個人事業主が事業用の土地・建物・設備を後継者へ引き継ぐとき、相続税対策として最初に頭に浮かぶのは、多くの場合「小規模宅地等の特例」ではないでしょうか。
これに加えて、平成31年1月1日から令和10年12月31日までの時限措置として、個人版事業承継税制という制度も用意されています。一定の個人事業用資産にかかる贈与税・相続税について、納税の猶予を受け、最終的に免除を受けられる制度です。
ここで私が実務上いつも申し上げているのは、両制度を「どちらが得か」という税額の大小だけで選ばないでいただきたい、ということです。
小規模宅地等の特例は、相続税の課税価格そのものを減額する制度です。一方の個人版事業承継税制は、贈与税・相続税の納税をいったん猶予し、一定の事由に至ったときに免除する制度です。前者は相続時の宅地等の評価減を中心に考える制度、後者は承継後も事業を続けていくことを前提とした、長期の管理を伴う制度だと整理していただくとよいと思います。
ですから、比べるべきは「税額がいくら下がるか」だけではありません。
後継者が本当に事業を続けていけるのか。事業用資産を将来も持ち続けるのか。廃業や転業、法人成り、売却の可能性はないか。そして、他の相続人にきちんと説明できる財産の分け方になっているのか。こうした点を同じテーブルに並べたうえで判断する必要があります。
事業承継は、後継者に経営者の地位を移せば終わり、というものではありません。事業に欠かせない資産、取引先や従業員との関係、経営上の信用までを含めて引き継げなければ、たとえ税制の適用を受けられても、実質的な承継は不安定なまま残ってしまいます。事業承継を経営権・資産・知的資産の承継として捉える視点は、個人事業主の場合でも変わりません。
本稿では、個人版事業承継税制と小規模宅地等の特例のうち、特に特定事業用宅地等との選択関係を中心に整理していきます。なお、小規模宅地等の特例の全類型や土地評価の細かな論点、相続税申告書の具体的な記載方法までは、本稿では扱いません。
まず押さえておきたい結論|特定事業用宅地等とは原則として選択関係になる
個人版事業承継税制と小規模宅地等の特例は、どんな場面でも併用できない、というわけではありません。
ただし、個人事業主の事業用宅地で中心的に問題となる「特定事業用宅地等」については、基本的に両者は選択関係になると考えてください。
国税庁の整理によれば、個人版事業承継税制の適用を受けた特例事業受贈者にかかる贈与者、または相続税の納税猶予を受ける特例事業相続人等にかかる被相続人から、相続・遺贈によって取得した特定事業用宅地等については、小規模宅地等の特例を受けることができないとされています。
出典:国税庁|No.4124 相続した事業の用や居住の用の宅地等の価額の特例
実務の現場でも、特定事業用宅地等と個人版事業承継税制は「選択制」として扱うのが妥当だと感じています。とりわけ気をつけたいのは、この制限が「その宅地だけ」「その相続人だけ」の話にとどまらない点です。生前贈与の段階で個人版事業承継税制を使っていた場合や、他の相続人が個人版事業承継税制を使う場合にも、特定事業用宅地等の適用関係に影響が及ぶことがあります。
そのため、個人事業主の相続対策では、次のような順番で検討を進めていくことをおすすめします。
| 最初に確認すべきこと | 判断の意味 |
|---|---|
| 承継する資産が宅地等だけか、建物・設備も大きいか | 小規模宅地等の特例は宅地等が中心。個人版は建物・一定の減価償却資産も対象になり得る |
| 生前贈与で承継するのか、相続で承継するのか | 小規模宅地等の特例は相続等が前提。個人版は贈与・相続等に対応 |
| 後継者が終身に近い形で事業を続けられるか | 個人版は納税猶予の取消リスクを伴う |
| 申告期限までの保有・事業継続で足りる設計か | 小規模宅地等の特定事業用宅地等は、主に申告期限までの継続が重要 |
| 他の相続人との財産配分に無理がないか | 宅地を後継者に集中させる場合、代償金・遺留分・納税資金の整理が必要 |
小規模宅地等の特例は「納税猶予」ではなく「課税価格の減額」
小規模宅地等の特例は、一定の宅地等について、相続税の課税価格に算入すべき価額を減額する制度です。
