「相続税を現金で払えないとき、不動産で納めることはできないのか」。地主の方、不動産を多くお持ちのご家族、同族会社株式や農地を承継される相続では、この問いが比較的早い段階で持ち上がります。
相続税は、財産が多いからといって、それに見合う納税資金まで手元にあるとは限りません。自宅、貸地、賃貸不動産、農地、生産緑地、山林、非上場株式といった財産は、相続税評価額が大きくても、申告期限までに現金化することが難しいものです。
相続税の申告と納税は、原則として、被相続人が亡くなったことを知った日の翌日から10か月以内に行います。国税庁も、相続税は申告期限までに、金銭で一度に納めるのが原則であるとしたうえで、相続税に限っては特別な納税方法として延納と物納が認められていることを説明しています。
もっとも、物納は「不動産で払えばよい」という単純な制度ではありません。
物納は、金銭での納付ができず、延納によっても金銭で納めることが困難な場合に、一定の相続財産で相続税を納める制度です。しかも、物納できる財産については、種類・順位・適格性・権利関係・境界・測量・書類整備が、いずれも厳しく確認されます。
物納を検討するときに大切なのは、制度上「できるか」だけではありません。
その不動産を、本当に国へ引き渡してよいのか。売却した方が有利ではないのか。延納で資産を手元に残すべきではないのか。相続人の間で納得は得られるのか。小規模宅地等の特例を適用した場合、収納価額はどうなるのか。境界、借地権、共有、担保、賃貸借契約に問題はないのか。そして、申告期限までに資料と整備が間に合うのか。
これらを一つずつ確かめていかなければ、物納は実務上の選択肢になりません。
相続対策では、相続税額を下げることだけでなく、争族の防止、納税資金の確保、税額軽減、申告実務までを一体で考える必要があります。とりわけ土地の比率が高い相続では、現金一括納付が原則であることを踏まえ、延納や物納に頼りすぎず、生前のうちから納税資金を確保しておく設計が重要になります。
物納とは何か
物納とは、相続税について、一定の要件を満たす場合に、金銭ではなく相続財産そのもので納める制度です。
国税庁は、国税は金銭で納付するのが原則であるものの、相続税に限っては、延納によっても金銭で納付することが困難な場合に、納税者の申請により、その困難な金額を限度として一定の相続財産で納付できると説明しています。
納付方法の位置づけは、次の順序で整理すると理解しやすくなります。
| 納付方法 | 内容 | 実務上の位置づけ |
|---|---|---|
| 金銭一括納付 | 申告期限までに現金で納付する | 原則 |
| 延納 | 許可を受けて年賦で金銭納付する | 一括納付が困難な場合の分割納付 |
| 物納 | 許可を受けて一定の相続財産で納付する | 延納でも金銭納付が困難な場合の制度 |
| 売却納税 | 不動産等を売却して納税資金を作る | 物納との比較対象 |
| 借入納税 | 金融機関借入で納付する | 延納・物納との比較対象 |
| 生命保険金等の活用 | 保険金・死亡退職金を納税資金に充てる | 生前対策と相続後納税の接点 |
物納は、納税者にとっては「財産で納める制度」ですが、国の側から見れば、取得した財産を将来管理・処分し、財政収入に充てることを前提とした制度です。そのため、国が管理・処分しにくい財産は、そもそも物納には適しません。物納は、財産を国に帰属させること自体を目的とするものではなく、あくまで相続税納付の手段として例外的に認められるものだと理解しておく必要があります。
物納は「最後の手段」と考えるべき理由
物納は、相続税を払えない場合の重要な選択肢ではありますが、実務の感覚としては、最後の手段に近い制度です。
理由は、大きく分けて四つあります。
一つ目は、金銭納付が原則だということです。手元資金や換金できる財産がある場合には、まず金銭での納付が検討されます。
二つ目は、延納によっても金銭納付が困難であることが前提になる点です。いきなり物納を選べるわけではありません。
三つ目は、物納できる財産が限定されることです。相続財産であれば何でも物納できるわけではなく、国内に所在する一定の財産で、順位や適格性の要件を満たすものに限られます。
四つ目は、不動産の整備負担が重いことです。境界、測量、借地権、賃貸借、担保、共有、道路、土壌汚染、越境、登記などに問題があれば、物納が却下されたり、整備を求められたりします。
つまり物納は、「不動産を持っているから使える制度」ではありません。物納できる状態に整えられた財産があり、そのうえで金銭納付・延納・売却などと比べて合理性がある場合に、初めて検討する制度だととらえておくのが実務的です。
物納の要件
物納を申請するには、主に次の要件をすべて満たす必要があります。
