事業承継税制の取消を考えるとき、多くの方がまず気にされるのは「猶予されていた相続税や贈与税を払うことになるのか」という点でしょう。
もちろん、それは最も重要な論点です。ただ、実務の現場では、それだけでは足りないと感じる場面が少なくありません。
納税猶予の取消は、猶予税額を納付すれば終わり、という単純な問題ではないからです。取消の原因となった行為が、株式譲渡、自己株式取得、親族への贈与、会社への低額譲渡、組織再編、解散・清算などである場合、その行為そのものから、所得税、贈与税、法人税、源泉所得税、みなし配当、関連者課税が連鎖していくことがあります。
そのため、事業承継税制の取消後に確認すべき税務は、次の二層構造で捉えておくと整理しやすくなります。
ひとつ目は、納税猶予を受けていた贈与税・相続税が期限確定し、利子税とともに納付が必要になるか、という問題です。
ふたつ目は、取消の原因となった取引や組織行為そのものが、別の税目を発生させるか、という問題です。
この二つを分けて整理しておかないと、たとえば次のような事態が起こり得ます。
- 猶予税額は試算していたが、株式譲渡所得やみなし配当まで見ていなかった
- 会社資金を使った結果、法人税・源泉税・金融機関への説明にまで波及した
- 親族間で株式を移したところ、後継者以外に贈与税リスクが生じた
ここで、制度の前提を簡単に確認しておきます。
法人版事業承継税制は、円滑化法の認定を受けた非上場会社株式等を贈与・相続等により取得した場合に、一定の要件のもとで贈与税・相続税の納税を猶予し、後継者の死亡等によって免除する制度です。特例措置では、対象株式数の上限撤廃や猶予割合の100%化などが設けられています。
なお、法人版の特例措置については、令和9年9月30日までに特例承継計画を提出し、令和9年12月31日までに贈与・相続により会社の株式を取得することが、中小企業庁から案内されています。
本稿では、事業承継税制の取消後に、相続税・贈与税・所得税・みなし配当・法人税・関連者課税がどのように波及していくのかを整理します。個別の申告書作成、税額計算表、組織再編スキームの設計、税務調査対応までは扱いません。
まず「取消税額」と「取消原因となった取引の税金」を分ける
取消後の税務を考えるとき、最初に行っていただきたいのは、「取消によって納める税金」と「取消原因となった取引によって発生する税金」を切り分けることです。
たとえば、後継者が納税猶予の対象株式を第三者に譲渡したとします。この場合、事業承継税制上は、対象株式の譲渡によって猶予税額の全部または一部について納税猶予の期限が確定します。実務上も、特例対象株式を譲渡・贈与した場合には、5年間の事業継続期間中であれば全額が打切り、5年経過後であれば譲渡等した部分のみが打切りとなる、という整理になります。
ところが、話はそれで終わりません。後継者個人が株式を譲渡したのであれば、その譲渡について、所得税・住民税上の「株式等に係る譲渡所得等」を検討する必要があるからです。
つまり、同じ株式譲渡でも、税務上は少なくとも二つの問題が同時に発生します。
ひとつは、事業承継税制の納税猶予がどこまで確定するか。もうひとつは、株式譲渡そのものに譲渡所得課税が生じるか、という点です。
この整理をしないまま「猶予税額がいくらか」だけを見ていると、取消後の実際の資金負担を過小に見積もってしまいます。
贈与税への波及:贈与税猶予の取消と通常贈与税の再確認
贈与税の納税猶予を受けている場合、取消後にまず問題となるのは、猶予されていた贈与税の納付です。
事業承継税制は、非課税制度ではなく、納税猶予・免除制度です。要件を満たさなくなった場合には、納税猶予の期限が確定し、猶予されていた税額に利子税を合わせて納付する必要があります。
たとえば、先代から後継者へ自社株を生前贈与し、後継者が贈与税の納税猶予を受けたとします。その後、先代の死亡前に、後継者が代表者を退任した、対象株式を譲渡した、議決権要件を満たさなくなった、継続届出を失念した、といった事由があれば、猶予税額の全部または一部について納付が必要になる可能性があります。
ここで注意していただきたいのは、取消後の贈与税は「新しく贈与があったから発生する税金」ではない、という点です。もともと贈与時に発生していた贈与税について、いったん納税を猶予していたものが、要件を満たせなくなったために納付時期を迎える、という構造になっています。
