退職や転職があった年は、いつもなら年末調整だけで完結していた方でも、確定申告が必要になったり、あるいは申告をしておいた方がよかったりする場面が出てきます。
たとえば、こんなふうに考えていないでしょうか。
- 「前職の源泉徴収票を転職先に出したから大丈夫」
- 「退職金は会社で税金が引かれているから申告しなくてよい」
- 「副業は20万円以下だから何もしなくてよい」
- 「複数勤務でも、それぞれの会社で源泉徴収されているから終わっている」
- 「退職後に払った国民年金や国民健康保険料は、どこかで自動的に反映される」
もし一つでも心当たりがあるなら、そのまま進める前に、一度立ち止まっていただきたいところです。
退職・転職・複数勤務がある年の税務判断で本当に大切なのは、「会社が何か処理してくれたかどうか」ではありません。1月1日から12月31日までの所得・源泉徴収・控除・退職金・社会保険料・副業収入を、最終的に一人の納税者としてどう精算するか、という一点です。
給与や退職金には源泉徴収の制度がありますが、源泉徴収はあくまで税額を精算する仕組みの一部にすぎません。給与にかかる源泉徴収税額は通常、年末調整で精算され、報酬・料金等にかかる源泉徴収税額は確定申告で精算されます。
そこでこの記事では、退職・転職・複数勤務がある年について、源泉徴収票、年末調整の未了、退職所得、複数給与、社会保険料、控除漏れといった論点を軸に、確定申告が必要になるのか、還付を受けられるのか、どの資料を確認しておくべきなのかを整理していきます。
この記事で扱う範囲
この記事で主に取り上げるのは、次のような場面です。
| 状況 | 主な確認事項 |
|---|---|
| 年の途中で退職し、その年中に再就職していない | 年末調整未了、還付申告、社会保険料控除 |
| 年の途中で退職し、同じ年に転職した | 前職分の源泉徴収票、新勤務先での年末調整 |
| 転職先で前職分を年末調整に含めていない | 確定申告による給与所得・源泉徴収税額の精算 |
| 同時に2か所以上から給与を受けている | 主たる給与、従たる給与、乙欄、確定申告要否 |
| 退職金を受け取った | 退職所得の受給に関する申告書、退職所得の源泉徴収票 |
| 同じ年に複数の退職金を受け取った | 勤続期間、退職所得控除、源泉徴収税額の通算 |
| 退職後に国民年金・国民健康保険料を支払った | 社会保険料控除、証明書、年末調整・確定申告での反映 |
| 退職・転職の年に副業や不動産収入がある | 給与所得以外の所得区分、20万円基準、住民税への影響 |
| 年末調整後に控除漏れに気づいた | 還付申告、更正の請求、修正申告との区分 |
一方で、雇用保険の受給手続、健康保険・厚生年金の加入喪失手続、失業認定、労務トラブル、退職金規程の設計そのものといった論点までは、この記事では踏み込みません。
ただし、税務判断に影響する範囲に限って、雇用保険給付の非課税、退職後の社会保険料、退職金の所得区分には触れていきます。
まず確認すべき判断マップ
退職・転職・複数勤務がある年は、いきなり申告書の作成にとりかかるのではなく、次の順序で頭を整理しておくと迷いにくくなります。
| 最初に確認すること | 判断の方向性 |
|---|---|
| その年の最後に勤務していた会社で年末調整を受けたか | 年末調整済みか、未了かを確認する |
| 前職分の給与が転職先の年末調整に含まれているか | 含まれていなければ確定申告で精算が必要になりやすい |
| 源泉徴収票が全勤務先分そろっているか | 不足していると正しい給与所得の集計ができない |
| 2か所以上から同時に給与を受けていたか | 従たる給与は原則として年末調整されない |
| 退職金を受け取ったか | 退職所得として源泉徴収済みか、確定申告で精算すべきか確認 |
| 退職後に自分で社会保険料を払ったか | 国民年金・国民健康保険料などの控除漏れを確認 |
| 医療費、寄附、住宅ローン初年度などの控除があるか | 年末調整済みでも確定申告が必要・有利になる場合がある |
| 副業、不動産、株式売却などがあるか | 給与所得だけで完結しない可能性を確認 |
| 住民税・国民健康保険料への影響を確認したか | 所得税の還付だけで判断しない |
退職・転職の年は、会社ごとに給与計算と源泉徴収が行われます。けれども、所得税の確定申告では、その年の本人の所得全体をひとまとめにして判断します。
