営責任者としての実態が残る
従業員への人事評価・採用指示を続ける主要業務への関与が残る

実務では、退任後の関与をゼロにすることだけが正解というわけではありません。

ただし、関与を残すのであれば、その範囲、期間、権限、報酬、責任を明確にしておく必要があります。

たとえば相談役契約を作成する場合でも、「経営全般について随時助言する」といった抽象的な書き方では、かえって実質的な関与を広く見せてしまうことがあります。助言の対象、頻度、決裁権限がないこと、対外的な代表権がないこと、報酬水準、契約期間などを、あらかじめ整理しておくことが大切です。

取締役から監査役になれば安全とは限らない

取締役から監査役への就任は、通達上の例示に含まれています。

しかし、監査役になれば常に退職給与として認められる、というわけではありません。

監査役は、本来、取締役の職務執行を監査する立場であり、業務執行を行う立場ではありません。にもかかわらず、監査役就任後も営業、人事、資金繰り、契約、設備投資などに関与している場合、監査役という形式と実態が一致しなくなります。

監査役就任後の状態税務上の見方
監査業務に限定している職務内容の変化を説明しやすい
取締役会・株主総会で監査役として意見を述べる本来の職務範囲として説明しやすい
経理資料の確認や監査報告を行う監査役として自然
営業方針を決めている業務執行関与と見られやすい
人事・採用・退職を判断している経営上主要な地位が残る可能性
借入交渉・資金繰りを主導している実質的経営関与と見られやすい
主要株主として社内外に強い影響力を持つ個別事情として慎重な検討が必要

また、大株主であるオーナーが監査役になる場合には、会社法上・税務上の役職だけでなく、株主としての影響力と経営関与の実態も、あわせて整理しておく必要があります。

ここで一点、区別しておきたいことがあります。株主として株主総会に出席し、議決権を行使すること自体は、取締役としての業務執行とは別の話です。役員報酬等を株主総会で決議する場面において、退職済みの株主が議決権を行使したことだけをもって経営参画とはいえない。この整理は、実務上とても重要です。

つまり問われているのは、「株主として議決権を行使したか」ではありません。「退任後も、役員・経営者として会社の業務執行をしているか」です。

退職金の支給時期と未払計上にも注意する

分掌変更時の退職給与では、支給時期も重要になります。

退職した役員に対する退職給与の損金算入時期は、原則として株主総会の決議等により金額が具体的に確定した日の属する事業年度とされます。あわせて、実際に支払った事業年度に損金経理した場合には、その支払事業年度での損金算入も認められています。
出典:国税庁|No.5208 役員の退職金の損金算入時期

一方で、分掌変更による退職給与については、未払金等に計上したものは、原則として退職給与として支給した給与には含まれないとされています。分掌変更後の退職金についても、未払金等に計上したものは原則として退職金に含まれない、という取扱いが示されています。
出典:国税庁|No.5203 使用人が役員へ昇格したとき又は役員が分掌変更したときの退職金

これは、分掌変更時の退職給与が、完全退職ではなく、在任継続中の特例的な打切支給という性質を持つためです。

したがって、分掌変更だけを先に行い、退職金は未払計上して将来支払う、という設計は、慎重に考える必要があります。

処理注意点
金額を株主総会で具体的に確定し、同事業年度に支払う説明しやすい
金額確定後、支払事業年度で損金経理する一定の取扱いはあるが時期管理が必要
分掌変更時に未払金計上のみ行う分掌変更退職給与では原則として危険
資金繰りがつかず長期未払にする退職給与としての実行性・支給実態が疑われやすい
決算対策として後付けで議事録を作る意思決定過程・実態が問題になりやすい

退職金は、「支給したことにする」処理ではありません。資金移動、源泉徴収、決議、会計処理が一体として整っている必要があります。

分掌変更時に問題になる「過大退職給与」

実質退職性が認められたとしても、それだけで全額が損金になるわけではありません。

役員退職給与には、もう一つの大きな論点があります。

支給額が不相当に高額でないか、という点です。

役員退職金については、その役員が業務に従事した期間、退職の事情、同業種同規模法人の役員退職金の支給状況などからみて相当と認められる金額が、原則として損金に算入されるとされています。
出典:国税庁|No.5203 使用人が役員へ昇格したとき又は役員が分掌変更したときの退職金

