法人版事業承継税制の特例措置を検討するとき、多くの会社がまず気にされるのは、「特例承継計画を期限までに提出できるか」という点です。
もちろん、提出期限はきわめて重要です。中小企業庁が公表している現行の情報によれば、この特例措置を利用するには、平成30年4月1日から令和9年9月30日までの間に、特例承継計画を都道府県へ提出しておく必要があります。そして、計画を提出した事業者については、平成30年1月1日から令和9年12月31日までに贈与・相続によって会社の株式を取得した後継者が、特例措置の対象になります。
ただ、私が実務のなかで感じるのは、特例承継計画は「期限までに出せばよい書類」ではない、ということです。
この計画には、後継者の氏名や事業承継の予定時期だけでなく、承継時までの経営見通しと、承継後5年間の事業計画を記載します。さらに、その内容について認定経営革新等支援機関の指導・助言を受けることが求められています。
この「経営見通し」と「事業計画」をどう捉えるかによって、特例承継計画の意味は大きく変わってきます。
様式を埋めるだけであれば、計画書はあくまで形式的な提出書類にとどまります。一方で、後継者・株式・議決権・資金繰り・金融機関対応、そして承継後の経営体制まで整理して作り込めば、特例承継計画は、そもそも事業承継税制を使うべきかどうかを判断するための、重要な検討資料へと姿を変えます。
本記事では、特例承継計画における経営見通しと事業計画について、様式の逐条的な記載例ではなく、実務上どのような観点から整理しておくべきかという視点で解説します。
特例承継計画で求められる「経営見通し」と「事業計画」
特例承継計画では、大きく分けて2つの経営計画が問われます。
1つ目は、特例代表者が有する株式等を特例後継者が取得するまでの期間における経営の計画です。これは、株式承継が実行されるまでのあいだに、会社がどのような経営課題を抱えていて、その課題にどう対応していくのかを整理する部分にあたります。
2つ目は、特例後継者が株式等を承継した後5年間の経営計画です。こちらは、後継者が実際に株式を承継したあと、どのような経営を行っていく予定なのかを整理する部分です。
中小企業庁の特例承継計画記載マニュアルでも、記載事項として、会社、特例代表者、特例後継者、株式等を取得するまでの期間における経営計画、そして承継後5年間の経営計画などが挙げられています。
出典:中小企業庁|特例承継計画に関する指導及び助言を行う機関における事務について
ここで押さえておきたいのは、承継前と承継後とで、計画の意味合いが異なるという点です。
承継前の経営見通しは、「承継までに会社をどう整えるか」を見るためのものです。これに対して、承継後5年間の事業計画は、「後継者が経営者として会社をどう維持し、発展させていくか」を見るためのものです。
この2つを区別しないまま、抽象的な経営方針だけを書いてしまうと、特例承継計画は実務判断に使いにくい書類になってしまいます。
特例承継計画は、税務書類である前に経営承継の設計書である
法人版事業承継税制は、後継者である受贈者・相続人等が、円滑化法の認定を受けた非上場会社の株式等を贈与または相続等により取得した場合に、一定の要件のもとで、その非上場株式等に係る贈与税・相続税の納税を猶予し、後継者の死亡等によって納付が免除される制度です。平成30年度税制改正では、特例措置として、納税猶予の対象となる株式数の制限が撤廃され、納税猶予割合も引き上げられました。
もっとも、特例承継計画で問われているのは、税額の多寡だけではありません。
後継者が誰なのか。その後継者は、いつ株式を取得するのか。承継までに、会社の経営課題をどう整理しておくのか。承継後、後継者は代表者としてどのような経営を行うのか。そして、株式を承継したあとも会社を継続できる体制があるのか。
こうした点を確認するために、特例承継計画には経営見通しと事業計画の記載が求められているのです。
実務上も、特例承継計画は、後継者や承継時までの経営見通しを対象会社が記載し、認定経営革新等支援機関が所見を添えるものとして位置づけられています。つまりこの計画は、税務手続の入口であると同時に、会社が後継者へ経営権を移すための「設計書」でもある、ということです。
承継時までの経営見通しで整理すべきこと