特定事業用宅地等であれば、要件を満たすことで400㎡まで80%の減額が認められます。このほか、貸付事業用宅地等は200㎡まで50%、特定居住用宅地等は330㎡まで80%というように、宅地等の利用区分ごとに限度面積と減額割合が異なります。
出典:国税庁|No.4124 相続した事業の用や居住の用の宅地等の価額の特例
つまりこの制度は、相続税の計算上、宅地等の評価額を一定割合だけ下げるものです。適用できれば、相続税の課税価格そのものが下がります。
これに対して、個人版事業承継税制は、税額の支払いをいったん先送りする制度です。制度上の要件を満たし続け、後継者の死亡などの免除事由に至ったときに、猶予されていた税額の全部または一部が免除されます。
国税庁も、個人版事業承継税制について、特例事業用資産にかかる相続税の納税が猶予され、一定の場合に免除される一方で、免除前にその資産を事業の用に供さなくなったときなどには、猶予税額の全部または一部と利子税の納付が必要になる、と説明しています。
出典:国税庁|No.4153 個人の事業用資産についての相続税の納税猶予及び免除
両者の違いを表に整理すると、次のようになります。
| 比較項目 | 小規模宅地等の特例・特定事業用宅地等 | 個人版事業承継税制 |
|---|---|---|
| 制度の性格 | 相続税の課税価格を減額 | 贈与税・相続税の納税猶予・免除 |
| 主な対象 | 宅地等 | 宅地等、建物、一定の減価償却資産 |
| 宅地等の上限 | 特定事業用宅地等は400㎡まで | 宅地等は400㎡まで |
| 建物・設備 | 対象外 | 建物、機械装置、車両、備品等も対象になり得る |
| 承継方法 | 相続・遺贈 | 贈与・相続等 |
| 事前計画 | 不要 | 個人事業承継計画が必要 |
| 認定手続 | 不要 | 都道府県知事の認定が必要 |
| 継続負担 | 主に申告期限までの保有・事業継続が重要 | 承継後も長期の事業継続・資産保有・届出管理が問題になる |
| 取消リスク | 納税猶予制度ではないため、個人版のような猶予取消の構造とは異なる | 要件を外れたときに猶予取消・利子税のリスクがある |
この違いを理解しないまま、「100%猶予だから個人版の方が有利」「80%減額だから小規模宅地等で十分」と判断してしまうのは危険です。
税額の見え方だけでなく、承継後に背負う管理負担や、将来の経営判断に対する制約まで含めて比べる必要があります。
個人版事業承継税制は、宅地等以外の事業用資産も含めて承継する制度
個人版事業承継税制の対象となる「特定事業用資産」は、宅地等だけにとどまりません。
国税庁の説明によれば、相続税の個人版事業承継税制における特定事業用資産とは、先代事業者の事業の用に供されていた資産で、相続開始の日が属する年の前年分の事業所得にかかる青色申告書の貸借対照表に計上されていたものを指します。具体的には、宅地等400㎡まで、建物800㎡まで、そして一定の減価償却資産が挙げられています。
この一定の減価償却資産には、固定資産税の課税対象となるもの、営業用の自動車税・軽自動車税の標準税率が適用されるもの、一定の貨物運送用・乗用自動車、生物、特許権等の無形固定資産などが含まれます。
出典:国税庁|No.4153 個人の事業用資産についての相続税の納税猶予及び免除
そのため、次のような個人事業では、小規模宅地等の特例だけでは制度の効果を十分に比較できません。
| 事業の例 | 検討上の特徴 |
|---|---|
| 製造業 | 工場の土地だけでなく、建物、機械装置、工具器具備品が大きい |
| 運送業 | 車両、車庫、整備設備、営業用資産の割合が大きい |
| 飲食業 | 店舗の土地・建物に加え、内装、厨房設備、備品が重要 |
| 小売業 | 店舗、倉庫、什器備品、車両などが承継対象になり得る |
| 士業・専門サービス業 | 事務所、内装、設備、ソフトウェア等の扱いを確認する必要がある |
| 農業以外の生物・無形固定資産を持つ事業 | 特定事業用資産の範囲確認が必要 |
ただし、個人版事業承継税制は、ただ多くの資産を対象にできるというだけの制度ではありません。対象事業にかかる特定事業用資産のすべてを承継すること、青色申告、認定、申告、担保提供、そして承継後の継続管理までが一体となった制度です。