つまり、「各社がそれぞれ処理している」ことと、「本人の年間税額が正しく精算されている」ことは、決して同じではないのです。
給与所得者でも確定申告が必要になる基本パターン
多くの給与所得者は、勤務先の年末調整によって所得税額が確定し、納税もそこで完了します。そのため、原則として確定申告は必要ありません。
ただし、給与所得者であっても、給与収入が2,000万円を超える人、給与を1か所から受けていて給与所得・退職所得以外の所得金額が20万円を超える人、給与を2か所以上から受けていて年末調整されなかった給与収入と給与所得・退職所得以外の所得金額との合計額が20万円を超える人などは、確定申告が必要になります。出典:国税庁|No.1900 給与所得者で確定申告が必要な人
このなかでも、退職・転職・複数勤務がある年に関係しやすいのは、次の3つです。
| パターン | 確認すべきこと |
|---|---|
| 年末調整を受けていない | 中途退職後に再就職していない、または転職先で前職分を含めていない |
| 2か所以上から給与を受けている | 年末調整されていない給与収入と他所得の合計額を確認する |
| 給与以外の所得がある | 副業、原稿料、不動産、暗号資産、株式、保険金などを確認する |
ここで気をつけていただきたいのが、いわゆる「20万円基準」の位置づけです。これは、所得税の確定申告義務があるかどうかを判定するための一部のルールにすぎません。
20万円以下ならその所得が非課税になる、という意味ではありません。また、医療費控除やふるさと納税、住宅ローン控除の初年度といった理由で確定申告をする場合に、申告対象となる所得を都合よく除外できるわけでもありません。ここは混同しやすいところなので、注意しておきたい点です。
年の途中で退職し、再就職していない場合
年の途中で退職し、その年のうちに再就職していない場合は、年末調整を受けられないことが多くなります。
中途退職したまま再就職しないと年末調整を受けられず、所得税および復興特別所得税を納め過ぎている場合があります。その場合は、中途退職した年の翌年以後5年以内であれば、確定申告によって還付を受けられます。出典:国税庁|No.1910 中途退職で年末調整を受けていないとき
中途退職後に再就職していない方は、次の点を一つずつ確認してみてください。
| 確認事項 | 実務上のポイント |
|---|---|
| 退職した勤務先の源泉徴収票 | 退職後1か月以内に交付されるのが原則 |
| 年末調整の有無 | 源泉徴収票の控除欄や摘要欄を確認する |
| 退職後に支払った国民年金 | 社会保険料控除証明書を確認する |
| 退職後に支払った国民健康保険料 | 支払額を自治体通知・通帳・領収書で確認する |
| 生命保険料・地震保険料 | 年末調整未了なら確定申告で反映する |
| 医療費・寄附金 | 還付申告の対象になり得る |
| 失業給付 | 所得税の課税対象ではないが、社会保険扶養等は別制度 |
退職した年は、給与が年の途中で止まるため、月々の源泉徴収額が年間税額に比べて過大になっていることがあります。さらに、退職後に自分で支払った社会保険料が年末調整に反映されていなければ、その分を確定申告で控除することで還付につながることもあります。
とはいえ、還付になるかどうかは、給与額、源泉徴収額、所得控除、退職金、副業収入などを合わせて計算してみないと分かりません。「退職したのだから必ず還付になるはず」と決めつけてしまうのは、避けたいところです。
年の途中で転職した場合
年の途中で退職し、同じ年に新しい勤務先へ転職した場合は、転職先で前職分の給与も含めて年末調整をするのが基本です。
中途就職者の年末調整では、就職前にその年中に他の会社などから給与の支払を受けたことがあるかを確認します。前職で「給与所得者の扶養控除等申告書」を提出して受けた給与がある人については、それらの給与も含めて年末調整を行う必要があります。前職分の給与額、源泉徴収税額、社会保険料額は前職の「給与所得の源泉徴収票」などで確認し、この確認ができないときは年末調整を行えず、本人が確定申告で精算することになります。出典:国税庁|No.2674 中途就職者の年末調整
転職した年に確認しておきたい典型例は、次のとおりです。
| 状況 | 申告判断 |
|---|---|
| 前職の源泉徴収票を転職先に提出し、転職先で合算して年末調整済み | 給与だけなら確定申告不要のことが多い |
| 前職の源泉徴収票が間に合わず、転職先で前職分を含めていない | 確定申告で前職・現職を合算して精算する |
