時価算定基準の全体像|日本基準における時価の定義・算定単位・市場参加者・インプットの考え方

時価算定は、評価会社が出した価格をそのまま採用する作業ではありません。証券会社から取得した価格を貼り付ける作業でも、市場価格があるからそのまま使うという作業でもありません。

上場企業の決算実務では、金融商品、デリバティブ、債券、投資信託、非上場商品、トレーディング目的の棚卸資産、企業結合で受け入れる資産・負債など、さまざまな局面で「時価」が登場します。そのたびに問われるのは、単に価格を入手したかどうかではなく、次のような判断です。

  • その価格は、どの市場を前提にしているのか
  • その市場は、主要な市場なのか、最も有利な市場なのか
  • 市場参加者は、その資産・負債のどの特性を考慮するのか
  • 取引は秩序ある取引といえるのか
  • 使用したインプットは観察可能なのか、観察できないものなのか
  • その時価はレベル1、レベル2、レベル3のどこに分類されるのか
  • 開示・監査に耐えるだけの根拠資料が残っているのか

時価算定基準の本質は、時価評価を増やすこと自体にあるわけではありません。会計基準上、時価を用いることが求められる場面で、「どのような考え方で時価を算定すべきか」を共通化するところにあります。

本稿では、日本基準における時価算定基準の全体像を、上場企業・IPO準備企業・大規模グループの決算、開示、監査対応で説明できる水準を意識して整理します。

なお、個別の評価モデル、第三者評価の検証、レベル分類の詳細は、本シリーズの「4-6. 時価レベル分類と観察可能インプット」「4-7. 評価技法と第三者評価の利用」で掘り下げます。本稿では、時価算定の入口となる判断構造に焦点を当てます。

目次

時価算定基準は「いつ時価評価するか」ではなく「どう時価を算定するか」の基準である

時価算定基準を理解するうえで最初に押さえておきたいのは、この基準が、個々の資産・負債について「時価評価すべきかどうか」を一律に決めるものではない、という点です。

時価評価を行うかどうか、また時価を注記するかどうかは、金融商品会計基準、棚卸資産会計基準、企業結合会計基準、退職給付会計基準、賃貸等不動産の時価等の開示に関する会計基準など、個別の会計基準により決まります。そのうえで、時価を算定する必要がある場合に、時価算定基準が「時価の考え方」「算定単位」「市場」「インプット」「評価技法」「時価レベル分類」の枠組みを提供します。

ASBJの企業会計基準第30号「時価の算定に関する会計基準」は、同基準の範囲に定める時価の算定について定めることを目的としており、適用指針として企業会計基準適用指針第31号「時価の算定に関する会計基準の適用指針」も参照する必要があるとされています。また、同基準の適用対象は、金融商品会計基準における金融商品、および棚卸資産会計基準におけるトレーディング目的で保有する棚卸資産です。
出典:企業会計基準委員会|企業会計基準第30号 時価の算定に関する会計基準

判断項目主に見る基準実務上の意味
その資産・負債を時価評価するか金融商品会計基準、棚卸資産会計基準等測定属性を決める
時価をどのように算定するか時価算定基準、時価算定適用指針算定手法・市場・インプットを決める
時価をどのように注記するか金融商品時価開示適用指針等レベル別開示、評価技法、インプットを説明する
評価差額をどこに計上するか金融商品会計基準等損益、純資産、注記のみなどの処理を決める

したがって実務上は、「時価算定基準があるから時価評価する」のではありません。「個別基準により時価評価または時価注記が求められるため、その時価を時価算定基準に従って算定する」と整理しておく必要があります。

時価の定義|出口価格としての時価

時価算定基準における時価とは、算定日において市場参加者間で秩序ある取引が行われると想定した場合の、資産の売却によって受け取る価格、または負債の移転のために支払う価格をいいます。
出典:企業会計基準委員会|企業会計基準第30号 時価の算定に関する会計基準

短い定義ですが、実務上重要な要素がここに凝縮されています。

第一に、時価は「算定日」の価格です。過去の取得価格でも、将来の処分見込額でもありません。決算日などの算定日時点で、市場参加者がどう価格付けするかを考えます。

第二に、時価は「市場参加者間」の価格です。会社自身の事情、保有目的、売却を急ぐ事情、グループ内方針だけで価格を決めるものではありません。

第三に、時価は「秩序ある取引」を前提にします。強制清算や投売りのような取引価格を、そのまま時価とみなすわけではありません。

第四に、資産については「売却によって受け取る価格」、負債については「移転のために支払う価格」です。いわゆる出口価格の考え方であり、取得するために支払う入口価格とは、常に一致するとは限りません。

