IFRS移行時の調整表と説明資料の作り方|資本・包括利益・表示組替・監査対応までの実務整理

IFRS移行時の調整表は、日本基準とIFRSの差異をただ並べた一覧表ではありません。

IFRS第1号に基づく初度適用では、従前の会計基準からIFRSへの移行が、企業の財政状態、財務業績、キャッシュ・フローにどのような影響を与えたのかを説明することが求められます。つまり調整表は、会計基準差異の集計資料であると同時に、財務諸表利用者、監査人、経営者、社内関係者に対して移行の影響を伝えるための、中核となる資料なのです。

IFRS第1号は、初めてIFRSを適用する企業に対し、最初のIFRS報告期間とその前年度を対象とする完全な財務諸表の作成を求めています。あわせて、すべての表示期間に同じ会計方針を適用すること、その会計方針は最初のIFRS報告期間末日に有効な各IFRS基準に準拠することも要求されます。
出典:IFRS Foundation|IFRS 1 First-time Adoption of International Financial Reporting Standards

この前提に立つと、移行時の調整表は「日本基準との差額」を作るだけの資料ではないことが見えてきます。最初のIFRS財務諸表を、比較期間を含めてIFRSに基づいて再構成し、その過程で生じた調整を、財務諸表上の表示・注記・監査証拠まで一本につなぐ資料だからです。

本稿では、IFRS移行時の調整表と説明資料を、資本、包括利益、表示科目、キャッシュ・フロー、税効果、見積り、監査対応という観点から整理していきます。

目次

調整表の目的は「差異の集計」ではなく「移行影響の説明」である

移行時に作成する調整表の目的は、従前の会計基準からIFRSへの移行が財務諸表に与えた影響を説明することにあります。

IFRS第1号は、従前の会計基準からIFRSへの移行が、報告された財政状態、財務業績、キャッシュ・フローにどのような影響を与えたかを説明するよう求めています。
出典:IFRS Foundation|International Financial Reporting Standard 1 First-time Adoption of International Financial Reporting Standards

ここから、調整表は次の3つの役割を同時に担うことになります。

  • 日本基準からIFRSへの数値影響を示す
  • 重要な調整項目について、なぜその差異が生じたのかを説明する
  • 監査人、経営者、投資家、社内関係者が移行影響を理解できる粒度で整理する

実務でよく見かける誤りは、調整表を「会計基準差異の仕訳一覧」として作り始めてしまうことです。

もちろん、移行調整仕訳そのものは必要です。しかし仕訳一覧だけでは、財務諸表利用者にとって、どの調整が重要なのか、どの財務諸表項目に効いてくるのか、将来の損益やキャッシュ・フローにどんな意味を持つのかが伝わりません。

移行時の調整表は、会計処理の裏側にある事実関係、基準判断、見積り前提、表示組替、税効果、監査証拠をつなぐ資料として設計する。この視点が欠かせません。

IFRS第1号が求める調整表の基本構造

IFRS第1号は、最初のIFRS財務諸表において、少なくとも次の調整表を含めることを求めています。

1つ目は、従前の会計基準に基づく資本から、IFRSに基づく資本への調整表です。これは、IFRS移行日と、従前の会計基準に基づく直近の年次財務諸表に表示された最終期間末の、いずれの時点についても作成します。

出典:IFRS Foundation|International Financial Reporting Standard 1 First-time Adoption of International Financial Reporting Standards

2つ目は、直近の年次財務諸表の最終期間について、従前の会計基準に基づく包括利益合計から、IFRSに基づく包括利益合計への調整表です。従前の会計基準で包括利益合計を表示していない場合には、従前の会計基準に基づく純損益を出発点とします。
出典:IFRS Foundation|International Financial Reporting Standard 1 First-time Adoption of International Financial Reporting Standards

3つ目は、従前の会計基準でキャッシュ・フロー計算書を表示していた場合における、キャッシュ・フロー計算書への重要な調整の説明です。IFRS第1号は、資本および包括利益の調整表について、財政状態計算書および包括利益計算書への重要な修正を利用者が理解できるだけの十分な詳細を求めています。さらに、従前の会計基準でキャッシュ・フロー計算書を表示していた場合には、キャッシュ・フロー計算書への重要な修正も説明するよう求めています。
出典:IFRS Foundation|International Financial Reporting Standard 1 First-time Adoption of International Financial Reporting Standards