| 転職先にも年末まで在籍していない | 年末調整未了となり、確定申告を検討する |
| 前職が複数ある | すべての給与所得の源泉徴収票を確認する |
| 転職前に副業・業務委託収入がある | 給与所得以外の所得区分を別途確認する |
| 退職金も受け取っている | 退職所得の源泉徴収票を別途確認する |
転職先で年末調整を受けたとしても、そこに前職分が本当に含まれているかどうかは、源泉徴収票の摘要欄や支払金額の合計で確かめる必要があります。
「書類は出したはず」という記憶だけでは、残念ながら十分とは言えません。前職分が反映されていなければ、給与所得と源泉徴収税額が正しく精算されていない可能性が残ります。
源泉徴収票は「申告書作成用の紙」ではなく、税務判断の根拠資料
退職・転職・複数勤務がある年は、まず源泉徴収票をそろえるところが出発点になります。
給与所得の源泉徴収票は、提出範囲にかかわらずすべての受給者に対して、その年の翌年1月31日まで、中途退職者の場合は退職の日以後1か月以内に交付しなければならないとされています。出典:国税庁|No.7411 「給与所得の源泉徴収票」の提出範囲と提出枚数等
そして、確認すべき源泉徴収票は、給与のものだけではありません。
| 資料 | 確認する内容 |
|---|---|
| 給与所得の源泉徴収票 | 支払金額、源泉徴収税額、社会保険料等の金額、年末調整の有無 |
| 前職分の源泉徴収票 | 転職先の年末調整に含まれているか |
| 退職所得の源泉徴収票 | 退職金の額、退職所得控除、源泉徴収税額 |
| 公的年金等の源泉徴収票 | 年金受給者の場合の雑所得・源泉徴収税額 |
| 支払調書 | 原稿料・講演料など給与ではない収入の参考資料 |
| 給与明細 | 源泉徴収票の金額確認、社会保険料・住民税の確認 |
| 退職時の精算明細 | 未払給与、賞与、退職金、立替精算の区分確認 |
近年は年末調整や法定調書の電子化が進み、源泉徴収票や申告書データをクラウド上で確認・ダウンロードできるケースも増えてきました。ただし、クラウド上でデータが発行されていることと、その内容が税務上正しいことは、また別の話です。電子年調では、本人情報、配偶者・扶養親族情報、保険料情報、住宅ローン情報、1年分の給与情報などを入力・確認する流れになりますが、控除証明書等の取扱いには一定の要件があります。
源泉徴収票が複数ある場合には、単に金額を足し合わせるだけでは足りません。どの会社が年末調整を行ったのか、どの給与が甲欄でどれが乙欄か、社会保険料がどこまで含まれているのか、そこまで確かめておきたいところです。
複数勤務がある場合は「主たる給与」と「従たる給与」を分けて見る
同時に2か所以上から給与を受けている場合、給与所得者の扶養控除等申告書を提出できる勤務先は、原則として主たる給与の支払者に限られます。
給与所得者は「給与所得者の扶養控除等申告書」を、その年の最初の給与支払日の前日までに勤務先へ提出します。2か所以上から給与を受けている人は、主たる給与の支払を受けている勤務先に提出することになります。そして、この申告書を提出していない勤務先の給与には、源泉徴収税額表の乙欄が適用されます。出典:国税庁|給与所得者(従業員)の方へ(令和7年分)
複数勤務では、次の整理が要になります。
| 区分 | 内容 |
|---|---|
| 主たる給与 | 扶養控除等申告書を提出した勤務先の給与。原則として年末調整対象 |
| 従たる給与 | 主たる勤務先以外から受ける給与。原則として年末調整されない |
| 乙欄給与 | 扶養控除等申告書を提出していない勤務先で適用される源泉徴収区分 |
| 確定申告 | 年末調整されなかった給与を含めて年間税額を精算する手続 |
2か所以上から給与をもらっている人は、原則として従たる給与を年末調整できないため、本人が確定申告を行うことで所得税および復興特別所得税を精算する必要があります。出典:国税庁|No.2520 2か所以上から給与をもらっている人の源泉徴収
複数勤務の申告判断では、次の点を押さえておきます。
| 確認事項 | 注意点 |
|---|---|
| すべて給与か | 業務委託、報酬、外注収入は給与ではない可能性がある |
| どの勤務先が主たる給与か | 扶養控除等申告書の提出先を確認する |
| 従たる給与の収入金額 | 年末調整されなかった給与として確定申告要否に影響する |
| 副業収入の所得区分 | 給与所得か、雑所得か、事業所得かで計算が変わる |