時価定義の要素実務上の問い
算定日決算日時点で入手可能な市場情報を使っているか
市場参加者会社固有の期待ではなく、市場参加者が考慮する前提か
秩序ある取引強制売却、投売り、流動性枯渇時の異常価格ではないか
資産の売却価格保有継続価値ではなく、売却によって受け取る価格を見ているか
負債の移転価格自社の帳簿上の返済額ではなく、市場で移転する場合の価格か

時価を「なんとなく公正そうな価格」と捉えてしまうと、評価実務はたちまち曖昧になります。時価は、一定の市場、一定の市場参加者、一定の取引前提を置いたうえでの測定値です。この前提を説明できなければ、評価額そのものがどれほど精緻でも、監査上の説得力は弱いままです。

市場参加者|会社固有の見方ではなく、市場で合理的に行動する相手を想定する

時価算定基準における市場参加者とは、主要な市場または最も有利な市場における買手および売手をいいます。互いに独立していること、十分な知識を有していること、取引を行う能力があること、自発的に取引を行う意思があることなどの要件を満たす者が想定されています。
出典:企業会計基準委員会|企業会計基準第30号 時価の算定に関する会計基準

この考え方は、上場企業実務では非常に重要です。経営者が「当社にとってはこの資産に戦略的価値がある」「当社は満期まで保有するため売却価格は関係ない」「この取引先との関係ではこの価格が妥当」と考えていても、それが直ちに時価算定上の前提になるわけではありません。

時価算定で考えるのは、市場参加者が当該資産・負債の特性をどう評価するかです。たとえば、非流動的な金融商品、複雑なデリバティブ、信用リスクが悪化した債券、譲渡制限のある資産では、会社自身の保有方針よりも、市場参加者が要求するリスクプレミアム、流動性ディスカウント、信用スプレッド、評価上の不確実性をどう反映するかが問題になります。

実務上、監査人から問われやすいのは次の点です。

  • 評価に用いた前提は、市場参加者が用いる前提か
  • 会社固有の事業計画やシナジーを過度に織り込んでいないか
  • 関連当事者間価格やグループ内取引価格を市場価格の代替として使っていないか
  • 取引相手の信用リスク、自社の信用リスクを適切に反映しているか
  • 評価専門家の前提が、会社の説明資料や取締役会資料と整合しているか

市場参加者の視点は、単なる理論概念ではありません。評価額が経営者に都合よく組み立てられていないかを点検するための、監査上の実務的な軸です。

秩序ある取引|異常な価格をそのまま時価にしない

時価算定基準にいう秩序ある取引とは、資産または負債の取引に関して通常かつ慣習的な市場における活動ができるよう、時価の算定日以前の一定期間に市場にさらされていることを前提とした取引をいいます。強制された清算取引や投売りは、秩序ある取引には該当しません。
出典:企業会計基準委員会|企業会計基準第30号 時価の算定に関する会計基準

市場価格が存在する場合でも、その価格を時価算定上そのまま使えるとは限りません。特に、金融市場が混乱している局面、取引量が急減している局面、買気配と売気配が大きく乖離している局面では、入手した価格が秩序ある取引に基づくものかを検討する必要があります。

時価算定適用指針は、取引の数量または頻度が通常の市場活動に比べて著しく低下しているかを判断する際の要因として、次のような点を挙げています。直近の取引が少ないこと、相場価格が現在の情報に基づいていないこと、相場価格が時期または市場参加者間で著しく異なること、買気配と売気配の幅が著しく拡大していること、公表情報がほとんどないことなどです。
出典:企業会計基準委員会|企業会計基準適用指針第31号 時価の算定に関する会計基準の適用指針

市場環境判断上の注意点
取引量が急減している直近価格だけでなく、価格形成の背景を確認する
買気配・売気配が大きく開いているどの価格を採用するか、なぜそれが時価を表すかを整理する
価格提供会社ごとに価格差が大きい評価モデル、インプット、流動性調整の差異を検討する
強制売却・投売りが疑われるその取引価格をどの程度考慮するか慎重に判断する
公表情報が乏しいレベル3評価、観察不能インプット、感応度の説明が重要になる

ここで大切なのは、「市場価格が下がっているから異常価格だ」と安易に排除しないことです。市場環境が悪化していても、その価格が市場参加者間の秩序ある取引を反映しているのであれば、時価に反映すべき情報になります。逆に、その価格を採用しないのであれば、なぜ秩序ある取引を反映していないと判断したのかを説明できなければなりません。