| 要件 | 内容 |
|---|---|
| 金銭納付困難性 | 延納によっても金銭で納付することが困難であり、その困難な金額を限度としていること |
| 財産の種類・順位 | 相続税の課税価格計算の基礎となった相続財産のうち、日本国内に所在する一定の財産で、法令上の順位によること |
| 物納適格性 | 管理処分不適格財産に該当しないこと。物納劣後財産の場合は、他に物納に充てるべき適当な財産がないこと |
| 期限内申請 | 物納申請期限までに、物納申請書と物納手続関係書類を提出すること |
国税庁も、物納の要件として、延納によっても金銭納付が困難であること、物納申請財産が日本国内にある一定の相続財産で順位に従うこと、管理処分不適格財産でないこと、そして期限までに物納申請書と物納手続関係書類を提出することを掲げています。
ここで特に押さえておきたいのは、物納が**「納付困難な金額の範囲内」**に限られるという点です。
たとえば相続税額が5,000万円であっても、預貯金、保険金、上場株式、売却しやすい資産などを考え合わせると3,000万円は納付できる、という場合があります。このとき物納を検討できるのは、残りの納付困難額に限られます。
なお、相続時精算課税の適用を受けた財産や、一定の贈与税の納税猶予の特例を受けた非上場株式等・事業用資産は、物納の対象にできないとされています。
物納の対象になる税額・ならない税額
物納の対象となるのは、相続税の本税です。
相続税に付随して生じる加算税、利子税、延滞税、連帯納付責任額は、物納の対象にはなりません。国税庁も、物納制度の説明のなかで、これらの附帯税や連帯納付責任額は物納の対象にならないと明記しています。
この点は、実務上とても重要です。
財産評価や名義財産の確認が不十分なまま、後から修正申告になった場合には、追加の本税だけでなく、過少申告加算税や延滞税が発生することがあります。物納を検討するような相続では、そもそも現金の余力が乏しいことが多いため、附帯税が出ると資金繰りに直接響きます。
だからこそ、物納を検討する相続ほど、申告前の資料収集、財産評価、名義財産の確認、特例適用の判断を、慎重に進めておく必要があります。
物納に充てられる財産の順位
物納に充てられる財産には、順位があります。
国税庁は、物納申請財産について、日本国内に所在する一定の相続財産で、次の順位によると示しています。
| 順位 | 主な財産 |
|---|---|
| 第1順位 | 不動産、船舶、国債証券、地方債証券、上場株式等 |
| 第1順位の中の劣後財産 | 不動産・上場株式のうち物納劣後財産に該当するもの |
| 第2順位 | 非上場株式等 |
| 第2順位の中の劣後財産 | 非上場株式のうち物納劣後財産に該当するもの |
| 第3順位 | 動産 |
後順位の財産は、税務署長が特別の事情があると認める場合や、先順位の財産に適当な価額のものがない場合に限って、物納に充てることができます。
この順位は、物納を検討するうえでの実務判断に直結します。
たとえば、納税者が「非上場株式を物納したい」と考えても、第1順位の不動産や上場株式等に物納できる財産がある場合には、非上場株式を自由に選べるわけではありません。
また、不動産であっても、物納劣後財産に該当する場合には、他に物納へ充てるべき適当な財産があるかどうかが問題になります。
管理処分不適格財産とは何か
物納で最も重要なのが、管理処分不適格財産に該当しないかどうかです。
管理処分不適格財産とは、国が管理・処分するのに適さない財産をいいます。これに該当すると、物納は認められません。
不動産については、次のようなものが管理処分不適格財産として問題になります。
| 管理処分不適格財産になりやすい不動産 | 実務上の意味 |
|---|---|
| 担保権が設定されている不動産 | 抵当権などがあると国が処分しにくい |
| 権利の帰属について争いがある不動産 | 所有権・持分・相続分に争いがある場合 |
| 境界が明らかでない土地 | 確定測量や隣地確認が未了の場合 |
| 争訟によらなければ通常使用できない不動産 | 隣地トラブル、通行問題など |
| 通行権の内容が明確でない袋地 | 公道への接続が不安定な土地 |
| 借地権者が不明な貸宅地 | 借地契約・借地人・範囲が不明確な土地 |
| 他の不動産と一体利用されている不動産 | 単独で管理・処分しにくい土地 |
| 共有不動産 | 国が単独処分しにくい |
| 通常の引渡しに必要な行為が未了の不動産 | 建物明渡し、残置物整理、権利調整等が未了 |
| 管理処分費用が収納価額に比べ過大な不動産 | 測量・撤去・除染・管理費用が重い場合 |
| 社会通念上適切でない目的に使用されている不動産 | 用途や使用者に問題がある場合 |