事業承継税制は、制度上は納税負担を軽くする仕組みであっても、実務上は「承継後に事業を続けられるか」を問う制度だと考えています。個人版事業承継税制、法人版事業承継税制、特定事業用宅地等を比較する場面では、対象資産、承継方法、計画・認定の有無、事業継続要件を丁寧に切り分けていく必要があります。
特定事業用宅地等は「宅地等だけ」が対象だが、使いやすさに強みがある
小規模宅地等の特例のうち、個人事業主の事業承継で問題となるのは、主に特定事業用宅地等です。
特定事業用宅地等は、相続開始の直前に被相続人等の事業の用に供されていた宅地等について、一定の親族が取得し、事業承継要件や保有継続要件などを満たした場合に適用されます。被相続人の事業用宅地等であれば、取得した親族が相続税の申告期限までにその事業を引き継ぎ、申告期限までその事業を営み、かつ宅地等を保有していることが要件とされています。
出典:国税庁|No.4124 相続した事業の用や居住の用の宅地等の価額の特例
個人版事業承継税制と比べると、特定事業用宅地等には次のような特徴があります。
| 特定事業用宅地等の特徴 | 実務上の意味 |
|---|---|
| 事前計画・都道府県認定が不要 | 相続発生後でも検討できる余地がある |
| 対象は宅地等 | 建物・設備の税負担は別途検討が必要 |
| 減額割合は80% | 課税価格を直接減額するため効果が見えやすい |
| 承継後の継続管理は比較的短期 | 主に申告期限までの保有・事業継続が重要 |
| ただし適用要件は細かい | 事業の用、取得者、申告期限、未分割、3年以内事業供用などの確認が必要 |
こうした特徴から、事業用宅地等の評価額が大きく、建物・設備の割合が比較的小さい個人事業では、特定事業用宅地等の方が実務上扱いやすいことがあります。
一方で、店舗や工場の建物、機械装置、車両などの価値が大きいケースでは、小規模宅地等の特例だけでは、事業用資産全体の承継税負担を整理しきれないこともあります。
特定事業用宅地等を使うと、個人版事業承継税制が使えなくなる場面がある
ここで注意していただきたいのは、「個人版事業承継税制を使うと特定事業用宅地等が使えない」というだけではない、ということです。
国税庁の整理では、被相続人から相続または遺贈によって財産を取得した人が、特定事業用宅地等について小規模宅地等の特例の適用を受ける場合には、その人を含め、同じ被相続人から相続または遺贈によって財産を取得した人のすべてが、個人版事業承継税制の相続税の納税猶予を受けることができない、とされています。
出典:国税庁|No.4124 相続した事業の用や居住の用の宅地等の価額の特例
これは、実務の上で非常に大切なポイントです。
たとえば、後継者Aが事業用土地について特定事業用宅地等を適用し、別の後継者Bが同じ被相続人から事業用設備を取得して個人版事業承継税制を使う、といった単純な併用は、できない方向で確認しておく必要があります。
つまり、事業用宅地等について小規模宅地等の特例を選ぶのか、それとも個人版事業承継税制を選ぶのかは、後継者一人だけの判断では済みません。相続人全体、承継する資産全体、そして申告全体にまで影響が及びます。
実務では、次のような検討表を作っておくことをおすすめします。
| 検討項目 | 確認内容 |
|---|---|
| 誰が事業を承継するか | 後継者が1人か、複数か |
| 誰が宅地等を取得するか | 事業承継者と宅地取得者が一致するか |
| 誰が建物・設備を取得するか | 個人版を使う余地がある資産を誰が取得するか |
| 他の相続人が何を取得するか | 代償金、金融資産、居住用不動産との調整 |
| 小規模宅地等のどの区分を使うか | 特定事業用、特定居住用、特定同族会社事業用、貸付事業用 |
| 個人版事業承継税制の適用予定はあるか | 贈与税猶予の過去の適用も含めて確認 |
| 遺産分割が申告期限までに整うか | 小規模宅地等の特例の手続・未分割対応に影響 |
特定居住用宅地等・貸付事業用宅地等とは、併用できる場面もある
個人版事業承継税制と小規模宅地等の特例は、すべてが排他的な関係にあるわけではありません。
