IFRS第1号に基づく初度適用の基本構造|最初のIFRS財務諸表・開始財政状態計算書・免除規定と禁止規定

IFRSの初度適用は、日本基準からIFRSへ会計処理を置き換えるだけの作業ではありません。

実務では、過去の取引や契約、企業結合、リース、金融商品、外貨換算、固定資産、税効果、引当金、退職給付、株式報酬といった論点を、IFRSの財務報告体系の中でどこまで遡って再構成するかを決めていく作業になります。

その中心にあるのが、IFRS第1号「国際財務報告基準の初度適用」です。IFRS第1号は、初めてIFRSに準拠した財務諸表を作成する企業について、どの時点から、どの基準を、どの範囲で遡及適用するのか、どのような例外や免除を用いるのか、移行の影響をどのように開示するのかを定めています。

本稿では、初度適用の個別論点に入る前に、IFRS第1号の基本構造を整理します。取り上げるのは、初度適用日、最初のIFRS財務諸表、IFRS開始財政状態計算書、遡及適用の原則、任意免除、遡及適用の禁止、そして移行影響の開示です。

目次

IFRS第1号は「初めてのIFRS財務諸表」を作るための基準

IFRS第1号は、初めてIFRS会計基準を適用する企業に対し、最初のIFRS報告期間とその比較期間を含む、完全な財務諸表を作成することを求めています。この点についてIFRS財団は、初めてIFRSを適用する企業が、最初のIFRS報告期間とその前年度を対象とする完全な一組の財務諸表を作成することを要求する基準である、と説明しています。
出典:IFRS Foundation|IFRS 1 First-time Adoption of International Financial Reporting Standards

ここで押さえておきたいのは、IFRS第1号が移行年度だけの特別処理を定めているわけではない、という点です。あくまで、最初のIFRS財務諸表全体をどう作るかを定めています。

初度適用では、次の3つの時点を明確に区別しておく必要があります。

  • 最初のIFRS報告期間の末日
  • 比較期間
  • IFRS移行日

原則として、最初のIFRS報告期間の末日に有効なIFRS会計基準を、IFRS開始財政状態計算書と比較期間を含むすべての表示期間へ一貫して適用します。IFRS第1号でも、企業が最初のIFRS財務諸表に表示するすべての期間を通じて同じ会計方針を用い、その会計方針は最初のIFRS報告期間の末日に有効な各IFRS基準に準拠していなければならない、と整理されています。
出典:IFRS Foundation|IFRS 1 First-time Adoption of International Financial Reporting Standards

この構造を押さえないまま進めてしまうと、どの基準をいつの時点で適用するのか、比較情報をどこまで修正するのか、どの調整を移行日に認識するのか、といった判断が曖昧になりがちです。

初度適用は、単なる期首仕訳の問題ではありません。最初のIFRS財務諸表全体を、同一のIFRS会計方針で再構成していく作業だと捉える必要があります。

初度適用の出発点は「IFRS開始財政状態計算書」

IFRS初度適用の実務で、まず押さえておきたい中核概念がIFRS開始財政状態計算書です。

IFRS開始財政状態計算書とは、IFRS移行日において、IFRSに基づいて作成する財政状態計算書をいいます。これが、最初のIFRS財務諸表における会計処理の出発点になります。

IFRS第1号は、企業がIFRS移行日にIFRS開始財政状態計算書を作成・表示することを求めており、これがIFRSに基づく会計処理の起点になるとしています。
出典:IFRS Foundation|International Financial Reporting Standard 1 First-time Adoption of International Financial Reporting Standards

実務では、まず移行日時点の日本基準ベースの連結財政状態計算書を出発点に置き、そこからIFRS上の認識・測定・表示に合わせて修正していきます。

その際に行うのは、基本的に次の4つの操作です。

  • IFRSが認識を要求する資産・負債を認識する
  • IFRSが認識を認めない資産・負債は認識しない
  • 日本基準上の資産・負債・資本項目を、IFRS上の適切な区分へ組み替える
  • 認識した資産・負債を、IFRSに従って測定する

IFRS第1号も、例外や免除を除き、IFRS開始財政状態計算書において、IFRSが要求する資産・負債を認識し、IFRSが認めない項目は資産・負債として認識せず、前会計基準上の分類とIFRS上の分類が異なる項目を組み替え、認識した資産・負債をIFRSに従って測定することを求めています。
出典:IFRS Foundation|International Financial Reporting Standard 1 First-time Adoption of International Financial Reporting Standards