国税庁も、担保権の設定登記がある不動産、権利の帰属に争いがある不動産、境界が明らかでない土地、通行権の内容が明確でない袋地、借地権者が不明な土地、共有不動産などを、管理処分不適格財産の例として挙げています。
なかでも「境界が明らかでない土地」は、物納実務で問題になりやすい典型例です。物納では、国が土地を受け入れて処分できる状態にしておく必要があるため、民有地との境界だけでなく、道路や水路といった公共用地との境界確定も問われます。確定測量には数か月以上を要することもあり、生前のうちに測量しておく方が安心だとされるのは、このためです。
物納劣後財産とは何か
管理処分不適格財産ほどではないものの、物納の順位が後れる財産を物納劣後財産といいます。
物納劣後財産は、他に物納へ充てるべき適当な財産がない場合に限って、物納に充てることができます。
国税庁は、物納劣後財産について、他の財産に比べて物納許可後の売却等がしにくいと考えられるため、他に物納へ充てるべき適当な価額の財産がある場合には物納に充てることができないと説明しています。
出典:国税庁|(問14)物納劣後財産とは、どういうものでしょうか。
不動産では、次のようなものが物納劣後財産として問題になります。
| 物納劣後財産になり得る不動産 | 確認すべきポイント |
|---|---|
| 地上権・永小作権・地役権等が設定されている土地 | 権利内容、登記、使用収益制限 |
| 法令違反建築物とその敷地 | 違反内容、是正可能性 |
| 仮換地指定前などの区画整理地 | 使用収益の可否、事業進行状況 |
| 納税義務者の居住用・事業用建物と敷地 | 生活・事業継続への影響 |
| 配偶者居住権の目的建物と敷地 | 居住権の内容、評価、処分可能性 |
| 特殊技能を要する建物と敷地 | 工場、劇場、浴場等の管理処分可能性 |
| 接道義務を満たさない土地 | 建築基準法上の道路、接道幅員 |
| 市街化区域外の土地 | 宅地造成可能性、利用規制 |
| 農用地区域内の土地 | 農地法・農振法上の制約 |
| 保安林 | 森林法上の制約 |
| 建築できない土地 | 建築制限、利用可能性 |
| 事故・事件等により正常な取引が難しい不動産 | 心理的瑕疵、隣接地への影響 |
国税庁も、接道義務を満たさない土地、市街化区域以外の区域にある土地、農用地区域内の土地、保安林、建築できない土地などを、物納劣後財産の例として挙げています。
物納劣後財産は、「絶対に物納できない財産」ではありません。ただし、他に物納へ充てるべき適当な財産があるか、あるいは劣後財産を物納に充てる特別の事情があるかを、きちんと説明できる必要があります。
貸宅地は物納できるのか
地主の相続でよく問題になるのが、貸宅地の物納です。
貸宅地は、借地人が建物を所有し、地主が底地を保有している財産です。換金性が低く、収益性も限られることが多いため、相続税の納税資金に悩む地主の方が物納を検討されることがあります。
とはいえ、貸宅地が常に物納不適格になるわけではありません。
貸宅地については、契約当事者が確定しているか、契約内容が明確か、貸主に著しく不利な契約でないか、地代が不当に低廉でないか、地代の滞納がないか、契約の継続が困難でないか、といった点が確認されます。あわせて、土地賃貸借契約書、貸借地の境界確認書、賃借人ごとの賃借地範囲・面積・境界を確認できる実測図、地代領収書、敷金等に関する確認書などが必要になることもあります。
つまり、貸宅地の物納では、「借地権割合で評価した底地がある」というだけでは足りません。
次のような確認が欠かせません。
| 貸宅地で確認すべき事項 | 実務上の意味 |
|---|---|
| 借地人は誰か | 相手方が不明だと管理処分上問題になる |
| 契約書はあるか | 契約内容が不明確だと審査で問題になる |
| 借地範囲は明確か | 実測図・境界確認が必要になる |
| 地代は適正か | 不当に低廉な地代は問題になり得る |
| 滞納はないか | 継続的な契約管理に支障がある |
| 敷金・保証金はどう扱うか | 国が債務を負う状態では問題になる |
| 建物登記はあるか | 借地権者・建物所有者の確認に関係する |
| 境界は確定しているか | 物納適格性に直結する |
貸宅地を物納候補に考える場合は、相続開始後に慌てて契約書や境界を整えるのではなく、生前のうちから借地契約、地代、境界、測量図、借地人との関係を整理しておくことが重要です。
未分割財産は物納できるのか
遺産分割がまとまっていない財産は、物納の大きな障害になります。
国税庁は、相続財産について協議分割が未了である場合や、遺留分減殺請求が行われている場合など、所有権の帰属が確定していない状況にある財産は、管理処分不適格財産に該当するため物納は認められないと説明しています。