実務上の整理としては、特定居住用宅地等、特定同族会社事業用宅地等、貸付事業用宅地等については、個人版事業承継税制との併用制限がただちに問題にならない場面があります。ただし、個人版事業承継税制の対象となる宅地等の限度面積との調整が必要になることはあります。
この点については国税庁も、個人版事業承継税制の対象となる宅地等には400㎡の限度面積があり、被相続人から相続等によって取得した宅地等について小規模宅地等の特例を受ける人がいる場合には、その限度面積に一定の制限がかかる、と示しています。なお、特定事業用宅地等について小規模宅地等の特例を受ける人がいる場合には、個人版事業承継税制の適用を受けることはできません。
出典:国税庁|No.4153 個人の事業用資産についての相続税の納税猶予及び免除
大枠としては、次のように整理できます。
| 小規模宅地等の区分 | 個人版事業承継税制との関係 |
|---|---|
| 特定事業用宅地等 | 個人版事業承継税制とは選択関係になる |
| 特定居住用宅地等 | 併用できる場面がある |
| 特定同族会社事業用宅地等 | 併用できる場面があるが、限度面積調整に注意 |
| 貸付事業用宅地等 | 併用できる場面があるが、限度面積調整に注意 |
ただし、ここでいう「併用できる」は、無条件に有利という意味ではありません。
たとえば、個人事業用の宅地等について個人版事業承継税制を適用し、別の宅地について特定居住用宅地等を適用する場合には、相続税全体の計算、他の相続人との分割、納税資金、将来の居住継続・事業継続まで含めて確認しておく必要があります。
貸付事業用宅地等についても、注意したい点があります。個人版事業承継税制では対象事業から不動産貸付業等が除かれる一方、小規模宅地等の特例では貸付事業用宅地等として対象になり得るからです。国税庁は、事業的規模に至らない不動産貸付けであっても、一定の要件に該当する部分は貸付事業用宅地等として小規模宅地等の特例の対象となり、その減額割合は50%であるとしています。
「80%減額」と「100%納税猶予」は、同じ土俵では比較できない
個人版事業承継税制は、対象となる特例事業用資産にかかる相続税・贈与税について、実質的に100%の納税猶予を受けられる制度です。
これに対して、特定事業用宅地等は、宅地等の評価額について400㎡まで80%を減額する制度です。
表面だけを見れば、100%猶予の方が有利に映るかもしれません。けれども、ここで比べているものは、そもそも性質が違います。
| 比較項目 | 80%減額 | 100%納税猶予 |
|---|---|---|
| 税額への効き方 | 課税価格を下げる | 税額の納付を猶予する |
| 適用後の安定性 | 原則として申告時点の適用で効果が確定しやすい | 取消事由がある限り、猶予税額が潜在的な負担として残る |
| 後継者の心理的負担 | 比較的小さい | 猶予税額・利子税リスクを意識し続ける |
| 将来の売却・廃業 | 小規模宅地等の制度上の猶予取消とは別問題 | 売却・廃業・事業供用廃止等で猶予取消リスク |
| 金融機関への説明 | 相続税計算の減額特例として説明しやすい | 猶予税額・取消リスク・事業継続方針の説明が必要 |
| 後継者の交代 | 税制上の長期管理は限定的 | 次の承継・猶予継続・免除事由まで見据える必要 |
ですから、数字で比べる場合には、少なくとも次の3パターンを試算しておくべきです。
| シナリオ | 試算内容 |
|---|---|
| 小規模宅地等の特例を使う場合 | 特定事業用宅地等80%減額後の相続税、他の財産の納税資金 |
| 個人版事業承継税制を使う場合 | 猶予税額、猶予対象外税額、担保、取消時の資金負担 |
| どちらも使わない場合 | 通常の相続税、売買・贈与・法人成り等の代替策 |
事業用資産の承継では、納税資金の問題を個人だけで処理しきれず、結果として会社の資金や事業資金、金融機関への対応にまで波及することがあります。承継税制や評価減を検討するときは、相続税額だけでなく、後継者の資金繰りと事業継続に与える影響まで、数字で確かめておく必要があります。
生前贈与を使うなら、個人版事業承継税制の検討が前面に出る
小規模宅地等の特例は、相続または遺贈によって取得した宅地等を対象とする制度です。