この4つの操作は、初度適用の全体像を理解するうえで、とても重要な意味を持ちます。

初度適用は、日本基準の数値にIFRS差異を加減していく作業というより、IFRSの認識・測定・表示の枠組みで、移行日時点の財政状態を作り直す作業と捉えるべきものです。

IFRS移行日は、比較情報の最初の日

IFRS第1号において、IFRS移行日は極めて重要な位置づけにあります。

IFRS移行日とは、企業が最初のIFRS財務諸表で、IFRSに従った完全な比較情報を表示する、最も早い期間の期首を指します。IFRS第1号の定義上も、IFRS移行日は、最初のIFRS財務諸表においてIFRSに基づく完全な比較情報を表示する最も早い期間の期首とされています。
出典:IFRS Foundation|International Financial Reporting Standard 1 First-time Adoption of International Financial Reporting Standards

したがって、実務では最初のIFRS財務諸表の年度だけを見ていても十分ではありません。比較期間をどう設定するかによって移行日が決まり、その移行日におけるIFRS開始財政状態計算書を作成することになるからです。

たとえば、最初のIFRS財務諸表で1年分の比較情報を表示する場合、IFRS移行日は比較期間の期首になります。ここから、IFRSに基づく資産・負債・資本の再構成が始まります。

この点は、移行プロジェクトのスケジュール設計にも直結します。

初度適用の検討開始が遅れると、移行日時点で必要だった情報を、後から収集し直すことになります。企業結合、固定資産、リース、外貨換算、退職給付、金融商品、公正価値測定などでは、移行日時点の事実、契約条件、市場データ、見積り前提を後から復元するのが難しい場合も少なくありません。

このように、IFRS移行日は単なる会計上の日付にとどまりません。実務では、資料収集、証拠化、監査対応、社内説明の起点となる日でもあります。

原則は「最初のIFRS報告期間末日に有効なIFRSを遡及適用する」こと

IFRS第1号の基本原則は、最初のIFRS報告期間の末日に有効なIFRSを、IFRS開始財政状態計算書、比較期間、最初のIFRS報告期間へ一貫して適用することにあります。

IFRS第1号は、異なる過去時点で有効だったIFRSの旧バージョンを使い分けることを認めていません。企業は、最初のIFRS報告期間末日に有効なIFRSを、IFRS開始財政状態計算書、比較期間、最初のIFRS報告期間の財務諸表および注記に適用します。
出典:IFRS Foundation|International Financial Reporting Standard 1 First-time Adoption of International Financial Reporting Standards

この点は、日本基準からIFRSへ移行する企業にとって、実務上かなり重い意味を持ちます。

通常の会計基準変更であれば、新基準の経過措置に従って、将来適用や修正遡及を行うことがあります。しかし、IFRSの初度適用ではそうはいきません。他のIFRS基準に定められた通常の経過措置は、すでにIFRSを適用している企業の会計方針変更を想定したものであり、初度適用企業には原則として適用されないからです。IFRS第1号も、他のIFRSにおける経過措置は、すでにIFRSを使用している企業の会計方針変更に適用されるものであり、初度適用企業のIFRS移行には、IFRS第1号の付録で定める場合を除いて適用されない、としています。
出典:IFRS Foundation|International Financial Reporting Standard 1 First-time Adoption of International Financial Reporting Standards

つまり初度適用企業は、原則として、最初からIFRSを適用していたかのように財務諸表を作り直すことになります。

ただし、これを無制限に求めれば、過去の情報収集コストが過大になり、後知恵による判断が入り込むおそれもあります。そこでIFRS第1号は、遡及適用の原則に対して、任意免除と強制的な禁止規定を設けています。

初度適用調整は、原則として利益剰余金等に直接認識する

IFRS開始財政状態計算書を作成すると、日本基準ベースの資産・負債・資本と、IFRSベースの資産・負債・資本との間に差異が生じます。

この差異は、移行日以前の取引や事象から生じるものです。そのためIFRS第1号では、移行日における調整を、原則として利益剰余金、または適切な資本の別区分へ直接認識します。

IFRS第1号は、IFRS開始財政状態計算書で用いる会計方針が前会計基準と異なる場合、その調整はIFRS移行日前の事象・取引から生じるものであるため、移行日に利益剰余金または適切な資本の別区分へ直接認識するとしています。
出典:IFRS Foundation|International Financial Reporting Standard 1 First-time Adoption of International Financial Reporting Standards

