事業承継税制を検討するとき、もっとも危険な誤解の一つが「納税猶予を使えば、納税資金はもう用意しなくてよい」という思い込みです。
たしかに、法人版事業承継税制の特例措置には大きな効果があります。一定の非上場株式等に係る贈与税・相続税について、対象株式数の上限が撤廃され、猶予割合も100%となるためです。
法人版の特例措置を使うには、特例承継計画を令和9年9月30日までに提出し、令和9年12月31日までに贈与または相続によって会社の株式を取得していることが前提になります。
ただし、事業承継税制は「税額をゼロにする制度」ではありません。あくまで、円滑化法の認定を受けた後継者が取得した一定の資産について、贈与税・相続税の納税を猶予する仕組みです。対象となるのは、法人版では非上場会社の株式等、個人版では個人事業者の事業用資産です。
だからこそ、試算で見るべき数字は「猶予される税額」だけではありません。少なくとも、次の4つを分けて把握しておく必要があります。
| 見るべき数字 | 意味 |
|---|---|
| 本来税額 | 事業承継税制を使わない場合に生じる相続税・贈与税 |
| 納税猶予額 | 一定要件のもと、納付が猶予される税額 |
| 当初納付額 | 申告期限までに実際に納付が必要となる税額 |
| 将来負担額 | 取消・一部取消・売却・廃業・再編時に納付が必要となり得る税額、利子税、関連税額 |
この記事では、個別の税額計算表を作ること自体ではなく、事業承継税制を使う前に、どのような順序で試算し、どの資金負担を見落とさないようにするかを整理していきます。
まず押さえるべきは「猶予額」と「納付額」は別物だということ
事業承継税制の試算では、最初に言葉をきちんと分けておくことが何より大切です。
「税額が発生すること」と「すぐに納付すること」は、同じではありません。納税猶予制度のもとでは、一定の税額はたしかに発生しているものの、要件を満たしている間は納付が猶予されます。その後、制度の適用中に免除事由が生じれば、猶予税額の全部または一部が免除されることもあります。
一方で、要件を満たさなくなれば、猶予されていた税額の全部または一部について、改めて納付が必要になります。
実務上は、次のように整理しています。
| 区分 | 内容 | 資金繰り上の意味 |
|---|---|---|
| 本来の相続税・贈与税 | 制度を使わずに計算した税額 | 制度効果を測る基準 |
| 納税猶予税額 | 対象株式・対象資産に対応して猶予される税額 | ただちに納付しないが、将来取消リスクを持つ |
| 猶予対象外税額 | 対象外財産、対象外株式、他の相続人分などに係る税額 | 原則として申告期限までの納付資金が必要 |
| 利子税・延滞税等 | 取消・期限確定・納付遅延時に問題になる負担 | 出口リスクとして別枠で見る |
| 関連税額 | 所得税、住民税、法人税、みなし配当、譲渡所得など | 資金調達手法によって発生し得る |
ここで改めて強調しておきたいのは、事業承継税制があくまで納税の猶予・免除であって、非課税制度ではないという点です。要件を満たさなくなれば、猶予されていた税額に利子税を加えて納付する場面が生じ得ます。
ですから、試算の出発点に置くべき問いは「いくら猶予されるか」ではありません。「制度を使っても、いつ、誰が、いくらの現金を用意する必要があるのか」です。
相続承継では、自社株だけでなく「相続税全体」を見る
相続で自社株を承継する場合、後継者が取得する自社株に係る相続税だけを見ていては不十分です。
相続税は、各相続人が取得した財産に単純に税率を掛ける仕組みではないからです。実際には、正味の遺産額から基礎控除額を差し引いた課税遺産総額を、いったん法定相続分であん分し、その額に税率を乗じて相続税の総額を計算します。
つまり、自社株が高額であれば、後継者が取得する株式部分だけでなく、相続税全体の税率構造にまで影響が及びます。後継者が事業承継税制を使って自社株に係る税額の猶予を受けたとしても、次のような税額は残り得ます。
