自社株の承継を考えるとき、避けて通れないのが方法の比較です。事業承継税制を使うべきなのか。相続時精算課税で贈与するのか。毎年少しずつ暦年贈与で移していくのか。それとも、後継者に売買で買い取らせるのか。
ただ、この比較を「どれが一番税金を抑えられるか」という一点だけで進めてしまうと、判断を誤ることがあります。
事業承継税制は、贈与税・相続税の納税猶予や免除を受けられる可能性がある制度です。その一方で、代表者要件や株式保有、継続届出、取消事由、さらには将来の売却・廃業時の影響まで考えに入れておく必要があります。
相続時精算課税は、まとまった株式を早い段階で移しやすい制度です。ただし、いったん選択すると、同じ贈与者からの贈与については暦年課税へ戻れません。相続時には、原則として贈与時の価額で相続税の課税価格に取り込まれます。
暦年贈与は、毎年110万円の基礎控除を使いやすい点が魅力です。とはいえ、自社株のように評価額が大きく、議決権を一気に移したい財産には限界があります。加えて、令和6年1月1日以後の贈与については、相続税への加算期間が段階的に相続開始前7年以内へと延長されています。
売買は、贈与税ではなく、譲渡所得と購入資金の問題として整理できる方法です。ただし、時価、低額譲渡、みなし贈与、後継者の資金調達、会社財務への影響を、ひとつずつ慎重に確認しなければなりません。
本記事では、法人の非上場株式の承継を中心に、事業承継税制・相続時精算課税・暦年贈与・売買の4つを比較します。そのうえで、どの方法を選ぶべきかを判断するための、実務上の視点を整理していきます。
まず比較すべきは「税目」ではなく「承継の目的」
自社株承継の方法を比べるとき、最初に確認すべきは、税金の制度名ではありません。
整理しておきたいのは、何のために株式を移すのか、という点です。
後継者に代表権だけでなく議決権も集中させたいのか。相続争いを防ぐために、生前のうちに株主構成を固めておきたいのか。株価が上がる前に、評価額を固定したいのか。先代の生活資金や退職後の資金を確保したいのか。後継者に経営者としての覚悟を持たせたいのか。あるいは、会社を将来売却・再編・廃業する可能性を残しておきたいのか。
こうした目的によって、最適な方法は変わってきます。
同じ自社株でも、後継者に経営権を集中させるための株式、少数株主から整理していく株式、相続人間の財産調整に使う株式、将来の自己株式取得やM&Aを見据えて動かす株式では、検討の順番がそれぞれ異なります。
ですから、事業承継税制・相続時精算課税・暦年贈与・売買は、単純な優劣で並べるのではなく、それぞれの役割を分けて考える必要があります。
| 方法 | 主な性格 | 向いている場面 | 注意点 |
|---|---|---|---|
| 事業承継税制 | 納税猶予・免除を前提とする制度承継 | 株価が高く、後継者が長期経営を担う前提が強い場合 | 継続要件、取消リスク、届出管理、将来の売却・廃業への影響 |
| 相続時精算課税 | 生前に大きな財産を移し、相続時に精算する制度 | まとまった株式を早期に移したい場合、株価上昇が見込まれる場合 | 撤回不可、相続時加算、特定贈与者ごとの長期管理 |
| 暦年贈与 | 毎年の贈与として少しずつ移す方法 | 少額株式や、議決権に大きく影響しない範囲を移す場合 | 7年加算、贈与税の累進税率、議決権移転の遅さ |
| 売買 | 対価を支払い、譲渡所得として処理する方法 | 後継者に資金力があり、取引として説明したい場合 | 時価、低額譲渡、譲渡所得、資金調達、会社法手続 |
事業承継税制は「税金がなくなる制度」ではなく「条件付きの納税猶予」
法人版事業承継税制は、後継者である受贈者・相続人等が、円滑化法の認定を受けた非上場会社の株式等を贈与または相続等により取得した場合に活用できる制度です。その非上場株式等に係る贈与税・相続税について、一定の要件のもとで納税が猶予され、後継者の死亡等により納付が免除されます。