この要求事項から、調整表には少なくとも次の3層が必要になります。

  • 資本への影響
  • 包括利益または純損益への影響
  • キャッシュ・フロー表示への影響

そして実務では、これに加えて、表示組替、注記作成、監査対応資料、社内説明資料までを整えることになります。

最初に決めるべきことは「どの表を作るか」ではなく「どの期間を説明するか」

調整表作成で最初に行うべきは、表の様式を決めることではありません。

まず、次の時点を確定させる必要があります。

  • IFRS移行日
  • 比較期間末
  • 最初のIFRS報告期間末
  • 従前の会計基準に基づく直近の年次財務諸表の最終期間

IFRS第1号は、最初のIFRS財務諸表に、少なくとも3本の財政状態計算書、2本の純損益及びその他の包括利益計算書、2本のキャッシュ・フロー計算書、2本の持分変動計算書、そして関連注記を含めるよう求めています。
出典:IFRS Foundation|International Financial Reporting Standard 1 First-time Adoption of International Financial Reporting Standards

したがって、調整表は少なくとも次の視点で設計します。

  • 移行日時点の資本調整
  • 比較期間末時点の資本調整
  • 比較期間に係る包括利益または純損益の調整
  • 必要に応じたキャッシュ・フローへの重要な調整説明

ここで押さえておきたいのは、資本調整表と包括利益調整表を別々の資料として作るだけでは足りない、という点です。

移行日時点の資本調整、比較期間中の損益調整、比較期間末の資本調整は、互いに整合していなければなりません。たとえば、移行日時点の利益剰余金調整と、比較期間中の損益調整、その他の包括利益調整、税効果調整、そして比較期間末の利益剰余金残高が連動していなければ、調整表全体の説明力はどうしても弱くなってしまいます。

調整表は、単年度の差異分析ではありません。移行日から比較期間末までの財務諸表を再構成する作業として捉える必要があります。

調整表は「開示用」「管理用」「説明用」に分けて設計する

移行時には、1つの表ですべてを説明しようとすると、かえって分かりにくくなります。

実務では、次の3種類の資料を分けて設計すると、整理がぐっと楽になります。

開示用の調整表

開示用の調整表は、最初のIFRS財務諸表に含めることを想定した資料です。

ここで求められるのは、財務諸表利用者が重要な移行影響を理解できる粒度です。細かすぎる仕訳単位の羅列では、全体像が見えません。かといって、重要な差異を大きな項目にまとめすぎると、今度は何が変わったのかを説明できなくなります。

開示用の調整表では、主要な調整項目ごとに、次のような観点を整理します。

  • どの会計基準差異による調整か
  • 資本にどのように影響するか
  • 純損益またはその他の包括利益にどのように影響するか
  • 税効果控除前と税効果控除後の影響をどう示すか
  • 表示組替と認識・測定差異をどう区別するか
  • 財務諸表利用者に説明すべき内容は何か

IFRS財団は、IFRSタクソノミーの例示のなかで、IFRS第1号に基づく資本および包括利益の調整表のタグ付け例を示しています。ここからも、初度適用時の調整表が開示上も重要な情報単位であることが読み取れます。
出典:IFRS Foundation|IFRS Accounting Taxonomy Illustrative Examples

管理用の調整表

管理用の調整表は、社内で移行調整を管理するための資料です。

ここでは、開示用よりも細かい粒度が必要になります。勘定科目別、連結会社別、調整項目別、基準別、税効果別、監査証拠別に、移行調整を追跡できる状態にしておきます。

管理用の調整表には、次のような情報を持たせておきたいところです。

  • 調整番号
  • 対象会社
  • 対象基準
  • 対象財務諸表項目
  • 日本基準上の処理
  • IFRS上の処理
  • 調整金額
  • 税効果
  • 資本影響
  • 損益影響
  • OCI影響
  • 表示組替か認識・測定差異か
  • 参照する論点整理メモ
  • 監査証拠の所在
  • 未解決事項

この管理用の調整表がないと、開示用の調整表を作った後で困ることになります。監査人から「この調整額の内訳は何か」「どの子会社のどの取引か」「税効果はどう計算したか」と問われたときに、答えられなくなってしまうからです。

説明用の論点資料

説明用の論点資料は、調整表に記載した各調整項目について、なぜその処理が必要なのかを説明する資料です。

調整表が数値の資料であるのに対し、論点資料は判断の資料だと言えます。

特に、収益認識、リース、金融商品、減損、公正価値、企業結合、税効果、引当金、退職給付、株式報酬といった項目は、単に差額を示すだけでは足りません。取引実態、契約条件、経営者の意図、見積りの前提、監査証拠、開示方針まで整理しておく必要があります。