出典:国税庁|(問6)相続財産の協議分割が終わっていないのですが、このままの状態で物納は認められるのでしょうか。
これは、物納と遺産分割が切り離せないことを意味します。
相続人全員で分割協議がまとまっていない土地を物納候補にしても、所有者が確定していなければ、国は受け入れられません。物納を検討する場合には、申告期限までに、物納候補財産を誰が取得するのか、あるいは物納のためにどう分割するのかを整理しておく必要があります。
遺産分割をめぐっては、相続人の範囲、遺産の範囲、遺産評価、遺言の有効性、特別受益、分割方法など、多くの争点が同時に問題となり得ます。物納候補財産がある場合には、税務上の納税方法だけでなく、法務上の所有権帰属を早い段階で整理しておかなければなりません。
共有不動産と物納
共有不動産も、物納では慎重な確認が必要です。
共有不動産は、国が単独で管理・処分しにくいため、管理処分不適格財産に該当する可能性があります。とりわけ、相続人間であえて共有にした不動産、過去の相続が未整理で共有者が多数になっている不動産、共有者の一部が所在不明の不動産は、物納候補としては大きなリスクを抱えます。
共有不動産は、管理、変更、処分、賃貸、費用負担、共有物分割などをめぐって紛争が生じやすく、次世代に共有関係が広がると、解消がいっそう難しくなります。共有不動産を物納候補とする前に、共有関係の整理、単独所有化、換価分割、代償分割といった方法を検討しておく必要があります。
物納を前提に「とりあえず共有で相続する」という判断は、避けるべきです。共有にすることで、かえって物納の可能性を下げてしまうことがあります。
不動産の測量・境界・権利関係が重要になる
物納を検討する不動産では、相続税評価額そのもの以上に、次の実務確認が重要になります。
| 確認項目 | 物納上の意味 |
|---|---|
| 登記事項証明書 | 所有者、抵当権、地役権、賃借権等の確認 |
| 公図・地積測量図 | 筆界、形状、隣接関係の確認 |
| 確定測量図 | 境界が明確かどうかの確認 |
| 隣地境界確認書 | 隣接所有者との争いの有無 |
| 道路境界確認 | 公共用地との境界確定 |
| 接道状況 | 建築基準法上の道路か、接道義務を満たすか |
| 越境物 | 塀、樹木、建物、配管等の越境確認 |
| 賃貸借契約 | 借地人・借家人・地代・敷金・契約内容の確認 |
| 担保権 | 抵当権等がないか |
| 土壌汚染・埋設物 | 除去費用、条件付許可、取消しリスク |
| 建物の老朽化 | 耐用年数、使用可能性、撤去費用 |
| 農地・生産緑地 | 農地法・都市計画上の制限 |
| 土地区画整理 | 仮換地・清算金・使用収益の可否 |
土地評価の実務でも、地目、評価単位、都市計画法・建築基準法、土地の上に存する権利、抵当権、貸借、土壌汚染、地中埋設物、高圧線下地などの確認が欠かせません。物納では、これらが評価額だけでなく、国が受け入れられる財産かどうかに直結します。
特に、確定測量には時間がかかります。公共用地との境界確定には役所の協力が必要になり、申告期限までに完了しないこともあります。物納を本気で検討するのであれば、相続開始後ではなく、生前のうちから測量・境界・借地契約の整備を始めておくことが望ましい場面があります。
収納価額とは何か
物納では、その財産を国がいくらで収納するかが重要です。これを収納価額といいます。
国税庁は、物納財産を国が収納するときの価額は、原則として、相続税の課税価格計算の基礎となったその財産の価額であると説明しています。また、小規模宅地等の特例の適用を受けた相続財産を物納する場合の収納価額は、特例適用後の価額になるとしています。
ここで注意したいのは、物納の収納価額は、必ずしも市場で売れる価額ではないということです。
たとえば、相続税評価額が8,000万円の土地を物納する場合、原則としてその評価額が収納価額になります。一方で、小規模宅地等の特例により評価額が大きく減額されている土地を物納する場合には、収納価額は特例適用後の価額になります。
この違いは、判断のうえでかなり重要です。
| 状況 | 物納判断への影響 |
|---|---|
| 相続税評価額より市場売却価額が高い | 売却して納税した方が有利な可能性がある |
| 市場売却価額より相続税評価額が高い | 物納が有利に見えることがあるが、適格性確認が必要 |
| 小規模宅地等の特例適用後の土地 | 収納価額が特例適用後の低い価額になる |
| 借地権・貸宅地 | 評価額、地代、契約、処分可能性を総合確認 |
| 土壌汚染・境界未確定 | 収納価額以前に物納適格性が問題になる |