ここで注意しておきたいのは、初度適用調整を、単に期首利益剰余金の調整として一括処理して終わらせてはいけない、という点です。

実務では、次のような粒度で整理しておく必要があります。

  • どの日本基準処理を、IFRS上どの処理へ変更したのか
  • 認識、測定、表示、開示のうち、どの差異なのか
  • 移行日、比較期間末、最初のIFRS報告期間に、それぞれどう影響するのか
  • 利益剰余金以外の資本項目へ直接認識すべきものはあるか
  • 税効果をどのように反映するか
  • 監査上、どの証拠で裏付けるか
  • 移行影響の調整表で、どの粒度で説明するか

初度適用調整は、仕訳だけで完結するものではありません。調整表、注記、監査調書、経営者説明、投資家説明へつながる「説明単位」として整理していく必要があります。

IFRS第1号には「任意免除」と「遡及適用の禁止」がある

IFRS第1号の初度適用を理解するうえで、最も重要な構造は、遡及適用の原則に対して2種類の例外がある点です。

1つは、企業が選択できる任意免除。もう1つは、企業が選択できない、強制的な遡及適用の禁止です。

IFRS財団は、IFRS第1号について、過去期間の再表示コストが財務諸表利用者への便益を上回る可能性がある特定領域に限定的な免除を設ける一方、過去の状況に関する経営者の判断を、取引の結果が判明した後で行うことになる領域などでは、IFRSの遡及適用を禁止していると説明しています。
出典:IFRS Foundation|IFRS 1 First-time Adoption of International Financial Reporting Standards

この区別は、実務上とても重要です。

任意免除は、企業が使うかどうかを選べます。ですから、会計上の影響、将来の損益への影響、開示、監査対応、グループ内の整合性を踏まえて、どの免除を採用するかを判断していきます。

一方、遡及適用の禁止は、企業が選べるものではありません。後知恵による判断や、過去に存在しなかった会計指定を後から行うことを防ぐため、一定の領域では遡及適用をしてはならないとされています。

初度適用プロジェクトでよく問題になるのが、この2つの混同です。免除を使うかどうかの検討と、遡及適用してはならない領域の確認とでは、会計上の性質がまったく異なります。

任意免除は、負担軽減策であると同時に、将来の財務報告方針でもある

任意免除は、初度適用に伴う過大な負担を避けるための制度です。

ただし、これを「楽に移行するための便法」とだけ捉えると、判断を誤ることがあります。免除の選択は、移行日時点の資本をはじめ、将来の減価償却費、のれん、為替換算差額、リース負債、退職給付、金融商品、税効果、将来の売却損益にまで影響し得るからです。

IFRS第1号は、企業が付録C〜Eに含まれる免除を1つまたは複数選択できるとしつつ、それらの免除を他の項目へ類推適用してはならないとしています。
出典:IFRS Foundation|International Financial Reporting Standard 1 First-time Adoption of International Financial Reporting Standards

典型的に検討される任意免除には、次のようなものがあります。

  • 過去の企業結合
  • みなし原価
  • リース
  • 累積為替換算差額
  • 子会社、関連会社、共同支配企業に対する投資
  • 金融商品の指定
  • 資産除去債務等
  • 借入コスト
  • 特定の子会社が親会社より遅れてIFRSを適用する場合の取扱い

このうち、実務上の影響が特に大きいものについて整理します。

過去の企業結合

IFRS第1号では、移行日前に発生した過去の企業結合について、IFRS第3号を遡及適用しないという選択が認められています。ただし、ある過去の企業結合をIFRS第3号に合わせて修正することを選んだ場合には、その日以降の企業結合も修正する必要があります。
出典:IFRS Foundation|International Financial Reporting Standard 1 First-time Adoption of International Financial Reporting Standards

これは、M&Aを多く手掛けてきた企業にとって重要なポイントです。

過去の企業結合をすべてIFRSベースで再評価しようとすれば、取得日、取得企業、取得対価、識別可能資産・負債、無形資産、条件付対価、のれん、非支配持分などを、過去に遡って検討し直すことになります。資料が残っていない場合や、取得日時点の評価前提を再構成できない場合もあります。

そのため、過去の企業結合に関する免除を使うかどうかは、移行作業の負荷だけで決めるものではありません。のれん、無形資産、将来償却、減損テスト、開示への影響まで見渡したうえで判断する必要があります。