調整表の作成順序

移行時の調整表は、思いついた差異から埋めていくものではありません。一定の順序で作っていく必要があります。

1. 従前の会計基準ベースの出発点を確定する

まず、従前の会計基準に基づく財務諸表数値を確定させます。

ここで大切なのは、出発点となる日本基準ベースの数値そのものが、監査済みまたはレビュー済みの数値と整合しているかを確認することです。

移行調整を検討する過程で、従前の会計基準上の誤謬が見つかることがあります。IFRS第1号は、そうした誤謬を認識した場合には、調整表においてその誤謬修正を会計方針の変更と区別するよう求めています。
出典:IFRS Foundation|International Financial Reporting Standard 1 First-time Adoption of International Financial Reporting Standards

このため、調整表作成の初期段階で、次の区分を明確にしておきます。

  • 日本基準からIFRSへの会計方針差異
  • 日本基準上の表示組替
  • 従前の会計基準上の誤謬修正
  • 単なる連結精算表上の再分類
  • 新たな事実判明による見積り変更

誤謬修正とIFRS移行差異を混同すると、開示上の説明だけでなく、内部統制上の評価、監査対応、経営者説明にまで影響が及びます。

2. IFRS会計方針を先に決める

次に、IFRSベースの会計方針を決定します。

移行調整は、IFRS会計方針が決まっていなければ計算できません。収益認識、リース、金融商品、減損、企業結合、外貨換算、法人所得税、引当金、従業員給付、株式報酬などについて、どの会計方針を採用するかを決め、その方針に沿って移行日および比較期間を再構成していきます。

IFRS第1号では、IFRSを初度適用する際に行う会計方針変更や、最初のIFRS財務諸表を表示するまでの会計方針変更には、IAS第8号の会計方針変更に関する要求事項は適用されないとされています。
出典:IFRS Foundation|International Financial Reporting Standard 1 First-time Adoption of International Financial Reporting Standards

ただし、これは会計方針を自由に変更できるという意味ではありません。最初のIFRS財務諸表に表示されるすべての期間について、IFRSに準拠した一貫した会計方針が必要になります。

3. 差異を「認識・測定」と「表示組替」に分ける

調整表を作る際には、調整項目を大きく2つに分けます。

1つは、認識・測定差異です。IFRSを適用することで、資産、負債、資本、収益、費用、OCIの金額そのものが変わる調整を指します。

もう1つは、表示組替です。金額の総額は変わらないものの、IFRS上の表示区分や表示科目が変わる調整です。

この区分が曖昧になると、調整表の説明も不明瞭になります。たとえば、財政状態計算書上の流動・非流動区分、契約資産・契約負債、リース負債、使用権資産、その他の包括利益累計額、非支配持分などは、表示上の再構成と認識・測定差異が混在しやすい項目です。

開示用の調整表では、表示組替と認識・測定差異の双方を、利用者が理解できるように整理しておく必要があります。

4. 税効果を同時に検討する

移行調整では、税効果を後回しにすると、調整表全体の整合性が崩れやすくなります。

日本基準とIFRSで資産・負債の帳簿価額が変われば、税務基準額との差異も変わります。税効果会計は、会計上の資産または負債の額と課税所得計算上の資産または負債の額との相違を調整対象とし、法人税等と税引前利益を合理的に対応させる手続です。

したがって移行時の調整表では、各調整項目について、税効果の要否を同時に判定しておく必要があります。

税効果を一括して最後に調整すると、次のような問題が起きやすくなります。

  • 各調整項目と税効果の対応関係が分からなくなる
  • 資本調整表と包括利益調整表の税効果が整合しない
  • 繰延税金資産の回収可能性の検討が遅れる
  • 税率差異や注記への影響が後工程で判明する
  • 監査人への説明が難しくなる

移行調整における税効果は、「最後の計算」ではなく、「各調整項目に紐づく論点」として管理する。この発想が有効です。

5. 調整表と注記を同時に設計する

移行時には、調整表を作った後で注記を作るのではなく、調整表を作る段階から注記を見据えておく必要があります。

IFRS第1号は、表示・開示要求について、他のIFRSからの免除を設けていません。
出典:IFRS Foundation|International Financial Reporting Standard 1 First-time Adoption of International Financial Reporting Standards