平成30年度税制改正で創設された特例措置では、対象株式数の上限撤廃や、猶予割合の100%化などが設けられました。
出典:国税庁|法人版事業承継税制 出典:国税庁|事業承継税制特集
また、この特例措置については、特例承継計画の提出期限が令和9年9月30日まで、贈与・相続による株式取得の期限が令和9年12月31日までとされています。特例措置では、親族外を含むすべての株主から、代表者である後継者最大3人への贈与・相続が対象となります。
この制度は、株価が高い会社にとって、非常に大きな効果を持つことがあります。自社株に係る贈与税・相続税の納税を猶予できれば、後継者が納税資金のために会社から無理に資金を引き出したり、株式を分散させたりするリスクを下げられるからです。
ただ、ここで押さえておきたいのは、事業承継税制は非課税制度ではないということです。
代表者要件、株式保有要件、同族関係者の議決権要件、資産管理会社の判定、年次報告・継続届出。これらを満たし続ける必要があります。
将来、後継者が株式を譲渡したとき、代表を退任したとき、議決権要件を失ったとき、会社が資産管理会社化したとき、あるいは報告・届出を怠ったとき。こうした場面では、猶予されていた税額の全部または一部を、納付しなければならない可能性が出てきます。
つまり、事業承継税制が向いているのは、単に株価が高い会社ではありません。後継者が長期にわたって会社を継続する意思と能力を持ち、会社側も継続届出や要件管理を行う体制を整えられる会社です。
事業承継税制を検討すべき場面
事業承継税制を優先的に検討したいのは、次のような場面です。
| 検討場面 | 理由 |
|---|---|
| 自社株評価額が高く、通常の贈与・相続では納税資金が不足する | 納税猶予により、後継者の資金負担を大きく抑えられる可能性がある |
| 後継者が明確で、代表者として経営を継続する前提が強い | 税制要件と経営実態が一致しやすい |
| 議決権を後継者へ集中させたい | 特例措置では対象株式数の上限撤廃により、株式集中と相性がよい |
| 将来の第三者売却や短期廃業の可能性が低い | 長期管理を前提にしやすい |
| 会社に届出・報告・資料管理を継続できる体制がある | 制度適用後の取消リスクを管理しやすい |
反対に、後継者がまだ確定していない会社、将来のM&Aを強く想定している会社、事業継続に不安がある会社、親族間の合意形成が不十分な会社。こうしたケースでは、事業承継税制を使うことが、かえって将来の選択肢を重くしてしまうことがあります。
「適用できるか」と「適用すべきか」は、別の問題なのです。
相続時精算課税は、株式を早く大きく移せるが、撤回できない
相続時精算課税は、原則として60歳以上の父母または祖父母などから、18歳以上の子または孫などへ財産を贈与した場合に選択できる制度です。
選択にあたっては、贈与を受けた年の翌年2月1日から3月15日までに、一定の書類を添付した相続時精算課税選択届出書を提出する必要があります。そして、いったん選択すると、その贈与者からの贈与については暦年課税へ戻ることができません。
なお、令和6年1月1日以後の贈与については、相続時精算課税にも毎年110万円の基礎控除が設けられています。相続時には、相続時精算課税適用財産の贈与時の価額から、この基礎控除額を差し引いた残額を、相続財産と合算して相続税を計算します。
出典:国税庁|参考 相続時精算課税制度のあらまし 出典:国税庁|No.4409 贈与税の計算(相続時精算課税の選択をした場合)
相続時精算課税の特徴は、贈与の時点で大きな財産を移しやすいことにあります。特別控除額2,500万円を活用でき、これを超える部分については一律20%の贈与税となります。