| 住民税通知への影響 | 所得税申告後に住民税へ連動する |
| 社会保険の加入状況 | 所得税とは別制度だが、家計負担に影響する |
複数勤務でありがちなのが、「どちらの勤務先でも源泉徴収されているのだから、確定申告はいらない」という思い込みです。しかし、源泉徴収されていることと、年間税額が正しく精算されていることは違います。
たとえば乙欄で高めに源泉徴収されていれば、還付になることもあります。反対に、年末調整されていない給与や副業所得を合算すると、追加で納税が生じることもあるのです。
「給与」なのか「報酬」なのかで申告の入口が変わる
退職・転職の年には、会社員としての給与のほかに、業務委託、顧問料、原稿料、講演料、単発の業務収入といった形でお金を受け取ることがあります。
このとき、勤務先や取引先から受け取ったお金であっても、そのすべてが給与所得になるとは限りません。
| 収入の見た目 | 税務上の確認 |
|---|---|
| アルバイト代 | 雇用契約に基づく給与か |
| 業務委託料 | 雑所得または事業所得か |
| 原稿料・講演料 | 報酬・料金として源泉徴収対象か |
| 顧問料 | 雇用か委任・請負か |
| 退職後の業務支援料 | 退職金ではなく報酬・事業収入の可能性 |
| ストック報酬・インセンティブ | 給与所得、退職所得、譲渡所得等を確認 |
同じ「会社からの入金」であっても、雇用契約に基づく給与なのか、退職に起因する退職金なのか、あるいは独立した業務委託報酬なのかによって、所得区分も必要資料も変わってきます。
退職後に元の勤務先から仕事を受ける場合、ご本人としては「これまでの延長」という感覚かもしれません。けれども税務上は、給与ではなく雑所得・事業所得・報酬として整理すべきことがあります。契約書、請求書、業務内容、指揮命令の有無、支払明細、源泉徴収の有無、このあたりを確認しておくと安心です。
退職金を受け取った場合は、退職所得として処理されているか確認する
退職金は、給与とは別に「退職所得」として整理されるのが原則です。
退職所得とは、退職手当、一時恩給その他の退職により一時に受ける給与、およびこれらの性質を有する給与に係る所得をいいます。退職しなかったなら支払われなかったもので、退職したことに基因して一時に支払われる給与がこれにあたります。一方で、退職後に支払われるものであっても、支払金額の計算基準等からみて在職者に支払われる賞与等と同性質のものは、退職所得ではなく給与所得とされます。出典:国税庁|No.2725 退職所得となるもの
つまり、「退職時にもらったお金」だから必ず退職所得になる、というわけではないのです。
| 支給内容 | 確認すべき所得区分 |
|---|---|
| 退職金規程に基づく退職一時金 | 退職所得 |
| 中小企業退職金共済の退職金 | 退職所得になり得る |
| 確定拠出年金の老齢一時金 | 退職所得として扱われる場合がある |
| 未払給与 | 給与所得 |
| 通常の賞与と同じ基準の支給 | 給与所得 |
| 解雇予告手当 | 退職所得として扱われる |
| 退職後の業務委託料 | 雑所得または事業所得の可能性 |
| 立替経費の精算 | 所得ではない場合もあるが資料確認が必要 |
退職金については、まず「退職所得の源泉徴収票」が交付されているか、そして「退職所得の受給に関する申告書」を提出したか、この2点を確認しておきましょう。
退職所得の受給に関する申告書を提出している場合
退職金の支払を受けるときまでに「退職所得の受給に関する申告書」を提出している場合は、支払者が退職所得の金額に応じた所得税等を計算して源泉徴収します。そのため、退職所得については原則として確定申告は不要です。
ただし、医療費控除や寄附金控除の適用を受けるなどの理由で確定申告書を提出する場合には、その申告書に退職所得の金額も記載する必要があります。出典:国税庁|No.1420 退職金を受け取ったとき(退職所得)
この点は、実務のうえでとても大切です。
「退職金は申告不要」と聞いていたとしても、別の理由で確定申告をするのであれば、退職所得も含めて申告書上で整理しなければなりません。
| 確定申告する理由 | 退職所得の扱い |
|---|---|
| 医療費控除を受ける | 退職所得も申告書に記載する |
| ふるさと納税を申告する | 退職所得も確認する |
| 住宅ローン控除初年度 | 退職所得も含めた税額計算を確認する |
| 副業所得を申告する | 退職所得を除外しない |