これは、認識・測定について一定の免除を使える場合であっても、表示・開示は各IFRSの要求事項を踏まえて検討しなければならない、ということを意味します。

たとえば、移行時に金融商品、公正価値、リース、収益、企業結合、減損、税効果などの調整が生じる場合には、それぞれの個別基準の注記要求もあわせて確認する必要があります。

調整表と注記が分断されてしまうと、数値の整合性は取れていても、財務諸表利用者にとっては説明が足りない、という事態が起こりがちです。

調整項目の粒度をどう決めるか

調整表作成でいちばん難しいのは、調整項目の粒度です。

細かすぎれば、財務諸表利用者は重要な影響を把握できません。粗すぎれば、監査人や社内関係者に対して、具体的な判断根拠を説明できなくなります。

調整項目の粒度は、次の観点から決めていきます。

財務諸表利用者が重要な影響を理解できるか

開示用の調整表では、財務諸表利用者にとって重要な影響が見えることが必要です。

たとえば、リース、収益認識、金融商品、公正価値、減損、企業結合、税効果のように、財務諸表の理解に大きく影響する項目は、独立した調整項目として示すことが考えられます。

一方で、少額の表示組替や、性質が似ている複数の細かい調整は、集約して説明することもあります。

重要性を判断する際には、金額だけでなく、質的な影響も考慮します。資本、利益、主要KPI、財務制限条項、投資家説明、監査上の重要論点にかかわるものは、金額が相対的に小さくても説明が必要になることがあります。

監査人が検証できるか

調整項目は、監査上検証可能な単位で管理する必要があります。

たとえば「IFRS調整」として大きくひとまとめにしてしまうと、監査人は、どの基準に基づく調整か、どの取引に関する調整か、どの証拠を確認すべきかを判断できません。

管理用の調整表では、監査人が次の点をたどれるようにしておきます。

  • 対象基準
  • 対象取引
  • 調整金額の算定根拠
  • 計算ファイル
  • 契約書・評価書・会議体資料等の証拠
  • 会計方針または論点整理メモ
  • 税効果の計算根拠
  • 開示への反映箇所

会計上の見積りは、将来事象に依存し金額を確定できない項目について概算するものです。経営者の仮定や見積りの不確実性が財務諸表に大きな影響を与えることがあるため、監査上も重要な論点になりやすいと整理できます。

したがって、見積りを含む調整項目については、単なる差額にとどまらず、見積り前提、利用データ、外部証拠、感応度、事後検証の観点まで整理しておく必要があります。

将来の決算運用に接続できるか

移行時の調整項目は、初度適用年度だけのものではありません。

移行後も、継続的にIFRS決算を行っていくことになります。そのため調整表の粒度は、移行後の決算プロセスに引き継げる単位で設計しておくことが望まれます。

移行時に一度だけ手作業で計算した調整が、翌期以降も必要になる場合には、その調整をどのシステム、どの連結パッケージ、どの内部統制で管理していくのかを、あらかじめ決めておく必要があります。

調整表に含めるべき主な調整カテゴリー

移行時の調整項目は、個社の取引内容によって変わってきます。ただし実務では、次のようなカテゴリーで整理しておくと、抜け漏れを防ぎやすくなります。

収益認識

収益認識では、契約の識別、履行義務、取引価格、変動対価、取引価格の配分、一定期間または一時点の収益認識、契約資産・契約負債が論点になります。

日本基準からIFRSへ移行する場合、単に売上計上時点が変わるだけではありません。契約単位、履行義務単位、進捗度、変動対価の見積り、本人・代理人の表示、注記情報にまで影響することがあります。

調整表では、売上高、売上原価、契約資産、契約負債、利益剰余金、税効果への影響を、整合的に整理する必要があります。

リース

リースでは、契約にリースが含まれるか、リース期間、割引率、リース料、使用権資産、リース負債、費用認識、キャッシュ・フロー表示が論点になります。

IFRS第16号のリース会計では、契約条項、リース台帳、延長・解約オプション、変動リース料、非リース構成部分、短期・少額リースの取扱いを確認していきます。リース基準は、財務数値だけでなく、契約条項、規制、システム変更にも影響し得ると整理できます。

調整表では、使用権資産とリース負債の認識、減価償却費と利息費用への振替、営業キャッシュ・フローと財務キャッシュ・フローへの影響を、一貫した形で説明する必要があります。