| 残り得る税額 | 典型例 |
|---|---|
| 後継者が取得する自社株以外の財産に係る相続税 | 預貯金、不動産、生命保険金、退職金、貸付金など |
| 後継者以外の相続人が納付する相続税 | 配偶者、兄弟姉妹、非後継者の子など |
| 猶予対象外となる株式に係る相続税 | 一般措置で対象株式数に上限がある場合、対象外株式がある場合など |
| 申告期限までに猶予要件を満たせない場合の税額 | 認定、遺産分割、担保提供、申告書添付書類に不備がある場合 |
| 代償分割に伴う資金負担 | 後継者が株式を集中取得する代わりに、他の相続人へ代償金を支払う場合 |
とりわけ見落とされやすいのが、後継者以外の相続人の税負担です。
後継者に自社株を集中させれば、会社の支配権は安定しやすくなります。しかし、自社株の評価額が大きい場合、相続税全体の計算上は「高額な遺産がある」ものとして扱われます。その結果、他の相続人が現金や不動産を取得したにすぎなくても、税率の面では自社株評価の影響を受けてしまうことがあるのです。
そのため相続承継の試算では、後継者の猶予税額だけでなく、相続人ごとの納付税額と納税資金を一覧にしておく必要があります。
| 相続人 | 主な取得財産 | 事業承継税制の適用 | 当初納付資金 | 説明上の論点 |
|---|---|---|---|---|
| 後継者 | 自社株、事業用資産、一部預貯金 | あり得る | 猶予対象外税額、代償金、関連税額 | 代表就任、株式保有、取消リスク |
| 配偶者 | 預貯金、自宅、生命保険金など | 通常なし | 配偶者控除後の納税有無を確認 | 生活資金、二次相続 |
| 非後継者の子 | 金銭、不動産、代償金など | 通常なし | 相続税の納付資金 | 遺留分、代償金、納得形成 |
| その他相続人 | 個別財産 | 通常なし | 個別確認 | 遺産分割、説明資料 |
相続税の申告と納税は、原則として、相続の開始があったことを知った日の翌日から10か月以内に行わなければなりません。
また、相続財産が未分割のままでも、この申告期限が延びるわけではありません。分割が終わっていないことを理由に期限が猶予されることはなく、期限までに申告する必要があります。
出典:国税庁|No.4208 相続財産が分割されていないときの申告
自社株承継の検討が遅れると、後継者は株式の承継と会社経営の引継ぎに追われながら、限られた期間で納税資金まで確保しなければならなくなります。実務でしばしば見られるのは、内部留保の厚い「良い会社」ほど自社株評価が高くなるという構図です。相続財産に自社株以外の財産が乏しければ、後継者が会社から資金を借りて納税し、役員給与から返済していく――そうした状況に陥ることも、決して珍しくありません。
贈与承継では、贈与税の猶予額と「同年の他の贈与」を分けて見る
生前贈与で自社株を移す場合には、贈与税の試算が欠かせません。
暦年課税では、1月1日から12月31日までの1年間に贈与によって取得した財産の価額を合計し、基礎控除額110万円を差し引いた残額に税率を乗じて、贈与税を計算します。
出典:国税庁|No.4408 贈与税の計算と税率(暦年課税)
贈与税の申告と納税は、原則として、財産をもらった年の翌年2月1日から3月15日までに行います。
事業承継税制を使う場合でも、贈与税の試算では次の点を一つずつ分けて確認します。
| 確認事項 | 見落としやすい点 |
|---|---|
| その年に贈与される全財産 | 自社株以外の現金、不動産、貸付金免除などが同年にないか |
| 対象株式の価額 | 事業承継税制の対象となる株式の評価額 |
| 対象外株式・対象外財産 | 議決権制限、対象外株式、他財産への課税 |
| 暦年課税か相続時精算課税か | 贈与税額、将来の相続税課税価格への算入、他制度との関係 |