みなし原価

IFRS第1号では、有形固定資産、投資不動産、無形資産、使用権資産などについて、一定の場合に公正価値をみなし原価として使用する選択が認められています。IFRS第1号は、初度適用企業が、移行日に有形固定資産を公正価値で測定し、その公正価値をその日のみなし原価として使用できるとしています。
出典:IFRS Foundation|International Financial Reporting Standard 1 First-time Adoption of International Financial Reporting Standards

みなし原価を用いると、過去の取得原価、減価償却、構成部分、資産除去債務、減損などを完全に遡及して再構成する負担を、軽減できる場合があります。

その一方で、みなし原価は将来の減価償却費、減損テスト、資産売却損益、自己資本、ROAなどに影響します。移行作業を軽くするためだけに選ぶのではなく、将来の財務報告への影響を踏まえて判断する必要があります。

リース

リースは、IFRS初度適用の中でも実務負荷が高くなりやすい領域です。過去のリース契約について、開始日まで遡ってIFRS第16号を完全適用しようとすれば、リース期間、割引率、リース料、オプション、契約変更、構成部分などを、過去に遡って検討することになります。

IFRS第1号では、移行日時点で存在する契約にリースが含まれるかどうかを、移行日時点の事実と状況に基づいて判定できる免除や、借手の使用権資産・リース負債の測定に関する一定の実務上の取扱いが設けられています。
出典:IFRS Foundation|International Financial Reporting Standard 1 First-time Adoption of International Financial Reporting Standards

リース免除の検討では、会計処理だけでなく、契約台帳の整備状況、システム対応、子会社からの情報収集、監査証拠、注記データまで確認しておく必要があります。

累積為替換算差額

海外子会社を有する企業では、累積為替換算差額の取扱いも重要になります。

IFRS第1号では、移行日時点で存在するすべての在外営業活動体に係る累積換算差額を、ゼロとみなす免除が認められています。この免除を使う場合、移行日前に生じた換算差額は、将来の在外営業活動体の処分損益から除外され、移行日後に生じた換算差額のみが将来の処分損益に含まれます。
出典:IFRS Foundation|International Financial Reporting Standard 1 First-time Adoption of International Financial Reporting Standards

この選択は、移行時の実務負担だけでなく、将来の海外子会社売却時の損益にも影響します。海外子会社の再編や売却を見込む企業では、過去データが取れないからゼロにする、という判断にとどめず、将来のM&Aやグループ再編への影響まで踏まえて検討すべきです。

遡及適用の禁止は、後知恵を排除するための規律

IFRS第1号では、一定の領域について、遡及適用が禁止されています。

これは、過去の事実関係を、現在の情報で後から作り替えることを防ぐためのものです。IFRSの財務報告では見積りや判断が重要な役割を果たしますが、初度適用時に過去へ戻って、現在判明している結果を反映してしまえば、それはもはや当時の状況に基づく財務報告とはいえなくなります。

見積り

見積りについては、IFRS移行日におけるIFRS上の見積りは、会計方針差異を反映する調整を除き、同じ日について前会計基準で行った見積りと整合していなければなりません。ただし、客観的証拠によってその見積りが誤謬であったことが示される場合は別です。
出典:IFRS Foundation|International Financial Reporting Standard 1 First-time Adoption of International Financial Reporting Standards

この点は、監査対応上も重要になります。

たとえば、移行日後に新しい情報が得られたとしても、それが移行日時点に存在していた状況を示すものなのか、移行日後に発生した新しい事象なのかを、区別する必要があります。

IFRS第1号は、移行日後に前会計基準上の見積りに関する新情報を入手した場合、その新情報を、IAS第10号における修正を要しない後発事象と同様に扱うとしています。つまり、会計方針差異や誤謬修正に該当しない限り、IFRS開始財政状態計算書には反映しません。
出典:IFRS Foundation|International Financial Reporting Standard 1 First-time Adoption of International Financial Reporting Standards

会計上の見積りは、将来事象の予測を含むため、見積りの不確実性や経営者の仮定が、財務諸表に大きな影響を与えることがあります。監査上も、見積りの前提、乖離の原因、誤謬か見積り変更かの区分が重要になります。

初度適用では、この見積りの取扱いがさらに重みを増します。移行日時点の見積りを、後から判明した結果で都合よく修正してはなりません。見積りは、移行日時点で利用可能だった情報と、その時点の条件に基づいて説明できる必要があります。

ヘッジ会計

ヘッジ会計についても、初度適用時に過去へ遡って自由に指定することはできません。

IFRS第1号は、移行日時点で、すべてのデリバティブを公正価値で測定し、前会計基準上で資産または負債のように報告されていたデリバティブに係る繰延損益を消去することを求めています。また、移行日前に開始された取引を、移行後に遡ってヘッジとして指定することも認めていません。
出典:IFRS Foundation|International Financial Reporting Standard 1 First-time Adoption of International Financial Reporting Standards