金融商品

金融商品では、金融資産・金融負債の分類、事業モデル、SPPI、FVOCI、FVTPL、償却原価、実効金利法、予想信用損失、公正価値測定、認識中止、ヘッジ会計が論点になります。

金融商品は、契約上の権利義務に基づく範囲判定が出発点となります。金融資産には、現金預金、金銭債権、出資証券、有価証券、デリバティブ取引により生じる正味の債権などが含まれると整理できます。

調整表では、分類変更による測定区分の変更、評価差額の純損益またはOCIへの表示、減損モデルの変更、ヘッジ会計の継続可否、注記への影響を整理します。

固定資産・無形資産・減損

固定資産では、取得原価、構成部分アプローチ、減価償却、耐用年数、残存価額、借入コスト、資産除去債務、無形資産の資産化、減損テストが論点になります。

固定資産の領域では、IFRSと日本基準の差異が、単なる表示にとどまらず、将来の償却費、減損、資産除去債務、投資意思決定にまで影響することがあります。

また、IFRS開始財政状態計算書を作成する時点で初めて減損損失を認識または戻入れる場合には、IAS第36号が求める開示を行う必要があります。
出典:IFRS Foundation|International Financial Reporting Standard 1 First-time Adoption of International Financial Reporting Standards

減損は見積りや経営計画との関係が深いため、調整表上の金額だけでなく、兆候判定、CGU、将来キャッシュ・フロー、割引率、感応度、監査証拠まで整理しておく必要があります。

企業結合・PPA・のれん

企業結合では、過去の企業結合にIFRS第3号を遡及適用するのか、それともIFRS第1号の免除を使うのかが、重要な分かれ道になります。

M&Aに伴うPPAでは、取得原価を、取得した資産・引き受けた負債に配分していきます。その際、識別可能無形資産等、被取得企業が貸借対照表に計上していなかった資産・負債も評価対象となり得ると整理できます。

調整表では、のれん、無形資産、繰延税金、条件付対価、取得関連費用、非支配持分、減損テストとの関係を整理します。

外貨換算

外貨換算では、機能通貨、表示通貨、貨幣性・非貨幣性項目、在外営業活動体、累積為替換算差額、純投資が論点になります。

移行時には、累積為替換算差額をゼロとみなす免除を使うかどうかが、将来の在外営業活動体の処分損益に影響してきます。

外貨建取引の適用範囲は、通常の営業取引に限らず、金融商品や在外子会社等の換算など多岐にわたり、取引に応じて異なる処理が求められると整理できます。

調整表では、純損益への為替差額、OCIへの換算差額、利益剰余金またはその他の包括利益累計額への影響を区別します。

法人所得税

法人所得税では、一時差異、税務基準額、繰延税金資産・負債、回収可能性、未分配利益、企業結合時の税効果、不確実な税務ポジションが論点になります。

移行調整によって資産・負債の帳簿価額が変われば、税務基準額との差異も変わるため、繰延税金の見直しが必要になります。

調整表では、各調整項目に対応する税効果を明確にし、税効果控除前・税効果・税効果控除後の関係を説明できるようにしておきます。

引当金・偶発負債

引当金では、現在の義務、発生可能性、合理的見積り、割引、偶発負債、偶発資産、不利な契約、リストラクチャリング、資産除去債務が論点になります。

日本基準では、引当金について企業会計原則注解18が根本原則として存在します。将来の特定の費用または損失であること、当期以前の事象に起因すること、発生可能性が高いこと、金額を合理的に見積れることが、要件として整理されています。

移行時には、IAS第37号の考え方に基づき、負債認識、偶発負債開示、推定的義務、割引計算などを整理し直す必要があります。

説明資料に必ず含めるべき内容

調整表は、数値の資料です。しかし移行時に本当に効いてくるのは、その数値を説明できる資料のほうです。

各重要調整項目については、少なくとも次の内容を整理しておきます。

取引・事象の概要

まず、対象となる取引や事象を整理します。

契約、資産、負債、取引先、子会社、事業部門、発生時期、決算日現在の状況を、はっきりさせておきます。

ここが曖昧なまま基準適用を議論すると、会計処理の結論が事実関係とずれてしまいます。

従前の会計基準上の処理

次に、日本基準など従前の会計基準でどう処理していたかを整理します。

ここでは、単に仕訳を記載するだけでは足りません。どの会計方針に基づく処理か、連結上の処理か単体上の処理か、税務処理と一致しているか、過年度から継続している処理かを確認します。