| 先代死亡時の切替え | 贈与税猶予から相続税課税・相続税猶予へ接続するか |
法人版事業承継税制の贈与税の猶予税額は、単純に「自社株評価額 × 贈与税率」で求めるものではありません。計算の手順としては、まず贈与を受けたすべての財産の価額に基づいて贈与税を計算し、そのうえで対象受贈非上場株式等の価額が課税価格に占める割合などを用いて、猶予税額を切り出していくイメージになります。
ですから贈与承継では、「自社株だけを贈与するのか」「同じ年に他の財産も贈与するのか」を、あらかじめ整理しておかなければなりません。同一年に他の財産を贈与すると、猶予対象外の納付税額が生じたり、相続時精算課税の特別控除の使われ方に影響が出たりするからです。実際、同一年に同じ贈与者から他の財産も受け取っている場合には、対象会社株式に対応する猶予税額を計算し、その差額が納付税額になります。
贈与承継は、相続発生前に経営権を移せる点で有効です。ただし、贈与後に先代が死亡した場合には、贈与税猶予と相続税課税の接続を検討しておく必要があります。ここを見落とすと、「贈与時には納税がなかったのに、相続時になって全体の資金繰りが合わない」という事態が起こりかねません。
納税猶予額は「対象株式・対象資産に対応する税額」であり、全税額ではない
法人版事業承継税制の特例措置では、対象株式数の上限が撤廃され、猶予割合が100%へと拡大されました。これは、平成30年度税制改正で、納税猶予の対象となる非上場株式等の制限撤廃や猶予割合の引上げなどを盛り込んだ特例措置が創設されたことによるものです。
ただし、この「100%」は、あくまで対象株式等に係る税額についての話です。相続税・贈与税の全体が自動的にゼロになるという意味ではありません。
試算では、次のように切り分けて考えます。
| 区分 | 猶予対象になり得るか | コメント |
|---|---|---|
| 特例対象非上場株式等 | あり得る | 会社・先代・後継者・株式要件を満たす必要 |
| 一般措置で上限を超える株式 | 原則対象外 | 一般措置では対象株式数等に制約あり |
| 後継者が取得する預貯金 | 対象外 | 相続税・贈与税の納付資金として使えるか確認 |
| 後継者が取得する不動産 | 原則対象外 | 小規模宅地等や個人版との関係は別途検討 |
| 後継者以外の相続人が取得する財産 | 対象外 | 各相続人の納税資金を別途試算 |
| 個人版の特定事業用資産 | 個人版では対象になり得る | 法人版と制度が異なる |
| 生命保険金・死亡退職金 | 原則対象外 | 非課税枠や退職金課税、法人財務への影響を確認 |
| 代償金 | 税額ではないが資金負担 | 後継者の実際の資金繰りに直結 |
個人版事業承継税制についても、考え方は同じです。青色申告に係る一定の事業を行っていた贈与者から、その事業に係る特定事業用資産のすべてを取得した一定の場合に、特定事業用資産に係る課税価格に対応する贈与税の納税が猶予される仕組みです。
出典:国税庁|No.4442 個人の事業用資産についての贈与税の納税猶予及び免除
法人版と個人版を混同すると、試算は崩れてしまいます。法人の自社株承継では株式評価が中心になりますが、個人事業の承継では、特定事業用資産の範囲、青色申告、事業継続、対象外事業の確認が中心になります。
猶予対象外税額を「少額」と決めつけない
事業承継税制の相談では、どうしても「猶予される税額」に意識が向きがちです。しかし資金繰りという観点では、猶予対象外税額のほうが重要になる場面が少なくありません。
猶予対象外税額が大きくなりやすいのは、次のような場合です。
| 場面 | 猶予対象外税額が大きくなりやすい理由 |
|---|---|
| 自社株以外の財産も多い | 不動産、預貯金、貸付金、保険金などに通常課税が生じる |
| 後継者以外の相続人が複数いる | 各相続人に納付税額が生じる |