また、法人税法上、役員給与のうち不相当に高額な部分は、損金不算入とされています。
出典:e-Gov法令検索|法人税法

役員退職給与の適正額を検討する際には、一般に功績倍率法が用いられることがあります。これは、役員の退職直前の給与額を基礎として、業務従事期間と職責に応じた倍率を乗ずる方法です。
出典:国税庁|第7款 退職給与

ただし、功績倍率法を使えば必ず安全、というわけではありません。

算定要素問題になりやすい点
最終報酬月額退職直前に不自然に引き上げていないか
在任年数実際に役員として職務に従事した期間か
功績倍率同業類似法人や職責と比べて高すぎないか
功労加算具体的な特別功労を説明できるか
退職事情完全退職か、分掌変更か、死亡退職か
類似法人比較業種・規模・利益水準・役職の比較が合理的か

平均功績倍率法、1年当たり平均額法、最高功績倍率法などの算定方法が用いられることもあります。いずれにしても、同業類似法人の抽出が合理的であるか、最終報酬月額が実態を反映しているかが重要になります。

分掌変更の場合、完全退職に比べて退任後も一定の関与が残るため、支給額の説明は、より慎重に行うべきです。

そして、実質退職性の論点と過大退職給与の論点は、別々に確認する必要があります。

論点否認された場合の影響
実質退職性がない退職給与として扱われず、役員給与・賞与等として損金性が問題になる
実質退職性はあるが金額が過大適正額を超える部分が損金不算入となる
実質退職性も金額相当性も弱い全体として大きな税務リスクになる
虚偽資料や後付け処理がある重加算税や源泉税の問題に発展する可能性がある

形式だけ整えた処理が危険な理由

分掌変更時の役員退職給与で、特に危険なのは、次のような処理です。

危険な処理問題点
退任登記だけ行い、実際の業務は変えない実質退職性がない
相談役として従前どおり経営判断する経営上主要な地位が残る
報酬だけ半分以下にし、別名目で支払う実質的な報酬維持と見られる可能性
退職金規程を退職直前に作る恣意的な節税目的と見られやすい
退職前に報酬を急に増額する最終報酬月額の合理性が疑われる
後継者が単独で判断できない事業承継の実態が弱い
退任後も銀行印・代表印を管理する実質的支配が残る
議事録だけ後から整える意思決定の時系列が崩れる
実際の支払がなく未払計上だけ行う分掌変更退職給与として弱い
税務調査時の説明が関係者間で食い違う事実認定上不利になりやすい

形式だけを整えるという発想は、税務調査ではむしろ危険です。

税務調査では、議事録だけではなく、メール、稟議書、会議資料、入出金記録、登記、銀行対応、取引先対応、社内チャット、従業員の説明など、複数の資料から実態が確認されます。

とりわけ税務調査では、請求書や契約書だけでなく、より上流で作成される原始資料が重視されることがあります。取引や業務が実現するまでの過程で作成される資料は、実態を確認するうえで重要な意味を持ちます。

したがって、分掌変更時の役員退職給与は、退任時点で整える資料だけでなく、退任後の運用記録まで意識して設計する必要があります。

税務調査で確認されやすい資料

分掌変更時の役員退職給与について、税務調査で確認されやすい資料を整理すると、次のとおりです。

資料確認される内容
株主総会議事録退任・分掌変更、退職金支給、金額、算定方法
取締役会議事録代表者変更、権限委譲、職務分掌、支払決定
役員退職慰労金規程支給基準、功績倍率、功労加算、減額事由
登記事項証明書代表権、取締役・監査役の退任・就任
組織図退任前後の役職・権限の変化
職務分掌表誰が何を決裁し、誰が責任者になったか
稟議規程・決裁権限規程支払、契約、借入、採用、投資の承認者
稟議書・決裁書実際に誰が承認していたか
会議体資料経営会議、営業会議、役員会への参加状況
出勤簿・入退館記録常勤性・非常勤性
メール・チャット指示、承認、助言の実態
金融機関資料借入交渉、保証、担保、面談記録
取引先対応記録主要交渉を誰が行っていたか
役員報酬台帳分掌変更前後の報酬変化
源泉徴収資料退職所得としての処理、退職所得申告書
支払記録実際の資金移動、相殺処理、支払時期
後継者の意思決定資料後継者が自ら判断していることの記録