自社株承継という観点で見ると、相続時精算課税は次のような場面で検討されます。
- 事業承継税制を使うほどではないが、まとまった株式を早めに後継者へ移したい
- 今後株価が上がる可能性が高く、贈与時の評価額で固定したい
- 相続まで待つと議決権が分散するおそれがある
- 後継者がすでに代表者、または実質的な経営者になっている
- 事業承継税制の贈与税納税猶予と併用することで、取消時の税負担を比較したい
ただし、相続時精算課税は「贈与税を安くして終わり」という制度ではありません。名前のとおり、相続時に精算されます。
仮に贈与財産が使われてなくなっていたとしても、原則として相続税の計算上は贈与時の価額で取り込まれます。また、受贈者が特定贈与者より先に亡くなった場合には、相続時精算課税に伴う権利義務の承継という、複雑な問題も生じてきます。
出典:国税庁|相続時精算課税における相続税の納付義務の承継等
相続時精算課税には、株式を早期に動かす力があります。しかし、撤回できない以上、将来の相続税、相続人の構成、財産構成、そして後継者の死亡リスクまで見据えたうえで選ぶ必要があります。
事業承継税制と相続時精算課税の併用をどう考えるか
事業承継税制を生前贈与で使う場合、暦年課税を前提にするのか、それとも相続時精算課税を併用するのか。これは重要な比較論点です。
事業承継税制では、贈与税の納税猶予を受けている間、納付が猶予されます。しかし、取消事由が生じた場合には、猶予されていた税額を納付しなければならない可能性があります。
このとき、暦年課税で計算された高額な贈与税を前提に猶予されているのか、相続時精算課税を併用して計算された税額を前提に猶予されているのか。この違いによって、取消時の負担感が変わってくることがあります。
なお、相続時精算課税の選択について、一定の納税猶予制度の適用を受ける場合には、受贈者要件に特例が設けられています。
ただし、相続時精算課税を併用したからといって、事業承継税制の取消リスクそのものが消えるわけではありません。
代表者要件、株式保有、議決権、届出、資産管理会社の判定は、別途管理し続けなければなりません。相続時精算課税は、あくまで贈与税計算・相続時精算の枠組みを変える制度です。事業承継税制の長期管理義務そのものを軽くする制度ではないのです。
実務上は、次のように整理しています。
| 検討項目 | 暦年課税で事業承継税制を使う場合 | 相続時精算課税を併用する場合 |
|---|---|---|
| 贈与税の計算構造 | 暦年課税の累進税率を前提 | 特別控除2,500万円・超過部分20%を前提 |
| 取消時の税負担 | 株価が高いと大きくなりやすい | 暦年課税より抑えられる場合がある |
| 相続時の扱い | 贈与者死亡時に相続税課税へ接続 | 相続時精算課税としての管理も加わる |
| 制度選択の柔軟性 | 暦年贈与の余地が残る | 同じ贈与者からの贈与は暦年課税へ戻れない |
| 向いている場面 | 少額、または取消可能性が低い場合 | 株価が高く、取消時税額も比較したい場合 |
事業承継税制を使うのであれば、相続時精算課税との併用は、常に検討の対象になります。ただし、最終的な判断は、税額だけで決めるものではありません。将来の取消可能性、贈与者の財産構成、他の相続人との関係、後継者の資金力まで含めて行うべきです。
暦年贈与は「少しずつ移す」方法だが、自社株承継では限界がある
暦年贈与は、1月1日から12月31日までの1年間に贈与を受けた財産の価額を合計し、そこから基礎控除額110万円を差し引いた残額に、税率を乗じて贈与税を計算する制度です。直系尊属から18歳以上の子や孫への贈与には、特例税率が用いられます。
出典:国税庁|No.4408 贈与税の計算と税率(暦年課税)
暦年贈与の強みは、制度が比較的シンプルで、毎年少しずつ財産を移していける点にあります。