| 自社株評価が相続税全体の税率を押し上げる | 後継者以外の取得財産にも税率影響が及ぶ |
| 代償分割を行う | 後継者が他の相続人へ代償金を支払う必要がある |
| 事業承継税制の対象外株式がある | 株式の種類、取得者、取得時期、一般措置の上限等で対象外が出る |
| 手続や担保に不備がある | 予定していた猶予が受けられない可能性がある |
| 相続時精算課税財産がある | 相続税の課税価格に算入され、全体計算に影響する |
ここで押さえておきたいのは、相続税の納税資金が「会社の資金」ではなく、原則として相続人個人の資金であるという点です。後継者が自社株を承継しても、その株式をすぐに換金できるとは限りません。それどころか、事業承継税制を適用している場合には、対象株式を売却・譲渡すること自体が、猶予税額の確定事由につながることもあります。
そのため、納税資金を会社から安易に移してしまうと、会社貸付金、役員給与、自己株式取得、みなし配当、財源規制、金融機関への説明といった、また別の問題を生むことになります。
特に、事業承継税制の適用中に、納税資金や代償資金のために非上場株式を発行会社へ売却する場合には、猶予税額の確定事由に該当し得るため、注意が必要です。相続税の納税資金を捻出する目的での非上場株式の売却は、事業承継税制の猶予税額確定との関係で、慎重な検討が欠かせません。
担保提供は「形式手続」ではなく、資金繰り試算の一部である
事業承継税制を適用するには、税務申告だけでなく、担保提供の確認も必要になります。
非上場株式等についての相続税・贈与税の納税猶予では、どのような財産を担保として提供できるか、譲渡制限付きの非上場株式を担保にできるか、どの程度の価額の担保が必要か、といった点を一つずつ確認していくことになります。
出典:国税庁|非上場株式等についての相続税・贈与税の納税猶予(担保の提供に関するQ&A)
担保提供は、申告書に書類を添付すれば済むという話ではありません。実務では、次の点を事前に確認しておきます。
| 確認事項 | 実務上の意味 |
|---|---|
| 何を担保にするか | 対象株式、他の財産、不動産など |
| 担保価値は足りるか | 猶予税額に見合う価値があるか |
| 譲渡制限株式を担保にできるか | 定款、株券発行の有無、質権設定手続を確認 |
| 株主名簿・株券の状態 | 名義株、所在不明株主、株券発行会社かどうか |
| 金融機関担保との関係 | 既存借入の担保、根抵当権、保証と競合しないか |
| 将来の株式移動への影響 | 組織再編、自己株式取得、M&A時に制約が出ないか |
とりわけ非上場株式を担保にする場合には、株主名簿、定款、株券発行の有無、譲渡制限、質権設定の可否を確認しておく必要があります。株主管理が十分でない会社では、担保提供の段階になって、名義株や、株券不発行・発行済み株券の所在不明といった問題が表面化することもあります。
担保提供まで含めて試算しておかなければ、「税額は猶予できる見込みなのに、申告期限までに担保手続が整わない」という事故が起こりかねません。
利子税と取消時の資金は、適用前から見ておく
事業承継税制の適用を判断する際には、取消時の資金負担を必ず試算に入れておくべきです。
取消事由には、代表退任、対象株式の譲渡、同族過半・筆頭株主要件の喪失、資産保有型会社・資産運用型会社への該当、報告・届出漏れ、解散、組織再編などがあります。相続税の納税猶予でいえば、後継者の代表退任、議決権要件の喪失、納税猶予対象株式の譲渡、上場会社・風俗営業会社への該当、資産保有型会社・資産運用型会社への該当、解散、都道府県への報告や税務署への届出の懈怠などが、主な取消事由になります。
取消が起きると、猶予税額の全部または一部を納付するだけでなく、利子税も問題になります。一定の事後要件を満たせなかった場合には、猶予中の贈与税・相続税に利子税を加えて納付しなければなりません。
