非事業資産と余剰資金|事業価値に足すべきもの、足すべきでないもの

M&Aの価格を考えるとき、「会社に現預金が多い」「遊休不動産がある」「有価証券を保有している」「保険積立金がある」といった事情は、しばしば価格交渉の核心になります。

売主の立場からすれば、「会社に残っている財産なのだから、当然、価格に上乗せしてほしい」という気持ちになるのが自然です。一方の買主は、「それは事業に必要な資産なのか」「買収後に自由に使えるのか」「すでに事業価値の中に織り込まれていないか」を、ひとつずつ確かめたいと考えます。

ここで混同が起きやすいのが、事業価値に足すべき資産と、足してはいけない資産の線引きです。

非事業資産や余剰資金は、事業価値とは別に株主価値を押し上げる要素になり得ます。とはいえ、「会社にある資産だから加算する」と一律に考えてしまうと、価格を過大に見積もりかねません。逆に、明らかに事業へ使っていない資産を無視してしまえば、売主にとっては説明のつかない低い価格になってしまいます。

この記事では、M&Aのバリュエーションにおいて、非事業資産と余剰資金をどう見分け、事業価値に何を足し、何を足すべきでないのかを、順を追って整理していきます。

目次

まず、事業価値・企業価値・株主価値を分けて考える

非事業資産を理解する前に、価値の階層を分けておく必要があります。

M&Aの評価では、おおむね次のような流れで価値を整理します。

価値概念内容
事業価値本業・事業活動から生み出される将来キャッシュ・フロー等の価値
企業価値事業価値に、非事業資産の価値を加えた企業全体の価値
株主価値企業価値から有利子負債等を控除した、株主に帰属する価値
取引価格株主価値を参考にしつつ、交渉条件・リスク配分・価格調整等を踏まえて合意される価格

評価手法そのものは、インカム・アプローチ、マーケット・アプローチ、ネットアセット・アプローチに整理され、評価の目的や対象会社の状況に応じて選び分けるのが前提になります。

出典:日本公認会計士協会|経営研究調査会研究報告第32号 企業価値評価ガイドライン

この階層の中で、非事業資産は「事業価値に足して企業価値を構成するもの」として扱われます。事業価値が、事業資産を投下・運用して得られる将来キャッシュ・フローの現在価値であるのに対し、企業価値はそこに非事業資産の価値を合算したもの、という関係です。

つまり、非事業資産の議論は、単なる「余っている資産探し」ではありません。事業価値に含めるべきものと、事業価値とは別に加算すべきものを切り分ける作業なのです。

非事業資産とは何か

非事業資産とは、会社が保有している資産のうち、現在の事業活動からキャッシュ・フローを生み出すために必要ではない資産をいいます。

代表的には、次のようなものが候補になります。

非事業資産の候補主な確認論点
余剰現金・余剰預金事業運営に必要な現預金を超えているか
遊休不動産事業に使っていないか、売却に制約がないか
投資有価証券事業上の関係維持に必要か、単なる運用資産か
保険積立金事業上必要な保障か、解約可能な余剰資産か
ゴルフ会員権・美術品等事業に必要な資産か、換金可能性があるか
関係会社株式事業上不可欠か、非中核投資か
役員貸付金・関係会社貸付金回収可能性があり、買主に価値があるか
税金還付見込額実現可能性、時期、権利帰属が明確か

ここで気をつけたいのは、本業と直接の関係が薄そうに見える資産が、すべて非事業資産になるわけではない、という点です。

実務では、主たる営業活動に関係がない資産であっても、それだけを理由に非事業資産とは扱いません。非事業資産と判断するには、フリー・キャッシュ・フローの獲得に貢献しておらず、かつ処分について事業上の制約がないことを、あわせて確認しておく必要があります。

たとえば、賃貸不動産を保有していて、その賃料収入を事業計画やDCFのキャッシュ・フローに含めているとします。この不動産をさらに非事業資産として加算すれば、同じ価値を二重に計上してしまいます。逆に、利用目的がなく、売却しても事業に影響しない遊休不動産であれば、処分価値を見積もって事業価値に加算することを検討します。