| 売却予定地 | 譲渡所得税、取得費加算、売却時期と比較する |
物納を考えるときに、「相続税評価額で国が取ってくれるなら得だ」と単純にとらえるのは禁物です。市場売却、譲渡所得税、取得費加算、測量費、仲介手数料、共有者調整、売却期間、そして家族の意向まで、あわせて比較する必要があります。
物納と小規模宅地等の特例
小規模宅地等の特例を適用した土地を物納する場合は、とりわけ慎重に判断すべきです。
小規模宅地等の特例は、一定の居住用・事業用・貸付事業用などの宅地等について、相続税評価額を大きく減額する制度です。ただし、その土地を物納に充てる場合、収納価額は特例適用後の価額になります。
たとえば、評価額1億円の土地について、小規模宅地等の特例により2,000万円まで評価が下がったとします。この土地を物納する場合、収納価額は原則として特例適用後の2,000万円になります。
その土地を残すべきか、売却すべきか、物納すべきかは、次の観点で比べていきます。
| 判断軸 | 確認すべきこと |
|---|---|
| 居住継続 | 配偶者・同居親族が住み続ける必要があるか |
| 事業継続 | 事業用宅地として承継する必要があるか |
| 二次相続 | 配偶者が取得した後の次の相続税負担 |
| 売却可能性 | 市場価格、売却期間、譲渡所得税 |
| 収納価額 | 特例適用後の価額になるか |
| 相続人間の公平 | 他の相続人との財産配分や代償金 |
| 納税資金 | 他の資金で納税できるか |
小規模宅地等の特例を使う土地は、生活・事業・家族関係と深く結びついていることが多いものです。だからこそ、物納によって手放してよい土地かどうかを、よく見極める必要があります。
物納の申請期限と書類提出
物納を申請する場合、期限の管理がきわめて重要になります。
物納申請は、物納しようとする相続税の納期限または納付すべき日までに、物納申請書へ物納手続関係書類を添えて提出します。物納申請期限までに物納手続関係書類を提出できない場合には、物納手続関係書類提出期限延長届出書を提出することで、1回につき3か月を限度として、最長1年まで提出期限を延長できます。
税務署長は、物納申請期限から3か月以内に許可または却下を行うのが原則ですが、申請財産の状況によっては、その期間が最長9か月延長される場合があります。
つまり物納は、申告期限の当日に申請書を出せば終わり、というものではありません。
| 時期 | 実務上やるべきこと |
|---|---|
| 相続開始後早期 | 財産構成、納税資金、不動産候補の把握 |
| 申告期限前 | 物納候補財産の選定、測量・権利関係の確認 |
| 申告期限まで | 物納申請書、物納手続関係書類の提出 |
| 書類不足がある場合 | 期限延長届出、追加書類・訂正対応 |
| 審査期間 | 現地調査、収納に必要な措置、補正対応 |
| 許可後 | 財産引渡し、条件履行、利子税確認 |
| 却下時 | 再申請・延納申請・金銭納付の検討 |
なお、令和7年度税制改正により、物納許可限度額等の計算方法が改められ、令和7年4月1日以降に相続が開始した分に係る物納申請から適用されています。物納を検討する場合には、相続開始日と、最新の手引・様式をあわせて確認しておく必要があります。
物納申請が却下された場合
物納を申請しても、必ず許可されるとは限りません。
管理処分不適格財産に該当すると判断されて却下された場合には、却下の日の翌日から20日以内に、その却下された財産に代えて、他の財産による物納の再申請を1回に限り行うことができます。
国税庁のQ&Aでも、管理処分不適格財産として却下された場合には、却下通知を受けた日の翌日から20日以内に他の財産による物納再申請ができるものの、この再申請は却下された財産について1回に限られると説明されています。
出典:国税庁|(問12)物納申請した財産が管理処分不適格であった場合、どうなるのでしょうか。
再申請ができるからといって、最初の財産選定を軽く考えてよいわけではありません。再申請も却下されれば、選択肢はさらに狭まります。
また、延納によっても金銭納付が困難であるという要件を満たさないと判断されて物納申請が却下された場合には、その却下された相続税額について延納申請をすることができます。
物納申請中・却下時の利子税
物納を申請した場合にも、利子税の確認が必要です。
国税庁は、物納申請が行われた場合には、物納許可による納付があったものとされた日までの期間のうち、申請者が必要書類の訂正等や物納申請財産の収納に当たっての措置を行う期間について、利子税がかかると説明しています。あわせて、物納申請が却下された場合や取り下げたものとみなされた場合には、納期限または納付すべき日の翌日から却下日等までの期間について利子税がかかり、自ら取り下げた場合には延滞税がかかるとされています。