ヘッジ会計では、リスク管理目的、ヘッジ対象、ヘッジ手段、ヘッジ比率、有効性評価、文書化が重要です。移行後になってから「当時からヘッジ目的だった」と主張するだけでは足りません。

初度適用では、移行日時点でヘッジ会計の適格要件を満たすか、どの関係を継続できるか、どの関係を中止するか、OCIや純損益にどのような影響が出るかを、整理していく必要があります。

金融資産・金融負債の認識中止

金融資産・金融負債の認識中止についても、過去の取引を後から再構成することには制限があります。

IFRS第1号は、移行日前の取引により前会計基準上で非デリバティブ金融資産または金融負債の認識を中止していた場合、一定の場合を除き、それらをIFRS上で認識し直さないとしています。

出典:IFRS Foundation|International Financial Reporting Standard 1 First-time Adoption of International Financial Reporting Standards

債権譲渡、証券化、リファイナンス、条件変更、金融負債の消滅などがある企業では、移行日前の取引をどう扱うかを、慎重に確認しておく必要があります。

初度適用では、表示・開示の免除は原則としてない

IFRS第1号の免除規定を読むときに見落としやすいのが、表示・開示に関する考え方です。

IFRS第1号は、他のIFRSの表示・開示要求について、免除を設けていません。つまり、認識・測定について一定の免除が認められる場合であっても、開示については、各IFRS基準の要求を踏まえて整理する必要があります。
出典:IFRS Foundation|International Financial Reporting Standard 1 First-time Adoption of International Financial Reporting Standards

これは、実務上とても大きなポイントです。

IFRS移行プロジェクトでは、どうしても会計処理や調整仕訳へ関心が集まりがちです。しかし、最終的に財務諸表利用者が目にするのは、表示・注記を含む財務諸表です。

初度適用時には、次のような開示対応が必要になります。

  • IFRSへの移行が、財政状態、経営成績、キャッシュ・フローに与えた影響
  • 前会計基準からIFRSへの資本調整表
  • 包括利益または純損益の調整表
  • 重要な調整項目の説明
  • 表示組替の説明
  • 前会計基準上の誤謬修正と会計方針差異の区別
  • 公正価値をみなし原価として使用した場合の開示
  • 金融資産・金融負債の指定変更に関する開示

IFRS第1号は、前会計基準からIFRSへの移行が、企業の財政状態、財務業績、キャッシュ・フローにどのような影響を与えたかを説明する開示を求めています。
出典:IFRS Foundation|International Financial Reporting Standard 1 First-time Adoption of International Financial Reporting Standards

初度適用は、調整表の作成と切り離せません。IFRSへの移行影響は、単に数値差異を並べるのではなく、財務諸表利用者が重要な調整を理解できる粒度で説明する必要があります。初度適用の全体像としても、最初のIFRS財務諸表の範囲、IFRS移行影響の開示、調整表、IFRS開始財政状態計算書、遡及適用の免除・禁止が、主要な論点として位置づけられます。

最初のIFRS財務諸表には、少なくとも3本の財政状態計算書が必要になる

初度適用時の表示で特徴的なのは、財政状態計算書が少なくとも3本必要になる点です。

IFRS第1号は、最初のIFRS財務諸表に、少なくとも3本の財政状態計算書、2本の純損益及びその他の包括利益計算書、2本のキャッシュ・フロー計算書、2本の持分変動計算書、および関連注記を含めることを求めています。
出典:IFRS Foundation|International Financial Reporting Standard 1 First-time Adoption of International Financial Reporting Standards

財政状態計算書が3本必要になるのは、次の3時点を示すためです。

  • IFRS移行日時点の開始財政状態計算書
  • 比較期間末の財政状態計算書
  • 最初のIFRS報告期間末の財政状態計算書

この3時点の財政状態計算書があることで、財務諸表利用者は、IFRS移行によって資産・負債・資本がどのように変わったのかを追うことができます。

実務では、3本の財政状態計算書に対応する形で、調整表、注記、監査証拠、社内承認資料を整えていく必要があります。

この作業を単なる開示対応として後工程に回してしまうと、移行日、比較期間末、報告期間末の数値の整合性を、後から確認することになり、決算スケジュールを圧迫しかねません。