承継時までの経営見通しでは、株式を後継者へ移すまでの期間に、会社がどのような状態にあるのかを整理します。
ここで見るべきなのは、単なる売上見通しや利益見通しだけではありません。事業承継税制の適用を判断するうえで必要になるのは、経営・財務・株主構成・後継者体制がひとつにつながった見通しです。
後継者が経営を引き継げる状態にあるか
まず確認しておきたいのは、後継者が形式的に決まっているだけでなく、実際に経営を引き継げる状態にあるかどうかです。
特例承継計画には、特例後継者を記載します。そして、ここに氏名を記載された人でなければ、特例措置の認定を受けることはできません。記載後に後継者を変更する場合には、別途、変更手続が必要になります。
出典:中小企業庁|特例承継計画に関する指導及び助言を行う機関における事務について
そのため、後継者欄を埋める前に、次のような点を確認しておきたいところです。
| 確認事項 | 実務上の意味 |
|---|---|
| 後継者が代表者として経営できるか | 税制要件だけでなく、実際の経営継続可能性に関わる |
| 先代経営者の退任時期が整理されているか | 承継の時期、権限移譲、金融機関説明に影響する |
| 後継者が株式取得後に議決権を安定して確保できるか | 経営権の安定性に関わる |
| 後継者以外の親族・役員との関係が整理されているか | 承継後の意思決定や相続紛争リスクに関わる |
| 後継者が経営数字を把握できているか | 承継後5年間の事業計画の実効性に関わる |
後継者の氏名を記載するだけなら、決して難しいことではありません。しかし、その後継者が実際に経営判断を担えるかどうかを確認しないまま計画を作ってしまうと、承継後に、税務要件よりも経営面の問題のほうが先に表面化することがあります。
株式をいつ移すのか
承継時までの経営見通しでは、株式をいつ移す予定なのかも、重要な論点になります。
生前贈与で進めるのか。それとも、相続発生時に承継するのか。先代経営者の年齢、後継者の準備状況、株価、会社の資金繰り、相続人間の関係などを見ながら、どの時点で株式を移すのが現実的なのかを検討していきます。
特例承継計画を提出したからといって、その後に必ず贈与を実行しなければならないわけではありません。一方で、特例措置の対象となる贈与・相続は、令和9年12月31日までに行われるものとされています。
したがって計画段階では、提出期限だけでなく、承継を実際に実行する時期まで見据えておく必要があります。
承継予定時期を決めるにあたっては、少なくとも次のような論点が関わってきます。
| 論点 | 確認する理由 |
|---|---|
| 現在の自社株評価額 | 贈与税・相続税、納税猶予額、猶予対象外税額に影響する |
| 将来の業績見通し | 株価の上昇・下落の可能性を把握する |
| 先代経営者の退任方針 | 代表権、役員報酬、退職金、金融機関説明に影響する |
| 後継者の代表就任時期 | 税制要件と実際の経営移行に関わる |
| 他の株主・相続人の状況 | 株式移転の順序や合意形成に影響する |
| 将来の売却・再編可能性 | 納税猶予の取消・再計算リスクに関わる |
承継時期は、税額が少なくなる時期だけで決めるものではありません。後継者が経営できる時期、株主構成が安定する時期、会社財務に無理が出にくい時期。これらを重ね合わせながら考えていく必要があります。
承継前に整えるべき経営課題
特例承継計画では、承継時までの経営上の課題と、その課題への対処方針を記載します。
ここでいう経営課題とは、表面的な経営方針のことではありません。後継者が承継後に困らないよう、承継前のうちに整えておくべき論点を指します。
たとえば、次のような課題が考えられます。
| 経営課題 | 承継前に確認すべき観点 |
|---|---|
| 月次決算が遅い | 後継者が早期に経営判断できる数字があるか |
| 資金繰りが見えにくい | 借入返済、納税資金、投資余力を説明できるか |
| 経理・管理が属人化している | 後継者や管理部門へ引き継げる仕組みがあるか |
| 株式が分散している | 後継者が議決権を安定して確保できるか |
| 先代経営者への依存が強い | 取引先、金融機関、従業員との関係を引き継げるか |