ここで見ておくべきなのは、「取消が起きるかどうか」だけではありません。将来、会社が合理的に選び得る行動が、制度上どのような負担を生むのか――そこまで含めて考える必要があります。
| 将来の経営判断 | 事業承継税制上の確認事項 | 資金繰り上の確認事項 |
|---|---|---|
| 後継者が代表を退く | 代表者要件、やむを得ない事由 | 猶予税額納付、利子税 |
| 株式を一部売却する | 一部取消・全部取消の判定 | 売却代金で納付できるか |
| M&Aへ移行する | 譲渡・再計算・減免の可否 | 譲渡所得税、猶予税額、手残り |
| 会社を解散・清算する | 解散時の猶予税額、免除・再計算 | 清算配当、法人税、納付資金 |
| 組織再編を行う | 合併、分割、株式交換等の届出・継続可否 | 再編後の資金・担保・株式保有 |
| 不動産・有価証券が増える | 資産管理会社化リスク | 取消時資金、金融機関説明 |
| 継続届出を失念する | 期限確定リスク | 予期しない納税資金 |
国税は、原則として金銭で、期限までに一括納付するのが基本です。相続税額が10万円を超え、金銭で納付することが困難な場合には、一定要件のもとで、担保を提供して延納を申請できます。ただし、延納期間中は利子税が必要になります。
さらに相続税に限っては、延納によっても金銭納付が困難な場合に、一定の相続財産による物納が認められることがあります。もっとも、贈与税の納税猶予の特例の適用を受けた非上場株式等などは、物納の対象にできません。
つまり、「取消時には猶予対象株式を物納すればよい」と単純に考えることはできないのです。だからこそ、取消時の資金は、適用前の段階から別枠で試算しておくべきだと考えています。
試算は「制度適用あり・なし」だけでなく、複数シナリオで行う
事業承継税制の試算は、1パターンだけでは足りません。
最低限、次のシナリオを比較しておきたいところです。
| シナリオ | 試算目的 |
|---|---|
| 制度を使わない場合 | 本来税額、納税資金、代替手法の負担を把握する |
| 生前贈与で制度を使う場合 | 贈与税猶予、承継時期、先代死亡時の接続を確認する |
| 相続で制度を使う場合 | 相続税全体、遺産分割、他相続人の納税資金を確認する |
| 一般措置を使う場合 | 対象株式上限、猶予割合、後継者人数の制約を確認する |
| 特例措置を使う場合 | 対象株式数、猶予割合、複数後継者、期限を確認する |
| 制度適用後に一部取消が起きる場合 | 売却・退任・株式移動時の納付額を確認する |
| 将来売却・廃業する場合 | 再計算・減免、譲渡税、会社清算時の資金を確認する |
| 後継者変更・次世代承継を行う場合 | 猶予継続贈与、免除、次世代負担を確認する |
このとき大切なのは、試算の単位を「会社」ではなく、「人」と「時点」で分けることです。
| 試算単位 | 確認するもの |
|---|---|
| 先代経営者 | 贈与時期、退職金、老後資金、相続財産、保証・借入 |
| 後継者 | 納税猶予額、当初納付額、代償金、取消時資金、個人保証 |
| 後継者以外の相続人 | 相続税、遺留分、取得財産、代償金の回収可能性 |
| 会社 | 退職金支給、自己株式取得、借入、財務安全性、担保余力 |
| 金融機関 | 代表交代、保証、財務指標、返済能力、担保状況 |
| 税務署・都道府県 | 認定、申告、担保、継続届出、年次報告 |
「制度を使えば納税資金が不要になる」という見方では、後継者以外の相続人、代償金、担保、取消時資金、会社財務といった論点が、ことごとく抜け落ちてしまいます。試算は、税額表で終わらせるのではなく、承継後の資金繰り表へと接続させていく必要があります。
納税資金の調達方法ごとに、税務・会社法・財務の副作用を見る
納税資金が不足する場合、実務では複数の調達方法を並べて比較します。
| 調達方法 | メリット | 主な注意点 |