余剰資金とは何か

余剰資金とは、会社の現預金のうち、事業を継続するために必要な金額を超える部分をいいます。

注意したいのは、貸借対照表に現預金が多く計上されているからといって、その全額が余剰資金になるわけではない、ということです。

事業には、一定の現預金が欠かせません。仕入、給与、家賃、外注費、税金、借入返済、設備修繕、賞与、季節変動、突発的な支出。こうした場面に備える資金がなければ、事業は安定して回りません。

ですから、余剰資金を考えるときは、次のように分けて捉えます。

現預金の区分価格判断上の扱い
事業運営に必要な現預金事業価値の前提に含まれるため、通常は非事業資産として加算しない
正常運転資本として必要な資金売掛金・棚卸資産・買掛金等とあわせて事業運営に拘束される
季節変動・月中変動に備える資金一時点の残高だけでは余剰とは判断しにくい
借入返済・納税・賞与等に充てる予定資金実質的に自由処分できない場合がある
事業に不要な余剰現金非事業資産として加算対象になり得る

実務的にも、事業にかかる流動資産には、事業に必要な現金、売掛金、棚卸資産、前払費用などが含まれます。これに対して、事業活動に必要な額を上回る余剰現金や売買目的有価証券は、切り離して分析するのが基本です。余剰現金は、事業からのフリー・キャッシュ・フローとして評価するよりも、市場価格に近い形で別途評価したほうが実態に合いますし、リスク・リターンの性質も本業とは異なるからです。

要するに、余剰資金とは「預金残高」のことではありません。事業を通常どおり回すために必要な資金を超えて、株主に帰属すると考えられる資金のことを指します。

事業価値に足すべきもの、足すべきでないもの

非事業資産を判断する実務上の核心は、「足すか、足さないか」という二択にはありません。

正確には、次の4つに分けて考えます。

区分取扱い
事業価値にすでに含まれているもの追加で足さない
事業継続に必要なもの原則として非事業資産として足さない
事業に不要で処分可能なもの非事業資産として加算を検討する
価値はあるが処分・回収に制約があるもの制約・税負担・回収可能性を反映して慎重に評価する

この切り分けを怠ると、評価額は簡単に歪みます。

たとえば、DCFで本業の将来キャッシュ・フローを評価し、その中に賃貸収入や運用収益を含めているとします。それにもかかわらず、同じ不動産や有価証券を非事業資産として加算すれば、同じ価値を二重に評価することになります。

反対に、DCFやマルチプルで本業だけを評価しているのに、余剰現金や遊休不動産を無視してしまえば、株主に帰属する価値を過小評価してしまいます。

事業価値と非事業資産の区別は、評価の精度を左右するだけでなく、価格交渉の納得感にも直結します。

余剰現金はどう計算するか

余剰現金の算定に、たったひとつの正解があるわけではありません。

ただし、「現預金残高から借入金を引いた残りが余剰資金」といった単純な見方では不十分です。M&Aの実務では、キャッシュ・デットフリーを前提に事業価値を評価し、その後にネットデットや運転資本の調整を経て、株式価値・譲渡価格へつないでいくのが一般的です。買収価格の構成も、典型的には事業価値、ネットデット、運転資本調整、その他の価格調整を組み合わせて成り立ちます。

余剰現金を考えるときには、少なくとも次の観点を確認します。

確認項目見るべき内容
月次資金繰り月中・月末で必要資金がどれだけ変動するか
正常運転資本売掛金、棚卸資産、買掛金、未払費用等との関係
季節変動繁忙期・閑散期で必要資金が変わるか
納税・賞与・設備投資近い将来の支出予定があるか
借入返済返済予定、期限、財務制限条項との関係
担保・拘束預金自由に使えない預金が含まれていないか
事業リスク顧客集中、資金回収遅延、在庫負担等に備える必要があるか
買主の運営方針買収後に必要と考える最低現預金水準

とりわけ中小企業では、現預金が多く見えても、その実、仕入・給与・納税・借入返済・設備更新のために必要な資金であることが少なくありません。月末残高だけを見ると潤沢に映っても、月の途中では資金が大きく落ち込む会社もあります。