| 不採算事業がある | 承継後5年間の経営計画に影響しないか |
| 資産管理会社化リスクがある | 制度適用や適用後管理に影響しないか |
| 他の相続人との調整が未了 | 遺留分、代償財産、遺言、合意形成が必要か |
事業承継では、後継者を決めることと、後継者が経営できる状態を整えることは、別の問題です。承継時までの経営見通しは、後継者が経営できる状態をつくるための準備計画として捉えておくとよいでしょう。
承継後5年間の事業計画で問われること
特例承継計画では、後継者が株式等を承継した後5年間の経営計画も記載します。
ここで注意したいのは、この5年間が「計画提出日から5年間」ではないという点です。あくまで、特例後継者が実際に株式等を承継したあとの5年間を指します。
中小企業庁の特例承継計画記載マニュアルでも、承継後5年間の経営計画について、設備投資や新事業展開、売上目標、利益目標の記載を必ず求めるものではないと整理されています。後継者が先代経営者や認定支援機関と相談しながら、事業の持続・発展に必要だと考える内容を記載すればよい、という趣旨です。
出典:中小企業庁|特例承継計画に関する指導及び助言を行う機関における事務について
これは、見落とされがちですが重要なポイントです。
承継後5年間の事業計画は、立派な成長計画を書くための欄ではありません。後継者が、承継後に会社をどう維持し、どのような課題に向き合い、どのような管理体制で経営していくのかを整理するための欄なのです。
売上目標よりも、経営を継続できる根拠が重要
承継後5年間の事業計画を書くとき、売上や利益の目標だけを並べても、実務判断としては不十分です。
もちろん、業績見通しは重要です。ただ、事業承継税制を検討するうえでより大切になるのは、後継者がその計画を実行できる体制があるかどうかです。
承継後5年間の事業計画では、次のような観点を整理しておくと、計画の実効性を検討しやすくなります。
| 観点 | 確認すべき内容 |
|---|---|
| 経営体制 | 後継者、役員、幹部、管理部門の役割分担 |
| 財務管理 | 月次決算、資金繰り、借入返済、予実管理 |
| 収益構造 | 主要事業、利益率、不採算事業、固定費 |
| 事業継続 | 主要取引先、従業員、許認可、設備、営業体制 |
| 株主構成 | 後継者の議決権、少数株主、親族株主、種類株式 |
| 相続関係 | 他の相続人、遺留分、代償財産、遺言 |
| 資金需要 | 納税資金、退職金、設備投資、運転資金 |
| 将来選択肢 | 組織再編、持株会社化、廃業、M&Aへの移行可能性 |
事業計画を作る目的は、将来を正確に予測することではありません。将来の不確実性を前提としたうえで、どこにリスクがあり、何を管理すべきなのかを「見える化」することにあります。
「事業の持続・発展」とは、無理な成長を意味しない
特例承継計画の事業計画というと、成長戦略や新規投資を必ず書かなければならないように感じるかもしれません。
しかし、承継後の会社にとって本当に重要なのは、無理な成長を掲げることではありません。むしろ承継直後は、経営権の移行、従業員・取引先・金融機関との関係維持、資金繰りの安定、管理体制の引継ぎといった足元こそが重要になることもあります。
とくに事業承継税制を使う場合には、後継者が対象株式等を継続して保有し、代表者として経営を行うといった要件が問題になります。贈与税・相続税の納税猶予制度では、認定後の報告期間中、原則として申告期限から5年間、代表者として経営を行うことなどが求められ、その後も対象株式等の継続保有等が求められます。
こうした事情から、承継後5年間の事業計画では、次のような視点も大切になります。
| 視点 | 実務上の意味 |
|---|---|
| 後継者が代表者として経営できるか | 税制要件と経営実態の両方に関わる |
| 株式を継続保有できるか | 取消リスク、資金需要、相続関係に関わる |
| 雇用・組織を維持できるか | 経営計画、年次報告、従業員数管理に関わる |
| 資金繰りが持つか | 借入返済、投資、退職金、納税資金に関わる |
| 計画と実績を比較できるか | 経営改善、金融機関説明、継続管理に関わる |
承継後5年間の事業計画は、前向きな将来像を描くためだけのものではありません。後継者が会社を引き継いだあと、どのような管理を続けていくべきかを明確にするための計画でもあるのです。