自社株でいえば、評価額が低い時期に少数の株式を毎年後継者へ移す、あるいは議決権に大きな影響を与えない範囲で株式を移す。こうした場面では、暦年贈与が選択肢になります。
ただし、自社株承継における暦年贈与には、3つの限界があります。
1つ目は、株価が高い会社では、110万円の基礎控除だけでは移転できる株数が限られることです。
2つ目は、議決権を安定的に移すまでに時間がかかることです。後継者が経営を担っていても、株式移転が遅れれば、先代や他の相続人の意向に左右される状態が続いてしまいます。
3つ目は、相続開始前の贈与加算です。令和6年1月1日以後の暦年課税による贈与については、相続税の課税価格に加算される対象期間が、相続開始前7年以内へと延長されます。経過措置として、相続開始日が令和8年12月31日以前であれば相続開始前3年以内、令和9年1月1日から令和12年12月31日までは令和6年1月1日から死亡日まで、令和13年1月1日以後は相続開始前7年以内が加算対象期間となります。
出典:国税庁|No.4161 贈与財産の加算と税額控除(暦年課税)
このため、先代経営者が高齢である場合、暦年贈与による自社株移転は、贈与税を支払ったうえで、さらに相続税計算にも取り込まれる可能性があります。もちろん、相続税の計算上は一定の贈与税額控除が行われます。とはいえ、贈与税が過大であった場合に、常に有利になるとは限りません。
暦年贈与は、時間を味方につけられる制度です。裏を返せば、時間が足りない承継、株価が高い承継、議決権集中が急務の承継では、単独では十分でないことがあります。
売買は「贈与税を避ける方法」ではなく「資金移動を伴う承継」
自社株を後継者へ売買で移す方法もあります。
売買であれば、後継者は対価を支払って株式を取得します。贈与ではありませんので、適正な時価で取引されている限り、原則として贈与税ではなく、売主側の譲渡所得課税が問題になります。
株式等を譲渡した場合の所得は、上場株式等に係る譲渡所得等と、一般株式等に係る譲渡所得等に区分され、他の所得と区分して課税される申告分離課税となります。一般株式等に係る譲渡所得等の税率は、所得税15%・住民税5%の計20%で、これに復興特別所得税が別途関係します。
出典:国税庁|No.1463 株式等を譲渡したときの課税(申告分離課税)
売買の利点は、承継が取引として説明しやすいことです。後継者が自分の資金、あるいは借入によって株式を取得するため、他の相続人に対して「無償で株式をもらった」という印象を与えにくい場合があります。また、先代経営者に売却代金が入りますので、退職後の資金や、他の相続人への配慮財産を確保しやすい面もあります。
ただ、売買には別の難しさもあります。
まず、後継者に購入資金が必要です。後継者が個人で借入を行う場合、その返済原資は役員報酬や配当ということになります。会社が後継者へ貸し付ける、役員報酬を急に増やす、会社が自己株式を取得する。こうした設計を組み合わせる場合には、会社法、法人税、所得税、みなし配当、財源規制、金融機関対応まで確認しなければなりません。
さらに、親族間や同族関係者間の売買では、時価が極めて重要になります。
個人から著しく低い価額で財産を譲り受けた場合、時価と支払対価との差額は、贈与により取得したものとみなされます。著しく低い価額かどうかは個別事案に基づいて判定され、土地・借地権・家屋等以外の財産については、相続税評価額を時価とする取扱いが示されています。
出典:国税庁|No.4423 個人から著しく低い価額で財産を譲り受けたとき
また、資産を法人へ著しく低い価額で譲渡した場合には、所得税法上、時価による譲渡があったものとみなされる場面があります。土地建物を法人へ時価の2分の1未満で売却した場合には、時価を収入金額として譲渡所得を計算することになります。