だからこそ、余剰現金の判断は、一時点の貸借対照表だけでは足りません。月次の資金繰り、運転資本、季節変動、将来の支出予定を、あわせて確認する必要があります。

最低必要現預金をどう考えるか

余剰現金を算定するには、その手前で「最低必要現預金」を考えておく必要があります。

最低必要現預金とは、事業を通常どおり継続するために、会社内に残しておくべき現預金のことです。そして、ここは売主と買主で見方が分かれやすい論点でもあります。

売主は、なるべく多くを余剰現金として価格に上乗せしたいと考えがちです。買主は、買収後の資金ショートを避けるために、一定の現預金は会社に残しておくべきだと考えます。

最低必要現預金を見積もる方法としては、次のようなものが考えられます。

方法内容留意点
月商基準月商の一定期間分を必要資金として見る業種・回収条件・支払条件により差が大きい
月次資金繰り基準過去の資金繰りから最低残高を確認する異常月や一時要因を除外する必要がある
運転資本基準正常運転資本との関係で必要資金を見る現金を運転資本に含めるか整理が必要
支出予定基準納税、賞与、設備投資、返済等を積み上げる将来支出の確度を確認する必要がある
買主運営基準買主が買収後に必要と考える資金水準を見る売主との合意形成が必要

財務デューデリジェンスの実務では、運転資本は事業活動に投下され、短期のうちに計上・決済を繰り返しながら回転していく資産・負債として捉えます。キャッシュ・デットフリーを前提に対象会社を評価する場合、運転資本に現金を含めないのが通例ですが、店舗の小口現金のように事業上どうしても欠かせない現金は、最低必要現預金として別途検討します。

したがって、現預金のうちどこまでが余剰なのかは、単なる会計残高ではなく、事業運営上の必要性から判断することになります。

遊休不動産は「売れるか」だけでなく「売ってよいか」を見る

非事業資産の代表例が、遊休不動産です。

会社が保有する土地や建物が事業に使われていなければ、非事業資産として加算の対象になり得ます。ただ、「使っていない不動産だから時価を足す」と短絡的に考えるのは危険です。

遊休不動産については、少なくとも次の点を確認します。

確認項目判断のポイント
利用状況本当に事業に使っていないか
売却可能性市場で売却できる資産か
権利関係借地権、賃貸借、共有、担保、使用貸借がないか
税負担売却時に法人税等・消費税等の影響がないか
処分コスト解体費、測量費、土壌汚染対応、仲介手数料等
事業上の制約取引先、従業員、地域、許認可との関係で売却に制約がないか
スキーム株式譲渡で引き継ぐのか、事前に売却・分離するのか

一見、事業に使っていないように見えても、実際には従業員駐車場、倉庫、将来の拡張用地、取引先との関係維持、あるいは金融機関の担保として重要な役割を担っていることがあります。

また、売却すれば税金や処分コストも発生します。非事業資産として加算する場合でも、不動産の時価をそのまま足すのではなく、実現可能額、税負担、処分制約を反映させて考える必要があります。

投資有価証券は「保有目的」を確認する

投資有価証券も、非事業資産として扱うかどうかの判断が難しい項目です。

上場株式や投資信託のように、換金性が高く、事業上の保有目的が乏しいものは、非事業資産として加算対象になりやすいといえます。一方で、取引先株式、関係会社株式、業務提携先株式のように、事業上の関係維持や営業上の理由で保有しているものは、単純には切り離せません。

有価証券については、次の観点で整理します。

有価証券の種類主な判断軸
売買目的有価証券換金可能性が高ければ非事業資産になりやすい
政策保有株式事業関係維持の必要性を確認する
関係会社株式事業価値に含めるべきか、別途評価すべきかを検討する
非上場株式評価可能性、流動性、支配関係を確認する
投資信託等時価、換金制約、税負担を確認する