ですから、先代の生前に事業用資産を後継者へ移したいという場合には、小規模宅地等の特例ではなく、通常贈与、相続時精算課税、個人版事業承継税制、売買、法人成りといった選択肢を検討していくことになります。
個人版事業承継税制は、贈与による承継にも対応しています。中小企業庁は、個人版事業承継税制について、令和10年9月30日までに個人事業承継計画を提出し、令和10年12月31日までに事業承継を実施する必要があるとしています。
また中小企業庁は、認定を受けるためには、平成31年4月1日から令和10年9月30日までの間に、認定経営革新等支援機関の指導および助言を受けた旨を記載した個人事業承継計画を提出する必要があるとしています。
生前贈与を検討する場合には、次のような論点が前面に出てきます。
| 論点 | 確認すべきこと |
|---|---|
| 後継者の覚悟 | 贈与後、事業と資産を引き受ける意思・能力があるか |
| 先代の生活資金 | 事業用資産を移した後の収入・生活資金は確保されるか |
| 相続時の扱い | 贈与後に先代が死亡した場合、相続税への接続をどう整理するか |
| 他の相続人 | 生前贈与が特別受益・遺留分・代償金の問題を生まないか |
| 事業継続リスク | 後継者が廃業・転業・売却した場合の猶予取消をどう考えるか |
| 相続時精算課税 | 個人版事業承継税制との併用・適用関係を確認する必要がある |
生前贈与は、経営権や事業用資産を早い段階で後継者へ移す手段になり得ます。ただし、個人版事業承継税制を使う場合には、税負担を先送りする代わりに、後継者がその後も長くにわたって制度の管理を引き受けることになる点を、忘れないでいただきたいと思います。
相続まで待つなら、小規模宅地等の特例を軸にしやすい。ただし万能ではない
相続が発生した時点で事業用宅地等を後継者へ承継する場合、小規模宅地等の特例は有力な選択肢になります。
特に、次のような場合には、特定事業用宅地等を軸に検討しやすいといえます。
| 小規模宅地等の特例を軸にしやすい場面 | 理由 |
|---|---|
| 承継資産の中心が事業用土地である | 400㎡まで80%減額の効果が大きい |
| 建物・設備の評価額が相対的に小さい | 個人版で建物・設備を対象にする必要性が小さい |
| 後継者が申告期限まで事業を継続できる見込みがある | 特定事業用宅地等の継続要件に対応しやすい |
| 将来の廃業・売却の可能性を残したい | 個人版のような長期の猶予管理を避けられる |
| 事前計画を出していない | 小規模宅地等の特例は事前計画が不要 |
| 相続発生後に承継者を決める必要がある | 相続税申告までの遺産分割設計で検討できる余地がある |
とはいえ、小規模宅地等の特例も万能ではありません。
未分割のケースで申告期限までに事業継続・保有継続を満たせるか、相続開始前3年以内に新たに事業の用に供された宅地等ではないか、事業用部分と居住用・貸付用部分が混在していないか、取得者が要件を満たしているか。こうした点を一つずつ確認していく必要があります。
さらに付け加えると、小規模宅地等の特例の適用誤りは、相続税実務のなかでも税務トラブルや税賠リスクにつながりやすい領域です。特例適用の可否、土地評価、特定の相続人に有利な分割提案、資料不足といった点については、実務上、慎重な確認が欠かせません。
貸付事業用宅地等は、個人版事業承継税制とは発想が違う
不動産貸付業、駐車場業、自転車駐車場業などは、個人版事業承継税制の対象事業から除かれています。
一方、小規模宅地等の特例では、一定の貸付事業用宅地等について、200㎡まで50%減額が適用できる余地があります。
この違いは、賃貸不動産をお持ちの個人事業主にとって、とても重要です。
| 資産・事業 | 個人版事業承継税制 | 小規模宅地等の特例 |
|---|---|---|
| 本業の店舗・工場の敷地 | 対象になり得る | 特定事業用宅地等として対象になり得る |
| 本業に使う建物・設備 | 対象になり得る | 対象外 |
| アパートの敷地 | 原則として対象外の方向 | 貸付事業用宅地等として対象になり得る |
| 月極駐車場 | 原則として対象外の方向 | 貸付事業用宅地等として対象になり得る |
| 自宅の敷地 | 対象外 | 特定居住用宅地等として対象になり得る |