自社株売買において、「安く売れば税金も資金負担も少なくて済む」という発想は危険です。低額譲渡、みなし贈与、同族会社の行為計算否認、会社側の受贈益・寄附金、株価上昇による他株主への利益移転。複数の税目に波及する可能性があるからです。
売買は、贈与税を避けるための抜け道ではありません。適正な対価と資金移動を前提に、後継者が経営者として株式を買い取る、ひとつの承継手法なのです。
相続まで待つ選択も、必ずしも消極策ではない
ここまでは生前贈与や売買を中心に見てきました。けれども、相続発生時に自社株を承継するという選択もあります。
相続承継の利点は、贈与の時点で大きな贈与税を発生させずに済むこと、そして相続財産全体の中で、遺産分割・代償分割・納税資金を調整できることです。場合によっては、相続税の納税猶予制度を直接検討できることもあります。
一方で、相続まで待つと、先代の死亡時期が読めません。その間に株価が上がっている可能性もあります。遺言がなければ、遺産分割協議がまとまるまで、後継者が株式を確定的に取得できないこともあります。さらに、相続人の間で自社株評価や代償金をめぐる争いが生じる可能性も残ります。
相続を待つこと自体が悪いわけではありません。問題は、何も決めずに待つことです。
相続承継を選ぶ場合でも、遺言、種類株式、生命保険、退職金、代償資金、株主名簿の整備、名義株の確認、相続税の試算は必要になります。
4つの方法を比較するときの実務上の視点
事業承継税制・相続時精算課税・暦年贈与・売買を比較する際は、少なくとも次の視点を、同じ表の中で確認しておきたいところです。
| 判断軸 | 事業承継税制 | 相続時精算課税 | 暦年贈与 | 売買 |
|---|---|---|---|---|
| 税務上の性格 | 納税猶予・免除 | 贈与時課税+相続時精算 | 年単位の贈与課税 | 譲渡所得課税 |
| 大株数の移転 | 向いている | 向いている場合あり | 時間がかかる | 資金次第 |
| 後継者の資金負担 | 猶予により抑えられる | 贈与税負担は抑えられる場合あり | 贈与税負担が毎年発生し得る | 購入資金が必要 |
| 先代の資金確保 | 直接は確保しにくい | 直接は確保しにくい | 直接は確保しにくい | 売却代金を確保できる |
| 議決権集中 | 強い | 強い | 弱い・遅い | 強いが資金次第 |
| 相続人間の説明 | 税制効果の説明が必要 | 特別受益・遺留分の説明が必要 | 贈与履歴の説明が必要 | 取引価格の説明が必要 |
| 将来の自由度 | 取消リスクに注意 | 撤回不可に注意 | 比較的柔軟 | 契約・資金負担に注意 |
| 向いている会社 | 高株価・後継者明確・長期継続 | 株価上昇見込み・早期移転 | 低株価・時間あり | 後継者資金力あり・対価移転を重視 |
株価が低い会社では、事業承継税制を使わない方が合理的なこともある
事業承継税制は大きな制度ですが、すべての会社で使うべきとは限りません。
株価が低い会社、債務超過に近い会社、純資産が少ない会社。こうした会社では、通常の贈与税・相続税の負担がそれほど大きくないことがあります。
その場合、事業承継税制を使って長期の届出管理や取消リスクを負うよりも、相続時精算課税・暦年贈与・売買・遺言を組み合わせた方が、実務上は扱いやすいこともあります。
特に、後継者が未確定の会社や、将来のM&A・廃業・再編の可能性がある会社では、事業承継税制による制約が重く感じられることがあります。
「事業承継税制を使える会社」であっても、「使わない方が説明しやすい会社」は存在するのです。
株価が高い会社では、売買だけでは資金が詰まりやすい
反対に、株価が高い会社では、売買だけで後継者へ株式を移すことが難しくなります。