物納は、現金支出を完全に回避できる制度ではありません。
審査・補正・整備の過程で利子税が生じることがあり、却下された後に金銭納付が必要になることもあります。したがって、物納を検討する場合でも、一定の納税資金や予備資金は確保しておく必要があります。
条件付許可と許可後の取消しリスク
物納は、許可された後も安心とは限りません。
国税庁は、汚染物質除去の履行義務などの条件を付して物納が許可された後に、許可財産へ土壌汚染などの瑕疵があると判明した場合には、汚染除去などの措置を求められるとしています。さらに、物納許可後5年以内にその措置を求められ、これに応じられない場合には、物納許可が取り消されることがあると説明しています。
土壌汚染、地中埋設物、埋蔵文化財、高圧線下地、がけ地、土砂災害区域、越境などがある土地では、相続税評価だけでなく、物納後の管理処分リスクまで問題になります。
特殊な土地の評価では、利用制限、除去費用、権利制限、現地状況、行政資料を確認し、評価の根拠を記録として残しておくことが重要です。物納候補地においても、こうした特殊事情は、評価額だけでなく国への引渡しの可否に直結します。
延納から物納へ変更する特定物納
最初から物納を選ぶのではなく、いったん延納の許可を受けた後に、状況の変化を受けて物納へ変更する制度もあります。これを特定物納といいます。
国税庁は、延納の許可を受けた相続税額について、その後に延納条件の履行が困難となった場合には、申告期限から10年以内に限り、分納期限が未到来の税額部分について、延納から物納へ変更できると説明しています。特定物納申請をした場合には、物納財産を納付するまでの期間に応じて当初の延納条件による利子税を納め、特定物納に係る財産の収納価額は特定物納申請時の価額になります。
ただし、特定物納も万能ではありません。
特定物納に充てる財産も、通常の物納と同じように、管理処分不適格財産でないこと、劣後財産の場合には他に適当な財産がないこと、順位に従うことなどが求められます。延納から物納へ変更する場合でも、財産の適格性と整備状況は、改めて確認されます。
物納と売却をどう比較するか
物納を検討する際には、必ず比べておきたいのが不動産の売却です。
物納は、売却活動をせずに相続税の納付に充てられる可能性がある一方で、収納価額は原則として相続税評価額です。これに対して売却は、現金化まで時間がかかり、譲渡所得税や測量費、仲介手数料などがかかりますが、市場価格で売れる可能性があります。
比較の視点は、次のとおりです。
| 比較項目 | 物納 | 売却 |
|---|---|---|
| 納税への充当額 | 原則として相続税評価額または特例適用後価額 | 売却価格から譲渡税・費用を差し引いた手取り |
| 期限 | 申告期限までに申請が必要 | 申告期限までに売却完了するとは限らない |
| 書類整備 | 物納手続関係書類が必要 | 売買契約・測量・仲介・登記等が必要 |
| 境界・測量 | 重要 | 重要 |
| 権利関係 | 不適格・劣後判断に直結 | 売却価格・売却期間に影響 |
| 税負担 | 物納自体は譲渡ではないが利子税等に注意 | 譲渡所得税、取得費加算等を検討 |
| 家族の意向 | 国に引き渡すため財産は残らない | 売却代金を分割・納税に使える |
| 実行可能性 | 審査で却下されるリスク | 買主が見つからないリスク |
相続不動産を売却する場合には、譲渡所得税、取得費、取得費加算、空き家特例、換価分割、売却時期など、相続税申告とは別の税務論点が生じます。物納と売却は、どちらが制度上可能かという見方ではなく、税引後の手取り、納税期限、相続人間の公平、将来の管理負担までを比べて判断するものです。
物納と遺産分割の関係
物納は、納税方法であると同時に、遺産分割にも影響します。
たとえば、長男が貸宅地を取得し、長女が預貯金を取得する分割をしたとします。この場合、長男は不動産評価額に応じた相続税を負担する一方で、納税資金を十分に持たないことがあります。そこで、長男が取得した貸宅地を物納することが検討されるかもしれません。
しかし、その貸宅地が家業や地域との関係に関わる土地であれば、国へ引き渡すことが家族の意向に沿うとは限りません。また、貸宅地の契約関係や境界が未整備であれば、そもそも物納は難しくなります。
遺産分割では、次の点を同時に確認しておく必要があります。
| 遺産分割上の確認事項 | 物納判断への影響 |
|---|---|
| 物納候補財産を誰が取得するか | 物納申請者と所有者の整理 |
| 他の相続人の納得 | 特定の不動産を国に渡すことへの合意 |
| 現金配分 | 物納せず金銭納付できるか |
| 代償金 | 不動産取得者の資金負担 |