| 同族会社に貸している事業用地 | 個人事業の対象資産ではない | 特定同族会社事業用宅地等として対象になり得る |
つまり、賃貸不動産を持っているからといって、個人版事業承継税制の検討だけで相続対策が完結するわけではありません。むしろ貸付用の資産については、小規模宅地等の特例、通常の相続税対策、遺言、代償分割、売却方針、管理の承継などを組み合わせて考えていく必要があります。
選択判断で見ておきたい5つの軸
個人版事業承継税制と小規模宅地等の特例を比べるときは、次の5つの軸で見ていくと、頭の中が整理しやすくなります。
1. 資産構成|宅地だけか、建物・設備まで大きいか
小規模宅地等の特例は、あくまで宅地等の制度です。建物、機械、車両、備品、無形固定資産は対象になりません。
これに対して個人版事業承継税制は、宅地等に加えて、建物や一定の減価償却資産も対象になり得ます。
ですから、まずは固定資産台帳と青色申告決算書を確認し、事業用資産の内訳をつかむところから始めるとよいでしょう。
| 資産構成 | 検討の方向性 |
|---|---|
| 土地の評価額が大きい | 小規模宅地等の特例の効果を重視 |
| 建物・設備の評価額も大きい | 個人版事業承継税制も比較対象に |
| 貸付用不動産が多い | 貸付事業用宅地等・通常の相続対策を検討 |
| 事業用と居住用が混在 | 面積・利用実態・評価区分を整理 |
| 生計一親族が所有する資産がある | 個人版・小規模宅地等の双方で要件確認 |
2. 承継タイミング|生前贈与か、相続承継か
生前に資産を移すなら、小規模宅地等の特例は使えません。
相続まで待つなら、小規模宅地等の特例を軸にできる可能性がありますが、その場合は相続発生時の遺産分割、後継者の確定、相続人間の合意形成が必要になります。
| タイミング | 主な検討制度 |
|---|---|
| 生前贈与 | 個人版事業承継税制、相続時精算課税、通常贈与、売買 |
| 相続発生時 | 小規模宅地等の特例、個人版相続税猶予、遺産分割、納税資金 |
| 段階的承継 | 贈与・売買・遺言・相続税対策の組合せ |
| 後継者未確定 | 税制適用より先に承継体制の整理 |
3. 後継者の継続可能性|長期の管理に耐えられるか
個人版事業承継税制を使う場合には、後継者が承継後も事業を続け、特例事業用資産を保有し続ける、という前提が必要になります。
将来、廃業、売却、法人成り、事業転換、体調不良、後継者の交代といった可能性がある場合には、猶予取消リスクも含めて判断していくことになります。
| 後継者の状況 | 判断の注意点 |
|---|---|
| 事業継続の意思・能力が強い | 個人版を検討する余地がある |
| 事業継続に不安がある | 小規模宅地等や通常承継も比較 |
| 将来、売却・廃業の可能性がある | 個人版の取消リスクを慎重に見る |
| 法人成りを検討している | 個人版適用後の切替・届出・税務影響を確認 |
| 複数の後継者がいる | 資産分割、事業単位、管理責任を明確化 |
4. 相続人間の説明可能性|後継者に宅地を集中させられるか
事業用宅地等を後継者に集中させると、他の相続人へ渡せる財産が少なくなることがあります。
小規模宅地等の特例を使う場合でも、個人版事業承継税制を使う場合でも、後継者が事業用資産を多く取得するという構造そのものは変わりません。
そのため、代償金、生命保険、退職金、金融資産、賃貸不動産、自宅、遺言、遺留分への配慮が必要になります。
| 説明すべき相手 | 整理すべき内容 |
|---|---|
| 他の相続人 | なぜ後継者に事業用資産を集中させるのか |
| 後継者 | 税制適用後の責任と資金負担 |
| 配偶者 | 生活資金・居住用財産の確保 |
| 金融機関 | 承継後の事業計画・納税資金・担保状況 |
| 税務署 | 適用要件、評価、資料、申告内容の整合性 |
5. 将来の選択肢|売却・廃業・転業・法人成りを妨げないか
個人版事業承継税制は、長期にわたる事業継続を前提とする制度です。将来の売却・廃業・資産処分の自由度を重く見たい場合には、制度の適用がかえって経営判断を狭めてしまう可能性があります。
一方、小規模宅地等の特例は、個人版事業承継税制のような猶予取消の構造を持ちませんが、相続時点・申告期限までの要件確認はやはり必要です。