認定支援機関の指導・助言は、署名欄を埋めるためのものではない
特例承継計画では、認定経営革新等支援機関による指導・助言を受けた旨を記載する必要があります。
中小企業庁は、認定経営革新等支援機関について、中小企業が安心して経営相談等を受けられるよう、専門知識や実務経験が一定レベル以上の者を国が認定する公的な支援機関だと説明しています。商工会、商工会議所、金融機関のほか、税理士、公認会計士、弁護士などが主な認定機関とされています。
この指導・助言は、計画書に形式的な所見を書き入れるためのものではありません。認定支援機関には、少なくとも次のような観点から計画内容を確認する役割があると考えています。
| 確認観点 | 具体的に見るべき内容 |
|---|---|
| 後継者の妥当性 | 後継者が代表者として経営を担えるか |
| 承継時期 | 贈与・相続・株価・経営移行時期の整合性 |
| 経営課題 | 承継までに整理すべき課題が明確か |
| 事業計画 | 承継後5年間の方針が会社の実態に合っているか |
| 財務面 | 資金繰り、借入、退職金、納税資金に無理がないか |
| 株主構成 | 議決権、株式分散、少数株主の問題がないか |
| 継続管理 | 年次報告、継続届出、取消リスクを見据えているか |
特例承継計画は、認定支援機関の関与が求められる制度です。だからこそ、計画書を作る段階で、後から問題になりそうな論点をあらかじめ整理しておくことに、大きな意味があります。
実務でも、特例承継計画の提出にあたっては、認定支援機関などの専門家の助言を受けながら、後継者の選定や株式承継時期を明確にし、円滑な事業承継・引継ぎの準備を促していくことが重視されています。
計画内容と実際の承継実務がずれると何が問題になるか
特例承継計画は、提出後に変更できる場合があります。
中小企業庁によれば、計画の確認を受けたあとに内容に変更があった場合や、確認を受けた会社が消滅するなど一定の組織再編があった場合には、変更申請書または報告書を都道府県に提出し、あらためて確認を受けることができるとされています。その際、変更申請書または報告書には変更事項等を反映した計画を記載し、再度、認定支援機関の指導・助言を受ける必要があります。
したがって、計画提出後に事情が変わること自体は、制度上、当然に想定されています。ただし、だからといって、最初から実態と合わない計画を作ってよいわけではありません。
たとえば、後継者が実際にはまだ経営に関与していないのに、承継後すぐに代表者として安定経営できる前提で計画を組んでしまう。株式が分散しているにもかかわらず、後継者が議決権を安定して確保できるかを確認しないまま進める。月次決算や資金繰りが整っていないのに、承継後の投資計画や成長方針だけを並べてしまう。相続人間の調整が未了なのに、株式集中に支障はない前提で話を進める。
こうした計画は、提出時には通ってしまうかもしれません。しかし、その後の贈与・相続、認定申請、税務申告、年次報告、継続届出の各段階で、計画と実態のずれが次第に問題になってきます。
事業承継税制は、入口の書類だけで完結する制度ではありません。特例承継計画は、その後の認定申請・税務申告・承継後管理へとつながっていく、最初の判断資料なのです。
経営見通しと自社株評価は切り離せない
特例承継計画の経営見通しを考えるとき、自社株評価の問題も避けて通れません。
自社株評価は、納税猶予額や猶予対象外税額に影響するだけではありません。会社の利益水準、純資産、資産構成、配当状況、事業内容といった要素は、承継時期や承継方法の判断そのものにも影響します。
たとえば、今後利益が大きく伸びる見込みであれば、株価が上昇する可能性があります。逆に、退職金の支給、不採算事業の整理、資産売却、組織再編などを予定している場合には、株価や財務内容が大きく変動することもあります。
自社株評価の実務では、同族株主判定、会社規模判定、類似業種比準方式、純資産価額方式、配当還元方式、特定評価会社の判定などが論点になります。株主や議決権の状況によって、適用される評価方式が変わることもあります。
そのため、経営見通しを作る際には、次のような点を確認しておきたいところです。
| 確認事項 | 承継判断への影響 |