ただし、取消の原因となる行為が、さらに別の贈与税を生むこともあります。
たとえば、後継者が保有株式を親族へ時価より著しく低い価額で譲渡した場合には、取得した親族側にみなし贈与の問題が生じる可能性があります。後継者が株式を無償で移せば、通常の贈与税の検討も必要になります。さらに、同族会社を介して特定の親族や株主に利益が移転する場合には、関連者課税の問題も出てきます。
このように、贈与税猶予の取消は、それ自体で完結するとは限りません。取消原因となった株式移転について、「誰から誰へ、いくらで、どの価値を移したのか」を確認しておく必要があります。
先代死亡前か後かで、贈与税と相続税の整理が変わる
贈与税猶予を受けた後に先代が死亡した場合には、もうひとつ特別な整理が必要になります。
贈与税の納税猶予を受けている場合、贈与者である先代経営者等が死亡すると、猶予中の贈与税額が免除され、その株式は一定の仕組みによって相続税の課税関係へ接続されます。特例制度における「みなし相続に係る相続税の納税猶予」では、贈与者の死亡後、相続税側で改めて納税猶予を受けるかどうかが問題になります。
この場面で混同しやすいのは、次の二つです。
先代の死亡前に取消事由が発生していた場合は、贈与税猶予の期限確定として処理する問題になります。一方、先代の死亡により贈与税猶予が免除され、相続税猶予に切り替わった後に取消事由が発生した場合は、相続税猶予の期限確定として処理する問題になります。
同じ株式であっても、現在猶予されている税目が「贈与税」なのか「相続税」なのかによって、納付すべき税金、届出書類、利子税、次の相続時の取扱いが変わってきます。
したがって、取消後の税務整理では、まず次の点を確認しておく必要があります。
- 贈与税猶予の段階なのか
- 先代の死亡により贈与税猶予が免除されているのか
- みなし相続に係る相続税猶予へ切り替えているのか
- その後に相続税猶予の取消事由が生じたのか
この時系列を読み違えると、贈与税と相続税のどちらを納付すべきか、どの申告・届出が必要か、どの税額を試算すべきかを、根本から誤るおそれがあります。
相続税への波及:相続税猶予の取消は「相続税だけ」で終わらない
相続税の納税猶予を受けている場合、取消事由が生じれば、猶予されていた相続税の全部または一部を納付することになります。
後継者が相続により自社株を取得し、相続税の納税猶予を受けた後に、対象株式を譲渡した場合を考えてみます。特例承継期間中であれば猶予税額の全額が問題となり、特例承継期間の経過後であれば、譲渡した株式に対応する部分の猶予税額が問題となる、という整理です。相続後に株式を売却する行為は猶予税額の確定事由となりますので、相続税の納税資金や代償資金を得るために非上場株式を売却するような場合には、十分な注意が必要です。
しかし、この場合も相続税だけを見ていては足りません。
相続で取得した株式を後継者が売却したのであれば、後継者には株式譲渡所得の問題が発生します。そして、相続または遺贈により取得した株式などを一定期間内に譲渡した場合には、相続税額のうち一定金額を譲渡資産の取得費に加算できる「取得費加算の特例」が検討対象になります。国税庁も、相続または遺贈により取得した土地、建物、株式などを一定期間内に譲渡した場合には、相続税額のうち一定金額を取得費に加算できる、と説明しています。
出典:国税庁|No.3267 相続財産を譲渡した場合の取得費の特例
ただし、事業承継税制の猶予税額との関係では、取得費加算の対象となる相続税額、譲渡時期、申告期限、猶予税額の確定時期、実際の納付状況を、個別に確認しておく必要があります。「相続税があるから取得費加算が使える」と単純に断定するのではなく、猶予税額がどの段階で確定し、どの財産に対応しているのかを見極めることが大切です。
所得税への波及:第三者への株式譲渡
取消原因として最も分かりやすいのは、後継者が対象株式を第三者へ売却するケースです。
この場合、事業承継税制上は、対象株式の譲渡によって猶予税額の全部または一部が確定します。それと同時に、後継者個人には「株式等に係る譲渡所得等」の課税関係が発生します。