これらの資料は、単に「保存しておくもの」ではありません。

退職金を支給する前に、これらの資料からどのような事実が読み取られるかを、あらかじめ確認しておく必要があります。

議事録には何を残すべきか

議事録は、税務調査で重要な資料になります。

ただし、議事録に「退任した」「退職金を支給する」とだけ書いても、十分とはいえません。

分掌変更時の役員退職給与では、次の内容を具体的に残しておくことが望ましいといえます。

議事録に残すべき事項内容
分掌変更の理由事業承継、後継者育成、年齢・健康、経営体制変更など
変更前の職務代表権、営業、人事、財務、投資、取引先対応
変更後の職務監査、限定的助言、非常勤としての役割など
権限移譲決裁権限、銀行対応、契約権限、印章管理の移転
報酬変更分掌変更後の報酬水準と理由
退職金算定最終報酬月額、在任年数、功績倍率、功労加算の根拠
支払時期実際の支払日、資金繰り、源泉徴収
退任後関与助言の範囲、期間、決裁権限がないこと
後継者体制新代表者の権限・責任・社内外への周知

議事録は、事実を作るための書類ではありません。

実際に行う経営体制の変更を、後日きちんと説明できるように記録しておく資料です。

後継者への承継が本当に進んでいるか

分掌変更退職給与は、事業承継と密接に関係します。

先代が退職金を受け取り、後継者が代表になる。この形は、一見すると自然に見えます。しかし実際には、後継者に権限が移っていないケースもあります。

承継項目確認すべきこと
代表権後継者が単独で代表権を持っているか
金融機関対応後継者が面談・借入・返済計画を説明しているか
主要取引先後継者が契約交渉・価格交渉を行っているか
人事採用・評価・退職の判断を後継者がしているか
投資設備投資・システム投資を後継者が決めているか
社内指揮従業員が誰の指示で動いているか
印章・電子権限代表印、銀行印、電子契約、ネットバンキングの権限
経営会議議長、最終判断者、議事録上の責任者

後継者が形式上の代表にとどまり、先代がすべての重要判断を続けている場合、退職金支給の説明は難しくなります。

反対に、後継者が実際に経営責任を負い、先代は必要なときの助言に限定されているのであれば、分掌変更の実態を説明しやすくなります。

金融機関への説明も重要になる

役員退職給与は、会社から多額の資金が流出する処理です。

そのため、税務だけでなく、金融機関対応にも影響します。

金融機関が見やすい点説明すべき内容
多額の特別損失退職金の性質、支給理由、臨時性
自己資本の減少支給後も財務安全性が保たれるか
現預金の減少運転資金・返済資金に支障がないか
代表者変更後継者が返済計画を説明できるか
旧代表者の保証保証の継続・解除・変更の方針
経営体制実質的な経営責任者が誰か

税務上は退職したと説明しながら、金融機関には「実際には先代が引き続き見ています」と説明していると、話の整合性が崩れてしまいます。

税務署、金融機関、従業員、取引先、後継者、相続人。これらの相手に対して、同じ事実関係を説明できる状態にしておくことが大切です。

個人側の退職所得課税も確認する

分掌変更時の役員退職給与が法人側で問題になる場合、個人側でも所得区分や源泉徴収の整理が必要になります。

退職所得は、原則として退職所得控除後の2分の1課税などの仕組みにより、通常の給与所得より税負担が軽くなることがあります。退職所得控除は、勤続年数20年以下は40万円×勤続年数、20年超は800万円+70万円×20年超の年数で計算されます。
出典:国税庁|No.1420 退職金を受け取ったとき(退職所得)

ただし、役員等勤続年数が5年以下の者が受け取る特定役員退職手当等については、退職所得控除後の残額を2分の1とする措置はありません。
出典:国税庁|No.2737 役員等の勤続年数が5年以下の者に対する退職手当等

分掌変更退職給与が退職所得として認められるかどうかは、法人側の損金算入だけでなく、個人側の課税にも影響します。

したがって、法人税だけを見て退職金を設計するのではなく、源泉徴収、退職所得申告書、住民税、将来の相続財産まで含めて確認しておく必要があります。

重加算税リスクは「否認されたから直ちに」ではない

役員退職給与が税務調査で否認されたとしても、それだけで直ちに重加算税になるわけではありません。

重加算税は、単なる判断の誤りではなく、隠蔽または仮装が問題になります。

隠蔽・仮装の例としては、二重帳簿の作成、帳簿書類の破棄・隠匿、帳簿書類の改ざん、虚偽記載、相手方との通謀による虚偽証憑の作成などが挙げられています。
出典:国税庁|法人税の重加算税の取扱いについて(事務運営指針)