|---|---|
| 今後の利益見通し | 類似業種比準価額や株価上昇可能性に影響 |
| 純資産の状況 | 純資産価額や納税猶予額に影響 |
| 不動産・有価証券の保有状況 | 特定評価会社、資産管理会社判定に影響 |
| 役員退職金の予定 | 損益、純資産、資金繰り、株価に影響 |
| 配当方針 | 株価評価、少数株主対応、資金流出に影響 |
| 組織再編の予定 | 株価、税制適用、取消リスクに影響 |
経営見通しは、事業計画としてだけでなく、自社株評価と税務判断の前提にもなります。だからこそ、承継計画と株価試算は別々に作るのではなく、同じ前提のもとで整合させておくことが大切です。
承継後5年間の計画と雇用・従業員数管理
法人版事業承継税制の特例措置では、従来の雇用維持要件が弾力化されています。
中小企業庁は、雇用要件について、事業承継後5年間平均で雇用の8割維持が必要とされていた要件を抜本的に見直し、これを満たせなかった場合でも納税猶予を継続できるようにしたと説明しています。ただし、経営悪化等が理由の場合には、認定支援機関の指導助言が必要になります。
また、事業承継税制の適用後5年間における従業員数の平均が、贈与・相続の時点と比べて8割を下回った場合には、その理由を記載し、認定支援機関による所見を添える必要があるとされています。
この点は、承継後5年間の事業計画を考えるうえでも見逃せません。
雇用要件が弾力化されたからといって、従業員数の管理が不要になったわけではないからです。むしろ、承継後の事業計画のなかで、どのような人員体制で経営していくのかを整理しておくことが、いっそう重要になります。
人員削減を予定している場合。高齢従業員の退職が見込まれる場合。採用難が続いている場合。事業縮小や不採算部門の整理を検討している場合。事業再編によって従業員数が変動する可能性がある場合。
こうした会社では、承継後5年間の計画と従業員数の管理を、切り離して考えることはできません。承継後の事業計画には、単なる売上拡大の方針だけでなく、組織をどう維持し、人員体制をどう管理していくのかという視点が欠かせないのです。
金融機関に説明できる事業計画になっているか
事業承継税制の計画は、税務制度のためだけに作るものではありません。
後継者が会社を引き継ぐ場面では、金融機関への説明が必要になることがあります。とくに、借入金、経営者保証、設備投資、役員退職金、自己株式取得、納税資金などが関係する場合には、承継計画と資金繰り計画とがきちんと整合していなければなりません。
金融機関は、単に「事業承継税制を使うかどうか」だけを見ているわけではありません。
後継者が経営を続けられるか。返済原資はどうなるのか。先代経営者への退職金支給によって、会社財務が悪化しないか。承継後の売上・利益・資金繰りを説明できるか。個人保証をどう扱うのか。こうした点を確認していきます。
したがって、承継後5年間の事業計画は、税務上の計画であると同時に、金融機関や関係者に会社の将来を説明するための基礎資料にもなります。とくに、次のような場合には、計画の整合性が問われます。
| 状況 | 金融機関説明で問題になりやすい点 |
|---|---|
| 先代経営者へ退職金を支給する | 資金流出、損益、純資産、返済余力 |
| 後継者が個人保証を引き継ぐ | 後継者の資産背景、保証解除方針 |
| 設備投資を予定している | 投資額、回収見込み、資金調達 |
| 自己株式取得を予定している | 会社資金の流出、財源規制、税務処理 |
| 売上構成を変える予定がある | 収益性、取引先依存、事業継続性 |
| 不採算事業を整理する | 短期損益、従業員数、資金繰り |
事業承継税制を使う場合であっても、会社の財務安全性が損なわれてしまえば、後継者の経営は安定しません。税務メリットと会社財務は、同じテーブルの上で検討する必要があります。
事業計画を「後から説明できる」形にする
特例承継計画では、計画内容そのものも大切ですが、それ以上に、どのような前提でその計画を作ったのかを残しておくことが重要だと考えています。
なぜこの後継者を選んだのか。なぜこの時期に株式を承継するのか。なぜ贈与を選び、あるいは相続まで待つのか。なぜ承継後5年間の計画をその内容にしたのか。なぜ資金繰りに問題がないと判断したのか。なぜ他の相続人や少数株主への対応が、必要ない、あるいは必要であると判断したのか。