IFRS上の論点

続いて、IFRS上どの基準が関係するのかを明確にします。

たとえばリースであれば、IFRS第16号だけでなく、減損、税効果、外貨換算、表示・開示が関係することがあります。金融商品であれば、IFRS第9号、IAS第32号、IFRS第7号、IFRS第13号が関連します。

論点を1つの基準に閉じ込めず、財務報告全体への影響を確認しておきます。

IFRS上の判断と結論

IFRS上の結論を記載します。

ここで「IFRSではこの処理になる」とだけ書いてはいけません。なぜその結論になるのか、どの事実を重視したのか、どの代替的な処理を検討したのか、どの前提が変われば結論が変わり得るのかまで整理します。

調整金額の算定

調整金額は、計算ロジックを明確にします。

誰が見ても、出発点、調整前金額、調整項目、税効果、調整後金額をたどれるようにしておきます。

特に、見積りや公正価値を含む調整では、計算結果だけでなく、前提、インプット、評価方法、外部データ、経営者承認、感応度まで整理します。

開示への反映

調整項目が財務諸表注記にどう反映されるかを整理します。

重要な会計方針、会計方針適用上の判断、見積りの不確実性、個別基準注記、初度適用注記、調整表の説明文に、どう影響するかを確認します。

監査証拠

最後に、監査証拠を整理します。

契約書、取締役会資料、稟議書、評価書、専門家報告書、システムデータ、子会社報告資料、経営計画、税務資料、弁護士見解など、どの証拠で判断を裏付けるのかを明確にしておきます。

表示組替の説明を軽視してはいけない

移行時には、認識・測定差異だけでなく、表示組替も重要になります。

表示組替は、純資産や純損益の金額を変えないことがあります。そのため、移行作業ではつい後回しにされがちです。しかし財務諸表利用者にとっては、表示科目の変化もまた、企業理解に大きく影響します。

たとえば、次のような表示組替が生じ得ます。

  • 流動・非流動区分の見直し
  • 契約資産・契約負債への組替
  • 使用権資産・リース負債の表示
  • 金融資産・金融負債の分類表示
  • その他の包括利益累計額の表示
  • 非支配持分の表示
  • 売却目的保有に分類された資産・負債の表示
  • 純損益とOCIの区分
  • キャッシュ・フロー区分の変更

表示組替は、企業の財政状態や業績の見え方を変えます。

したがって調整表では、表示組替を「金額影響なし」として軽く扱うのではなく、財務諸表利用者がどの表示項目の比較可能性に注意すべきかを説明できるようにしておく必要があります。

キャッシュ・フローへの影響は、利益調整とは別に整理する

移行時には、純損益や資本への影響に注目が集まりがちです。しかし、キャッシュ・フローへの影響説明も同じように重要です。

IFRS第1号は、従前の会計基準でキャッシュ・フロー計算書を表示していた場合には、キャッシュ・フロー計算書への重要な修正も説明するよう求めています。
出典:IFRS Foundation|International Financial Reporting Standard 1 First-time Adoption of International Financial Reporting Standards

ここで気をつけたいのは、会計処理の変更がキャッシュそのものを変えるとは限らない、という点です。

多くの移行調整は、認識・測定・表示の変更であり、過去の現金収支そのものを変えるものではありません。それでも、キャッシュ・フロー計算書上の区分や表示には影響することがあります。

たとえばリース会計では、リース負債の元本返済部分と利息部分の表示、営業活動・財務活動の区分が論点になります。金融商品、利息、配当、法人所得税、非継続事業なども、キャッシュ・フロー表示に影響することがあります。

したがって調整表では、純損益調整とは別に、キャッシュ・フローへの重要な表示影響を整理しておく必要があります。

期中開示がある場合は、調整表の更新にも注意する

移行時に期中財務報告を作成する場合には、期中段階でも調整表が必要になることがあります。

IFRS第1号は、最初のIFRS財務諸表の対象期間の一部について、IAS第34号に従った期中財務報告書を表示する場合に、一定の期中調整表を求めています。具体的には、比較対象となる期中期間末の資本調整表と、比較対象となる期中期間の包括利益調整表です。
出典:IFRS Foundation|International Financial Reporting Standard 1 First-time Adoption of International Financial Reporting Standards