初度適用では、最初から「3時点の財政状態計算書を作る」という前提で、システム、連結パッケージ、調整表、注記データを設計しておく必要があります。

調整表は、差異の一覧ではなく、移行影響の説明資料

IFRS第1号は、前会計基準からIFRSへの移行影響について、資本の調整表、および包括利益または純損益の調整表を求めています。

具体的には、最初のIFRS財務諸表に、IFRS移行日および前会計基準で作成した直近年次財務諸表の期末における、前会計基準上の資本からIFRS上の資本への調整表を含めることを求めています。
出典:IFRS Foundation|International Financial Reporting Standard 1 First-time Adoption of International Financial Reporting Standards

さらに調整表は、財政状態計算書や包括利益計算書への重要な調整を、利用者が理解できるだけの十分な詳細で示す必要があります。キャッシュ・フロー計算書を前会計基準で表示していた場合には、キャッシュ・フロー計算書への重要な調整も説明しなければなりません。
出典:IFRS Foundation|International Financial Reporting Standard 1 First-time Adoption of International Financial Reporting Standards

ここで鍵になるのが「十分な詳細」という点です。

調整表は、IFRS差異の一覧表ではありません。どの差異が企業の財政状態・業績・キャッシュ・フローに重要な影響を与えたのかを、財務諸表利用者が理解するための説明資料です。

そのため、調整表を作成する際には、次の観点で整理する必要があります。

  • 重要な調整項目を集約しすぎていないか
  • 重要でない調整項目を、過度に細分化していないか
  • 会計方針差異と表示組替を区別しているか
  • 税効果を、どの調整項目に関連づけて説明するか
  • 前会計基準上の誤謬修正と、IFRS移行差異を区別しているか
  • 減損、公正価値、税効果、引当金などの見積り項目について、根拠資料があるか
  • 経営者説明、監査対応、投資家説明に耐える粒度になっているか

IFRS第1号は、前会計基準上の誤謬を把握した場合、調整表において、その誤謬修正を会計方針の変更と区別することを求めています。
出典:IFRS Foundation|International Financial Reporting Standard 1 First-time Adoption of International Financial Reporting Standards

この区別は、実務上も重要です。IFRS移行作業の過程で、過年度の誤謬が発見されることがあります。ここで誤謬修正とIFRS移行差異を混同してしまうと、会計上の説明だけでなく、内部統制、監査対応、経営者責任の整理にまで影響が及びます。

初度適用では、会計方針の決定が移行プロジェクトの中心になる

IFRS初度適用では、最終的にIFRS会計方針を決める必要があります。

ここでいう会計方針は、注記に記載する文章のことではありません。収益認識、リース、金融商品、公正価値、減損、企業結合、外貨換算、税効果、引当金、従業員給付、株式報酬などについて、実際の取引にどうIFRSを適用するかを決めるものです。

初度適用では、この会計方針の決定が、次の項目と結びついていきます。

  • IFRS開始財政状態計算書の調整
  • 任意免除の選択
  • 比較期間の再表示
  • 注記方針
  • 監査証拠
  • 子会社報告パッケージ
  • 連結システム
  • 社内承認
  • 投資家説明

なお、初度適用時の会計方針変更には、通常のIAS第8号の会計方針変更に関する要求事項は適用されません。IFRS第1号は、企業がIFRSを初度適用する際に行う会計方針変更や、最初のIFRS財務諸表を表示するまでの会計方針変更には、IAS第8号の会計方針変更に関する要求事項は適用されないとしています。
出典:IFRS Foundation|International Financial Reporting Standard 1 First-time Adoption of International Financial Reporting Standards

したがって初度適用時には、IFRS第1号の枠組みの中で会計方針を決定し、その決定を財務諸表全体へ一貫して反映していく必要があります。

日本企業の初度適用では「指定国際会計基準」との関係も確認する

日本企業がIFRSを任意適用する場合、制度上は「指定国際会計基準」を適用することになります。

金融庁は、連結財務諸表規則に規定する指定国際会計基準について、IASBが令和6年12月31日までに公表した国際会計基準を指定国際会計基準とする改正を公表しており、その中にはIFRS第1号「国際財務報告基準の初度適用」の改訂も含まれています。
出典:金融庁|「連結財務諸表の用語、様式及び作成方法に関する規則に規定する金融庁長官が定める企業会計の基準を指定する件」の改正について

したがって日本企業の初度適用では、IFRS財団が公表するIFRS第1号の内容を確認するだけでは足りません。日本の制度上、指定国際会計基準としてどの基準・改訂が取り込まれているかも、あわせて確認する必要があります。