譲渡所得の基本的な構造は、譲渡収入金額から取得費・譲渡費用を差し引いて譲渡益を計算する、というものです。非上場株式の場合は、取得費をどう把握するか、贈与・相続により取得した株式の取得費をどう引き継ぐか、相続税の取得費加算を検討できるか、譲渡時の時価が適正か、といった点が問題になります。
とりわけ事業承継税制を利用している会社では、株式の取得経路が複雑になりがちです。
- 先代からの贈与により取得した株式
- 相続により取得した株式
- 複数の株主から取得した株式
- 事業承継税制の対象株式と対象外株式
- 相続時精算課税を併用した株式
- 組織再編により持株会社株式へ変わった株式
これらが混在していると、譲渡所得の計算における取得費、取得時期、譲渡株式の特定、取得費加算の可否が、いずれも判断しにくくなります。
取消後の所得税を正しく見るためには、税制適用時点の評価資料だけでなく、実際に誰が何株を、いつ、どの制度で取得したのかを、株式単位で追える資料が欠かせません。
自己株式取得への波及:みなし配当と譲渡所得が同時に出る
後継者や相続人が保有する株式を発行会社が買い取る「自己株式取得」は、事業承継や相続税の納税資金対策として検討されやすい手法です。
ただ、事業承継税制の対象株式を発行会社へ譲渡すれば、納税猶予上は対象株式の譲渡として、猶予税額の確定事由になり得ます。さらに、自己株式取得には、通常の第三者譲渡とは異なる所得税上の整理があります。
個人株主が自己株式を発行法人に譲渡した場合、税務上は、交付を受けた金銭等を、みなし配当部分と株式譲渡収入部分に区分して考えます。実務上も、自己株式取得では売主に譲渡所得が発生し、みなし配当が発生する可能性があること、そして発行会社には財源規制が問題となること、を押さえておく必要があります。
個人株主が交付を受けた金銭のうち、資本金等の額を超える部分は、みなし配当として配当所得に整理されます。また、交付金銭等の額からみなし配当部分を除いた部分は、一般株式の譲渡所得等に係る収入金額として整理されます。
非上場株式等の配当等については、支払金額に対して所得税および復興特別所得税20.42%のみが源泉徴収される、と国税庁は説明しています。
出典:国税庁|No.1330 配当金を受け取ったとき(配当所得)
加えて、みなし配当部分がある自己株式取得では、発行法人側に源泉徴収や法定調書の提出義務が生じます。国税庁は、「配当等とみなす金額に関する支払調書」について、金銭その他の資産を交付する法人が、支払確定日等から1か月以内に提出する手続を案内しています。
出典:国税庁|F1-13 配当等とみなす金額に関する支払調書(同合計表)
つまり、自己株式取得を使う場合は、次の税務を同時に確認しなければなりません。
- 事業承継税制上、猶予税額がどこまで確定するか
- 売主個人にみなし配当が発生するか
- 売主個人に株式譲渡所得が発生するか
- 発行会社に源泉徴収・支払調書提出の義務があるか
- 発行会社の資本金等の額・利益積立金額・分配可能額にどう影響するか
- 金融機関が会社資金の流出をどう見るか
自己株式取得は、株主構成の整理や納税資金対策として有効な場合がありますが、事業承継税制の取消後に用いるのであれば、猶予税額と所得税・源泉税・会社財務を一体で見ておく必要があります。
低額譲渡・高額譲渡への波及:時価を外すと関連者課税になる
取消後に株式を移す場面では、「いくらで売るか」が非常に重要になります。
非上場株式は市場価格がないため、親族間、同族会社間、会社と株主間で売買価格を決めるときに、時価の妥当性が問題になりやすい資産です。
個人が法人に対して、譲渡所得の基因となる資産を時価の2分の1未満の対価で譲渡した場合には、所得税法59条により、時価で譲渡したものとみなされる可能性があります。国税庁の所得税基本通達でも、法人に対する低額譲渡について、時価の2分の1以上であっても、同族会社等の行為計算否認に該当する場合には、時価に相当する金額により所得計算ができる旨が示されています。
出典:国税庁|法第59条《贈与等の場合の譲渡所得等の特例》関係
非上場株式の時価についても、売買実例、類似会社比準、純資産価額等を参酌して、通常取引されると認められる価額を検討するのが実務の考え方です。
低額譲渡で注意すべき税目は、所得税だけではありません。
後継者が親族へ時価より著しく低い価額で株式を譲渡した場合には、買主側に贈与税が問題となることがあります。