実務でも、売買目的有価証券のように容易に換金でき、売却に制約のないものは非事業資産に含めやすい一方、関係会社株式のように長期保有を前提とするものは、原則として非事業資産には含めない方向で個別に検討します。その他有価証券についても、保有目的や売却予定の有無を確認したうえで判断します。

大切なのは、時価があるかどうかではありません。その有価証券を売却しても、対象会社の事業価値を毀損しないか、という点です。

保険積立金は「解約できる資産」か「事業上必要な保障」か

中小企業では、生命保険や長期保険にかかる保険積立金が、貸借対照表に計上されていることがあります。

保険積立金は、一見すると解約返戻金として換金できる資産に見えます。しかし、保険には経営者保障、借入金返済原資、退職金準備、福利厚生、節税目的など、さまざまな背景があります。

非事業資産として扱うかどうかは、次の点を確認して判断します。

確認項目判断のポイント
契約目的経営者保障、借入対応、退職金準備、運用目的など
解約返戻金評価基準日時点で実際に解約した場合の返戻額
契約者貸付既に借入が行われていないか
税務影響解約時の益金・損金、税負担
買主の必要性買収後も保険を維持する必要があるか
売主側整理クロージング前に解約・名義変更・除外できるか

保険積立金は、現金に近い資産として価格に上乗せされることがあります。ただ、買主がその保険を必要としない場合や、解約に税負担が生じる場合には、帳簿価額をそのまま加算するのではなく、実現可能額で考えるのが適切です。

関係会社株式・子会社株式は特に慎重に見る

関係会社株式や子会社株式は、非事業資産かどうかの判断が、とりわけ難しい項目です。

対象会社が複数の事業を持っている場合、関係会社株式が本業の一部を担っていることがあります。このとき、単純に非事業資産として別加算すると、事業価値との重複が生じてしまいます。

逆に、現在の事業と関係が薄い投資先、休眠会社、売却可能な非中核子会社、資産保有会社への出資などは、非事業資産として別途評価すべき場合があります。

確認すべき論点は次のとおりです。

確認項目判断のポイント
事業との関係対象会社の本業に不可欠か
連結・非連結事業価値算定に含まれているか
損益の反映DCFやEBITDAに利益・損失が含まれているか
支配権自由に売却・処分できる持分か
流動性買い手がいるか、譲渡制限があるか
含み損益実質価値が帳簿価額と乖離していないか
負債・保証投資先の債務や保証関係がないか

実務上は、事業価値に対して、余剰現金、投資有価証券、連結対象外の子会社株式、事業からのフリー・キャッシュ・フローを生まないその他の資産といった非事業用資産を加算して企業価値を算定し、そこから有利子負債やその他の非株式請求権を控除して株式価値へつなぐ、という整理を行います。

関係会社株式を扱う際には、「連結外だから非事業資産」「関係会社だから事業資産」と機械的に決めつけず、評価モデルの中でどこに含まれているのかを確認することが欠かせません。

役員貸付金・関係会社貸付金は「資産」でも価値があるとは限らない

貸借対照表に役員貸付金や関係会社貸付金が計上されている場合、売主側は「会社の資産」として価格に反映したいと考えることがあります。

しかし、買主から見れば、貸付金は回収できて初めて価値があります。

役員貸付金や関係会社貸付金については、次の点を確認します。

確認項目判断のポイント
契約書金銭消費貸借契約書があるか
返済条件返済期限、利率、返済スケジュールが明確か
返済実績実際に返済されているか
回収可能性相手先に返済能力があるか
担保・保証回収を担保する手段があるか
税務リスク利息認定、役員賞与、寄附金等の問題がないか
クロージング前整理返済、相殺、売主側引受けが可能か

回収可能性が高く、買主が引き継いでも経済的価値がある貸付金であれば、非事業資産として加算の対象になり得ます。

一方、実質的に回収が難しい貸付金や、経営者・親族との関係で発生している貸付金は、非事業資産というより、クロージング前に整理すべき論点として、あるいは価格減額・補償・表明保証の対象として扱うべき場合があります。