こうした判断の過程が残っていないと、後になって説明しづらくなってしまいます。
事業承継税制は、適用後も年次報告や継続届出が続く制度です。また将来、代表退任、株式譲渡、組織再編、廃業、売却などが生じた場合には、納税猶予の継続や取消が問題になることもあります。
そのため、計画作成の段階で、次のような資料を整えておくことが望ましいといえます。
| 資料 | 残しておく意味 |
|---|---|
| 直近決算書・申告書 | 経営見通しの前提となる数字を確認する |
| 月次試算表 | 直近の業績・資金繰りを確認する |
| 株価試算資料 | 承継時期・納税猶予効果の前提を確認する |
| 株主名簿 | 議決権・株式分散・後継者取得株式を確認する |
| 定款 | 譲渡制限、種類株式、議決権制限を確認する |
| 借入金一覧 | 返済予定、担保、保証、金融機関対応を確認する |
| 事業計画・資金繰り表 | 承継後5年間の計画と財務安全性を確認する |
| 検討メモ・議事録 | 判断過程とリスク説明を残す |
特例承継計画は、提出すること自体よりも、その作成の過程で何を確認し、どのような判断を下したのかのほうが、後々まで効いてきます。
特例承継計画における事業計画を作る際の注意点
特例承継計画の事業計画を作るにあたっては、いくつか気をつけておきたい点があります。
希望的な計画にしない
承継後の計画は、前向きであってよいのですが、根拠のない楽観論であってはなりません。
売上が増える見込み、利益が改善する見込み、人員を維持できる見込み、資金繰りが安定する見込み。こうした見通しを書くのであれば、その前提もあわせて整理しておくべきです。
取引先の状況、受注見込み、価格改定、人員体制、設備投資、借入返済、原価上昇、後継者の経験。計画の背景にある事実を、ひとつずつ確認していくことが大切です。
税務上の要件と経営上の実態を分けない
税務上の要件を満たすことと、後継者が実際に経営できることは、同じではありません。
特例承継計画には、後継者の氏名や承継予定時期を記載します。しかし実務上は、その後継者が経営できる体制、権限、議決権、資金繰り、そして社内外の信頼関係を持っているかどうかを、しっかり確認しておく必要があります。
税務上は要件を満たしていても、経営上の準備が不足していれば、承継後の計画は実効性を欠いてしまいます。
承継後の出口を完全に無視しない
事業承継税制を使う場合、将来の売却・廃業・組織再編に制約が生じる可能性があります。
もちろん、特例承継計画の段階で、将来をすべて確定させることはできません。それでも、将来、会社を売却する可能性があるのか、事業の一部を切り離す可能性があるのか、後継者が経営を続けられなくなった場合にどう対応するのか。こうした点は、制度の適用前に確認しておきたいところです。
特例措置では、将来の売却・廃業の際に株価が下落していた場合に備えて、一定の再計算・減免の仕組みが設けられています。とはいえ、それがあるからといって、出口の検討が不要になるわけではありません。
承継後5年間の計画は、制度を維持するためだけでなく、将来の経営選択肢を狭めすぎないためにも重要です。
計画提出後の変更可能性を見込む
事業承継では、提出時点の計画どおりにすべてが進むとは限りません。
後継者が変わることもあります。贈与の予定だったものを、相続まで待つこともあります。先代経営者の健康状態、会社の業績、金融機関対応、親族間の合意状況が変わることもありますし、組織再編や持株会社化を検討することもあるでしょう。
特例承継計画には変更手続が用意されているとはいえ、変更が必要になる可能性を、最初から意識しておくことが大切です。計画段階で「なぜこの内容にしたのか」を残しておけば、いざ変更が必要になったときにも、どこが変わり、どこを維持すべきなのかを整理しやすくなります。
形式的な事業計画で終わらせないための実務チェック
特例承継計画の事業計画を作る際には、少なくとも次の問いに答えられる状態を目指したいところです。
| 問い | 確認する意味 |
|---|---|
| 後継者はなぜその人なのか | 経営能力、株式承継、関係者合意を確認する |