主要な市場・最も有利な市場|どの市場の価格を見るのか

時価算定では、どの市場を前提にするかが重要です。

主要な市場とは、資産または負債について取引の数量および頻度が最も大きい市場をいいます。最も有利な市場とは、取得または売却に要する付随費用を考慮したうえで、資産の売却による受取額を最大化できる市場、または負債の移転に対する支払額を最小化できる市場をいいます。
出典:企業会計基準委員会|企業会計基準第30号 時価の算定に関する会計基準

時価算定適用指針では、資産の売却または負債の移転は、企業が算定日において利用できる主要な市場で行われるものと仮定し、主要な市場が存在しない場合には最も有利な市場で行われるものと仮定します。また、反証できる場合を除き、企業が取引を通常行っている市場が、主要な市場または最も有利な市場と推定されます。
出典:企業会計基準委員会|企業会計基準適用指針第31号 時価の算定に関する会計基準の適用指針

実務上は、次のような場面で論点になります。

  • 同じ金融商品について複数の市場で価格が存在する
  • 国内市場と海外市場で流動性が異なる
  • 取引所価格と店頭価格が併存している
  • 証券会社提示価格とファンド運用会社提示価格が異なる
  • 会社が通常取引している市場と、理論上有利な市場が異なる
  • 市場価格があるが、実際にはアクセスできない市場である

ここで、「最も高い価格を選べばよい」という考え方は誤りです。まず主要な市場があるかを確認し、主要な市場がない場合に最も有利な市場を検討します。

また、時価算定で用いる価格は、取得または売却に要する付随費用で調整しません。ただし、資産の所在地が特性である場合には、その資産を現在の所在地から当該市場へ移動させるために生じる輸送費用を調整します。
出典:企業会計基準委員会|企業会計基準適用指針第31号 時価の算定に関する会計基準の適用指針

この点は、棚卸資産、コモディティ、不動産関連資産、地域性のある商品などで特に重要になります。取引コスト、輸送費用、所在地、利用可能な市場を混同すると、時価の前提そのものが崩れてしまいます。

算定単位|個別単位か、グループ単位か

時価の算定単位は、それぞれの対象となる資産または負債に適用される会計処理または開示によります。つまり、時価算定基準が常に「個別銘柄単位」「契約単位」「ポートフォリオ単位」を決めるわけではありません。個別基準上、どの単位で認識・測定・開示するかを確認する必要があります。

ただし、金融資産および金融負債については、一定の要件を満たす場合、特定の市場リスクまたは特定の取引相手先の信用リスクに関して相殺後の正味の資産または負債を基礎として、グループ単位の時価を算定することができます。

この取扱いの要件となるのは、文書化したリスク管理戦略または投資戦略に従ってグループを管理していること、当該情報を役員に提供していること、各決算日に時価評価していることなどです。さらに、特定のグループについて毎期継続して適用し、重要な会計方針にも注記します。
出典:企業会計基準委員会|企業会計基準第30号 時価の算定に関する会計基準

算定単位判断上のポイント
個別資産・負債単位上場株式、社債、デリバティブ契約個別の市場価格・信用リスクを反映する
契約単位スワップ契約、オプション契約契約条件、担保、相殺契約を確認する
ポートフォリオ単位金融機関のトレーディングポジション等リスク管理戦略、役員報告、継続適用が必要
グループ単位のネット・エクスポージャー市場リスク・信用リスクを正味で管理する場合会計処理・開示との整合性を確認する

算定単位は、評価額だけでなく、レベル分類や注記にも影響します。グループ単位でリスク管理しているからといって、会計上ただちにグループ単位で時価算定できるわけではありません。リスク管理資料、経営会議資料、役員報告、会計方針の整合性を確認する必要があります。

評価技法|マーケット・インカム・コストのどれを使うか

市場価格が直接入手できる場合には、それを用いることが時価算定の出発点になります。しかし、市場価格が直接入手できない場合には、評価技法を用いる必要があります。

時価算定適用指針では、時価を算定する評価技法として、マーケット・アプローチ、インカム・アプローチ、コスト・アプローチが示されています。マーケット・アプローチは、同一または類似の資産・負債に関する市場取引による価格等のインプットを用いる評価技法です。インカム・アプローチは、将来の利益やキャッシュ・フロー等を現在価値で示す評価技法です。コスト・アプローチは、資産の用役能力を再調達するために現在必要な金額に基づく評価技法です。
出典:企業会計基準委員会|企業会計基準適用指針第31号 時価の算定に関する会計基準の適用指針