また、最初のIFRS財務諸表の対象期間中に、企業が会計方針またはIFRS第1号の免除の使用を変更した場合には、その変更を説明し、調整表を更新する必要があります。
出典:IFRS Foundation|International Financial Reporting Standard 1 First-time Adoption of International Financial Reporting Standards

これは、移行作業のスケジュール管理に大きく影響してきます。

期中段階で暫定的な調整表を作成し、その後、年次財務諸表で会計方針や免除の採否が変わった場合には、期中開示との整合性を説明しなければなりません。

したがって、期中開示が予定される企業では、初度適用の論点を年次決算まで先送りせず、期中段階から監査人と協議し、調整表の前提を固めておく必要があります。

日本企業では「指定国際会計基準」との関係も確認する

日本企業がIFRSを任意適用する場合、制度上は金融庁長官が指定する「指定国際会計基準」を適用することになります。

金融庁の資料では、日本におけるIFRS任意適用企業が適用するIFRSは、金融庁長官が「指定国際会計基準」として定めることとされています。その指定にあたっては、公正かつ適正な手続の下で作成・公表されたものか、公正妥当な企業会計の基準として認められることが見込まれるかを確認する仕組みが説明されています。
出典:金融庁|IFRSの適用の方法について

IFRS財団も、日本では「Designated IFRS」が連結財務諸表規則に基づくエンドースメント手続により有効となり、各IFRS基準は金融庁長官により指定されると説明しています。
出典:IFRS Foundation|Use of IFRS Standards by jurisdiction: Japan

したがって、日本企業のIFRS移行資料では、IFRS基準本文を参照するだけでは足りません。日本の法定開示における指定国際会計基準、連結財務諸表規則、有価証券報告書上の開示、会社法上の連結計算書類との関係も、あわせて確認しておく必要があります。

監査対応資料としての調整表

移行時の調整表は、監査対応資料としての性格も強く持っています。

監査人は、調整表の合計額だけを確認するわけではありません。重要な調整項目について、次のような点を確認していきます。

  • 従前の会計基準上の数値が正しいか
  • IFRS上の会計方針が適切か
  • IFRS第1号の免除や禁止規定を適切に適用しているか
  • 調整金額の計算が正確か
  • 税効果が適切に反映されているか
  • 見積り前提が合理的か
  • 表示組替が財務諸表表示と整合しているか
  • 注記に必要な情報が反映されているか
  • 誤謬修正と会計方針差異が区別されているか
  • 内部統制上の不備が示唆されていないか

そのため、調整表には、監査上のトレーサビリティが求められます。

調整表の金額から、論点整理メモ、計算ファイル、証拠資料、承認資料、開示ドラフトまでたどれるようにしておく必要があります。

経営者説明資料としての調整表

移行時の調整表は、監査人だけでなく、経営者への説明資料にもなります。

経営者に理解していただくべきなのは、単なる会計基準差異ではありません。IFRS移行が、経営管理、投資家説明、KPI、財務制限条項、配当政策、M&A、海外子会社管理、システム対応にどう影響するのか、という点です。

そのため、経営者説明資料では、次の観点を重視します。

  • 資本への影響
  • 利益への影響
  • EBITDA、営業利益、当期利益など主要指標への影響
  • ROE、自己資本比率、負債比率への影響
  • 将来期間に継続する影響と、移行時のみの影響
  • 現金収支を伴う影響か、会計上の表示・測定影響か
  • 投資家に説明すべき重要項目
  • 監査上の未解決論点
  • 今後のシステム・内部統制対応