| 承継時期はなぜその時期なのか | 株価、税務、代表交代、資金繰りを確認する |
| 承継までに何を整えるのか | 株主構成、経理体制、資金繰り、後継者教育を確認する |
| 承継後5年間で何を維持・改善するのか | 経営計画の実効性を確認する |
| 資金繰りは無理がないか | 納税資金、退職金、借入返済、投資計画を確認する |
| 株式・議決権は安定するか | 後継者の経営権と少数株主リスクを確認する |
| 他の相続人への説明は可能か | 遺留分、代償財産、遺言、合意形成を確認する |
| 金融機関に説明できるか | 事業計画、返済原資、保証、財務安全性を確認する |
| 将来の売却・廃業・再編をどう考えるか | 納税猶予の取消・再計算リスクを確認する |
| 計画と実績をどう管理するか | 年次報告、継続届出、承継後管理を確認する |
これらを整理しておくと、特例承継計画は単なる提出書類ではなく、承継判断のための実務資料へと変わっていきます。
まとめ
特例承継計画における経営見通しと事業計画は、様式を埋めるためのものではありません。
承継時までの経営見通しでは、後継者が株式を取得するまでに、会社がどのような経営課題を抱え、それにどう対応していくのかを整理します。承継後5年間の事業計画では、後継者が株式を承継したあと、どのように会社を維持し、必要な改善を進め、制度適用後の管理に対応していくのかを整理します。
中小企業庁の最新情報では、法人版事業承継税制の特例措置を利用するための特例承継計画の提出期限は、令和9年9月30日までとされています。なお、財務省の令和8年度税制改正の大綱でも、非上場株式等に係る相続税・贈与税の納税猶予の特例制度について、特例承継計画の提出期限を1年6か月延長することが示されています。
出典:財務省|令和8年度税制改正の大綱
出典:中小企業庁|法人版事業承継税制(特例措置)
ただし、期限が延長されたからといって、検討を後回しにしてよいわけではありません。
経営見通しと事業計画は、自社株評価、株主構成、議決権、後継者体制、資金繰り、金融機関対応、相続関係、承継後管理と、いくつもの論点でつながっています。これらを整理しないまま計画を提出してしまうと、後の認定申請、税務申告、継続届出、取消リスクの場面で、問題が一気に表面化することがあります。
特例承継計画は、税制の入口であると同時に、会社を次世代へ引き継ぐための判断資料です。「何を書くか」だけでなく、「どの事実に基づき、どのような判断でその計画にしたのか」を残しておくことが、後から説明できる事業承継につながっていきます。
振り返り
| 項目 | 重要ポイント |
|---|---|
| 経営見通しの役割 | 株式承継までに会社をどう整えるかを整理する |
| 承継後5年間の事業計画 | 後継者が株式承継後にどのような経営を行うかを整理する |
| 売上・利益目標 | 必ずしも設備投資・新事業展開・売上目標・利益目標の記載が求められるわけではない |
| 後継者体制 | 氏名の記載だけでなく、実際に経営を担える体制があるかを確認する |
| 株主構成 | 議決権、少数株主、名義株、種類株式などを確認する |
| 自社株評価 | 承継時期、納税猶予額、資金繰りに影響する |
| 資金繰り | 納税資金、退職金、借入返済、設備投資と整合させる |
| 金融機関対応 | 後継者、返済原資、経営者保証、財務安全性を説明できる計画にする |
| 承継後管理 | 年次報告、継続届出、雇用・従業員数管理を見据える |
| 注意点 | 特例承継計画は提出して終わりではなく、認定申請・税務申告・承継後管理へつながる |
特例承継計画の経営見通しや承継後5年間の事業計画は、会社の実態を見ないまま形式的に作成してしまうと、後の手続や承継後の経営において問題が生じやすくなります。
犬飼公認会計士・税理士事務所では、事業承継税制の適用可否だけにとどまらず、自社株評価、株主構成、資金繰り、後継者体制、さらには承継後の管理負担まで含めて、後から説明できる形で論点を整理する支援を行っています。
特例承継計画の作成前に、経営見通しや承継後5年間の事業計画をどこまで整理しておくべきかを確認したい場合は、犬飼公認会計士・税理士事務所のホームページにあるお問い合わせページより、お気軽にご相談ください。