評価技法主な考え方実務例
マーケット・アプローチ同一・類似資産の市場価格や倍率を使う上場株式、類似会社倍率、債券のマトリックス・プライシング
インカム・アプローチ将来CFや利益を現在価値に割り引く非上場金融商品、オプション価格モデル、DCF
コスト・アプローチ用役能力を再調達するための現在額を見る特殊資産、再調達原価が重視される資産

実務上の問題は、評価技法そのものよりも、なぜその評価技法が当該資産・負債の特性に適合しているのかを説明できるかにあります。たとえば流動性の低い債券であれば、類似銘柄のスプレッドを使うのか、発行体の信用リスクをDCFに織り込むのかで、結果は変わってきます。非上場商品の評価では、観察できないインプットが多くなるため、評価額のレンジ、感応度、外部データとの整合性が重要になります。

評価技法またはその適用を変更する場合には、変更により時価の精度がより高まる状況があるかを確認します。新しい市場の出現、新しい情報の利用可能性、従来情報の利用不能、評価技法の向上、市場状況の変化などが、その判断材料です。単に当期の評価額を都合よく変えるために評価技法を変更することは、説明可能な判断とはいえません。

インプットと時価レベル|評価額の「信頼性の階層」を説明する

時価算定基準では、時価の算定に用いるインプットを、レベル1、レベル2、レベル3に区分します。

レベル1のインプットは、時価の算定日に企業が入手できる活発な市場における同一の資産または負債に関する、調整されていない相場価格です。レベル2のインプットは、直接または間接的に観察可能なインプットのうち、レベル1以外のものをいいます。レベル3のインプットは観察できないインプットであり、関連性のある観察可能なインプットが入手できない場合に用います。

時価は、時価算定に重要な影響を与えるインプットが属するレベルに応じて分類されます。重要なインプットが複数ある場合には、優先順位が最も低いレベルに分類されます。
出典:企業会計基準委員会|企業会計基準第30号 時価の算定に関する会計基準

レベル内容監査上の主な関心
レベル1活発な市場における同一資産・負債の無調整相場価格上場株式、取引所価格のある金融商品価格入手元、期末日の価格、保有数量
レベル2直接または間接に観察可能なインプット類似商品の価格、利回り曲線、信用スプレッドインプットの観察可能性、調整の妥当性
レベル3観察できないインプット独自モデル、非流動商品、複雑なデリバティブ経営者仮定、感応度、モデル検証、内部統制

実務では、レベル分類を「価格の入手先」で機械的に決めてしまう誤りが起こりがちです。証券会社から価格を取得したからレベル2、評価会社が算定したからレベル3、という単純な分類ではありません。重要なのは、その時価に重要な影響を与えるインプットが観察可能かどうかです。

時価算定適用指針では、レベル2のインプットに含まれるものとして、活発な市場における類似資産・負債の相場価格、活発でない市場における同一または類似資産・負債の相場価格、相場価格以外の観察可能なインプット、観察可能な市場データに裏付けられるインプットなどが挙げられています。また、レベル2のインプットを調整するにあたり、重要な観察できないインプットを使用する場合には、算定される時価はレベル3に分類される可能性があります。
出典:企業会計基準委員会|企業会計基準適用指針第31号 時価の算定に関する会計基準の適用指針

大量保有による価格低下をどう扱うか

上場株式や上場債券のように活発な市場がある金融商品を大量に保有している場合、「市場で一度に売却すれば価格が下がるのではないか」という議論が出ることがあります。

しかし時価算定適用指針では、時価を算定するにあたって、市場における通常の日次取引高では売却できないほど金融商品を大量に保有している場合であっても、一度に売却する際に生じる価格低下についての調整は行わないとされています。当該金融商品が活発な市場で取引されている場合には、個々の資産または負債の活発な市場における相場価格に保有数量を乗じたものを時価とします。
出典:企業会計基準委員会|企業会計基準適用指針第31号 時価の算定に関する会計基準の適用指針

これは、時価算定において「会社が保有している数量を一括売却する」という会社固有の売却戦略を前提にしないためです。上場株式の大口保有、政策保有株式、流動性の低い上場銘柄では、この点が監査上の確認事項になることがあります。

もっとも、これはすべての流動性調整を否定するものではありません。活発な市場がない金融商品やレベル2・レベル3評価では、市場参加者が考慮する流動性リスク、信用リスク、売買制約などを評価に反映する場面があります。何を調整してよく、何を調整してはならないのか。資産の特性、インプットのレベル、算定単位に照らして分けて考える必要があります。