後継者が個人で数千万円、ときに数億円の自社株を買い取るには、相応の資金が必要です。金融機関からの借入を使う場合でも、その返済原資は役員報酬や配当ということになります。会社が高額な役員報酬を支払えば、会社の損益や資金繰りに影響します。配当で資金を回収しようとすれば、株主構成によっては、他の株主にも配当を出さなければなりません。
こうした会社では、事業承継税制を使うのか、相続時精算課税で段階的に移すのか、先代の退職金や自己株式取得を組み合わせるのか。これらを慎重に比較する必要があります。
売買は、税務上は明確に見えます。しかし、資金繰りという面では、最も重い手法になり得るのです。
暦年贈与は、議決権移転のスピードを必ず確認する
暦年贈与を使う場合は、「税額」より先に「何年で何%の議決権を移せるか」を確認しておきたいところです。
たとえば、1株10万円の会社で、毎年110万円の範囲内で贈与する場合、年間に移せる株式は11株ほどです。発行済議決権株式が1,000株であれば、1年で移る議決権は1.1%に過ぎません。
後継者がすでに代表者になっているにもかかわらず、議決権の過半数を取得するまで10年、20年とかかる設計では、経営の実態と株主構成が乖離してしまいます。
暦年贈与は、少額の財産移転には使いやすい制度です。しかし、自社株承継では、議決権集中のスピードを無視するわけにはいきません。
相続時精算課税は、株価固定効果と相続時加算を同時に見る
相続時精算課税の大きな特徴は、相続時に原則として贈与時の価額で加算されることです。
これは、株価が上がる会社では有利に働くことがあります。たとえば、現在の株価が1億円で、将来3億円に上がる可能性が高い会社であれば、贈与時の評価額で相続時に取り込まれることが、相続税上の評価固定効果を持つからです。
一方で、株価が下がる会社では不利に働くことがあります。贈与時に1億円だった株式が、相続時に3,000万円まで下がっていたとしても、原則として贈与時の価額を基に相続税計算へ取り込まれてしまうからです。
つまり、相続時精算課税は、株価が上がる前提では有力な選択肢ですが、株価が下がる可能性のある会社では、慎重に判断する必要があります。
後継者の経営力、業界環境、借入金、主要取引先、事業再編の可能性。これらを見ずに相続時精算課税を選ぶべきではありません。
売買では「時価」と「資金の出所」を説明できるようにする
自社株売買では、次の2つを必ず説明できるようにしておきます。
1つ目は、売買価格がどのように算定されたかです。
非上場株式には市場価格がありません。相続税評価額、所得税・法人税上の時価、会社法上の公正な価格、M&A上の企業価値は、それぞれ一致しないことがあります。親族間売買で税務上の時価を無視してしまうと、低額譲渡やみなし贈与の問題が生じます。
2つ目は、後継者がどの資金で買ったかです。
自己資金で買ったのか。金融機関からの借入なのか。先代から借りたのか。会社から貸付を受けたのか。役員報酬や配当で返済するのか。ここを説明できなければ、実質的な贈与、会社資金の私的流用、役員給与、みなし配当といった疑念を招きかねません。
売買契約書を作るだけでは足りません。価格算定資料、資金移動の記録、返済計画、取締役会・株主総会の議事録、譲渡承認手続、株主名簿の書換まで、一体として整えておく必要があります。
事業承継税制を使わない場合でも、株主構成の問題は残る
相続時精算課税・暦年贈与・売買。いずれを選んだとしても、最終的に重要になるのは、後継者が安定して経営できる株主構成を作れるか、という点です。
後継者が議決権の過半数を持てない場合、取締役の選任や、重要事項の決議に不安が残ります。特別決議が必要な事項を考えるなら、3分の2以上の議決権を意識する場面もあります。少数株主がいる場合には、帳簿閲覧請求、株主総会への対応、反対株主の権利行使なども、無視できません。
株式をどの方法で移すかは重要です。けれども、それ以上に重要なのは、移した後に会社が安定して意思決定できるかどうかです。