非事業資産を加算するときは「税金」と「処分コスト」を忘れない

非事業資産を事業価値に加算する場合、時価をそのまま足せばよい、とは限りません。

多くの非事業資産は、実際に現金化すると税金や処分コストが発生するからです。

資産主な控除・調整論点
遊休不動産法人税等、消費税、仲介手数料、解体費、測量費、土壌汚染対応費
有価証券売却益課税、売却損、流動性ディスカウント
保険積立金解約時の益金・損金、契約者貸付控除
ゴルフ会員権売却可能額、名義変更料、流動性
関係会社株式株式評価、譲渡制限、税負担、買手探索コスト
貸付金回収不能リスク、回収費用、税務リスク

特に不動産や有価証券の含み益が大きい場合には、「含み益を誰が負担するのか」が売主・買主間の論点になります。

売主は、資産価値そのものを価格に反映したいと考えます。買主は、将来の売却時に税負担が生じるのであれば、その分を価格に織り込むべきだと考えることがあります。

この点は、取引スキームによっても変わります。株式譲渡であれば、会社が資産を保有したまま買主へ引き継がれます。事業譲渡や会社分割であれば、資産そのものを移転するのか、対象から除外するのかを検討する必要があります。

なお、中小M&Aのバリュエーションでは、時価純資産法、マルチプル法、DCF法といった複数のアプローチを用い、算定結果を比較検討することが想定されています。

出典:中小企業庁|中小M&Aガイドライン(第3版)

非事業資産の評価も、それ単独で完結するものではありません。時価純資産法、DCF、マルチプル、税務、スキーム、契約条件とあわせて判断していくものです。

DCFで非事業資産を扱うときの注意点

DCF法では、事業から生み出される将来フリー・キャッシュ・フローを現在価値に割り引いて、事業価値を算定します。

このとき重要になるのが、非事業資産から生じる収益や費用を、DCFのキャッシュ・フローに含めているかどうかです。

たとえば、次のような場面です。

状況注意点
遊休不動産の賃料収入を営業外収益として計画に含めている不動産価値を別加算すると二重計上になる可能性
投資有価証券の配当収入を計画に含めている有価証券価値を別加算するなら配当収入を除外すべき可能性
保険解約益を将来キャッシュ・フローに含めている解約返戻金を別加算すると重複する可能性
非中核子会社の損益を計画に含めている子会社株式を別評価するなら損益の扱いを整理する必要
余剰現金の受取利息を含めている余剰現金は通常、本業価値とは別に評価する

非事業用資産は、事業の業績評価を歪めることがあるため、事業用資産とは区別して評価するのが基本です。余剰現金や売買目的有価証券は、DCFの中で受取利息を割り引くのではなく、別途、市場価値に近い形で評価したほうが自然です。

DCFでは、「何を事業キャッシュ・フローに含めたか」を確認しないかぎり、非事業資産を正しく扱うことはできません。

マルチプル法で非事業資産を扱うときの注意点

マルチプル法でも、非事業資産の扱いは重要です。

たとえばEV/EBITDA倍率を用いる場合、分子であるEVは本業の価値を表すべきものです。ところが、会社に多額の余剰現金や遊休不動産があるのに、それを調整せずに倍率を計算すれば、倍率そのものが歪んでしまいます。

非事業用資産の市場価値を除外しないと、企業価値/EBITA等のマルチプルは高くなりすぎることがあります。一般には、EBITAやEBITDAに貢献しない非事業用資産は、マルチプルの分子である企業価値から除くべきもので、余剰現金、非連結子会社、余剰不動産、その他投資、前払年金資産などが調整の対象になり得ます。

マルチプル法では、次の整合性を確認します。

確認項目内容
分子EVに非事業資産が含まれていないか
分母EBITDA・EBITに非事業収益が含まれていないか
比較対象類似会社にも非事業資産が多く含まれていないか
調整対象会社だけでなく比較会社側の調整も必要か
解釈倍率の高低が本業の評価なのか、非事業資産の影響なのか