取引価格は常に時価とは限らない

取得時の取引価格は、時価と一致することが多いものの、常に時価を表すとは限りません。

時価算定適用指針では、次のような場合に、取引価格が当初認識時の時価を表すものではない可能性があるとされています。関連当事者間取引、強制された取引、取引価格を表す単位が時価を算定する資産または負債の単位と異なる取引、取引が行われた市場が主要な市場または最も有利な市場と異なる場合などです。
出典:企業会計基準委員会|企業会計基準適用指針第31号 時価の算定に関する会計基準の適用指針

実務で問題になりやすいのは、次のような取引です。

  • 親子会社間・関連会社間の金融取引
  • 債務超過会社に対するDESや第三者割当増資
  • 支援目的で取得した非上場株式
  • 複数の資産・負債を一括して取得する取引
  • 企業結合に伴う取得原価配分
  • 取引相手が資金繰り上やむを得ず取引した場合
  • 契約条件に市場外の特約が含まれる場合

たとえば、DESにより取得した株式の時価を考える場合を想定してみます。単に債権額面を株式取得原価とするのではなく、市場参加者が算定日に当該株式の時価を算定する際に考慮する特性、債権放棄額や増資額などの金融支援の十分性、債務者の再建計画の実行可能性、株式条件などを検討する必要があります。

債務超過会社を含む資本取引や再建支援では、取引価格をそのまま時価と見るのではなく、金融支援・債権評価・株式評価を切り分けて整理することが重要です。

「時価に似ているが時価算定基準の時価ではない」ものに注意する

実務では、「時価」「公正価値」「公正な評価額」「現在価値」「実質価額」といった用語が混在します。しかし、そのすべてが時価算定基準の時価として同じ意味を持つわけではありません。

時価算定の実務においても、ストック・オプションの公正な評価額、リース取引の現在価値、市場価格のない株式等の実質価額、キャッシュ・フロー見積法による貸倒懸念債権の現在価値など、時価に類似するものの、時価算定基準上の時価とは区別すべき項目があります。

用語主な利用場面時価算定基準との関係
時価金融商品、トレーディング目的棚卸資産等時価算定基準の対象となる場合がある
公正な評価単価ストック・オプション等個別基準に基づく評価であり、時価算定基準の時価とは別途整理
現在価値リース負債、資産除去債務、貸倒懸念債権等割引計算を用いるが、時価算定基準の時価とは限らない
実質価額市場価格のない株式等発行会社の財政状態等を基礎とする評価であり、時価とは区別
公正価値IFRS、PPA、株式報酬等日本基準の個別基準上の文脈を確認する必要がある

上場企業実務では、この用語の混同が、後の説明リスクにつながります。特に、PPA、株式報酬、非上場株式、退職給付、資産除去債務、不動産評価では、「評価モデルを使っているから時価算定基準の時価である」とは限りません。どの基準に基づく測定なのかを、最初に明確にしておくことが必要です。

時価算定と金融商品会計の接続

金融商品会計基準は、金融商品に関する会計処理を定める基準であり、金融商品については同基準が優先して適用されます。また、金融商品会計基準の適用にあたっては、金融商品会計に関する実務指針、金融商品の時価等の開示に関する適用指針、時価算定基準、時価算定適用指針等も参照する必要があるとされています。
出典:企業会計基準委員会|企業会計基準第10号 金融商品に関する会計基準

金融資産には、現金預金、受取手形、売掛金、貸付金等の金銭債権、株式その他の出資証券、公社債等の有価証券、デリバティブ取引により生じる正味の債権等が含まれます。金融負債には、支払手形、買掛金、借入金、社債等の金銭債務、デリバティブ取引により生じる正味の債務等が含まれます。
出典:企業会計基準委員会|企業会計基準第10号 金融商品に関する会計基準

金融商品では、分類、測定、時価算定、評価差額の表示、注記が一本の線でつながっています。たとえば、売買目的有価証券は時価評価差額が損益に反映されます。その他有価証券は原則として時価評価し、評価差額を税効果考慮後に純資産の部へ計上します。デリバティブ取引も原則として時価評価し、評価差額を当期損益として処理しますが、ヘッジ会計の要件を満たす場合には繰延ヘッジ等が問題になります。