したがって、実質退職性や過大性について税務署と見解が分かれた場合でも、資料を正しく残し、事実関係を正直に説明できるのであれば、重加算税とは別の問題として整理できる可能性があります。

一方で、次のような場合は危険です。

行為重加算税リスク
実際には出社しているのに出社していないように資料を作る虚偽資料の作成
稟議書の承認欄を後から削除する書類改ざん
実際には報酬を別名目で支払っている事実の仮装
税務調査前に議事録を過去日付で作る意思決定時期の仮装
退任後も指示していたメールを隠す証拠隠匿
関係者に説明を合わせるよう指示する事実認定を妨げる行為

重加算税を避けるために必要なのは、過度に怖がることではありません。

実態を作り、資料を残し、事実を正しく説明できるようにしておくことです。

分掌変更退職給与を実行する前のチェックリスト

実行前には、次の順番で確認していくことをおすすめします。

1. 退任後の役割を先に決める

退職金額を先に決めるのではなく、まず退任後の役割から決めていきます。

代表権は外すのか。取締役として残るのか。監査役になるのか。相談役・顧問になるのか。出社頻度はどの程度か。助言範囲はどこまでか。決裁権限は完全になくすのか。金融機関対応は誰が行うのか。

この設計が曖昧なまま退職金を支給すると、後から資料を整えても、実態が伴いません。

2. 権限移譲を資料化する

職務分掌表、決裁権限規程、組織図、会議体運営、印章管理、銀行権限などを、実際に変更していきます。

項目変更内容の例
代表印後継者が管理
銀行印後継者または経理責任者へ移管
稟議承認旧代表者の承認欄を廃止
経営会議後継者が議長・最終判断者
金融機関窓口後継者へ変更
主要取引先後継者へ引継ぎ
人事権後継者または新経営陣へ移管
設備投資判断新代表者決裁へ変更

3. 報酬水準を実態に合わせる

報酬は、退任後の役割に応じて決める必要があります。

役割が限定的であれば、報酬も限定的であるべきです。反対に、退任後も高額な報酬を維持している場合は、実質的に従前の職務が残っていると見られやすくなります。

4. 退職金額を複数の観点から検討する

功績倍率法だけでなく、会社の財務状況、同業類似法人、過去の役員退職金規程、株主構成、承継後の資金繰りを確認します。

検討項目確認内容
最終報酬月額不自然な増額がないか
在任年数役員としての実質的勤務期間
功績倍率役職・功績・同業類似法人との比較
功労加算特別功労の具体的根拠
資金繰り支給後の運転資金・返済資金
株価影響事業承継・相続への影響
個人税額退職所得・源泉徴収・住民税
相続影響退職金受領後の個人財産化

5. 会社法手続を確認する

役員退職給与は、取締役の報酬等に該当するため、定款に定めがない場合は株主総会決議が必要になります。会社法361条は、取締役の報酬、賞与その他職務執行の対価として会社から受ける財産上の利益について、定款に定めがないときは株主総会決議によって定めるものとしています。
出典:e-Gov法令検索|会社法

株主総会では、金額、算定方法、支給対象者、支払時期、取締役会への委任範囲などを明確にしておきます。

6. 退任後の運用を確認する

退職金を支給した後こそ、重要です。

退任後に旧代表者が実質的に経営へ戻ってしまうと、当初の設計が崩れてしまいます。

少なくとも、分掌変更後しばらくは、次の点を確認しておくべきです。

確認項目見るべきこと
会議出席経営会議に常時参加していないか
稟議承認欄が残っていないか
メール業務指示が継続していないか
出社常勤と同様の出社になっていないか
取引先主要交渉を続けていないか
金融機関借入交渉を主導していないか
後継者単独判断できているか
報酬役割に見合う水準か

実行してよい分掌変更と、見送るべき分掌変更

分掌変更時の役員退職給与は、必ず危険というわけではありません。

適切に設計すれば、事業承継や経営体制変更の一環として、合理的に実行できる場合があります。

ただし、次のように整理して考えるべきです。

状態判断
後継者に代表権・決裁権・対外窓口が移っている実行検討の余地がある
旧代表者は限定的助言のみで、報酬も大幅減少実行検討の余地がある
退任後の役割・契約・権限が明確実行検討の余地がある
退職金額の算定根拠があり、資金繰りに支障がない実行検討の余地がある
後継者がまだ単独で判断できない時期尚早の可能性
旧代表者が主要取引先・金融機関を握っている慎重判断が必要
報酬だけ下げて実態は変わらない実行すべきでない可能性が高い
退職金規程や議事録を後付けで整えようとしている危険
税務調査で説明が一貫しない実行前に再整理が必要