事業承継税制を使わない選択をする場合でも、株主名簿、名義株、譲渡制限、種類株式、自己株式取得、遺言、遺留分への配慮は欠かせません。
実務上は、単独の方法ではなく組み合わせで考える
実際の自社株承継では、1つの方法だけで完結するとは限りません。
たとえば、次のような組み合わせが考えられます。
| 組み合わせ | 考え方 |
|---|---|
| 主要株式は事業承継税制、少数株式は売買 | 後継者の支配権確保と、少数株主の整理を分ける |
| 一部を相続時精算課税、残りを相続で承継 | 早期の議決権確保と、相続時の財産調整を併用する |
| 低株価時に暦年贈与、その後株価上昇前に精算課税または事業承継税制 | 段階的に株式を移す |
| 後継者が一部を売買取得、残りを遺言で取得 | 後継者の覚悟と、相続時の調整を両立する |
| 会社が相続人から自己株式取得、後継者には議決権を集中 | 納税資金対策と、株主構成の整理を同時に行う |
ただし、組み合わせが複雑になるほど、税務・会社法・相続法務・金融機関対応の整合性が重要になります。
形式的には別々の取引であっても、全体として見れば、過度な税負担の回避、低額移転、他の相続人への不公平、会社資金の流出と評価されてしまうことがあるからです。
比較の出発点は「現状株価」と「承継後の議決権表」
どの方法を選ぶかを判断するには、最低限、次の資料が必要です。
| 資料 | 確認する内容 |
|---|---|
| 株主名簿 | 現在の株主、株数、議決権割合、名義株の有無 |
| 定款 | 譲渡制限、種類株式、相続人への売渡請求の有無 |
| 直近3期分の決算書・申告書 | 株価試算、会社規模、純資産、利益水準 |
| 自社株評価資料 | 相続税評価額、税務上の時価、売買価格検討の前提 |
| 相続関係図 | 後継者以外の相続人、遺留分、代償財産 |
| 先代の財産一覧 | 自社株以外の財産、納税資金、生活資金 |
| 後継者の資金力 | 売買代金、納税資金、借入返済力 |
| 将来事業計画 | 株価の上昇・下落、M&A・廃業・再編の可能性 |
| 金融機関資料 | 借入、担保、経営者保証、財務制限条項 |
特に重要なのは、現状株価と、承継後の議決権表です。
税額だけを試算しても、承継後に後継者が十分な議決権を持てないのであれば、承継設計としては不十分です。逆に、議決権は確保できても、後継者個人の納税資金や購入資金が不足すれば、会社財務を圧迫しかねません。
判断を誤りやすい典型例
自社株承継で判断を誤りやすいのは、次のような場面です。
| 典型例 | 問題点 |
|---|---|
| 「事業承継税制なら税金がかからない」と考える | 納税猶予であり、取消時の納付リスクがある |
| 「毎年110万円ずつ贈与すればよい」と考える | 議決権移転が遅く、7年加算の影響もある |
| 「相続時精算課税なら2,500万円まで非課税」と考える | 相続時に精算され、撤回もできない |
| 「親子間だから安く売ってよい」と考える | 低額譲渡・みなし贈与・時価課税の問題がある |
| 「売買なら相続争いにならない」と考える | 価格の妥当性や、資金の出所が争点になる |
| 「税額が一番低い方法が最善」と考える | 経営権、資金繰り、相続人間の合意、将来の出口を見落とす |
押さえておきたいのは、どの方法にも副作用があるということです。
税額だけを下げる方法は、しばしば管理負担、資金負担、相続紛争、将来の経営判断の制約を伴います。
最終的な判断軸
相続時精算課税・暦年贈与・売買・事業承継税制を比較するときは、次の順番で考えると整理しやすくなります。
まず、後継者が誰かを確定します。後継者が未確定なのであれば、大きな株式移転を急ぐべきではありません。
次に、必要な議決権割合を決めます。過半数で足りるのか、3分の2以上を目指すのか、少数株主をどこまで整理するのか。ここを確認します。