金融資産の範囲や有価証券の分類、デリバティブの原則的な時価評価処理を押さえたうえで、時価算定基準を適用する必要があります。

時価算定と企業結合・PPAの接続

時価算定の論点は金融商品に限りません。企業結合では、取得原価配分、すなわちPPAにおいて、取得した識別可能資産および引き受けた負債を、企業結合日時点の時価を基礎として測定する場面があります。

企業結合においては、被取得企業または取得した事業から受け入れた資産・負債のうち、企業結合日時点で識別可能なものに取得原価を配分します。その際、観察可能な市場価格があればそれを用い、観察可能な市場価格がない場合には合理的に算定された価額を用いることになります。合理的に算定された価額では、市場参加者が利用する情報や前提に基礎を置き、マーケット・アプローチ、インカム・アプローチ、コスト・アプローチなどの評価技法を、資産・負債の特性に応じて選択または併用します。

PPAでは、金融商品、退職給付、識別可能無形資産、不動産、偶発債務など、複数の評価論点が同時に現れます。PPAにおける評価は、企業結合会計の目的に従った取得原価配分であり、金融商品の時価算定とは目的も対象も異なる場合があります。

もっとも、評価技法、インプット、市場参加者の考え方には共通する部分があります。評価専門家との協働、監査対応、開示説明の場面では、時価算定基準の考え方を理解しておくことが有用です。

時価算定と会計上の見積り・内部統制

レベル3の時価、非流動性商品の評価、複雑なデリバティブ評価、PPAにおける無形資産評価などは、会計上の見積りの性格を強く持ちます。

会計上の見積りは、現時点で正確に測定できないため金額を概算するものであり、将来事象の結果に依存する場合や、金額確定のための情報が不足している場合に行われます。見積りには経営者の仮定や不確実性が含まれるため、監査上も重要な論点になりやすい領域です。

時価算定においても、評価額そのものより、次のような統制が機能しているかが問われます。

  • 評価対象の網羅性を把握する統制
  • 価格取得先を選定・承認する統制
  • 価格差異を検証する統制
  • 評価技法・インプットの変更を承認する統制
  • レベル分類をレビューする統制
  • 第三者評価を利用する場合の評価専門家の適格性を確認する統制
  • 経営者仮定と事業計画・市場データとの整合性を確認する統制
  • 注記に必要な情報を決算スケジュール内で収集する統制

時価算定は、経理部門だけで完結しません。財務部門、リスク管理部門、投資管理部門、事業部、外部評価専門家、監査人が関与します。誰が価格を取得し、誰が検証し、誰が会計判断として承認したのか。ここを明確にしておかなければ、後から説明できる数字にはなりません。

注記への影響|時価は本表だけでなく開示に直結する

金融商品の時価等の開示に関する適用指針では、金融商品の時価のレベルごとの内訳等について、時価をもって貸借対照表価額とする金融資産・金融負債、および貸借対照表日における時価を注記する金融資産・金融負債について、レベル1、レベル2、レベル3の時価の合計額を注記することが定められています。

また、レベル2・レベル3に分類されるものについては、評価技法およびインプットの説明、評価技法または適用を変更した場合の内容と理由が求められます。レベル3については、重要な観察できないインプットの定量的情報や、期首残高から期末残高への調整表等も求められます。
出典:企業会計基準委員会|企業会計基準適用指針第19号 金融商品の時価等の開示に関する適用指針

時価算定の判断は、注記の粒度にも影響します。時価を算定しただけでは足りません。財務諸表利用者がその時価の性質、不確実性、評価技法、重要なインプットを理解できるように記載する必要があります。

特にレベル3評価は、KAMになり得る典型的な領域です。流動性の低い金融商品の公正価値評価について、観察不能な評価インプットや経営者判断の主観性が、監査上の主要な検討事項として取り上げられる事例もあります。

時価算定で監査人に説明すべき資料

時価算定を監査に耐える形で整理するには、評価結果だけでなく、前提と判断過程を示す資料が必要です。

少なくとも、次の資料は早い段階で整理しておきたいところです。

  • 時価算定対象の一覧
  • 時価算定が必要となる根拠基準
  • 保有目的区分、会計処理区分
  • 時価算定単位の判断資料
  • 主要な市場または最も有利な市場の判断資料
  • 価格取得先と価格取得方法
  • 評価技法の選択理由
  • 使用したインプットの一覧
  • 観察可能インプット・観察不能インプットの区分
  • レベル分類の判定資料
  • 第三者評価を利用する場合の評価報告書
  • 評価専門家の適格性・独立性の確認資料
  • 前期からの評価技法・インプット変更の有無
  • 価格差異分析
  • 感応度分析
  • 注記作成資料
  • 監査人との協議メモ
  • 経営者・監査役等への報告資料