分掌変更退職給与は、節税策としてではなく、実際の経営承継とセットで考えるべきものです。

税務上安全に見せるために退任するのではなく、実際に経営体制を変えるからこそ、退職給与の支給を検討する。この順番を間違えないことが、何より重要です。

分掌変更退職給与の本質は「経営から退く事実」を作ること

分掌変更時の役員退職給与は、節税効果だけを見れば、非常に魅力的に映ることがあります。

しかし、税務上の本質は、実はシンプルです。

その人は、本当に従前の役割から退いたのか。

この問いに、資料と実態で答えられなければなりません。

代表取締役を退任した。報酬を下げた。監査役になった。相談役契約を作った。退職金規程を整備した。

これらは、たしかに重要な事実です。ですが、決定打ではありません。

最後に問われるのは、退任後の会社で誰が経営判断をしているのか、誰が責任を負っているのか、誰が社内外から経営者として見られているのか、という点です。

役員退職給与の税務リスクは、税法だけでなく、会社法、事業承継、資金繰り、金融機関対応、証拠資料の整備が絡み合います。

だからこそ、実行の直前ではなく、退任・承継の計画段階から整理しておくべき論点なのです。

犬飼公認会計士・税理士事務所へのご相談について

分掌変更時の役員退職給与は、金額計算だけで判断できるものではありません。

代表権を外した後も、どこまで関与できるのか。会長・相談役として残る場合、何をしてよく、何を避けるべきか。報酬をどの程度下げれば説明できるのか。退職金規程や議事録には、何を残すべきか。後継者への権限移譲を、どのように資料化すべきか。税務調査では、どの資料を見られるのか。退職金支給後の資金繰りや株価、相続財産には、どのような影響があるのか。

これらを整理しないまま実行すると、節税効果を期待した処理が、後から説明しにくい処理になってしまうことがあります。

犬飼公認会計士・税理士事務所では、分掌変更・役員退職給与を、単なる税額圧縮としてではなく、事業承継、法人税、所得税、会社法手続、資金繰り、金融機関対応、税務調査対応まで含めて整理します。

「代表を退いた形にする」のではなく、「実際に退いたと説明できる経営体制を作る」ことから検討したい方は、犬飼公認会計士・税理士事務所HPのお問い合わせページよりご相談ください。

この記事の振り返り

論点重要ポイント
分掌変更退職給与完全退職でなくても、地位・職務内容が激変し、実質的に退職したと同様の事情があれば退職給与として扱われ得る
形式と実態登記、肩書、議事録だけでは足りず、退任後の権限・職務・関与実態が問われる
通達の例示常勤から非常勤、取締役から監査役、報酬50%以上減少は例示であり、安全リストではない
経営上主要な地位代表権がなくても、重要な経営判断を続けていれば実質退職性が否定されやすい
報酬減額50%以上の減額は重要だが、職務内容の縮小と整合していなければ弱い
相談役・会長限定的助言なら説明し得るが、決裁・交渉・人事・資金繰りを主導すると危険
監査役就任取締役から監査役になっても、実質的に業務執行を続けていれば安全とはいえない
未払計上分掌変更時の退職給与では、未払金等に計上したものは原則として退職給与に含まれない
過大退職給与実質退職性があっても、支給額が不相当に高額な部分は損金不算入となる
議事録分掌変更の理由、職務変更、権限移譲、報酬変更、退職金算定根拠を具体的に残す
証拠資料組織図、職務分掌表、稟議規程、会議資料、メール、支払記録、銀行対応記録が重要
後継者承継後継者が実際に判断し、責任を負っているかが実質退職性に直結する
金融機関対応税務署と金融機関に異なる説明をすると、実態説明が崩れる
重加算税否認されたから直ちに重加算税ではないが、虚偽資料・改ざん・隠匿があればリスクが高い
最終判断軸退職金を出せるかではなく、その人が本当に経営の第一線から退いたと説明できるかで判断する
よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

目次