|---|---|---|
| 先代の預貯金を残す | シンプルで説明しやすい | 自社株以外の相続財産配分との調整 |
| 生命保険金 | 納税資金・代償資金に使いやすい | 契約者、被保険者、受取人、相続税非課税枠 |
| 死亡退職金・役員退職金 | 個人資金と会社損金・株価に影響 | 適正額、支給決議、会社資金流出 |
| 配当 | 後継者の個人資金を確保 | 配当課税、会社資金流出、株価への影響 |
| 役員報酬 | 継続的な返済原資になる | 所得税・社会保険、過大報酬、資金繰り |
| 会社からの貸付 | 短期的に資金を用意しやすい | 会社資金の私的流用に見えない整理、利息、返済可能性 |
| 自己株式取得 | 株式集約と納税資金確保に使える場合 | 財源規制、みなし配当、取得費加算、猶予取消 |
| 金融機関借入 | 個人・会社の資金不足を補える | 保証、担保、返済能力、金融機関説明 |
| 延納 | 一括納付困難時の選択肢 | 要件、担保、利子税 |
| 物納 | 相続税に限る最終的選択肢 | 対象財産制限、手続負担、利用困難性 |
自己株式取得については、後継者に資金の余裕がない場合でも、会社が株式を取得することで株式集約を進められることがあります。ただし、その取得は分配可能額の範囲内である必要があり、売主側に譲渡所得やみなし配当が発生する可能性があります。
また、相続等によって取得した非上場株式を発行会社に買い取ってもらう場合には、一定期間内の譲渡について、みなし配当課税の不適用や、相続税額の取得費加算の特例が問題になります。これらの制度は、もともと、換金性の低い非上場株式について、相続税の納税資金確保を容易にしようという趣旨で設けられたものです。
ただし、事業承継税制の対象株式を売却すると、猶予税額の確定事由になり得ます。自己株式取得は納税資金対策として有効な場面がある一方、制度適用株式との関係では、慎重な設計が求められます。
試算資料には「後から説明できる形」が必要になる
納税猶予額・猶予対象外税額・納税資金の試算は、専門家の内部メモで終わらせるべきものではありません。関係者にきちんと説明できる資料として残しておくことが大切です。
少なくとも、次の資料を整えておきます。
| 資料 | 目的 |
|---|---|
| 現状株価試算 | 自社株評価額と評価方式を確認する |
| 相続税全体試算 | 相続人ごとの納付税額を確認する |
| 贈与税試算 | 贈与承継時の猶予額・納付額を確認する |
| 猶予税額計算資料 | どの株式・資産に係る税額が猶予されるかを示す |
| 猶予対象外税額一覧 | 申告期限までに必要な現金を把握する |
| 取消時試算 | 将来の売却、退任、廃業、再編時の負担を想定する |
| 資金繰り表 | 後継者個人と会社の資金負担を分ける |
| 担保資料 | 担保提供財産、担保価値、手続状況を整理する |
| 遺産分割・代償金メモ | 後継者以外の相続人への説明材料にする |
| 金融機関説明資料 | 退職金、借入、自己株式取得、代表交代を説明する |
| 意思決定記録 | なぜ制度を使うのか、なぜ使わないのかを残す |
相続税・贈与税の分野では、土地や株式の評価誤りが、税賠リスクとしても重要な事故類型になり得ます。
だからこそ試算では、「税額がいくらか」だけでなく、「どの前提で計算したか」「どの制度を選ばなかったか」「どのリスクを説明したか」まで記録しておく必要があるのです。
制度適用を判断するための試算フロー
実務上は、次の順序で整理していくと、判断がしやすくなります。
| ステップ | 確認内容 | 判断ポイント |
|---|---|---|
| 1. 株主・後継者を確認 | 株主名簿、議決権、後継者候補 | 誰にどの株式を移すか |
| 2. 自社株評価を行う | 同族株主、会社規模、特定評価会社 | 評価額と税額の前提 |
| 3. 制度を使わない税額を試算 | 相続税・贈与税の本来税額 | 制度効果の基準 |