後継者が会社へ低額で株式を譲渡した場合には、後継者側の所得税だけでなく、会社側の受贈益、既存株主間の利益移転、相続税法上の行為計算否認が問題となることがあります。
会社が特定株主から高額で自己株式を取得した場合には、売主への経済的利益、他株主から売主への利益移転、みなし配当、贈与税が問題となることがあります。
同族会社等の行為計算否認については、相続税法64条1項の適用要件として、対象法人が同族会社等であること、行為・計算が同族会社等のものであること、株主等の相続税等の負担を減少させる結果となること、その減少が不当と認められること、などが整理されています。
出典:国税庁税務大学校|相続税法64条と財産評価基本通達6項との関係について
事業承継税制の取消後は、納付資金を急いで確保しようとして、価格設定が粗くなりがちです。しかし、時価を外した取引は、後継者、親族、会社、他の株主のいずれかに、別の課税リスクを生じさせます。
法人税への波及:会社は「納税者ではない」だけでは済まない
事業承継税制の納税猶予を受けているのは、原則として後継者個人です。取消によって猶予税額を納めるのも、基本的には後継者個人です。
だからといって、会社に税務上の影響がない、とは限りません。
会社が自己株式を取得すれば、会計上・税務上、自己株式の取得、資本金等の額、利益積立金額、源泉所得税、支払調書、分配可能額が問題になります。自己株式取得については、税務上、対価を資本の払戻部分と利益の払戻部分に分けて考えるのが実務処理です。
また、取消後に会社が資産を譲渡する、事業を譲渡する、会社分割を行う、合併する、清算する、といった場合には、法人税上の譲渡損益、寄附金、受贈益、適格・非適格組織再編、残余財産分配、みなし配当などが問題になります。
特に組織再編を伴う場合は、会社法上の手続と法人税法上の適格要件が、それぞれ別個に問題になります。会社分割についても、会社法上は事業に関して有する権利義務の全部または一部の承継として整理される一方で、法人税では分割型分割・分社型分割などの税務上の区分を踏まえて検討する必要があります。
事業承継税制の取消後、会社側で法人税が問題になりやすいのは、次のような場面です。
- 会社が対象株式を自己株式として買い取る
- 会社が後継者の納税資金確保のために資産を売却する
- 会社が事業譲渡により事業用資産を移転する
- 会社分割・合併・株式交換等で事業再編を行う
- 会社が解散・清算し、残余財産を分配する
- 親族・同族会社間で低額または高額の資産移転を行う
- 後継者へ会社貸付や役員報酬の増額を行う
取消税額の納税者が後継者であっても、その資金を実際にどこから出すかによって、会社側の法人税・源泉税・財務指標が動きます。ここを見落とすと、税金を払うために会社財務を傷めることになりかねません。
みなし配当が起こると、金融機関への説明も必要になる
みなし配当は、単なる所得区分の問題にとどまりません。会社から株主へ資金が流出するという点で、金融機関への説明にも影響します。
自己株式取得によって後継者や相続人に資金を移す場合、会社の現預金が減少します。純資産、自己資本比率、借入返済余力、財務制限条項、運転資金に影響する可能性があります。
また、みなし配当部分については源泉徴収・法定調書の処理が必要となり、株式譲渡所得部分については売主個人側で申告が必要となります。会社が株式を買い取った結果、後継者の議決権割合が上がる場合もあれば、自己株式処理後の議決権構成が変わり、事業承継税制の要件や他株主との関係に影響する場合もあります。
少数株主対策としての自己株式取得は、後継者の資金負担を軽減しながら株式集約を進められる可能性がある一方で、財源規制、売主課税、みなし配当、会社資金の流出を伴います。自己株式取得は、後継者個人の資金問題を会社に移すだけの手法ではない、という点を押さえておきたいところです。
関連者課税:誰に経済的利益が移ったかを見る
取消後の株式移転では、関連者課税が見落とされやすい論点です。
事業承継税制の適用会社では、株主が親族、役員、同族会社、従業員持株会、少数株主などに分かれていることがあります。取消後に株式を動かすと、株価、議決権、配当期待、支配権が誰に移ったのかを確認する必要があります。
関連者課税で見るべき視点は、次の三つです。
- まず、売主・買主間で経済的利益が移っていないか
- 次に、会社を介して一部株主から別の株主へ利益が移っていないか