| 株式損失の繰越をする | 退職所得の有無も確認する |
| 退職所得だけで完結 | 原則として申告不要の場合がある |
退職所得は分離課税であり、給与所得のように総合課税されるわけではありません。とはいえ、確定申告書を作成する場面では、退職所得の源泉徴収票を確認したうえで、申告書への記載が必要かどうかを判断することになります。
退職所得の受給に関する申告書を提出していない場合
「退職所得の受給に関する申告書」を提出していない場合は、退職金の支払額に対して一律20.42%の所得税および復興特別所得税が源泉徴収されます。
この場合は、受給者本人が確定申告を行うことで、申告書を提出しているときと同様の計算を行い、所得税および復興特別所得税を精算します。出典:国税庁|No.2732 退職手当等に対する源泉徴収
なお、退職所得の受給に関する申告は、退職手当等の支給を受ける居住者が退職手当等の支払者に提出する手続であり、これを提出しない場合には20.42%の源泉徴収が行われます。出典:国税庁|A2-29 退職所得の受給に関する申告(退職所得申告)
一律20.42%で源泉徴収されている場合、退職所得控除を考慮した本来の税額よりも源泉徴収額が多くなっていることがあります。そのときは、確定申告で還付を受けられる可能性があります。
逆に、退職所得の計算に誤りがあり、正規の方法で計算した税額が源泉徴収税額を上回るようなときには、申告が必要になることもあります。
同じ年に複数の退職金を受け取った場合
同じ年に2か所以上から退職手当等を受け取る場合は、それぞれの退職金を単純に別々に見ればよい、というわけにはいきません。
同じ年に2か所以上から退職手当等が支払われる場合には、後から支払う退職手当等の支払者に、退職所得の受給に関する申告書と、先に支払われた退職手当に係る退職所得の源泉徴収票を提出する取扱いになっています。また、支払済みの他の退職手当等の源泉徴収税額を控除した結果、控除後の額がマイナスとなる場合、そのマイナス額の還付を受けるには、受給者本人が確定申告をする必要があります。出典:国税庁|No.2735 同じ年に2か所以上から退職手当等が支払われるとき
同年に複数の退職金がある場合は、次の資料をそろえておきます。
| 資料 | 確認内容 |
|---|---|
| 各社の退職所得の源泉徴収票 | 退職金額、源泉徴収税額、勤続年数 |
| 退職所得の受給に関する申告書の控え | どの支払者に何を申告したか |
| 勤続期間の資料 | 重複期間、通算期間の確認 |
| 退職金規程・支給通知 | 退職所得か給与所得かの確認 |
| 確定拠出年金・企業年金の一時金資料 | 退職所得として通算すべきか確認 |
複数の退職金がある年は、退職所得控除の重複適用や勤続年数の計算が問題になりやすいものです。自己判断で進める前に、資料を整理しておくことをおすすめします。
短期退職手当等・特定役員退職手当等は計算が変わる
退職所得は、一般には「退職金から退職所得控除を差し引き、その残額の2分の1を課税退職所得金額にする」と説明されることが多いものです。
しかし、すべての退職金にこの2分の1課税がそのまま適用されるわけではありません。
特定役員退職手当等や短期退職手当等については、一般退職手当等とは課税退職所得金額の計算が異なります。このうち短期退職手当等は、令和4年1月1日以後に支払うべき退職手当等から適用されています。出典:国税庁|No.2732 退職手当等に対する源泉徴収
とりわけ、次のような場合は注意が必要です。
| 状況 | 注意点 |
|---|---|
| 役員としての勤続年数が5年以下 | 特定役員退職手当等に該当する可能性 |
| 役員以外で勤続年数が5年以下 | 短期退職手当等に該当する可能性 |
| 複数の退職金を同じ年に受け取る | 一般・短期・特定役員の区分を確認 |
| 退職金規程が改定された | 支給の性質と勤続期間の扱いを確認 |
| 企業型DC・iDeCoの一時金がある | 退職所得控除の調整を確認 |
退職金は金額が大きくなりやすいだけに、わずかな区分の違いや勤続年数の誤りが、税額に大きく響いてきます。
退職後に支払った社会保険料は控除漏れが起きやすい
退職・転職の年に見落としやすいのが、退職後に自分で支払った社会保険料です。
退職後には、次のような支払が発生することがあります。
| 支払内容 | 控除の確認 |
|---|---|
| 国民年金保険料 | 社会保険料控除の対象。証明書が必要 |