監査対応で重要なのは、評価額の正しさを一方的に主張することではありません。利用した市場データ、評価技法、インプット、仮定、レベル分類を分解し、どこに不確実性があり、どこに経営者判断が含まれるかを、見える形にすることです。

実務でよくある落とし穴

時価算定基準の適用では、次のような落とし穴が見られます。

1. 価格を取得しただけで時価算定が終わったと考える

証券会社、運用会社、評価会社から価格を取得しても、その価格が時価算定基準に従ったものか、どの市場・インプット・評価技法に基づくものかを確認しなければなりません。

2. 時価レベルを価格入手先で機械的に判断する

外部価格だからレベル2、社内モデルだからレベル3、という判断では不十分です。時価に重要な影響を与えるインプットが観察可能かどうかを確認します。

3. 会社固有の保有方針を時価に織り込みすぎる

「当社は売却しない」「長期保有する」「グループ戦略上価値がある」という事情が、常に市場参加者の価格付けに反映されるわけではありません。

4. 主要な市場と最も有利な市場を混同する

まず主要な市場を確認し、主要な市場がない場合に最も有利な市場を検討します。最も高い価格を選べばよいわけではありません。

5. 取引価格をそのまま時価とする

関連当事者間取引、強制取引、一括取引、支援目的取引では、取引価格が時価を表さない可能性があります。

6. 時価に似た概念を同じものとして扱う

実質価額、公正な評価単価、現在価値、公正価値は、それぞれ使われる基準と目的が異なります。測定目的を確認せずに同じ評価ロジックを流用すると、説明不能になります。

7. 注記を後回しにする

レベル3評価では、評価技法、重要な観察不能インプット、調整表、感応度など、注記作成に時間を要します。決算終盤で情報収集を始めると、監査対応も開示品質も不安定になります。

時価算定基準の実務適用ステップ

時価算定基準を決算実務に落とし込む際は、次の順序で整理すると、判断過程を説明しやすくなります。

ステップ1 時価算定が必要となる取引・残高を特定する

金融商品、トレーディング目的棚卸資産、デリバティブ、企業結合、退職給付、賃貸等不動産など、時価または時価に類似する評価が必要な項目を一覧化します。

ステップ2 適用する個別基準を確認する

時価算定基準の対象か、個別基準上の現在価値・実質価額・公正な評価単価かを確認します。

ステップ3 算定単位を決める

個別資産・負債単位か、契約単位か、一定の要件を満たす金融資産・負債のグループ単位かを検討します。

ステップ4 市場を特定する

主要な市場があるか、なければ最も有利な市場はどこか、会社が通常取引している市場と異なる市場を使う根拠があるかを確認します。

ステップ5 評価技法を選ぶ

マーケット・アプローチ、インカム・アプローチ、コスト・アプローチのどれが、対象資産・負債の特性に適しているかを検討します。

ステップ6 インプットを整理する

使用するインプットが観察可能か、観察不能か、価格に重要な影響を与えるかを整理します。

ステップ7 時価レベルを判定する

重要なインプットのうち最も低いレベルに基づき、レベル1、レベル2、レベル3を判定します。

ステップ8 評価結果を検証する

前期比較、価格差異、感応度、外部データとの整合性、事業計画との整合性、価格取得先の妥当性を確認します。

ステップ9 会計処理・注記・監査資料に落とし込む

評価差額の処理、金融商品注記、重要な会計上の見積り、KAM可能性、経営者説明資料を整えます。

近時の基準改正動向にも注意する

時価算定基準そのものは、企業会計基準第30号として2019年7月4日に公表され、その後修正されています。ASBJの会計基準一覧でも、企業会計基準第30号「時価の算定に関する会計基準」は2019年7月4日公表、2025年10月16日修正とされています。
出典:企業会計基準委員会|企業会計基準

また金融商品会計については、ASBJが2025年10月29日に企業会計基準公開草案第89号「金融商品に関する会計基準(案)」等を公表し、金融資産の予想信用損失に係る適用指針案や、金融商品の時価等の開示に関する適用指針案なども含めてコメント募集を行いました。コメント受付は2026年2月6日で終了しています。
出典:企業会計基準委員会|企業会計基準公開草案第89号「金融商品に関する会計基準(案)」等の公表