- 最後に、その移転に合理的な事業目的と説明資料があるか
たとえば、後継者が親族へ低額で株式を譲渡した場合には、買主である親族に贈与税が問題となる可能性があります。
会社が特定株主から高額で自己株式を取得した場合には、売主にみなし配当・譲渡所得が生じるだけでなく、他の株主から売主へ経済的利益が移ったと評価される可能性があります。
会社が後継者に有利な価格で自己株式を処分した場合には、取得者が役員であれば給与・賞与・退職所得、株主・親族であれば贈与税、法人であれば法人税上の受贈益などが問題となり得ます。自己株式の処分は新株発行と同様の取扱いとなり、有利な価額で取得したとされる場合には、その関係に応じて所得税・贈与税の課税対象となる可能性があります。
事業承継税制の取消後に株式を動かす場合は、「税務上の名目」ではなく「経済的に誰が得をしたか」を確認することが欠かせません。
取消後に確認すべき時系列
取消後の税務は、時系列を読み違えると整理できません。
特に、贈与税猶予から相続税猶予へ切り替わる場面、相続後に株式を譲渡する場面、自己株式取得で納税資金を作る場面では、次の順番で確認していきます。
まず、最初の株式取得が贈与なのか相続なのかを確認します。次に、その取得について、事業承継税制の対象となった株式数、猶予税額、担保提供の状況を確認します。続いて、先代の死亡により贈与税猶予が免除され、相続税猶予へ切り替わっているかを確認します。さらに、取消事由がいつ発生したかを確認します。そのうえで、取消原因が株式譲渡、贈与、自己株式取得、組織再編、解散などのどれに該当するかを確認します。最後に、その取引について、所得税、贈与税、相続税、法人税、源泉税、関連者課税を、それぞれ別々に検討します。
「取消事由が発生した日」「株式譲渡日」「代金決済日」「会社の効力発生日」「相続開始日」は、必ずしも同じとは限りません。この日付のズレが、納期限、利子税、申告年分、取得費加算、源泉徴収、継続届出の判断に影響してきます。
取消後に残すべき資料
取消後の税務整理では、資料がなければ判断のしようがありません。
特に必要になるのは、次のような資料です。
- 贈与契約書、遺産分割協議書、遺言書、株式譲渡契約書
- 特例承継計画、認定申請書、認定書、年次報告、継続届出書
- 贈与税申告書、相続税申告書、納税猶予税額の計算資料
- 非上場株式評価明細書、株主名簿、議決権割合表
- 対象株式と対象外株式の区分表
- 自己株式取得に関する株主総会議事録、取締役会議事録、通知書
- みなし配当計算、資本金等の額、利益積立金額の資料
- 譲渡所得の取得費資料、相続税の取得費加算検討資料
- 会社側の会計仕訳、別表調整、源泉徴収、支払調書
- 金融機関向け説明資料、資金繰り表、担保一覧
税理士実務でも、相続・贈与税の分野では、土地や株式の評価誤り、資料受領の不足、特定の相続人にのみ有利な分割提案、調査可能性の説明不足などが、税務トラブルの原因になりやすいものです。
事業承継税制の取消後は、税額そのものだけでなく、なぜその取引をしたのか、なぜその価格なのか、誰に説明したのか、どの資料に基づいて判断したのかを残しておくことが重要です。
取消後の税務を「一枚の表」で見える化する
実務では、取消後の税務を次のように整理すると、全体像をつかみやすくなります。
| 取消原因となる行為 | 事業承継税制上の影響 | 個人側の税務 | 会社側の税務 | 関連者課税の注意点 |
|---|---|---|---|---|
| 対象株式を第三者へ譲渡 | 猶予税額の全部または一部確定 | 株式譲渡所得 | 原則として直接課税なし | 時価、取得費、取得費加算 |
| 対象株式を発行会社へ譲渡 | 猶予税額の全部または一部確定 | みなし配当、譲渡所得 | 自己株式処理、源泉徴収、支払調書 | 高額取得・低額取得、他株主への利益移転 |
| 親族へ贈与 | 猶予税額の確定または猶予継続贈与の検討 | 贈与者側の猶予確定 | 原則として直接課税なし | 受贈者の贈与税、議決権移転 |
| 親族へ低額譲渡 | 猶予税額の確定 | 譲渡所得 | 原則として直接課税なし | 買主側のみなし贈与 |
| 法人へ低額譲渡 | 猶予税額の確定 | 所得税法59条、157条の検討 | 受贈益等の検討 | 同族会社を介した利益移転 |