| 国民健康保険料・国民健康保険税 | 社会保険料控除の対象 |
| 任意継続の健康保険料 | 社会保険料控除の対象 |
| 介護保険料 | 社会保険料控除の対象 |
| 家族の国民年金保険料を本人が負担 | 生計一などを確認 |
| 年金から天引きされた親族の保険料 | 原則としてその年金受給者本人の控除 |
社会保険料控除の対象となる社会保険料には、健康保険、国民年金、厚生年金保険、国民健康保険料または国民健康保険税、介護保険料、雇用保険の被保険者負担分などがあります。控除できる金額は、その年に実際に支払った金額、または給与・公的年金等から差し引かれた金額の全額です。出典:国税庁|No.1130 社会保険料控除
また、本人や生計を一にする配偶者その他の親族が負担することになっている社会保険料のうち、本人が支払ったものや給与等から差し引かれたものが控除対象になります。国民健康保険料等を本人が口座振替で支払った場合には本人の控除対象になる一方、親族の年金から特別徴収されている保険料は本人の控除対象にはなりません。この違いには注意しておきたいところです。出典:国税庁|手順3 所得から差し引かれる金額(所得控除)を計算する
退職後に再就職して年末調整を受ける場合でも、自分で直接支払った国民年金や国民健康保険料を勤務先に申告していなければ、その分は年末調整に反映されません。
年末調整の実務でも、毎月の給与から差し引かれていない保険料等で本人が直接支払ったものについては、保険料控除申告書に基づいて控除を行うこととされています。国民年金および国民年金基金に係る保険料・掛金については、証明書類の提出または提示が必要です。出典:国税庁|令和7年分年末調整のしかた
失業給付は所得税の課税対象ではないが、別制度への影響は確認する
退職後に雇用保険の基本手当を受け取った場合、それ自体は所得税の確定申告の対象にはなりません。
雇用保険の基本手当の給付はすべて非課税であり、確定申告の必要はありません。出典:厚生労働省|Q&A~労働者の皆様へ(基本手当、再就職手当)
ただし、失業給付が非課税であることと、社会保険の扶養判定、国民健康保険料、住民税、各種給付制度への影響とは、切り分けて考える必要があります。
所得税の確定申告では失業給付を収入に入れないとしても、家計全体の資金繰り、社会保険、翌年の住民税・国民健康保険料については、別途確認しておきましょう。
年末調整済みでも確定申告が必要・有利になる場面
退職・転職の年に転職先で年末調整を受けたとしても、それで必ず終わり、とは限りません。
| 場面 | 確認すべきこと |
|---|---|
| 医療費が多い | 医療費控除の対象になるか |
| ふるさと納税をした | ワンストップ特例が無効になる申告をしていないか |
| 住宅ローン控除初年度 | 初年度は確定申告が必要 |
| 寄附金控除を受ける | 寄附金受領証明書を確認 |
| 退職後の社会保険料を勤務先に出していない | 社会保険料控除漏れ |
| 扶養・配偶者控除に異動があった | 年末調整時の見積所得と実際の所得を確認 |
| 副業・不動産収入がある | 所得区分と申告要否を確認 |
| 株式損失を繰り越したい | 申告分離課税・繰越控除を検討 |
| 退職所得がある | 申告書提出時の記載要否を確認 |
| 前職源泉徴収票が年末調整に未反映 | 確定申告で給与を合算する |
確定申告をする場合には、年末調整済みの源泉徴収票の内容を前提に、そこへ控除や所得を追加・修正していきます。
このとき大切なのは、「年末調整で済んだ部分」はそのまま正しいと決めつけないことです。扶養、配偶者、生命保険料、社会保険料、住宅ローン控除、所得金額調整控除などが正しく反映されているか、あらためて確認しておきましょう。
令和7年分・令和8年分は年末調整・源泉徴収の改正にも注意する
退職・転職・複数勤務がある年は、勤務先の年末調整が複数の勤務先や制度改正にまたがることがあるため、年分ごとのルール確認が欠かせません。
令和7年度税制改正では、基礎控除や給与所得控除の見直し、特定親族特別控除の創設が行われました。これらは原則として令和7年12月1日に施行され、令和7年分以後の所得税に適用されます。令和7年12月に行う年末調整など、令和7年12月以後の源泉徴収事務にも変更が生じます。出典:国税庁|令和7年度税制改正による所得税の基礎控除の見直し等について