時価算定そのものの枠組みだけでなく、金融商品の分類・測定、減損、時価開示の改正動向も、今後の実務に影響し得ます。決算期ごとに、適用される基準、適用時期、経過措置、関連する開示指針の更新状況を確認しておくことが必要です。

相談前に整理しておきたい事項

時価算定に関する専門家相談を行う場合、最初から評価額だけを提示しても、十分な検討にはつながりません。相談前に、少なくとも次の事項を整理しておくと、会計処理・監査対応・開示影響を一体で検討しやすくなります。

  • 評価対象となる資産・負債の内容
  • 取得日、取得価額、帳簿価額
  • 適用する会計基準
  • 時価評価または時価注記が必要となる理由
  • 価格取得先
  • 価格取得方法
  • 評価技法
  • 使用インプット
  • レベル分類案
  • 前期からの変更点
  • 重要性
  • 税効果への影響
  • 注記・KAMへの影響
  • 監査人からの指摘事項
  • 経営者・監査役等への説明予定

時価算定は、評価額の妥当性だけでなく、会計処理、内部統制、注記、監査対応がつながる領域です。早い段階で論点を整理するほど、決算終盤での手戻りや、監査上の争点化を抑えやすくなります。

主な参照情報

出典:企業会計基準委員会|企業会計基準第30号 時価の算定に関する会計基準
出典:企業会計基準委員会|企業会計基準適用指針第31号 時価の算定に関する会計基準の適用指針
出典:企業会計基準委員会|企業会計基準第10号 金融商品に関する会計基準
出典:企業会計基準委員会|企業会計基準適用指針第19号 金融商品の時価等の開示に関する適用指針
出典:企業会計基準委員会|企業会計基準
出典:企業会計基準委員会|企業会計基準公開草案第89号「金融商品に関する会計基準(案)」等の公表

時価算定を「後から説明できる数字」にするために

時価算定で重要なのは、評価額を一つ出すことではありません。

  • どの基準に基づく時価なのか
  • どの市場を前提にしているのか
  • 市場参加者はどのような仮定を置くのか
  • その取引は秩序ある取引なのか
  • どの評価技法を使ったのか
  • どのインプットが重要なのか
  • レベル分類は妥当なのか
  • 注記・監査・経営者説明に耐える資料があるのか

これらがそろって初めて、時価は「見せたい数字」ではなく、「後から説明できる数字」になります。

犬飼公認会計士・税理士事務所では、日本基準に基づく時価算定、金融商品評価、レベル分類、第三者評価の検証、注記・監査対応、PPA・非上場資産評価に関する論点整理を支援しています。時価算定基準の適用、評価資料の妥当性、監査人への説明にご不安がある場合は、犬飼公認会計士・税理士事務所HPのお問い合わせページからご相談ください。

この記事の振り返り

論点重要ポイント
時価算定基準の役割いつ時価評価するかではなく、時価をどう算定するかを定める
適用範囲金融商品会計基準における金融商品、トレーディング目的で保有する棚卸資産が中心
時価の定義算定日に市場参加者間で秩序ある取引が行われると想定した出口価格
市場参加者独立し、知識を有し、取引能力と自発的意思を有する買手・売手
秩序ある取引強制清算や投売りではなく、通常の市場活動を前提とした取引
主要な市場取引数量・頻度が最も大きい市場
最も有利な市場主要な市場がない場合に、資産の受取額最大化・負債移転額最小化を図れる市場
付随費用時価算定上の価格は取引費用で調整しないが、所在地が資産特性である場合の輸送費用は考慮する
算定単位個別基準上の認識・測定・開示単位を確認する
グループ単位評価金融資産・負債について、一定のリスク管理要件を満たす場合に認められる
評価技法マーケット・アプローチ、インカム・アプローチ、コスト・アプローチを対象資産の特性に応じて選択する
インプット市場参加者が用いる仮定であり、観察可能インプットと観察不能インプットに分ける
レベル1活発な市場における同一資産・負債の無調整相場価格
レベル2レベル1以外の観察可能インプット
レベル3観察できないインプット。経営者仮定・モデル検証・感応度が重要
取引価格関連当事者間取引、強制取引、一括取引等では、取得価格が時価を表さない可能性がある
時価に似た概念実質価額、公正な評価単価、現在価値などは、時価算定基準の時価と区別する
注記金融商品ではレベル別内訳、評価技法、インプット、レベル3調整表等が問題になる
監査対応評価額だけでなく、市場、評価技法、インプット、レベル分類、統制を説明する
実務上の姿勢価格取得作業ではなく、判断過程を文書化する決算論点として扱う
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