| 自己株式処分・有利発行 | 議決権要件に影響する可能性 | 取得者の所得税・贈与税 | 資本取引、時価発行の検討 | 後継者への利益移転 |
| 合併・会社分割・株式交換 | 継続または取消・一部確定の検討 | 株式交換等の課税関係 | 適格・非適格再編、法人税 | 組織再編比率、時価 |
| 解散・清算 | 猶予税額の確定・免除・再計算の検討 | 残余財産分配、みなし配当等 | 清算中の法人税申告 | 株主間配分、債権放棄 |
この表で大切なのは、どの行にも複数の税目が並ぶ、という点です。
事業承継税制の取消後は、「贈与税か相続税か」だけではなく、「その取消原因となった取引が、誰に、どの税目を発生させるか」を同時に見ていく必要があります。
まとめ
事業承継税制の取消後の税務は、決して単純ではありません。
猶予されていた贈与税・相続税の納付は、あくまで第一段階にすぎません。取消の原因となった株式譲渡、自己株式取得、贈与、低額譲渡、組織再編、廃業・清算によって、譲渡所得、みなし配当、法人税、源泉所得税、関連者課税が連鎖していくことがあります。
特に注意していただきたいのは、次の点です。
- 贈与税猶予の取消なのか、相続税猶予の取消なのかを、時系列で確認すること
- 対象株式の譲渡は、猶予税額の確定と株式譲渡所得の両方を生じさせる可能性があること
- 自己株式取得では、みなし配当と譲渡所得、会社側の源泉徴収・支払調書・財源規制が問題になること
- 低額譲渡・高額譲渡では、所得税だけでなく、贈与税・法人税・関連者課税が問題になること
- 会社資金を使って後継者の納税資金を作る場合には、法人税・会社財務・金融機関への説明にまで波及すること
- 取消後の税務判断には、株式数、取得経路、評価資料、時価根拠、議事録、届出控えが不可欠であること
事業承継税制は、入口では「納税猶予」の制度に見えます。しかし、出口では複数の税目を横断する総合判断になります。適用前の段階から、取消後にどの税目が発生し得るか、誰が納税者になるか、会社資金にどの程度影響するかを整理しておくことが、後継者と会社を守るうえで重要です。
重要事項の振り返り
| 論点 | 見落としやすい点 | 実務上の確認事項 |
|---|---|---|
| 取消税額 | 猶予税額だけを見てしまう | 贈与税猶予か相続税猶予か、全部確定か一部確定か |
| 贈与税猶予の取消 | 先代死亡の前後で処理が変わる | 贈与税段階か、みなし相続後の相続税段階か |
| 相続税猶予の取消 | 相続税納付だけで終わらない | 株式譲渡所得、取得費加算、利子税 |
| 第三者への株式譲渡 | 猶予確定と所得税が同時に発生 | 譲渡価額、取得費、取得時期、対象株式区分 |
| 自己株式取得 | 通常の株式譲渡と処理が異なる | みなし配当、譲渡所得、源泉徴収、支払調書 |
| みなし配当 | 個人側だけでなく会社側の手続も必要 | 20.42%源泉徴収、支払調書、資本金等の額 |
| 低額譲渡 | 価格を自由に決められるわけではない | 時価、みなし譲渡、みなし贈与、行為計算否認 |
| 高額譲渡 | 売主だけでなく他株主への利益移転が問題 | 自己株式取得価格、他株主との関係 |
| 法人税 | 後継者個人の税金と思い込みやすい | 自己株式、資産売却、組織再編、清算 |
| 関連者課税 | 誰に利益が移ったかが曖昧になりやすい | 親族、同族会社、少数株主、役員との関係 |
| 組織再編 | 会社法上の手続だけで判断しがち | 適格・非適格、猶予継続、法人税、株式評価 |
| 納付資金 | 会社資金で簡単に解決できると考えがち | 配当、貸付、役員報酬、自己株式取得の副作用 |
| 記録管理 | 取消後に資料を集めようとして遅れる | 評価資料、議事録、届出控え、価格根拠 |
事業承継税制の取消後にどの税目が発生するかは、取消事由、株式の取得経路、取引価格、相手方、会社の資本構成、組織再編の有無によって大きく変わります。
犬飼公認会計士・税理士事務所では、事業承継税制の適用判断だけでなく、取消後の相続税・贈与税・所得税・みなし配当・法人税への波及、自己株式取得や株式譲渡を伴う納付資金対策、関連者課税リスクの整理まで含めて、検討のお手伝いをしています。
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