将来の選択肢を残しておきたい場合には、単純な税額比較ではなく、次のような「出口」まで含めて検討しておくとよいでしょう。
| 将来方針 | 確認すべき税務・実務 |
|---|---|
| 事業継続 | 後継者の経営計画、資産保有、資金繰り |
| 法人成り | 個人資産の法人移転、所得税、消費税、不動産取得税、法人版との関係 |
| 事業売却 | 個人事業資産の譲渡所得、棚卸資産、設備売却 |
| 廃業 | 猶予取消、資産処分、借入返済 |
| 不動産賃貸化 | 個人版の対象事業から外れる可能性、小規模宅地等の貸付区分 |
| 次世代承継 | 遺言、信託、相続時精算課税、猶予継続の可否 |
実務では「制度選択表」と「資産別マップ」を作る
個人版事業承継税制と小規模宅地等の特例を比べるとき、口頭の説明だけで判断するのは、やはり危険だと感じています。
少なくとも、次のような資産別のマップを作ることをおすすめします。
| 資産 | 現在の利用 | 取得予定者 | 小規模宅地等 | 個人版事業承継税制 | 注意点 |
|---|---|---|---|---|---|
| 店舗敷地 | 本業店舗 | 後継者 | 特定事業用宅地等の候補 | 宅地等の候補 | どちらか選択関係 |
| 店舗建物 | 本業店舗 | 後継者 | 対象外 | 建物の候補 | 青色申告貸借対照表・床面積確認 |
| 機械装置 | 本業用 | 後継者 | 対象外 | 減価償却資産の候補 | 固定資産台帳確認 |
| 自宅敷地 | 居住用 | 配偶者 | 特定居住用宅地等の候補 | 対象外 | 居住継続要件確認 |
| 賃貸アパート敷地 | 貸付用 | 長女 | 貸付事業用宅地等の候補 | 原則対象外の方向 | 貸付事業・限度面積調整 |
| 同族会社貸付地 | 法人店舗 | 後継者 | 特定同族会社事業用宅地等の候補 | 個人事業資産ではない | 法人役員要件・株主構成 |
この表を作っておくと、「事業用資産だから全部個人版」「土地だから全部小規模宅地等」といった粗い判断を避けることができます。
さらに、次の3つの試算を並べると、判断がぐっと現実的になります。
| 試算パターン | 比較する内容 |
|---|---|
| A案:特定事業用宅地等を使う | 宅地等80%減額後の相続税、建物・設備への課税 |
| B案:個人版事業承継税制を使う | 宅地・建物・設備にかかる猶予税額、対象外税額、取消時の負担 |
| C案:通常承継・別制度を使う | 相続時精算課税、売買、遺言、生命保険、納税資金 |
個人版事業承継税制を選ぶべき可能性がある場面
個人版事業承継税制を検討すべき可能性があるのは、たとえば次のような場面です。
| 場面 | 理由 |
|---|---|
| 建物・設備・車両の評価額が大きい | 小規模宅地等では宅地等以外に対応できない |
| 生前贈与で早期に承継したい | 小規模宅地等は相続等が前提 |
| 後継者が明確で、長期継続の意思がある | 納税猶予制度を維持できる可能性が高い |
| 事業用資産を包括的に承継する必要がある | 特定事業用資産の全体を整理しやすい |
| 相続税・贈与税の即時納税が事業資金を圧迫する | 納税猶予による資金繰り効果が大きい |
ただし、個人版事業承継税制を選ぶ場合には、制度適用後も、事業継続、資産保有、青色申告、届出、取消事由を管理していく体制が欠かせません。
これは、「今の税額を抑える」ためだけに使う制度ではない、ということです。
小規模宅地等の特例を選ぶべき可能性がある場面
一方、小規模宅地等の特例を軸に検討すべき可能性があるのは、次のような場面です。
| 場面 | 理由 |
|---|---|
| 事業用宅地等の評価額が大きい | 400㎡まで80%減額の効果が大きい |
| 建物・設備の評価額が小さい | 個人版で対象資産を広げるメリットが小さい |
| 後継者の長期事業継続に不確実性がある | 個人版の取消リスクを避けやすい |
| 事前計画を提出していない | 小規模宅地等は事前計画が不要 |
| 相続発生後に遺産分割で調整したい | 相続税申告までの設計余地がある |
| 将来の売却・転業・廃業の可能性を残したい | 長期の猶予管理を避けられる |