| 共有化の回避 | 共有にすると物納が難しくなる可能性 |
| 二次相続 | 配偶者に残す財産と将来納税資金 |
| 小規模宅地等 | 特例適用土地を物納してよいか |
物納を検討する場合、遺産分割協議書には、税務上・法務上の整合性が求められます。分割を終えてから「やはり物納できなかった」となれば、納税資金だけでなく、相続人間の公平感にも影響が及びます。
物納を検討しやすいケース
物納が検討対象になりやすいのは、次のようなケースです。
相続財産の大半が不動産で、現金が少ない場合
地主の相続では、土地の評価額は大きい一方で、現預金が少ないことがあります。貸地、底地、農地、生産緑地、山林、低収益の賃貸不動産などが多いと、相続税を現金で納めることが難しくなります。
このような場合には、延納、売却、借入、生命保険金、死亡退職金、代償分割と比べたうえで、物納候補財産を検討していきます。
売却が難しいが、物納適格性がある不動産がある場合
市場での売却に時間がかかる一方で、境界・権利関係・賃貸借・担保に問題が少ない不動産がある場合には、物納が検討対象になります。
ただし、売却しにくい不動産は、国にとっても管理・処分しにくい可能性があります。「民間で売りにくいから物納しやすい」とは限らない点に注意が必要です。
延納しても分納原資が見込めない場合
延納は、将来にわたって年賦で納める制度です。賃料収入、給与、配当、売却予定といった分納原資が見込めない場合には、延納が現実的でないことがあります。
このようなときには、延納ではなく物納を検討する余地があります。
生前から物納候補地を整備している場合
物納は、相続開始から10か月のあいだに急いで整備するには、負担の重い制度です。
生前のうちから、境界確定、借地契約の整理、担保抹消、共有解消、測量図の作成、登記の整理を進めている場合には、物納の検討可能性が高まります。
物納を安易に選ばない方がよいケース
一方で、次のような場合には、物納を安易に選ぶべきではありません。
市場で有利に売却できる不動産がある場合
市場価格が相続税評価額を上回る場合には、売却して納税した方が、資金的に有利なことがあります。譲渡所得税や取得費加算を考慮しても、売却の手取りが物納の収納価額を上回るのであれば、物納が最善とは限りません。
相続人が残したい不動産である場合
物納は、国に財産を引き渡す制度です。家族が残したい自宅、事業用地、先祖代々の土地、将来活用を予定している土地を物納すると、後から取り戻すことは前提にできません。
境界や権利関係が未整理の場合
境界未確定、借地人不明、賃貸借契約書なし、抵当権あり、共有者多数、越境あり、未登記建物ありといった不動産は、物納候補としては大きなリスクを抱えます。
小規模宅地等の特例適用後の収納価額が低い場合
特例適用後の収納価額が大きく下がる場合には、物納よりも売却や他の資金調達を検討すべきことがあります。
物納後の条件履行リスクがある場合
土壌汚染、地中埋設物、崖、災害リスク、違法建築、特殊な施設などがある場合には、条件付許可や許可後の取消しのリスクをあわせて検討する必要があります。
物納を検討する実務手順
物納を検討する場合は、次の順番で整理していくと判断しやすくなります。
1. 相続税額を概算する
まず、相続税額の概算が必要です。
相続税額が分からなければ、納税資金の不足額も、物納に必要な額も判断できません。不動産評価、非上場株式評価、小規模宅地等、配偶者軽減、贈与加算、生命保険金、債務控除などを確認します。
2. 金銭納付できる金額を確認する
現預金、保険金、死亡退職金、上場株式、投資信託、売却可能資産、借入の可能性を整理します。
物納は、金銭納付・延納が困難な範囲に限られます。
3. 延納が可能か検討する
延納によって金銭納付が可能であれば、物納ではなく延納が優先されます。
ただし、延納には利子税、担保、分納原資が必要です。延納を選んでも将来支払えない場合には、物納や売却を検討します。
4. 物納候補財産を選定する
物納候補財産について、財産の順位、国内所在、相続財産性、所有者、評価額、収納価額を確認します。
不動産であれば、土地・建物ごとに個別に確認します。
5. 管理処分不適格財産に該当しないか確認する
境界、担保、共有、権利争い、通行、借地人、賃貸借、越境、残置物、土壌汚染などを確認します。
ここで問題がある場合には、物納候補として慎重に扱う必要があります。
6. 物納劣後財産に該当しないか確認する
接道義務、農用地区域、市街化区域外、保安林、建築不可、配偶者居住権、法令違反建物などを確認します。
劣後財産に当たる場合には、他に物納へ充てるべき適当な財産がないか、特別の事情があるかを整理します。
7. 売却・借入・延納と比較する
物納だけを単独で判断しません。