非事業資産を調整しないマルチプルは、見かけ上はもっともらしく映っても、実態として本業の収益力を正しく反映していない可能性があります。

「事業価値に足す」のか「譲渡前に整理する」のか

非事業資産は、必ずしも買主に引き継がせなければならないものではありません。

売主側で、あらかじめ売却・分配・会社分割・現物分配などにより整理しておくこともできます。逆に、買主が引き継いだうえで、買収後に売却・活用するという選択肢もあります。

検討すべき選択肢は次のとおりです。

対応方法主な特徴
そのまま会社に残して株式譲渡する株式価値に加算しやすいが、買主が税負担・処分リスクを引き継ぐ
クロージング前に売却する現金化できるが、税金・処分コスト・時間がかかる
売主側へ移転する非事業資産を切り離せるが、税務・会社法・契約手続の確認が必要
譲渡対象から除外する事業譲渡・会社分割等では整理しやすい場合がある
価格調整で処理する最終価格に反映できるが、計算方法を合意する必要がある

ここで押さえておきたいのは、非事業資産の扱いはバリュエーションだけで決まるものではない、という点です。

税務、会社法、会計、契約、金融機関、担保、株主間関係、クロージング日程までを含めて整理する必要があります。

組織再編税制では、適格組織再編成に該当すれば資産・負債を簿価で移転し、非適格組織再編成に該当すれば時価で移転する、という基本的な取扱いがあります。資産の切り離しや移転を伴う場合には、税務上の取扱いを個別に確認しておくことが欠かせません。

非事業資産と価格調整の関係

M&Aの実務では、非事業資産や余剰資金は、最初の評価額に加算して終わりではありません。最終契約上の価格調整にも影響します。

特に、次の論点は混同されやすいところです。

論点内容
余剰現金クロージング時点で会社に残る現預金をどう扱うか
ネットデット有利子負債等から現金等を控除するか
正常運転資本事業に必要な運転資本が基準を下回っていないか
非事業資産価格に含めるのか、売主側で除外するのか
価格調整基準日からクロージング日までの変動をどう反映するか

たとえば、基本合意の時点では余剰現金を価格に含める前提だったとしても、クロージングまでに納税や借入返済で現預金が減れば、価格調整が必要になることがあります。

また、キャッシュフリー・デットフリーの前提で事業価値を算定している場合には、現金をどう扱うか、有利子負債をどう控除するか、最低必要現預金をどう考えるかを、あらかじめ明確にしておかなければなりません。

この整理が曖昧なまま契約に進むと、売主は「現金を残したのだから価格に足されるべき」と考え、買主は「事業運営に必要な現金だから価格には含まれない」と考える、といった認識のずれが生じます。

非事業資産をめぐる売主・買主の見方の違い

非事業資産は、売主と買主で見方が分かれやすい論点です。

論点売主の見方買主の見方
現預金会社に残った財産なので価格に上乗せしたい事業に必要な現金は余剰ではない
遊休不動産時価相当を評価してほしい売却制約・税負担・処分コストを反映したい
有価証券市場価格を加算してほしい事業上必要か、売却可能かを確認したい
保険積立金解約返戻金を評価してほしい保障機能・税務影響・契約者貸付を確認したい
関係会社株式投資価値を反映したい事業価値との重複・流動性を確認したい
貸付金帳簿上の資産として反映したい回収可能性がなければ価値を認めにくい

この見方の違いを、「どちらが正しいか」で片づけてしまうのは得策ではありません。

大切なのは、各資産について、次の問いに答えられる状態にしておくことです。

  • その資産は、事業の将来キャッシュ・フローを生むために必要か
  • その資産から生じる収益は、すでに評価モデルに含まれているか
  • 買主はその資産を自由に処分できるか
  • 処分すると税金・コスト・事業上の不利益が生じるか
  • クロージング前に売主側で整理すべきか
  • 価格に含めるなら、どの金額を根拠にするか
  • 含めないなら、その理由を説明できるか