小規模宅地等の特例は、事業承継税制ほど大きな制度管理の負担を伴わないことが多い制度です。その一方で、適用要件・土地評価・利用区分の判断は、精密に行う必要があります。
ご相談の前に整理しておきたい資料
個人版事業承継税制と小規模宅地等の特例を比較するには、次のような資料が必要になります。
| 資料 | 確認の目的 |
|---|---|
| 青色申告決算書 | 事業所得、貸借対照表、資産の計上状況を確認 |
| 固定資産台帳 | 建物・設備・車両・備品の内容を確認 |
| 固定資産税課税明細書 | 土地・建物の評価、地目、用途を確認 |
| 不動産登記事項証明書 | 所有者、共有持分、地目、建物種類を確認 |
| 公図・測量図・建物図面 | 事業用・居住用・貸付用の区分を確認 |
| 賃貸借契約書・使用貸借関係資料 | 貸付用資産、特定同族会社事業用宅地等の可能性を確認 |
| 借入金・担保資料 | 納税資金、金融機関への説明、事業継続の可能性を確認 |
| 後継者の事業計画 | 個人版事業承継税制を維持できるかを確認 |
| 相続関係図・財産一覧 | 他の相続人との分割・遺留分・代償金を確認 |
| 過去の贈与資料 | 個人版の贈与税猶予、相続時精算課税、生前贈与加算を確認 |
相続税申告や承継税制の判断では、制度の有利・不利だけでなく、資料がそろっているか、そして後から説明できるかが重要になります。特に小規模宅地等の特例については、利用区分・面積・取得者・申告期限までの継続状況を、資料できちんと説明できるようにしておく必要があります。
個人版事業承継税制と小規模宅地等の特例でお悩みの方へ
個人事業主の事業用宅地の承継では、個人版事業承継税制と小規模宅地等の特例のどちらを使うかが、相続税額だけでなく、後継者の資金繰り、事業継続、他の相続人との合意形成、そして将来の売却・廃業・法人成りにまで影響します。
特定事業用宅地等を使うのか、個人版事業承継税制で宅地・建物・設備をまとめて承継するのか、あるいは通常の相続対策や生前贈与、売買、遺言を組み合わせるのか。その判断には、制度要件、資産評価、相続税試算、そして承継後の管理可能性を横断して整理していく作業が欠かせません。
犬飼公認会計士・税理士事務所では、個人事業主の事業用資産の承継について、青色申告書・固定資産台帳・不動産資料・相続関係をもとに、個人版事業承継税制と小規模宅地等の特例の選択関係、税額試算、適用後のリスク、後継者への説明資料の整理まで、一貫してご支援しています。
事業用土地、店舗兼住宅、工場、賃貸不動産、同族会社への貸付地を含む相続・事業承継をお考えの場合は、当事務所HPのお問い合わせページからご相談ください。制度を選ぶ前に、まずは「どの資産を、誰に、どの制度で承継し、承継後どこまで管理できるのか」を整理することが、何より大切だと考えています。
この記事の振り返り
| 論点 | 重要なポイント |
|---|---|
| 制度の性格 | 小規模宅地等は課税価格の減額、個人版事業承継税制は納税猶予・免除 |
| 特定事業用宅地等 | 個人版事業承継税制とは原則として選択関係 |
| 対象資産 | 小規模宅地等は宅地等が中心、個人版は宅地・建物・一定の減価償却資産も対象 |
| 承継方法 | 小規模宅地等は相続等、個人版は贈与・相続等に対応 |
| 事前手続 | 小規模宅地等は事前計画が不要、個人版は個人事業承継計画と認定が必要 |
| 継続要件 | 小規模宅地等は主に申告期限まで、個人版は長期の事業継続・資産保有が問題 |
| 取消リスク | 個人版は要件を外れたときに猶予取消・利子税のリスクがある |
| 貸付事業用宅地等 | 個人版では不動産貸付業等は対象外だが、小規模宅地等では貸付事業用宅地等として対象になり得る |
| 特定居住用宅地等 | 個人版と併用できる場面があるが、相続税全体での限度面積調整に注意 |
| 判断軸 | 税額、資産構成、後継者体制、相続人間の調整、将来の売却・廃業可能性を総合的に判断 |
| 相談前の資料 | 青色申告書、固定資産台帳、不動産資料、契約書、相続関係図、後継者の事業計画を整理する |
| 最も重視したい視点 | 「使える制度」ではなく、「承継後も維持でき、後から説明できる制度」を選ぶ |