売却の手取り、譲渡所得税、取得費加算、借入金利、延納利子税、相続人間の分割、二次相続まで比較します。
8. 申請書類と整備スケジュールを確認する
物納申請書、物納手続関係書類、測量図、境界確認、契約書、登記資料、評価資料を準備します。
申告期限までに間に合わない書類がある場合には、提出期限延長届出の可否とスケジュールを確認します。
物納の相談前に整理しておきたい資料
物納を専門家へ相談する場合には、次の資料をできるだけ整理しておくと、判断が進みやすくなります。
| 区分 | 主な資料 |
|---|---|
| 相続税試算 | 財産一覧、債務一覧、相続人情報、概算評価額 |
| 納税資金 | 預貯金残高、保険金、死亡退職金、上場株式、借入可能性 |
| 不動産共通 | 登記事項証明書、公図、地積測量図、固定資産税課税明細書 |
| 境界・測量 | 確定測量図、境界確認書、道路境界確定資料 |
| 賃貸不動産 | 賃貸借契約書、地代・家賃入金資料、敷金・保証金資料 |
| 貸宅地 | 借地契約書、借地範囲図、地代領収書、建物登記資料 |
| 担保関係 | 抵当権設定契約、借入残高証明、抹消予定資料 |
| 共有関係 | 共有者一覧、持分、共有物分割協議資料 |
| 法規制 | 都市計画図、用途地域、接道、農地・生産緑地資料 |
| 特殊事情 | 土壌汚染、埋設物、越境、土砂災害区域、文化財関係資料 |
| 遺産分割 | 遺言書、遺産分割協議案、代償金予定 |
| 申告実務 | 小規模宅地等、配偶者軽減、評価明細の検討資料 |
物納の相談は、相続税申告の終盤になってからではなく、財産評価と納税資金の概算が見えた段階で始めるのが望ましいといえます。
まとめ|物納は「財産で払えるか」ではなく「国が受け入れられる状態か」で判断する
物納は、相続税を現金で納められない場合の、重要な制度です。
しかし物納は、納税者側の資金不足だけで認められるものではありません。延納によっても金銭納付が困難であること、物納できる財産の種類・順位に従うこと、管理処分不適格財産でないこと、物納劣後財産の場合には他に適当な財産がないこと、そして申請期限までに必要書類を整えること。これらがそろって、初めて選択肢になります。
とりわけ不動産では、次の点が判断を大きく左右します。
境界は明確か。確定測量は済んでいるか。抵当権はないか。共有ではないか。借地人や借家人は明確か。賃貸借契約や地代に問題はないか。接道・建築制限に問題はないか。土壌汚染や埋設物はないか。小規模宅地等の特例適用後の収納価額はどうなるか。そして、売却や延納と比べて合理的か。
物納を検討するときには、単に「不動産で払えるか」を見るのではなく、その財産を国が管理・処分できる状態に整えられるかを確認する必要があります。
犬飼公認会計士・税理士事務所では、相続税申告における税額計算だけでなく、不動産評価、納税資金、延納・物納、相続後の売却、遺産分割、二次相続への影響までを一体で整理しています。相続財産の多くが不動産で、相続税の納付方法に不安がある場合は、申告期限が迫ってからではなく、財産評価と納税資金の概算が見えた段階でご相談ください。
振り返り
| 論点 | 重要な確認事項 |
|---|---|
| 物納の位置づけ | 金銭納付が原則。延納でも困難な場合の制度 |
| 物納の対象 | 相続税本税。加算税、利子税、延滞税、連帯納付責任額は対象外 |
| 物納要件 | 金銭納付困難性、財産の種類・順位、物納適格性、期限内申請 |
| 財産の順位 | 第1順位は不動産・国債・地方債・上場株式等、第2順位は非上場株式等、第3順位は動産 |
| 管理処分不適格財産 | 担保権、権利争い、境界未確定、共有、借地人不明などは大きな問題 |
| 物納劣後財産 | 接道不足、農用地区域、市街化区域外、配偶者居住権目的財産などは後順位扱い |
| 貸宅地 | 契約書、借地人、借地範囲、地代、滞納、敷金、境界確認が重要 |
| 未分割財産 | 所有権の帰属が確定していない財産は物納が認められにくい |
| 収納価額 | 原則として相続税評価額。小規模宅地等適用財産は特例適用後価額 |
| 申請期限 | 申告期限までに物納申請書と関係書類を提出。書類提出期限延長は最長1年 |
| 却下時の対応 | 管理処分不適格等で却下された場合、20日以内に1回限り再申請可能 |
| 利子税 | 物納申請中の補正期間、却下・みなし取下げの場合などに注意 |
| 特定物納 | 延納許可後、条件履行困難となった場合、申告期限から10年以内に一定の変更が可能 |
| 売却との比較 | 売却手取り、譲渡所得税、取得費加算、測量費、相続人間の公平を比較 |
| 相談前準備 | 不動産資料、測量・境界資料、契約書、担保資料、納税資金資料を整理する |