さらに令和8年度税制改正では、所得税の基礎控除の引上げ、給与所得控除の最低保障額の引上げ、扶養親族等の所得要件の改正等が行われます。こちらは原則として令和8年12月1日に施行され、令和8年分以後の所得税に適用されます。出典:国税庁|令和8年度税制改正による所得税の基礎控除の引上げ等について
退職・転職の年は、前職と現職とで処理の時期が分かれます。そのため、年末調整済みの源泉徴収票を見ても、それがどの年分の制度に基づく処理なのか、改正後の控除がきちんと反映されているのかを確かめておく必要があります。
退職・転職の年にありがちな申告ミス
退職・転職・複数勤務がある年に起きやすいミスを整理すると、次のようになります。
| ミス | 問題点 |
|---|---|
| 前職の源泉徴収票を紛失した | 転職先で年末調整できず、確定申告も正確にできない |
| 転職先の年末調整に前職分が含まれていると思い込む | 前職分が未反映だと税額精算が不完全 |
| 2か所給与をそれぞれ源泉徴収済みだから終わりと考える | 従たる給与は原則として年末調整されない |
| 退職金を受け取ったが源泉徴収票を確認していない | 退職所得の申告要否を判断できない |
| 退職所得の受給に関する申告書を提出していない | 20.42%源泉徴収後、確定申告で精算が必要になり得る |
| 退職後に払った国民年金・国保を控除していない | 還付を受けられる機会を逃す可能性 |
| 医療費控除だけ申告し、他の所得を除外する | 確定申告する以上、申告対象所得を整理する必要 |
| 20万円以下の副業を住民税でも無視する | 所得税と住民税の申告要否は別に確認する必要 |
| 業務委託収入を給与所得として処理する | 所得区分誤り、経費、源泉徴収、消費税に影響 |
| 退職後の入金をすべて退職金と考える | 未払給与・賞与・報酬・立替精算との区分が必要 |
| 住民税の普通徴収・特別徴収を確認していない | 退職後の納付漏れや資金繰りに影響 |
| 翌年の予定納税・国保負担を見ていない | 所得税還付だけを見て家計判断を誤る |
退職・転職の年は、その年の申告だけにとどまらず、翌年の住民税、国民健康保険料、予定納税、扶養判定、資金繰りにまで影響が及びます。
相談前に整理しておきたい資料
退職・転職・複数勤務がある年の申告相談では、次の資料をそろえておくと、判断が速くなり、精度も高まります。
| 資料 | 用途 |
|---|---|
| すべての給与所得の源泉徴収票 | 給与収入、源泉徴収税額、年末調整の有無確認 |
| 退職所得の源泉徴収票 | 退職金の申告要否、源泉徴収税額確認 |
| 退職所得の受給に関する申告書の控え | 退職所得の源泉徴収方法確認 |
| 給与明細・賞与明細 | 源泉徴収票の内容確認 |
| 退職時の精算明細 | 未払給与、賞与、退職金、立替精算の区分 |
| 前職源泉徴収票を転職先へ提出した記録 | 年末調整反映の有無確認 |
| 国民年金保険料控除証明書 | 社会保険料控除 |
| 国民健康保険料・任意継続保険料の支払資料 | 社会保険料控除 |
| 生命保険料・地震保険料控除証明書 | 控除漏れ確認 |
| 医療費資料 | 医療費控除 |
| 寄附金受領証明書 | 寄附金控除・ふるさと納税 |
| 住宅ローン関係資料 | 初年度申告または年末調整反映確認 |
| 副業・報酬・支払調書 | 所得区分、源泉徴収税額確認 |
| 通帳・入出金明細 | 入金の性質、支払実態確認 |
| 過年度の確定申告書 | 継続性、損失繰越、控除漏れ確認 |
| 住民税通知書 | 退職後の納付方法・翌年負担確認 |
もっとも、資料がそろっていても、入金の性質が整理されていなければ、正しい申告にはたどり着けません。
たとえば、退職後に元勤務先から入金があった場合、それが退職金なのか、未払給与なのか、賞与なのか、業務委託料なのか、あるいは立替経費の精算なのか。そのどれにあたるかによって、所得区分も税額も変わってきます。
専門家に相談した方がよい場面
退職・転職・複数勤務がある年であっても、給与所得だけで源泉徴収票がそろっており、年末調整の反映状況もはっきりしていれば、ご自身で整理できることもあります。
一方で、次のような場合は、早めに専門家へ相談しておいた方が安全です。
| 状況 | 相談した方がよい理由 |
|---|---|
| 前職・現職・副業先が複数ある | 給与、報酬、雑所得、事業所得の区分が必要 |
| 退職金を複数回受け取った | 退職所得控除・勤続期間の調整が必要 |
| 退職所得の受給に関する申告書を出していない | 確定申告での精算が必要になりやすい |