また初度適用は、金融商品取引法上の連結財務諸表だけでなく、会社法上の連結計算書類、監査スケジュール、株主総会スケジュール、社内決算体制にも影響します。

とくに日本企業では、単体財務諸表や税務申告が日本基準・税法ベースで残ることが多いため、連結上のIFRS調整をどこで管理するかが重要な論点になります。

初度適用で実務上つまずきやすい論点

IFRS第1号の基本構造を理解していても、実務では次のような点でつまずきやすくなります。

移行日時点の情報が不足している

初度適用では、移行日時点の事実と状況に基づいて判断する項目が数多くあります。

しかし、移行プロジェクトが後から始まると、移行日時点の契約、評価、見積り、子会社情報、監査証拠が、十分に残っていないことがあります。

とくに、固定資産の構成部分、リース契約、企業結合時のPPA、金融商品の分類、税効果、外貨換算、引当金などは、後から資料を集めようとするほど難度が上がっていきます。

免除規定の選択が経営判断と連動していない

免除規定は、会計処理の負担軽減だけでなく、将来の財務諸表にも影響します。

たとえば、みなし原価を使えば将来の減価償却費が変わり得ます。累積為替換算差額をゼロにすれば、将来の在外営業活動体の処分損益に影響します。過去の企業結合を再表示しない場合には、のれんや無形資産の帳簿価額、将来の減損テストに影響します。

そのため免除規定の選択は、経理部門だけで決めるものではありません。経営企画、M&A、財務、税務、海外子会社管理、そして監査人との協議を踏まえて判断する必要があります。

表示組替と会計処理差異が混在する

IFRS移行調整では、認識・測定差異と表示組替が混在しがちです。

たとえば、日本基準上の表示科目をIFRS上の表示区分へ組み替えるだけのものと、IFRS上の認識・測定によって資産・負債・損益が変わるものとでは、性質が異なります。

調整表では、財務諸表利用者が重要な調整を理解できるよう、表示組替と会計処理差異を適切に切り分ける必要があります。

税効果の整理が後回しになる

初度適用調整には、税効果が関連することがあります。

しかし、移行調整の検討で税効果を後回しにすると、資本調整、包括利益調整、注記、実効税率調整、繰延税金資産の回収可能性の説明が、後工程で崩れやすくなります。

IFRS第1号そのものの検討だけでなく、IAS第12号に基づく法人所得税会計との接続を意識しておく必要があります。

監査対応資料が結論中心になる

初度適用では、監査人に対して、結論だけでなく判断過程を説明できる資料が求められます。

「IFRSではこの処理になる」という結論だけでは不十分です。

次のような構成で整理しておくことが望まれます。

  • 日本基準上の処理
  • IFRS上の要求事項
  • 事実関係
  • 適用した免除または禁止規定
  • 調整額
  • 税効果
  • 開示への反映
  • 監査証拠
  • 未解決論点

初度適用は、財務諸表を作る作業であると同時に、判断を説明可能な状態にしていく作業でもあります。

IFRS第1号を読むときの実務上の視点

IFRS第1号を実務で使う際には、逐条的に読むだけでは十分とはいえません。

次の順序で整理すると、論点を見落としにくくなります。

1. 最初のIFRS財務諸表を特定する

まず、どの期を最初のIFRS財務諸表とするのかを決めます。これにより、最初のIFRS報告期間の末日が定まり、適用すべきIFRS会計基準のバージョンが決まります。

2. 比較情報を確認する

次に、比較情報をどの期間について表示するかを確認します。比較情報の最初の期間が、IFRS移行日を決定します。

3. IFRS開始財政状態計算書を作成する

移行日時点で、IFRSが要求する資産・負債を認識し、認めない項目を除外し、分類を組み替え、IFRSに基づいて測定します。

4. 任意免除を選択する

免除規定について、使うか使わないかを判断します。この判断では、作業負荷だけでなく、将来損益、資本、KPI、税効果、開示、監査対応、そして将来のM&A・再編への影響まで見据えます。

5. 遡及適用の禁止を確認する

見積り、ヘッジ会計、金融資産・金融負債の認識中止など、遡及適用してはならない領域を確認します。ここでは、後知恵を排除し、移行日時点の事実と状況に基づく判断になっているかが重要になります。