経営者説明では、細かい仕訳よりも、重要な論点を構造化して示すことが大切です。

移行によって利益が増減する場合でも、それが一時的な移行調整なのか、将来の収益認識や費用認識に継続的に影響するものなのかを、分けて説明する必要があります。

調整表作成で避けるべき実務上の落とし穴

移行時の調整表作成には、いくつかの落とし穴があります。

差異項目を網羅しただけで説明がない

差異一覧を作っても、なぜその差異が生じたのか、どの基準判断によるものか、どの財務諸表項目に影響するのかが分からなければ、説明資料としては機能しません。

調整表には、調整項目ごとの説明文と、詳細論点資料への参照を持たせておく必要があります。

表示組替を軽視する

表示組替は、利益や資本を変えないことがあるため、つい軽視されがちです。

しかしIFRS財務諸表では、表示と注記が利用者理解に大きく影響します。表示組替もまた、財務諸表の見え方を変える重要な調整として整理しておく必要があります。

税効果を後工程に回す

税効果を最後にまとめて計算すると、各調整項目との対応が不明確になります。

特に、資本調整表と包括利益調整表の整合性、繰延税金資産の回収可能性、税率差異の説明に影響が出てきます。

監査証拠が調整表とつながっていない

調整表の金額が正しくても、その根拠資料が分からなければ、監査対応でつまずいてしまいます。

調整表には、契約書、評価資料、子会社報告、計算ファイル、経営計画、税務資料などへの参照を付けておく必要があります。

初度適用後の運用を考えていない

移行時に手作業で調整表を作っても、翌期以降のIFRS決算で同じ調整を継続できなければ、運用は安定しません。

初度適用の調整表は、導入時資料であると同時に、将来のIFRS決算運用の設計資料でもあります。

IFRS移行時の調整表は、財務報告判断を外部説明に変換する資料である

移行時の調整表は、日本基準からIFRSへの差異を数値化する資料です。

しかし、それだけでは十分ではありません。

調整表は、IFRS移行によって、企業の財政状態、財務業績、キャッシュ・フローがどう変わったのかを説明する資料です。さらに、監査人に対して判断と証拠を示し、経営者に対して経営上の影響を伝え、財務諸表利用者に対して比較可能性を確保する資料でもあります。

そのため、調整表を作る際には、次の視点が欠かせません。

  • 数値は財務諸表と整合しているか
  • 調整項目の粒度は利用者にとって十分か
  • 認識・測定差異と表示組替が区別されているか
  • 税効果が各調整項目に対応しているか
  • 誤謬修正と会計方針差異が区別されているか
  • 重要な見積りについて根拠資料があるか
  • 注記と監査証拠に接続しているか
  • 移行後の決算運用に引き継げるか

移行時の調整表は、単なる会計作業の成果物ではありません。

IFRSを適用した財務報告が、どのような判断に基づき、どのような証拠に支えられ、どのように利用者へ説明されるのかを示す、移行プロジェクトの中心資料なのです。

IFRS移行時の調整表・説明資料の作成でお困りの場合

移行時の調整表は、資本調整表や包括利益調整表を形式的に作成するだけでは足りません。

収益認識、リース、金融商品、減損、企業結合、外貨換算、税効果、引当金、退職給付、株式報酬などの調整項目を、認識・測定、表示組替、税効果、注記、監査証拠、経営者説明まで一体で整理する必要があります。

犬飼公認会計士・税理士事務所では、IFRS移行時の調整表、論点整理メモ、監査対応資料、会計方針整理、開示資料の作成について、制度と実務の両面からご相談を承っています。

IFRS移行影響をどの粒度で整理すべきか、監査人への説明資料をどう作るべきか、資本・包括利益・キャッシュ・フローへの影響をどのように開示へつなげるべきか。こうした点にお悩みの場合は、現在の移行段階、主要な調整項目、監査人との協議状況、作成済み資料を整理したうえで、お問い合わせページよりご相談ください。

重要ポイントの振り返り

論点実務上のポイント
調整表の目的日本基準からIFRSへの差異集計ではなく、移行が財政状態・財務業績・キャッシュ・フローに与えた影響を説明する資料
必要な調整表IFRS移行日と比較期間末の資本調整表、比較期間の包括利益調整表、必要に応じたキャッシュ・フローへの重要な調整説明
作成の出発点まずIFRS移行日、比較期間、最初のIFRS報告期間を確定し、対象期間を明確にする
資料の種類開示用、管理用、説明用の3層に分けて設計すると実務上管理しやすい
調整項目の粒度利用者が重要な影響を理解でき、監査人が検証でき、移行後の決算運用に引き継げる粒度にする
表示組替純損益や資本を変えない場合でも、財務諸表の見え方に影響するため軽視しない
税効果各調整項目に紐づけて検討し、資本調整表・包括利益調整表・注記との整合性を確保する
誤謬修正従前の会計基準上の誤謬修正とIFRS移行に伴う会計方針差異は区別する
見積り項目減損、公正価値、ECL、税効果、引当金などは、前提・証拠・感応度まで整理する
監査対応調整表の金額から、論点整理メモ、計算ファイル、契約書、評価資料、開示ドラフトまで追跡できる状態にする
経営者説明資本、利益、KPI、財務制限条項、投資家説明、移行後の運用影響を整理する
移行後の運用初度適用年度だけでなく、翌期以降のIFRS決算プロセスに引き継げる設計にする
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