次に、現状株価と将来株価を試算します。株価が低いのか、高いのか、これから上がる可能性があるのか、下がるリスクがあるのか。これによって、贈与・相続・売買の判断は変わってきます。
次に、納税資金と購入資金を確認します。後継者個人の資金だけでなく、会社からの資金流出、役員報酬、配当、自己株式取得、金融機関への説明まで見ておきます。
次に、他の相続人への説明可能性を確認します。株式を後継者へ集中させる理由、代償財産、生命保険、退職金、遺言、遺留分への配慮を整理します。
最後に、将来の選択肢を確認します。長期承継なのか、M&Aの可能性を残すのか、組織再編や廃業の可能性があるのか。これによって、事業承継税制を使うべきかどうかは変わってきます。
この順番で整理すると、「制度ありき」の判断から離れ、会社を守るための承継判断へと近づいていきます。
犬飼公認会計士・税理士事務所へのご相談について
自社株承継では、事業承継税制・相続時精算課税・暦年贈与・売買のどれか一つを選ぶ前に、まず会社と株主の現状を、数字で整理しておく必要があります。
株価はいくらか。後継者に何%の議決権を集中させる必要があるか。先代の相続財産は、自社株に偏っていないか。後継者に納税資金・購入資金はあるか。事業承継税制を使った後も、継続届出と取消リスクを管理できるか。相続時精算課税を選んでも、将来の相続税と親族間の説明に耐えられるか。売買価格を、時価として説明できるか。将来のM&A・廃業・組織再編の可能性を、狭めすぎていないか。
これらは、制度の概要を読むだけでは判断できません。株主名簿、定款、決算書、申告書、相続関係図、財産一覧、借入状況、後継者の資金力。これらを並べたうえで、複数の承継案を比較していく必要があります。
当事務所では、事業承継税制の適用可否だけでなく、相続時精算課税・暦年贈与・売買・自己株式取得・遺言・納税資金まで含めて、自社株承継の選択肢を整理します。
「事業承継税制を使うべきか迷っている」「相続時精算課税や売買と比較したい」「後から家族や金融機関に説明できる承継案にしたい」。そうした段階で、お問い合わせページからご相談ください。制度を使うこと自体を目的にするのではなく、会社の経営権と財務の安全性を守る承継設計を、一緒に検討してまいります。
振り返り|相続時精算課税・暦年贈与・売買との比較ポイント
| 論点 | 重要ポイント |
|---|---|
| 事業承継税制 | 贈与税・相続税の納税猶予制度であり、非課税制度ではない |
| 特例措置の期限 | 特例承継計画は令和9年9月30日まで、株式取得は令和9年12月31日まで |
| 相続時精算課税 | まとまった株式を早期に移せるが、選択後は暦年課税へ戻れない |
| 相続時精算課税の基礎控除 | 令和6年1月1日以後の贈与から、毎年110万円の基礎控除がある |
| 暦年贈与 | 毎年110万円の基礎控除を使えるが、自社株の大量移転には時間がかかる |
| 生前贈与加算 | 令和6年以後の暦年贈与は、段階的に相続開始前7年以内加算へ移行 |
| 売買 | 贈与税ではなく、譲渡所得・購入資金・時価の問題として整理する |
| 低額譲渡 | 親族間や同族関係者間で時価より低い売買を行うと、みなし贈与等のリスクがある |
| 株価が低い会社 | 事業承継税制を使わず、通常贈与・売買・遺言で足りる場合がある |
| 株価が高い会社 | 売買だけでは、後継者の購入資金が重くなりやすい |
| 議決権 | 税額だけでなく、承継後に後継者が安定して経営できる割合を確認する |
| 親族間合意 | 後継者への株式集中は、遺留分・特別受益・代償財産と併せて説明する |
| 将来の出口 | M&A・廃業・組織再編の可能性がある場合、事業承継税制の制約を慎重に比較する |
| 実務資料 | 株主名簿、定款、決算書、株価試算、相続関係図、資金計画をそろえて比較する |