非事業資産の価格反映は、単なる足し算ではなく、取引条件の設計そのものなのです。

会計上の時価とM&A価格判断上の価値を混同しない

非事業資産を評価するときには、「時価」という言葉にも注意が必要です。

会計上の時価、税務上の時価、M&A交渉上の実現可能額、不動産鑑定評価額、清算価値。これらは、いずれも同じものではありません。

金融商品等の時価算定について定める会計基準としては、企業会計基準第30号「時価の算定に関する会計基準」があり、適用指針とあわせて参照されます。

出典:企業会計基準委員会|企業会計基準第30号 時価の算定に関する会計基準

もっとも、M&Aの価格判断では、会計基準上の時価だけでなく、売却可能性、税負担、処分制約、契約条件、買主にとっての経済的便益までを確認する必要があります。

会計上の時価がある資産でも、実際には売却できない、売却すれば取引先との関係が悪化する、担保が外せない、税負担が重い、買主が利用価値を認めない、といったことが起こり得るからです。

非事業資産の評価では、「いくらで評価されるか」だけでなく、「その価値を、誰が、どのように実現できるか」まで見ておかなければなりません。

非事業資産が多い会社は、本当に価値が高いのか

非事業資産が多い会社は、一時点で見れば、企業価値を押し上げることがあります。

しかし、長期的な企業価値という観点では、非事業資産を多く抱えていることが、必ずしも望ましいとは限りません。非事業資産は、本業の成長や収益力の向上に使われていない資産であることが多いからです。

非事業資産は、一時点では企業価値を引き上げます。ただ、資本コストを上回る収益性を持つ投資に回されていないかぎり、長期的には企業価値最大化の観点から課題になり得ます。

たとえば、会社に多額の余剰現金がある場合、売主にとっては価格の上乗せ要素です。一方、買主から見れば、その資金が本業の成長に使われていない、という見方も成り立ちます。遊休不動産が多い場合も、資産価値はある一方で、本業の収益力が低い、資本効率が悪い、という評価につながることがあります。

非事業資産が多い会社では、次の2つを分けて考える必要があります。

視点内容
一時点の株主価値非事業資産を加算することで株主価値は上がり得る
継続的な事業価値非事業資産が本業の収益力に貢献していなければ、事業価値は高まらない

つまり、非事業資産は「会社の価値を高める資産」であることもあれば、「本業に使われていない資本」であることもあります。

M&Aの価格判断では、この両面を整理しておく必要があります。

非事業資産を整理するための実務手順

非事業資産と余剰資金を価格判断に反映するには、次の順序で整理していくと、判断がぶれにくくなります。

1. まず評価対象を確認する

株式譲渡で会社全体を評価するのか、事業譲渡で一部の事業だけを評価するのか、会社分割で特定事業を切り出すのか。これによって、非事業資産の扱いは変わります。

株式譲渡では、会社に残る資産・負債を含めて株式価値を考えます。事業譲渡では、譲渡対象に含める資産と含めない資産を明確にします。会社分割では、承継対象となる資産・負債の範囲を設計します。

2. 事業価値の評価モデルに何を含めたか確認する

DCFであれば、将来キャッシュ・フローに何が含まれているかを確認します。マルチプル法であれば、EBITDAやEBITに非事業収益・費用が混ざっていないかを確認します。

すでに評価モデルに含まれているものを、別途、非事業資産として加算してはいけません。

3. 資産ごとに事業必要性を判定する

現預金、不動産、有価証券、保険、貸付金、関係会社株式などについて、事業に必要かどうかを確認します。

「本業に直接使っていない」だけでは足りません。売却・解約・回収しても、事業運営に支障がないかまで確認する必要があります。

4. 処分可能額を見積もる

非事業資産として加算する場合には、実現可能額を見積もります。時価、税負担、処分コスト、流動性、契約上の制約、担保、譲渡制限、回収可能性を反映させます。

5. 価格に含めるか、クロージング前に整理するかを決める

非事業資産を買主に引き継がせるのか、売主側で整理するのか、価格調整で処理するのかを検討します。この判断は、税務・会計・会社法・契約条件と密接に関係します。

6. 説明資料に落とし込む

最終的には、次のような形で説明できる状態にしておく必要があります。

説明すべき事項内容
非事業資産として識別したもの資産名、金額、根拠資料
非事業資産から除外したもの事業に必要と判断した理由
評価額時価、処分可能額、税効果、コスト控除
事業価値との重複確認DCF・マルチプルとの整合性
取引価格への反映加算、除外、価格調整、契約対応
残論点税務、法務、会計、DD上の追加確認事項