6. 調整表と注記を設計する

最後に、移行影響を調整表と注記で説明します。ここでも、単なる差異一覧ではなく、財務諸表利用者が重要な影響を理解できる粒度で整理する必要があります。

初度適用は「IFRS移行プロジェクト」の中核

IFRS第1号は、初度適用に関する会計基準ですが、実務上は移行プロジェクト全体の設計図としても機能します。

初度適用では、次の領域が一体となって動きます。

  • 会計方針の設計
  • 日本基準からIFRSへの差異分析
  • IFRS開始財政状態計算書の作成
  • 任意免除の選択
  • 遡及適用禁止項目の確認
  • 調整表の作成
  • 注記方針の設計
  • 子会社パッケージの変更
  • 連結システム対応
  • 内部統制の整備
  • 監査人との協議
  • 経営者・取締役会への説明
  • 投資家向け説明

したがって、IFRS第1号を理解することは、単に初度適用の会計処理を理解することにとどまりません。IFRS移行時に、どの論点をどの順序で整理し、どこまで証拠化し、どのように開示へつなげるかを設計していくことでもあります。

IFRS初度適用で専門家に相談すべきタイミング

IFRS初度適用は、会計処理の結論が見えてから相談するよりも、移行プロジェクトの早い段階で論点を整理しておくほうが有効です。

特に、次のような段階では、早めに専門家を交えて整理する価値があります。

  • IFRS移行日を決める前
  • 主要差異の洗い出しを始める段階
  • 任意免除の採否を検討する段階
  • 過去の企業結合やM&A履歴を整理する段階
  • 固定資産、リース、外貨換算、税効果、金融商品などの移行影響が大きい段階
  • 調整表や注記の粒度を決める段階
  • 監査人との協議前
  • 子会社への情報依頼や連結パッケージ変更を行う前

初度適用では、後から修正するほど作業負荷が大きくなります。とくに、移行日時点の資料、見積り、契約、評価、子会社情報は、後になってから完全に復元するのが難しい場合があります。

そのためIFRS第1号の検討では、基準を読むだけにとどめず、自社グループの実態に即して、どの論点が重要になり、どの資料をいつまでに整えるべきかを、早い段階で設計しておくことが大切です。

IFRS第1号に基づく初度適用でお困りの場合

IFRS第1号に基づく初度適用では、最初のIFRS財務諸表、IFRS開始財政状態計算書、移行日、遡及適用、任意免除、遡及適用の禁止、調整表、注記、監査対応を、一体として整理していく必要があります。

とくに、過去の企業結合、固定資産、リース、金融商品、外貨換算、税効果、引当金、退職給付、株式報酬などがある場合、初度適用の判断は、個別基準の知識だけでは完結しません。移行日時点の事実、将来の財務報告への影響、監査証拠、開示説明まで見据えた検討が求められます。

犬飼公認会計士・税理士事務所では、IFRS初度適用、IFRS開始財政状態計算書、移行調整表、任意免除の採否、会計方針整理、注記・監査対応資料の作成について、制度と実務の両面からご相談を承っています。

IFRS移行の進め方や、IFRS第1号に基づく論点整理にご不安がある場合は、現在の検討段階、移行予定時期、主要な取引・契約・子会社構成、監査人との協議状況を整理したうえで、お問い合わせページよりご相談ください。

重要ポイントの振り返り

論点実務上のポイント
IFRS第1号の役割初めてIFRSに準拠した財務諸表を作成するための移行基準
最初のIFRS財務諸表最初のIFRS報告期間と比較期間を含む完全な財務諸表として作成する
IFRS移行日IFRSに基づく完全な比較情報を表示する、最も早い期間の期首
IFRS開始財政状態計算書IFRS移行日に作成する、IFRS会計処理の出発点となる財政状態計算書
遡及適用の原則最初のIFRS報告期間末日に有効なIFRSを、移行日・比較期間・報告期間へ一貫適用する
初度適用調整移行日前の取引・事象から生じる調整は、原則として利益剰余金等へ直接認識する
任意免除過去の企業結合、みなし原価、リース、累積為替換算差額などで選択可能な免除がある
遡及適用の禁止見積り、ヘッジ会計、金融資産・金融負債の認識中止などでは、後知恵を排除する規律がある
表示・開示IFRS第1号は、他のIFRSの表示・開示要求について原則として免除を設けていない
調整表前会計基準からIFRSへの移行影響を、利用者が理解できる粒度で説明する必要がある
監査対応結論だけでなく、事実、基準、判断過程、証拠、開示への反映を整理することが重要
専門家相談のタイミング移行日決定、免除選択、主要差異分析、監査人協議前の段階で、早めに整理することが望ましい
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