| 短期勤続・役員退職金がある | 2分の1課税の取扱いが変わる可能性 |
| 転職先で前職分を年末調整していない | 給与所得の合算精算が必要 |
| 退職後に国保・国民年金を自分で支払った | 社会保険料控除漏れが起きやすい |
| 医療費・寄附・住宅ローン初年度がある | 控除と退職所得・給与所得を一体で整理する必要 |
| 副業が事業化している | 雑所得・事業所得、青色申告、経費、消費税まで確認 |
| 不動産収入や資産売却がある | 給与所得者の申告にとどまらない |
| 過去の控除漏れ・申告漏れに気づいた | 還付申告、更正の請求、修正申告を使い分ける必要 |
| 退職後に海外転出・非居住者化がある | 居住者区分、納税地、源泉徴収、出国時申告を確認 |
専門家に相談する意味は、申告書の入力を代わりにしてもらうことだけではありません。
退職・転職・複数勤務の年に本当に必要なのは、「何を給与として集計するか」「何を退職所得として整理するか」「どの控除が漏れているか」「どの収入を別の所得として申告すべきか」「翌年の住民税や国保にどう影響するか」を、事実と資料に基づいて一つずつ確認していくことです。
退職・転職・複数勤務がある年の確定申告で不安がある方へ
退職・転職・複数勤務がある年は、年末調整だけで完結する年とは、やはり事情が違います。
前職の源泉徴収票が、転職先にきちんと反映されているか。退職金が退職所得として正しく源泉徴収されているか。退職後に支払った社会保険料が控除されているか。複数勤務の従たる給与を、確定申告で精算すべきか。副業や業務委託収入を、給与と混同していないか。医療費控除や寄附金控除を申告する場合に、ほかの所得を漏らしていないか。そして、翌年の住民税・国民健康保険料まで見通せているか。
こうした点を整理しないまま申告してしまうと、還付を受け損ねるだけでなく、後になって申告漏れや控除の誤りに気づく、ということにもなりかねません。
犬飼公認会計士・税理士事務所では、退職・転職・複数勤務がある年の確定申告について、源泉徴収票、退職所得の源泉徴収票、退職時の精算資料、社会保険料資料、副業収入資料、過年度申告書をもとに、後から説明できる形で申告内容を整理することを大切にしています。
「前職分が年末調整に含まれているか不安」「退職金を申告すべきか分からない」「複数勤務と副業が混在している」「退職後に支払った社会保険料の控除漏れを確認したい」「年末調整は済んでいるが、確定申告した方がよいか判断したい」——そうお感じの方は、犬飼公認会計士・税理士事務所HPのお問い合わせページからご相談ください。
振り返り
| 重要事項 | 確認すべきポイント |
|---|---|
| 退職・転職の年は年末調整だけで終わらないことがある | 年末調整の有無、前職分の反映、控除漏れを確認 |
| 中途退職後に再就職していない場合 | 年末調整未了となり、還付申告を検討する |
| 同じ年に転職した場合 | 転職先で前職分を含めて年末調整しているか確認 |
| 前職源泉徴収票がない場合 | 転職先で年末調整できず、確定申告で精算する可能性 |
| 源泉徴収票はすべて集める | 給与所得、退職所得、公的年金等を区分して確認 |
| 複数勤務がある場合 | 主たる給与と従たる給与を分け、従たる給与の申告要否を確認 |
| 20万円基準を過信しない | 所得税の申告義務の一部ルールであり、非課税ではない |
| 退職金は退職所得か確認する | 未払給与・賞与・報酬と混同しない |
| 退職所得申告書を提出している場合 | 原則申告不要でも、確定申告するなら退職所得の記載を確認 |
| 退職所得申告書を提出していない場合 | 20.42%源泉徴収後、確定申告で精算が必要になり得る |
| 複数の退職金がある場合 | 勤続期間、退職所得控除、源泉徴収税額を通算確認 |
| 短期退職手当等・特定役員退職手当等 | 一般の退職所得と計算が異なる可能性 |
| 退職後の社会保険料 | 国民年金、国保、任意継続保険料の控除漏れを確認 |
| 失業給付 | 所得税では非課税だが、社会保険・家計への影響は別途確認 |
| 年末調整済みでも確定申告が必要な場合 | 医療費、寄附、住宅ローン初年度、副業、株式損失などを確認 |
| 資料整理が重要 | 源泉徴収票、退職所得資料、社会保険料資料、通帳、過年度申告書をそろえる |
| 所得税だけで判断しない | 住民税、国民健康保険料、翌年の資金繰りまで確認する |