| 4. 制度適用時の猶予額を試算 | 対象株式、対象税額、一般・特例 | 猶予される税額 |
| 5. 猶予対象外税額を把握 | 他財産、他相続人、対象外株式 | 申告期限までの資金 |
| 6. 担保を確認 | 担保財産、手続、価額 | 申告実務の実行可能性 |
| 7. 取消時負担を試算 | 利子税、一部取消、売却・廃業 | 将来の出口リスク |
| 8. 資金調達方法を比較 | 保険、退職金、配当、借入、延納 | 会社財務への影響 |
| 9. 関係者説明資料を作成 | 親族、金融機関、社内 | 後から説明できるか |
| 10. 実行時期を決定 | 贈与、相続、計画提出、申告期限 | 期限と経営判断の整合性 |
この流れで試算しておくと、「適用できるか」だけでなく、「適用すべきか」「維持できるか」「取消時に耐えられるか」までを、落ち着いて判断できるようになります。
まとめ
事業承継税制の効果は、たしかに大きなものです。しかし、納税猶予額だけを見て判断してしまうと、承継後の資金繰りを見誤ります。
本当に確認すべきなのは、次の4つです。
第一に、事業承継税制を使わない場合の本来税額。
第二に、対象株式・対象資産に係る納税猶予額。
第三に、制度を使ってもなお、申告期限までに納付が必要となる猶予対象外税額。
第四に、取消・売却・廃業・組織再編・届出漏れが起きた場合の将来負担です。
事業承継税制は、納税資金の問題を大きく軽減し得る制度です。しかし、会社の支配権、後継者の資金繰り、他の相続人の納税、担保、利子税、取消時の資金、金融機関への説明まで含めて試算しなければ、制度のメリットと制約を正しく比べることはできません。
犬飼公認会計士・税理士事務所では、自社株評価、相続税・贈与税の試算、法人版・個人版事業承継税制の適用判断、納税猶予額と猶予対象外税額の整理、取消時負担のシミュレーション、関係者説明資料の作成まで、税務と会社財務を一体で検討しています。
自社株の評価額は把握しているものの、制度を適用した後に実際いくらの資金が必要になるのか、後継者や他の相続人にどう説明すればよいのか――そこが整理できていない場合は、犬飼公認会計士・税理士事務所HPのお問い合わせページよりご相談ください。納税猶予の効果だけでなく、承継後も会社を守れる資金計画になっているかどうかまで、あわせて確認いたします。
重要事項の振り返り
| 論点 | 要点 | 実務上の確認事項 |
|---|---|---|
| 事業承継税制の性格 | 非課税ではなく納税猶予・免除の制度 | 取消時の納付可能性を前提に試算する |
| 本来税額 | 制度を使わない場合の相続税・贈与税 | 制度効果を測る基準として必要 |
| 納税猶予額 | 対象株式・対象資産に対応する税額 | 対象外財産まで猶予されるわけではない |
| 猶予対象外税額 | 申告期限までに納付が必要となる税額 | 他財産、他相続人、対象外株式を確認 |
| 相続税全体 | 自社株が税率構造全体に影響する | 後継者以外の相続人の税額も試算する |
| 贈与税試算 | 同一年の全贈与財産を前提に見る | 自社株以外の贈与、暦年課税・精算課税を確認 |
| 担保提供 | 納税猶予の実行条件として重要 | 対象株式、譲渡制限、株券、担保価値を確認 |
| 利子税 | 取消・期限確定時に負担となり得る | 取消時シナリオに入れて試算する |
| 取消リスク | 代表退任、株式譲渡、資産管理会社化、届出漏れ等 | 将来の経営判断との整合性を確認 |
| 納税資金 | 後継者個人と会社財務を分けて考える | 保険、退職金、配当、借入、延納、自己株式取得を比較 |
| 自己株式取得 | 株式集約・資金対策に使える場合がある | 財源規制、みなし配当、猶予取消に注意 |
| 関係者説明 | 試算結果を後から説明できる形で残す | 親族、金融機関、税務署、後継者向け資料を整える |