この整理があると、売主・買主、金融機関、株主、後継者、社内関係者に対して、価格判断の前提を説明しやすくなります。

非事業資産の議論は、価格を上げるためだけのものではない

非事業資産や余剰資金の議論は、売主が価格を高くするためだけのものではありません。

買主にとっては、事業価値と余剰資産を分けることで、実際に買収したい事業にいくら払っているのかを把握できます。売主にとっては、会社に蓄積された資産価値を、適切に説明できます。双方にとって、価格交渉を感情論ではなく、数字と事実に基づく議論へと移すための、重要な作業なのです。

ただし、非事業資産を正しく扱うには、次の混同を避ける必要があります。

  • 会社にある資産と、事業価値に貢献する資産を混同しない
  • 現預金と余剰現金を混同しない
  • 時価と実現可能額を混同しない
  • 税務上の時価とM&A交渉上の価値を混同しない
  • 事業価値に含めた収益と、非事業資産の加算を重複させない
  • 買主にとって自由に使える資産と、制約付きの資産を混同しない

非事業資産の評価は、単なる加算項目ではありません。会社の実態を分解し、取引価格を説明可能にするための作業です。

非事業資産と余剰資金を整理したい場合

M&A・事業承継・資本政策・組織再編の場面で、非事業資産や余剰資金をどこまで価格に反映すべきかは、会社の資産構成、収益力、資金繰り、取引スキーム、税務関係、契約条件によって変わってきます。

特に、次のような場合には、早い段階で整理しておくことをおすすめします。

  • 現預金が多いが、どこまでを余剰資金といえるか分からない
  • 遊休不動産や賃貸不動産を保有している
  • 投資有価証券、関係会社株式、保険積立金が多い
  • 役員貸付金や関係会社貸付金の扱いに迷っている
  • DCFやマルチプルによる事業価値と純資産額に大きな差がある
  • 仲介会社等から提示された価格に、余剰資産がどう反映されているか分からない
  • 売却前に非事業資産を整理すべきか悩んでいる
  • 株主・金融機関・後継者に、価格の根拠を説明する必要がある

犬飼公認会計士・税理士事務所では、M&A・承継・資本政策・組織再編における企業価値評価や取引価格の判断について、事業価値、非事業資産、余剰資金、有利子負債、税務影響、価格調整、説明可能性を踏まえた論点整理を支援しています。

非事業資産や余剰資金をどこまで価格に反映すべきか、自社の数字をもとに整理したい場合は、お問い合わせページからご相談ください。

この記事の振り返り

論点押さえるべきポイント
非事業資産の位置づけ事業価値とは別に、企業価値へ加算され得る資産
事業価値との関係事業キャッシュ・フローに含まれている資産を別途加算すると二重計上になる
余剰資金現預金残高そのものではなく、事業に必要な現預金を超える部分
最低必要現預金資金繰り、運転資本、季節変動、納税、賞与、借入返済等を踏まえて判断する
遊休不動産事業に不要で処分可能な場合は加算対象になり得るが、税金・処分コスト・制約を確認する
投資有価証券換金可能性だけでなく、事業上の保有目的を確認する
保険積立金解約返戻金、契約目的、税務影響、買主にとっての必要性を確認する
関係会社株式事業価値に含まれているか、別途評価すべき非中核投資かを分ける
貸付金帳簿上の資産でも、回収可能性がなければ価値として認めにくい
税金・処分コスト非事業資産を加算する際は、実現可能額で考える必要がある
DCFとの関係非事業収益をキャッシュ・フローに含めている場合、資産価値の別加算に注意する
マルチプルとの関係EBITDA等に貢献しない非事業資産を調整しないと倍率が歪む
価格調整との関係クロージング時点の現預金、ネットデット、正常運転資本との整合が必要
実務上の本質非事業資産の評価は、価格を上げるためではなく、事業価値と株主価値を説明可能に分ける作業
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